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2016年7月25日月曜日

指宿信氏のGPS利用捜査に対する「ビッグデータ時代」発言について(日経H280725)

平成28年7月25日の日本経済新聞東京13版34面は、「論点 争点 メディアと人権・法/令状なしGPS捜査「違法」/立法措置が検討課題に」という記事で、指宿信氏に取材している。

以下は、指宿氏の発言の一部であるが、違和感の残るものである。まず引用して、次段で違和感の正体に言及しよう。前記事(2015年5月15日)と同様、その適法性は、私の守備範囲ではない。前記事と同様、私の指摘は、物事に対する正確な理解の上に、適法性が争われるべきであるというものに留まる。

〔...前段落まで略...〕

指宿信・成城大教授は「公道上や店舗といった場所での警察の監視活動について、プライバシー侵害の程度が少なく適法とした過去の司法判断は、ビッグデータ時代に見直しを迫られている」と語る。その上でGPS捜査について①令状取得の義務付け②データの取り扱い規制③本人への事後通知制度――の導入を提案する。

【...最終段落を略...】

違和感の正体は、捜査対象が絞り込まれた後のGPS捜査の適法性という主題を扱うときに、「ビッグデータ時代」という用語が飛び出てくる点にある。GPS捜査において蓄積されるデータの量は、たとえば一台の車両という、絞り込まれた後の車両を追跡するということであれば、型落ちのノートパソコン一台で快適に分析可能である。ビッグデータという用語は、「クライアントの主記憶装置に格納することが適わないほど膨大なデータ」という意味を含む。(典拠は示さないし、記憶だけで記すが、その正確性については、自信を有している。)指宿氏の発言が引用の通りであれば、ここでの批判の対象は、GPS捜査ではなくなってしまう。

現時点では、ある捜査対象者の移動履歴の固有性を、ほかの人物の移動履歴とネットワーク科学の観点から比較しようとする場合であっても、ビッグデータにアクセスする必要があるのは、最初の段階だけであって、データを切り出すという作業に留まるであろう。それに、この作業は、GPS捜査における犯行の立証作業には不要である。連続犯または常習犯(おそらくこちら)について、犯行現場と犯行時間の組を提示し、その組に捜査対象者から採集されたGPS記録が時空間上で一致するという事実を立証するということになるだけであろうからである。

このようなGPS捜査に対して、強いて旬のキーワードを挙げて対抗するつもりなら、特定企業を想起させるが、「IoT時代」の語が用いられるべきである。日本の研究者として、少しなりとも国際的な先取性を主張するという作業に貢献するという含みを持たせるならば、「ユビキタス時代」が適切な候補となる。これらの用語であれば、いずれも、捜査の初期の過程において、データを取得するという段階の適法性に触れる言葉になり得る。ただし、「ユビキタス時代」の語の方が、適法性の検討範囲が広い。ネットに接続するという用途が想定されていない機器が含まれ得るためである。

先の引用部分において、記者の側による文章構成の影響が強いのか、それとも指宿氏の側からこの語が引用通りの文脈によって提示されたのかは、私には知る由も必要もないのであるが、とにかく、正確な議論の妨げになろう。指摘して公開しておきたい。




2017年7月25日訂正

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2015年5月15日金曜日

指宿信氏のGPS追跡捜査の適法性を巡る論考は乗り越えられるべきである

GPS追跡捜査の適法性の可否自体は、刑事訴訟法の専門家にお任せするのだが、技術側の人間として、指宿氏の技術動向に対する認識のいびつさが気になる。辛辣な形になってしまったが、拙速を尊び、まずは四点を指摘しておきたい。

[2015年5月16日訂正] 現時点では誰も見ていないようであるし(爆)、二点目に係る私自身の誤解を一部訂正することにした。この訂正によって、論旨を変えることはしていない。

一点目。たしかNature誌で、ある個人のGPS記録の識別性は、非常に高いことが示されていたはずである。数日データを収集すれば、あとは大規模データベースに照合して、当該の個人を再度特定できることになるという虞を示すものであったように記憶する。この点について、指宿氏の言及がないことは、技術に必ずしも明るくないのではないか、という懸念を抱かせる。

