2017年4月27日木曜日

築地再整備案の再浮上により豊洲市場のカジノ転用説は現実味を増した

豊洲市場移転問題PT(プロジェクトチーム)は、築地市場再整備案も報告書に併記する方針という[1]。知事の小池百合子氏が「立ち止まって考える」と指示したという[2]から、両論併記は、行くも戻るも可能とするための措置として、当然ではある。ただ、再整備案における数百億円という試算額は、これまた過去に本ブログで扱った(2016年9月29日)カジノ転用への見込みを強化する材料である。本ブログは、常人には俄に信じ難いような、しばしば陰謀論と誹謗される説までをも検討するものであるが、本人は至って大真面目のつもりであり、反証できるだけの材料に接したときには、過去の自説を修正することに何の躊躇もない※1。今回の場合は残念ながらというべきか、また一つ、豊洲市場カジノ転用説に肯定的な材料が加わった。

豊洲市場の耐震性能については、報告書[2]を読む限り、都の関係部局(発注者である市場、建築確認担当者である都市整備部の双方)の責任問題へと発展することが忌避されたためか、問題なしとの結論が採用されている。耐震性能については、本来、問題であるとの指摘を提起した委員に再計算業務を委託すれば、一発OKである。しかも、そうしなければ(専門家としては)結論を出しかねるはずである。とりわけ、報告書中の「II 豊洲市場移転案について>>7.豊洲市場の建物の構造安全性>>(4)地震用荷重の設定」(引用部分参照)については、再計算すべきである。しかし、報告書は、再計算の是非を報告書に盛り込むことなく、PT委員の多数派が問題なしとした格好となっている。このような幕引きとなったのは、再計算により耐震性能に問題があるとされた場合、発注者である市場だけでなく、建築確認担当者である都市整備部にも責任が及ぶためであろう。再計算の結果は、都の関係部局の無能力を責める材料となる。地下ピットの設置は、当時の都庁内部の独断によるものであるから、構造上の責任は、すべて都によるものとなり、その責任の所在は、従来の市場関係者系列だけに留まらなくなるのである。

豊洲市場への移転を妨害する最大の要素は、私から見れば、耐震性能であったから、この疑問を誰もが問題なしとできるだけの精査が、PT上で本格的に行われ、再計算結果が問題なしという所見とともに明記されていたとしたならば、私としても自身の誤りを認め(ざるを得なかっ)たであろう。実際、過去に触れた(2016年11月4日)ように、支持杭が存在することと、その効果については、個人としては現物を確認しようもないが、問題視していない※2。しかし、PTとしての結論は、再計算を忌避することにより、耐震性能に係る疑問を一層深めるものとなった。構造計算は、よほど教科書的なものでない限り、実行してみないと結果を明確にできない種類の作業である。ウン千億円のプロジェクトの成否を分ける要素を検証する作業であるから、数百万円でも追加支出して構造計算を厳格に実施してくれる建築事務所に依頼することには、何の問題もなかったはずである。


※1 実のところ、私の判断では採用しにくいために捨象している「陰謀」説も、かなりの多くに上る。本ブログは、場当たり的な検索結果を利用しており、また、アブダクションを多用するとはいえ、一応のところは、一種のフィルター機能を果たしているものと自負している。言い換えれば、本ブログは、正しいか誤りかを併記したキュレーション機能を備えているつもりである。判定が成功しているか否かは、もちろん、読者の判断による。

※2 現に、杭打ちに係るデータが偽造されたために、マンションが傾いたことが2014年11月に発覚した事件が報道されている[3]


[1] 築地、豊洲両論併記へ | ロイター
(共同通信、2017年04月25日05:16 JST)
http://jp.reuters.com/article/idJP2017042401002194

[2] (資料2)委員検討用市場問題プロジェクトチーム報告書素案(案)(PDF:7.7MB)
(2017年04月26日、27日閲覧)
http://www.toseikaikaku.metro.tokyo.jp/shijoupt08/06_houkokusyosoan.pdf

日建設計は地上に接しているレベルから地震用の積載荷重を計算しているが、これについて、地下の砕石層から計算するべきではないかという疑問が示された。〔p.70〕
〔...略...〕日建設計の考え方は、委託を受けた設計事務所の判断に任されている範囲内であり、建築基準法では、そのような考え方で設計することが許容されていると判断した。また、東京都の建築基準法所管部局は、そのように処理した。
他方、地下の砕石層から計算するべきだという考え方も、そのように考える者が委託を受けた場合にはありうるものであり、誤りであるという根拠はない。ただし、建築基準法の所管部局は、具体的な事例に即して判断するので、仮定のケースについては、判断をしていない。
なお、法律の許容する範囲内で、専門家としてどの方法が妥当かという議論はありうる。〔pp.71-72〕

[3] くい打ちデータ偽造事件 - NAVER まとめ
(makkoimaru、更新2016年02月28日)
https://matome.naver.jp/odai/2144870749519737301

2017年4月26日水曜日

日本の言論状況に最も必要とされるのは自己検証サイクルである(4)

本稿は、第1回(2017年4月18日)、第2回(2017年4月20日)、第3回(2017年4月24日)からの続きである。おおよその着地点は見えているが、もう少し寄り道を続ける必要がある。ここのところ、文章を練り上げる作業をサボり気味なので、主題文(topic sentence)だけを追うなどして、適宜読み飛ばしていただいて結構である。


二大思潮の対立構造そのものは悪とまでは言えない

人間社会に対する理解は、弁証法の下に発展するかのように見えることがある。刑法学における旧派(=犯人は生物学的におかしい)・新派(=犯人の生育環境がおかしい)の掛合いと、そこから新右派(new right)と呼ばれる(環境犯罪学を含む)一派が生じたといったダイナミクスは、その好例であろう※1。『国際秘密力研究』の菊池氏は、TPPとRCEPの両建て構造を批判する際、両条約を対立させるという思考様式に憑依されぬようとも警告する[1]。菊池氏の両建て批判は、思考の対象である両条約だけでなく、思考の様式そのものにも及ぶものであり、読み方によっては、西洋式学問の全般を射程に含めるものである。

しかし、(当然ではあるが、)世の中に見る思想上の二項対立のすべてが「国際秘密力」の意図により準備されたものではない。洋の東西・今昔を問わず、既存の思想や状態が参照され、対置されるという思考過程は、普遍的に見られる。大雑把を承知で記せば、たとえば、老荘思想が既存の哲学である儒教を参照したように、あるいは初期イスラム教が自らをユダヤ教・キリスト教の最終的な後継者であると位置付けたように、あるいは社会統計学において、具体的な統計や指標を検討する際、対比を基本とせざるを得ないようにである。対置・比較という方法は、およそ現代的な知的活動の根幹をなすものである。この思考技術の使用までを完全否定してしまうと、現代の学問的水準には到達できない。何を目的として思考するのかが、健全な状態※2に留まる限り、弁証法や、比較対照という作法は、(その否定が思索者の手足を縛ることになるだけに、具体的な問題が立ち現れるまでは、)許容されても良かろう。

「両建て構造」は、異なる二つの信念体系(私のいう「セット思考」、2016年7月26日)を用意するだけでなく、その二大体系の間に感情的な対立までをもたらし、かつ、話者の人間関係をも不愉快なものに変えることまでを目的に取るものである。「両建て戦術」全体は、間違いなく「悪の技法」ではあるが、異なる二つの信念体系を用意するという「燃料の準備」と、そこに人間関係の対立を持ち込むという「燃料への点火」とは、区別すべきである。ごく抽象的に表現する限りでは、二つの信念体系を公平に客観視し、それらの「止揚」を試みる限り、一人の観察者の内面において、二項対立の罠に陥ることは生じないはずである。『国際秘密力研究』の菊池氏は、「両建て戦術」を克服するためには、日本由来の方法論に依拠する必要があると言うが、これはこれで一つの結論である。他方、(かつてのマルクス主義内部における論争とダブるが、)「敵=国際秘密力集団」の方法論である弁証法を含めた思考方法を習得し、この集団に現在生じている仲間割れ※3につけ込むという方法も、(国民益に適う)一段上の勢力均衡に到達するための一手段である。このように、私自身は考える。

社会・人文科学における学術上の二大思潮の対立は、思想の対象となる二つの社会集団への利益分配方法が、議論を尽くしても一通りに収斂すると期待できない場合にも生じる。この表現は、誇大理論的であるが、ブログでもあるし(もう投げ遣り)、これくらいの隙は構わないであろう。それに、私のキャラを理解した読者であれば、私がここでは「批判があれば修正するから、はよ批判してくれや」という「誘い受け」を狙っていることも、また理解できることであろう。三つの思想に優劣があるとして、三すくみの状態にあるとき、二つの思想を使うことができれば負けることがない。この構図は、非常に限定された状況にしか当てはまらないが、ジャンケンで考えれば、理屈自体は問題ないであろう。


フランス大統領選(初回投票)報道に見る悪意の潜ませ方は両建て戦術の一例である

今回のフランス大統領選に係る『朝日新聞』の2017年4月25日朝刊1面記事[2]は、二大思潮が形成されるダイナミズムを説明する材料を与えてくれる内容である。記事は、{社会を開く, 社会を閉じる}という軸と{自由競争(グローバル化), 保護主義(反グローバル化)}という軸との2元配置により、第I象限(右上)より順に(反時計回りで)次のように主要候補を分類する。

  • フィヨン氏(中道右派)=社会を閉じる×自由競争
  • マクロン氏(中道)=社会を開く×自由競争
  • メランション氏(左翼)=社会を開く×保護主義
  • ルペン氏(右翼)=社会を閉じる×保護主義
この二軸による区分自体は、私には良くできたものであると思うので、そのまま採用することにする。

決選投票というフランス大統領選の仕組みにより、二元配置の対立は、セット思考を強いるものとなったが、朝日の記事は、その対立関係に二種類の悪意を潜ませているという点において、両建て戦術そのものを体現している。「社会を開く×自由競争」というネオコンのマクロン氏と、「社会を閉じる×保護主義」というオルト・ライトのルペン氏の対立から、有権者は、二者択一を迫られている。朝日の記事にある一つ目の欺瞞=悪意は、マクロン氏を「中道」であるとするラベリングである。「社会を開く×自由競争」というセット思考は、ネオコンそのものである。にもかかわらず、朝日の記事は、これを「中道」と呼ぶ。本記事には、もう一つ、フランス大統領選に係るマスコミ報道全般との齟齬という欺瞞があり、それを検討することにより、「両建て戦術」を可視化できる。その齟齬とは、このような二軸が立てられるとすれば、決選投票では、思想の組合せが近い候補者に票が移動するはず、というものである。つまり、本来なら、フィヨン氏とメランション氏に投票した有権者には、マクロン氏とルペン氏の両名のいずれかを選択する余地があり、これらの有権者は、決選投票の二名の政策を吟味した上で投票するはずである。ところが、今回に限っては、マクロン氏を応援するとの党関係者の意向(のみ)が、マスコミにより、大々的に報道されている。果たして、そこまでフランスの政党支持者は、盲目的にマクロン氏を支持するのであろうか。負け犬となった党関係者を見限るのではないか。主流マスコミの期待を損なうようで残念ではあるが、オルタナティブ・メディアは、すでに、(私を含めたオルト・メディア支持者が日本国内で例外的であることを承知してはいるが、しかしなお、)全世界に対して影響力を及ぼしている。この結果がいかなるものになるのか。アメリカ国民のうち、トランプ氏の支持者の多くは、さほど他国の情勢を気にするものではないが、有力な話者は、十分に国際的である。

賢明な読者には、本記事自体が、「セット思考」に係る自己検証を兼ねていることは、見抜かれているであろう。二大思潮が形成されたときに生じる「セット思考」の足抜け抑止効果については、以前(2016年7月26日)にも、2012年12月の衆院選前後における自民党のTPPに係る変節を材料に考察した。条件の変化に応じた有権者の意思決定の変化は、不可逆的なものであり(前後関係を入れ替えても成立する訳ではない)、一回性の高いものであるから、事例ごとに検証せざるを得ないものと思われる。しかし、今回も、菊池氏の提唱(再発見?)した「両建て戦術」の正しさは、例証されることになった。


次回(のようなもの)に続く


※1 新左派も当然生まれている。私が時折言及する「統計戦争」は、新左派に含まれる概念と考えても差し支えなかろう。このとき、右派・左派の違いは、統制を行う側の利益を考慮するのか、統制される側の利益を考慮するのか、という対立軸としても理解することができる。

※2 この健全なる用語についても考察が必要だと考えるが、本稿では限定的に扱う方針である。日本国民の多くが「五年殺し」となる放射性物質を摂取・吸入している現在、社会がハードランディングしないように先進国として生き残ることを目的とすることを、当座、「健全であること」と解釈しよう。これに対して、多くの賢明な読者は、わが国で進行中の警察国家化こそ、従来にも増して、わが国が先進国として欠格である証拠と考えるであろう。しかし、私は、この状態を批判するためには、内心の萎縮ではなく、現実の迫害が生じることが必要であると考える。

わが国は、現時点では、多数の戦争屋の走狗をマスコミや行政内部に抱える一方で、戦争屋に勝利しつつある中露の二国とは、潜在的な敵対関係を解消できておらず、しかも、戦争屋と仲違いしているとはいえどもクリーンとは程遠い為政者を戴いている。加えて、「宗主国」である米国は、戦争屋との(情報)総力戦下にある。日本国民は、この展開に乗るしかないが、さりとて、悲惨を免れないという保証もない。この状況下、わが国の警察国家としての能力に、テロ等準備罪が加われば、確かに、従来からの護憲活動や沖縄米軍基地への反対活動を一掃するだけの実力が備わることになる。その上、現政権は、沖縄などにおいて、活動家のみに留まらない程度に反対運動を抑圧している。

ただ、この明らかな警察国家化の現況は、従来懸念されたディストピアに照らして、一点だけが大きく異なる。それは、ジャパン・ハンドラーズを始めとする戦争屋にも、同様に、行動を制限するという効果を生じさせている、という点である。竹中平蔵氏のようなハンドラーズの手下は、現時点でもなお、官邸に出入りできる資格を有しており、私としては、警察国家化の良い効果が目に見える形で生じたとは言えないが、それでもなお、戦争屋の内心に与える効果は、彼らの実績を考慮したとき、間違いなく存在するものと主張することができる。例を挙げよう。2017年3月27日の橋下徹氏のCSIS講演[2]で、マイケル・グリーン氏は、中国が武力に訴えても尖閣諸島を奪取したい旨、主張し、橋下氏にいかに考えるかを問うた。橋下氏の講演や返答は、本稿とは別に考察が必要となる広範な内容であったが、橋下氏の講演と質疑内容が共謀罪に問える内容ではなかったという点は、大きく注目されて良い。翻って、グリーン氏は、アウトとなる発言を提起していた。

大事なことは、グリーン氏のような戦争屋ブレーンが、この時点において、南沙諸島偽旗作戦か、尖閣諸島偽旗作戦を構想していたことを表明するとともに、橋下氏に対して、あえて議論を吹っ掛けたことである。にもかかわらず、なぜか、北朝鮮と米国の「対立」のおかげで、尖閣諸島における日本と中国との対立関係は、後景に退いた。これは、偶然と呼ぶべきか。他方、依然として、沖縄における住民の総意は、辺野古着工に見るように、踏みにじられている。ただ、辺野古着工という強行策そのものは、法匪社会であるわが国では、県単独の意向では抑止しきれない。とすれば、問題は、先の宜野湾市長選挙のように、不可解な開票が行われることにこそ求められる。市民は、この問題こそを主戦場と心得た方が、有益な結果を得ることができる。

※3 中露の二国は、戦争屋の手口に学び、戦争屋に取り立てられたにもかかわらず、ともに「青は藍より出でて藍より青し(出藍の誉れ)」との諺が似合う状況を経由し、現在に至っている。この話は、過去、『ベルセルク』を喩えに出した(2016年1月8日)。が、ごく最近の『阿修羅』における「ポスト米英時代」氏の漫談[4]を読み、確かに『デビルマン』や『タイガーマスク』や『仮面ライダー』を喩えに出した方がより多くの人々が理解できるものと納得した次第である。もっとも、これに近い見解は、過去にも見られる[5, 6]が、『仮面ライダー』を引き合いに出しながら、この見解に到達しないものも多く見られる[7]一方で、(テレビ・漫画版ともに)『人造人間キカイダー』も『仮面ライダー』と同様の含意を有する物語であるから、主張の正確性・先取権や原典に係る解釈は、私の場合、自身の無知ゆえに、時間を掛けて突き止める必要がある。

アメリカの好戦的に見える現状に対する日本人の理解は、かなり悲観的なものが多いとはいえ、私には、トランプ政権が選挙戦時と同様に道化を演じているものとえる。戦争屋の方法論に通じた上で、戦争屋の手口をいなしているように見えるのである。尤も、このことを理解したとしても、日本人には、迂闊さを装い、色々と怯えてもらうことが、役割上求められているのかも知れない。産業構造を転換し、経済的な抜け穴を防ぐという作業が終了するまでは、アホとまでは呼べない戦争屋を、金融政策という餌をぶら下げてコントロールしなければならない。そのように考えると、ICIJを通じた(パナマ・バハマ等の)文書漏洩事件は、米国の直接の施政下のタックス・ヘイブンへと、国際秘密力集団の金融資産を集約する役割を果たしたようにも見えるのである。これは、米国の司法制度が正常に機能するのであれば、アメリカにとって、戦争屋の罪を暴く上でのハニーポットとなる。


[1] ツイートまとめ テーマ:TPP強行は究極の売国行為 左右両建構造という思考の檻 : 国際秘密力研究
(菊池、2016年10月28日07時35分)
http://kokuhiken.exblog.jp/26097655/

[2] 仏、融和か自国第一か 大統領選、マクロン氏・ルペン氏決選:朝日新聞デジタル
(パリ=青田秀樹、2017年4月25日05時00分、25日朝刊東京14版1面「仏 融和か自国第一か/大統領選 マクロン氏・ルペン氏決選/左右で測れぬ米と似た対立」)
http://www.asahi.com/articles/DA3S12908357.html

[3] Japan Chair Forum: Toru Hashimoto - YouTube
(2017年03月27日ライブ配信、Center for Strategic & International Studies)
https://www.youtube.com/watch?v=AB52uyrL3Lc

[4] 宇・月末に仏選挙、北の核実験、米の暫定予算切れで米覇権失墜と多極化。題目は全てのテロはCIAで北はCIAである。 ポスト米英時代
(ポスト米英時代、2017年04月22日18:10:47)
http://www.asyura2.com/16/cult17/msg/876.html

〔プーチン大統領は、〕デビルマンやタイガーマスクや仮面ライダーと同じ経歴で、CIAのソビエト版のKGB出身だからこそツボが分かる

[5] フランスでまともな大統領が誕生しそうだが米英仏でおかまネットワークが崩壊し始めたのではないか。 ポスト米英時代
(ポスト米英時代、2012年02月03 日18:41:34)
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/888.html

[6] モーゼの十戒を体現したのがウルトラマンでありセブンであり仮面ライダーである、プーチンも姿三四郎を演じて勝ったのである。 ポスト米英時代
(ポスト米英時代、2013年09月17日23:59:44)
http://www.asyura2.com/13/cult12/msg/183.html

[7] 中田安彦『日本再占領』の検証④ ♪ペリマリ♪
(コメント1のkanegon、2011年10月12日23:49:13)
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/605.html




2018年1月19日・26日訂正

一部の表現と誤記を訂正した。一応の話の続きをリンクした。完成度は限りなく低いが、一応、続きは続きである。

東北で良かったとする今村雅弘氏の失言は二重に愚かである

3.11のとき、読者はどうしておられたであろうか。当時、私は、千代田区内の雑居ビルの2階で勤務中であったが、ビルが座屈しそうな形状であったので、上司を連れて安全そうな隣のマンション・業務・コンビニ複合用途ビルの搬入口の手前で揺れが収まるのを待った。ヤバかったら、当然搬入口に入って落下する窓ガラスを避けるつもりだった。パジャマ姿の外国人カップルが、近くのビジネスホテルから駆け出してきて、丸ノ内線の上部に当たる幹線道路の真ん中で抱き合って震えていたのが不謹慎ながら面白かった。ほかにもまあまあ色々興味深い出来事に遭遇したが、帰宅困難者の靴擦れを除き、人的被害と呼べる場面に直接遭遇せずに済んだことは、幸いであったと言える。

東日本大震災が、首都圏により大きな影響を与えるように生じていたとすれば、私も無事ではなかったと思われるし、本ブログを通じて生き恥を晒すこともなかったかも知れない。P波(先に到達する縦揺れ)を感じたときに、私は、反射的にPCを閉じて安全そうな階段の方に自分だけで一旦逃げた。このケツのまくり方は、私のキャラを色々と説明するであろう。「逃げましょう!」と叫びながら逃げたことだけは、言い訳として付言したい。震度6強であれば、ビルは半壊していたであろうし、震度7であれば、レイアウトからすれば、上司は助からなかった可能性もある。人の不幸を考察する商売に従事してきた割に、重大事件の進行中の現場に遭遇することはなかったから、自分の行動によって自分だけが助かったとすれば、それはそれでトラウマが大きかったであろうと、今になって思うところである。人生、何があるのか、なかなか分からないものである。

