2016年7月31日日曜日

『国際情勢の分析と予測』の見立ては誤りがちである

  『国際情勢の分析と予測』の2記事を読んだところ、2記事ともに、私から見て不正確な考察が認められた。ブログ主は、「分かりやすい嘘」を取り混ぜつつ、国際情勢について正確に考察している訳ではなく、単に不見識に由来して誤解を広めているだけであろう。私は、私なりの理由によって、同ブログの見解に対しては警戒を怠らないことにしたが、その理由を無知に由来するものとも推定した。同ブログを理解する上で、読者の役に立つかも知れないので、批判の根拠を記しておくことにしよう。


天皇陛下の生前退位と英メイ新首相の就任の深い因果関係 - 国際情勢の分析と予測http://blog.goo.ne.jp/princeofwales1941/e/cd1a4eeb381a5c863c0cf69eac6c64b1

 上掲リンク中で、ブログ主は、サッチャー元首相が非難される役回りであったと記しているが、この理解は、サッチャー氏→メージャー氏の時分に、親の都合で英国に住んでいた私からすれば、随分と異なる印象を受ける理解である。むしろ、当時の生活の苦しさに対しては、メージャー元首相が戦犯扱いされていた。サッチャー氏が人頭税構想を掲げたときには、もちろん、反発が存在し、退任がやむを得ないという理解が存在はした。しかし、それよりも、メージャー政権時の停滞ぶりの方が際立つ形で批判されていたように記憶する。

 これは、私がガキの時分とはいえ、(中産階級以上の社会と理解できる複数場面において、)複数の英国人の成人から直接伺った話である。私の中では、この分析者の推理よりも、メージャー元首相に対する批判に接したという経験の方が、現時点においても、肌身感覚に適うものである。私の肌身感覚が誤っているとすれば、そこには、何かの理由があるのであろう。逆に、私の直感が現実に近かった場合には、このブログ主の理解(と彼に対する評価)こそが修正されるべきであって、現実に対する通俗的な理解への影響は、限定的なものに留まるであろう。

 #上掲の記事で取り扱われている話題は、陰謀論者や日本語話者のマスコミの「飼い犬」がサッチャー氏をいかに理解するかというものではなく、英国社会一般が当時からサッチャー氏をいかに理解していたか、というものであることに注意されたい。また、現時点における回顧的な評価が話題となっているわけでもない。

 奈良県に係る推理については、場所に限れば、受け入れられるように思う。しかし、なぜ、あの辺であるのかについては、私には、系統的な勉強が必要である。宮元健次氏の『江戸の陰陽師』(私の書評)か、同氏の別の書籍に、太陽信仰を基本として、夏至に三輪山が見える場所に京を用意した旨の記述があったような気がするのであるが、私のメモには残されていないので、再度読み込む必要がある。

江戸の陰陽師―天海のランドスケープデザイン : 宮元 健次 : 本 : 関東 : Amazon.co.jp
https://www.amazon.co.jp/dp/4409520350



靖国神社の徳川康久宮司が「明治維新という過ち」と発言、靖国神社=官軍の正義を否定 - 国際情勢の分析と予測
http://blog.goo.ne.jp/princeofwales1941/e/394c3698c487c8bd0d11aba94afc6f7f

 下記の引用部分は、「分かりやすい嘘」ではなく、「ブログ主の不明」を端的に示す見解と言えよう。なぜか。同ブログの考察は、福島第一原発事故による影響について、一貫した態度を有さないからである。上に紹介した記事では学研都市遷都に触れながら、下記の引用部分では原発事故の影響を一顧だにしない。この場当たり的な思考方法は、「現政権から寿司友に下された選挙報道に係る指示内容」(#これは、比喩であって、具体的な経路を意味する訳ではないが、斉一的な「分析方法」がほぼ日を違えずに大マスコミから示されるという、偶然に一致した状況を意味しており、併せて、その背景要因を私なりに推測したものである。現政権の閣僚とマスコミの主要メンバーが食事したという外形的事実自体が、国際的標準から外れていることは事実である。)と同程度である。

 それに、同ブログ主が下記で示唆するほどに、現政権の腹芸が上手なのであれば、とっくに、「実は、われわれは馬鹿ではないのです」アピールを、多くの情報に取り混ぜ、日本国民の資産を保全することに成功していたであろう。加えて、日本社会に散在する知恵は、段違いに活用されていたであろう。

 しかし、実際、選挙における不正のあり方を検討する限り、現政権は、リチャード・アーミテージ氏と同程度でしか、数字に明るくないのである。このとき、現政権程度の数的センスしかない人々が、国際金融資本の側の代理人であることが明らかなアーミテージ氏を完全に出し抜いて、下記のような合法的な政変を企むことなどできようか。総合力において明らかに秀でていなければ、ここまでの逆転劇を実現させることは、不可能であろう。少なくとも、ナイ・アーミテージレポートが日本国内の国益確保派の努力によって、現政権下において骨抜きにされているという事例を、私は、まったく知らない。
新自由主義的な政策を掲げる清和会が日本の首相を務めることで、敵である国際金融資本の目を欺く目的と想像する。【...略...】そして、安倍首相が浴びた罵声や成長の家の離反は、近い将来に新自由主義的な清和会政権が崩壊し、大東亜共栄圏の正義を追求する帝国陸軍系勢力、具体的には経世会・日本社会党・朝鮮総連・北朝鮮政府などの流れを組む人々に政権が移行するというコペルニクス的転換が起きることを示唆する。それは、今回の参院選では無く、次の衆院選かもしれない。清和会の人々は俳優として新自由主義を賞賛しつつ、裏では自分達の退場によるコペルニクス的な政策転換を起こす為に経世会・日本社会党・朝鮮総連・北朝鮮政府などと密接に協力しているものと想像する。

ポケモンGOから地図情報が作成されるという主張には疑問がある

 ポケモンGOについて、『サイゾー』系列の陰謀論担当サイト『トカナ』※1が本年7月20日の時点で、海外の陰謀論サイトの記事※2を引用する形で、プライバシーに係るデータを収集する虞があるという記事を掲載している。記者は、仲田しんじ氏である。この指摘の根拠は、プライバシーポリシーが寛大に過ぎること、制作企業のルーツが国家の情報機関と関連していること、であるという。元記事に分かりやすい形の日付はないが、2016年7月13日の発行のようである。

※1 「ポケモンGO」は“全人類奴隷化”に向けての監視装置である可能性が浮上! すべての情報はCIAに送られている!?
http://tocana.jp/2016/07/post_10388_entry.html

※2 Don't Play Pokémon Go! It Is The Latest Government Surveillance Psyop
http://www.disclose.tv/news/dont_play_pokmon_go_it_is_the_latest_government_surveillance_psyop/133115

 結論から言えば、仲田氏が主張する形によっては、データが送られるという虞はないであろう。その理由は、私が以前の記事で示唆しているので、そちらを参照されたい。この主張が誤ったものとなった理由として考えられるものは、単に元記事に忠実であるだけ、というものであろう。仲田氏の記事には、地図情報についても正確ではない理解が見られる。実のところ、本記事は、この不正確さを難に思うので、作成したものである。
またすでにGoogleマップとストリートビューは超大な情報量を誇っているが、例えばこの『ポケモンGO』のプレイヤーからは場合によっては私有地や建物の中の画像情報も自動的に集まってくることになる。“ビッグブラザー”側は放っておいてもこれまでにない詳細な地図情報が刻々と集積されていくことになるのだ。
この段落には、「放っておいても」「これまでにない詳細な」「地図情報」という3点の不正確な記述が含まれている。第一に、「放っておいても」地図制作に必要なデータがすべて収集される訳ではなかろう。第二に、スマホカメラの映像撮影時の性能が完全に満足できるものではないために、「これまでにない精度」とまではいえない余地があろう。第三に、集積されるのは、映像であって地図情報ではない。

  第一点目の誤解であるが、ある空間に集まっているポケモンGOユーザの映像をすべて取得したとしても、特定の時空間についての映像がモザイク状に得られることが期待できるだけであろう。特に、空間の使用方法が限定されている場合には、ユーザの移動範囲が限定されることになるために、そこから走査可能な空間のみが得られるという結果に偏るであろう。ユーザからの予想される反発というリスクを冒してまで、しかもネットワークやスマホに多大な負荷をかけてまで、すべての映像データを収集するよりは、軍艦島を撮影したときに用いられたようなリュックサック式撮影装置※3を用いた方が、よほど正確な空間画像を取得できるであろうし、良い意味での話題作りにも利用できるであろう。何なら、この機械が近くにいるときだけ、特別なイベントを発生させても良いのである。正確な空間画像が取得できることは、地図製作の一歩となる。精度が低いと、加工作業だけでも大変になる。目的が映像そのものではなく、地図情報である限り、仲田氏により予想された方法は、スマートさとは程遠い。

※3 Google Japan Blog: "軍艦島”をストリートビューで歩いてみよう
https://japan.googleblog.com/2013/06/blog-post_28.html

 第二点目の「これまでにない詳細」さについては、時空間上、時間軸については、そのとおりであろう。しかし、空間上、つまり、画像の解像度を評価の指標とした場合には、まず間違いなく、そうではないと言えよう。スマホカメラでは、何らかのフィルタを用いたり、魚眼レンズ風写真のためのオプションを用いるなどしない限り、ストリートビューのように、ある地点から見た場合の天球を再現できるほどの使いやすい画像が得られる訳ではない。また、映像として取得している時点で、ブレやら何やらについても、処理が必要となる。スマホ側に処理をさせて映像データを送るという作業もは、過大な負荷を強いるように見える。

 第三点目であるが、単なる映像と地図情報とでは、位置情報に係る精度を保証するという点において、大きな違いがある。完全に映像が得られたとしても、これらの映像は、再現しようとする時空間に対して、(美術品にいう)モザイクを制作するときのように、精度を保ちながら当てはめていくという作業が必要である。この作業においては、人工知能が限定的に活躍する余地がある。このために、この作業は、ある程度までは自動化可能であると予測できる。しかしそれでも、「放っておいても」「地図情報」が自ずから形成される訳ではない。そこには、GISエンジニアの人知れぬ苦労が横たわっているはずである。

 物事に陰謀論を見出すことは可能であるが、その陰謀論が批判となりうる場合、一部についてであっても、根拠が児戯に等しいレベルであることは、主張の全体について、信頼を失うことになる。ただ、陰謀論に係る言論の世界では、一部の議論の質をわざと落とす、という作業が施されることがある、ということにも注意しなければならない。その理由として考えられるものには、たとえば、論法が敵味方を弁別するための手がかりであったり、あるいは、重要な内容を伝えるためのバーター材料であったり、というものがあり得よう。翻って、元記事は、また、『トカナ』の記事は、いかなる理由で、質の低い議論を行うに至ったのであろうか。興味が尽きないところである。


2016年7月30日土曜日

相模原市の障がい者施設の大量殺人事件に係る陰謀論の大半は誤りであろう

 今月26日未明の相模原市の障がい者施設における大量殺人事件について、陰謀論界隈の一部は、たとえばサンディ・フックに係る陰謀論のように、容疑者単独による犯行という内容に留まるものではない、という憶測を提示しているが、私は、これらの意見に全く与しない。本稿では、この点について補足する。1997年の神戸市須磨区における連続児童殺傷事件についても、類似の陰謀論が存在する。また、その一部は、武田徹氏『暴力的風景論』, 新潮新書(2014)などに取り上げられていたりもする。

 自由な社会において、人が憶測や推理や意見を述べること自体は自由であるが、その自由には責任と結果が伴う。私の言論についても、この命題は、普遍的に該当する。本稿において、現在進行中の事件について、ガセネタも多い陰謀論界隈に係る話題を述べることは、後世から見た場合に誤りである指摘をしてしまう、という危険の高い作業である。しかし、本事件については、衆議院議長宛にしたためた容疑者の手紙の中に、陰謀論に係る話題が含まれているために、この話題に触発され、あるいはこの話題を誤解した者が誤解をさらに流布するという危険を認めることができる。陰謀論について、一般の日本人よりも10年以上の長を有するであろう私が、あえて、本事件に係る一部の陰謀論を否定することは、本事件について穏当かつ真摯な議論を保全することにつながるであろう。

 本記事では、本事件に係る言説から、誤解を見分け、冷静な議論に繋げるための材料を提供するという目的が達成されることを期待する。その過程において、施設側の運営実態をタブー抜きで検証することは、今後の被害軽減の役に立つことになるであろうし、現政権に与する者が自らをナチス・ドイツではないことを証明していくための試金石ともなろう。また、デバンキング作家による不用意な権力のエア擁護に対しても、あらかじめの警告として機能することとなろう。

 本稿では、いくつかの(結論を先取りすれば失当な)見解を取り上げ、それらに対して、反証となり得る材料について、言及することとする。なお、証言や証拠といった、裁判においても使用される用語が登場するが、ここでは、一般的な意味を有する用語として取り上げるものであって、具体的な裁判の場を念頭に記すものではない。
  1. 事件不存在説
事件そのものの被害者が存在していないという見解が存在する。これに対しては、救急出動の広域性を考慮して、出動した組織・受入先の病院の双方の記録を検討した場合、事件そのものの不在を組み立てることが不可能であろう、という予測を提起することができる。事件そのものの不存在を指摘する者は、自身の言論に係る社会的責任を重く見るのであれば、これらのデータを情報公開請求した上で、情報公開請求が不当に拒否されたり、または、公開の範囲が不当に制限されたという経緯を説明することによって、疑惑を指摘すべきなのである。

 今回、すべての映像を見ている訳ではないが、私の知る限りでは、東京消防庁(八王子市であろう)、綾瀬市(旧津久井町との往復経路については、何度か体験しているが、結構時間がかかることを指摘しておく。)など、相当の広域から救急車両が到着している。救急搬送記録は、少なくとも三年間以上、データベースの形で保管されているであろう。これらの消防組織に所属する救急隊員は、各自治体または消防組合に雇用されている地方公務員であって、職務内容に対しては守秘義務が課せられている。しかし、彼らは、本事件への対応を検証するという過程において、ヒアリングという形で、社会一般に対しては間接的になるが、事件の実際について解説することになろう。この社会的慣行をふまえれば、事件不存在を指摘する者は、これらの業務に従事した公務員へのインタビューの許可を各消防本部等に求めるという手続を通じて、その疑惑を証明することができるはずである。しかし、この手続のないままに、事件不存在を指摘し、かつその状態を放置することは、事件が現実であることを示す事実が積み上げられるにつれ、デマをわざと流通させたと見なされることになるであろう。

 緊急対応活動に参加した公務員の存在と証言というものを考える上で、陰謀論で取り扱われる題材のうち、9.11は、参照すべき事例である。9.11について、ツインタワーならびにWTC7の崩壊という出来事が存在しないとする有力な陰謀説は、存在しない。その上で、これらの建築物内で救出活動に従事した人物が多数存在することについて、否定するような論者も存在しない。さらに、証言そのものの存在を否定する向きは、自称デバンク側にも存在しない。論点は、現場にいた人物らの証言をいかに解釈するのかという、証言の聞き手の側の受け止め方に集中している。公式報告書を作成した組織がこれらの証言を無視したという批判は、この組織からの回答が要領を得ないものであるがゆえに、有力なものである。この(主に陰謀の存在を否定しない側からの)批判は、議論の形式上、適切なものである。つまり、学術的な観点からの批判であると見なしても、何ら差し支えのないものである。この9.11における公務員の証言の効力を鑑みたとき、本事件の事件不在説は、これら公務員の証言という要素をはなから無視したものとなっている。

 安楽椅子探偵のように作業するだけで、より明確に後追い可能な、公的な職業人の証言も存在する。事件の被害者は、多くが北里大学病院に搬送されたというが、同病院の救急救命医が会見において、次のように回答している。

 「ショックを受けるというか、一瞬止まってしまうような状況はあった」(現場に駆けつけた医師)
 現場で救命活動を行った医師は当時の状況について、こう話しました。

“戦後最悪”19人刺殺、防犯カメラが捉えた容疑者の姿 News i - TBSの動画ニュースサイト
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2830126.htm

北里大学病院 救命救急・災害医療センター
http://www.khp.kitasato-u.ac.jp/kyukyu/

 この記者会見に回答した男性は、「北里大学病院 救命救急・災害医療センター」のウェブサイトから実名まで確認できる(が、リンクはトップページに留めた)。事件不存在を主張する者は、この医師の証言に対して、明確に否定する証拠を提示しなければならない。

 9.11に係る経緯を念頭に置くと、おおよそ、事件への対応に従事した実在の公務員による証言は、信用に足るものであると見なされていることが分かる。仮に、陰謀が存在するとしても、共通の隠れた要因を持つなどの共謀を示唆する要因を有さない、複数の実在の公務員が後追い可能な形で証言している場合には、事件そのものの不存在は、彼らの証言によって、否定されると考えて差し支えないであろう。実のところ、この事実は、クライシス・アクターが用意される理由ともなっていると推測できるが、この点については、後述しよう。複数の公務員の証言がある場合、陰謀の中身は、おおむね、黒幕の存在の有無を含め、犯人が他の人物であるというもの、実際の手口が異なること、の二種に限定されるようになる。つまり、「Where」「What」「When」は確定でき、主に「Who」と「How」に係る要素が陰謀の対象となる、という訳である。

 クライシス・アクターという存在については、注意が必要である。実在の被害者がいながら、実在の被害者がインタビューに応じ(られ)ない、実在の被害者が都合の悪いことを話す虞があるなどの理由があるために、クライシス・アクターも同時に準備しておき、迫真の演技によって世論を喚起する、という方法もあり得るためである。この方法は、いわば、「Whom」、被害者側に係るものである。実際の被害とクライシス・アクターを並存させるという手段は、陰謀を用意する側にとっては、大きな負担なく、目的を達成するための有用な方法となりうる。クライシス・アクターは、一種のバックアップ計画として機能する。この方法論は、湾岸戦争の端緒に用いられたような広告代理店的手法の応用である。つまり、古い伝統を持つものと言える。より分かりやすい古代の事例としては、トロイア戦争の原因(結末も、類似したアイデアによる)が挙げられるように思われるが、過去に同様の手がかりを現代の視点から求めることができるか否かの検討は、別の機会としよう。

#ここまでの淡赤色の部分は、2016年9月7日に文章の分かりやすさのために訂正した。

  1. 組織関与説
事件には、複数の実行犯が関与したと見る説も、ポピュラーなものと化しつつあるが、これもまた、誤りであると見るべきである。前稿に示したとおり、「ぐっすり寝ていることが保証されている」ことを容疑者が知っていたのであれば、この予備知識は、抵抗を予想せずに加害に専念できる材料になっていたはずである。また、犯行を示唆する手紙の中で、職員を結束すると宣言しつつ、入居者にはこの種の拘束が必要である旨、容疑者が言及していなかったことは、容疑者が入居者の状態をある程度の確信をもって事前に予測していたことを示唆する。

 組織関与説のうち、複数の実行犯が関与したという見解は否定されるが、しかしなお、背後にいわゆる黒幕(教唆犯)がいる可能性を否定することは、困難である。教唆は、あったかもしれないし、なかったかもしれないが、ともかく、私の知る範囲に材料はない。しかしながら、教唆(犯)の存在は、司法の場において、その都度修正され、作り上げられていく種類の話でもある。何者か(何物か)が教唆した結果、犯罪と呼べる行為に着手した、という筋書きは、心神喪失・耗弱を目的とする司法上のレトリックとして、多用されるものである。しかし、この種のレトリックが一般の感性から大きくかけ離れているものであること、この種の主張が担当弁護士により吹き込まれたものであるという疑いは、国民一般に共通する理解となりつつあると思われる。本事件についても、本点に係る弁護士の関与について、合理的な疑いが存在する。手紙に「ヒトラーの霊が降りてきた」という主張が示されていないにもかかわらず、現時点での容疑者の話として、そのような主張がなされるに至っている、という二つの報道を比較することは、われわれでも可能な作業である。この作業によって、「担当弁護士の入れ知恵」という交絡要因が存在する蓋然性を認めることができる。他方、仮に、刑事や検事が「ヒトラー」という語を用いたとしたら、少し不用意であったかも知れない。【2016年7月31日23時30分追記】容疑者は、措置入院中にヒトラーの思想に言及していると報道されているようであるが、出典を確認していない。私が当該の事実を指摘する記事を見逃したためであろう。訂正して陳謝する。

 単独犯であっても矛盾しない、という考察を深めなかったために、複数実行犯説を採用した陰謀論者は、短絡的な考え方にさらに陥りやすくなる。組織関与説のうち、実行犯が複数であると誤解した場合、殺人の訓練を受けた組織=軍の関与、何なら特殊部隊の関与、という具合に誤解を広げる、というものは、典型的パターンである。この典型例は、完全に的を外している。旧津久井町のような救急指定機関から遠く離れた場所(Google Map)において生じた事件で、重傷者も多く残るという結果は、いくらDMATが活躍したとはいえ、軍人の手によるものとしては下手過ぎるものである。軍人は、障害となる人物を迅速・確実かつ静寂のうちに無力化できる訓練を受けているのではないか。複数人による犯行であることが発覚する虞もあるのに、わざわざ、何人かを傷付けるだけで放置するということがあり得るであろうか。「複数の実行犯を指揮する黒幕」にとっては、16台の防犯カメラも邪魔になる。組織側の人物として、事件を企画する黒幕の立場を想像すれば、軍の関与という見立ては、完全に破綻するものとなる。複数実行犯を単独の容疑者に押しつける、という筋書きを目的とする場合には、黒幕は、防犯カメラ撮影を停止させるという目的を組み込むであろうし、たとえば人相を職員に確認されないようにするなど、実行犯が複数人とは見られないような方法を探るはずである。

 たとえ黒幕がおり、「偽旗テロ」を目的としていた場合であっても、今回は、単に、容疑者を放置するだけで目的を達成することが可能であった。この点を理解していれば、万事に陰謀を見出しがちな者といえども、本事件については、不作為という手法が組織を批判から守ることになるという論理構造に気が付いたであろう。逆に、本事件について、特定の組織を十分な検討抜きに批判する者は、批判するという目的ありきで立論している可能性があるとされることにもなりかねない。「その情報が流通することは、誰の利益になるのか、なぜ利益になるのか」という陰謀論を検討する際の基本則は、本事件に係る「黒幕説」を提起する側に対しても、成立するのである。

 以上の論理を追えば、特定の組織が積極的に本事件に関与したという見立ては、完全に破綻していることが理解できるはずであるが、「戦争屋」の関与の有無は、この理解に至ることができた上で、ようやく検討可能な命題となる。結論を先取りしておけば、「戦争屋」の関与の可能性は、ゼロにはならない。しかし、ゼロではなかったとしても、その関与のあり方は、おそらく、積極的なものではなかったであろう。複数実行犯として手下が参画した訳でもなければ、犯行の方法を詳細に容疑者と協議した訳でもなかろう。せいぜい、SNSで容疑者を焚きつけるとともに、容疑者をテロ行為に係る要監視者のリストから除外した、あるいは登載しなかった、という程度の消極的なものに過ぎないであろう。