二点目。スノーデン事件などを通じて、わが国でスマホのトップシェアのiPhoneのiOSは、米国政府機関に情報提供することが可能な機能を有することが広く知られるに至っている。事実として、このような機能を備えた機器が国内トップシェアであることを抜きにして、わが国の捜査機関の適法性の可否だけを問うことは、妥当ではない。他国製のスマホも、その国に設置されたサーバにしっかりデータを送信する。スマホという機器自体に備えられたこのような機能に対して、大勢の意見を聞いてみないことには、萎縮機能が実際に機能しているとまでは指摘できない。参考まで、ガラケー型のOSとしてAndroidが採用されたことに対して、不満を持つ2ちゃんねるの書き込みがあることにも注意した方が良い。(つまり、Tron OSなら買うかもしれないという意見表明だと理解すれば良い)

参考:Slides from my HOPE/X Talk | Zdziarski's Blog of Things

三点目。 スノーデン事件について、アメリカ国民の意見は、おおむね二分され、国による国民監視プログラムをやむを得ないものと考える意見が過半であった。この事実は、国民の意思を尊重する意見を形成する上で、見過ごせないものである。その上、外国人を監視することは、むしろ当然であるという理解もあることにも、注意が必要である。

四点目。GPS監視の対象としたい犯罪者は、よく勉強していて、上掲の二点目及び三点目を十分理解した上で、名義を偽ったスマホを次々に買い換えるなどして、スマホを活用している。監視対象となる犯罪者が一般市民に入手可能な範囲の最高度の知識を有し、手段を駆使していることを理解した上で、そのような犯罪者を有効に取り締まるために、どのようにGPS監視プログラムを許可すべきかを構想することこそが専門家の責務である。

これだけスマホに公知の抜け穴があるところ、捜査現場が使いにくい形の規制が施行されると、現在懸念されるようなものよりも、よほど許されない方法で、GPS監視プログラムが隠れて運用されることになるため、犯罪者以外の皆にとって有害な結果をもたらす。(何より、指宿氏自身、ブログで、警察がそのような非合法な活動を行うと指摘し、なかなか一般の目に触れにくい資料を写真で提示しているではないか。)様々な法益を比較して、捜査現場が萎縮せずに使える道具立てを用意することこそが法律家の役目である。単に反対するだけの人の声が大きいことは、国民の実質的な移動及び通信の自由を保護することにつながらず、結果、わが国の安全と法規範の双方にとって、好ましいことにならない。わが国の捜査機関のみを指弾する時期は、もはや過去のものであり、外国やスマホの機能の現状も併せ呑む必要が生じている。人権侵害は、国だけでなく、企業によっても行われるものであり、TPPは、そのような懸念が拭えない契約である。犯罪組織に所属する人々を含め、意識高い系の人々は、技術の現状を前提に必要な手を打ちつつ技術を活用しているので、うかつな規制は、悪事を企む者以外の皆が泣き、肝心の成果がゼロということになりかねない。

技術と法律との関連を議論する分野は、思索の跛行性が高い。 両方ともバランス良く、しかも技術については最先端の情報を反映し続けないと(あるいは未来を適切に見通さないと)、関係者全員に受け容れられる意見を提出することは難しい。そして、指宿氏の意見は、私には満足できない程度に技術に暗いものとなっている。この意見が(東浩紀氏により紹介された形の)サイバーリバタリアニズムに感化されたかのものであることは承知しているものの、実際のところ、政策形成に必要な専門性が不足しているように見えるのだから仕方ない。

蛇足ながら、防犯カメラの是非を見据えた、花水木法律事務所の弁護士の小林正啓氏の自動認識についての論考は、ここで批判の対象とした指宿氏のGPS監視についての論考より、よほど多くの点に目配りできている。ドローン運用に対しても、応用可能な内容でもある。私は、防犯カメラの運用を(勝手に)擁護するという仕事をしたことがあるが(都市防犯研究センター『JUSRIリポート』No.45の2~3章)、小林氏の論考は、論点が適切に整理されていたために、当方の意見の形成に大変役立った。この点、指宿氏の意見は、社会がスノーデン事件を知らなかった時期のものであれば通用したであろうが、アメリカ政府のプログラムなどが広く知られるところとなった現時点では、思索の錬磨に不適である。指宿氏の論点のみが大きく取り上げられるようなアリーナからは、真に国民の法益を保護するような意見が錬成されないのではないかと、危惧する次第である。