もちろん、この「私語り」は、今村雅弘氏の失言を想起してのものであり、同氏の発言が二重に愚かであることを批判したいがために用意したものである。今村氏が発言したこと自体、自身の考えを表明することの帰結を予測できていないという点で愚かであるが、それ以上に、この発言の内容が誤りであることが、愚かさの証拠である。前者については、TPOをわきまえた社会人なら理解できることであるから、これ以上は言及しないが、後者について、以下で説明しておきたい。

福島第一原発事故による健康影響が数千万人単位であり、今後の数百世代に影響しうる話であること、経済的損害が数十京円単位(兆円ではない、念のため。)に上ることを考えれば、東日本大震災は、全体としては、関東直撃よりも最悪のケースが実現した災害である。女川原発も、福島第二原発も、盛大に「お漏らし」しなかったのは、僥倖としか言いようがない。たとえ、当時の地震が首都圏に近いものであったとしても、津波被害が小さく、大平洋沿いの原子力発電所に被害がなかった方が、目に見える死傷者はたとえ多いとしても、これほどまで復興が捻れたものとなり、将来の見通しを立てられなくなるものとはならなかった。いわゆる安全厨であっても、東日本大震災による地震・津波被害だけであれば復興が不可能ではなかったところ、福島第一原発事故が復興を不可能なものとしたことは、薄々ではあっても、理解しているであろう。彼らの感情的な反応は、この事実を自身の責任として受け止めることが困難であることや、この事実が彼らに責任を負わせる動きへと転化することの虞から生じていよう。

もちろん、2011年3月11日の地震が関東を直撃するものであったとしても、将来にわたり、東日本大震災のような地震や津波が原発を襲わない保証はなかったから、遅かれ早かれ、地震が原発を襲うというシナリオは、避けられなかったであろう。仮定の話ではあるが、3.11が首都圏広域地震であった場合にも、原発の安全性が向上していたとは期待できないから、悲劇が先送りされていただけであったろう。ただ、当然、この理屈は、川内・伊方・高浜原発(参考:電気事業連合会[2])にも、また停止中の他の原発にも該当する。首都圏の混乱に乗じて他国が云々という話も考えられたであろうが、原発再稼働後の現時点であるからこそ、これらの三原発には、一層警戒しなければならないのである。この危険を考えた場合、一回の事故で原発ムラが変われなかった以上、一回でも悲劇を先送りにできたのであれば、その分、日本国民のサバイバル期間が伸張していたと言えよう。

他方で、仮想的な首都圏広域地震は(、東海村という考察に厄介な存在があるにせよ)、高齢多死社会と原発事故の健康影響の影響を同時に生じさせなかったという点で、現実に進行しつつあるハードクラッシュシナリオを書き換える余地があり得た。3.11当時においても東京への一極集中は進行していたから、首都圏広域地震は、官僚集団に本格的な首都機能移転を実施させる契機を生じさせ得た。あくまで、仮定の話であるが、霞ヶ関関係者の多数の自宅が半壊・全壊してこそ、首都機能移転は、本格化し得たであろう。(東日本大震災は、東北にルーツを持つ首都圏の人々に大きな動機を与えているが、その広がりは、相対的に見て限定的である。)現状、首都圏の郊外住宅地は、外周部ほど、打つべき手がないまま、東京オリンピックバブルの崩壊を待つばかりのようにも思える。首都圏広域地震こそは、鉄道路線を中心としたコンパクトシティ化なり、郊外住宅地の田園郊外化なりを実現する機会であり得たかも知れないのである。官僚という権力集団が、目に見える被害だけしか認めずに、結果として組織的に無能力・受動的であり続けてきた状態は、東日本大震災という未曾有の被害を経た現在も、基本的に変化していない。この結果的な怠慢を目の前にしたとき、現実の3.11以上に、霞ヶ関や永田町(だけ)において目に見えるだけの大きな被害が生じていたことに期待することは、果たして不健全なことと断定できるのであろうか(。東京都区部の死者が千代田区内で生じたという事実に注意せよ。為政者が目配りできていれば、物事は動くものである)。

#ここでの私の考察が不健全と考える読者に向けて、念のため申し添えておくが、私は、木造密集市街地の中でも、震災による危険度が非常に高いとされる地区に居住している。

最後に、ハードクラッシュシナリオとは何かを、(最近までに蓄えた情報を元に、)改めて明示しておいた方が良いであろう。それは、団塊の世代が多死を迎える時期が、福島第一原発事故後の「食べて応援」キャンペーンを通じた内部被曝による発病時期・死亡時期と重なる状態である。放射性物質は、高齢者の健康にも影響を与える。このため、各世代の死亡率は、もうそろそろ、厳しい登り坂を登り始めているところであろう。80代以上の死亡率は増加傾向にあるが、それだけでは済んでいないことが明らかになったとき(、現実のわれわれは、仮にそのような事態が進行していたとしても、なかなか公式のルートからの情報だけでこの事態を把握することは叶わないが)、ようやく、原発事故の影響を軽視してきた「有識者」たちの一部が騒ぎ出すかも知れない。しかし、そのときには、既に、日本国民の多くが、知合いなり親戚なりの訃報や大病を通じて、状況を体験的に理解しているのであろう。


[1] 震災巡り失言、今村復興相を更迭…後任に吉野氏 (読売新聞) - Yahoo!ニュース
(記名なし、2017年04月25日20時25分)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170425-00050092-yom-pol

今村氏は25日夜、東京都内のホテルで開かれた自民党二階派のパーティーで講演し、東日本大震災について「(発生が)まだ東北の方だったから、よかったが、首都圏に近かったら甚大な被害があった」などと述べた。

[2] 国内の原子力発電所の再稼動に向けた対応状況 | 電気事業連合会
(電気事業連合会、2017年4月26日閲覧)
http://www.fepc.or.jp/theme/re-operation/




2017(平成29)年4月26日23時追記

今村氏の発言は、現政権が福島第一原発事故の解決に当たり、不適切な人材を登用していたことを示す。福島第一原発事故の解決こそが政権の試金石となると述べてきた私にとって、今村氏の更迭は、遅きに失した対応であると指摘せざるを得ない。これが、私が現政権を信用し損ねている理由である。飯山一郎氏が本件(更迭)をネオコンの仕込みであると述べる理由は、何であろうか。安倍氏が今村氏を修正させる格好になったことは確かではあるが、今回のケースは、ネオコン(というと、範囲が広すぎるので、戦争屋としておこう)の仕掛けがあるとまでは考えにくい。強いて言うなら、戦争屋との政争中に、誰もが許すことのできない発言を不用意になした今村氏の自業自得である。私には、擁護する論理を思いつけない。

[1] ★ 掲示板:『放知技(ほうちぎ)』 ★彡
(飯山一郎、2017年04月26日16時09分)
http://grnba.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=16090538

とにかく,今村復興相を辞任に追い込んだ陣営は,ネオコンです!
だから…
今回の今村復興相辞任は,ネオコンに負けた!という政治事件なのです.




2017(平成29)年5月17日追記

小田嶋隆氏(@tako_ashi)の下記ツイートがあることをKatabiragawa Atsushi氏(@katabiragawaC)のリツイート経由で今更知った。小田嶋氏のツイートに示された見方は、前提となる被災像については疑問を抱かないという典型的な事例である。小田嶋氏のツイートを引用したのは、たまたま目に付いただけ、というものである。小田嶋氏の誤解がわが国の知識人に標準的なものである、と例示する以外の意図はない。福島第一原発事故は、土壌の回復にとてつもなく長い期間を要するという点、リスク計算が直感によっては把握しにくい事例である。(とは言っても、単に24万年とか掛ければ良いだけであるから、その一手間を惜しまなければ、事故の影響を推し量ることは、さほど難しくないはずである。)

2017年4月24日月曜日

日本の言論状況に最も必要とされるのは自己検証サイクルである(3)

本稿は、第1回(2017年4月18日)、第2回(2017年4月20日)からの続きである。今回の話題は、従来から大きく脱線するが、次回以降の前振りのつもりではある。


『週刊少年マガジン』の新連載にみる数理センスの欠如

ところで、講談社は、(学術文庫のように、)文理の別を問わず、学術的に優れた出版物を刊行する企業であるというイメージもあるものと思うが、こと最近に限れば、そのブランドイメージを失墜させるだけの杜撰なコンテンツを見かける。同社の稼ぎ頭でもあろう『週刊少年マガジン』で2017年10号から連載されている『ランカーズ・ハイ』(中島諒氏)という漫画は、国会議事堂が夜な夜な地下闘技場になるという設定のバトルものである。主人公はランク10位から、1位の因縁ある相手を目指して闘い抜くことを決意する。しかし、この漫画は、指摘されれば小学生でも理解出来るだけの欠陥を抱えたランキングシステムを土台にしている。敗者は、生きていたとしても、ランクを剥奪され、実質上死ぬまで殴られ続けるという設定になっているが、この設定が矛盾を来す原因となっている。これでは、主人公が必ず一方の相手となる「死合」しか組まれない、という前提を追加的に必要としてしまうのである。どういうことか。10人のランカーが2人1組となり、5試合が行われたと仮定すると、10位のランカーは、1回の死合を生き抜けば、上位5名が死ぬ(うち1名を殺すことになる)ために、直ちに5位に昇格するのである。ランカーを補充しない限り、計9回の死闘によって、10人のランカーは、1人だけが生き残ることになるのである。ほかのランカーたちの試合が組まれ、かつ、低位ランカーが補充されないという条件の下では、10位からキャリアを始めた主人公であっても、1位との試合を含め、都合4回だけ戦えば良いことになる。先週号までの間に、2回目の試合を生き抜いた主人公であるから、同ペースで他のランカーも試合するものだと仮定すれば、3位に付けていなければおかしいのである。1回目に9位と対戦して勝利すれば10位から5位へ、2回目に4位と対戦して勝利すれば5位から3位へ、という具合である。

先週号(2017年20号)から始まったサバイバル漫画『おはようサバイブ』(前原タケル氏)も、一見、読者にとって、不合理には思えない状況が描かれるが、そこには、説明がもう一手間求められるものと考えられる。この漫画は、致死率99%のウィルスが2020年にパンデミック(大規模感染)を起こし、社会機能が崩壊した、というプロローグから始まる。主人公の少年と、少年が好意を寄せる少女は、2022年、平和だが大麻にハマった埼玉県内のコロニーが嫌いになり、出奔する。自動車で山手線まで移動し、一組の男女に出会う。ここまでが初回である。説明を要する点は、致死率99%という設定と、埼玉・東京間を移動してカップルに会うまでの間、誰にも出会わないという設定との整合性である。人類全体での致死率が99%という設定であれば、極寒の地域に生存者が集中しているであろうから、誰にも出会わなくとも問題ないであろう。他方、全人類が大体満遍なく罹患し、99%が死亡したという前提であれば、社会機能が緩やかに停止したという大前提を必要とするが、東京都内には、社会崩壊直後、13万人が生存していたことになる。このとき、生存者が東京都全体におおよそ均一分布しているものと仮定すると、まず間違いなく、新荒川大橋・戸田橋・笹目橋などの重要交通結節点において、主人公らは、モヒカンレイダーたちか、正義のサバイバーたちに発見され、遭遇していたであろう。これらの交通結節点は、明らかに、ゲーム理論などにいう「フォーカル・ポイント(参照点、見せ場)」である。ある集団が他人との接触を欲しており、相手ならいかに考えるかを想像する力があるとき、人が通りやすい場所を見張るという考え方は、自然なものであろう※2。この非整合性について、『おはようサバイブ』がいかに説明を与えるのか、今後に期待したいところである。

これら新連載に見る数理センスの欠如の背景には、わが国における出版業関係者(ここでは編集者)の学問的背景に偏りがあるという可能性が認められる。『ランカーズ・ハイ』に見られる設定の基本的なミスは、具体的には、放送大学の課程でいえば、『数理システム科学』分野の知識が欠落しているために生じたものである。社会全体における、この状態の克服に必要な改善策は、今後、大学の学部学生が教養課程の勉強に身を入れる、というもので十分かと思われる。ただ、社会には、それではいかんともし難いほどに、(私を含め、)学習の機会を無駄にした(不良)大卒者が掃いて捨てるほどいる。社会システムの方に何らかの補助的な経路を組み込まなければ、ここに見るような、おバカな情報が圧倒的な流通機会を得るという状態を改善することは、なかなか見込みにくいであろう。(講談社に限定すれば、『ブルーバックス』編集部から、校閲者を借り受けるなどはしていないのであろうか。)

漫画など、面白ければそれで良いという話もあるが、暴力と性暴力をミックスさせるシーンが初回?にあったので、『ランカーズ・ハイ』自体を相対化する機会を見逃す訳にはいかない。その設定がアホ過ぎることを指摘し、その内容が非現実的であると相対化しておく作業は、少年漫画の読者層が中年化しているにせよ、社会防衛主義的観点に立てば、必要である※1


※1 実際、同誌で長期連載されていた『カメレオン』を真似した犯罪が生じたことは、知られている。過激表現が性犯罪に与える影響は、従来から、表現の自由との関係で、議論の対象となってきた。表現の自由は保護されるべきであるが、過激表現については、読者への影響を配慮しなければならない。本稿では、意図こそ社会的な影響を見込むものの、私があくまで漫画批評に留まる範囲の手法を用いて『ランカーズ・ハイ』を批判していることに注意して欲しい。

※2 ここら辺の話は、私が『ウォーキング・デッド』シーズン6で登場した集団「救世主」の生態があり得ないと考える理由にもつながるので、別途、考察する予定である。


情報機関にはデータマイニングを囓った人材ではなく数理システム的思考に通じた人材が必要である

漫画のことと笑うことなかれというのが、当然、次に予想できる展開であろう。本稿の趣旨は、小題のとおりであって、ここまでの文脈について心当たりのある人物が自省し、本稿や本ブログなどを適宜引用・参照して、自説を修正し、自らの血肉とすれば良いだけのことである。ただし、日本の政府機能がハードクラッシュしない限り、そうはならないであろうというのが、私の予想である。その背景には、伝統的な日本の学問分野における文理の区別と、役所における「法学部にあらずんば人にあらず」くらいの法学部重用主義に起因する、社会における文理の差別と、日本語論壇における情報爆発が存在する。

この差別は、わが国の情報機関にも該当する。よほどの変革がわが国の政体に生じない限り、「中の人」は、決して、自己改善作用を高めないであろう。というのも、わが国の情報機関の文化は、耳に逆らう忠言を発した外部の(真に)有識者(と呼べる人物)を、メンツゆえに受容できず、社会から見て無視してしまう形式を取るという悪弊を有するからである。(ひそかにコンタクトしているかも知れないが、それが彼らの外形的な行動に表れているとは見えない。)もちろん、私は、有識者などとは呼べる「資格」を有しはしない。しかし、小室直樹氏ほどの碩学をして無視する形の文章をアップし続けて数年経つのであるから、況んや遙かに卑小な私をや、というのが本連載記事の趣旨の一つなのである。

(次回(2017年4月26日)に続く)




2017(平成29)年4月26日追記

『おはようサバイブ』は、今週(2017年22号)で「都民の生き残りと地方からの流入で/今…おそらく50万人は東京にいる/そして…その50万人が…皆…飢えてる/つまり!/現在の東京は食料と物資の奪い合い/弱肉強食の野生の世界ってわけ」〔pp.158-159〕という設定を登場人物に喋らせるが、大規模感染後2年の日本という設定は、逆に、地方への定住化を促進していたであろう。NHKの朝ドラ『ごちそうさん』や『火垂るの墓』などに描かれたように、第二次世界大戦中・後のような、地方の農家が頼られるという形での社会移動が生じたものと考えられる。人間は、経験や従前の知識に意思決定を左右される存在であるから、広く知られた歴史上の経験が参照されるであろう。誰を頼るかという点であるが、WW2同様、血縁が頼られたり集団疎開が行われたものと考えられる。しかし、パンデミック後の世界が混沌としたものとなっていた場合においては、この種類の移動が生じるとともに、無縁者である犯罪集団によって、かなりの抗争が生じたであろう。武装農作物強盗との戦闘が最大のリスクであろう。私なら、東京の湾岸地域をスカベンジすることをまず考えるが、同じ事を考える人間は、食料の流通・管理に関与した人物に限定されがちであろうから、初期であるなら、倉庫においてそれほど大きな抗争が起きることは考えにくいであろう。問題は、搬送中であろう。『おはようサバイブ』の言うとおり、東京都内に50万人がいると仮定し、彼らが弱肉強食状態であったとすれば、主人公たちは、荒川に架かる橋の上か、その袂で悲惨な最期を迎えていたことであろう。(警察車両が展開されたまま放置されているであろうし、それらの車両や装備が悪用されていたであろう。)




2017(平成29)年5月16日追記

『おはようサバイブ』の設定のおかしさは、4月26日追記分で十分に示せたとは思うが、23号でも違和感のある連中が登場する。主人公カップルと高田馬場で遭遇した集団は、東京駅を本拠としており、自警団・強盗団の双方の性格を持つ日和見的な集団として描かれる。山手線の反対側に位置する高田馬場(Google様によれば、首都高速経由で8.5km)まで遠征可能なだけの武力を有する集団が、制服を着た集団と何らかの相互作用を経ていない訳がない。100人に1人が生き残るのであれば、警察にしても自衛隊にしても、数万人が生存していたことになる。彼ら制服組がいかなる経緯を辿るのかは、そのリーダー格の行動に依存するが、彼らが移動・採集するときには、制服を活用していたであろう。皇居と目と鼻の先にある東京駅に闇市を開くだけの規模の無法者集団が形成されているという設定や、彼ら無法者集団が主人公らの出奔元のコロニーとリアルタイムに連絡が取れるだけの体制を有しているという設定が通用するのであれば、彼らは、これだけの怪しげな秩序を構築する前に、制服組に何らかの形で取り込まれていたであろう。また、主人公たちの出奔元のコロニーにも、彼ら制服組の影響は及んでいたであろう。

私が知りたいのは、南東北・関東圏がいかなる衰退を辿るのかという道筋である。そのために、作家の紡ぐ想像の世界を参考にしている。国民の圧倒的多数が白旗を揚げる時期を考察する上で、彼らの作品が読者の心性に与える影響を推量しておくことも必要である。漫画雑誌の読者数は、書籍の読者数よりも二桁程度は上になるし、物語という形で読者を理解させるから、その影響力は、質・量ともに国勢を左右するものである。この点、当初は、『おはようサバイブ』が読者に良い影響を与えることを期待したが、数的感覚に乏しい設定が続々登場する状態をふまえれば、今後、良い影響を与えると見込むことは難しいであろう。

今後は、『おはようサバイブ』におかしいと思う設定があっても見逃すことにするが、面白い展開になれば、言及しない訳でもない。なお、そもそも、致死率99%のウィルスのパンデミック後、原子力発電所や核ミサイル施設が地球環境の決定的破壊をもたらさないという保証は、まったくない。この点、エボラなどの悪用を通じて人口削減を図る連中がいたとすれば、彼らは、数的感覚を決定的に欠いている。70億人を5億人まで削減しようとして、数千人も生き残らないというオチは、十分に考えられそうである。

北朝鮮の攻撃能力に係る『Newsweek』英語版の記事はほとんど誤報である

『スプートニク日本』は、21日付の記名なし(=編集部の責任)の記事において、北朝鮮側の話として、北朝鮮を対象とする「化学・生物兵器による」「アメリカの」偽旗作戦『ジュピター計画(Plan Jupiter)』に言及する[1]が、他方で、『スプートニク』英語版(International)には、これに相当する記事がない(もっとも、「木星探査」の話題に紛れた記事を、私が見逃しているだけかも知れない)。この違いは、当然、情報巧者であるロシアならではの工夫であろう。本稿では、その違いが日本人にとって意味するところを考察したい。なお、同計画は、昨年8月、『The Daily Star』でも報道されている[2]。記事は、超訳すれば、「来年実施される計画であり、米国が工兵(engineer)と材料を輸送した、完成の暁には、朝鮮半島において炭疽菌とボツリヌスのような生物兵器を使用し、第二次世界大戦においてユダヤの人々に対して行われたようなホロコーストにより、北朝鮮を一掃する」という内容を伝えるものである。

"Plan Jupiter"でググると、『Newsweek』英語版のトム・オコーナー(Tom O'Connor)氏の記事[3]がトップ辺りに来るが、この記事には、わが国の情報能力に係る誤解を流布しかねない表現が見られる。その誤りを先に示しておくと、この記事の「intelligence reports from Japan」[3]は、実のところ、本日(2017年4月23日)のTBS系『サンデージャポン』にも報じられていた『38 North』の報告書※1であり、この団体の報告書を採り上げた『CNN』の記事[4]を、オコーナー氏が誤読したものである。この誤りがいかに生じたのかを、以下、確認しよう。