 執筆の勢いが落ちてきたので、理由の掲載は、未整理状態の箇条書きとする。尻切れトンボだが、本記事は、この箇条書きで締めくくりたい。私であっても、この程度は、事項を個別に検討する、という例を示す意図もある。
  • 手紙の受領と主張の把握
    • 開封するという決断。「炭疽菌テロ」の前例を想起すれば、当然の措置であって、通常通りの仕事を通常通りに実施したということになろう。
    • 中身を読むという決断。開封と中身を読むこととは、まったくの別物。しかし結果として危険人物の同定に役立った。結果はGJだが、通信の秘密という観点からは、完全に違反。秘書の開封作業に立ち会ったということか。そうであるなら、むしろ秘書を不要な危険にさらすことになる。ここら辺の(法律論ではなく)社会的方法論は、憲法学者等によって整備されているのか。封書を取り扱う秘書という仕事の重要性と危険性。秘書という職務には、封書の内容を理解することは、当然含まれる。基本的には、封書の内容を把握したことによって職務上の責任が発生することはない。しかし「秘書がやりました」は、政治家の不正のテンプレ。伝統的な分野であるから、先行研究も多いだろう。
    • 中身に係る情報共有の程度、どの部署の誰まで読んだのか。津久井署には誰に何が伝えられたのか。警察庁には連絡があったか。そもそも衆議院議長には。内部で決裁はあったのか。麹町署の課長は知っていたであろう。麹町署の課長は、場所が場所だけに重要ポスト。階級とキャリアで明らかにできる。
    • 容疑者が重大な結果をもたらすことは、前兆行動を知った「戦争屋」ならば、期待できたはずである。「マッチポンプ上等」の「戦争屋」ではなくとも、セキュリティ産業の焼け太りという目的だけを有する国内の「天下り上等」官僚でも同様である。両者の心性は類似するが、直接手を下す判断を行うか否か、閨閥の系列はいずれか、の二点で一応の分別が可能である。「戦争屋」は、犠牲を歓迎する。天下り官僚は、目的本位。犠牲者の発生回避が合理的である限り、余分な犠牲を要求することまではしないであろう。薬害の例を見れば、不作為までは当然の行為ではある。
    • 部署内で、誰が何をどこまで知ったのか? 部下の側の立証責任は、常に大変である。「俺聞いてないよ」症候群が問題である。部下の証言だけで上司に挙証責任を問える社会的方法を用意すべき。ノブレス・オブリージュや「監督責任」には、上司の挙証責任を代替するという社会的機能もある。
  • 緊急措置入院の経緯と退院に係る判断
    • 警察から相模原市に至る通知は、津久井署から相模原市で確定か。
    • 精神科医は、何をどこまで誰から知らされていたのか。情報が複数ルートとなる場合、かなりの場合分けが必要となるが、おそらく、直接の窓口は、相模原市のみであろう。
    • 父親と住むという申告の真偽の確認は、本当に義務ではないのか。
    • 危険性の判断はいかにして行われたのか。そもそも、たったの二週間で危険性は除去できるのか。洗脳のプロセスであれば完了すると思われるが、回復の過程を必要としないか。患者が精神科医を欺くことに成功する可能性は、わが国では、定量的研究の題材になっていないように思う(が、要確認)。
  • 退院後の経過
    • 報道では、情報錯綜気味。というより、そもそもタイムラインに興味がないのか。おおよそ、4ヶ月間。2月の退職→緊急措置入院で確実なのか。これにより、失業手当のない期間も変わる。預貯金額とも関係するが、なぜ7月まで準備に時間を要したのか。神奈川県民だから都知事選のニュースに触れないという訳でもない。
    • 接触した社会的な組織の種類。職場も含めて。人は孤独だから犯罪を行うのではなく、暇だから犯罪を行う余裕がある、という方が正しい。非社会性(非社会的)と反社会性(反社会)の違いは、専門家を自称するなら理解しているべき基本。
    • (ここでは誤った)陰謀論者の言うとおりに、ある組織から積極的な関与があったとしたら、積極的なコミュニケーションが存在して然るべき。消極的な関与、つまり放置であっても、黒幕的な組織とすれば、監視は必要。論理上は、単なるヒッピーとして、世界を放浪し出すという選択肢もあり得たから。旅の途上で、容疑者なりのT4作戦の是非を改めて判断しようと考えた、というケースは、あってもおかしくない。
    • 濃厚な可能性として、施設の油断を待っていたというもの。この予想のとおりであれば相当に狡猾。正門の警備員の状態(増員状態が減ったか、など)が確認材料となった可能性すら存在する。
    • 彫り物が終わるまで待ったというのは、大穴だが完全には否定できない。なぜ般若?般若の面とサンスクリット語との関係は薄いとのWikipedia。格好良いからにしても、般若にした理由は?所長が女性だから?【平成28年8月1日追記】「天下御免」との掛詞で「天下五面」とのこと。しかしながら、面散らしという図柄の面は、取合せがある程度自由であるらしい(Yahoo!知恵袋)。私が自身の無知を暴露した形となっており、恥ずかしいということはさておき、なぜ般若?という疑問を抱くことは、それほど問題ではなさそうである。

平成28年8月28日追記

遅ればせながら、犯人が帰化した在日朝鮮人の二世であるというデマが流通していたようであることを知った。発信源のアカウントは、あからさまな釣りツイートを仕掛けていることを別途ツイートしている。(現物が残っていないようでもあるし、アーカイブでは18禁内容も含まれているので、リンクは張らない。)身元不明の発信者は、ヘイトスピーチへのカウンターのつもりで罠を仕掛けたようであるが、社会に不要な混乱を生じさせたという点で、社会的に批判を浴びて良いであろう。(私は、彼(女)を批判するし、現時点でも、弁護士と検事の双方、マスコミに対する偽計業務妨害罪が成立する余地があると考える。)目的は、手段を正当化しない。


都知事選挙の結果は、「歴史は繰り返す」という命題を肯定するかも知れない

 明日の東京都知事選挙について、皆、必死に各自の候補を応援しているように見えるが、私は、少し穿った物の見方をしている。今回の都知事選挙は、有力とされる三候補のうち、俗にいう保守陣営に属する二候補が票を分け合うという構図が存在するとマスコミによって報道されている。この構図について、読売新聞も、朝日新聞も、日本経済新聞も、今月21・22日に、社の評判を賭けた(はずの)情勢調査を公表済みである。この構図そのものについては、後世の検証となるだけであろう、というのが私の見方である。

 私を心配させるのは、これらの大マスコミが社のリソースを他の候補者に十分割いていないことである。これらの大マスコミの行動は、内心や経緯はともかく、外形上は、1990年の第39回衆議院議員総選挙に係るオウム真理教の再現を狙っているかのように見える。通俗的な理解によれば、期待される票に到達しなかった松本智津夫死刑囚は、以後、日本国を武力で変革する方針へと転換したとされる。各候補を公平に扱わないマスコミの報道姿勢を、今後に生じる危険な勢力の共通の背景要因であると理解することは、陰謀論者でなくとも可能である。

 大事なことなので、本ブログではすでに言及したことであるが、二点を繰り返すことにする。第一点目、綸言汗の如しである。出してしまった物は、後からこっそり直すことも難しいし、直したこと自体が咎められる理由となる。第二点目、歴史は二度繰り返す。歴史を想起させるように陰謀を企画するのが陰謀を進める側の習俗であり約束事である、というのは、陰謀論者にとってのテンプレ思考である。ただし、歴史は二度繰り返すという表現を補足すると、私は、一種の変奏曲のようなものであると考えている。主題を理解していれば、同様の構図を見出すことは容易であるが、そうでなければ、元ネタの存在に思い至ることがなかなか難しいのである。

 歴史は繰り返すものであるという示唆には、注意すべきである。不正選挙という言葉は、特に陰謀論に従来から親しんできた層だけが用いる言葉ではない。今月まで田母神俊雄氏が収監され続け、政治的影響力を発揮することができないという事態は、甘利明氏がほとんど大手を振って通りを歩けるかのような状態と対比されることによって、一部の吹き上がり層の疑心暗鬼を生む危険を生じさせている。東京地検特捜部と、存在するのか否かを確認することが大変困難である東京第四検察審査会という組織が、ここでのステークホルダーである。大多数の健全な思考を有する国民は、これらの司法官僚の独善的とも見うる活動に対して、十分な介入を果たすことができる状況にはない。実のところ、多数派の国民は、お任せ主義であるに過ぎないのではあろう。しかし、相対的に状況を把握するという訓練に努めてこなかった者であれば、この状況を、特定の候補者に利益を与えるものであり、不公正なものであると考えるであろう。私は、田母神氏の意見のすべてに与する訳ではないが、同氏に対する扱いが不公正であると言えること、また、この状態から生じる影響の両点に対しては、憂慮しているところである。

 大半の都民がいかに考えようとも、複数の要因が関与する形で、東京都知事選挙は、一定の予想された結果を生じさせることになるであろう。明日の結果は、仮に、不正選挙なるものが機能しており、その上で、私の直感と個人的体験を信じるならば、「最も馬鹿で行動力のある者が、最も利用しやすい人物である」という陰謀論の「定石」が発揮されたものとなる。陰謀論も、この程度まで抽象的に表現してしまうと、別の観点からの人生訓であるかの様相も呈してくるのであるが、それは、私なりのご愛敬である。なお、この表現は、多数の候補者のうち2名について、対照的な結果で実現することになろう。うち1名の候補に係る表現は、必ずしも正確ではなく、応援演説者を念頭に指摘したものである。明日(以降、深夜)の開票結果について、最も大事なことは、よほど慎重な事前の設計がないと、「利益を得た者が誰であるのか」を期せずして明らかにしてしまうということである。途中で票読み機器に介入するというのは、基本設計として愚策である。(ネイマン=ピアソン学派の)統計学、私以上にできない奴が設計しただろよ、これ…というのが率直な感想である。

 蛇足1。「労働貴族」などは、消極的な行為を通じて、最も利益を得た組織として取り立てられるのではないか、と考える次第である。根っからの奴隷根性に尊敬の念すら覚えるところである。

 蛇足2。本稿は、不正選挙の実在を仮定したときに、「1+1=2」というお約束事程度に確定的なものとして立ち現れる状況を予測したものに過ぎず、この点、私も「理系くん」思考から脱却できない存在である。本稿における予測が正しく的中したとき、「何かが間違って1080度くらいの回転が加えられた結果、私の予測と現実が合致した」のか、「どストレートに私の予測と現実が合致した」のか、のいずれかが正しいこととなる。

 蛇足3。公職選挙法も、制定当初、制定に関与した法制局関係者は、公職選挙に関連して、ここまで不正選挙の方法が発展し、結果として民主主義を阻害するという事態を予想していなかったに違いないであろう。それが証拠に、機器を導入する必然性は、法に規定されていない。その想像力の欠如が、選挙結果に係る予想を明記するという私の作業を阻害する原因となっている。ここにも、「各人が各人の職務を十分に実施すれば、社会全体が良くなる」という理念を適用することができる。

平成28年7月31日21時40分追記・訂正

日本語としておかしな箇所を訂正し、色を付けた。spanタグが混入していた部分について、タグを削除した。

平成28年8月2日13時追記(本記事の補足・解題)

本記事は、特定の2名の候補者に係る懸念を表明したものであるが、この2名に該当しうる候補者がP氏、Q氏、R氏の3名となりうる表現方法を取ってしまっていた。読者に誤読を許す結果となった理由は、第一に、私の表現方法の稚拙さにある。しかしながら、誤読を招かないための材料として、私は、不正選挙を条件に挙げてはいた。不正選挙について、候補者らの所属する社会集団がいかなる考え方を有しているのか、という条件を考慮すると、不正選挙について言及する社会集団に所属して落選したであろうと考えられた候補P氏、不正選挙については言及しない社会集団に所属して当選したであろうと考えられた候補Q氏、不正選挙について言及しない社会集団に所属して落選したであろうと考えられた候補R氏、と分けることができた。本記事は、P氏とR氏に係る不正選挙についての考え方の相違がいわばプロレス上のアングルとなり、わが国に治安上の不安をもたらすのではないか、という懸念を表明すべく用意されたものであった。

 R氏本人とその周辺が不正選挙について大きく指摘したという事実は、インターネット上でも、公知とはなっていないようには見える。ただし、私の調査も不足気味ではある。とはいえ、R氏の所属する社会集団は、多くの言動から一員であると推認される人物から発出されたテクストなどの、確認可能な材料をとりあえず信用すれば、不正選挙の存在を否定する側にいるかのように見える。もちろん、この設定自体が「釣り」に近いことも十分に考えられる。

 R氏の連なる社会集団が治安上の不安要因とならないと断定する理由は、どこにもない。R氏所属の社会集団のトップの言論が、複数の人物に対して、法律上グレーな範囲で大きな迷惑をかけてきていることは、第三者にも確認できる事実ではある。また、犯罪予防対策を念頭に置いた場合、「行動力のある」という本記事の表現方法は、R氏に連なる人物の行為にも合致してしまっている。とはいえ、R氏所属の社会集団は、本記事のスコープからは外れる。とはいえ、この集団がP氏よりも治安を攪乱する要因となる行為に手を染めた実績がある訳でもない。平成28年7月の都知事選挙がR氏所属の社会集団の転回点であったと後世に記憶されるようなことは、おそらくないであろう。他方、P氏の実績には、多くの犯罪と見なせる、また、場合によっては外患誘致にも該当すると見なしうる行為が含まれている。P氏の危険性は、公民権が停止される程の結果を引き起こしてはこなかったが、その理由は、主に、わが国の司法機関の側にあり、違法性を「ベルトコンベアに乗せる」際の裁量の余地が大きなことによる、と言える。

 私は、R氏に係る経緯について、記事執筆時に失念していたが、同時に、上記のとおり、オウム真理教について言及した。この組合せは、R氏に係る誤読を深める原因となりかねないものであった。ただ、繰り返しになるが、R氏の与する社会集団は、私から見れば、不正選挙を否定する側である。他方、オウム真理教は、私の承知する限り、不正選挙に言及したことがある。この状況は、不正選挙を客観的に掘り下げる作業のハードルを上げている。打鍵猿が偶然の単語を導くことがあることと同様、誰であっても正しい解釈に至る可能性は、ゼロではないのであるが、オウム真理教の言明は、わが国の健全な国民にとって、すべて受け入れられるものではないであろうからである。

 私は、本記事の執筆にあたり、R氏所属の社会集団とオウム真理教との不正選挙に係る考え方の違いを重視した。不正選挙は、事実であれば、構成要件には該当しなくとも、その実質は、内乱罪と呼ぶことができる。一種の脱法的行為と見なせば、犯罪学の興味の対象となる。オウム真理教について認定された行為は、多くが自然犯として裁かれる中で明らかにされた訳ではあるが、むしろ、同教団の目的は、内乱罪と共通していた。権力の奪取という内乱罪と共通の目的の下に、非合法的な手段を正当化する際、不正選挙というレトリックは、オウム真理教によって利用された実績を有する。このとき、不正選挙の可能性を合理的な疑いなしに指摘し、より犯罪に着手しやすいと認められる性格を有するのは、R氏の所属する社会集団よりも、P氏の連なる社会集団なのである。

 以上の論拠によって、私は、特定候補の名指しを避けつつも、実現の可能性が懸念される危険について、表現を試みた。その結果は、誤読を許すものとなっていたが、人によっては、誤読も避けられたのではないかという弁明と、誤読を避けるための補足は、本追記で行った(と期待したい)。なお、本記事を作成した理由は、死刑もありうる種類の犯罪が現実に進行しつつある可能性が認められるとき、介入を試みない犯罪学者は実社会に対して臆病過ぎないかと考えた、というものである。懸念される犯罪が、オウム真理教によるもののような大事件であれば、なおさらである。なお、不自然なキャッシュ登録状況が認められるだけに、このブログに記すだけで、私が自身の目的を果たせたと考えているところが、本稿のオチである。

ツイート風にユーザビリティ(メモ)

#ずっと下書き状態になっていたので、とりあえず掲載して、下書きの記事の数を減らそうと思う。いつの間にか追加するかもしれないし、塩漬けかもしれない。

新幹線の非常通報ボタンを火災時に使うなというのは、アフォーダンス(J. ギブソン)に反することだろう。

ユーザビリティという概念は、北原(2011)のpp.106-197が分かりやすかった。(いわゆる)ポンチ絵の底力。北原義典, (2011).『イラストで学ぶ ヒューマンインタフェース』, 講談社.

分かりやすいことは、実学者にとって、一種の正義である。なのに、何で法律の文章に直していく場合には、これで良いと思ってしまっているのだろうか。どなたかが本点に言及していたことまでは記憶があるのだが、それ以上は思い出す手がかりがない。とにかく日本国の法律は、工学的な観点からの性能を示す上では、局所最適化された状態。

都市計画法については、基本的な知識の蓄積という点では、法律を読まずに、高木任之(2008).『都市計画法を読みこなすコツ (プロのノウハウ) 』, 学芸出版社.(アフィなしAmazon.co.jp)が簡単。

福島第一原発事故に係るアメリカ2016年大統領候補の対照性

 ついに、ドナルド・トランプ氏の大統領候補受諾演説がTPPについて述べた内容を分析した記事(リンク)によって、キャッシュ登録すらされない状況が生じたようである。一週間、キャッシュ登録遅れというのは、私にとっては、大変、興味深い話である。私の記事の興味が多方面にわたるようになったので、それに伴う何らかの理由でベルトコンベアが止まるようになった、と考えることも可能ではある。一点については、誤解があるようにも考えることはできる。そこで、本稿を掲載することによって、TPPだけに係らない、私の意図を明確にしておきたい。なお、本稿では、クリントン氏と単に記す場合、ヒラリー・クリントン氏を専ら意味する。

 ドナルド・トランプ氏に係る前記事(リンク)の中で、アメリカという国家の行く先について触れた理由は、同氏が大統領となることが、福島第一原発事故という世界最大の企業犯罪の終息につながる狭き門に至る(かも知れない)ためである。逆に、「戦争屋」の強い影響力の元にあるクリントン氏が大統領となることは、現在の形の日本国の滅亡へと至る広き道である。バラク・オバマ大統領は、必ずしも「戦争屋」の言いなりにあるとまでは言えないが、たとえば、核廃絶や、アフガニスタン派兵を完了させることのできるほどには、権力の行使を貫徹できてはいない。同時に、オバマ政権は、わが国における福島第一原発事故に対しても、有効と言えるだけの介入を果たせていない。この状態は、わが国が建前では独立国であるということと、わが国の多数の官僚が靡く先が必ずしもオバマ氏ではなく、アメリカ国内に並存する「戦争屋」人脈であることの二点によるものである。

 トランプ氏が大統領となった場合、わが国に対する風当たりは、傍目に強いものとはなろう。しかし、その内実は、国際政治上の基本的なルールに従うものであり、アメリカの国益を長期的に損ねることになるような、卑怯な方法は、かえって取りにくいものとなろう。それゆえ、従来のルールに則ることを基本とすれば、むしろ、アメリカと他国との関係は、分かりやすいルールに則るものとなろう。この原則に立ち戻るという方針は、ゲームのプレイヤーには分かりやすいものであり、国の仕事を進めやすくするはずのものである。しかしながら、私益の確保に明け暮れてきたわが国の高級官僚は、今までのルールと大幅に異なる状況から出発することになるので、振れ幅の大きさに、容易に馴染むことができないであろう。

 翻って、クリントン氏を傀儡とするアメリカは、わが国の売国的な高級官僚には都合が良いであろうが、日本の99%の国民は、子ブッシュ政権時のように、正当な理由のない派兵を行おうとするアメリカに従わされることになる。クリントン政権下の従米政権下においては、日本国民の大多数は、福島第一原発事故と大本営発表の双方の影響下に置かれることになる。国民の大多数、特に若年層は、貧困と病苦にあえぎながら、大学に進学するために、中東に死地を求めるという前例のない苦渋の生活を強いられることになるであろう。クリントン氏という選択肢は、日米(米日)両国の99%の国民にとって、回り回って不幸なものとなるであろうが、本稿では、その話には深入りしない。(人の不幸に係る話題を商売にする私であっても、希望の持てる話に注力したいのである。)

 仮に、トランプ政権下の日米関係が、日本国民から一方的に富を収奪するようなものに見えるとしても、その関係が福島第一原発事故を終息させるためのアメリカからの圧力を高めるものであるとすれば、日本国民は、この関係を歓迎しなければならないであろう。それほどまでに、福島第一原発事故は、国を傾かせる可能性のある規模である。特に、事故後の対応は、従来の原子力政策の原則である封込めとは真逆のものであり、西日本在住の国民までも不必要な健康上の危険に晒すこととなっている。放射性物質の拡散と希釈に代表されるような、原則に悖る施策は、主としてわが国官僚の目先の利益と不見識から出たものであるが、同時に、「戦争屋」の嗜虐的な性向に一部由来するものとも解釈できる。

 トランプ氏とクリントン氏との違いは、わが国が偏西風に乗せて絶賛放出中である、放射性物質に対するアメリカの対処方法の違いともなる。トランプ政権下では、クリントン政権下とは異なり、日本が福島第一原発事故を放置しているという西海岸の環境団体の訴えは、ワシントンまで到達するであろう。この予想は、一般のアメリカ国民の抱くイメージとは異なるものではあろう。しかし、この予想は、単に、アメリカが本件を国益増進のために利用するであろうという予測の同語反復である。他方、2012年中までには、西海岸に汚染が到達したことが複数回報告されているものの、クリントン氏は、国務長官在任時、実効的な働きかけをわが国に対して行ってはこなかった。

 アメリカ国民の利益が第一という主張は、必ずしも、アメリカ企業の利益にならないわけではない。アメリカ国内の原子力産業だけを上手に切り取れば、原子力産業でさえ、福島第一原発事故に対する損害賠償を免れ、日本発祥の企業に対して負担を押しつけるという形で、利益を見込むことができるかも知れない。実際、当初の仕様を超える地震動や津波高の虞のある地域に製品を導入・設置し、放置したのは、日本の関係者・企業単独のムラ独特の決定様式によるものであって、原子力産業全体が原因ではないためである、と主張して、日本側関係者にのみ責任を転嫁することが可能であるためである。わが国の「文書・メモ・統計を隠す、廃棄する」という姿勢は、本件のように建設後40年となる施設の設計過程に係る経緯を明らかにすることはできないであろう。この場合、外部の者からみて妥当に見えれば、存命の責任者の首を取るという姿勢は、自然なものである。近代以前には、本人が生きていなければ、子孫に代わって責任が問われたという事情も、今回に限っては、視野に入れておいた方が良いかも知れない。

 アメリカ企業が福島第一原発事故についてさえ利益を上げることのできる論理が成立することに気が付いた場合、国益第一とするアメリカは、この論理を活用しないわけがないであろう。これに対して、わが国の志ある公務員は、わが国の責任の範囲を限定化することだけが国家の生存に資する道となるものと自然に理解できるであろう。このとき、必要であれば米日両国に根を張りつつも、米日両国の国益を毀損してきた無国籍主義者、端的には「戦争屋」を道連れにすることも厭わなければ、アメリカは、いくら国益第一と言えども、自らを律する外交によって、自らの正当性を確保せざるを得ないであろう。オバマ政権時、クリントン国務長官下の対日外交は、覚悟のある日本側関係者によって、「貴国は、前政権時、自国民を危険に曝しながらわが国に圧力をかける形で1%の利益を保全しようとした。これは不公正であり、貴国は貴国内で事故に対して責任のある人物や組織から賠償を得るべきである」という批判を受け止めざるを得なくなる。もちろん、この結果、クリントン氏は、福島第一原発事故の惨状を知りながらも国益の増進に努めなかったという責任を問われることになる。

