2015年10月6日火曜日

TPPの効果を検証するために公的統計の多言語化対応と統一が急務である

 今夜は、TPPの締結が進められるか否か、という瀬戸際にあるわけだが、米国通商代表公式アカウントのストリーミングサイト(リンク)は、22時15分現在も、まもなく始まりますという通知だけが流れている。このまま全部流れてしまってもらえると、少なくとも世界のためにはなることなので、と思っていたら、成功裏に締結しました、という米国代表のフロマン氏のアナウンスが22時20分過ぎから始まった。右隣のマレーシア代表の表情が険しいことが印象的である。

#というか、フロマン氏以外の全代表の表情が険しいように見える。ある意味、歴史に残る会見である。

 つい先日、私は、TPPが拙速であり、現状では反対すべき内容であると、遅まきながら旗幟を鮮明にしたばかりであった。締結されたという現在でも、その考えは変わらない。TPPは、日本の没落を早めるだけである。日本人としてTPPの締結に関与した人物たちは、長く記憶・記録されて良い。

 ある時、私は、助言を必要としていたある公的な組織に対して、TPPの締結まで見越し、(公的)統計分野には、英語だけではなく、多言語対応が今後必要となると回答したことがある。これは、佐藤優氏のTPPにおいて日本語が「悪魔の言語」として機能するという議論に触発されたものである(注:本文は2016年1月9日追記)。TPPの加盟国の人口動向をふまえると、英語人口だけでなく、西語人口への対応も必要となる。次いで、マレー語が多いのではないか。いずれにしても、英語と同様の簡便さで、英語以外の他言語ともコミュニケーションが取れるようにならないと、多くの反対の識者が予想したように、日本の国益が図られるということにならない。

 多言語対応を図る時点で、各国の関係者は、必ず、単に言語の壁だけではなく、各国の法制度と(法)文化の多様性に、ひいては参入障壁とは何であるのかという定義に、直面せざるを得ないことになる。異なる制度の下に作成された統計を比較するにあたり、どのように統計を加工し、あるいは今後整備していくかという観点は欠かせない。こうした準備があって初めて、ある制度が参入障壁であるかを計測する準備が整うことになる。交渉担当者の力量をふまえると、数年前から、わが国がTPPに応じざるを得なかったことは、彼我の力関係全体からすれば明らかであったのだから、その頃から対策を練るべきではあったのだが、遅まきながらであっても、関係者は、いわゆるISD条項を盾とした不合理な要求に対応できるような知恵を出していかねばならない。

#この点、典型的な将来を見越して知恵を出しておくことは、官僚の仕事のはずである。この点、私は、防衛省がいろいろなケースを想定していたこと自体については、評価したい。(法案が成立しなかったという場合も、ゼロではなかったのであろうが、その場合は、現状維持になるわけであるから、法案の不成立を前提とした用意は、それほど必要とはされなかったであろう。)

 なお、TPPの効果・弊害をいう場合、従前の国内状況と比較することはもちろん必要であるが、それだけではなく、TPP枠外の諸国とも状況を比較することが必要となる。中国との比較や、EU諸国やロシアを中核とする独立国家共同体(CIS)諸国との比較も欠かせないであろう。数年後にも、メキシコ・ペルー・チリの三か国は、依然として、地理や言語上の制約から、中南米の非加盟国との結びつきの方が強いかもしれない。EU諸国は、EuroStatという統一的な地域統計を用意するに至っており、EuroStatは、国連の発行する地域統計地図にも多用されている。TPPを好意的に受け止めるにせよ、否定的に受け止めるにせよ、比較のためには、EuroStatなどと同様の枠組が必要なのである。

 先日、言及したように、TPPが、銃器・麻薬・風俗(わいせつ物)・賭博という、犯罪情勢に影響を及ぼす制度に不可逆の変化を及ぼすことは、必定である。これらに係る制度変更のうち、とりわけ、賭博については、各種の公営競技等が運営されてきており、多くのファンがいるという現実がある以上、本格的なカジノの建設・運用は、当然の流れであろう。ただ、本来の筋道は、既存の公営競技等について、より慎重で正確な検討が加えられ、後にカジノの是非を検討するというものであるべきだったが、そのような慎重な検討は、今となっては遅いということであろう。

 なお、公営カジノについては、開設・運営までは避けられないであろうが、わが国では前例がない「無作為統制実験」という方法によって、その影響を計測することは可能である。カジノ設立に立候補した複数の都市でくじ引きを行い、当選したところから期間を置いて順次運営を始めることにより、真に地元で犯罪が増加したか否かを検証するのである。これは、アメリカ本国で流行りの方法なので、実行は妨げられないはずである。むしろ、この手法よりも不正確な方法によって計測が実施された場合、犯罪分析等に係るシンクタンク等は、不正確な方法の実行によって参入を妨害しているという訴えを起こすこともできるはずである。

#無作為統制実験については、正確に内容を把握している研究者もいることは確かであるが、わが国の犯罪学関係の研究者の中では、まだ誤解が残るように見受ける。

 蛇足であるが、TPPについての議論を精査したわけではないが、成功者を素直に賞賛できる態度の欠如は、特にわが国において、今後の治安情勢に多大な影響を及ぼすことになろう。米国には、アメリカンドリームという哲学があり、結果としての二極化は、近年のオキュパイ運動などの例外もあろうが、一定程度許容されてきたと思う。マレーシアとの関係を抜きには考察できないが、シンガポール国民は、アメリカンドリームという考え方が国策ともリンクしており、格差を許容しているようにも見える。TPP締結国では、治安情勢は、同程度のものに収斂することが予測され、厳格な治安管理(シンガポールやアメリカの高級住宅地等)や成功者の努力を賞賛するという思潮(アメリカ)が、最悪のレベルにまで治安状態を低下させることを食い止めているように見える。他方、成功者を賞賛するという態度を醸成しなければ、わが国の治安情勢は、アメリカやシンガポールよりも遙かに悪いものとなることも十分にありうる。それは、第二次世界大戦前の数十年間を思い起こせば良い。

#今まで、私の話を聞いたことのある関係者は、私の考えが那辺にあったのかを訝しんできたであろうが、以上で、その真意を理解できたはずである。私が公的な場で話してきた内容は、基本的に撤退戦・緩やかな衰退を前提としたものであり、その衰退をハードランディングにはしない、という目的を持ったものである。

平成28(2016)年1月9日追記

別記事(リンク)の執筆中、多言語化対応についての着想が佐藤優氏の議論にあることを明記していなかったことに気が付いたので、ここに記して、お詫びします。(言い訳を記すと、後で出典を調べようと思い、そのまま忘れて公開してしまっていた。現在でも、紙媒体であるはずなので、探しきれていないが、いずれにしても、佐藤氏の議論によることは、間違いなく事実である。)

平成28(2016)年9月8日追記

カジノが犯罪を助長するか否かを検討する上で、無作為統制実験が有用であることを本文中で述べたが、企業犯罪という点に着目すると、カジノは、従来からの賭け事を取扱う施設とは、大きく異なる存在となりうる。従来の施設と同等の社会的機能のみを持たせるには、一晩で勝つことのできる・負けることの金額の双方に、たとえば20万円などの上限を設けることに加え、客を同定することが必要となろう。特に、勝ち負けに係る金額に上限を設けることで、随分と様相は異なることになる。立法者がこの点を考慮したか否か、専門家がこの点に言及したか否かは、大きな分かれ目にはなろう。(#昨年と今年では、私の立場は異なる。)

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