オコーナー氏は、おおよそ、以下のように記す;北朝鮮側は、『ジュピター計画』を、金正恩政権を打破するために朝鮮半島を「化学生物兵器により攻撃する(biochemical attack)」という米国の策略であると主張する[3]。米国は、これに公式には反応していないが、北朝鮮側からも証拠が示されていない[3]。また、オコーナー氏は、CNNの記事[5]を参照し、北朝鮮がサリンを弾道ミサイルに搭載する能力を保有しているという安倍晋三氏の答弁に触れ、この答弁が北朝鮮の化学兵器運用能力に係る最新のコメントであると形容している[3]。しかし、オコーナー氏の記述は、英文読解のルール上は正しい読み方であるが、『CNN』の記事[5]が参照する別の記事[4]を誤読している。人称代名詞(He)が指示する人物が安倍氏ではないことを見逃しているのである。このため、オコーナー氏は、まるで、日本国が独自に情報分析して「北朝鮮がサリンをミサイルに搭載する能力がある」と結論したかのような解釈を提示している。

ただし、北朝鮮のミサイルがサリンを搭載できるとの理解は、確かに、安倍氏によって示されている[6]。その背景に何らかの情報が存在していることも、間違いないことであろう。しかし、オコーナー氏の引用する『CNN』の記事[5]には、安倍氏の答弁において根拠が示されなかったことが明記されている。参議院のインターネット中継における、安倍氏による浅田均氏(日本維新の会)への答弁(13日の防衛外交委員会)においても、形跡を確認できない[6]。なお、安倍・浅田両氏の答弁は、産経新聞が要旨を伝えている[7]

オコーナー氏による『Newsweek』の記事[3]は、日本がまるで独自のインテリジェンス能力を有し、報告書を軸とした、確かな国会論議が繰り広げられているかのように読めるものであるが、現実がそこまで上等なものとは言えないものであることは、われわれ日本人なら良く知る事実である※2。仮に、オコーナー氏の指摘通りであったとしたら、野党側の追及は、一層中身のある厳しい内容となっていたであろう。オコーナー氏が広めたわが国の国会に係る誤解は、この緊張状態下において、英語圏にいかに流通するのであろうか。北朝鮮情勢に係る基本的な構図が見えていれば、つまり、適度な緊張状態そのものは関係諸国の政権にとって望ましいとの理解があれば、本件についての展開も読めるであろう。つまり、読者に見逃されるだけで済む、というものである。私の北朝鮮情勢に係る見立ては推測に過ぎないが、日本の行政能力については、部分的に理解しているつもりではあり、その方面の知識に照らして、オコーナー氏がプロとしては恥ずかしい誤りを流布したことまでは断言できる。

オコーナー氏の誤報は、日本政府が報告書を作成・報告し、北朝鮮のサリン搭載ミサイルを認めて裏書きしたかのような印象を造り出している。このとき、上記に見たような一年前に報じられた『ジュピター計画』との微妙な差異は、「日本政府の報告書」なる幻想によって、読者の注意から消え去ってしまう。とはいえ、本日(2017年4月23日)の『サンデージャポン』に出演した黒井文太郎氏の解説により、視聴者の頭の中は、「北朝鮮が戦争終期に最後っ屁で東京とソウルに核爆弾を落とす」という内容で占められてしまったであろうから、これくらいの誤りは、些細なものと言うべきなのかも知れない。日本語界隈には、バイオテロとケミカルテロの違いが語感のせいで無視されるという事例も見られる[8]。「全部北朝鮮のせい」という先入観を持つことは、日本国民自身にとって、不幸な結果を呼び起こすことになる。

オコーナー氏の誤報の最大の問題は、まるで日本国政府が報告書を作成して北朝鮮のサリンによる攻撃能力を確定したかのような印象を与えることである。実際のところ、安倍氏の失言大魔王ぶりは全国民に共有されていつつも、政治闘争の過程において、官僚集団からは、わざと見逃されているところがあるものと考えられる。安倍氏に与する者がその失言の数々を無視する一方で、安倍氏を批判する者は、この逐一を採り上げる。本来、北朝鮮の攻撃能力を見極め、国政の方向性を論議する際には、オコーナー氏の誤解にあるように、政府の事務方が報告書を用意して、与野党がガチンコで(インカメラ審理が望ましいのであろうが)検討を加えるべきであった。官僚集団は、安倍氏の答弁の根拠となった情報については、出所を含め、わざと公表を控えたのであろう。この曖昧さは、軍事衝突後の責任逃れのため、安倍氏だけを切り捨てるときにも有用であるが、軍事的緊張を回避する際にも有用である。良い意味で、今回の安倍氏の北朝鮮に係る発言は、従来型の官僚のノラリクラリとした感じが出たものになり得る。イラク戦争時の大量破壊兵器に係る米国内の論議は、回復しようのない悲惨の原因を残すものとなった。この前例を踏まえ、官僚集団は、良い塩梅に緊張の高まりを予防するため、わざと曖昧な感じで、地下鉄サリン事件という記憶を持つ日本国民に訴える材料を安倍氏に提供したのであろう。この日本国民にとって意味ある官僚のサボタージュを、オコーナー氏の誤報は、全世界的に転覆しようとするものとなっているのである。

極東における軍事的緊張(の昂進)は、ロシアにとって得にはならないから、この誤りが及ぼす危険性は、できるだけ穏当に伝えられる必要があったであろう。これが、冒頭に挙げた『スプートニク』の英語記事の不存在の理由ではないか。日露の経済的な協力関係が進展しつつある現在、その重要性は増しつつある。このとき、『スプートニク』は、日本語だけで偽旗攻撃の危険性を注意喚起しながら、米国との全面的な衝突を避けるために、英語では言及しなかったのであろう※3。偽旗作戦に対する北朝鮮側の理解、従来の『ジュピター計画』に係る理解、日本政府の見解における北朝鮮の攻撃能力、それぞれの違いにも含みがあると考えられる。ただ、その検討は、この「危機」が去った後で良い※4


※1 衛星写真の解析は、ジオイント(GEO-INT, geo-intelligence)の典型的な一分野であるが、人工衛星の能力と画像処理の手法に負うところが大であるから、テキント(TECH-INT)と見做した方が捗ることがあるやも知れない。土木・建築系の知識は必須であろうが、GISの勉強そのものよりも、画像処理の勉強を修めた者の方が、衛星写真の解析に直ちに対応できるであろう。

※2 忘れてはいけないのは、わが国のインテリジェンス機関が福島第一原発の連続的な爆発を阻止できなかったことである。往時からのインテリジェンス・危機管理能力は、その程度であり、国民も、プロも、力不足であったと反省すべきである。

※3 実際、日本の高官が事態を冷静に注視すべきであるとの『Japan Times』の記事を、『Sputnik International』は引用している[9]

※4 黒井文太郎氏の言動を検証する際の話である。私としては、(母語で)この程度の読み間違いをする上、必要な知識を有さない記者が、影響力を有する世界的メディアで誤報を垂れ流していることを明らかにできれば、それで良い。日本国民の絶対的多数にとっては、このような話は、どうでも良いことでもあろうし。


[1] 米国は北に対し生物・化学兵器を用いる可能性=北朝鮮
(『スプートニク日本』、2017年04月21日20時45分)
https://jp.sputniknews.com/politics/201704213561340/

[2] World War 3 threat: US secret plot to crush Kim Jong Un with chemical weapons | Daily Star
(Joshua Nevett、2016年08月14日)
http://www.dailystar.co.uk/news/latest-news/537784/america-secret-plot-crush-north-korea-chemical-weapons

The apparent doomsday project, allegedly codenamed "Jupiter plan", is due to start next year, with materials and US engineers to build the weapons shipped in from November.
Once completed, the US will use the biological weapons – such as anthrax and botulinus – to wipe out North Koreas in a holocaust akin to the abhorrent mass murder of Jewish people during World War Two.

[3] North Korea: U.S. Will Use Chemical Weapons to Take Out Kim Jong Un and Control the World
(Tom O'Connor 2017年4月21日15時45分(タイムゾーン未確認))
http://www.newsweek.com/node/587766

The latest commentary came in response to earlier intelligence reports from Japan, a regional U.S. ally, claiming that North Korea had produced weaponized sarin gas. In response to these reports, Japanese President Prime Minister Shinzo Abe told his parliament last week〔...略、CNNによるものとして紹介〕

[4] North Korean nuclear site 'primed and ready': analysts - CNN.com
(James Griffiths, CNN、2017年04月13日16:31 GMT)
http://www.cnn.com/2017/04/13/asia/north-korea-nuclear-site-punggye-ri/index.html

"The activity during the past six weeks is suggestive of the final preparations for a test," 38 North analyst Joseph Bermudez told CNN.
Their prediction comes as Japanese Prime Minister Shinzo Abe said Thursday that North Korea may have the capability to deliver missiles equipped with sarin nerve gas.
He and other analysts pore over commercial satellite imagery of the testing site, looking for signs of activity similar to that prior to other tests.
#以上から、"He and other analysts"は、Joseph Bermudez氏と『38 North』の分析者であることが分かる。注意して一文を読めば、「安倍氏と他の分析者」という組合せが生じないことも、理解できよう。

[5] Sarin warning: North Korea may be able to deliver chemical weapons by missile - CNN.com
(Yoko Wakatsuki, James Griffiths、2017年4月13日10:17 GMT)
http://www.cnn.com/2017/04/13/asia/north-korea-missiles-japan/index.html

[6] 参議院インターネット審議中継
(2017年04月13日第193回参議院外交防衛委員会第12回)
http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php
#リンクはトップページ。1:17:50あたりから浅田氏の質疑開始。

[7] 【参院外交防衛委員会】安倍晋三首相「北朝鮮はサリンを弾頭につけて着弾させる能力を保有している可能性がある」 主なやり取り(3/3ページ) - 産経ニュース
(記名なし、2017年04月13日23時06分)
http://www.sankei.com/politics/news/170413/plt1704130043-n3.html

[8] 陽月秘話: 地下鉄サリン事件、医療現場での奮闘と奇跡
(花園祐、2010年3月25日)
http://imogayu.blogspot.com/2010/03/blog-post_25.html
#これは、わが国の言論者が容易に誤りを訂正しない事例でもある。ほかには良いことも言っているのに、これほどの些細な誤りを訂正しないのは、残念である。私は、間違えたことよりも、むしろ、訂正しないことこそを残念に思う。

[9] South Koreans, Japanese Remain Calm as US, North Korea Posture
(記名なし、2017年04月16日01:00(updated 2017年04月16日04:13)
https://sputniknews.com/politics/201704161052678993-koreans-calm-as-US-threatens/




2017(平成29)年4月24日追記

淡赤色部分を正確さのために追記した。

2017年4月23日日曜日

(メモ・感想)日米豪印戦略対話とTPP11の非整合性

#TPP11と日米豪印戦略対話との関係性を考察するのに必要な材料をメモするが、材料なしの推測が多く含まれる。海洋政策(というより安全保障)自体は、私の直接の興味から外れるから、事実の調査を推測・予想で補うという手抜きをする(◆マークで示す)。これらは、大メディアから供給される日本語情報だけでは、理解を組み立てられない。Google様のご神託なら一発のことが多いが、手抜きするのが私のクオリティというものでもある。手習いでもあるので、本記事の構成がバランスの取れたものだとは考えない方が良い。

今月の首相動静からすれば、日米豪印戦略対話(QSD; Quadrilateral Security Dialogue、セキュリティ・ダイヤモンド構想)が現在も潜在的に機能していることは事実であろう。QSDは、対中軍事同盟という側面を有するものでもある。◆この点、田中氏の所論である日豪亜同盟は、部分的に正しいが、この動き(QSD)を認知したものではないか、あるいは、あえて自説にこだわる理由があるということか。

TPP11は、QSDの同盟格上げ(または日豪亜同盟)を成立させる助けとはならない。対話が同盟に格上げされたとしても、TPP11が鬼っ子として同盟を阻害する虞が高い。防衛装備を対象には取らないとは言うが、TPP11があると、むしろ、(域内の自由貿易を促進するという建前のTPP11が)同盟における軍事物資の調達の妨げになる。何より米国製の軍事製品を阻害する。加えて、国際的無国籍企業の非制御性が戦乱の火種となる。TPP11の非対称国であるインドの地勢は、インドにとって同盟成立の際の良い交渉材料となる。この非整合性は、TPP11とQSDとを両立させない。インドは、中国にとっても海路の要衝に位置するが、一帯一路構想は、インドを南北側から迂回するルートも含む。インドを直接縦貫するものも含む。◆中国にとって、ルート選定は今後も柔軟に、ということだろう。

◆TPP11にマレーシア・ブルネイが後ろ向きな理由は、中国の海洋政策ともリンクしているだろう。◆というのも、両国は、中国の海洋進出(正確には、シーレーンの安全確保であろう)の影響をフィリピンの次に受けることになるから。◆中国は、フィリピンとの交渉を大方完了させたのだろう。◆中国からすれば、ベトナム・タイ・ミャンマーと仲良くしておけば、海路の確保は十分なようにも思える。が、クラ運河構想は、まだ構想のままということだろうか。マラッカ海峡の利用(と安全)は、シンガポールにとっての死活問題。クラ運河(中文Wikipediaは、繁体字)構想は、構想を示されるだけでも脅威として機能。全関係国が使用可能という話は、シンガポールの核心的利益を侵害する。ブルネイは、クラ運河によってさほど影響を受けない(スリランカ南部まで4000km台)。ベトナムは同じくらいのノード数だと、900kmくらい短縮か(Google Earthでホーチミン港あたりから適当に計測、3000kmくらいに短縮)。

◆TPP11が各国民に支持される余地があるとすれば、先進国としての生活を充足させる見込みが確実な場合にのみ。中国の富裕層は、名目所得でも?実質所得でも?日本国民全員より人数が多いかもという状態にある。中国経済は、自転車操業と言われる土地本位制経済を始めてかなり経過しているが、日本国内の対中強硬派の見込みに比べれば、今のところ遙かに安定的に推移。◆他国への中華系移民は、基本的に日本人の生活を支える3K階層ではないが、日本人の先入観は従来通り。◆国民の割合では何とも言えないが、人数だけでいえば、中国経済は日豪に代表されるアジア先進国に比較して遙かに成功したと主張されても仕方ない。◆TPP11はこの生活水準を逆転させるか、させないだろう。




2017(平成29)年4月23日13時追記

田中宇氏は、有料記事の中で、以下のように述べている[1]。加盟国だけで言えば、TPP11[2]よりもRCEP[3]の方が、日豪亜同盟体制に整合的である。しかし、安全保障体制構築の必要条件とは、依然として矛盾する。この矛盾はいかにして「止揚」されるのであろうか。やはりいずれも無理、というオチで終わりそうではある。

[1] トランプの東アジア新秩序と日本
(田中宇、2017年04月18日)
http://tanakanews.com/170418china.php

米中協調体制は、アジアの多極化を加速する。日本や豪州が何もしなければ、中国は、日豪亜の予定海域をすべて併呑し、米国圏と中国圏が隣接する世界構造にする。その場合、日本や豪州は国際的に窒息させられ、今よりさらに影響力が低下し、今よりもっと台頭する中国に、好き勝手にしてやられるようになる。対米従属一本槍は、日本や豪州にとって、自滅的、売国奴的な戦略になっている。中国と敵対するのでなく、こちら側も海洋アジア諸国で結束したうえで、中国と仲良くするのがよい。

[2] TPP政府対策本部
(2017年04月20日)
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/index.html
#どんどんリンクを変えるのはいかがなものか。行き当たりばったり感満載であるし、(前例を踏襲するが)過去の教訓を学習することのないわが国の行政のあり方を良く反映している。

[3] 東アジア地域包括的経済連携(RCEP) | 外務省
(2017年02月24日)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/fta/j-eacepia/

2017年4月22日土曜日

『Time』のインスタグラムの誤りが二週間訂正されない状態

は、私に言わせれば、わが国の「政体」のロビー能力が関係国に比較して相対的に弱小であることを示す。それだけでなく、わが国の情報発信制度が、系統的・網羅的なものではなく、オシントを十全に乗りこなしているものとは言い難いことを示す証拠でもある。言い換えると、本件から、情報機関の実力が国民の期待に見合うものではないことが分かる。好意的に解釈すれば、わが国の情報機関の現状は、大半が北朝鮮を巡る緊張関係を分析するために振り向けられているのかも知れない。しかし、短期的な危機だけでなく、長期的な危機にも十分に手当を施しておくことは、大事である。一体、『Time』によるジャパン・ディスカウント行動への対策は、わが国によって講じられているのであろうか。そもそも気が付いていないのではないか。

本件『Time』の誤報を訂正させるという業務は、本来、ネット情報を常時監視・検閲・操作するという任を与えられた組織にとって、契約の範囲内のはずである。それとも、従業員が英語情報を訂正しかねる程度のものなのであろうか。そうであることは周知の事実であるが、随分とお粗末なことである。いずれにしても、人様に堂々と言えない種類の業務を現政権と契約している広告宣伝企業にとって、海外のデマに対する申入れ(の支援)は、一種のビジネスチャンスである。「煉瓦」のもう一つや二つでも求めてでも、率先して業務拡張すべき対象である。その状態に至っていないということは、世論のコントロールという大目的に照らして、検閲装置に、何らかの不具合が生じていることになる。

ただ、『Time』の側にも、何らかの深い意図がある可能性も見て取れる。Asian dressとでも表現すれば、何も問題が生じなかったところ、わざとKimonoと表記して、訂正もしないのであるから、(トランプ政権と仲の良い)日本政府を引っ掛けようと、何らかの落度を誘っているものとも解釈できる。(3月27日は、橋下徹氏が戦争屋の牙城ともいうべきCSISで講演した日でもある。)実際のところ、英語情報を探るとき、ネトウヨならずとも、日本に対する誤解を誘うような宣伝工作の形跡に驚く機会は多く存在するから、この可能性は、追求しておいても損はない。

仮に、日本が情報大国であったとするならば、日本の社会は、『Time』に対して、複数の手段を執り得た。最も善良で、かつ、有無を言わせぬ方法は、日米両国において文化面から尊敬されている人物で、かつ、和装にも詳しいと聞き手が納得できる人物の口を借りる、というものであった。あれは着物ではありませんよ、という形で、やんわりと注意を入れてもらえば良かったのである。しかし、わが国は、そのような人物を注意深く育成したり、選定するという行為を怠ってきた。その結果が、ディヴィッド・アトキンソン氏の提言を曲解した山本幸三氏の「学芸員はガン」発言[2]である。

興味深いことは、本件への批判が、米国メディアに対する「偽ニュース」批判の形式を取らないことである。書き込まれた批判には、多少のバリエーションが見られるものの、米国に本拠を置かないユーザの批判は、「It is not Kimono.」というような、語彙力・思考力が不足したものである。批判したこと自体は褒められるべきことであろうが、なぜ、相手が嫌がり、米国内に連帯を広げる(<ここは皮肉のつもりである)文言を利用しないのか。マスコミに連なる業界に宣伝工作を請負わせることには、自ずから限界があるということである。

オチ。『Civilization V』の勝利条件の中では、文化的勝利(か、文化的優勢に基づく外交的勝利)が簡単だし、楽である。自分たちが良い仕事をしていれば、勝手に相手が惚れ込んでくれるのだから、こんな楽なことはない。


[1] TIME on Instagram: “Women in kimonos take photos under the cherry blossoms along the Tidal Basin on a misty morning in Washington on March 27…”
(Photograph by Kevin Lamarque、2017年03月27日)
https://www.instagram.com/p/BSYjQtiBn-2/
#2017年05月07日リンクを直リンクに修正

[2] 「学芸員はがん」発言に学芸員から批判の声相次ぐ | NHKニュース
(記名なし、2017年04月17日18時40分)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170417/k10010951591000.html

外国人旅行者に対する文化財の観光案内が不十分だという説明の中で、「いちばんのがんは学芸員という人たちだ。この連中を一掃しなければならない」などとした山本地方創生担当大臣の16日の発言。学芸員の間では批判や反発の声が上がっています。
全国およそ1200の博物館が加盟する日本博物館協会の専務理事で、みずからも学芸員の資格を持つ半田昌之さんは「学芸員をがんに例えた言葉の使い方を含めショッキングなコメントだった。〔...略...〕学芸員は繊細な文化財を保存して後世に伝えていくという責務を果たす一方で、一般社会にいかにわかりやすく伝えるかという重要な使命を担っている。学芸員も文化財の保存と活用というはざまのなかで日々、努力している」と反論しました。