 公文書を国益に資するように保管し活用する制度を充実させてきたアメリカという国に対して、わが国がわが国の公文書を用いて適切に反駁することは、基本的に無理であろう。これから、国家としての機能が衰亡するにつれ、われわれ日本人は、日本国の死んだ政治家がいかに売国的な密約を場当たり的に受け入れてきたのか、英語が読めるのであれば、大いに知ることとなろう。これらの政治家は、ときにクリーンとみなされ、ときに改革派とみなされてきた存在である。もっとも、日本国内の大手メディアだけに触れる情報弱者を騙し続けることは、不可能ではないかもしれないが、そうするには、限りなく生活実感と異なる虚報に頼らざるを得なくなるであろう。

 わが国の側で、売国政策に従事してきた人物らが講じることのできる策は、それほど多くはない。「戦争屋」による政治家への脅しが実質的に本人の生命に及ぶものであり、それらの密約がやむを得ないものであったことを説明するだけでは、到底不足する。イラクへの自衛隊派遣前までであれば、その論理は、まだ通用したかもしれない。しかし、福島第一原発事故は、人口の推移だけを外形的に見る方法によるならば、数千万人に達する日本人の(健康)寿命を大きく損ない、アメリカ・カナダ・メキシコ国民の健康寿命に対しても、統計上であれば顕在的な被害を生じさせることが明白な犯罪である。福島第一原発事故による一般人の被害者数は、桁違いであり、到底、「戦争屋」の圧力に屈して売国的な政策決定に関与した人物の生命だけでは、償い切ることができないと見なされるであろう。

 この影響は、「国際的な専門機関」に対しても波及しよう。IAEAならびにICRPは、そろそろ、2011年の報告書をアップデートして、予防線を張る準備を始めた方が良い。日本の「有識者」は、「国際機関」の「お墨付き」を主張の根拠として多々利用してきた。ここで「われわれは、結果として生じた日本の惨状に対しては、何らの責任を有しておりません」という態度を表明するために、原則的な態度に立ち戻らなければ、これらの国際機関は、日本国政府が2012年以降も事故当年に係る推奨事項を採用し続けたことの原因を作ったとして、汚名を着せられることとなろう。少なくとも、これらの専門機関に関与する海外の研究者は、第二次世界大戦のような緊急時においては、わが国の統計に係る伝統が、先進国として褒められたレベルに達しないことを考慮しておくべきであろう。

 研究者は、特に自然科学や工学に従事する者であれば、元々、無国籍的な(=左翼的つまり理性を重んじ、=科学的態度という共通する規準を有する)側面を有するものではあるが、それゆえに、民族の恨みという、彼らの実感しにくいものを軽視しがちである。素人は、「とまでは言えない」という態度を煮え切らないものとして受け止める。もっと言えば、「チェルノブイリの初期の経験では、こうであった」という説明が、最近の研究によって「実はこうであった」と覆されたことについて、後からアップデートされた情報をタイムリーに流通させなければ、「最近の研究について教えてくれなかった」ことをもって、恨まれることになる。研究者にとって、このすれ違いに起因する恨みは、筋違いとも見える。とは言え、情報伝達に係る責任を、情報流通過程の中でより下流に位置する存在にぶん投げておくことは、国際機関の事故に対する見解の正当性を保証するとともに、今後の組織存続に向けての正統性を主張する材料ともなるであろう。逆に、チェルノブイリ後のソビエト連邦に続いて日本がフクシマ後に瓦解するという状況は、「冷戦の終了の原因が民主主義の勝利を示す」という通俗的な理解を覆す材料となり、「原発事故が国を滅ぼす」という関係を示すものとして理解されることになる。日本の崩壊という結果は、もちろん、これらの国際機関の「助言」が役に立たなかったという証拠を満天下に示すことにもなり、組織の存続に係る正統性にミソを付けることとなろう。日本の崩壊は、たとえばロシア国民に対して、「日本国民め、それ見たことか、われわれの言うことを信用せず、国際機関を信用した報いだ」というように受け止められることとなろう。この種の否定的な感情を交えた国際機関に対する理解は、基本的には、原発事故について真実を知るに至った被害国同士の関係を最後には強化することとなり、回り回って国際機関の関係者の子孫に報いることになろう。

 以上、長々と見てきたが、トランプ氏(陣営)が「国益第一」という原則的なルールを指摘したことは、いかなる影響を日米(米日)関係に与えることになるのであろうか。

 私に言わせれば、トランプ氏の訴えは、国民国家という装置において、「それぞれの持ち場を任された個人が原則に基づいて職務を遂行したのか」という問いを暗に含むものである。また、各人が立場に相応しい仕事をすれば、世界はうまく回るものであり、皆から相応の尊敬を受けることができる、という信念を表明するものでもあろう。あまりにもデュープロセスを無視するTPPという「条約」は、国家の利益を保全するという観点からみた場合、最低の仕事ぶりである。国にダメージを与える仕事をする人を国政のトップに据えるのはいかがなものか、というトランプ氏のクリントン氏に対する批判は、人種差別的であるとマスメディアに非難されるトランプ氏の口から出る言葉としては、逆説的に聞こえるが、どの国民国家についても通用する原則である。

 公共に奉仕する仕事においては、「公正」と「正義」が原則であろう。それぞれの組織には、それぞれの立ち位置に起因する原則があるであろうが、大抵、原則というものは、ほかの立場の者にも理解可能な内容となっている。私の原則は、研究という水準については、随分と揺らいできているが、それでも、一応のところは、本ブログに示した言明のとおり、研究を通じて、正確な事実を伝達することにある。自身に課した要求を一段下げたとしても、事実を事実と指摘すること、という規準は、なお基本線上にある。研究と認められる水準を達成する上で問題であるのは、ある程度の基準を満たす近年の文献によることが本分野については、きわめて困難であるためである。

 なお、今回の大統領選挙は、両建て戦術が有効に機能しないという、近年に見ない波乱の選挙でもある。もちろん、報道機関は、二名の候補を対照的に示すことによって、こちらの選択肢しかない、という誘導を必死に図っているようにも見える。従来であれば、二大候補の対立軸の設定は、ある種の予定調和の元で行われてきた。オバマ氏が候補であった過去2回の大統領選挙についてさえ、同様の両建て戦術が存在した。今回の対立は、必ずしも両建て戦術の元に構成された絵図によらないものであり、いわば、久々のガチンコだと言えよう。わが国の行く末についても、ガチンコな余波をもたらすものである。アメリカの公共空間に対する思想からすれば、正道対邪道の対決ということになる。

 私の見立てを、狂歌として二首示して、まとめよう。
 オバマつき トランプこねし 天下餅 座して喰らうは アメリカンなり
 オバマつき ヒラリー食らいし 天下餅 後に残るは 瓦礫なりけり
 お粗末。以上の記事を通じて示した私の原則に係る考え方は、前記事(リンク)にも共通するものである。

2016年7月29日金曜日

平均寿命の報道資料の所在とファイル名とその算定に係る可能な不正についての考察

 10年後に本ブログが残されているか否かは、私自身に起因するところが大であるが、他方で、わが国の簡易生命表は、いろいろと(内容すら)変わっている可能性すら認められる。このため、まるっとアーカイブされていて然るべきであろうと考えた。まずは読んでみてから、と考えたところ、ファイル名に「機密性2」が付けられていることに気が付いた。プレスリリースは、すべて機密性2なのではないか?というより、機密性1は何?ファイル名に機密性を含めてしまった背景には、何かの事情があるの?(棒)

00 H27簡易生命表(Press Relase)機密性2 - life15-15.pdf
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life15/dl/life15-15.pdf

 すでに、本ファイルは、インターネット・アーカイブには収録されているようである。誰かが良い仕事をしているということだと認識している。この点は、アメリカの良いところの一つであろう。しっかり遂行した仕事は、残して欲しいと思うのが、安定して仕事ができるようになった大人としての人情だろうに、と考えてしまうのは、まだまだ私の中身が子どもであって、安定した仕事に到達した感覚を有していないからなのであろうか。公務員であっても、後世にまったく残されないような、残すべき仕事をしている気持ちというものは、いかがなものであろうか。

00 H27簡易生命表(Press Relase)機密性2 - life15-15.pdf

 ちなみに、麻生政権時には、機密性の評価が実施されていなかったようである。全体を俯瞰すると、福島第一原発事故の隠蔽のために、統計の作為的な改竄(manipulation)すら起こりうる、というのが私の予想である。この予想が外れることは、私なりの「両建て」戦略の一環であり、望ましいと思える結果である。この予想からすれば、つまらない表現に驚いてしまったとは言えよう。とはいえ、一応、念のため、本点に係る確認をしておくことは、国外の事情を知らない人たちに向けての資料を準備する上では、有用であろう。不正の仕組みそのものに肉薄できる話ではないのではあるけれども。

Taro-表紙表.jtd - gaikyou.pdf(厚生労働省大臣官房統計情報部「平成20年簡易生命表の概況について」平成21年7月16日)
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/286614/www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life08/dl/gaikyou.pdf



 私の予想する、平均寿命の算定に係る可能な不正の仕組みは次のとおりである。あえてゆるっと書く。「ぼくの考えたわるい話」であり、実在の確認されていない、仮定の話であるから、ゆるふわ系なのは当然である。厚生労働省所管DBへと登録する最後の工程において、真・DBへの登録内容を3年から5年間、遅らせた日付とする。この結果、いわゆる平均寿命は、3年から5年は伸びる、という話になる。死亡日を3年遅らせて計上するという不正を行っていたとしても、DBの側で本日以降の日付を許容するという登録条件としていれば、(そして、これは業務の簡便さからも許容される。)いわゆる集計クエリを発行する作業とも整合する。国勢調査との整合性も、5年であれば、それほど問題にはならない。最も大きな問題は、住民基本台帳との整合性である。これは、できるだけ先延ばしにすることで、現在のアメリカのように、良かれ悪しかれ、不法移民が大量に存在するようになることで、住基台帳人口自体が参照軸とならなくなる。不法移民から住基台帳人口の特定ID番台へと人口を充当するという方法も、いずれ可能となる。

 新生児・乳幼児死亡数が計上されない、という方法は、むしろ、大本命である。この非計上は、いわゆる平均寿命に対しても、成人の寄与分よりも多大な効果を及ぼす。母子保健手帳の発行(数)も、国政としては、厚生労働省内の所管で済む。いずれ不正を行うのであれば、同じ省庁で完結していた方が、不正に従事する人数が少なくて済む分、発覚のリスクが小さくなる。

 集計作業の途中をごまかすことは、市町村や都道府県の保健課(や保健所)を巻き込む作業になることから、そこでの忖度はとりあえず置いておいたとしても、大がかりになりすぎる。しかし他方で、国のDBへの登録作業自体に「盛る」ための機能を付与することは、RDBMSの規模(時間当たりのトランザクション数)が比較的小規模であるために、さして無理ではない。

 以上は、仮に、不正があるとすれば、いかなる形か、という私の予想をゆる~く示すに過ぎない。このようなことがあって欲しくないことも、私の中では事実である。しかし、不正を起こしうる余地があるときには不正が起きる、というのは、わが国の現在のおおよその定常状態である。この主題すら、私の懸念に過ぎないとは言いうる。しかしそれでも、人口動態統計に係る私の懸念が事実であれば、わが国を先進国と呼ぶことにはなかなかの躊躇が生じることになる。事実でなければ、「はいはい、そういうことも考えることは可能だよね、考えることは」という私への軽蔑が似合う妄想ではある。事実であれば、国家の機能に対するリターンの強烈さは、私があえて言うまでもないことである。

 死亡者数の程度は、以前に示したように、1年に?260万人が余分に死亡したという指摘に対しては、少し多過ぎるように思う。約1800の基礎的自治体において、たとえば、人口100万超の世田谷区などを含むとはいえ、1自治体あたり1年当たり、手元で塩漬けさせるとすると、1000通を大きく超える。世田谷区だと、30万人がお年寄りだとすると、2万枚近くを保管することになる。これは担当者には辛い状況である。届出用紙が物理的に無言の圧力を与える状態になる。ついでに言及してしまうと、世田谷区は、東京都特別区の中でも、職員がとりわけ誇りを有する行政であるような印象を受けるので、なおのこと良心の呵責となろう。これ以上の人口を擁する政令指定都市であれば、キャビネット全体が不正の証拠となる。祟られる気分は確実である。

 しかも、地方公務員に裏切られる可能性のある中、その監視を誤魔化し切る方法を、悪事に荷担しているために良心の呵責から十全に力を発揮できない官僚に考えつかせて実行させるということは、なかなかの難事である。論理上は可能なことであろうが、その実施可能性は、明らかな餌をちらつかされている者を除けば、それほど機能するものではないであろう。悪事に荷担させられた公務員がどこまで忠実に仕事を進めるのかについても、疑問がある。とすれば、不正を継続する方法は、どこかで矛盾や論理破綻が生じるような形であっても、別の動機に駆り立てられている一部の公務員を強力に巻き込んだ形で、何とか格好を付けるというものにしかならないであろう。



 人口動態統計は、平均寿命の計算にあたり必要な統計である。平均寿命が簡易生命表から計算される指標であり、簡易生命表は、人口動態統計を計算に利用する。東日本大震災への対応としては、下記のような説明がなされている。この説明は、平成23年中には解消されていることが期待される内容であって、ここで予想した悪事の方法には、関係ないものとして認識すべきであろう。(もちろん、悪事が行われるとすれば、という仮定の話を考察する上で、利用可能な材料ではある。)

厚生労働省における東日本大震災の対応状況(平成23年10月17日現在)
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001ru9f-att/2r9852000001rur6.pdf
 
統計名等当面の対応状況等
人口動態統計➢速報と月報(概数)では、各月の速報集計までに収集できなかった調査票の枚数は含まない。収集できなかった調査票については、収集できた時点の月分の速報数値に含めて公表する。なお、来年9月に公表を予定している平成23年人口動態統計年報(確定数)にて、発生月別の集計を行う予定。

2016年7月28日木曜日

「理系くん」と「文系くん」と人工知能


 花水木法律事務所のブログ(リンク)は、小林正啓氏と櫻井美幸氏の両弁護士により執筆されているそうであるが、小林氏が以前に防犯カメラについての論考を発表されていて、興味深く読んだので、間隔を空けつつ、一応、チェックしている。いずれの手になるものであるのかについては、文面だけからは確定しかねるので、本稿では、「同ブログ」とだけ記載することとする。

  2016年7月13日の記事「社会参加型機械学習について」では、伊藤穰一氏の「社会参加型機械学習」に係る論考について、二点を指摘している。いずれも、引用によらず、私の消化した言葉で記すことにする。私の同ブログに対する理解に誤解があるか否かの確認材料とするためである。同ブログによれば、伊藤氏の主張の特徴の一点目は、社会における決定には、結果が正解であることよりも、手続における正統性が重要である局面が多々見られるが、このことを、伊藤氏が理解していないかに見える、というものである。二点目は、伊藤氏が、わが国の工学研究(者)の習慣とは異なり、哲学者や聖職者と対話する必要性を認識している点である。極端に表現すれば、同ブログの主張は、「伊藤氏は、社会の意思決定に係る仕組みについては無知であるが、「無知の知」を自覚している」というものになると言えよう。

 伊藤氏の論考に見る典型的な思考態度を、同ブログは「理系くん」と揶揄または類型化し、「文系くん」と対置させているが、私から見れば、同ブログの二点の指摘は、同ブログが伊藤氏の表現を酌み取り損ねたか、または、伊藤氏の表現に不足があったか、伊藤氏の考え方自体が同ブログの指摘のとおりに誤りであるか、のいずれかから生じたものである。おそらく、伊藤氏の表現には、「理系くん」に共通する思考過程のうち、明言されていない部分がある。このように理解した上で、同ブログに言及することは、同ブログにおける二点目の主張に応答する役割を果たすものと考えるので、ここで私の考察を示しておきたい。

 伊藤氏の言動には、おそらく、「定式化さえ正しければ」という理系にありがちな仮定が隠されている。理系に強いことになっている某書店では、ここ数年の間でも、G.ポリア, 柿内賢信[訳], (和書1975)『いかにして問題をとくか』, 丸善.が売れているとして推奨していたが、この事実は、定式化の重要性が「理系くん」のうちで身体化されている普遍性を示す状況証拠である。これは牽強付会であるが、定式化や関数は、正統化に係る部分であり、解は、正当化に係る部分である。以上、本段落に係る記述は、私の勝手な推定ではあるが、少なくとも大きく外したものにはなっていないであろう。

 以上で、本格的に応答したい部分は終わりではある。なお、「保釈」を「再犯」と読み替えれば、むしろ、ここで挙げられた研究は、法務総合研修所で実施された再犯防止の研究にきわめて良く合致するので、「心理職」を採用する同所における、「文系くん」内部の話にもなるのでは?とも思うが、この話を詰めても、生産的なものとはならない。

 蛇足1。同ブログは、「理系くん」がある種の問題には「「正解」」があり、その答えが人工知能で求められるのであれば、委ねた方が「「よい」」と言うのだ、と洞察しているが、「「よい」」の中身は、何であろうか。たとえば、保釈金額の決定という問題を考えた場合、「「よい」」の中身は、決定作業の「利便性・簡便性」か、決定の「正確さ」か、対象者に対する「有効性」か、それともこれらのいずれかまたは複数から派生する伊藤氏なりの「善」であろうか。価値の中身が正確に表現されないことには、私としてはスルーするしかない内容である。訳というより、(原文へのリンクがなく、探す気もないが)原文があいまいなのであろう。私が問題に取り組むのであれば、目的がこれらのいずれであるのかによって、問題の定式化にあたり、参照する工学分野の細目を変えるであろう。変える気がない「理系くん」は、研究成果を自分の専門分野に引き寄せるという、自身に由来する目的によって駆動している存在である。この場合、「文系くん」の側は、相談先を変えれば良い。問題は、わが国の大学の工学部に、このような問合せに十全に対応できる窓口が存在しにくいことである。理系の研究はカネがかかるし、その分配を上手くやりおおせてきた実績もない。(でなければ、福島第一原発事故など、起きるわけがないし、ましてや、五年も事故を放置するということがあるわけもない。)

 蛇足2。現在のところ、人工知能の使役者は依然として人間である。人工知能研究者の歩みが遅々としているなら、危険性が小さなところで実装が試みられるべきである、と考えるのは、工学的センスの初歩であろう。であるにもかかわらず、伊藤氏が自動運転を推奨し、かつ、製造物責任の回避にも言及するからには、ほかに、何らかのインプットが存在すると考えるべきである。それが、正しい「文系くん」というかジャーナリズムのセンスであろう。やはり、本年7月に追記した記事(リンク)のとおり、国民目線、消費者目線の欠如がここにも見られた、というべきか。伊藤氏の指摘する、人工知能と自動運転という話題は、工学というよりも、事の本質からすれば、カネと外部不経済の話である。伊藤氏は、わが国に向けての露払いとして用意された役者であると見るべきであろう。

 蛇足3。伊藤氏のブログは、以下のように指摘しているが、これって、実証研究あったか?というのが第一点。採取可能なのは、先進諸国では、いま現在のフランスくらいではないか。今後であれば、わが国でもあり得る。職務質問は、任意であるが、有効に機能しており、以下に述べる私の見解を心情的に構成している要素である。なお、アメリカのプレッパーたちは、同国における戒厳令を心配してきたようではあるので、そこんところの伝統が影響している可能性も認められる。第二点。国際比較を行った場合には、明らかに、『割れ窓理論』的アプローチは、東洋的思想との交絡があり得るが、日本やシンガポールなどのデータが大きく効いて、犯罪が少ないという結果が得られてしまう可能性が高い。それに、アメリカ本国においてすら、人権を過度に制約するという批判を恐れる余り、令状なしのボディチェックは、伝家の宝刀化する虞もある。銃器の没収(行政罰)といった裏技が編み出されることにより、「刑法犯の認知件数が減少した」というオチを生み出す可能性すら認められる。やってみなけりゃ分からない、というのが本当のところではなかろうか。それに、考えてみれば、空港における身体検査は、捜査令状によらない行為である。空港内のセキュリティチェックエリア以降における殺人事件は、アメリカ国内でも少なめなのではないだろうか。私の興味は、ここにはないので、これ以上の調査に取り掛かることは、よほどの理由がなければ、ない。私の疑問を並記するだけに留めよう。こう見えて、ここでの伊藤氏への批判は、わが国警察の自然犯に対する優秀さを、国外に示す効果を有している。伊藤氏ほどに影響力が認められる人物の文章であるからこそ、山形浩生氏も日本語訳に従事したのであろうから、あまりに直感に反する内容を引用なしで掲載するのは、避けるべきではなかろうか。
大きな問題は、データの中のバイアスやまちがいは、そうしたバイアスやまちがいを反映したモデルを作り出す、ということだ。こうした例としては、令状なしの身体捜索を許容する地域からのデータだ----その標的になったコミュニティはもちろん、犯罪が多いように見えてしまう。
社会参加型機械学習について: 花水木法律事務所
http://hanamizukilaw.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-04b0.html


社会参加型 (society-in-the-loop) 人工知能 - Joi Ito's Web - JP
https://joi.ito.com/jp/archives/2016/06/29/005605.html


 なお、参考まで、私が人工知能について記した論考のうち、学術に転用可能な可能性が残るものは、以下のとおり。とはいえ、ほかの「人工知能」のタグが付いた記事も、読者にとって、ネタ記事としては面白い、かも知れない。

人工知能単独による警備業の全自動化は不可能で、あくまで人と機械は共同して事に当たる
http://hiroshisugata.blogspot.com/2015/12/note-nhk-news-9-ai-would-replace-security-officers.html

人工知能は良い人間の教師抜きに人間の知性を優越することはない
http://hiroshisugata.blogspot.com/2016/01/ai-will-not-precede-human-intelligence-without-good-human-mentors.html

人工知能は、刑罰に馴染まないので、当分の間、道具として扱われることになる
http://hiroshisugata.blogspot.com/2016/03/the-law-systems-and-an-ai-as-an-individual.html

Pokémon GOで撮影される映像はコンテンツなのか

 Pokémon GO(以下、同ゲーム)が人気のようであるが、「ポケモンをゲットするときにプレイ画面で背景に映し出される映像」は、『サービス利用規約』を見る限りでは、「コンテンツ」 であるように読める。私が法曹資格を有している訳ではないので、実際の解釈の正しさは、専門家にお任せしたい。しかし、今回は速報性を重視し(平成28年7月28日公開)、また、私の守備範囲でもないために検討を省略するが、同ゲームを導入した消費者=ユーザは、『サービス利用規約』により、自らの責任でゲームをプレイしていることに同意したことになる。業務中など、秘密の必要な時空間においてプレイすることは、思わぬ帰結をもたらすことになろう。

 『サービス利用規約』(最終更新日:2016年7月1日)の文面を以下に引用する※1。コンテンツは、「コンテンツ」と「ユーザーコンテンツ」の二種類に分別される。「ユーザーコンテンツ」に撮影された映像が含まれないことは、下記引用部分からも明らかであるために、引用を省略する。
コンテンツ及びコンテンツに関する権利
本規約において、(a)「コンテンツ」とは、本サービスを通じて投稿、生成、提供され、又はその他の方法により本サービスを通じて利用可能となるあらゆる種類のテキスト、ソフトウェア、スクリプト、画像、写真、音楽、動画、音声・映像作品、インタラクティブ機能、著作成果物及び情報又はその他の素材を意味し、【...略...】

コンテンツの所有権

【...略...】当社とそのライセンサー(TPC及びTPCIを含みます。)は、本サービス及びコンテンツに対するすべての権利、権限及び利益(関連するあらゆる知的財産権を含みます。)を独占的に所有します。【...略...】※1

 同ゲームは、おそらく、スマホに装備された電子コンパス・ジャイロ・GPS機能から値を取得して、ユーザの位置情報と姿勢を推定している。同時に、ある程度離れた距離にあり、ポケモンがいてもおかしくないと推定できる高さに対して、ポケモンを描画するという手続を取っているであろう。この間、映像は、同ゲームが要求する形で、カメラ機能から送られ続けており、必要に応じて描画されているのであろう。

 もう少しだけ、映像からポケモン位置を描画する際の判定に係る材料について考察しよう。閉所で描画される程度は、トイレや風呂など、プライバシーの意図せぬ漏洩に繋がりうる場所での撮影になりかねないからである。おそらく、動画の差分から空間の形状を認識するという、単眼計測※2、※3は、行っていないであろう。仮に、同ゲームが非常に狭い空間にポケモンを描画することを避けていたとしても、その作業は、せいぜい、地図データと位置情報と方位に基づき、地図データから壁を取得し、壁の前後のいずれにポケモンを表示するのか、という判定に留まるであろう。テレビ報道のプレイ画面による限りでは、このような判定すらしていないように見える場面もあった。自宅内にもポケモンは現れるようである。スマホのカメラは元から広角なので、仮に、閉所を判定する何らかの方法を用いているとしても、プレイ可能と判定するような処理がなされているのではないか。要は、今のところは、どこでもポケモンが発生する可能性が十分に高いと見ても良いであろう。

 同ゲームは、ユーザと、電子コンパス=ジャイロ=GPS機能およびカメラ機能との間に立ち、映像を画面に描画しているであろう。対応機種の種類※4からいえば、同ゲームがOSにデータをよこすよう要求し、OSが返す、という形で機能しているであろう。ユーザが別途カメラアプリを立ち上げて、データをカメラアプリから同ゲームに対して転送するように提供する形ではないであろう。この理解が正しければ、映像は、『サービス利用規約』に言うところの「コンテンツ」であって、「ユーザーコンテンツ」でもなければ「コンテンツでもなければユーザーコンテンツでもない、その他の何か」でもない。何かのテレビ番組で見たが、首相官邸における官房長官会見において、菅義偉氏が首相官邸を発生地点から除外する予定がないことを明言していた。このことは、産経の記事にも、何の疑問も抱かないかのように示されている※3

 ドローン官邸不時着事件における過度の対応からすれば、現政権の意向は、非常にちぐはぐな対応としか思えない、というのが本稿のオチである。子どもの撮影行為を禁止することよりも、閣僚や内部関係者の不用意なプレイを予防することの方が、意図せぬ結果を予防する上では、はるかに重要である。他方で、最高裁が全国の裁判所を除外するように申入れした理由が、裁判時の映像を不用意に撮影させないことにあるとすれば、やはり『サービス利用規約』を検討したのかな、と思うところでもある。

※1 Pokémon GO サービス利用規約(最終更新日:2016年7月1日)
https://www.nianticlabs.com/terms/pokemongo/ja

※2 単眼計測の考え方
http://www.ittc.co.jp/sproduct/photocalc/info/idea/idea.htm

※3 カローラフィールダーはどうやって単眼カメラでADAS最高評価を獲得したのか | anopara
http://anopara.net/2015/04/22/%E3%82%AB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%86%E3%82%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E5%8D%98%E7%9C%BC%E3%82%AB%E3%83%A1%E3%83%A9%E3%81%A7ad/

 ブログの著者が推測したステレオカメラ非搭載の理由に付け加えることがあるとするならば、ステレオカメラを車体に2つ(以上)の部品として搭載しようとすると、車体の誤差にシステム全体が依存することになり、カメラメーカ側での動作保証が難しくなる虞があるので、搭載しなかった、というものも考えられるかも知れない。基本、ステレオカメラの測距性能は、カメラ同士の距離と各カメラの光軸の交点に依存するものだからである。特に、後者は、ユークリッド幾何学上で仮想することは可能であるが、通常、工学上の誤差のため、厳密に言えば存在しない。これがそれなりに大きくズレていても、安全側に動作できる衝突回避機構ということであろうから、なかなか実現が難しいのではないだろうか。それに対して、単眼計測であれば、次のフレームにおけるカメラの光軸のズレは、焦点距離において、光軸に対して垂直な平面上に正規分布する、などと仮定して話を進めることが可能であるように思われる。(実際の所は、より深く勉強してみないと分からない。)


※4 『ポケモンGO』iPhone、Android対応機種まとめ [ファミ通App]
http://app.famitsu.com/20160722_783587/

※5 【ポケモンGO】菅義偉官房長官「官邸の除外要請は考えていない」 最高裁が全国の裁判所をアイテム入手地点から除外申し入れ - 産経ニュース
http://www.sankei.com/politics/news/160727/plt1607270027-n1.html

 なお、菅官房長官と記者との具体的なやり取りは次のとおり。日本の新聞記事は、後追いできなくなる可能性が非常に高い。その上、官邸のウェブサイト上のコンテンツも、後世の検証に耐えられるように保存される見込みがない。というので、日本国のセキュリティに対する観念を後世に残しておくという観点から、必要が高いと認められたので、今回、書き起こしすることとした。官公庁のウェブサイトに掲載された公文書であり、会見の三分の一ほどであるので、引用は著作権法上許容される程度であることが認められる。多少の間投詞が含まれているのは、主にニコニコ動画側の七尾氏(?、滑舌が悪いので、普通に一度聞くだけでは、良く分からない。所属組織が分かれば事実確認は不要と考えるので、これ以上の確認は行わない。)に係る雰囲気を再現するためであり、事実として、このように聞こえるということで、ご愛敬である。


平成28年7月27日(水)午後 | 平成28年 | 官房長官記者会見 | 記者会見 | 首相官邸ホームページ
http://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/201607/27_p.html
七尾氏:ニコニコ七尾です。よろしくお願いします。ゲームアプリ、ポケモンGOにつきまして、え~、最高裁が、ゲームのアイテムなどを入手できる場所などから、全国の裁判所を除外するよう、ゲームの開発会社に申し入れました。これに対してですね、駅や電車、道路、病院等と比較しまして、安全確保上、大きな支障がある場所ではないのに、どうしてなのか、今後法規制につながっていくのではないかという疑問や反発の声が上がっております。今回の最高裁の要請とですね、最高裁の除外要請による影響などにつきまして、ご所見をお願いします。

菅氏:まずは、最高裁の申し出については承知をしてません。その上で一般論として申し上げれば、施設の管理者が施設の管理権限に基づいて、施設の管理・運営上、必要な措置を執ることは当然のことであるという風に思います。その判断のひとつひとつに、まあ政府としてはコメントすべきじゃないという風に思います。ご指摘のポケモンGOについてでありますけども、公共マナーや安全性など、懸念や疑念を持たれる方もいらっしゃるということも事実です。内閣サイバーセキュリティセンターより注意喚起を出しているところでありですね、スマートフォン、この安全に使っていただくためにもですね、こうした注意点はしっかり守って欲しいなあという風に思ってます。はい。

七尾氏:ニコニコ七尾です。ドローンについてもですね、様々な事件やリスクがあったわけですが、成長戦略におきましては、世界最高水準のIT社会を実現することを掲げて、ドローンを活用した新産業の創出を打ち出していると思います。今回のポケモンGOを含め、これを足がかりとしまして、今後、その、現実空間を利用したゲームとか、エンターテインメント市場は、さらに活性化する可能性が高いわけですが、この点につきまして、ご所見をお願いします。

菅氏:まず、今回ですね、日本で作られたコンテンツゲームがですね、エンターテインメント市場を広げて、世界中の人に親しまれていると。このことは非常に嬉しく思ってますし、歓迎をするということを今日まで申し上げております。またそこで培われたビッグデータとかIoT、様々な産業に波及効果を及ぼす、ここは大いに期待をしていきたいという風に思います。

七尾氏:ニコニコ七尾です。最後になります。あの、以前の会見の質疑から改めて確認させていただきたいんですが、ゲーム開発会社に対してですね、その、最高裁のように、ゲームのアイテムを入手できる場所などから、官邸、公邸を除外するよう、特に政府から要請はしないという理解でよろしいでしょうか。

菅氏:従前よりですね、官邸においては、特に許可された場合を除いて、写真の撮影を禁止をいたしております。また来月には、生徒または児童を対象としてですね、官邸及び公邸の特別見学、これを、実施する予定であります。その中で、引率者を除いて、スマートフォン等、手荷物の持ち込み、これは禁止をしております。このように官邸及び公邸については、すでにセキュリティの確保について、まあ、適切に努めているところでありますので、現時点で、これに加えて、ポケモンGOに対して特別の要請を行う、こういうことは考えてません。

 最高裁が自身の管理権を発揮しなければ、つまり、オプト・アウトを要請しなければ、わが国では一部撮影禁止となる施設内においても、撮影が許容されるものと推認しているのは、国際的に展開するゲームソフトとしては、不用意に過ぎないのではないか、と考えることができる。国内代理店によれば、「自由民主党本部」=「永遠の与党」という説明文の付された地図データは、プレイヤーからの情報を元にしているという※6。この材料による限りでは、どの地図データをベースに空間特性を設定しているのかは読み取れないが、アメリカ国内の裁判所が撮影OKであることを考えると、その考え方をわが国においても展開した、ということになろう。この状態は、通常であれば、国内代理店の仕事ぶりが不用意であったという解釈になろう。

※6 自民党本部は「永遠の与党」 ポケモンGO、地図に表示:朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASJ7Q65SLJ7QUTIL04H.html


 メモ代わり。以下、良く読み込まれているのだなあと感心したが、本稿に示した私の疑問には答えてくれるものではなかった。企業単体に対するリスクを低減する上では、私のように、おかしなことまで考える必要はないのであろう。他方で、消費者・ユーザの利益を代弁する組織・団体は、それほど腰が軽いわけでなさそうである。

企業法務マンサバイバル : Pokémon Goの利用規約を分析してみた
http://blog.livedoor.jp/businesslaw/archives/52465834.html

 東芝による、単眼計測に色のボケ味を使うという技術。Google検索ではトップに出てくるが、単眼計測の考え方は、基本的に動画の差分を取るという作業から始まっているはずである。余分な機器を利用しないでも距離計測が可能である、というのが単眼計測の基本である。

単眼カメラで「距離」も測定できる新技術を東芝が開発。画像も同時取得、早期実用化目指す - Engadget Japanese
http://japanese.engadget.com/2016/06/10/toshiba/

2016年7月26日火曜日

陰謀論における「セット思考」とその存在理由

要約


 本稿では、陰謀論界隈に見られる「セット思考」について考察する。「セット思考」とは、私のとりあえずの造語であり、「切り分け可能な複数の主題に係る意見の組合せについて、特定の組合せのみを推奨・強制する思考方法」を指す。転じて、「話者の用意した特定の回答の組合せを受け入れるように迫る態度」をも含む。「セット思考」は、合い言葉や符牒のように機能しうる。「セット思考」は、『国際秘密力研究』ブログ主である「菊池」氏が提唱する「両建て」戦術の存在を補強する概念として機能する。

#私は、本稿以降、本件話題に係る文章において、特定の「陰謀論者」を誹謗する気はない。むしろ現実には、思考の幅と個別のケーススタディにおける可能性を広げてくれる存在として、陰謀論者の指摘を重宝している。しかし他方で、学術研究者でありながら、研究主題に対して可能な事実の幅を過剰に限定してかかる不誠実な人物は、槍玉に挙げられることになろう。




 陰謀論界隈に見られる意見のテンプレには、「すべてはつながっているために、ある事物Aに対しては賛成で、ある事物Bに対しては反対などということはあり得ない」というものがある。この一例として、陰謀論と見なされてしまいうる書籍としては近年異例のベストセラーとなったようである、矢部宏治, (2014).『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』, 集英社インターナショナル.を挙げることができる。矢部氏は、同書において、日米合同委員会の存在を根拠として、原発に反対しつつTPPに賛成ということはあり得ない、という主張を前面に押し出している。

 複数の物事についての個別の見解を、セット(集合)にして推してくるという態度は、陰謀論者と見なされる発信者に共通して見られる。飯山一郎氏にしても、『カレイドスコープ』のダンディ・ハリマオ氏にしても、リチャード・コシミズ氏にしても、同様の姿勢は共通したものである。古歩道ベンジャミン氏は、この点について比較的、抑制的ではある※a

 ここで、これらの論者に共通するような、「切り分け可能な複数の主題に係る意見の組合せについて、特定の組合せのみを推奨・強制する思考方法」を「セット思考」と定義することにしよう。「セット思考」とは、私のとりあえずの造語であり、経営学や認知科学などにおける「マインドセット」を拡張した概念である※b。定義をパラフレーズしてみると、「切り分け可能な複数命題に対して一括テンプレを採用する態度」というものにもなる。マインドセットという用語からは、(少なくとも、わが国のカタカナ用語については、)「主題別の物の見方の組合せ」という概念が欠落しかけているために、わざわざ新しい用語を用意してみた。

 「複数の独立しているかに見える主題についても、人は、固定的な観念を有すべき」という一点において、陰謀論者同士が共通しがちであるのは、「セット思考」に見られる態度が敵味方の峻別に有用なためと予想される。異なる分野についての異なる見解の組合せは、まるで合い言葉・符牒のように機能するのである。山と言えば川であり、花と言えば蝶でなければ、仲間ではない、という訳である。花と言えば桜、という論理展開も、日本語ならオッケーであり、平安中期以降では、むしろ多いようにも思われるのであるが、そうすると、とある陰謀論者のグループにとっては、「お前、何奴!?」という識別符号※cとなるのである。

 陰謀論と呼ばれうるイベントに関与する組織・人物等には、複数の異なるグループがあり、それぞれに利害関係を有している、という理解(命題)は、わが国では、主として、古歩道氏により、指摘されてきたものである。具体的な個別の組織名や人名について、この命題を実証することは、ほとんど不可能であるが、命題そのものを抽象的なものと理解して受容すること自体は、国際関係論における「力の均衡論」を受容することと、同価である。学究的な態度で陰謀論に臨もうとする者に対して、この命題自体を誤りであると批難する人物は、およそ知的ではないか、または、ほかの動機を有した人物であるということになろう。

 また、陰謀論に係る人物・組織には複数種類が存在するという古歩道氏の指摘は、多くの陰謀論者がこの種の議論を省略することから、貴重な指摘である。この指摘を、同氏の第一の功績であると私は思う※d。ただし、こうした複数グループは、存在ですら、いわゆる公然情報で確定することが難しく、その利害関係の同定や変化を正確に指摘するという一段上の作業は、およそ人間には不可能なものであろう。もっとも、PRISM上に設けられた人工知能であれば、遠くない将来、人物相関図と金銭の授受を常にアップデートすることを通じて、このようなグループの存在を浮き彫りにするという目的を達成可能かも知れない※e

 その内実を実証することはともかくとして、現在の世界においては、秘密・公然を問わず、複数の主張を同じくする者たちから構成される結社(association)同士が、お互いの主張の異同によって、利害関係を生じたり、強化したり、あるいは関係性を反転させたりしているという状況は、十分にあり得ることである。むしろ、世界における所与の状態であると規定しても構わないほどであろう。社会集団についての社会学の知見は、陰謀論界隈におけるグループに対しても適用可能であろう。

 複数の組織や集団が並立し、人生観に係る複数の主題に対して、異なる組合せの意見を提示している状況を考察の前提とすると、陰謀論界隈において、「セット思考」が強制される理由がほの見えてくる。仮に、特定集団に所属する人物が、ある個別の主題に対して集団の見解とは異なる見解を有するに至った場合を考える。個々の主題について、真に多様な意見を表明でき、その組合せにフィットするオピニオングループが常に見つかるほど、多くのグループが存在する社会においては、ある個人は、自分の意見が変わる度に、同じ意見を有する組織へと自由に渡り歩くことができるであろう。ところが、陰謀論の内容には、人の生死に関わる話が多く登場する。物の見方を転換する際、話題の深刻さが一つの障壁となる。陰謀論を語ることは、陰謀に従事する主体を強く批難することにつながる。ある組織において陰謀論が語られ、自らも今まで陰謀論を語ってきた個人は、仮に、組織の意向に反する意見を持つに至ったとしても、容易に相手方の集団へと逃走する訳にはいかない。自分たちに対立する集団を裏切る形で飛び出た人物を、易々と受け入れる集団は、たとえ、その対立状態が言論だけに限定されていたとしても、まずいないであろう。足抜けした人物は、二重スパイのために送られてきたのかと疑われ、最悪の場合には、消されてしまうかも知れない。ところが、ほかの集団を見回してみた場合に、そのいずれの集団も、複数の主要命題について自分と真逆の見解しか示していなかったとすれば、組織に所属してきた個人は、どのように考えるであろうか。おそらく、一つの命題についてだけ異なる意見に至ったとしても、その個人は、特定集団に所属し続けながら、その命題については、沈黙し、無視し、あるいは再度意見を転向するという形で、自身の認知的不協和を解消するのではないだろうか。

 #ここまで書いてきて、何となく「裏切りの科学といった分野が存在しそうだ・できそうだ」とか、「共産党から反共に転じたナベツネは単に道具主義ではなかったか」とか、「わが国企業社会の囲い込み方にも応用できそうだ」とか「ムラの形成過程にも使えそうだ」とか、色々と脱線に至りそうな形に思考が拡散してきたので、まくってしまって本日は終わりとしたい。


 『国際秘密力研究』の「菊池」氏は、わが国における陰謀の背景に「両建て戦術」が存在すると指摘している。両建て戦術は、「セット思考」という概念を導入することにより、その実在を強く肯定することが可能である。「両建て戦略」とは、資金力豊富な「国際秘密力集団」が二種類以上の組織・団体を、対象となる社会に設立し、お互いに対立させるかのような見かけ※fを取らせることにより、ダブルバインドを強制しつつ、最終的には、落としどころとする「第三の道」を取らせる方法である。二大政党制にはこの性格が見られることを、菊池氏は指摘しており(Twitter)、「両建て思考」がヘーゲルの「正・反・合」構造に由来することも指摘している(Twitter)。

 個別の主題について、賛成・反対だけに限定していくと、「セット思考」が有効に機能する形式を提示することができる。例として、「二大政党制」を標榜する各国において、建前として掲げられる政策が各項目とも両極端になる、という状態を挙げることができる。この結果は、別に偶然の産物ではない。対立する政策体系には、所属する個人に対して、一分野だけの政策の違いを理由に、相手方へと寝返ることを躊躇させるという効果が存在するのである。

 争点の一本化は、敵味方という構図を作りやすくする。よって、「両建て戦略」構造を適用するにあたり、話を単純化しやすくするという効能も認められるのであるが、他方、「セット思考」は、この戦術に深みを与えることができる。個人の生活にはさほど重要しないものの、それでも個人の好悪に影響するような多くの争点を用意することに成功すれば、なかなか相手方に寝返ることのない味方を用意することが可能になるのである。「原発」「TPP」に対する賛否の組合せが端的な事例である。西日本在住であれば、「原発」により直接の影響を被る人々は、実はそれほど多くなかったであろう。しかし、「TPP」に対する賛否を「原発」への賛否とセットにして提示することによって、世論を二分しつつ少数派に帰属を問うことができるようになったのである。この「セット思考」の押しつけは、最初に押しつけを成功させれば、あとは、各集団に帰属する個人が周辺を巻き込んでいくことにより、最終的に「原発賛成・TPP反対」といった少数意見を封じ込めることに成功するのである。

 原発とTPPの組合せについて見たように、「セット思考」は、「両建て」戦略・戦術を固定化・激化させるのに有用であり、新規の主題を導入する際のヒントをも提供する。野党時代の自民党にTPPを反対させ、政権奪取後に賛成へと転身させるという出来レースが一つの例証となる。TPPに対する反対は、おそらくは、自民党の地盤とされる地域においては、絶対的なものであったことが容易に推測できる。他方、原発賛成は、その雇用者・関係企業を通じて、大規模な票田を見込める分野であった。従来の自民党支持層においては、原発賛成・TPP反対というところが大多数であったという訳である。ところが、その経緯はさておくも、政権奪取後にTPP賛成へと転身した自民党に対して、支持者は、「寝返るか、服従するか」をTPPについて強いられることになる。このとき、従来までの人間関係を捨ててまでも寝返る価値があるのか、というジレンマに従来の自民党支持者の大多数は置かれることになった訳である。後は、歴史に見るとおりである。

 複数の主題について、一括した見解を受け入れよと迫る態度は、科学的な態度とは言い難い。科学を駆動させようとする人間の基本ツールは、健全な懐疑精神である。この懐疑精神がルネ・デカルト以来の要素還元主義と結びついたとき、個別の命題の正しさを逐一検討していくことは、当然の営為ということになる。この習慣は、丸ごと理論体系を受け入れよとする陰謀論者の姿勢を、ひとつの宗教と見なすことになる。健全な批判精神は、ルネサンス期に花開き科学に結実していった訳であるが、同時期に、オカルトや陰謀論の起源となるいくつかの主題が編み出されたのは、偶然では無かろう。天動説に対して地動説を対置し、これら対立的な二つの説を組として利用するという方法論は、ヘーゲルにより概念化されるまで、明確な言葉を持たなかったではあろうが、言語化されずとも、「個別の命題を組み合わせたセット思考が敵味方の弁別に有用である」という認識を育んだと見て、それほど無理がないのである。

 「異なる命題を一括して引き受けよ」と批判的に記述はしたが、比較的良く出来たある種の陰謀論の体系においては、個別の命題同士の関係が論理的に後追いできるように構成されていることもある。この種の陰謀論は、科学の方法を一部に取り入れている、と言える。しかしながら、それらの論理展開の一部を見て安心して、逐一検討を進める作業を怠ると、とんでもない論理の飛躍が最後に控えていたりもするので、陰謀論に深入りするときは、常に油断禁物である。あえてヒントを述べれば、CGなどを利用し、カネがかかったことを臭わせる動画は、眉唾で見た方が良い。