東京新聞によるトイレを共用させろという横浜市役所への批判は失当である

東京新聞が、2017年4月21日朝刊で横浜市役所内のセキュリティ上のデザインについて批判を加えているようである[1]が、今回に限っては、牽強付会の感が否めない。この場合の、取材の自由とセキュリティ上のデザインとは、区別して考えられるべきことである。Google+1に冗談めかして記したように、「記者出没注意」とでも張り紙すれば、業者も市職員も注意するであろう。連れションしながら不用意なことを喋ることは、あり得ないことではないから、セキュリティ上の措置が必要であるとの市側の指摘は、当然であり、センスの良いものであった。

無論、権力は腐敗するものであるから、巨大な地方公共団体である横浜市についても、報道機関による適切な監視が行われることは、建前上は良いことである。今回の報道も、内容の失当さはともかく、東京新聞の記者が市庁舎整備計画を監視していることを満天下に示す効果を有する。しかしながら、そもそも、東京新聞も排他性で有名な記者クラブ制度の主要構成員である。今回の報道には、記者室が市庁舎に設けられることを大前提とした、傲慢さが見え隠れする。フリー・ジャーナリストに加えられている不合理な排除を想起することを抜きに、今回の東京新聞の記事を読むことは、なかなか困難である。

これも悪乗りであるが、東京新聞なり他の新聞者なり、記者クラブが合同して、「大人用おむつスト」や「おまるスト」でも実施していれば、本件にも正当性が生まれたであろう。本来、記者用トイレの設置の是非は、横浜市民が決めるべきことである。記者クラブが横浜市政に対して良い仕事をしていると、横浜市民が考えているのであれば、当然、横浜市民は、記者クラブにトイレくらい使わせてやれよ、という意見を形成するであろう。専修大学教授の山田健太氏を連れてきて、「トイレを監視するのは正当だ」と言わしめたかのような印象を受けるコメントを喋らせることは、世論形成には有用でない。

一部重複するが、記者クラブが一定の実績を有するジャーナリストに開放されており、取材の便宜のために、どのジャーナリストにも平等に利用されてきたのであれば、今回の東京新聞の指摘は、真っ当なものであろう。

しかしながら、大マスコミの従業員が記者室にいつでも常駐できるがために市役所のセキュリティを低下させている原因となっているとすれば、その扱いが防犯環境設計上(あるいは防犯設備計画上)問題となる、考慮して欲しいという指摘は、至極当然のものである。外部の人物を常駐させる場所は、他の区画と物理的障壁により区別すべきである。これは、防犯環境設計上、アクセスコントロールという基礎的概念である。この基本を知らず、自分たちの利益のみを主張することは、知識の流通に携わる職業人としては、不誠実に過ぎる。


[1] 東京新聞:「情報漏れるおそれ トイレを別に」 横浜市で記者隔離要望:社会(TOKYO Web)
(記名なし、2017年4月21日朝刊)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201704/CK2017042102000123.html?ref=rank

横浜市が二〇二〇年の移転を予定する新市庁舎整備を巡り、米軍基地対策などを担う市政策局が「記者用のトイレを分けるべき」だと庁舎整備担当に要望していたことが分かった。




2017(平成29)年4月22日15時追記

今回、仮に、取材の自由や記者室の存在と切り離した形で、絶対的な平等の観点から、トイレ使用を認めぬようにとの市政策局側の申入れを問題提起したとすれば、私も東京新聞の主張のおかしさに気が付くことがなかったと言えよう。特権の上に胡座をかき、フリージャーナリストとの分断統治を是とするから、論理もおかしくなるし、自分たち大マスコミを除けば、誰も味方できる余地がなくなるのである。東京新聞は、大新聞の中では反原発に分類されるから、戦争屋とも対立する方向にあるとは言える(が、長谷川幸洋氏のような人物を抱えていることもまた事実である)。よって、ここで知恵を付けておくことは、社会全体の利益に適うことになろうから、追記しておく。反対する横浜市民の声を拾えば良いのである。本来なら、市民世論調査を実施するのが筋である。今後、トイレに行くのにわざわざロビー階にまで降りなければならないという不便を将来にわたり厭うか、あるいはここで手間をかけるかの二択であろう。

2017年4月21日金曜日

(メモ)農地原状回復を求める訴訟の地裁判決のトンデモぶり

『福島民友』2017年4月15日(ウェブ)の「原発事故の農地汚染回復訴え却下 地裁郡山支部、原告控訴へ」という記事[1]に示された判決理由に驚愕したので、ついつい、裁判長の「上払大作」氏をググってしまったところ、トップページの冒頭に示された氏名は、「上拂大作」氏であった。そのページ、新日本法規出版の『e-hoki』[2]には、「上拂大作」氏の異動履歴として、「H.29.4.1~ 東京地裁判事、H.26.1.16~ 福島地家裁郡山支部長・郡山簡裁判事」とある。中央大学出版の『法律家をめざす諸君へ(2002年度版)』[3]にも同名の裁判官が共著者として「裁判官という仕事~若手裁判官留学制度~」を執筆したように見られるから、この上拂大作氏の「拂」の字は、本来、こちらであろう。異体字であるから、『福島民友』の表記も間違いではなさそうである。しかし、この『福島民友』も、上拂氏が東京地裁に栄転することが分かっていたからこそ、わざと「払」の字を利用したのであろう。

何よりも驚愕するのは、「「原告側は農地の放射性物質を除く方法を具体的に明示しておらず、訴えが認められた場合に東電が取るべき行為を特定できていない」」とする判決理由である。「除染」は国の事業ではなかったのか。地下にも浸透した放射性物質を土壌毎剥ぎ取り、ほかから土を運び、数十年かけて地味の豊かな元通りの土壌に育てれば良いのではないのか。コストやら方法やらは、被告である東京電力が考えるべき仕事であろう。もっとも、汚染されて除染されていない山野から放射性物質が風や水で運ばれてくるという事実が上拂氏の思考回路に含まれていたであろうことは、考慮せねばなるまい。

しかしなお、異動を控えていた上拂氏には、ここまで噴飯物の理由を判示しなければならない理由はない。福島県民が批判しようと、裁判長本人は、異動後、東京で知らぬ存ぜぬを貫ける。他方、今後の出世に、東京電力の責任に言及しないことが必要であるにしても、ここまでふざけた理由で押し切る必要もない。日本語でなくとも、英語なり他の言語なりで、後世に長く伝えられるクラスの屁理屈である。私が東京電力の犬として振舞うつもりなら、「安全、安心な」という用語に着目するであろう(もちろん、これ以上に具体的なヒントを原発ムラに与えるつもりはない)。

上拂氏個人の内面には興味はないが、この判決は、国民の側に立つにせよ、東電や原発ムラの側に立つにせよ、判事が当然発揮すべき能力を発揮しなかったものと読める。しかも、今回の判決は、上拂氏が自らを無能であるかのように装ったところで、東電や現政権・民主党(菅・野田)政権の側に立つものであり、規範的な観点から批判されるべき内容であることには変わりない。この点、本地裁判決は、国民からの批判を免れることがない。ただ、上拂氏は、現在に至るまでの原子力カルテットの無能力を代表するつもりで、率先して愚かしい判決を知らしめたのであろうか。仮にそうだとするならば、上拂氏は、なかなかの策士ということになる。今回の判決は、高裁・最高裁において参照しなければならないが、そのときの判事は、このトンデモ判決の扱いに困ることになるからである。


[1] 原発事故の農地汚染回復訴え却下 地裁郡山支部、原告控訴へ:福島民友ニュース:福島民友新聞社 みんゆうNet
(記名なし、2017年04月15日 09時33分)
http://www.minyu-net.com/news/news/FM20170415-164691.php

東京電力福島第1原発事故により、放射性物質で農地を汚染されたとして、県内のコメ農家ら8人と農業法人1社が東電に土壌の放射性物質濃度を事故前の水準に戻すよう求めた訴訟で、地裁郡山支部(上払大作裁判長)は14日、「放射性物質の除去方法が技術的に確立されていない」として、訴えを却下した。

[2] 裁判官検索:上拂大作 | 法律情報サイト e-hoki
(2017年04月21日確認)
http://www.e-hoki.com/judge/399.html

[3] 法律家をめざす諸君へ
http://www2.chuo-u.ac.jp/up/isbn/ISBN4-8057-0711-9.htm

2017年4月20日木曜日

(メモ)認知的不協和を援用して日米両政権の「変心」を評価する

日本語でタブーなく議論する(、つまり、キクマコなどからみれば「陰謀論」となる)界隈では、最近、日米の両政府と戦争屋との三角関係に対する解釈に、大きな対立がある。{日本と米国、米国と戦争屋、戦争屋と日本}という順序で、解釈が見られるものを列記する。認知的不協和を解消しうる関係には、-+-というものもあり得るが、この意見は聞いた覚えがない。

  1. +++(『阿修羅』の主流、孫崎享氏、『国際秘密力研究』の菊池氏、大多数)
  2. +ーー(田中宇氏、私も含まれる)
  3. +ー+(副島隆彦氏)
  4. ++ー(飯山一郎氏)

この関係を眺めると、飯山氏が、なぜ、ジャレッド・クシュナー氏の影響のみを大きく取り上げるのか、どうしても分かりかねてしまうのである。軍人が無用な流血を避けるという原則ハーバート・マクマスター氏に適用されるか否かの検討は、なぜか無視される。ロシアとの戦闘を避けるために空母カール・ビンソンがグズグズしているとの解釈[1]は提示されるが、本件がブラフであるという『スプートニク日本』に掲載された解釈[2]は、なぜか無視される。認知的不協和など現実に適用可能な概念ではない、とする否定方法もあろうが、ヒュミントの影も窺えないので、飯山氏の英語情報へのコネは、中国語や韓国語に比べて、相対的に乏しいか、調理済みのものであるとも考えられる。(佐藤則男氏を想起せよ。)

同様の理由で、副島隆彦氏の安倍晋三氏への評価は、やはり追加的な説明を必要とする。日本人としては、米国の動向に影響を受けない訳にもいかない。このため、米国が戦争屋の手に落ちたというリスクを日本の庶民が高めに見積もることは、リスクヘッジにもつながるから、やむを得ないことである。この点、副島氏に課せられた、日本人読者が疑心暗鬼となるために生じるハードルは、他の論者よりも高いものとなろう。

なお、日米両政権における個々の人物関係(権力闘争)を織り込めば、色々と解釈の幅が広がることは、間違いない。ただし、その割に、マクマスター氏と米軍についての解釈の根拠がわが国の一部の言論界隈でほとんど示されないことは、再度特記しておいた方が良いであろう。この不整合性が説明されない限り、飯山説は、他の2説に比較して、説得力を持ち得ないのである。なお、権力関係に新たなアクターを登場させるときには、個々の三角関係が整合的であるように関係が成立しているかを確認する必要がある。たとえば、日米双方にトップ・部下という2種類のアクターを配置した場合、日本風に表記すれば、${}_5 C_3$個の三角関係が安定的であるかを検証する必要がある。これは面倒なので、逐一検討しないが、たとえば、日・米のトップ・部下のすべてが仲良く、戦争屋だけをハブるというケースは、世界にとって最善のケースである。


[1] 飯山一郎のLittleHP
(「ラブロフ露外相 アメリカを脅す!」飯山一郎、2017年04月19日)
http://grnba.jp/#aa04191

[2]

心理戦の教え?軍事攻撃の話があったにもかかわらず、トランプ大統領の艦隊は朝鮮半島沖にいなかった
(スプートニク日本、2017年04月19日19時46分(アップデート 2017年04月19日20時33分))
https://jp.sputniknews.com/asia/201704193553384/




2017(平成29)年4月21日0時30分追記

認知的不協和は、動的な変化を説明するための概念であるが、本件国際関係についても適用可能である。トランプ政権の誕生は、戦争屋との(上記リストの並びで言えば二番目の)マイナス関係を生じさせた。従来の+++関係は、+-+関係へと変化したのである。この状態は、安倍政権・官僚組織内に生じた内紛となって、+--関係を生じさせた。私は、過去、ーー+関係が生じるのではないかとの含みを込めて予測した(2016年10月18日)ことになるが、現時点では、この予測は、幸いながら(か?)外れている。ただし、国際的に人口の社会移動が生じると予測したところまでは意味のある程度に正しいから、まあ戦争屋の思考形態を読めてはいるとは言えよう。カナダのエリート層が自国をハニーポットのつもりで利用するのか、それとも真に魂を抜かれた存在となり果てているのかは、検証が必要な作業であり、私には即答しかねることである。




2017(平成29)年4月21日10時10分追記

中立という関係を措定すれば、現時点の仮説に過ぎないが、下図のように五角関係を描けるかも知れない。五芒星になり嫌な感じだが、表現上、やむを得ない。なお、精緻に分析する場合には、「ある時点において、あるアクターから見て誰が誰をどう思っているのか」が各アクターについて、検討され、その時点での関係性が次の時点での関係性に影響すると考えなければならないであろう。(つまり、無向グラフでなく有向グラフを用いて、かつ、時間軸を導入して考えるべきであろう。)たとえば、「日本の官僚集団から見て、トランプ政権は、戦争屋をいかに捉えているか」であるが、これは、マイナスに捉えていると見て良いであろう。これと同じノリで、5×5×4通り=100通りの「敵・味方」なり「好悪」なりの関係を見るべきである。今回は、そこまで検討する必要もないものと考えた。なお、ここでは、わざと米軍の立ち位置を書き入れなかったが、トランプ氏自身と同じ枠と見るべきというのが、私の見立てである。その理由は、無用な流血を避けるという軍人の原則による。

今回の作業に実際的な意味があるか否かはさておき、モデル化には、多数のアクター(成員)からなる関係を単純化する効果がある。ただ、ここでのモデルには、中立という状態を持ち込んだために、認知的不協和が生じているかを具体的に確認する上で、特別な取扱いが必要である。そこら辺の不備へのツッコミは、グラフ理論の応用研究に必ず先行しているものがあるはずであるから、そこでの扱いを参照した際に検討することとしたい。あくまで、たたき台、参考程度に留められたい。




2017(平成29)年4月22日15時追記

気が付かれている読者もいるとは思われるが、安倍氏周辺・官僚集団・戦争屋の三角関係は、あえて、この状態で良しとしている。もちろん、安定的ではない。この状態がいかなるものに変化するのかは、予断を許さない。たとえば、TPP11に係る麻生太郎氏のコロンビア大学における4月19日の講演は、動画等がネットに見られないので、数少ない二次情報に頼らざるを得ないが、米国にねじ込まれた分は他の国から取る、との主旨を述べるものと解される。『The Straits Times』(シンガポール)[3]は、麻生氏の言葉として、多国間協定であれば米国のような国からの失点を他のところで取り戻せるが、二国間協定ならそうはいかないと述べたことを伝えている。この理解は、原語である日本語のニュアンスに照らして完全に正確であるとまでは言えないようである[4]が、要旨としては十分一致するし、同時に紹介される菅氏の発言の骨子については、ほかのソース[5]からも、おおよその理解が正確であると看做せる。(忘れてはならないのは、常に、われわれ人間には、能力不足から来る誤読・誤解がつきまとうということである。)いずれにしても、日本政府トップ周辺がTPP11を帝国主義の一手段として活用する意向であると我々が理解することは、問題なかろう。とすれば、首相周辺から官僚集団まで、日本の政体は、本気でTPP11の内容を馴致できるものと考えているのであろうか。そうであるとするならば、大変に脳天気なことである。

[3]Australia, Japan lobby for TPP-11, East Asia News & Top Stories - The Straits Times
(Walter Sim、2017年04月21日05時00分SGT(+08:00))
http://www.straitstimes.com/asia/east-asia/australia-japan-lobby-for-tpp-11

With a multilateral pact like the TPP, Mr Aso said that "Japan stands to gain from other countries, even if it loses out in some respects to other countries, like the US".
He added: "But in a bilateral deal, you can't do that. You can't get back what you lose from a compromise."

[4]TPP アメリカ抜きの11か国で発効を議論へ | NHKニュース
(記名なし、2017年04月20日19時08分)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170420/k10010954991000.html

初めての経済対話について、「日本とアメリカで作り上げられたルールをアジア太平洋でも広めていこうと思う」〔...略...〕アメリカが離脱を決めたTPPについて、「アメリカなしで11か国で進めようという話はどういう形でまとまるか分からないが、ことし5月のAPEC=アジア太平洋経済協力会議に合わせて開く参加国会合で出てくる」〔...略...日米〕2国間のFTA〔...略...〕について「2国間となると、アメリカから日本が得るものを計算した場合、TPPほどの水準に達しないということは、はっきりしている」

[5]平成29年4月20日(木)午前 | 平成29年 | 官房長官記者会見 | 記者会見 | 首相官邸ホームページ
(2017年04月20日)
http://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/201704/20_a.html
#それにしても、書き起こしはないのであろうか。ユニバーサルデザインはどうなった。

TPP11による日本人受益者層は情報戦争を生き残ることができるか

前稿(2016年4月20日)の脱稿直後に、読売新聞でTPP11へと転換する政府方針が決定されたと報道された[1]が、閣議を経たものではないという。つまり、TPP11への転換方針は、内閣の意思表明の方法としては、一段、劣位のものになる。安倍晋三首相・麻生太郎副総理兼財務相・岸田文雄外相・石原伸晃経済再生相、世耕弘成経済産業相が13日の閣僚会議で確認したという。この決定に至る相互作用の検証は、私の現在のブログ執筆スタイルから外れる材料を要求するため、行わない。ただ、TPP11への固執は、大勢が決した後に逐次的にリソースを投入し続けるものである。喩えるならば、ガダルカナル島の戦闘以後の大本営である。

私は、TPP11を大穴(2016年1月9日の記事も参照)であると説明し、前稿でも「立ち上げようとした時期からしても、準備の拙劣さ・非公開性から見ても、また国際環境の複雑さを乗りこなせないという見込みからしても、一人の日本国民から見た場合には、失敗が待ち受けているものとしか思えない」と表現したが、政府方針が決定されたことを知ろうが、この結論を変えない。わが国の企業系列には、官僚に(は最早存在し)ない集合知が残存するとはいえ、現在の情報環境における主導権の所在は、わが国にはない。正確に表現すれば、米軍三沢基地のように、物理的には日本と見做せる地域に装置が所在するかもしれないが、その情報へのアクセス権がない、つまりファイブ・アイズの一員ではない。途中の因果関係を詳述することをあえて避けておくが、この結果は、日本を本拠とする国際的大企業がTPP11を新たな植民地主義のツールとして利用しようとしても、いずれは、東芝やシャープやソニーや旧長銀のような憂き目に遭うというものとなる。これらの日本発祥の国際的無国籍企業のうち、特に東芝のように政府に依存したビジネスを抱える企業は、日本国民を収奪の対象とするであろうが、日本国民に利益を還元しようにも果たせないであろう。このため、日本国の官僚集団が採用したTPP11という悪手は、内容の大変更がなければ、日本国民にとって、遺恨を残すものとなろう。


本稿の趣旨は、ここまでで十分に果たされたはずであるが、もう少しだけ考察を進めてみる。


日本国民にとって、TPP11も永久に先送りするのが最善な契約であるが、日本国の1%にのみ利益増が見込める方法は存在する。それには、TPP11の第一公用言語を日本語として、ISD条項(この表現は嫌味である。)に係る司法機能を、日本人による、日本式の司法制度・慣行に準じたものとすることである。経済規模が第一位なのであるから、この主張には根拠がある。人口についても、お得意の改竄により対応すれば良い。漢字圏人口なる概念を創出して持ち出しても良い。ここまでごり押しができるのであれば、日本国自体の利益は確保できよう。しかし、これでも、日本国民全体にとっての利益は減少することになる。たとえば、TPPに生物多様性を尊重する機能を埋込むことに失敗すれば、わが国の農林水産業は従来以上に決定的な打撃を受けることになろう。仮に、本段落に示した施策を日本国政府が実現できたとすれば、その事実は、福島第一原発事故により窮地に落とし込まれている「政体」の延命を意味することになるが、そうでなければ、わが国の官僚集団全体が戦争屋(に近しい勢力)に屈したという事実を示すことになる。ここで、私は、わが国のエリート層に悪知恵を授けている訳ではない。わが国のエリート層の実力から言って、日本語を第一とするような無茶を実現できる見込みは、限りなくゼロに近い。帝国主義と呼べる国際環境下において、省庁縦割りに固執し、在野の知恵を十全に活用していないことは、自ら分割統治を招いているようなものである(2017年4月18日)。日本語第一公用語化というハードルを明示して、現状、官僚集団が国民を裏切っていると指摘することは、国民益すなわち公益に適うことである。