 検討の範囲が小さなものに留まる閉じた命題を切り取り、その是非に限定するというのが、陰謀論を検討する際の基本的な私のスタンスではある。このスタンスは、医薬業界や生物学的な内容についてほとんど触れていないなど、商売の範囲を比較的小さく抑えている理由にもなっている。なお、ゾンビは、明らかに、生物学的な検討を飛び越えた内容でありつつ、グラフ理論などを用いた別のアプローチを適用可能な分野である。手持ちのツール、材料の入手しやすさ、話題の特異性、といった条件は、私の興味をある方向に特定する結果を導きがちである。


 この「セット思考」を利用した分析は、先に言及したように、政治的な構造にも応用可能※gであるが、加えて、宗教や経済活動など、ほかの社会現象にも応用可能である。また、「セット思考」を強制する姿勢は、社会における言論の健全な発展という目的を考えた場合には、どこまでも問題の残る方法である。というのも、論者により、ある事物Aと別の事物Bについて、別の組合せを提示されてしまうと、自身の見識を有さず、また個別の事物に係る真偽を見分ける力量のない読者から見れば、いったいどちらを信用すれば良いの?どちらも信用できないのではないの?という事態に陥ってしまったりもするからである。同時に、特定の「セット思考」、特に明らかに誤りであることが基礎的な学問上の知識によって理解可能な命題を含むものを信奉している人たちは、そもそも付け入る隙を社会的に表明している人たちであると見ることができる。私がまるで陰謀論者を馬鹿にしているかのように聞こえるので、指摘しにくいのではあるが、ある陰謀論の「セット思考」を無批判に信用している人たちは、平たく言えば、カモ(ネギ)であることを自ら表明していることになるのである。

 また、陰謀論業界は、基本的に暴力や謀略と深い関係にある。その理由は、「セット思考」が人を選ぶという特徴にある。「セット思考」に染まった人たちは、これらの手段を得意とする組織や集団に利用されやすいという素地を有している。自由に意見を述べることができる社会は、大切な存在であるが、他方で、それらの意見がいかほどの立ち位置にあるものか、その意見を受け入れるとどのような帰結を辿ることになるのかについては、ある程度、対象を突き放して物を語ることのできる立場の者から、適切な解説が加えられることが必要とされるのである。一番分かりやすい話は、カルト宗教が陰謀の手先として利用される一方、当の組織も陰謀論をつまみ食いして組織の求心力維持に利用するというものである。

 この点、わが国の報道機関のほぼすべてと、学識経験者の大半は、福島第一原発事故に至るまで(、また現在に至るまで)、情報の産出・流通に従事する人物・組織として、世の中に必要な水準に到達することがなかったと考える。

#最後に、本記事以降、この話題に取り組むのがいつになるのか分からないので、とりあえず一足飛びに結論を示しておくことにする。


 陰謀論者と定義・誹謗されたことのある論者であっても、主張の各命題から、「いいとこ取り」をすれば良い、というのが私の現在の結論である。ただし、それぞれの論者の「いいとこ取り」をするためには、「個人個人が、科学的作法の基本である要素還元法を用いて、個別に扱うことの可能な命題を切り出してきて、その是非を検討する」という作業を必要とする。この作業は、誰にでも、その人なりの力量に応じて行える作業であるが、それなりの時間と労力を必要とする。「陰謀論者」の話に対してであっても、この作業は自覚的に実行可能であり、今こそ、その話には、耳を傾ける価値があるものが含まれる、という訳である。


※a おそらく、わが国と英語圏諸国における高等教育の手法が異なることに、その理由があるものと推測されるが、その話は別の機会としたい。

※b 英語にするとすれば、文法上正確であるかどうかは別にして、セット思考は、 distinctive mindset by the combinations of preference in each issue (in conspiracy thories)という、定義そのものの長い用語になるか、set-defined meta-schemeというややこしい用語になったりするかも知れない。stereotyped mindsetは、穏当であろう。英訳は、基本、適当であり、要修正である。

※c 識別符号といえば、秘密結社に伝承されてきたといわれるハンドサインが有名であるが、これは、一種の話題反らしとしても機能している可能性もあろう。結社にリクルートするのに有望な人物を見極めたり、結社を広報する上では有用かもしれない。しかし、ハンドサインそのものが結社の成員の紐帯の核として機能している訳ではなかろう。結社の成員を結びつけるものは、成員の思考形態であり、社会に対する物の見方(この場合にはマインドセットと呼んで良い)であろう。

※d ただし、著名な同氏といえども、この普遍性から逃れることが難しいように見受けられる点には、留意すべきであろう。ほかの陰謀論者と呼べる者と対談することを通じて、アングルを構えることになると、人物相関図における敵味方関係から、同氏がある立ち位置にあると邪推される結果となる虞は、十分に可能性の高いものである。

※e ネットの内外で情報活動(トランザクション)の種類を区別してネットを利用するグループの同定は、なお困難であろう。

※f 日本のプロレスでいうところのアングルである。

※g もちろん、二大政党制に係る政治学研究は、私のここでの思いつきに近い考察よりも遙かに多くの蓄積を有するであろう。ここでの「思考」を「政策」に置き換えたとき、二大政党制の弊害として、政策論争が失われるといった種類の指摘が十分に実証的に考察されていることは、言うまでもないことである。ただ、陰謀論という分野を理解する上で、私の指摘がなお有用であるのは、この種の考え方が、この考えを知る者に悪用されこそすれ、99%の人々の側で系統化され蓄積されるという営みの対象とならないからである。あと、個々の命題よりも組合せとしての信念体系こそ大事という考え方は、哲学などにおいても、比較的近年になってようやく興味が注がれつつあるテーマであるような気もする。かつての流行語で言うと、「セット思考」は、ケミストリー(こそ)を重視する考え方である。


平成28年7月31日追記


 「分かりやすい嘘」を取り混ぜて多くの命題について言及することは、相対的に「分かりやすい嘘」の重大性が小さくなるため、ある種の陰謀論者にとっては、「分かりやすい嘘」を特定分野について吐くことは、いわばテンプレ的危険回避法となる。「分かりやすい嘘」の効能については、過去に一部言及したことがある(リンク)が、この記事は、(その筋の)人に(も)知られていない新規性の高い情報を流通させるための方法論を念頭に置いたものである。いわば、インサイダーが一般への情報公開を狙うという場面、WikiLeaksが情報公開手段として利用されそうな場面において、利用される方法論について、説明した訳である。

 「分かりやすい嘘」は、いわば一次情報を流通させる場合に適用される方法論であり、公開情報(オシント)のみによって事実を推測するという場合には、同じ方法をなかなか用いにくいところがある。なぜなら、公開情報から事実を推測する場合には、材料とする情報の取合せのみによって、導出される解答を違えることができると同時に、導出の過程は、「誰がやっても同じ」という方法に頼らざるを得ないためである。結局、公開情報の分析は、利用する材料のほかに、アレンジの余地が少ないのである。せいぜい、利用した情報に確度の低い公開情報を取り混ぜるなどして、わざと分析を失敗してみせるという方法くらいしか、「分かりやすい嘘」の応用法は存在しない。しかも、この情報の採用自体、分析者のキュレーションに対するセンスを疑わせるということになってしまう。

 結局、オシントの分析者が公に向けて情報発信する場合、自分自身だけでは、「1+1=2」であるというように主張するか、主張を見送るというくらいしか、手がなかったりする。ところが、ほかの人の口を借りるという方法による場合、状況は、色々な方向に発展することになる。この結果は、状況依存的である。



平成28年8月12日追記

注記gに係る部分を追記した。一応、車輪を二度以上発明していることは、うすうす分かっている。その源流を辿るという知的作業よりも先に片付けておくべきことが山積しているので、サボっているだけである。「個々の命題の組合せ」という基本的なアイデアについて、自分に先取権がないことはまず間違いなく自明なのであるが、(私にとっては)情報爆発のために、どの程度まで先取権がないのか、誰に先取権があるのかの見極めが行えていないのである。可能であるなら、この考え方は、どの程度まで陰謀論を分析し、企業犯罪やら組織犯罪やらを説明する上で役に立つのか、正統的な方法で追究したいところである。また、どこかしらに新規性が存在しそうな気も濃厚にしているところである。

 「セット思考」は、情勢を理解する上での、とりあえずの足場のようなものである。あくまで実用性を重視して使えば良いのである。この暑い盛りになると、多くの異説のある事件・事故・戦争に係る事実が陰謀論の対象として取り上げられるようになる。しかし、私の不細工な主張を利用すれば、ある事件と別の戦争行為が連関すると指摘されるとき、人は、その連関にこそ疑いの目を向けることができるようになるのである。


平成28年9月14日追記

リンク欠けを訂正した。

相模原市緑区の障がい者入居施設の大量殺人事件について


 2016年7月26日のテレビ各局は、相模原市緑区千木良476の障がい者入居施設「津久井やまゆり園」の元職員(26)が今日未明に19名の入居者を殺害し、26名を負傷させた事件を大きく報道している。国内の事件としては、秋葉原連続殺傷事件以上の大量殺人事件であるので、テレビ朝日の『ワイドスクランブル』は、小川泰平氏や水谷修氏などの4名のコメンテーターを招待して事件を報道している。

 被害者、ご遺族、入居者の方々にお見舞い申し上げるとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈り申し上げる。

 コメンテーターの元心理職の某氏がリスクとコストについて言及し、(窃盗犯や暴力犯罪、詐欺といった)犯罪の加害者と被害者の関係がともに弱者に偏りがちであることを指摘したことは、テレビというメディアにおいては、比較的目新しい印象を受けるものである。これらの指摘は、犯罪学では基本的なものではある。他方で、企業犯罪や社会的に高い地位にあると見なされる人物の犯罪は、法執行機関に認知されにくい。このような指摘が存在していることも、併せて記憶しておくべきであろう。

 罪種によって、被害者・加害者間の関係が異なりうること、面識の程度が異なると見られていることにも注意が必要である。本殺人傷害事件は、施設の元職員による犯行であることがほぼ確定的であり、かつ、一連の犯行が30分以内に行われたと見込まれること、職員が1名負傷したことが番組内で報道されていた。これらの報道を踏まえれば、本事件は、容疑者が被害者一人一人を選択したというよりも、施設入居者全体を狙った犯行であり、巡回中の職員に発見されるまで入居者を襲ったという解釈の方が適切であろう。入居者という属性が狙われたのである。元の勤務先を狙うことまでは容疑者の中で意識化されていたであろうが、具体的な人物を念頭に置いた訳ではないのかも知れない。

 今回の事件では、容疑者には計画性があることが認められる。容疑者は、事件直後に出頭している。本日深夜から未明にかけての相模原市緑区の三時間天気が降水量ゼロmmである一方で、コンビニの雨合羽を運転席に残している。旧津久井町の中心地には、何度か行ったことがあるが、基本的には、自動車がなければなんともならない場所である。よって、犯行時に雨合羽を着用したということも考えられる。おそらく、容疑者の責任能力の有無は争点とはならないであろう。

 現時点で動機に係るコメントとして、コメンテーターが4名いながら、疑問を呈されなかった点がある。それは、なぜ2月中に解雇されたのに、容疑者について適用されるであろう通常の給付期間である90日を大きく超えた後、7月末の犯行に至ったのかという点についての推理である。コメンテーターが弱者について指摘しながら、社会的弱者の一類型である無職について無知であるのは、皮肉の効いたことである。教員免許の一次試験の結果通知は、ひとつの契機になり得るのではないか、と予想することも可能ではある。

 容疑者の責任能力が問題にならないという雰囲気があり、報道材料が多く存在するという状況は、今後の報道を過熱させる原因となろう。本事件は、まず間違いなく、最近の政局と何ら関係なく起こされたものであろうが、他方で、報道機関は、本事件を利用するであろう。その結果、本事件は、まるで、東京都知事選挙の争点隠しに用いられたかのような印象を一部の有権者に与えるものになろう。その理由は、報道機関が今週の日曜から月曜にかけて公表した情勢調査に求めることができる。


平成28年7月27日追記

昨日夕刊の読売新聞1面では、今年2月に容疑者が衆院議長公邸を二度訪問し、手紙を警備の警察官に委託したこと、緊急措置入院となり、3月2日に退院したことを伝える記事※1があった。手紙の内容は、障がい者がいなくなればよいとするものであったという。緊急措置入院に係る経緯は、相模原市による執行であるようである※2が、具体的な内容は、それ以上明らかにはされていない。

 この報道(のみ)で、「なぜ今?」というタイムライン上の疑問が一部解決されるように思われる。容疑者が3年間にわたり勤務したことから、病欠や有給の消化などによって実際の退職時期を3月末とするなど、温情的な措置となったのかも知れない。ただし、本日中のテレビ番組(『Nスタ』)では、依然として2月に退職したことになっているようである。やはり、犯行が7月中にずれ込んだ背景には、容疑者個人に起因する何らかの理由があると考える余地がある。

 施設の建物内部における職員や鍵の運用方法自体は、専門的な見地からは、必ずしも批難の対象にはならないであろう。犯行当日、容疑者は、1階の入居者の居室の窓ガラスを割って侵入し、ホーム出入口のオートロックを複数抜けて移動した※3。ホーム出入口のオートロックは、施設管理の簡便さから、1種類の鍵で開錠できるものであったという※3。本事件容疑者のような意志の固い攻撃者に対して、施設内の防御性能を被害ゼロとなるまで向上させることは、前兆行動が把握されていたとはいえ、半年間という期間内では無理であったろう。なぜなら、基本設計に係る哲学がこの種の攻撃とは相容れないものであるためである。その哲学とは、建前を重んじれば、「コミュニティ内外の交流を促進する」というものであり、あからさまに述べれば、「施設が刑務所や精神病院のように、内外のアクセスを制限する印象を与えない」というものである。

 この点、読売新聞の記事※3は、これらの運用方法自体を大々的に取上げ、詳しく説明し、容疑者の退職後も運用上のルーティンが変更されなかったことを記すことにより、暗に施設の運営に問題があったかのような表現を取るものである。この情報提供がどのように記事に至ったのかについては、後世の厳しい検討を受けて良いことである。本事件から関係機関が教訓とすべきことは、大変多い。しかし、読売新聞が施設単体に責任を求めるかのような記事を掲載し続けるならば、真に改善が必要な組織のルーティンが放置されることになりかねない。

 強いて指摘するならば、施設が旧津久井町の町外れにあり、自動車がなければアクセスしにくい場所に存在しているという事実は、施設の防御性能を向上させる材料として利用できたはずである。つまり、施設に乗り入れる自動車の監視を適切に実施していなかったという点は、後に批判的に検討されるべきであろう。さらに、容疑者の自動車運転免許の扱いは、国政の場で、批判的な検討を受けるべきである。認知症患者については、特定時期・内容の違反を根拠として、臨時適性検査を受診し、結果次第で免許停止または取消し処分を受けるという制度が用意されている。

 容疑者の退院が通知されていたとしても、その深刻さを施設関係者だけで評価することは、施設としての責務や能力を超えることである。その上、仮に、職員の一人一人が個人として容疑者を重大な脅威と捉えることができたとしても、それに対応可能な作業というものは、個人の職務上の責任を超えることでもある。

 私の推理を斜め上で行く前兆行動が示されていたことは、わが国の極右に対する監視と統制が不充分であることを示す強い(学術上の)証拠である。今回の容疑者は、障がい者について、ナチス・ドイツと同一の主張をなしていたという。とすれば、全世界の(わが国を除く)先進諸国においては、彼は、教員の息子であり、大麻を常用していたとしても、極左ではなく、極右として位置付けられる存在である。本事件の容疑者には、背後に組織の存在が認められたことを示す報道が存在しないことから、全世界の標準的な理解からは、「極右の一匹狼」となる。

 わが国の極左に対する捜査の熱心さをわが国の極右にも同様に向ければ、わが国の極右は、ネット右翼を含めて、遠からずゼロになるであろう。今後の社会不安を喚起する存在として、ネット右翼が問題になるという指摘は、すでに指摘済みである(リンク)。

※1 読売新聞2016年7月26日夕刊4版1面「衆院議長宛てに手紙/退職直前 大量殺害を示唆」
※2 読売新聞2016年7月27日夕刊4版13面「職員、近隣住民 動揺広がる」
※3 読売新聞2016年7月27日夕刊4版13面「施設熟知 犯行に悪用/相模原19人刺殺/鍵は8エリア共通/植松容疑者 侵入後に入手か」


平成28年7月28日13時追記

省庁連携が存在してこなかったことは、確かに反省材料ではあり、今後に役立てられるべき話である。であるならば、なぜ厚生労働省が委員会を立ち上げるのであろうか。従来の「病院の防犯」と同様、打ち上げ花火になるまいか。制度上、入居者と措置入院制度については、厚生労働省の所管ではあるが、本件は、もう少し枠を広げる必要がなかろうか。読売新聞は、社会面の小さな記事で、塩崎恭久厚生労働大臣が園を視察し、早急に対策を練ることに言及したことを述べている※4ほか、措置入院制度※5や園による防犯カメラ導入(後述)について言及する中で、省庁連携を示唆している。朝日新聞は、1面において、厚生労働省が有識者会議を設置して「警察との連携などの調査」を進めることに言及している※6。日本経済新聞は、社会面で神奈川県知事の黒岩祐治氏の「関係機関との情報共有に課題がある」という発言を引用する形で課題があることを指摘している※7。本件は、藤本哲也氏が読売新聞に述べたように※8、ヘイトクライムの一つとして捉えられる。ヘイトクライムであるならば、法務省マターであっても良いはずである。今回、最も被害を抑止し得た立場にある警察庁警備局において、検討がなされても良いはずである。

※4 読売新聞(署名なし)2016年7月28日朝刊14版39面「厚労相「早急に対策」」
※5 読売新聞(社会部 久保拓)2016年7月28日朝刊14版3面「措置入院 退院後 甘い日本/カナダ 地域で見守り/英 継続通院義務付け」
 【...略...】
 元慶応大教授の加藤久雄弁護士(医事刑法)は、措置入院が精神保健福祉法で定められた行政処分であるのに対し、ドイツでは同様の措置が刑法に基づく処分であることを指摘。「日本では患者の取り扱いが、行政と警察で縦割りになってしまう。日本でも、措置入院に関する仕組みは、刑法や別の法律で定めるべきだ」と話している。

※6 朝日新聞(久永隆一)2016年7月28日朝刊14版1面「措置入院 あり方検討 厚労省」
※7 日本経済新聞(署名なし)2016年7月28日朝刊14版39面「措置入院から退院 把握遅れ/警察と行政 対応検証へ」
※8 読売新聞(社会部 田中洋一郎)2016年7月28日朝刊13版11面「相模原視察 識者の見方 緊急論点スペシャル/司法と行政 連携強化を 中央大名誉教授 藤本哲也氏」

 衆議院議長名を間違いなく記述して、公邸に直接押しかけ、手紙を託すという目的を達成できた人物は、明らかに行動力があり、危険度が高い。当時のやり取りを知る由もないし、おそらく開示もされないであろうから、場合分けを通じて推測するほかないが、衆議院議長公邸に現れた容疑者にどのように対応したのか、容疑者がどのように反応したのかは、容疑者の犯行達成能力と責任能力を測る材料となろう。仮に、衆議院議長公邸の警備の場において、陳情や請願という方法があることを容疑者に指導できるだけの対応力のある警察官がおり、そのように指導したとしよう。この場合、容疑者が手紙を託すという目的を達成したことは、学習指導要領に示された内容を自らの血肉としている警察官の対応能力を超えて、目的を実施するだけのコミュニケーション能力と判断能力があったということになる。請願や陳情という手段によっては、自身の主張を伝達できないと容疑者が認識していた可能性が高くなるためである。このような精妙なやり取りがなく、単に警察官が根負けした場合であっても、(そして、私は、この場合が本命であるとは考えるが、)迅速に麹町署から津久井署に連絡があった(読売新聞※3)ことをふまえれば、麹町署としての責務は、果たされていたものと言えよう。ただし、その連絡業務において、容疑者の手紙がFAXやメールの添付ファイルなどで伝達されたか否かは、この前兆行動の重大さを伝達できたか否かの分岐点となっていたであろう。なお、警察庁への伝達があったか否か、リスク算定が迅速に行われた否かは、不明であるが、結果をふまえる限りは、容疑者個人の危険性についての判定に、結果として、警察は失敗したという結論を採用せざるを得ないであろう。

 容疑者が大麻や飲酒を嗜みながらも、車を運転でき、凶器を用意し、職員を5名拘束し、職員1名を避難させる※9も、これだけの被害を生じさせたという結果についての報道は、犯人の行動力と危険性が高いものであったという印象を読者に与えるものとなっている。避難したという1名の職員に係る情報は、読売新聞1面トップ記事のリード文にしか見られない情報であり※8、期せずして世に出てしまったことも考えられるが、この職員は、携帯電話もなく、また私がよくやるように、いざというときに電池切れであったかも知れないが、通報できないほど畏怖しているなどの状況に追い込まれていたのであろうと推測できる。突き放して検討すれば、職員の能力は不十分であったと言いうるが、元職員がこれだけの転身を果たして襲ってきたという事態は、十分にスプラッター映画の世界である。事前に適切な形で情報を与えられ、覚悟が据わっていればともかく、公式には何も知らされていなかったとすれば、園の職員にいざ冷静な対応を求めることは、かなりの無理がある。こうしたとき、たとえば、園の上層部が、夜間だけでも警備業者との契約を実施するという対応を実施していたとすれば、夜間勤務の職員も緊張感を新たにして、異なる結果を得た可能性もあり得たであろう。

※9 読売新聞(社会部 田中洋一郎)2016年7月28日朝刊14版1面「相模原視察 容疑者言動 2月に急変/職員5人縛り犯行」

 評価の高低はともかくとして、本事件に係るやまゆり福祉会、神奈川県、麹町署、警察庁、津久井署、相模原市、措置入院先の病院、厚生労働省の対応は、いずれも典型的なものであったと見ることが可能ではある。しかし、本事件の結果と、手紙を渡すという行為までに把握された前兆行動との間には、飛躍があり、事件が防ぎ得るものではなかったと言えるのであろうか。

 本事件において、どの部署が本格的に対応すべきであったか、また、最も実現可能な対策から遠のいていたか、ということを鑑みると、津久井署の公安担当部署と神奈川県警察の警備部(公安担当)を指名せざるを得ないであろう。津久井は良い具合の田舎である。神奈川県の小学生の遠足の目的地として、まことに良い雰囲気のある山間部にある。県央部の水瓶である相模湖がある、心穏やかに暮らせる場所である。であるからこそ、園の立地場所ともなったと推測できる。このような田舎町において、極右の危険性を真に看取できる公安警察が存在したのではないかと期待することは、酷なのであろうか。諸沢英道氏は、容疑者の手紙について、以下のように解説している※10

 【...略...】今回の手紙には犯行動機や犯行予定などが具体的に記されており、警察や行政機関が適切に対応しなければならない内容だといえる。実在する施設名を標的にあげ、容疑者が自の実名や自宅住所なども記しており、単なるいたずらや嫌がらせではないのは明白だ。
 一方、【...略...】非現実的な記述も多い。このため、警察や行政機関は精神疾患者による手紙だとして軽んじた部分はなかったか。犯罪を想定して迅速に動いたかなどは今後、検証すべきだろう。
※10 読売新聞(署名なし)2016年7月28日朝刊12版10面「検証。相模原19人刺殺事件/不可解な手紙 どう読み解く/非常に極端で孤独 諸沢英道氏常盤大学元学長(犯罪学、被害者学)」


 ネットで流通している衆議院議長宛の手紙は、内容のアンバランスさをうかがわせるものであるが、なお、危険性の高い内容であることが理解できるものである。我々は、すでに、昨年来の複数の事件を通じて、極左的な政治的背景色の薄い公安事犯が存在することを、公知の事実として共有しているのではなかったか。これらの特徴的な公安事件の犯人は、いずれも、事件を完遂しうるだけの実行能力を有し、SNS等を通じて犯行を行う旨の宣言を外部に向けて発信しており、現に敢行した者たちである。彼らを十分に現実の脅威として認識することは、妥当である。

 なお、ネットで流通する容疑者の手紙の書き起こしは、テレビ番組の画面キャプチャを元にしており、読売新聞の抜粋※10よりも自主検閲の程度が低いようであるが、なお、重大なフレーズが白塗りとされているために、書き起こされた内容だけでは、容疑者がいわゆる陰謀論を本当に信じ切っていたのか、信じた内容とソースは何か、隠れた動機はないか、などの重要部分を理解する上では役に立たない。容疑者がある公益法人に言及したことがネットで騒がれているが、つまり、この部分は、読売新聞の記事が抜粋という名目で自主検閲した部分であるが、白塗り部分が明らかにされないことには理解が真逆となる虞もあるために、犯人がどのような理解を当該の法人に対して有していたのかについては、分からないものと考えるべきであろう。当該法人に対する記述があったとて、容疑者の考え方に言及するには、材料不足に過ぎるというべきである。また、当該法人の広報する思想が容疑者の犯行に直接の思想上の示唆を与えたのか、という点については、明らかに容疑者に事実誤認がある、と考えて良い。これらの事実誤認と見なしうる部分を除けば、手紙の内容は、十分に犯行宣言として認められ、かつ、元インサイダーであるだけに成功の可能性がきわめて高いと見なされるものである。


 読売新聞、日本経済新聞、朝日新聞の各朝刊は、防犯カメラ16台を津久井署の助言を得て設置したことを報じている※11、※12、※13が、防犯カメラが直前の抑止に役立つのは、機会犯に対してのみである、ということは犯罪学の「常識」である。読売新聞だけは、園が代表電話番号を特定通報番号に登録したことを記している※11。この対応は、適切であるが、周知されていたのであろうか。また、代表電話番号は、詰所から発信できたのであろうか。私は、前日の追記において、防犯カメラ単体よりも、「ナンバープレート自動読取りシステム」が導入されるべきではなかったか、という指摘を念頭に置いて記述した。私のブログでは、私自身が後になって分かりにくいと思う文面を一部修正することがあるが、本点については、記述を修正していない。色々と慮り過ぎて、なかなか伝わらなかったことを反省している。ゆえに、本日の記述は、要らぬ注目を受ける程度に踏み込んだ記述となっている。防犯カメラ単独では、監視人員が充当されない限り、少なくとも予防・抑止効果はない。これは、諸方面に差し障りがあるので具体的な指摘は避けるが、警察官の中でも常識であろうし、誰もが容易に思い至ることのできる「常識」である。防犯カメラの導入が単独では抑止に役立たなかったという結論は、今回、採用せざるを得ないものである。ここでの失敗の敗因は、防犯カメラを推奨した側に、基本的な理解、つまり、防犯カメラは一次予防において役立ち、日和見的な犯罪、機会犯罪には役立つかもしれないが、二次予防、つまり直前の抑止には役立たず、決心の固い(determined)犯罪者には役立たないという、ごく当たり前の知識が存在しなかったことと、容疑者に対する軽侮の念が存在したことであろうことにある。


※11 読売新聞(社会部 田中洋一郎)2016年7月28日朝刊13版11面「相模原刺殺 識者の見方 緊急論点スペシャル/司法と行政 連携強化を 中央大名誉教授 藤本哲也氏」
※12 朝日新聞(久永隆一)2016年7月28日朝刊14版1面「措置入院 あり方検討 厚労省」
※13 日本経済新聞(署名なし)2016年7月28日朝刊14版39面「措置入院から退院 把握遅れ/警察と行政 対応検証へ」

 「常識」という用語を用いた理由は、「誰もが思いつけることは、誰かによって実行される可能性が常にある」という「消費者目線」、転じて「犯人としてありうる目線」の重要性を示すためでもある。衆議院議長公邸において、警備の警察官が手紙を受領し、その事実が津久井署にまで伝達され、緊急措置入院となったところまでは、適切な対応が進められたと言いうるかも知れない。しかし、その後の対応は、十分であっただろうか。容疑者の退院後、各組織の担当者は、今回の事件に悔いのないように、誠意を尽くして業務に従事していたと言えるのか。日本のあちこちで、組織のしがらみにとらわれることのない自由な心証に基づく指摘が必要とされている。改革は必要ないかも知れないが、改善を進めていくことは、必須であり、改善しようとする姿勢には、何らの疚しいことはないのである。


平成28年7月28日18時追記

朝日新聞夕刊は、1面において、容疑者が100mほど離れた民家の前に駐車していたことを報じている※14。この内容は、犯人が陰謀論に係る話題に言及した理由が自身の心神喪失状態を主張するためであるとみる材料となるとともに、ナンバープレート自動読取りシステムだけでは抑止が困難であったことを示すものとなる。防犯設備に係る私自身の主張の強さは、不充分であった。記して我が身の教訓とするとともに、関係者にも反省を求めることとしたい。

 防犯カメラシステムは、RBSS制度を離れて指摘すれば、基本、保護された有線を標準として、やむを得ない場合には指向性の無線を採用すべきである。しかし、有線は、設置箇所が広くなればなるほど、ケーブル敷設に係る工事費が高く付くために、設置面積の二乗根に比例したーブル敷設費用を要するという課題を有する。しかし、駐車場所にも注意を払うほどに容疑者が常習的犯罪者に近い合理性を有しているため、敷地境界を十分に監視可能で、かつ、動体検出が可能なように、それなりの密度をもって設置する必要があったと言えよう。

 朝日新聞は、結束された職員の一人から非番の同僚に向けて『LINE』のメッセージが発信され、これを受けた職員が午前2時38分に110番通報したことを伝えている。代表電話の特別通報登録は、結局、役立てられなかったと言える。この事実は、すべての対策がヒットするわけではなく、どのようなセキュリティ対策においても、多重防護が必要なことを示唆するものである。仮に、緊急通報アプリが存在し、ボタンを2度押すだけで動くものであったとすれば、被害の程度が抑えられた可能性も認められる。

 朝日新聞は、同じ夕刊の別記事において、大麻に係る陽性反応についての情報が共有されていなかったことについて、報じている※15。ここで重要な情報は、むしろ、情報の共有がなされなかったということよりも、容疑者が覚醒剤及び麻薬の任意検査については同意しており、大麻については拒否したという経緯である。この判別能力こそは、情報共有されるべき内容ではなかったか。この情報が提供されていれば、少なくとも、精神科医は、コイツは嘘吐きだな、という先入観を以て容疑者を観察できたはずである。この経緯を記事からうかがい知ることは難しいが、記者本人も本点を意識的に示した可能性が残る表現ではある。それに、容疑者の手紙の中には、大麻礼賛とも取れる表現が見られる。相模原市への当てこすりは、警察内部における情報の非共有を明らかとしてしまう危険性がある。

 最後になるが、本記事は、以前に記したトランプ氏に係る記事以降の記事すべてを含め、3日間、キャッシュへの登録すら保留されている状態にある。密かに変更しても、本記事を密かに覗く者以外には、何ら影響を与えないものであるが、そうすると、私自身がブログを開設し、本年度に至るまでに設定している自分ルールに悖るために、恥を忍んで明記しておくことにする。この機微は、世の中にはプリンシプルが必要である、という信念から生じたものである。私には(、robots.txtがデフォルトである場合には)、キャッシュに乗せるところまでは、プリンシプルの範疇ではないの?という疑問があるのである。


※14 朝日新聞(署名なし)2016年7月28日朝刊4版1面「施設侵入「裏口から」/相模原殺傷容疑者 防犯体制熟知か」
※15 朝日新聞(署名なし)2016年7月28日朝刊4版11面「大麻陽性 県警に伝えず/措置入院時 相模原市「義務ない」」



平成28年7月29日00時追記

デジタルの仕組みについては、私よりも詳しいであろうブログ『弁財天』の運営者氏は、果たして、1分余りで被害者1名となるスピードランが可能であったのかと、サンディ・フックに係る陰謀論にも準じた疑問を呈している(リンク)。容疑者や施設運営上層部以外に係る実名報道がないことは、その可能性を残すものではある。しかし、『弁財天』氏は、一点の可能性を見逃している。この可能性自体、わが国では責任を問う声が上がる可能性があるために、私が真に自身の将来のみを懸念するのであれば、沈黙することが望ましい可能性である。しかし、もうすでに、私は、ある方面から見れば、ルビコンを渡河中であろう。よって、可能性を明示して、今後の教訓として考えられる可能性を述べておこう。

 これだけの凶行が、殺人初心者の個人に可能となった背景として、施設が重度障がい者向けのものであるために、夕食に対して「夜ぐっすり寝られる成分」が混入されていたというものが考えられる。「無理矢理大人しくさせる」種類の薬であれば、関係者でも躊躇したかもしれないが、また、わざと商品をディスるわけではないのであるが、「夜ぐっすり寝られる五大栄養素」的な物質が多く発見されて製品化されている事実は、われわれもマスメディアに囲まれて体感しているところであるから、この考えに職員が至ることは、さほど無理筋ではないし、背徳感のある話でもない。何と言っても、栄養補助食品等は、薬物ではなく、食品に過ぎないのであるから。夜間に問題を起こす入居者がいるという虞がないからこそ、職員らは、仮眠を十分に取れていた、という事情も考えられる。この(薬効)成分の無自覚的な摂取は、被害の低減を考察する上では、避けて通れない内容である。何なら、職員も同じ食事を取ることにより、入居者から信頼を得ていた事情すら認められる。仮眠を十分に取ることによって、職員は、食品の影響を低減できていたであろう。本点可能性に当たっては、事故調査委員会のような仕組みが必要であろう。厚生労働省の委員会の委員が、この可能性に気付くことがあろうか。結構見物である。

 おそらく、前段落の指摘によって、私が御用学者として厚生労働省に呼ばれる余地は、ゼロになったであろう。しかしながら、格好良いことを深夜にほざくのは、人の習性である。朝になったらブログを読み返し、その後に公開するように、という助言を行う記事がウェブ上にあったように記憶する。同感である。黒歴史感を覚えないうちに、とりあえず本追記部分を終えて自分に知らんぷりをすることにしよう。


平成28年7月29日12時追記

前追記部分は、やはり黒歴史感を拭えないが、読みやすさと正確さのために、ある程度の内容を追記して、残すことにする。食品等を工夫して夜間の入居者を沈静化させていたという可能性は、通常であれば、人が考えていないものであるように見えるためである。障がい者施設の実際については、私も門外漢である。しかし、一般人であるブロガーの多くが気付いていないのであれば、また、職員が現場で外部の人物に見せられないことをしているという自覚があるのであれば、実務経験等を通じて現場を具体的に知る御用学者でもなければ、この可能性に気付くことはないであろう。よって、この可能性は、文章として残しておく価値があるというわけである。

 しかしそれよりも、容疑者が知的にだけではなく身体能力にも障がいのある人たちを優先して狙ったという可能性も高いであろう。ただし、この可能性は、先に示した職員側のルーティンと並立しうる内容である。どちらかが成立すると、片方が否定されるという内容ではない。むしろ、両方の条件が揃ったからこそ、被害が大きくなったという可能性が認められる。

 なお、近隣住民により撮影・提供された防犯カメラ映像※16によれば、大量殺人のわりに返り血が少ない、という指摘がネット上に見られるものの、犯人は雨合羽を用意しているし、おそらく、事件現場において、シーツや(この時期であるから)タオルケットなどの寝具をカバーとして利用したのであろう。犯行における容疑者の合理性は極めて高い。行為無価値説からも今回の事件は否定される内容であろうが、この事件で犯人が心神喪失や耗弱ということは、あり得ないであろう。近隣住民が深夜まで起床していたことにも驚かされるが、防犯カメラを設置していた経緯も気になるところではある。

※16 “戦後最悪”19人刺殺、防犯カメラが捉えた容疑者の姿 News i - TBSの動画ニュースサイト
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2830126.htm



平成28年8月6日01時追記

相模原障害者殺傷事件、犯行直前の「貧」と「困」|生活保護のリアル~私たちの明日は? みわよしこ|ダイヤモンド・オンライン
http://diamond.jp/articles/-/97962

 上掲リンクで、みわよしこ氏は、容疑者が生活保護を短期間受給していたが、7月には食事にも困る貧困状態ではなかったかと推測している。7月まで事件がずれこんだ理由の候補として、私にも納得できるものである。みわ氏は、同時に、本事件がヘイトクライムである旨を強調しており、沖縄タイムスの指摘を賞賛している。本事件がヘイトクライムの一種であると見ることも可能ではある。しかし、本事件に対しては、「容疑者の主張が手紙等を通じて広く流布され、障がい者のコミュニティが恐怖を覚え、これに社会が上手に対応できていない」という状況を鑑みるに、私は、あえて、本事件をテロ事件として理解し、対策を実施すべきであると主張したい。

 私が本事件をテロ事件であると主張する理由は、犯罪予防研究という観点から本事件の再発防止を図る場合(私にとって、都合が良いように、「犯罪学」と述べていないことに注意)、本事件をテロ事件と見た方が色々と捗るからである。ヘイトクライム対策に比して、現状、テロ対策のリソースは、大変に豊富である。わが国の縦割りの現状に対して注意深くある人物ならば、本事件は、断然、テロ事件と言うべきである。ヘイトクライム対策に問題を押し込める形になると、実質的に、国民の生命、健康及び財産が保護されなくなってしまうであろう。

 なお、本事件をテロ事件と見て、本事件に類似する事件を抑止し続けられるだけの構想を実現するとなると、別記事(リンク)でも述べたが、エース級の若手警察官が一県(都道府県)で1ダース以上は必要となり、それにつれ、相当のバックアップ態勢が必要となろう。この態勢を維持するためには、追加の手当や制度も必要となろう。他方で、その手当が真に必要であるか否かを検討するためには、裁判におけるインカメラ審理のような方法論が必要となる。このバランスをいかに取るべきかについては、私には構想がない。また、この態勢は、国内の犯罪を防ぐ上で有効になるであろうが、わが国の情報環境を考えると、国際関係の事案にも転用可能であるとは言い難い。この点、融通が利かないと考える向きもいるかも知れない。本点は、問題の所在を述べるだけで、筆を置くことにしたい。


平成28(2016)年9月21日修正

誤記を訂正し、リンクの張り忘れを訂正し、段落に入っている余分な改行記号の<br />タグを削除した。

2016年7月25日月曜日

荒引健ほか, (2013). 『R言語上級ハンドブック』, C&R研究所.(書評)

 同書は、同書の冒頭で示唆されるとおり、R言語でビッグデータを扱うためのノウハウを示した書籍である。内容そのものは良いが、題名から予想される内容と同書の実際の中身は、やや乖離しているようにも思われる。統計学的手法についての解説は、他書を当たった方が良い。掲載されているスニペットは、基本的にヘルプファイルのものである。上級者に至る上で必要な、エレガントなRコードの具体的な書き方を指南してくれもしない、という点は、題名負けしているとも指摘しうる。とはいえ、ウェブ上で継続的に公開されるデータを分析するにあたり、一読に値する書籍である。
 単なる印象だが、ここ5年ほどの間で、ほかのプログラム技術に秀でていた人が新規参入したために、R言語は、統計方面に強みを有するスクリプト言語としての地位を確立したかのようである。



荒引健ほか, (2013). 『R言語上級ハンドブック』, C&R研究所, p.55.
関数説明
substitute言語オブジェクトの式を書き換える
quote引数を未評価の式として返す
enquote引数を評価した上でquoteして返す
bquote言語オブジェクトの式を書き換える
call呼び出しオブジェクトを作成する
do.call呼び出しオブジェクトを作成して評価する
expression表現式オブジェクトを作成する
eval未評価の式を実行する
evalq未評価の式を実行する。引数を評価する環境がevalとは異なる
parseファイルやテキストをパースして表現式オブジェクトを返す
deparse未評価の言語オブジェクトを文字列に変換する

調査の際の表計算ソフトウェアの扱い方の基本(メモ)

 調査を行うときの表計算ソフトウェアの扱い方の基本を記しておく。本記事は、随時改訂する可能性が高い。(ほかにウェブサイトを作り、対応するかも知れない。)

 表計算ソフトのデファクトスタンダードは、Microsoft社の『Excel』であるから、これを念頭に置いた記述とする。以下に示す作業を怠ると、普通に『Excel』を扱える程度の人物なら、後で悶死する程の苦しみを味わうことになる。私も、作成者の自他を問わず、データを扱う場合には、常に苦しんでいる。
  1. 列名は、1行に収めること。
    • 説明を加えたいなら、別のシートを作成して、そこに思う存分書き込めば良い。
    • 列名には空白記号やナカグロや半角カタカナを使わない。文字数もできれば少なく。
    • 完全に安全であると見なせるのは、半角英数文字で8文字まで、先頭はアルファベットで。
  2. セルの結合を用いないこと。
    • 同じことを繰り返したいのなら、セルをコピペすれば良い。
    • 『Excel』では、結合されたセルの扱いが不統一な状態にある。内部のVBA関数の引数でさえ、引数の取り方に怪しいものが含まれることがある。バージョンによっても扱いが異なる場合もある。
  3. セルに入力規則を定めておくこと。
    • 半角・全角の区別が必要かもしれない。特に分析にかけられることが想定されるデータの場合には、数字と文字列との区別が大事である。
    •  「○」と「×」を示したい場合には、工夫が必要である。一番良いのは、○なら半角数字1(イチ)を、×なら半角数字0(ゼロ)を割り当てることである。
  4. データの入力範囲を矩形に定め、範囲内には必ず値を入力すること。
    • データ未入力のセルがないようにすることが大事。データ未入力=未調査だと分かるからである。
    • 調査を省略したり、対象が存在しないなどの場合には、NA()関数が便利。
       

指宿信氏のGPS利用捜査に対する「ビッグデータ時代」発言について(日経H280725)

平成28年7月25日の日本経済新聞東京13版34面は、「論点 争点 メディアと人権・法/令状なしGPS捜査「違法」/立法措置が検討課題に」という記事で、指宿信氏に取材している。

以下は、指宿氏の発言の一部であるが、違和感の残るものである。まず引用して、次段で違和感の正体に言及しよう。前記事(2015年5月15日)と同様、その適法性は、私の守備範囲ではない。前記事と同様、私の指摘は、物事に対する正確な理解の上に、適法性が争われるべきであるというものに留まる。

〔...前段落まで略...〕

指宿信・成城大教授は「公道上や店舗といった場所での警察の監視活動について、プライバシー侵害の程度が少なく適法とした過去の司法判断は、ビッグデータ時代に見直しを迫られている」と語る。その上でGPS捜査について①令状取得の義務付け②データの取り扱い規制③本人への事後通知制度――の導入を提案する。

【...最終段落を略...】

違和感の正体は、捜査対象が絞り込まれた後のGPS捜査の適法性という主題を扱うときに、「ビッグデータ時代」という用語が飛び出てくる点にある。GPS捜査において蓄積されるデータの量は、たとえば一台の車両という、絞り込まれた後の車両を追跡するということであれば、型落ちのノートパソコン一台で快適に分析可能である。ビッグデータという用語は、「クライアントの主記憶装置に格納することが適わないほど膨大なデータ」という意味を含む。(典拠は示さないし、記憶だけで記すが、その正確性については、自信を有している。)指宿氏の発言が引用の通りであれば、ここでの批判の対象は、GPS捜査ではなくなってしまう。

現時点では、ある捜査対象者の移動履歴の固有性を、ほかの人物の移動履歴とネットワーク科学の観点から比較しようとする場合であっても、ビッグデータにアクセスする必要があるのは、最初の段階だけであって、データを切り出すという作業に留まるであろう。それに、この作業は、GPS捜査における犯行の立証作業には不要である。連続犯または常習犯(おそらくこちら)について、犯行現場と犯行時間の組を提示し、その組に捜査対象者から採集されたGPS記録が時空間上で一致するという事実を立証するということになるだけであろうからである。

このようなGPS捜査に対して、強いて旬のキーワードを挙げて対抗するつもりなら、特定企業を想起させるが、「IoT時代」の語が用いられるべきである。日本の研究者として、少しなりとも国際的な先取性を主張するという作業に貢献するという含みを持たせるならば、「ユビキタス時代」が適切な候補となる。これらの用語であれば、いずれも、捜査の初期の過程において、データを取得するという段階の適法性に触れる言葉になり得る。ただし、「ユビキタス時代」の語の方が、適法性の検討範囲が広い。ネットに接続するという用途が想定されていない機器が含まれ得るためである。

先の引用部分において、記者の側による文章構成の影響が強いのか、それとも指宿氏の側からこの語が引用通りの文脈によって提示されたのかは、私には知る由も必要もないのであるが、とにかく、正確な議論の妨げになろう。指摘して公開しておきたい。




2017年7月25日訂正

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リチャード・アーミテージ氏の「トランプ氏への反対率6割」説は識者失格である

 本日(公開が翌25日になってしまったが)平成28(2016)年7月24日の読売新聞朝刊1面のコラム「地球を読む」の著者は、同紙読者にとっておなじみのリチャード・アーミテージ氏であるが、私にとって大変興味深く思われたのは、同氏の論考に、ドナルド・トランプ氏への言及がまったく見られなかったことである。掲載予定日やら和訳の時間やらを考慮しても、共和党大会について全スルーするという決定は、アーミテージ氏によるものであったと見るべきである。

 陰謀論に多少なりとも造詣のある者にとっては、アーミテージ氏が9.11当時のアメリカ合衆国国務副長官※1である上、プレイム事件※2において、「上司が率先して気に入らない部下の身分をバラした」というルール破りを指弾されていることは、もはや常識の部類である。後者に係る指摘は、Wikipediaの英語版にさえ明記されており、映画『フェア・ゲーム』の題材ともなったようである。同氏の事件への関与に係る記述は、百科事典的なものであるという衆目の評価をくぐり抜けているからこそ、「アーミテージ氏が最初の機密漏洩者であるか否か」という点に係る議論を含め※3、現時点でも、誰もが簡単に読むことができるように示されているのである。平たく言えば、さすがに誰も擁護できる不正ではない歴史的事実であるからこそ、「忘れられる」ことなく、後世に晒されることになったのである。