TPP11における情報格差が厳然と存在するという事実は、カナダ・オーストラリア・ニュージーランドという英語圏の各国との関連情報の蓄積状態を対比することにより、逆説的に示すことができる。ニュージーランドがTPP反対の理論的根拠を提供してきたことは、過去の記事で非明示的にではあるが、「分かる人には分かる」ように触れた(2015年9月25日)。カナダは、『Centre for Research on Globalization』を通じて、TPPに係る情報を発信してきた。オーストラリアは、資源国ゆえにTPPに積極的な側面を有していたが、銃器については、シドニー大学が『GunPolicy.org』[1]を運営していたりと、無視できない蓄積を有しているものと認められる。反捕鯨国としても、彼我の力量を探る上で有用な存在である。わが国は、科学をベースにして国益を争う場面において、官僚集団の不勉強という主要因があり、日本人研究者集団という資源を十全に利用しないという派生的要因があり、結局敗北するという事例を多く有する。ここでいう不勉強とは、国家公務員試験合格を期に、各国のエリートに比較して相対的に学習が停滞するという状況を指す。海外留学した利己的な官僚が国家に利益を還元せずに退職し、相対的に国力が減じられているという側面もある。

最後に。トランプ氏の当確後にカナダへと多数の米国人が移住したことは、一部において有名であるが、それでも、戦争屋がカナダを席巻するという事態は、アジア系カナダ人の動向次第ではあるが、長期的には考えにくいことである。何より、国富が流出したと考えるアメリカ国民の良識派が黙って見逃すことはないであろうし、日本人の売国者層に係る私のシナリオ(2016年2月15日)は、現在でも有効であるが、米国籍の戦争屋にも等しく適用される。ここに挙げた英語圏のTPP11の三ヵ国には、多くの移民がいる。これらの移民は、中華系ならば、本国と異なる環境に一族を派遣してリスクヘッジするという伝統的な華僑の知恵に基づくという動機を有していよう。また、いざというときに、これらの渡航先において、本国とのウィン・ウィンの関係を推進するための先兵として定住するという動機もあろう。いずれの動機も、世代を超えた、国家百年の計と互恵的な関係にある。わが国は、あるいは日本国民は、果たして、それだけの先見の明を有するのであろうか。


[1] Compare Japan – Right to Possess Firearms
(2017年04月20日確認)
http://www.gunpolicy.org/firearms/compare/91/right_to_possess_firearms/10,27,31,39,110,113,128,145,162,200

日本の言論状況に最も必要とされるのは自己検証サイクルである(2)

一応、前稿(2017年4月18日)の続きである。


本稿と過去の記事(2015年11月4日)との違いは、商業出版を念頭に記しているという点である。商業出版は、ビジネス上の利益を目的としながらも、一部の学術研究者の生計を補助し、その主張を一般の読者にも広く流通させるという効果を有するから、単独で利益を出しにくい分野の研究とは、区別して考察する必要がある。この点において、ブログという媒体は、商業出版と競合する存在でありながら、昨今の検索エンジンの特徴(人気投票)により、商業出版と共生的な関係を構築するに至っている。


本ブログの運営?にあたり、私は、一年に数回の頻度で、過去に塩漬けとなった下書き記事の棚卸しを試みて、大抵は、不勉強と怠惰ゆえに先送りを繰返すのだが、同時に、過去の記事に示された自説を検証してもいる。その過程で、北方四島の帰属の数え方に係る記事(2016年1月24日)のように、完全に訂正を必要とする種類の、恥ずべき種類の誤りを見つけることがある。現状の営業方針を転換し、しっかりした校閲を受けられる方法を採用してみたいと感じることもある。単なる誤植もかなり見つかるので、誤植を訂正してもランクを下げられない(はずの)ウェブページとすべきかとも考えたこともある。誤植には、絶対に訂正すべきものもあれば、読者に意図が通じるであろうから(ランクを下げられる危険性を冒して訂正するよりも)放置して(恥をかいて)も構わないと考えられる程度のものもある。

いずれにしても、私は、自説の(弛まぬとまでは言わないが)検証作業こそが、自説の価値を高めることになると考えている。元々の文章が「知の最前線」の成果を応用したものでなくとも、能動的な改善作業こそが重要であると考えるのである。この点、私も、一応は、エンジニア魂を持ち続けていることになる※1。ただし、この作業に果たして価値があるのかと問われると、現状では、私自身とごく少数の読者にしか具体的な利益がもたらされないものである。Bloggerのバックリンクという仕組みは、私の記事がある記事を参照したことを能動的に通知する仕組みではないから、本ブログ開設時の意図通りとはいえ、私自身による能動的な発信の契機が限定されるために、「私自身が重要であると考えた記事」に対して、的確な反応が社会から返ってくるのかを確認できる機会がない。

日本の現時点の言論・政治状況は、その詳細や経緯をブラックボックス化してみれば、英語圏に比べれば、自説を検証する機会を持たず、相互批判する作法を持たず、誤りを訂正しないという傾向にあると認められる。政策自体も、その政策に含意される情報・言説についてみれば、私の主張を補強する。たとえば、水道法・種子法の改悪は、『ナイ・アーミテージ報告』に固執する戦争屋により推進されたものである。法律自体は、更なる改正で回復可能であるが※2、種子法の改悪は、取り返しが付かないものであった※3

他方、TPP11という大穴(2016年1月9日の記事も参照)は、立ち上げようとした時期からしても、準備の拙劣さ・非公開性から見ても、また国際環境の複雑さを乗りこなせないという見込みからしても、一人の日本国民から見た場合には、失敗が待ち受けているものとしか思えない。にもかかわらず、4月15日の日本経済新聞朝刊は、1面4段抜きという目立つ形式でTPP11[1]を推進しようとしている。提灯持ちの筆頭であった日経がTPP11を推すのは、単に、自身が制裁を受けることを逃れるための悪足掻きである※4。真に受けない方が適切であるし、警察権を負託された諸賢におかれては、そろそろ真剣に国益とは何かを考慮し直した方が良いであろう。

日本語環境下では、ある主張の誤りは、有名人や大企業によるものほど悪影響を及ぼしながら、ほとんど訂正されることがない。この点、有名人批判は、批判者の意見が正当なものであっても、独創的なものであればあるほど、主張者が別の側面で良く知られた存在でなければ、ウェブの海に隠れてしまうことになる。件の有名人は、積極的かつ系統的に、自身の誤りを探索しない限り、誤りである言説を流布し続けることになる。この点、マスメディアや官僚集団による人選は、日本人の利益とは相反しがちなものとなる。マスコミは、自分たちの主張に合致する人物だけを重用し続ける。多少、意見を調整する余地はあるようであるが、それは、マスコミの私益の核心、つまり広告主の利益を侵害しない限りにおいてである。このため、マスメディアに露出し続けることのできる人物は、尖った主張を有し続けているか、その分野にモノを申せる(と視聴者が判定可能な)だけの経歴・資格を有しており、かつ、意見を採用する役割のマスコミ人から見て、利益共同体の利益に適うか、少なくとも侵害しないと判定されるような主張のみを提起する人物でなければならない。この点、メディアに応じて持論の位相を調整できる(すり合わせる)能力を有する佐藤優氏のような存在は、非常に重宝されるのである。

わが国の論壇=商業出版において、著者が誤りを認めることは、著者の同意の下に、著者と出版社という利益共同体の利益を減少させることになりかねないことであるから、当然、わが国の言論人が自説を撤回・修正することは、望み薄となる。この点、例外的な存在は、小林よしのり氏であり、彼は自説を自身の納得できる方向に修正していくことを厭わない存在である。というより、小林氏は、その軌道修正ぶりと漫画という伝達手段との掛合せをコアコンピタンスとしているものと解される。その時々の言説の正しさ自体はともかく、日本の言論人は皆、小林氏の柔軟なスタンスを一部なりとも見習うべきであるが、日本の言論人が小林氏に倣うことは、まず無理であろう。なぜなら、小林氏のメディアへの露出が往事に比べて減少していることを、当然、言論人たちも知っていようからである。小林氏の露出の減少は、マスメディアが彼を制御しかねており、小林氏の意見が忖度のないものであるかのように読める余地を造り出してもいる。

小林よしのり氏のビジネススタイルの一貫性と、その変遷を参照すれば、本来、自己検証・修正は、日本語論壇という共有地を適正な状態に維持する上での、言論人の道義的な責務であり、出版・マスコミ業の必要経費でもあったとも言える。論壇ならびにその派生ビジネスが決定的に立ちゆかなくなりつつある現状は、言論上の基礎的な間違い(ほとんど嘘とも呼べるもの)を放置してきたことの総合的な帰結(総合効果)でもある。最大の事例として、福島第一原発事故に対する原発ムラの工作は、知的退廃をもたらすという直接効果と、人間の知的活動を人口減少以上に縮小させて(=放射性物質が知性を減退させて)市場を縮小させるという間接効果との両方をもたらした。ブログ=ネット論壇の登場と、そこで扱われる話題の面白さ・幅広さも、従来の商業出版における言論人・知識人の地位の転落に一役買っている。ネット論壇の多くもまた、自己検証・自己修正を行わないが、言論人・知識人が同じ状態にある以上、ネット論壇の方が断然有利である。なぜなら、ネットメディアは、視聴者にとって多くが無料であり、(言論上も、またコンテンツ自体も)刺激的な内容を提供しており、しかも、言説のえげつなさにより失うものが少ないからである。それに、商業出版には、多くのプロの手が関与するから、当然、言説自体の仕上がりも、(書籍やソフトウェアの)パッケージの仕上がりも良くなるが、経費も多くなる。経費増は、結局、消費者が負担する。他方で、ネット論壇は、(スマホというプラットフォームを含め、)今や、ほとんどの家庭で定額制のプロバイダを利用していることを考えれば、流通に係るコストをゼロにもできるから、この点でも有利である(。ただし、本ブログが実例となっているが、検索メディアを使いこなせなければ、到達機会がほぼゼロに留まることも、また事実である)。なお、ネット論壇が取り上げる話題の幅広さは、従来の週刊誌がヌードなどの成人向けコンテンツを掲載してきたことと同形である。米国では、オルタナティブ・メディアという名称は、トランプ大統領の登場という実績によって、正当性をも確立したかに見える。他方、『New York Times』がトランプ氏の当選後に電子版の購読部数を伸ばしたという報道は、大メディアによって多くを発見することができるが、その真偽を確認した記事自体は、検索結果の上位に見出すことはできない。押し紙という不正は、常に新聞業界に対して囁かれてきた噂である。商業上のタブーへの言及を拒み、トランプ大統領の当選という事実に直面した「偽ニュース」メディアは、部数についても嘘を吐いている可能性が否定できない。このように思うことに、まったく不合理さは存在しない。論敵に認められてこその大メディアというものであるから、御用学者を連れてきて発行部数を検証させても、万人に納得されることはないであろう。米国やわが国のマスメディアは、誤報・(戦争屋の)妄説を放置して、共有地を自ら枯らしてしまったことになるが、今後も同じスタイルを継続するのであろうか。この共有地に、日本人のサバイバルに必要な「真の知恵」は、生まれ育つのであろうか(この一文は、予告編のつもりである)。

以上の状況がありながらも、わが国では、依然として、大メディアに対する国民の信頼度が相対的に高いために、商業出版上の言論人の誤りに共感してしまった人たちが、ネット上でその誤りを複製してしまうという状況が続いている。この格差の増大は、富む者がさらに富み、貧しい者がさらに貧しくなるという「マタイ効果」の一つである。このマタイ効果は、学術の世界においても、査読という言論の正しさを担保する相互批評制度(まさに保険制度)が十分に機能していないことから生じることがある(2015年11月4日)。

商業出版と相性の良い研究分野では、言論上の「勝者総取り」が顕著に生じるという傾向が認められる。学術的知見が低レベルに留まり、しかも、その「王様の裸」ぶりへの批判が、ビジネス上の利益を侵害するために、商業出版上でなかったことにされるという「知の低位均衡状態」の責任は、主として著者(学者)らに求めることができる。ただ、検索技術の問題だけに限定すれば、その商業出版を批判的に受容する能力が不足しているブロガーたちにも、原因の一部を求めることができる。著者(学者)の役割は、正確な知識を産出すると同時に、誤りを誤りとして指弾することにあるから、職業上の基本的な責任を免れることはない。それに、ビジネス上の利益を得ているのであるから、罪一等が加わることにもなる。他方、無責任なブロガーは、気軽にコピペして、著作権法を犯し、後世の正しい批判の順位を低位に留め置きながらも、自説を検証しないという消極的な形によって、検索空間の状態を悪化させている※5

この低位均衡状態を一段マシな状態へと押し上げるためには、本来、商業出版で売ろうとする著者は、全員が、従来以上に自己検証サイクルを回すべきである(正確には、あったというべきか)。つまり、自分の言説に向けられた批判を正当に汲み取り、自身の責任の下に批判者の意見を受容するなり、否定したことを告知し、さらなる批判に備えるのである。このサイクルの不存在こそが、批判の対象となるべきである。ある論者の主張が結果として誤りであったことは、その話題に限定する形で批判されるべきであり、その誤りが故意のものであったり、あまりにも低レベルのものでなければ、著者と関連付ける形で否定されるべきではない。明らかに誤りであることが分かった後になっても、修正されないことこそが、批判されるべきことであり、同時に、勿体ないことである。


※1 実際のモノを相手にするエンジニアは、モノには不具合が生じることから、自己改善の契機が内在的に備わるものである。ただ、原子力発電所のように、いざ破局が訪れるまで、関係者全員がなかなか本気になって改善に取り組むことのできない、巨大な一品モノも存在する。社会システムやら言論やらは、巨大な一品モノと同様、不断で能動的な検証を必要とするものである。それに、個人の目で把握しきれる対象でもないし、内部に生きる人々の一人一人の受け止め方が違うから、構築主義を理解することが、社会システムを取扱う際の大前提となる。

※2 真っ先に参入した戦争屋たちからは、内乱罪の適用をちらつかせながら安く買い叩けば良いだけの話である。なお、人口削減を必要と信じるカルトな戦争屋にとって、水道法改悪が必要である理由は、明らかに「美味しいお水セシウムさん」を提供するためであろう。

※3 農業の現場の人々が各自で種子を保存・育成していることを期待したい。国防に言及する人物には、是非、食に配慮した生活をして欲しいものである、と付け加えておきたい。なお、私は、一消費者として、その努力に報いることができるように消費行動を取っているつもりではあるが、その努力は、100%からは程遠いものである。

※4 この記事に明示された個人名は、世耕弘成氏(TPP11をASEAN閣僚に打診)、安倍晋三氏(米国抜きでは意味がない)、川崎研一・政策研究大学院大学特任教授(TPP11の実質GDP増は、TPP12の1.37%に比べ、1.11%であるが有効)、トランプ大統領(の1期目の任期は自民党総裁よりも短い)だけである。文字数の割に、関係者が顕名でコメントできないところを見ると、TPP11も基本的には無理筋であって、戦争屋一味が頓挫後には処罰を免れないために匿名で足掻いているものと考えられる。TPP11という愚策は、わが国における戦争屋の権勢を推量する上で有益な材料になろう。

日本は、たとえば、TPP11をなし崩しに頓挫させるという形で、良好な国際関係の構築に消極的に貢献できるものの、従来のままでは、今後、国際関係における主導権を握ることができないであろう。トランプ政権と中国との今後こそ、環太平洋地域の動向を決定する焦点である。北朝鮮は、日本国民の目に見える形で、能動的に国際関係に影響を及ぼそうとすることはないであろう。北朝鮮の支配層にとっても、米国の脅威が目に見える形で強調されながらも、実際に国力を削り合う戦争にまで発展しないことが利益となるからである。

※5 この検索エンジンの質を劣化させるという機能を通じて、無責任なブロガーたちは、研究者の労力を増加させてはいる。しかしながら、本ブログで私がツッコミを入れた内容は、ほぼすべてが、基礎的な知識の積上げによって、誰でも到達可能な内容である。このため、私の主張が先進的なものであるか否かはともかくとして、各専門分野における研究者が真に誠実に職務に取り組んでいたとすれば、本ブログの内容は、当然ながら無視する訳にもいかず、結局、私と同様の結論に到達するか、少なくとも実証的に反駁する作業が必要になったであろうから、コピペするブロガーの有無によらず、学者の主張が低劣であるのは、彼らの善管注意義務違反を表すことになろう。


(第3回(2017年4月24日)に続く)


[1] 『日本経済新聞』2017年4月15日朝刊1面14版「米抜きTPP 推進に舵/来月、11ヵ国で閣僚会議」(編集委員 藤井彰夫・八十島綾平・重田俊介)

TPP11を日本に主導してほしいという期待は少なくない。シンガポールの外交筋〔...略...〕米国でも議会の一部や有識者の間には〔期待が大きい〕〔...略...〕。日本、オーストラリアなどは前向きだが、難しいのはベトナム、マレーシアの説得だ。

2017年4月18日火曜日

日本のバッドエンドシナリオは依然として進行中である

自主避難は「自己責任」~復興大臣明言 | OurPlanet-TV:特定非営利活動法人 アワープラネット・ティービー
(撮影:西中誠一郎、2017年04月04日03時04分)
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/2113


法の支配の精神を逸脱した強攻的な行動が現政権に多く見られる一方で、森友学園疑惑、シリア情勢、次いで北朝鮮問題と、日本語マスメディアで取り上げられる話題が変転する背景には、真に隠したい問題があると考えられる。ずばり、それは、6年目を迎えた福島第一原発事故である。この点、先月来のニュースにおける最大の政府の失点は、復興大臣の今村雅弘氏が、記者会見時、フリージャーナリストの西中誠一郎氏の質問に激高したというものである。西中氏は、福島県外の自主避難者に対して国が救済しないのはどうか、という趣旨の質問を投げ掛けたが、今村氏は「国としてはできる限りのことをやった」と回答、自主避難者は自己責任なのかと食い下がる西中氏に対して、今村氏は失礼であると激高して会見を終了させた。国の方針は、福島第一原発事故から生じた問題を福島県に押し込めて、県外の人間には見えにくくするというものであるが、今村氏は、感情を抑えきれず、批判する側に映像化の材料を与えてしまった。社会防衛主義的な見地からしても、自主避難者は、最大限、国の資産として保護すべき存在である。国内の食品流通が信用ならないものであるために、自主避難者は、最悪、国外に避難先を求めざるを得ない。

「大人」のはずの人々の、大人気ない感情の露出は、信条の右左を問わず、そこかしこで生じているが、この多発ぶりは、ひょっとして、「危険厨」とのいじめを受けてきた人々が懸念してきたように、体内に蓄積された放射性物質によって、大脳あたりがやられているからではないか、との想念をも抱かせるほどである。もっとも、感情の表出は、日頃の訓練・習慣にもよるものであるから、ネトウヨの隆盛と軌を一にするものと考えた方が穏当であろう。私が言えたことではないのだが、このような感情の制御こそ、武道に期待される効果ではなかったか。

(大局を見据えた西中氏の)質問に対して感情的な反応を返してしまう大臣を抱える国では、真に大局を見据えた対策は望み得ないのであろう。従来の方針や施策を漫然と踏襲するという失敗は、かつて来た道を反復するものである。音楽の喩えでいえば、変奏曲である。福島第一原発事故直後から、この道は、見える人には見えていたものである。しかし同時に、その解決には、かつて私が提示したような(2016年1月16日)、大鉈を振るうだけの対応が必要となることも、また明らかであった。口に出すと、社会的には、気が触れたように扱われる内容である。私も、職業上の身分が現在のものとなることが読めるまで、指摘を見送らざるを得なかったという小心者である。しかし、あからさまに示しておかなければ、たたき台も何もあったものではない。放射性物質により、知性が劣化するとすれば、なおさらである。

なお、私は、アメリカの戦争屋が放逐され続けなければ、わが国の福島第一原発事故の解決があり得ない、と考える。有力なバッドエンドシナリオは、次のとおりである。4番目と6番目のイベントは、ここに挙げた条件とは関係なく単独で生起するものである。また、6番目は、進行中であり、このシナリオは、ここに挙げた条件にかかわらず、時間との競争であるという側面を持つ。

  1. シリアへの米軍の本格展開
  2. シリアにおける第一次朝鮮戦争の再現(=第三次世界大戦)
  3. トランプ政権の完全瓦解
    • トランプ氏自身の翻心
    • 大統領の交代(内容は複数があり得る)
    • 米軍内の戦争屋が米軍の権力を掌握
  4. 日本国内の戦争屋が権力を再度掌握
  5. 福島第一原発事故の隠蔽モード継続・強化
  6. 放射性物質による日本国民の健康被害悪化
  7. ハードランディングによるバッドエンド

北朝鮮については、私は、楽観している。なぜか。良くも悪くも金王朝の統制が効いている(アンダー・コントロール!)からである。北朝鮮は、この均衡状態を率先して崩すことまではしないであろう。大平洋戦争にせよ、ベトナム戦争(トンキン湾事件)にせよ、9.11にせよ、どのような形であれ、アメリカが参戦のための口実となる、先制攻撃を必要としていることは、広く知られたことである。トランプ氏のシリア攻撃命令は、この点においても、例外である。報を受けて大マスコミのインタビューに答えたライアン米下院議長の「おぅ...」とも形容できそうな対応は、この奇襲が、戦争屋にとっても奇襲であったことを物語るものと言えよう。ペンス氏が38度線まで到達した陰には、きっと、面白い裏話があろう。

現在の軍事的緊張状態を崩す可能性がある要因は、一部には意外かも知れないし、本ブログにまで到達した読者であれば当然の帰結かも知れないが、日本国内の(政治情況ではなく、)一見、安定的に見えている社会事情、つまり、先のイベントツリーの6番目の事象であろう。

日本の言論状況に最も必要とされるのは自己検証サイクルである(1)

#本稿は、内容が随分と薄いが、2015年中の記事の後継でもある。が、例によって尻切れトンボとなる可能性も高い。期待しないでほしい。

危機においては対応力が重要である

以前の記事(2017年4月15日)よりも先に、『ハフィントンポスト』日本語版に熊代亨氏の「「みんなの知恵を集めたら」「ネットの知恵が薄まった」」が転載されていたことを、脱稿後に確認した。前稿に述べておいたように、私は先取権を主張していないが、熊代氏が現今のウェブを説明する上で使用したキーワードが類似しているために、インスピレーションを受けたか、パクリかと読者に誤解されることは、致し方ないことである。他方、拙稿が「犯罪を企図する側からの視線」「脆弱性をクラックする側の視点」を元に、ウェブ上のBtoCプラットフォームを舞台に繰り広げられる個人主義(反社会的行為)・拝金主義を素描し、その対策(の難しさ)を指摘しようとしたことを、読者にご理解いただけるのであれば、それ以上に幸いなことはない。

15日の記事は、「ぱよぱよち~ん」事件に言及した2件の拙稿(2015年11月4日2016年1月23日)の自己検証という意図も有している。アフターフォローの結果、私が北朝鮮のミサイル発射に絡めて揶揄した中央線自転車投入れ事件の犯人逮捕(2016年2月4日)を見逃していたことが明らかにされた訳でもある。ただ、中央線事件に係る私の指摘の要諦は、「JR東日本は、テロ対策が困難であるとして現状を放置するな」というものと「警察は早く犯人を逮捕しろ、テロ対策上、重要地区ではないのか」というものであったから、3カ月遅れの犯人逮捕の報によって、主張の本筋の正しさが失われた訳ではない。また、別稿(2017年4月13日の注1)で、本ブログの記事は、普段から網羅的に資料収集した上で執筆しているものではないことをわざわざ断った直後のことでもある。資料収集の網羅性の難しさについては、(エビデンスという用語の悪用と、この用語に対する誤解とに絡め、)別途言及する予定がある。

#網羅的に資料収集するなら、事業化が必要である。ゴミには、自腹を切りたくない。本当は、経費にするのも勿体ない。それに、本ブログでは、有料コンテンツによらずとも再現可能という制約条件を置いている(つもりである。良く逸脱するが)。その上、この理由が最大の不確実性であるが、事業化するのであれば、営業活動もしなければならない。それでは困る向きもあろう。

危機(失敗が顕在化したとき)において、修正力が必要とは良く言われることである。およそ、あらゆるスポーツで修正力・対応力が必要であろう。この意見は、羽生善治氏の『決断力』(角川書店, 2005)に丸乗りしたつもりであるが、パラフレーズの仕方が誤っているかもしれない。あからさまな実力差がなければ、多くの勝負事では、いずれの対応力が上であるかが、勝敗を決定付ける主要な要素であろう。この傾向は、終盤に至っても、一発逆転となる経路が多めに用意されている、e-スポーツにおいて顕著である。もっとも、この傾向が顕著なゲームは、ちょっとした気の緩みで、先手を打ってから状況をコントロールしようとする、つまり先行逃げ切り型の戦法を採るプレイヤーが不利になるから、ときに「運ゲー」と評されてゲーム自体が敬遠されてしまいがちである。他方で、この傾向が少なければ、「初心者殺し」となりがちであるから、やはりゲーム自体が寂れてしまいがちとなる。このバランス調整の難しさは、ゲームの話であるから、現実社会において適用可能ではない。ただ、このゲームにおける特徴を考慮しながら現実社会の歴史を見ると、黄金期を迎えている社会を後追いする社会の方が有利であるように見える。とすれば、先行する社会の優位を維持することの難しさは、国民(なり権力者なり)の高い能力を必要とするものであるから、評価されて良いことであろう。特に現代において覇権を維持することは、覇権国に高い能力を要求するのではないか。

この点、18世紀からの世界の覇者であった英国(スペイン無敵艦隊撃破後とすれば、16世紀でも良いが、そこら辺はユルユルで行かせて欲しい)は、技術の進展が著しい近現代においてなお、相当の難局を乗り切り、現在の地位を維持している外交巧者である※1から、われわれ日本人が英国の得意技に学ぶ価値は、大いにあろう。たとえ、外国における基本技が、分断統治(divide and rule, 分断して征服せよ(divide and conquer)とも、分割統治とも。原語が英語だし、定訳にこだわることもなかろう)という、えげつない方法であるとしてもである。第二次世界大戦に至る極東情勢は、ある意味、大日本帝国の軍部が、この分断統治の術中にまんまと填まるまでの過程でもある。(現在の日本人より、往事の日本人の方が、アートとしての政治の能力が高かったようにも思えるが、それでも、欧米列強に良いようにやられたものと、私は理解している。国際上の競争相手が上手だったとも言えるが、とにかく、相対的な集合的知性において、劣っていたという形となる。)

分断統治という「密教的に・敵に対して用いられる・悪の手法」は、英国の内政において重要性が強調される多機関連携(partnership)という「顕教的に・味方を結束させる・善の手法」と対をなす概念でもあり※2、英国の内政は、この重要性に対して、完全に意識的である(外交については、不勉強も良いところなので、結論しかねる)。勉強不足のまま、知ったかぶりするのもアレだが、分断統治という概念には、おそらく、「内線作戦(interior lines of operations)」を採るナポレオンにしてやられたときの教訓も生かされているのであろう。ナポレオンは、機動力を生かし、局所的に数の優位を作り出し、孤立した敵を個別に撃破していくという内線作戦を展開した。この話は、軍事学の基本に属するものであるが、(国際主義系の)マルクス主義から省庁縦割りまで、連関する概念に事欠かないものでもある。

(次稿(2017年4月20日)に続く)


※1 ただし、(特に福島第一原発事故について、)英国だけの利益になるように動いてしまう日本人が実在することと、英国が外交巧者であるということとは、切り離して考えるべきである。ある国が「犬」になって動いてくれる外国人を多数抱えているからと言って、その国の政府が道義に悖ることをしていることにはならない。フランスにせよアメリカにせよ、他国民が羨む文化を成熟させることにより、その国の「ファン」に(勝手に)なる個人を外国に増やしているのである。

※2恥ずかしながら、この文章を書いていて、私の中で、分断統治と多機関連携の両者が、初めて対になって理解できた次第である。『国際秘密力研究』の菊池氏の「両建て」を深く考えてみなければ、この考えに到達することはなかったであろう。これだけでも、陰謀論とされる分野を勉強しつつある甲斐があったというものである。菊池氏自身の警告「欧州派」すなわち「憑依系の思考に取り込まれる危険)を無視している形となるが、私は、危険を承知で「両建て思考」を意識的に利用して、学術研究における既存の概念を再解釈していることになる。




2017(平成29)年4月20日17時15分追記

"divide and conquer"の訳語に「分割統治」を加え、菊池氏の警告に係るリンクを加えた。過去の記事(2016年9月1日2016年8月20日2015年11月16日)との連関も高まったものと思う。なお、「両建て思考」に通じているであろう人が、西側由来の思考法によりながらも、菊池氏も志向するであろう平和な国際社会の構築に貢献するという事例は、いくつも存在する。最近の顕著な(平和に貢献しうる)事例は、シリアにおける化学兵器攻撃疑惑に対しては、英国の元在シリア大使であるピーター・フォード氏(Peter Ford ex-UK ambassador to Syria)がアサド政権によるものとは合理的に考えられないことを指摘した事例が挙げられる。(日本由来の「脱両建て思考」のように「良い」)思想も大衆に使われなければ意味が無いという辺りの話は、吉本隆明氏の思考の中心にあったことと思うが、菊池氏と吉本氏の思想に係るこの表現は、ガバガバな私のパラフレーズなので、両方とも、各自が直接原典に当たり考察すべき事柄であろう。

As it happened: Global reaction to Trump missile strikes - BBC News
(Today Programme, BBC Radio 4、2017年04月07日16時46分)
http://www.bbc.com/news/live/world-us-canada-39521332
#このフィード中、かなり下の方の「Ex-UK ambassador to Syria: 'No proof' of chemical attack」を参照。

Ex-UK Ambassador To Syria Questions Chemical Attack; "It Doesn't Make Sense, Assad Is Not Mad" | Zero Hedge
(Tyler Durden、2017年04月07日15時58分)
http://www.zerohedge.com/news/2017-04-07/ex-uk-ambassador-syria-questions-chemical-attack-it-doesnt-make-sense-assad-not-mad
#(2017年4月23日)このサイト(zerohedge)に挙げられたインタビューがいかなる経緯で掲載されているのかは未確認。




2017(平成29)年5月24日追記・訂正

"divide and rule"ならびに"divide and conquer"の訳語を訂正し、薄いオレンジ色で修正箇所を示した。『ブリタニカ国際大辞典(2004年版)』はルイ11世の言葉であるとしている。英語版『Wikipedia』[1]を参考にすると、出所の確認可能な書籍には、トライアーノ・ボッカリーニ(Traiano Boccalini, 1556~1613)の『La bilancia politica』[2]があるようである。概念そのものについて紀元前に遡ることができることは、衆目の一致するところであると言えよう。この手の起源を探索するという作業の骨折りは、専門家にお任せしたいが、「普遍的に気付かれているものの密教扱いされており、また、分割統治の危険ゆえに、仲間内の結束が意識的に強化されている」という本文の指摘そのものについては、さほど的を外していないと考える。なお、「それでは、パートナーシップの起源は何なのだ?」とか問われると、答えに窮する癖に、直ちに調べようともしていない程、私の知力がポンコツであることは、公然の秘密というやつである。

[1] Divide and rule - Wikipedia
(2017年05月24日確認)
https://en.wikipedia.org/wiki/Divide_and_rule

[2] La bilancia politica di tutte le opere di Traiano Boccalini (Traiano Boccalini) : Traiano Boccalini : Free Download & Streaming : Internet Archive
(Traiano Boccalini, 1678)
https://archive.org/details/imgGI273MiscellaneaOpal
#当該の記述の「divide & impera」は、§136及び§225(§は段落数)

トランプ大統領のシリア攻撃命令は米国内の戦争屋向けの牽制であった

以前(2016年09月10日)、「戦争屋」の定義(本記事の末尾)をアップデートしてみたが、この結果、先のトランプ大統領によるシリアへの巡航ミサイル攻撃命令は、その戦争屋の定義に合致(赤線部分)してしまっている。事実として、トランプ氏の決断を戦争屋への転向として非難する人物は、多くの陰謀論者に見られる。しかしながら、田中宇氏の記事「軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃」(4月8日)[1]「ミサイル発射は軍産に見せるトランプの演技かも」(4月11日)や、副島隆彦氏の掲示板における推測(#2126番の書込み、リンクはHTMLのアンカーなし)(4月10日)は、トランプ氏の攻撃命令が、国内の戦争屋への牽制として機能していることを指摘するものである。

なお、飯山一郎氏は、本点を断定的に否定している[4]が、その根拠は、日本語の『櫻井ジャーナル』である。櫻井春彦氏は、ペトレイアス氏とマクマスター氏の交友関係と、15万人の地上部隊を展開するという両氏の計画を噂として紹介する[5]。事実確認自体は、ヒュミントの領域にあり、私には手が出せないが、これらの指摘の出所は、すべてがマイク・セルノヴィッチ氏(Mike Cernovich;米のオルタナティブ・メディア・ブロガー)の主張に収斂する[6], [7]。少なくとも、Google様の「mcmaster nsc petraeus」という検索結果(完全一致)の上位5ページにある記事のうち、この疑惑に言及するものは、セルノヴィッチ氏の記事に辿り着くように見える。

戦争屋を相手にすると、マイケル・サンデル氏の講義に出てくるトロッコの事例("trolley problem")のように、ポイントを切り替えるにしても、そのまま放置するにしても、人的被害を免れない「究極の選択」が生じうる。このジレンマは、人命を対象とする、社会との強い相互作用を生じる研究分野(たとえば防災社会学)においては、永遠の課題であり続けるであろう。また、このジレンマに立たされた意志決定者や対象者は、常に、一方の側からの批判を甘受することになろう。この課題を取扱う話者は、もちろんマスコミを含め、ジレンマにおいて、選択肢を一つだけ選び取ることの困難さを考慮した上で、批判なり擁護なりを行うべきである※1

シリアへの巡航ミサイル攻撃が一回限りとなるという条件付きであれば、トランプ氏の攻撃命令は、見事に「ホワイト・ヘルメッツ」なる集団の化学兵器攻撃疑惑への告発劇を終息させたものとなる。現在、北朝鮮にアメリカの動向の焦点が移っているが、焦点がシリアから外れたままとなっていることそのものが、戦争屋の走狗である大マスコミのダンマリを示す証拠であり、その沈黙は、戦争屋がシリアで企んだマッチポンプの失敗を裏付けるシグナルである。そもそも、真に戦争へと至るほどに危機が昂進していたのであれば、果たして、櫻井氏が別の記事[8]で述べるように、プーチン露大統領がティラーソン米国務長官に釘を刺しただけで話が終わったであろうか。(この点だけ、マスコミ報道がスモークされているとすれば、それもまた辻褄が合わなくなる話である。)大体、トランプ氏の攻撃命令ならびに現実の攻撃は、アメリカによる先制攻撃であり、その後のシリアとアメリカは、戦争状態にあることにもなってしまうのだが、アサド大統領は、非難に留める一方、トランプ政権も、今回については、一回限りの攻撃とすると明言している。なぜ、百発百中とも宣伝されたトマホークの命中率が4割となったのか、人的被害がいかにして生じたのかは、今後、軍事関係者の検証の対象となることであろう。

以上、私の見解は、本ブログで明確に取り上げることなく、無為に時間を消費してしまったが、ここ一週間ほど、関連作業に時間を費やし、なおその作業が終了していないために、見切り発車でアップすることにしたものである。その隠れた意図の一つは、アメリカは十分に情報大国であるから、「全段階における情報優位」を構想し、イラク戦争の後に真っ当な方法で現地の統括に当たった[9]マクマスター氏の術中に、飯山一郎氏までもが騙されているという可能性を指摘することであり、もう一つは、北朝鮮における緊張状態に登場する、世界の指導者たちの全員がその席に相応しい人物であるならば、適度な緊張状態の創造は、戦争屋の油断を誘うための前振りであるとも読めることを、指摘することである。つまり、シリアでも、北朝鮮でも、米・露・中の三か国は、戦争屋の期待するような戦争を起こさない。日本も、4月7日の報道発表[10]の時点で、その情勢を読めているように見える点、少々面黒い。(ただし、プレスリリースの底本を英文[11]にして、和文を適当に訳して終わりと見えるのは、日本国民の大多数に対して不誠実であるから、改めた方が良い。)


※1 私も、本稿においてトランプ氏の行動を擁護することについて、ようやく覚悟を決めたところである。現在の論壇は、一種の代理戦場と化している。戦場では、友軍誤射しようとも、己の過ちを恥じることのない、反射神経に優れた者が生き残る。私は、戦争屋の味方だけはすまいという意思を有してはいるが、二項対立的な論争の場においては、なかなか生き残れないであろう。なお、私が研究において環境要因に注目するのは、このような二者択一式の選択に望まずして落とし込まれない環境こそが、不幸の防止には必要であると考えるためである。


[1] 軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃
(田中宇、2017年04月08日)
http://tanakanews.com/170408syria.htm

[2] 田中宇の国際ニュース解説
(田中宇、2017年4月11日)
https://tanakanews.com/170411syria.php

[3] 副島隆彦(そえじまたかひこ)の学問道場 - 重たい掲示板
(副島隆彦、2017年04月10日02:44:52)
http://www.snsi.jp/bbs/page/1/
#2126番の書込み、15~21、27・28。

[4] ★ 掲示板:『放知技(ほうちぎ)』 ★彡
http://grnba.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=16057898

それで,今後の政治過程分析は,トランプ本人は無視して… マクマスターと,娘婿クシュナーの思考と行動と発言内容を分析する!(813;飯山一郎、2017年04月11日20:36:14)
戦争屋の中でも最も過激なマクマスター陸軍中将(856;飯山一郎、2017年04月13日01:32:05)

[5] ネオコンに都合良く加工された情報でトランプ大統領を操るマクマスター国家安全保障担当補佐官 | 《櫻井ジャーナル》 - 楽天ブログ
(櫻井春彦、2017年04月11日)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201704110001/

マクマスターはデビッド・ペトレイアスの子分として有名で、このコンビはシリアへ15万人規模のアメリカ軍を侵攻させようと目論んでいると言われている。

[6] Petraeus and McMaster have Taken Over the NSC, Want Massive Ground War with Syria
(Mike Cernovich、2017年04月10日)
https://medium.com/@Cernovich/petraeus-and-mcmaster-have-taken-over-the-nsc-want-massive-ground-war-with-syria-e67b71a9076a

[7] H. R. McMaster Manipulating Intelligence Reports to Trump, Wants 150,000 Ground Soldiers in Syria | Global Research - Centre for Research on Globalization
(Mike Cernovich、2017年04月08日)
http://www.globalresearch.ca/h-r-mcmaster-manipulating-intelligence-reports-to-trump-wants-150000-ground-soldiers-in-syria/5584189

[8] 2011年10月からCIAはシリアのアル・カイダ系部隊に化学兵器を渡し、それを口実にミサイル攻撃 | 《櫻井ジャーナル》 - 楽天ブログ
(櫻井春彦、2017年04月14日)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201704140000/

4月11日から12日にかけて、アメリカのレックス・ティラーソン国務長官はロシアを訪問した。ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相と数時間にわたって話し合った後、ウラジミル・プーチンと2時間ほど会ったようだが、「こうしたことは2度と起こらないようにしろ」と釘を刺されただけのようだ。

[9] トランプ政権のマクマスター新補佐官、安全保障に食い違い | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
(John Walcott、2017年2月23日09時59分)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/02/post-7040_2.php

[10] 平成29年4月7日 シリア情勢についての会見 | 平成29年 | 総理の一日 | 総理大臣 | 首相官邸ホームページ
(記名なし、2017年04月07日)
http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/actions/201704/07kaiken.html

[11] Press Occasion on the Situation in Syria (The Prime Minister in Action) | Prime Minister of Japan and His Cabinet
(記名なし、2017年04月07日)
http://japan.kantei.go.jp/97_abe/actions/201704/07article2.html

Japan highly values President Trump's strong commitment to maintenance of the international order and to the peace and security of its allies and the world.
#上記の一文は、英語の意図が完全に通じる一方で、日本語の助詞の使い方が酷い。


以下は、「戦争屋」についての私の定義である。

「戦争屋」(warmonger)とは、政治家、官僚組織、軍隊、軍事産業、金融業に所属する高位の人物や、それらの人物と家族関係や深い交友関係を有する人物のうち、無用な戦争の遂行や戦争への過剰な準備を通じて、私益の追求を計画し、あるいは活動に従事、協力したことのある人物たちを指す。戦争屋であるか否かの判定基準は、選良や士業に要求される倫理を無視して人命を損なう決定を下したことがあるか、というものである。この判定基準に抵触する戦争屋の具体的な手段には、マッチポンプとなる事件を企画・実行する、国民の差別意識を助長することにより無用な対立を画策する、低質な装備を高値で両陣営に供給する、不当な利益を独占的に享受することを目的として政治的活動に従事する、というものが挙げられる。



同日(直後に)追記

マクマスター氏が戦争屋であるペトレイアス氏の子飼いであったからと言って、マクマスター氏を戦争屋と断じることができると考えるのは、大きな誤りである。(アブダクション上の誤りである。)この点を補強する格好の実例が、プーチン氏であり、彼は、エリツィン氏によって取り立てられた。マクマスター氏の人物評価には、本人の内面に立ち入ることのできるだけの材料が必要であり、その材料は間違いなく、英語でなければ入手できない。マクマスター氏が情報畑の人物であるとするならば、ヒュミントによったとしても、内面を確認することは困難であろうが、逆に、部分的には、そのプリンシプルから行動を演繹して推定することも可能となる。