 ところで、アーミテージ氏が自身のコラムにおいて、共和党大会に言及しなかった理由は、彼の予想が大きく外れたことを自ら暴露する危険をこれ以上避けるためであったと推測できる。というのも、平成28年3月11日(!)の日本経済新聞(電子版)は、
 「トランプ氏が大統領になる可能性はあるが、明らかなのは共和党員の60%以上、今では3分の2がトランプ氏を支持することができない」と指摘した。そのうえで「多くの共和党員は少なくとも外交政策で、トランプ氏ではなく、クリントン氏に投票するだろう」と述べた。「もしトランプ氏が大統領になれば、危険な人物を政府の様々な地位につけるだろう」との懸念も指摘した。

 アーミテージ氏は「日米関係のためにも(トランプ氏よりも)クリントン氏だ」と力説した。「彼女は一生懸命働くし、仕事を知っている。多くの人は彼女に好感を持っていないかもしれないが、彼女が有能でないという人は誰もいない」と述べた。トランプ氏については「多くの人は好ましく思っていないし、どの程度の能力があるかも確かではない」と語った。(リンク

【以上、全5段落中、3及び4段落目を引用】
と報じている※4一方で、トランプ氏の指名獲得がほぼ確定的になったという状況下でアーミテージ氏の本日公開の原稿が執筆されたであろうことは、タイムライン上、不自然ではないためである。なお、トランプ氏が共和党の指名候補となった場合にクリントン氏に投票するというアーミテージ氏の意見は、本年3月だけでなく、政治ブログサイト『Politico』の本年6月の記事においても繰り返されている※5。同記事は※5、プレイム事件に係る疑惑を併記しており、朝日新聞の記事にも引用されている※6。結局、トランプ氏は、アーミテージ氏の予想を覆し、共和党員の代議票の70%近くを獲得しているのである※5

 アーミテージ氏の予想の外し具合は、アーミテージ氏が子ブッシュ政権時の重要閣僚であり、同政権が不正選挙によって成立したものであるという疑惑がかなりの確度を有する証拠とともに指摘されているだけに、重要な手がかりである。また、同氏は、いわゆるジャパン・ハンドラーズの一員であり、わが国の選挙管理に関与・影響した可能性もゼロではない。この「ゼロではない」という表現は、ゼロ超1以下を意味するが、私や一般の日本国民と比較すれば、選挙管理を補助する機器を製造・販売する企業に対してアーミテージ氏が面識を有する確率は、私よりもよほど高い数値を誇るものとなろう。あるいは、仮に同氏が直接の面識を有さなかったとしても、これら機器製造企業関係者へのネットワーク上の次数は、私よりも小さなものになるであろう。(コンタクトした時期を制限すれば、なおのこと、この予想は、確実なものとなるであろう。)

 アーミテージ氏がトランプ氏の支持者から信用されていないという前提に立ち、いくつかのパラメータを仮定すると、アーミテージ氏がどれくらいの割合で共和党関係者からも信用されていないのか、あるいは、同氏自身がどれだけ事実から乖離した嘘を吐く人物であるのか、を推定することが可能となる。これらを推定可能である理由は、インプットの実際こそ不明である※8ものの、3分の2が反トランプ氏であるという趣旨のアウトプットがアーミテージ氏自身から発せられており、かつ、代議員の70%がトランプ氏に投票したという事実と比較可能なためである。なお、アーミテージ氏のプレイム事件に係る疑惑は、共和党関係者には認知されていると考えて良いであろう。とすれば、共和党関係者といえども、核心的な利益を共有する人物でなければ、アーミテージ氏に対して心を開くことはないであろう。これが、アーミテージ氏が共和党関係者から信用されていないとする定性的な理由である。

 次表は、必要なパラメータをまとめたものである。

表1:リチャード・アーミテージ氏による
反トランプ氏率の当否の検討に係る枠組
アーミテージ氏への回答\トランプ氏への投票投票する
$p_1$
投票しない
$1 - p_1$
正直に回答する
$p_{2\cdot}$
$p_1 p_{21}$$(1 - p_1) p_{22}$
嘘を吐く
$1 - p_{2\cdot}$
$p_1 (1 - p_{21})$$(1 - p_1) (1 - p_{22})$

\[p_1 = \dfrac{1725}{2472} = 0.6978155\]であることが既知であるから、本件は、単に$p_{21}$と$p_{22}$の兼ね合いの話になる。これらの数値は、\[0 \leq (p_{21}, p_{22}) \leq 1\]の範囲を取るが、ここでは、5%刻みを取ることとしよう。

 本来ならば、代議員の属性は、アーミテージ氏との接触頻度に影響するであろうから、接触頻度に係るパラメータを導入する必要があるが、ここではあえて、同氏が代議員と接触したものと仮定する。全代議員の投票結果を母集団かつユニバースであるとみなし、アーミテージ氏の観測が無作為抽出によるものと仮定すると、$(p_{21}, p_{22})$のそれぞれの値について、アーミテージ氏の観測結果である三分の二という結果を得る確率を得ることができる。なお、本シミュレーションは、投票先によってグループを2種に区別し、それぞれで正規分布を仮定することにより、解析的に求めるという方法に代えることが可能である。そちらの方が統計的推定として伝統に忠実な手法であり、よほどスマートであるのではあるが、泥縄シミュレーションが私の趣味なので、今回は、泥縄シミュレーションに拘ることとする。

 次表は、アーミテージ氏と接触した代議員を300人と仮定し、その組を1000回生成し、表頭と表側のとおりに$(p_{21}, p_{22})$を設定した場合、6割以上の反トランプ支持率を得た試行回数を集計した結果である。各セルにつき、共通の1000回のシミュレーション結果から集計しているので、数値が丸まりがちではある。しかしながら、アーミテージ氏が分け隔てすることなく代議員にコンタクトしており、しかも、コンタクトした際の状況についてアーミテージ氏自身が正直であったとすると、トランプ氏への投票者のうち、少なくとも3割がアーミテージ氏に対して嘘を吐いていたということになる。つまりは、アーミテージ氏が自身で主張するような結果は、仮に彼自身が嘘を吐いていなかったとするならば、トランプ氏支持派の3割をディスることになるのである。この仮定は、あまりに無理過ぎるものである。素直に、アーミテージ氏が優秀な社会調査員とは程遠い存在であるか、または、嘘を吐くような存在である、と結論付けることが適当である、ということになるのである。

表2:リチャード・アーミテージ氏による「反トランプ氏率が6割以上」との主張が
成立したシミュレーション回数(シミュレーション回数1000回)
col: $p_{22}$
row: $p_{21}$
00.10.20.30.40.50.60.70.80.91
010001000100010001000100010001000100010001000
0.184298299710001000100010001000100010001000
0.256314738950998100010001000100010001000
0.300272086129039941000100010001000
0.400001012046383098710001000
0.5000000469338757973
0.600000000140210
注1: 命題は、日本経済新聞2016年3月11日インタビュー記事による。
注2: $p_{21}$及び$p_{22}$は、表1の定義による。

 ポイントは、トランプ氏に投票すると決めていた代議員のうちにも、トランプ氏以外の議員に投票すると決めていた代議員のうちにも、アーミテージ氏に嘘を吐いた者がいるという状況であれば、本来、両者は上手い具合に相殺し、アーミテージ氏がこれほど外れた結論に至るということがなかったはずである、という点にある。事実、シミュレーション結果は、アーミテージ氏の主張が彼の体験に忠実に報告されたものであるとすれば、反トランプ氏の代議員がアーミテージ氏に対して正直であるほど、親トランプ氏の代議員の正直さも高まるという関係を示している。その反面、数字のマジックであるが、アーミテージ氏に対して誰もが嘘を吐いていた場合にも、アーミテージ氏が素直であった場合の「6割説」が実現する、という結果が得られている。いずれにしても、「トランプ氏に賛成する派閥の大半が、アーミテージ氏に対して嘘を吐いていた」という結論を採用するのも、今後のアーミテージ氏には困ったことになろう。

 以上の検討から、アーミテージ氏の今年3月11日の主張がなされた理由は、日経記者に対してわざと嘘を吐いていたか、または、コンタクトを取った共和党員が反トランプ氏派のみに集中し、その点を軽視していたか、という2種に限定されることになる。例外的なケースとして、3月の時点から大きく共和党員の態度が変化した、というものを仮想することはできる。しかし、トランプ氏への賛意が大勢であるという状況が見えた時点で、この点に言及してこなかったことは、知日派としてのアーミテージ氏に対する読者の期待を裏切るものである(棒)と同時に、2016年3月以降にトランプ氏への賛否の趨勢が大きく変化したという事実が存在しなかったという理解を補強する材料となっている。事実、「トランプ旋風」という用語は、2016年3月以前から用いられているようである。また、州における代議員への拘束は、一種の紳士協定であり、強制的なものではないようであるから、ユール・シンプソンのパラドクスに類する集合的な誤謬を挙げても、アーミテージ氏の失敗を説明する要因にならないものと考える。


 いずれにしても、アーミテージ氏の言説は、識者失格のレベルに到達したものとなっている。多少の見込み違いではなく、調査の勘所を大きく外しており、大誤報を修正もしていないからである。

 アーミテージ氏の予想が事実に大きく裏切られたという状況は、不正(選挙)が機能しない場合には、不正(選挙)を企むと見なされている側の予想であっても、不勉強か怠惰であるかのゆえに大きく外す可能性のあることを示唆している。アーミテージ氏の失敗は、新聞記者たちが最近の参院選に係る情勢調査・出口調査において、怪しげな結論を引き出したことと同形である(リンク)。これらの情報産出・流通に係る職業人たちは基礎的な概念については中学数学で理解可能な事実※7を無視したために、このような結果を晒している。この無学は、自然犯に係る職業犯罪者が必要十分と思われる分だけ学習することに酷似している。ここに見た事例は、企業犯罪・組織犯罪についても、職業的犯罪者が従来の手口に固執するという法則を拡張するものであるのかも知れない。

 以上、某掲示板の某先生ならば「ハンドラーの実力がIT時代にバレバレとなっただけ」ということを面白おかしく表現してくれるに違いないところ、長々と、内実を詰めてみた。人間の直感というものは素晴らしく出来ており、以上に検討したような論理を飛び越えて、アメリカ国内におけるアーミテージ氏の総合的な実力が低下したことを、瞬時に嗅ぎ分けることができるようである。この点、私は、ネットに散在する、見立ての優れた人を尊敬するが、同時に、ときには、きっちりと論理で囲い込むことも必要ではないかとも考えている。そこにこそ、私の出番があるようではある。

 今回、確認した事実は、「当代のジャパン・ハンドラーズの一人が、故意に嘘を吐いたか、または、専門家らしからぬ安易さで状況を解釈して、わが国の行く末を左右する米国の動向についての、日本語話者の理解を大きく妨げた」という構図である。「7割の賛成」を「6割の反対」と誤報した要因は、およそのところ、無作為抽出の重要性を無視したことによるものと推測されるが、この要因を認めない限りは、怪しさ満点の仮定を盛ったとしても、この程度に酷い誤解には到達しないということも確認した。基本から逸脱する限り、いかなジャパン・ハンドラーズといえども、正しい理解にたどり着くことがなかなか困難である、という訳である。



 最後に不正選挙という語に絡んで脱線しておく※9が、そもそも論でいえば、投票計数機器については、ソースコードを随時開示できないというだけで、疑惑は必要十分である。不正が事実であった場合には、複合的な材料によって、内乱罪を構成する可能性すら存在する。不正に伴うリスクは、日本国民の側にとって、限りなく大きなものである。他方、ソースコードが随時開示されることに対する企業側のコストは、不正が事実であった場合のリスクに比べれば、限りなく小さなものである。孫崎享氏が、わが国にも国際的な選挙監視団が必要である旨をツイートしていたような覚えがあるが、現在の投票用紙仕分け機のプロプライエタリな状況が放置され続けるとすれば、至言である。



 もう一つ、完全に脱線して本記事を締めくくることとしたい。「三分の二という分数は、小数に直すと、6がずっと続くから、この数字に言及したいがために嘘を吐いたのかな?」とまで考えてみたのは、私としては、ご愛敬である。しかし万が一、この考え方がいいとこ突いていたとするならば、本記事は、近代以降の数学によって、迷信をデバンクしたものである、ということにもなる。逆・逆・ドッキリみたいなものである。



#以下、2016年7月24日閲覧・確認。
※1 United States Deputy Secretary of State
※2 日本語英語のWikipediaの記述には、大きな差が見られる状態であって、本記事では英語を参照した。
※3 Talkの項を参照。
※4 アーミテージ氏、トランプ氏指名なら「クリントン氏に投票」:日本経済新聞(平成28年3月11日 1:30)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM10H5E_Q6A310C1FF2000/
※5 Donald Trump was just nominated with the eighth-lowest delegate percentage in Republican history - The Washington Post
https://www.washingtonpost.com/news/the-fix/wp/2016/07/19/donald-trump-was-just-nominated-with-the-eighth-lowest-delegate-percentage-in-republican-history/
※6 アーミテージ氏「トランプ氏なら、クリントン氏に投票」:朝日新聞デジタル(2016年6月17日20時55分)
http://www.asahi.com/articles/ASJ6K54B5J6KUHBI01X.html
※7 実装は、高校程度のプログラムの授業によることになり、全体の仕組みそのものは、大学の教養課程以上の知識が必要になるが、結果を読み取ること自体は、中学数学で十分である。
※8 インプットの内実を規定する要素としては、意見を聴取した人数、聴取した人物の立ち位置、そもそも聴取などしていないという場合などが考えられる。
※9 本点については、いつか書こうと思いつつ、そのタイミングがなかったので、見切り発車でここに記した。おいおい検討するかも知れないし、そうでないかも知れない。

2016年7月24日日曜日

ドナルド・トランプ氏の大統領候補指名受諾演説はわが国のTPP推進勢力の梯子を外した

#本記事も、一種の「あらたにす」である。また、本記事の内容は、本日(平成28(2016)年7月24日日曜日)の朝刊各紙を確認する前に記されたものである(文章の調整は、本文を含め、本日中に行われているが、内容そのものの変更は加えていない)。このため、本記事は、図らずも、本日の朝刊に対する前振りとなっている。

 昨日(平成28(2016)年7月23日土曜日)の読売新聞朝刊は、1面の「トランプ氏 TPP反対明言/共和指名受諾 クリントン氏を批判」という記事※1により、ドナルド・トランプ氏の1時間を超える共和党大会演説の概要を示している。読売新聞の1面記事は、トランプ氏がTPPへの反対を明言したことを事実として記載するのみである。1面記事では、事実についての切り取り方はともかく、読売新聞社としての明確な評価を下していない。6面の概要※2も、7面の解説※3にも、社としての評価は提示されておらず、アメリカ総局長の小川聡氏による記事※4が挙党態勢とは言えない旨を指摘するのみである。ただし、小川氏は、TPPには言及していない。

 他方、日本経済新聞の1面記事※5は、リード文の末尾で、
【...略...】各国で批准の過程に入った環太平洋経済連携協定(TPP)に反対した。同氏の内向きな政策に産業界や投資家は不安を強めている。
というトランプ氏への批判を明記し、本文では、
【...略...】TPPに反対するトランプ氏は共和党の従来の政策と一線を画する。18日に採択した党の政策綱領はTPPの早期批准に余地を残していた。

とTPPが共和党による主要政策であったと主張している。朝日新聞は、1面ではトランプ氏の演説を報道していないが、2面にメインとなる記事※6を載せ、別立ての「日本政府懸念」という見出しを掲げた記事などで、周辺の受け止め方を提示している※7、※8。朝日新聞は、日本政府の意向について、次のように伝えている※8
 日本政府はトランプ氏が反対する政策について、早めに道筋をつけることで、方針転換が図れないようにしたい考えだ。TPPは、秋の臨時国会で協定の発効に必要な国会承認に優先的に取り組む方針だ。首相官邸幹部は「トランプ氏は本当に強くTPPに反対しているのだろう」と語る。

 トランプ氏が在日米軍駐留経費の負担増を求めていることにも危機感を募らせる【...略...】
※1 読売新聞(2016年7月23日)「トランプ氏 TPP反対明言/共和指名受諾 クリントン氏を批判」朝刊1面14版.
※2 読売新聞(2016年7月23日)「貿易協定 強い不信/クリントン氏 操り人形/テロ関係国の移民 拒絶/受諾演説要旨」朝刊6面14版.
※3 読売新聞(2016年7月23日)「治安・同盟「米国第一」/トランプ氏受諾演説/民主の政策も盛り込む/米大統領選2016」朝刊7面14版.
※4 読売新聞 小川聡(アメリカ総局長)(2016年7月23日)「「トランプ党」の代表」朝刊7面14版.
※5 日本経済新聞(2016年7月23日)「トランプ氏、反TPP明言/共和党大会「米産業を壊滅」/大統領候補受諾 国益を優先」朝刊1面14版.
※6 朝日新聞(2016年7月23日)「トランプ氏「米国第一」/指名受諾 移民・貿易 不満を代弁」朝刊2面14版.
※7 朝日新聞(2016年7月23日)「クリントン氏へ「既得権益」矛先」朝刊2面14版.
※8 朝日新聞(2016年7月23日)「米軍駐留・TPP 日本政府懸念」朝刊2面14版.

 ドナルド・トランプ氏は、大統領候補指名受諾演説※9において、TPP、環太平洋パートナーシップ協定をヒラリー・クリントン氏が支持したことを批判している。その前振りとして、ビル・クリントン氏が最悪の経済協定であるNAFTAを締結し、WTOへの中国の加盟を支持したこと、ヒラリー氏がこれらの中産階級を破壊する通商協定を事実上すべて支持してきたこと、韓国との通商協定(FTA)を支持したことを批判している。具体的には、以下のように述べてTPPを批判している。
 TPPは、われわれの製造業を破壊するだけではなく、アメリカを外国政府の支配の対象とする。私は、われわれ(アメリカ人)労働者を傷付け、またはわれわれの自由と独立を縮小するような、いかなる通商条約にも署名しないことを誓う。その代わり、私は、個々の国とは、個別の取引を行う。

 われわれは、われわれの国からの(代表の)誰もが読んだり理解することすらできないような数千ページにも及ぶ、多数の国との、大量の交渉に入ることはしない。われわれは、不正を行ういかなる国に対しても、税金や関税の利用によるものを含め、すべての通商違反を取り締るであろう。

 これには、中国による、憤激を覚えるような知財窃盗、それに伴う違法な製品の不当廉売、破壊的な通貨操作を止めさせることが含まれる。われわれは、中国や多数の他の国との酷い通商協定を、根底から再交渉する。これには、NAFTAについて再交渉し、アメリカにとってはるかに良い成果を得ることが含まれる。そして、われわれが望む結果が得られなかったときには、われわれは立ち去れば良い。われわれは、(われわれの望むように)物事を作り上げる作業を再び始めるであろう。

【以上は私訳である。原文リンク※9
※9 Full text: Donald Trump 2016 RNC draft speech transcript - POLITICO
http://www.politico.com/story/2016/07/full-transcript-donald-trump-nomination-acceptance-speech-at-rnc-225974

 トランプ氏からみて、TPPは、締結の経緯にかかわらず、他国により強いられようとした不正な協定である、とわれわれは理解することができる。正確には、TPPは不公正な交渉であって、法に違反した不正な交渉であるとまでは指摘していないが、引用部分を全体として読めば、この解釈については、何ら問題はないであろう。また、以上に引用したトランプ氏の演説に摘示された事実は、TPPについては真であると言える(反論があるなら、証拠とともに提示すべきである)。この事実から導かれるTPPに対する意見は、関係各国の国民の立場により異なりうるかもしれないが、少なくとも、共和党の大統領候補となったトランプ氏にとって、他国によるTPPの押しつけは、不正なものと認識される可能性がきわめて高いものであると見ることができる。

 すると、朝日新聞によるとTPPの早期推進を働きかけるとするわが国は、名指しされずとも、「不正を行ういかなる国」の候補に自ら含まれようとしていることになる。トランプ氏が相手国との個別の交渉には応じると明言しているにもかかわらず、わざわざ、TPPを締結しようと推してくる国は、「不正な条約」を推す国である。わが国にとっての得策は、TPPを通じてではなく、従来型の国家同士の通商協定の枠組みの中で、国益の保全・向上を図るアメリカとの交渉に臨むこととなる。つまるところ、トランプ氏が大統領となった場合には、ネオコン台頭以前の規準が適用されると理解し、その状態に向けて覚悟を決めれば良いだけである。

 TPPやNAFTAに対する批判に続いての中国への強硬策に係る部分も引用したが、私がこの部分を引用したのは、トランプ氏の強圧的な対外政策が日本に対して適用された場合の成り行きを想像するための材料に用いるためである。決して、中美関係または米中関係そのものについて言及したい訳ではない(し、私には、その分析能力もない)。ただ、「戦争屋」の影響を脱した米国は、再度、自身についての「正しさ」や「公平さ」を棚上げせざるを得ない場合であっても、「正しさ」や「公平さ」を外交の場で規準とする(利用する)であろうし、この語は、中国に対しても、日本に対しても、相手国を見ながら相手国の行為に使用されることになるであろう。中国と米国という、太平洋を巡る二大国の狭間でわが国が生き残りを図る際、国際的に見た場合の「正義」「公正」に悖ることは、米国からの批判の材料となる。「トランプ大統領」の米国との交渉の場では、社会科学分野にいう「実証的な証拠」が活用されることになるであろうし、たとえば調査捕鯨分野において展開されているような、自然科学の範疇に収まらないプラスアルファの動きも重要なものとなるということであろう。

 TPPが立ち消えとなった後の日米交渉においては、「不正」という語だけではなく、「不公正」という表現が今後用いられる可能性がきわめて高い。この論拠を詰めることはしないが、共和党の予備選を通じたトランプ氏に対する、「考え方が旧来のものである」という趣旨の批判がグローバリストの側から多数提起されたことをふまえれば、この予想が的外れということはないであろう。わが国は、日米繊維交渉や、自動車や半導体分野における貿易摩擦の再現のような、タフな二国間交渉を米国から強いられる可能性が十分に認められるという訳である。(農業については、当時とは異なる条件がいくつか存在するため、その考察は、別の機会に取っておこう。)TPPに係る交渉において、わが国の国益を代弁するはずの人物は、誰も必要十分に把握していなかったに違いないが、TPP関係国の諸制度の中には、アメリカの現時点・近い将来の諸制度からみて、卑怯であると見なされる制度が多く存在しているであろう。この種の制度は、たとえ日米以外の第三国のものであったとしても、今後の二国間交渉の場において、TPP交渉時に日本側が黙認していたことを示すカードとして利用されるであろう。