それに、「トランプ劇場」が真に劇場であるとすれば、政権内の対立は、各登場人物が己の役回りを理解した上で戦争屋を封じるかのように行動するために用意された装置である、と解釈することもできる。トランプ大統領のユダヤ教に対する近しさを考慮すれば、トランプ氏が、ユダヤ教にルーツを持つとされるヘーゲルの弁証法を十全に利用している可能性も、きわめて高い。従来の戦争屋マスコミは、トランプ氏の術策の範囲内で、一喜一憂しているだけであるかも知れないのである。この見立てが正しければ、主流マスコミが期待するように、スティーヴ・バノン氏を筆頭とするオルト・ライトが、完全に政権から駆逐されることはないし、逆に、バランスを取るために、オルト・ライトから新鮮な人材が供給されるというオチもあろう。




2017年4月19日21時追記

本文中で、「北朝鮮でも、米・露・中の三か国は、戦争屋の期待するような戦争を起こさない。」という見解を示したばかりであるが、この見立ては、知る人ぞ知る状態にあったようである。下記、『スプートニク 日本』の記事[12]は、米軍の意図がブラフにのみあったことを示すものである。なお、同紙では、個人の署名記事の場合に、見解が編集部のものではないことを明記することがある(これが貫徹されているかは未確認)から、編集部が記事の責任を負っていることになる。ということは、この見方は、ロシアの主流派の見方であると考えて良いであろう。

ここまで見方を変えるだけの情報は、適切な解説とともに、わが国の主流メディアで報道されているのであろうか(、いや、そうではない)。本日の夕刊は、この見方を提示するだけの余裕を有していた。朝日新聞は1面下段で報じており[13]、日本経済新聞は3面で小さめに取り上げ[14]、読売新聞も3面で取り上げてはいる[15]。しかし、この文章から、平和を愛好する日本人読者が国際情勢を理解し、誰が味方で誰が敵かを判別することは、大変に困難である。よほど時間に余裕がなければ、あるいは、わが国のマスコミを徹底的に信用していないか、マスコミの作法に通じていなければ、三紙の記事から真相を推測することは、ほとんど無理ではなかろうか。

トランプ氏としては、CNNを始めとする米主流メディア初の、この報道に対して、二通りの対応があり得る。流石フェイク・ニュースの元祖、Clinton News Networkと断じてまともに相手にしないか、困った振りをしてみせるか、である。(論理的には、本当に困るという形もあり得るが、情報を総合的に判定すれば、この可能性はないと判定する。)

[12]心理戦の教え?軍事攻撃の話があったにもかかわらず、トランプ大統領の艦隊は朝鮮半島沖にいなかった
(記名なし、2017年04月19日19時46分、アップデート20時33分)
https://jp.sputniknews.com/asia/201704193553384/

だが海軍が公開した画像によると、それは全く違ったようだ。画像には、15日にインドネシアのスマトラ島とジャワ島の間のスンダ海峡の穏やかな海を航行する空母がうつっている。〔以上、見出しの一部、以下、本文〕言い換えれば、メディアが米国の先制攻撃について論じていたまさにその日、司令部は空母「カール・ビンソン」を、朝鮮半島から南西に4800キロ超離れた「インド洋での予定されていたオーストラリア軍との共同訓練」に参加するため、別の方向へ向かわせた。18日、中国メディア〔に本件が取り上げられたが、...略...〕上海にある復旦大学韓国研究センターの専門家カイ・ジャン氏は、これは「心理戦あるいははったりだ」とし、米国は実際のところ今北朝鮮を軍事攻撃するつもりはなかったとの見方を示している。

[13]『朝日新聞』2017年4月19日夕刊1面4版「派遣の米空母 到着に遅れ/朝鮮半島近海 月内にも」(ワシントン=峯村健司)

[14]『日本経済新聞』2017年4月19日夕刊3面4版総合「空母急派、北朝鮮近海は遠い?/ホワイトハウス困惑」(ワシントン=共同)

[15]『読売新聞』2017年4月19日夕刊3面4版「「カール・ビンソン」月内に朝鮮半島沖へ」(ワシントン=黒見周平)




2017年9月17日訂正

本稿の冒頭のpタグと、田中宇氏の記事へのリンクを訂正した。田中氏の2017年4月11日の記事は、有料記事であるから注意。

(メモ)『発声練習』の著作権法に対する理解は大丈夫か

はてなブックマークにおける著作権の難しさは、はてな民自身に気付かれていて、一部については検証も見られる[1]。かと思えば、現在進行形で情報系のアカポスであると推測される匿名者が『はてなダイアリー』で『発声練習』と題するブログを運営し、その中で、著作権法違反となることが明らかな「学芸員はがん発言」と題するエントリ[2]をアップしているのを見るにつけ、日本社会はやったもん勝ちであるとも思ってしまうと同時に、このような公開のメモをシェアできる著作権法であれば良いのに、という複雑な感情をも覚えてしまう。この記事[2]は、フェアユースという利用形態に照らせば、十分に許容されるものであるし、むしろ良いまとめである。しかし他方で、社会的身分があるはずの人物が、仮に許諾を得ずに、この記事を作成して公開したのであれば、随分と皮肉な、問題のあることである。

『発声練習』の匿名者は、実社会で行って恥ずかしいことは、ウェブ上でもしてはいけないことを学生向けに引用・教示している[3]から、著作権法違反自体は、恥ずかしくないことなのであろう。それが証拠に、そのエントリから直リンが張られている、学生向けと認められるウェブ作法についての2記事[4], [5]にも、著作権という概念が登場しない。二つのエントリー[6], [7]やそのほかのエントリーの端々から、この匿名者は、情報系のアカポスであることが十分に推定される。教える側がこの状態では、学ぶ側に自己規制が働くことを期待することはできない。

すべては憶測であるが、この匿名者は、著作権法の問題点を読み込むことも、その知識を更新しようとする努力も怠ってきたのであろう。大学学部生のときに『はてなダイアリー』で開始した[8]スタイルを漫然と継続してきたのではないか。それが証拠に、放送業者が国会図書館における番組アーカイブ化の流れに反対する理由の主たるものが何であれ、全放送の閲覧可能化が、わが国でデモに参加するだけの勇気を持つ人々にとって、現実の脅威として受け止められることを理解しかねている[9]。彼(女)のこれまでの著作権法違反を理由に、アカポスを追われ、(小保方晴子氏が理研の籍を剥奪されるなら、剽窃=パクリも立派な違背行為である。)アカデミックキャリアとしては、二度と浮かぶ瀬がないとすれば、いかがであろうか。はてなという日本企業(サーバも日本か)を根城にしている割には、彼(女)の理解は、かなり甘いと言わざるを得ない。利用規約違反[10]でもある。

著作権法の非親告罪化の際には、法執行機関・匿名者の双方が、いかなる対処を取るのか、見物ではある。私のここでの指摘は、匿名者にとって、一段、ハードルを上げたという機能を有する。私は、フェアユースくらいは認めた方が、ギスギスし過ぎない世の中になると思う。ゆるい見解だが、そんな辺りでおしまいとしたい。省庁縦割り・専門分化の弊害も指摘したかったが、この語を本稿に掲示しておくだけで、問題の根幹に迫る上では、十分であろう。学識経験者と呼ばれる人物であっても得手・不得手があることと、必要に応じて柔軟に対処できるだけの余裕が社会になければディストピアが生じること、の一例を示してみたまでである。


[1] はてな民はコンテンツの著作権についてどう思っているの?
(記名なし、2013年10月03日11時40分34秒)
http://anond.hatelabo.jp/20131003114034

[2] 学芸員はがん発言 - 発声練習
(記名なし、2017年04月17日)
http://next49.hatenadiary.jp/entry/20170417/1492403253

[3] 学生がはてなダイアリーを使うときに気をつけるべきこと - 発声練習
(記名なし、2009年02月09日)
http://next49.hatenadiary.jp/entry/20090209/p4

[4] 補足:学生がはてなダイアリーを使うときに気をつけるべきこと - 発声練習
(記名なし、2009年02月11日)
http://next49.hatenadiary.jp/entry/20090211/p1

[5] あなたがTwitterを使うときに気をつけるべきこと - 発声練習
(記名なし、2010年12月05日)
http://next49.hatenadiary.jp/entry/20101205/p1

[6] 内定通知書あるいは雇用契約書って所属大学の規則ではどうなっているの? - 発声練習
(記名なし、2017年03月29日)
http://next49.hatenadiary.jp/entry/20170329/1490719398

[7] 匿名化ツール - 発声練習
(記名なし、2017年04月17日)
http://next49.hatenadiary.jp/entry/20170417/1492419013

[8] このブログ名について - 発声練習
(記名なし、2007年12月22日)
http://next49.hatenadiary.jp/entry/20071222/p1

[9] 新聞や雑誌を保管・閲覧可能にすることとの違いを主張しないとダメじゃない? - 発声練習
(記名なし、2015年07月06日)
http://next49.hatenadiary.jp/entry/20150706/p2

著作権については留意すべきだけど、他の話については新聞や雑誌を保管・閲覧可能にすることとの違いがわからないと放送側の懸念に賛成できない。

[10] はてな利用規約 - はてな
(2015年8月2日改定)
http://www.hatena.ne.jp/rule/rule

第6条(禁止事項)
1. ユーザーは、本サービスを利用するに際し、以下のような法律違反行為を行ってはなりません。
a. 著作権、特許権等の知的財産権を侵害する行為




2017(平成29)年4月18日追記

冷泉彰彦氏と田中宇氏は、(当たり前ではあるが、)ともに、著作権法上も適正な、段落読みの可能な文章により、米国の動向を説明する論者である。櫻井春彦氏は、(図表の掲載にあたり、)そこまで厳密に著作権法を厳守しているとはいえない。佐藤則男氏・春名幹男氏・手嶋龍一氏・池上彰氏の文書のいずれも段落読みできない。佐藤優氏も大抵の場合は段落読みできないし、細谷雄一氏も段落読みできない。(記憶から、また、現在ブラウザで開いていた記事から判定した。)

これらの英語に馴染んでいるべき人々の文章作法を確認すれば、昨今の言論状況を整理するに当たり、少なくとも、ジャーナリストは、あまりアカポスに相応しい人種であるとは言えないようである。法律と同じく、科学においても、手続きこそが正当性を担保する材料の一つと見做されている。この点、元・日本のジャーナリストの文章は、残念なまでに、日本の新聞記事の執筆作法に毒されているようである。国際情勢を知るために参照される日本人(だと思われるが、本当のところは分かりかねる)ジャーナリストの文章は、一段落一主題が守られておらず、読込みに不要な時間を要する。形式が遵守されていない文章である場合、読者が文意を見逃した責任は、作者の側にもある。

わが国のテロ対策はオール・ジャパンの取組とは言い難い

本稿は、別に用意する予定の原稿の派生物であり、同記事で扱う2015年11月4日の中央線自転車投込み事件(以下、中央線事件)に関連した論評を分割したものである。「ぱよぱよち~ん事件」に時空間上近接して、中央線に自転車が投げ込まれるという事件があった。この事件は、翌年2月4日に中央大学の学生が逮捕されるという形で、一応の解決を見た。ただし、テロ対策という点からみて、日本社会は、この事件が与えた教訓を事後に活用してきていない。また、テロ対策に係る官民の取組は、予想される脅威の深刻さから言えば、不十分なものに終わるであろう。何事もなければ、ラッキーで済む話であるが、現政権と戦争屋との仲違いが継続する場合には、相応の対策が必要となる。

中央線事件の直後の印象は、態様と発生場所のために、テロ事件への含みを残すものであった。わが国の都市部の旅客鉄道網は、他国の都市に比べて、時空間上の密度、延伸距離ともに大きく、それゆえ高効率である。日本社会は、この効率性の高さを当然視して、都市活動を組み立てているが、日本の事情に多少なりとも通じた犯罪企図者であれば、その脆弱性にも強く気が付いている。2015年の夏に断続的に生じたJR東日本鉄道敷地への不審火事件(威力業務妨害等、以下、連続不審火事件)は、単独犯であろうと、あるいは、認定事実とは異なり、インスタグラムを通じた他の人物の協力が存在したとしても、この脆弱性が気付かれてしまっていることを示している(2015年10月7日)。なお、同事件の受刑者が収監されているはずの2017年4月16日時点においても、本人のインスタグラムやツイッターアカウントは、ウェブ上で確認可能である。とりわけ、インスタグラムの放置状態には、問題があろう。

幸いというべきか、中央線事件には、連続不審火事件のような不穏な背景は認められなかったようである。結果の重大さは別であるし、ジャニーズ所属と騒がれた容疑者の経歴の真偽も大きな社会的影響を生じさせたが、原因自体は、単に犯人の飲酒・酩酊によるのであろう。法政大学の学生であるから、過激派におだてられてやってしまったというオチも不可能ではないが、動機や詳しい経緯の追及は、ジャーナリストの仕事である。可能性を指摘しておけば、安楽椅子探偵気取りの私としては十分である。

複数の先進的な「攻撃」を受け、東京オリンピックを迎えようとしている現在、各鉄道事業者と国土交通省は、安全と定時運行に関して、従来を超えて最善を尽くすか、それが無理なら社会全体に対して適切に援助を求めるという、基本的な責務(=絶対に達成しなければならない課題)を負っている。両事件後、それぞれの担当者が十分に注意を払い、広義の安全に配慮した活動を徹底していたとすれば、今までの間に、問題の根本は解決されているはずである。そうなっていないことは自明である。1千億円の予算が東京オリンピック警備に計上されたというが、セキュリティの重大さ(と怠惰な天下りが含まれるという事実)からみて、まだ、一桁予算が不足している。何より、知恵が不足しており、実名を挙げると恥をかかされたと考える者も出てこようから、あえて名を挙げることはしないが、ある関連分野の査読なしの研究論文は、本稿に挙げた事件の重大性を理解していたとするならば、そのような文面とはならないであろう、楽天的な記述に溢れている。山本七平氏の「水と安全はタダ」という標語は、水道法改悪後の今こそ、想起されるべきである。たとえば、スタジアムの「見た目だけのデザイン」に余分な100億円をかけることを議論する前に、「セキュリティのための実効的なデザイン」にこそ、100億円を投じるべきという世論が喚起されていたであろう。そして、繰り返しになるが、普段から悪いことに着目する人物でなければ、脆弱性に対する注意は、研究者と言えども働きにくいのである。(福島第一原発事故に際して爆発が起こらないと述べた御用学者たちは、自己規制から危険を甘く見積もったために、見事に現実に裏切られた。)

なお、鉄道への攻撃とは異なる種類のハザードとはなるが、一市民から見た場合の、規範的な観点からの、オリンピックというイベントにおける最も深刻なダメージは、ミュンヘンオリンピックに見られたような、選手への加害行為である。その懸念が現実のものとなった場合、わが国の国際的地位は、取り返しの付かない致命傷を受けることになる。なお、政治家は、いざというとき命を張る職業であるし、警察は、政治家の身の安全を、私が指摘せずとも最優先するであろう。このため、ここで疎かになりがちな面だけを強調しておくことは、十分に意義あることである。なお、日本人の一部には到底理解できないかもしれないが、加害の形態には、「食べて応援」を強制するというものもある。日本人がいかに思おうが、相手が加害ととらえれば、おしまいである。アウェイにおいて、アスリートが食べ物に苦労するという話は、普遍的であるが、これを外国人選手の側から見れば良いだけの話である。

中央線事件と連続不審火事件は、広く社会に知れ渡ってしまっており、犯罪企図者も、公開資料だけから経緯を再構成して参考にできるほどである。一般市民や報道関係者や(低レベルな)研究者から事件が忘れ去られたとしても、犯罪企図者に同様の期待を寄せることができるとは、とても言えない。人間、興味のある内容は、いつまでも覚えているし、注意が向くものである。決して、犯罪企図者の能力を侮ってはいけない。この点、「犯罪ジャーナリスト」の小川泰平氏は、逮捕前、東京スポーツの取材に答えて、「犯人は稚拙」と指摘していたが、小川氏は、この犯人について、見解を改めたのであろうか。十中八九、事後の確認と訂正とを怠っているだけというのが、私の小川氏の行動についての推測である。是非、小川氏には、受刑者のインスタグラムを検討した上で、改めて意見を陳述してもらいたいところである。所詮は東スポだし、この記事をネッシーネタと同列の扱いとしても良いのかも知れないが、小川氏の沽券には関わることであろう。わが国の安全を語るべき人々の声は、なぜか、局所に限定化されるから、小川氏のようにマスコミへの露出が大きな人物には、より正確で実効的な評論をお願いしたいものである。もちろん、私はその任に相応しくないものと(能力の低い検閲屋に)判定されているであろうが、一国のセキュリティに係る言論状況が、今のままの貧相な状態で良い訳がない。


【JR東日本連続放火】専門家は稚拙な単独犯と分析
(記名なし、2015年09月05日 06時30分)
http://www.tokyo-sports.co.jp/?p=443263


ところで、テロ事件は、一般市民への恐怖を目的として実行される。このため、通常ならば、意図を確実に伝達するために、犯行集団から事件後に犯行声明が発表される。中央線事件では、事後の犯行声明は見られなかった。従来から、高速道路や新幹線などに対する類似の投込み事件は報道されており、少年らによるいたずらであることが後に判明する場合が多いように見受けられる。中央線事件も、犯行声明が見当たらなかった以上、同様のいたずら(というには惹起しうる結果が重大過ぎるが)とみなされたのであろう。

この点、対照的なことであるが、2008年6月8日の秋葉原無差別殺傷事件(以下、秋葉原事件)は、社会全体の反応を外形的に見ると、テロ事件の要件を満たす。犯人が犯行直前までネットへの書込みを続け、それらの記述が事後に広く共有され、政治的に解釈されたためである。犯人の動機が個人的なものであったにせよ、その後の論壇が事件の解釈に当たり政治性を持ち込んだことにより、同事件は、犯人によるコントロールを離れたところで、テロ事件化した。犯人が逮捕後の展開に至るまで計画し尽くした上で犯行に及んだものとは考えられていないし、当初の犯人の怒りは、ネット上の秩序を乱されたことに向けられたと一般に解釈されている。このため、本事件の当初の性格は、あくまで個人による大量殺傷事件であったと考えることができる。もちろん、それに巻き込まれた被害者は、無辜であり、無念であろう。しかし、犯罪を研究する者ならば、場を荒らした匿名者を犯人が独力で暴露することが困難であったからこそ、ほぼ間違いなく無関係の人々を代替的に選択したという側面に注目すべきである。つまり、秋葉原事件における犯行対象の選定は、日和見的(oppotunistic)なものとして理解されるべきである。

ただ、秋葉原事件は、犯人の社会的地位から発した怒りが「社会に向けられた」ものと解釈する言説の登場によって、テロ事件としての外形を備えるに至った。政治家ならば、不道徳的と見做されようが、このような解釈を取ることは、本人が結果責任を引き受けている訳であるから、本人の自由である。しかし、正確な理解を社会に対して提供すべき学識経験者が、本件を積極的にテロ事件と見做すことは、自らの職務に不誠実であると非難される余地を持つことになる。有識者は、自らの言論の再帰性を自覚する必要があった。この点、私は、以前(2016年7月26日)に相模原障がい者入居施設大量殺傷事件について、これをテロと見做すべきと論じたことがある。結局、同事件を次回への教訓として反省に生かそうとする組織や社会集団は、厚生労働省の所轄下に限定されてしまっているから、私の判断は、本来自己検証すべき組織に届く方法を採らなかったものとはいえ、後世に対してどの組織が努力を怠ったのかを示すことには成功したものと考えるがゆえに、正しかったものと考える。関係した全ての組織において、タブー抜きの検証(責任追及ではなく、事故調査委員会の目的と同様、事件の経緯と再発防止を目的とした検証)が行われる必要は、依然として残されている。

中央線事件は、犯人の確実かつ迅速な逮捕を通じて、日本の警察の優秀さを内外にアピールし、誰に対しても公平に接することを主張できる機会でもあった。犯行声明がないために、その性格がテロとは呼べないことが数日後に明らかになっていたにせよ、依然として、早期解決には価値があったのである。イスラム教徒に対して宗教プロファイリングを実行していたことを示す警視庁の資料がTOR経由で流出して以来、イスラム過激派に対する日本のテロ対策の有効性に対しては、根本的な疑義が持たれてきた。三大宗教の一つを丸ごとテロ予備軍扱いするという、当局の稚拙なテロ対応は、良識ある市民、特に、留学生や教員を装う過激派に接点を有しうる大学教員の一部の人心を決定的に離反させた。被害者の救済もせず、この失態をなかったかのように糊塗することは、国際標準からみて、三流国としか呼べない対応である。およそ非知性的な官憲の振舞いは、良識派を自認するインテリに嫌悪感を抱かせる。その嫌悪感は、左翼色の強いカラーの大学を二心ある留学生にとって結果として集まりやすい場所としてしまう。そこでは、不正義を放置する公安警察への反発から、人を疑わないという態度を強調するあまり、必要な程度を超えた放任主義が取られ、結果、その脆弱性が悪用される。これらの大学における過剰な善意が、皮肉にも、大学をテロ対策上のセキュリティホールへと転化してしまうのである。以前(2017年2月7日)にも一部指摘したが、この悪循環を断ち切るためにも、教職にあり軽々にトランプ政権を批判する有識者にこそ、このジレンマに向かうための自浄努力が求められるし、何よりもまず、その自浄努力を促すためにも、稚拙なイスラム過激派対策を実行した人物たちに、率直で真摯な謝罪が求められるのである。