 TPPに係る交渉経緯は、今後、何らかの形でインターネット上に公開(あるいは放流)される可能性がそれなりに高いものと認められる。トランプ氏が大統領になった場合、公権力によるTPPに係る情報公開が進められる可能性も認められる。もちろん、「トランプ政権下」の開示作業は、直ちに公開されるにせよ、後世の公開となるにせよ、アメリカの国益に沿うように資料を精査してからのものとなるであろう。「トランプ大統領後」に、TPPに係る交渉の経緯が全く公開されないことを期待することは、とても不可能である。TPPの交渉経緯が暴露されることによって利益を得る存在には、大多数の国々と、米国を含む関係国のいわゆる99%が含まれるためである。また、いくつかの交渉資料は、実際、TPPに反対してきた組織等に流出している。流出の事実と、TPPの締結が困難となり締結に伴う秘密保持が期待できなくなったという事実の組合せは、流出させた人物が「国民国家側のアンダーカバー」であるのか「グローバリスト内の裏切り者」であるのか「愛国者」であるのか等の内実はともかくとして、TPP交渉に従事し、当該国の国益を代弁する上で含まれる必要のなかった人物に対するプレッシャーとして、現に機能しているはずである。「反トランプ」の動きに与する人物の中には、自らが国を売る作業に従事したことに自覚的である者が含まれる、と見なしても、さほど間違いではなかろう。その反面、国益(第一)という、奉仕に足るだけの使命を与えられたアメリカの(国家)公務員の士気は、ここ十数年の零落ぶりから立ち直るものと見て間違いない。同じ人物でも、パフォーマンスには大きな差が出ることとなろう。

 TPPの締結自体がアメリカにおける状況の変化によって望み薄となりつつある現在、TPP交渉に関与した個々人は、保身の余り、『蜘蛛の糸』状態にあってもおかしくはないのであるが、土曜の朝刊における三紙の論調は、その混乱を反映したものとなっている。読売新聞は、
 経団連の夏季フォーラムでは、多くの経営者から、欧米で自国産業の保護を過度に優先する「内向き志向の広がり」(飯島彰己・三井物産会長)が、世界的な自由貿易の推進を危うくするとの懸念が相次いだ。

 【...略...】背景には、TPPが「日本の成長戦略の柱」(榊原定征・経団連会長)であるとの期待がある。【...略...】
 とも報じている※10が、ここに示された経団連の意見は、わが国においても、「自国民の保護を優先して何が悪いのか」との反駁を受けて、「ぐぬぬ...」となる性質のものである。同記事は、編集委員の山崎貴史氏による署名記事であり、山崎氏と、TPPに係る直接の評価を顕名の記事に負わせた読売新聞社との間に隙間風が吹いていることを見せつけるものである。タイミングの悪さを露呈しているのは、法政大学教授の森聡氏に対するインタビュー記事※11である。森氏は、安倍内閣に対する外交・安全保障政策の評価について問われ、
 対米関係を良好に保っていることも、外交上の重要な成果だ。TPP(環太平洋経済連携協定)交渉を通じ、安全保障分野だけでなく、経済面でも共通の目標を追求する国だということを米国に見せてきた。【...略...】
と解説している。森氏のいう「共通の目標」とは、まるで、日米の1%だけのものであるかのように読める可能性がある紙面構成となってしまっている。トランプ氏は、TPPが米国民の利益を代表しない条約であるとして、従来のワシントン既得権益層の梯子を外したことになるが、米国の1%からは、誰が率先して飛び降りることになる(飛び降りたことが明らかになる)のであろうか。また、わが国側では、誰がトランプ氏にいち早く靡くことになるのであろうか。なお、日本経済新聞の「にっけいは なかまを よんだ!」ぶりは面白過ぎるので、これは、後々のサブマリンネタとして取っておきたい。なお、日経の面白ぶりは、過去の記事(リンク)において言及した、週刊新潮の論調に近いものがある。

 三紙の読み比べで私に分かったことは、わが国の関係者がいつまでもTPPにしがみついていると、大火傷となる危険が具体化したということである。ただ、日本の国益にならないことであっても、アメリカの国益になり、日本における市場の創出が見込めるTPP交渉分野は、今後のアメリカ側によって大いにプッシュされることになろう。ただ、そのあり方は、TPPのような一括パッケージから離れて構想されなければならないし、アメリカの勤労者層の利益を大いに考慮したものにならなければ、見向きもされない。日本側の利益も見込める産業分野が果たして存在するのか否か。何度か言及している(初出234)が、生活安全警察行政関連パッケージ(薬物、銃器、風俗、賭博)については、日米二か国以外を売込先として、的確な制度設計と厳格な実装を行えば、日本側にも利益が出る可能性が拓けるようにも思われるのであるが、私の考えは、所詮、「畳の上の水練」である。危険性は指摘したので、本稿の記事の意義を果たした、として本稿を締めくくることとしたい。


※10 読売新聞 山崎貴史(編集委員)(2016年7月23日)「広がる「内向き志向」懸念」朝刊8面13版.
※11 読売新聞 比嘉清太(2016年7月23日)「海洋安保 主導的役割を/語る 1強継続(3) 法政大教授 森聡氏」朝刊4面13S版.

蛇足:過去記事の訂正

なお、以前、私は、「読売新聞の本日1面は、TPP推しの読売新聞らしく、」と表現したことがある(リンク)が、本日(平成28(2016)年7月23日)の読売新聞の構成による限りでは、読売新聞が方針を転換したわけではなく、当時の私の理解と記述を訂正しなければならない。当時の私は、読売新聞について、「どこまでもTPPを推す訳ではなく、とある社外の組織の意向に基づきTPPへの賛否を表明する新聞である」と理解しつつも、「読売新聞がTPPを推す」ことの理由をピンポイントで読者に伝達できるように記述するための検討を怠っていた。「読売新聞社を影響下に置く組織の転身」は、今回の私の記述の誤りを生じた原因であろう。私自身は、読売新聞社のプリンシプルを決して読み誤っていた訳ではない、と主張したいのであるが、今回の実績からすると、この弁明は、通用しないであろう。ここに記して、読者に誤解を与える表現を用いたことをお詫びする。

 読売新聞社の論調は、上記のプリンシプルを踏まえた上では参考になるものであり、今回、特に、日経の論調とのズレ(社を挙げて経団連に与しないかのような紙面構成)が見られたことは、わが国の国民益にとっても、米国民の利益にとっても、喜ばしいことであると見える。私の頭の中では、陰謀論的な観点からの利益集団は、日米両国について/1%対99%/1%については「戦争屋」と「その他の利益集団」という大雑把な括りの6種類から構成されている。現在の日米両国の権力構造を考察する上で、この6種類という見方は、それほど現実を捉える上で誤ることのないものであると考えている。以前に言及しようとしてみたカレル・ヴァン=ウォルフレン氏の「鉄の四角形」との違いは何かとか、細かいことは気にし始めないで欲しいが、階級史観と何が異なるのか、という疑問は尤もであろう。私の御用学者としてのレーゾンデートルにも関わる部分であるため、今のところの回答を提示しておきたい。旧来の共産主義における理解との違いは、一つには、分配されているものが資本ではなく権力であるという理解である。経済力は、権力の源泉とはなるが、権力のすべてではない。ここまで定義することが私に求められているとは、私自身が考えていないので、適当という印象を与えるかも知れないが、念のため。それに、社会をモデルとして見る場合、モデルによって現象を8割説明できれば優れて上等であるという諦念に基づき、モデル自体を突き放してみることこそが重要である。この機微は、科学と信念との区別にもつながる。

2016年7月20日水曜日

ゾンビ(ゲーム)とオリンピックとロシアという三題噺

 ゾンビ(ゲーム)とオリンピックとロシアとは、これまた珍妙な取り合わせであるが、これが本記事の話題である。読者の利便のために、できるだけ簡潔かつ必要十分に記述してみよう。ネタバレ上等である。PCゲーマーの読者は、注意されたい。

 『Dying Light』というFPSゲーム※1がある。ゾンビになるウィルスが蔓延し、隔離されたイスタンブールを彷彿とさせる都市ハランで国際機関から派遣された特殊部隊員が生き延びるために苦闘する話である。ポーランドのTechlandが開発、ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメントにより全世界的に販売されている。性描写はないが、残酷描写が満載であるゆえ、CEROレーティングが「Z」、18禁ゲームである。初心者には敷居が高い操作方法であるが、一人用FPSゲームとしては、出色の出来である。

※1 First Person Shooter。プレイヤー本人があたかも3DCGで描かれた空間内にいるような視点で画面が描かれており、遠近法の消失点(画面中央)を照準として、コントローラやマウスで視点・照準を動かして攻撃する形式のゲーム。

 本ゲームには、インターネットを通じた4人までの協力モードと、4対1の対戦モードがある。対戦モードでは、1名のプレイヤーが触手を用いてフィールドを自在に移動できるスーパーゾンビ(Night Hunter)となって、協力モードの人間役のプレイヤーたち(最大4人)に乱入できる。協力モードでは、クライアント同士の距離が影響しているためか、自国か、応答時間の短い国のプレイヤーのゲームにしか参入できないようであるが、現時点の対戦モードでは、全世界のプレイヤーのゲームに乱入することになりがちである。対戦モードでは、乱入するにもかかわらず、ゾンビ側プレイヤーは、5つの「巣」を破壊される前に人間プレイヤーたちを計10名殺害するという勝利条件を与えられている。

 対戦モードで乱入すると、ロシアのプレイヤーに多く遭遇するが、およそ3分の2ほどが、明らかに不正改造された武器を利用してくる。そのアイテムとは、弩であるが、弾数無制限、再装填を必要とせず、1秒間に5回は射撃可能である。当該の弩は、主にロシア語圏で流通しているようであるが、私の経験では、ドイツやオランダや日本に在住すると申告しているユーザにも、協力モードを通じて配布されているようである。アイテムの属性は明らかに不正なものであるが、受け渡し作業そのものは、ルールの枠内で処理されているようである。

 ここに挙げた国名は、いずれも、『Steam』というゲームプラットフォームへの本人の登録を参照したものであるため、現実を必ずしも反映していない可能性もある。ただ、ロシア語圏で主に流通しているという推測については、これら不正を行うプレイヤー同士のキリル文字によるチャットを見ているなどの理由があるために、私としては、かなりの確信を抱いている。本人の報告では日本国内(京都)に在住するとしていた不正なプレイヤーは、ローマ字表記も理解できず、英語も怪しい状態であった。日本国内在住という申告自体が嘘である可能性も認められる。

 私がロシア語圏で配布されていると推測し言明した理由は、二点ある。第一に、本ゲームについてのロシア人プレイヤーのコミュニティは、英語慣れしていないようである。本ゲームには、ロシア語版が存在している。プレイヤー同士のコミュニケーションを通じて、コミュニティの特徴は、その内容が不正に係るものであるか否かにかかわらず、強化される方向に働いているであろう。第二に、英語での本件不正に係る情報は、一例を除けば、Google検索でもまったくヒットしない。英語を普通に使えるプレイヤーたちで、この不正アイテムを使用していた人数は、5名に満たない。英語を普通に使えないロシア人プレイヤーたちで、この不正な弩を利用していると推定される者は、20名以上となる。この比は、プレイヤーの居住(申告)国の比率から見ても、特異である。

#ここで重要なことは、私がロシア語を読み書きできず、よって、ロシア語コミュニティの内実については、推測に頼りつつ記していることである。が、可能性を慎重に判断しているつもりであるし、後段で説明するように、オチは、またか!というものになる。


 ここで、本ゲームにおける不正自体に係る問題は、三点ある。一点目は、誰が不正改造アイテムをロシア語圏で流通させているのかである。二点目は、不正改造アイテムを利用する側に不正の自覚があるかである。三点目は、その使用に対しての違反報告が適切に管理されているのかである。これら三点の問題の組合せこそは、本ゲームの問題を「eスポーツ」コミュニティの外部と関連させて考える契機となるし、「eスポーツ」の正統性を問う材料ともなる。

 本ゲームでは、不正なプレイヤーと正当なプレイヤーのスタイルを分類しても、国による違いはないが、不正改造アイテムの流通する程度と利用形態別のプレイヤーの割合は、ロシアとほかの国とでは、大きく異なるようである。まず、正当なプレイヤーについてであるが、私が全然敵わないと感じたプレイヤー数名のうち、2名は確実にロシアのプレイヤーである。彼ら2名は、まったく不正によらず、単に実力で優れている。これは、たとえば、アメリカのプレイヤー1名も同様である。他方、不正のスタイルには大きく二種類があるが、一つのスタイルが採用される割合が国により異なるように見える。一つの不正のスタイルとして、対面しているときにも不正な武器をあからさまに利用してくる者がいる。この者たちは、特別なアイテムをほかのプレイヤーから譲り受けたと信じている節がある。この者たちは、むしろ、ロシア国外に多く見られ、言動から推測すれば、未成年者である。プレイヤーが未成年者であるとすれば、おおむね、どの国でもレーティング違反状態であり、保護者の監督が不充分であることになる。もう一つの不正のスタイルとして、当方が退治されて復活待ちしている間だけ、この弩を集中して「巣」に対して利用するという者がいる。この間、当方の画面は暗転しているが、死亡地点付近の環境音が良く聞こえる。このため、音に注意していれば、何か通常のプレイスタイルでは生じ得ないことが生じていることに、簡単に気付くことができる。映像がないので証拠にならないであろう、と不正を行う側が憶測していることは、十分に考えることができる。しかし、サーバからの応答遅延が酷かろうが、弩の発射音は、おおむね発射回数だけ鳴るのであり、再装填に1秒程度を要するところで、1名のプレイヤーが5回の音を鳴らせば、いくらなんでもおかしいとなるのである。この手口も、各国の不正なプレイヤーに共通するが、私の狭い経験では、むしろ、ロシアのプレイヤーに高い割合で見られるものである。

 私の狭い経験ではあるが、これらの材料から推測される結果を描くと、次のようになる。ロシア人コミュニティにおいては、未成年のプレイヤーだけでなく、成人プレイヤーまでもが不正アイテムを多く利用している。アカウント停止処分の可能性があるので、当該の不正改造アイテムは、注意して利用されている。受渡しに当たり、ロシア語で注意するように伝達されている可能性も考えられるが、他方で「公正な賞品であるが、巣に対してのみ有効な武器だから、相手が落ちている間にだけ使うように」などと、重大な錯誤に陥るような情報も同時に流通している可能性も認められる。他方、不正改造アイテムは、厳密に国境に妨げられることはないので、コミュニケーション不足等があるにしても、モノ自体は受渡しされる。しかし、受け取る側は、思慮の足りない未成年者に偏ることになり、アカウント停止の危険を顧みることなく、不用意に利用されることになる。

 ロシアで成人プレイヤーでさえ不正改造アイテムを利用していると考えられる理由には、コミュニティの規模が大きく、ロシア語で大抵の用が事足りるため、英語情報を参照せず、当該不正アイテムが公式には存在しない可能性に気付いていないというものが考えられる。また、繰り返しとなるが、「当該アイテムが公正な賞品である」という情報がロシア語で流通しており、プレイヤーたちがこの説明に見事に騙されている可能性も認められる。ただ、理詰めで考えると、この弩は、賞品であるにしても、明らかに怪しいものである。本ゲームでは、すべての武器に弾薬か耐久度が設定されており、弾薬は主に店で補給する必要があるし、耐久度を超えた武器は廃棄せざるを得ない。また、ゲームの設計において、時間当たりのダメージ量(通常、Damage per second, DPS)というパラメータは、基本的なものであるが、この不正な弩は、飛び道具として抜きん出た攻撃力を誇ることになってしまう。

 本ゲームにおいて、ロシアコミュニティによる不正が酷いという認識や指摘は、一部の日本人なら未だに「たかがゲーム」と思うかも知れないが、侮ることなかれ、オリンピックに係るロシアに対する非難を強化する機能を果たしうる。それが、インターネット時代なのである。また、この不正(チート)に係る認識は、従来のマスメディア報道によっては乗せられにくい若年層に流通するものとなり、将来に向けて禍根を残すとともに、マスメディア報道の補完的な役割をも果たす。

 本件については、コミュニティの側にも、ディベロッパー(管理運営)の側にも、それぞれの集団の健全な発展と、それぞれの集団に対する正当な評価を獲得するために行えることがある。いずれの側の対策も、早めに対応し、不正なアイテムの流通を終息させる、ということに尽きる。

 ところで本稿の目的は、私から見たロシアのプレイヤーコミュニティの現状を指摘すること、そのものにはない。本稿の目的の一つは、私が推測したように、ロシアコミュニティにおける不正の蔓延が事実であるとすれば、理由のいかんを問わず、今後、長い期間にわたり、複合的なソースによって、低評価が固定化する虞があるという懸念を指摘することにある。さらなる目的の一つは、「低評価を事実として指摘する」のではなく「不正アイテムが特定コミュニティのみに流通している状況は、きわめて人為的に見える」ことを指摘することである。今回の三題噺のオチは、「なんと、こんな分野にまで、陰謀説を適用することも可能」ということなのである(!)。

 このための補助線は、昨日(2016年7月19日)の朝日新聞※2や読売新聞※3が騒いでいるように、世界反ドーピング機関(WADA)によるロシア政府についての調査結果ではなく、マリア・シャラポワ氏に対して仕掛けられたスキャンダルである。「に対して仕掛けられたスキャンダル」という表現で、日本語としては十分に意図が伝わるはずである。が、後世の誰にでも分かるように補足しておこう。同氏に対して仕掛けられたスキャンダルは、あえて形容詞を用いれば、えげつないものである。自身の業務すべてについて、毎年、外国語で通達を読んだ上でもれなく実施せよと言われたとき、現在のわが国に、この作業をどれだけ達成可能な「プロフェッショナル」がいるであろうか、と想像してみれば良い。英語なら?わが国には対応可能な本人も多く存在するであろうし、英語から日本語への翻訳の専門家も多数存在するから、まあ何とかなるかも知れない。私の中ではすでにオワコンだが、TPP後の世界がそうであった。それでは、元の言語がフランス語であったならどうか?と考えてみよう。料理の世界なら、むしろフランス語が世界標準かも知れない。では、元の言語が中国語なら、スペイン語なら、ロシア語ならどうか、と考えてみると、事の嫌らしさが際立ってくる。禁止薬物の通達システムを設計する側は、受信者における実施可能性と利便性を要件に含めて設計しなければ、国際的なルール作りにおいて、十全な仕事をしたと言えないのである。少なくとも、公正さを念頭に置いた場合、グレーである薬物を禁止薬物とする場合、その種類は、通達する側で、全言語の翻訳を用意したり、各国で流通する製品名と写真を追記する義務があったのではなかったか。あるいは、少なくとも主要言語から外された国からの負担金を徴収することは、翻訳経費分について、控えるべきではなかったか。今回の同氏の失敗は、むしろ、指定機関の失敗であって、責任者は連座すべきではなかったか。このように考えることは、多極化した世界においては、また勝負を決する力が語学力によるわけではない職業人については、それほど誤った認識とは言えないであろう。このように考えを進めていくと、シャラポワ氏に対する非難が「英語マスメディア」を中心に示されたことに対しては、自分たちがタダ乗りしてきた英語というインフラに対する認識と敬意を欠くものと見えるのである。これらの英語ネイティブによる非難は、「生まれによる優越」を無視した、公正さを欠くものであり、差別であると断定して良いであろう。

※2 朝日新聞(2016年7月19日火曜日)「ロシア、ドーピング隠蔽/大半の競技 政府関与/WADA認定/プーチン大統領反発」夕刊1面.
※3 読売新聞(2016年7月19日火曜日)「露のリオ五輪締め出し勧告/WADA「ソチ 国主導ドーピング」/IOC理事会 協議へ」夕刊1面.


 スポーツ界に軋轢が存在すると英語マスコミが宣伝し、それに日本語マスコミが追随しているという周辺事情まで読み込んだとき、多少の心得のある者ならば、「本件ゲームのロシアコミュニティにおける不正の蔓延は、言語の壁という構造が悪用されて実現した可能性までもが認められる」という絵図に気付くことができる。ただ、このような状態から、当のコミュニティに属する本人たちが脱却していくことは、なかなか難しいことである。そもそも、当人が外部の評価に気付く契機がないし、その状態を汚名返上する意義も見出しにくいからである。それに、ある集団におけるチートの蔓延状態を指摘すること自体、その集団に対する差別か?という誤解を招きうることであるし、チートによって受けた不愉快さの意趣返しか、とも疑われることにもなる。実際、ここまでの可能性に気付く過程で、私は、明らかに下手なプレイヤーにボコにされがちであった。それでも、「ヤツらはチートする」という不信の構造が成立し、維持・再強化されるという状況を避けるためには、誤解を受けるリスクを取りつつも、それってチートじゃね?と指摘するほかないということである。この構図は、もちろん、前段落にあるような、英語マスメディアに対する批判にも準用できる。


#以上に記したことは、日本人であり第三者であるという分類に該当する人物のうちでは、私しか気付いていない可能性のあることであった。このような解釈は、かなりひねくれたものであるし、私の年甲斐のない悪趣味を晒すようなことでもあったことは、ここまで読み進めた皆様なら分かることであろう。しかし、誰も気付いていなかったという場合を考えると、本ブログで指摘しておくことは、結果として何らかの共通善(と私の今後の趣味の快適性)を招来する可能性が認められた。そこで、ここでは恥を忍んで「損して得取れ」の気持ちで記しておくことにした。人類の共通善からみて、本稿の指摘が有効に活用されることを願うばかりである。もちろん、本件については、枯れ尾花を見て幽霊であると錯覚している可能性もある。が、その可能性を確認することは、私個人の力量には余ることである。加えて、日本語で存在したはずの関連情報の所在を見失っている。ここでは、それらの確認作業をさておき、構造上の危険を指摘するだけでも、タイミング上、有用さを期待することができるであろう、と考えたのである。

平成28年7月20日18時追記

この時点では、アクセスがゼロであるようであるが、誤×毎月→正○毎年であることを訂正した。

平成28年7月22日21時追記

昨日対戦したロシア在住者(もちろん自己申告)は、不正こそしていないようであったが、チャットの発言は、終始、罵詈雑言であった。この程度まで民度の低いプレイヤーに遭遇したことは、本件を除き、本ゲームでは4名程度であり、その2例が、やはりロシア(自己申告)のプレイヤーであった。ロシアのプレイヤーの遭遇確率は高いので、むろん、「失礼な奴の割合は、国(自己申告またはIP)による差がない」という結果の範囲に留まるものではある。

 この経験は、時期が時期だけに、大変に残念な話である。このロシア人と思われる若者は、自らの行為がロシアの「民度」を代表しうることに、明らかに気が付いていないようであった。このノリで、ほかの対戦でも相手を罵るのであれば、彼(女)は、今後も、世界に向けて、ロシアの評判を下げ続けるであろう。彼(女)が行いを改める契機は、ゲームの内部には存在しないであろう。このため、この話は、たかがゲームではあるが、ゲームの内部で処理できない対策を要求する。対策が要求されるべきであると仮定すれば、の話ではあるが。

 他方で、このプレイヤーが第一義的に問題であるにしても、このプレイヤーの行為が放置されるという状態は、管理側の問題である。構造的不正を通じた反ロシアキャンペーンの一環とさえ、うがった見方を取ることもできる。実際のところ、より成功した類似のゲームは、本ゲームに比べ、現在でも十分なプレイヤー数がおり、一定の秩序が維持されている。システムを設計・維持管理する側は、プレイヤーへの介入を通じて、プレイヤー側よりも、社会により強い影響を与えることができる。本ゲームは、管理に相応しい過疎状態にあると言えるのかもしれないが、この低レベルの状態は、より外部の条件を考慮すれば、必ずしも放置されていて良い訳ではない。(端的には、商売として、長続きしないであろう。本件については、すでに、私ではない他のプレイヤーが不満を表明している。)