自称イスラム国による2015年1月頃の湯川遥菜氏と後藤健二氏の殺害事件は、明らかに事件期間の政治的判断との連関が認められるために、殺害という結果そのものの責任を、テロ対策機関のみに帰属させることはできない。(ただし、本事件は、遺体が返却されていないことに注意しなければならない。人質の遺体は、テロ組織のビジネス上の資産である。この遺体返還が実現されていないことは、本事件が報道通りではないものか、当局が無能力であるかのいずれかを示すことになる。)しかし問題は、その後の検証過程に(こそ)ある。この検証に係る報告書[1]は、警視庁の資料流出事件と、その後のイスラム教関係者の逮捕・事件化を通じて、イスラム教徒からの普遍的な信頼を失っているにもかかわらず、一昔前のCR(community relations)活動を参照して、政府の対応を正当化している。この検証には、学識経験者も参加したことになってはいるが、おそらく、案文は、事務局によりすべて作成されたことであろう。自身の手を動かさないこと自体は、政府側の学識経験者の怠慢であり、それ自体によって、批判されるべき※1ことであるが、それに加えて、CR活動の基礎が相手との相互の信頼関係に基づくものという基本が忘れ去られている点、噴飯物と評することができる。他方で、この論理構成の原典が『市民と警察』(モンボイス, 1969, 立花書房)[1]辺りであろうと的確に推測することのできない板垣雄三・西谷文和・黒木英充の三氏の批判[2]も、不勉強であると批判される対象となり得る。

わが国政府におけるテロ対策は、形式上、内閣官房に集約されてはいるが、対策の現場を考慮した場合、省庁縦割りに準じたものとなる。内閣官房の機能は、問題の大きさに対しては無力であると言えるほどの規模であり、省庁の寄合い所帯であると呼んだ方が良いであろう。私益(個益)・省益といった縦割り社会を前提とした文化は、現在も根強く存在する。真に組織横断的と呼べる、目的本位の課題解決方法なるものは、テロ対策については現存していない。あくまで、従来の省庁における所掌をバンドルした(束ねてそれらしく見せた)だけである。

この縦割りの弊害は、端的には、学識経験者の無能に見て取ることができる。テロ対策を含む、問題解決のための特集を組んだ、ある学術誌の構成は、端的に、省庁縦割りの悪しき弊害を示している。この特集は、テロ対策をスコープに含める論文を一本含めるが、しかし、この論文と他の著者による論文との関係性は、ほぼゼロである。単に、テロ対策の必要性と方向性を謳う論文が、一本含まれているだけであって、異なるバックグラウンドの著者の論文を束ねただけに終わっているのである。わが国で官僚からお呼びのかかる学識経験者の大多数は、省益を代表する御用学者と化している。学術誌という専門分野において自由に発揮できるはずの構成が、このような結果に終わっているのであるから、実務者ととしてのプライドを有し、個別の事情を抱える縦割り主義の官僚たちを説得し、より良いテロ対策のための構想を実現するなんてことは、学識経験者にとっては、夢のまた夢、という訳である。

しかしながら、テロ対策という分野は、明らかに、実務者主導で進められてきている。厳しいことを言う学識経験者の関与を拒否する風土もある。このため、テロ対策としての知恵が十分に現場サイドで蓄積されているものと期待することは、可能と言えるかも知れない。ただ、その結果は、先の後藤氏と湯川氏の殺害事件に見るとおりである。イスラム過激派という鵺的な存在による国際テロに対して、日本国は、良いようにあしらわれてしまっただけでなく、その後の検証過程において、決定的な情勢判断の誤り(=公安コミュニティが良識的な国内のアセットから見限られていること)を晒してしまっている。それだけでなく、そこに知恵を付けるべき学識経験者の知識の少なさ・努力不足は、至るところに見受けることができるものとなっている。このようなテロ対策の貧困を指摘するメディアもなく、その貧困状況に対して国民は無理解である。このとき、果たして、1千億円の予算は、有効に支弁されるのであろうか。何よりも、テロを有効に抑止・予防できるのであろうか。

オチのつもり。You、新東京オリンピック、もうギブアップしちゃいなよ?


※1 公に設けられる委員会等において、学識経験者が手を動かすものは、それなりに多数あるものと思われる。


[1]邦人殺害テロ事件の対応に関する検証委員会検証報告書(kensho.pdf)
(邦人殺害テロ事件の対応に関する検証委員会、平成27年5月21日)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/syria_h27/pdf/kensho.pdf

[2] レイモンド・M・モンボイス、渡部正郎〔訳〕(1969)『市民と警察』, 東京: 立花書房.

[3] 板垣雄三・西谷文和・黒木英充, (2015年7月). 『後藤さんは政府に「見殺し」された:政府の「検証報告書」を検証する』, 東京:第三書館.

部族長[なぜか一つ覚え的に部族長が繰り返し強調される]と連携して情報収集を行う体制」が機能したと言うが〔p.76〕

2017年4月15日土曜日

(メモ・感想)衆愚が貶めたエフセキュア製品の評判は、いつ回復されるのか

#本稿は、十分な資料の読込みなしに作成したものであるから、題名に示した以上の新規性も、研究としての正当性も持ち得ない。(類似の先行意見が存在した場合、偶然の一致であり、その論者の先取性が尊重されるべきである。車輪を二度発明する愚は、十分に承知している。)また、本稿は、本ブログのいくつかの記事のように、再帰的な内容となっている。読者のご賢察を請う次第である。英語でいう、reader discretion (is) advisedってやつである。

BBSに代表される、21世紀初頭型の日本語のインターネットコミュニティでは、「人の振り見てわが振り直せ」という諺と、その諺を裏打ちするはずの「恥の精神」がなりを潜めてから十年になろうかとしている。ただし、パソコン通信上で繰り広げられてきたコミュニケーションのあり方は、往時の『別冊宝島』などを参照する限りでは、スタイル・手口そのものについては、大きく変化していない。マネタイズの方法が変化したのである。悪名であろうと、人に知られることが、情報爆発下のビジネスにおいては決定的に重要となりつつあると言えよう。

「炎上商法」と呼ばれる新手法の定着は、子ブッシュ政権以降に顕著となった「やったもん勝ち」の新自由主義的・帝国主義的風潮を反映してもいる。炎上商法は、周囲や社会全体への影響よりも、ニッチな顧客に訴える機会を優先するものであり、ロングテールを意識した商売という点に着目すると、テロ要員の募集方法やカルト教団の信者獲得方法とスタイルを共有する。個人のSNSにおける過度の露出や、それに伴い生じる炎上が「カネ」よりも「自己実現・自己肯定感の獲得」を目的としがちであることを合わせみると、テロ要員・カルト信者の獲得という組織犯罪の性質は、両方とも、組織側には組織による炎上商法の目的であるカネを、引き寄せられる個人の側には個人による炎上商法の目的である自己実現を提供するものであり、炎上商法という経済的活動の特徴を包括するものといえる。良くも悪くも、子ブッシュ政権は、カルト集団のテッペンを取った存在であり、リアル社会における炎上商法の集大成であると評することができよう。

インターネット上の言論を監視し、検閲・操作を加える企業は、炎上という行為を取り巻く環境要因であるとみることも可能ではある。なぜなら、これらの企業は、炎上を沈静化させる際にも利用されるとはいえ、子ブッシュ政権のショック・ドクトリンと同様、マッチポンプの噂が常につきまとう存在ともなるからである。ただし、この手のビジネスは、たとえ法整備が進み、なりすましやビジネス目的の誹謗中傷行為が規制されたとしても、依然として実行される可能性が払拭されないものである。沈静化(「火消し」)ビジネスの将来動向は、従来の「紙の爆弾」(#二重カギ括弧でないところに注意)を利用した総会屋ビジネスが、銀行や証券会社のスキャンダル等を経て本格的に規制され、総会屋2.0へと変容した際の経緯を反復する様相を取るであろう。

炎上の沈静化というビジネスは、本来、弁護士や司法書士の利用が基本的な作法として定着している社会における、これら専門的職業家の(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントにいう)「金のなる木」となるべきであろう。これらの専門家には、あまりに阿漕であったり庶民意識から外れた行動を取れば、橋下徹氏がかつて扇動したように、同業者集団による制裁が待ち受けており、この歯止めに期待を寄せることができるからである。(ただし、犯罪組織に加担する法曹への制裁は、わが国ではそうもなっていないが、通常の組織構成員に比較して、一等重いものとされる必要があろう。また、マッチポンプを行うような企業にも、当然、顧問弁護士は存在していようが、その人数が大規模であったり全員が法曹であるという訳でもないであろう。そこが、わが国の「資格社会」の限界でもある。)マッチポンプに手を染める悪徳専門家の発生は、現状に比べれば、一定程度は抑止されることになろう。

なお、ここでは、「忘れられる権利」が意図的な炎上への誘因となり得ることについても、指摘しておくべきであろう。市民派と見做される法曹により、この権利が主張されることは、逆説的な事態である。この権利が公人や法人に対しても認められることになれば、これらの人格が行動するにあたり、評判という要素は、その人格の合理的な判断から抜け落ちることになる。この結果は、公人や法人が好き放題に振舞うというものとなる。歴史に断罪される虞は、安倍晋三氏が祖父について批判されるのと同様、子孫までが対象となるために、一定程度の抑止力を有するものとなりうる。戦争屋の走狗に、子どもを持たない人物が選定されがちであることは、偶然ではない。また、蛇足となるが、賢明な批判者ならば、本人の資質や行動に問題が存在しなければ、先祖についての批判を行うことが、個人主義になじまないことであり、批判者へのブーメランとなることは、理解できていよう。

「自由で単なる人格批判に陥らない、生産的で真実に基づいた言論活動」という、サイバー社会においてかつて語られた理想は、検閲・宣伝・工作を請負う「広告・マーケティング」企業により、匿名・顕名にかかわらず、インターネット上の公開の場においては、求めても得難いものと化した※1。他方で、SNSの普及は、現実社会の関係性に根差すものであるが、現実社会の権力関係をインターネット上にも持ち込むこととなった。この点、某大学の教員がフレンドリーな存在を装い、SNS上での関係を学生に広く求めるという態度は、権力という社会関係の実在に対して鈍感な表出の一例である。ホイチョイ・プロダクションズが広告代理店を舞台に皮肉る「いいね乞食」の、学術機関版である。ついでに、(某大学つながりで)指摘しておくと、かつてインターネットに係る理想を提示・議論した言論人たちも、インターネット上における言論(操作)ビジネスが軌道に乗るにつれ、これらの悪徳企業との相互関係から逃れることが難しくなりつつあるように見える。

荒れた言論状況の背景には、情報環境の最適化という業務におけるベイズ統計の活用という、なかなかの難問が存在する。規範的な観点から正しいと認められるはずの言論が、人気投票というベイズ統計の性格により、批評能力を備えた人間に読まれる機会が大きく減じられ、結果として力を失っているのである。規範的な観点からいえば、情報環境は、局所最適化された状態にあるのであって、決して全体最適化された状態にあるとは言えない。オープンで批判的な態度を有する(真っ当な)読者の目に触れる機会を奪う要因には、動物的に言語生産活動に勤しむ炎上加担者や、同種の表現を大量に複製し続けるボット、中途半端な知識で・あるいは金目で発言する学識経験者※2、などを挙げることができる。この状態を示す上で端的な事例は、後段で取り上げるエフセキュア製品に対するAmazonレビューの悪用であり、「オルタナティブ・メディア」を「偽ニュース(fake news)」と呼ぶCNN.comの公式ツイッターのフォロワーの半数がボットであったというオチ[1]であり、「メルトダウンではないだす」である。なお、CNNの事例であるが、ツイッターにブロックという機能が実装されている以上、今回は、CNN.comの手抜かりであると言えよう。

言論の正否そのものを判定できないという、ベイズ統計を準用した情報整理の欠点は、技術者側には十分に理解されており、その対策も取られてはいる。しかし、その対策は、今のところは、人間の高度な知性を要する、労働集約的な作業とならざるを得ない。にもかかわらず、微妙で困難な状態に置かれた人間の判断に対しては、(トランプ大統領によるシリアへのミサイル攻撃命令のように、)ほとんど常に、他者の批判の余地がある。ベイズ統計の限界を企業側が克服しようとするとき、今のところは、人間の判断を持ち出す必要がある。この結果、ルールは柔軟に運用せざるを得ず、その運用が判断がぶれているとの批判をも引き起こす。企業にとって、ベイズ統計を基本とするアルゴリズムに余分な判定を加えることは、労力、つまりはコストが高くつくにもかかわらず、却って批判を招来しうるという、報われない結果となり得るのである。利潤の追求は、企業に寄せられる社会的期待の中では、第一である。それゆえ、余分なコスト増を招きかねないアルゴリズムの改善は、基本的には見送られがちとなり、また、その改善結果の詳細は、ビジネス上の財産でもあるから、開示に不向きなものとならざるを得ない。

ようやく本題に入ることができる。

情報を判別する際の難しさは、エフセキュア社製品に対して一時期寄せられた悪評の削除に対しても、同様に該当する。Amazon.co.jp[2]は、現在でも、いわゆる「ぱよぱよち~ん事件」(以下、ぱよちん事件と表記)[3]の直後に、同社製品に対して書き込まれた否定的なレビューの一部を残し、製品としての評価を比較的悪い方に留置している。2017年4月14日時点で、7件の星1つの評価があるが、製品をAmazon.co.jpにて購入したアカウントは、2件のみである。残る5件のうち、使用感を具体的に述べたものは1件だけであり、残る4件は、単にぱよちん事件に悪乗りしたものであると認められる。星2つの評価は、1件であり、アンインストール時の不調法を指摘するものであり、ぱよちん事件には言及しない。星3つの評価はない。つまり、同製品に対する低評価レビューの半数は、偽計業務妨害にも相当する内容である※3。私からみれば、製品そのものの性能についての言及がないレビューは、評価の高低にかかわらず、すべて規約違反であるかのように読めるのであるが、これらレビューとしての要件を満たさない否定的レビューが製品の評価を決定付けているのである。

アマゾンジャパン社は、ぱよちん事件の直後、同事件を同社製品の信頼性の低さに理由に挙げた否定的レビューについて、処分し続ける措置を講じるべきであったが、同社は、ぱよちん事件に便乗して「殿堂入りユーザ」を獲得したユーザを放置し続けている形となっている。これらのユーザの中には、確かに、事件前からレビューを投稿している者もいる。しかし、事件以前のレビューの存在は、ぱよちん事件に便乗して行われた不正を肯定する理由にはならない。よって、私が以下のように考えるだけとはいえ、同事件に乗じたレビューの削除と、それに伴う「殿堂入り」などのタイトルの取消し判定こそ、アマゾンジャパン社に求められる作業であると批判することができるのである。この処分に反駁するアカウントユーザは、総会屋と同種であるものと断じられよう。


なお、先月、CIAの漏洩文書が『Wikileaks』において『Vault 7』として公開されたが、これらの文書に見られるエフセキュア社製品に対する評価は、同社がマルウェアに対してガチンコで対応しようとしていたことを(逆説的に)示すものとなっているという[4]。この経緯がレビュアーらの評価に反映されていないという事実(4月14日、目視で確認)は、ぱよちん事件の炎上に便乗したレビュアーらが製品の評価に不誠実であったことを示すものと言えよう。なぜなら、本当にエフセキュア社の製品を低く評価しようと思うのであれば、『Vault 7』の情報を利用しないという手はないからである。(そして、言うまでもないことではあるが、私は、本稿では、ここに記した以上に、セキュリティソフトの評価や『Vault 7』そのものの検討やその是非に立ち入るつもりはない。)世界有数の情報機関による侵入テスト(penetration test)の結果である。TPOや法律をわきまえずに悪乗りして、高評価のレビュアーという称号を狙うという人物が、自身の行動の帰結を予測できるとするならば、自説の正当化のために、この機会に飛びつかない訳がないのである。


※1 炎上商売を良しとする個人や、炎上に加担する個人、検閲・操作に従事する企業ならびに従業員らは、利己的な存在であるとみて間違いなかろう。私は、利己的であることを、RPGの老舗である『D&D』に倣い、邪悪(evil)であると理解している(2017年3月27日)が、この分類に基づけば、炎上の種類が合法性を楯に取るものであれば、その炎上の主はlawful-evilであり、非合法なものであれば、その主はchaotic-evilになろう。邪悪の種類を分類しやすいのである。念のため、現時点までの私には、本記事の指摘に係る利益相反関係は一切存在しない。

※2 御用学者が批判される原因は、社会的身分を有していることに求められる。わが国では、発言者に社会的身分があればこそ、その発言に影響力が生じるという側面があるし、その発言を封じようとする動きも慎重なものになる。逆に、社会的身分がなければ、これを封じようとする側の手段が何でもありになりがちである。広義の暴力を以て言論を封じるという動きが現実に存在する以上、この非対称性は、わが国でも、「有識者」にこそ気付かれるべき側面であろう。つまり、御用学者の力の源泉は、社会的身分である。この事実は、現在の日本語環境と共依存する関係にある。議論が噛み合い有益なものになるためには、論者の双方に、前提となる共通の知識があり、互いの論点を理解した上で、その長短を吟味する、という能力がなければならない。そのような状況は、適当な環境がなければ成立せず、その環境を整備・維持する組織の成員には、自ずから努力が求められる。しかし、本文中で触れたように、「いいね乞食」がアカデミアに跋扈するようでは、そのような環境が用意されるべき場所こそが蚕食されていることになる。なお、状況=環境+環境下の個人、と考えれば良い。このため、状況は環境に影響される。ここまでは間違いないが、環境が状況に影響されることになるのかは、環境犯罪学における残された課題であると私は考える。

※3 カネさえ払えば何をしても良いのかという批判も、成立の余地はある。が、違法性を論じるときには、購入履歴は、大変に重要な要素であると認められる。


[1] CNNのツイッター:フォロワーの半分は偽物|世界の裏側ニュース
(ココヘッド、2017年03月31日03時17分)
https://ameblo.jp/wake-up-japan/entry-12260759855.html

#なお、『弁財天』のMakoto Shibata氏(@bonaponta)は、この話題に先立ち、(当時の)オバマ大統領のフォロワーについて同様の作業を自前で実施しており、他サービスよりも多めの粉飾率を見積もっている。大事なのは、結論がボットの判別方法に依存することである。この事実は、私の公式ツイッターアカウント(@hiroshi_sugata)が現状のようである理由ともなっている。この検証作業の人柱として使えるのではないかと期待しているからでもある。つまり、私のアカウントは、ツイッターボットの判別テストにも利用可能である。

弁財天: ツイッターの巨大なフォロワー数の正体 update14
(Makoto Shibata、2015年04月03日?最終更新?)
http://bonaponta.noip.me/roller/ugya/entry/huge-number-of-followers

弁財天: リツイート数を粉飾して世論を捻じ曲げようとしてもTwitter社のAPIから本当のリツイートユーザのリストを取得されると粉飾がバレるw
(Makoto Shibata、2015年12月03日)
http://bonaponta.noip.me/roller/ugya/entry/twitter-api11-retweeters

[2] Amazon | F-Secure インターネット セキュリティ 2014 (新規用パッケージ/3PC1年版) | エフセキュア | ソフトウェア 通販
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00FXBLR76/
#参考まで、星1つのレビューは次の7アカウントによるもの。リンクは各レビューへのもの。

  • TMA, 2015年11月4日, Amazonで購入
  • ay, 2015年11月4日, Amazonで購入
  • edirol, 2016年1月6日, 購入マークはないが、使用履歴ありと自主申告。
  • ガラクタ, 2015年12月20日, 殿堂入り+ベスト50レビュアーだが購入マークなし
  • どんぐり定食, 2016年1月24日, ベスト500レビュアーだが購入マークなし
  • Customer, 2015年12月26日, 購入マークなし
  • Amazonカスタマー, 2015年12月13日, 購入マークなし

[3] ろくでなし子独占手記「ぱよぱよちーん」騒動の全真相
(ろくでなし子、2015年11月26日)
http://ironna.jp/article/2402
#話の広がりが大きいために、媒体がアレであるが、上記ろくでなし子氏による派生的な記事を挙げた。

[4] Antivirus Vendors React To The CIA 'Vault 7' Leaks
(Lucian Armasu、2017年03月15日05時00分)
http://www.tomshardware.com/news/antivirus-vendors-cia-vault-7-leaks,33893.html

From the unredacted documents that have been released so far, there doesn’t seem to be any evidence that the antivirus companies were working with intelligence agencies to undermine their customers’ security. That may be a sign (and a good one) that at least the antivirus vendors are working in their customers' interests, even if sometimes that's not enough to stop more sophisticated attackers such as the CIA.