2016年1月30日土曜日

ウェブカメラの脆弱性はウェブセキュリティの標準に近づけることで対処すべきである

 先週の週末×(2014年1月23日~)○(初出は、2016年1月21日のNHKの報道)にかけて、ウェブ上の(防犯)カメラ映像が誰でも見られる状況になっているというニュースが数局で報道されたと記憶している。今回の報道は、明らかに、設置時のサービスレベルが低いことを示唆するものであり、製品そのものに起因する問題ではないことを示唆していた。ただし、ウェブ上では、日本企業(とみなされる企業)のカメラが名指しで覗き見できる機種として取り上げられている。BBCでは、過去、脆弱性を有するカメラの製造企業の担当者が出演して脆弱性に対する説明を加えている。この点は、見習われるべきであろう。

Breached webcam and baby monitor site flagged by watchdogs - BBC News
http://www.bbc.com/news/technology-30121159

 本件脆弱性への基本的な視座については、過去、『JUSRIリポートNo.45』(2010)において、それなりに言及したつもりである。その考え方とは、ウェブカメラのセキュリティは、ウェブセキュリティの標準に収斂させていくほかないというものである。実のところ、私は、同報告書において、このような覗き見に対する防御策の一つとして、暗号鍵が有効に機能しうる点を取り上げ、群馬大学グループの「e-自警」が暗号鍵を実装している点を評価した。今回、問題となったウェブカメラには、そのような機能が搭載されていないようである。当時から現在に至るまでの技術の根幹は、さほど変化していないので、本記事において、同報告書に格別に付け加えることはない。

 ここ10年の防犯カメラ界隈の構図は、業界団体が存在し、一定以上の品質のカメラを推奨しているものの、「安かろう悪かろう」でアフターサービスなしのウェブカメラに押されているというものである。本来、製品の機能は、サービスまで含めて評価されるべきであるし、顧客もそこまで評価できるだけの才覚を備えるべきである。ウェブカメラを防犯目的で購入する者は、ウェブカメラが室内の状況を外部に流出させ、犯罪機会となり得る、というリスクに対する認識を持つべきである。ユーザビリティに係る業界の標準的認識は、サービス業者まで含めた総合的な体験を評価の対象に含める。警備業界の大手企業では、従業員がサービスの主要部分を担う以上、総合的にサービスを評価するという視点を備えているように見受けられるが、カメラ製造企業を単独で見れば、向上の余地があるということであろう。

 本来ならば、公的組織が低質なサービスを排除できて然るべきであるし、その作業に資するだけの冷静な議論が学術界にも存在して然るべきであるが、いわゆる左派の研究者も「にわか」の研究者も防犯カメラをオワコンとみなしている気配がある以上、こうした脆弱性が表れてはそのままとなるという話は、日本社会が今後もこのまま続くのであれば、今後も継続する宿命にあるものと思われる。焼き畑農業は、わが国のマスコミだけでなく、わが国の研究業界にも存在する風潮である。この刹那的傾向は、国民一般のリスクへの認識力をかえって弱める働きを有してはいないか。専門外のリスクを新たに研究しようとする学術関係者は、各種のリスクを横断的に衡量した上で、自身の行動を正当化できるか否か、検証する必要があろう。(興味を持ったからというのは理由としてありだが、謙虚に先行研究を収集すべきであろう。)

 かくして、低廉なウェブカメラの脆弱性を手当てする体制は、防犯カメラ業界の側から供給されることはない。とすれば、IoTなどという話題の範疇、つまりウェブセキュリティ標準の中で対処してもらうほかない、というのが私の結論である。そのときは、必ずカメラのID(個体識別性)が問題に含まれることになるので、自然と解決が図られることになるであろう。問題は、そこに映り込む人物の肖像権であり、その人物の撮影に対する了解の度合いとなろう。


#ちなみに私は、研究業務に参入してから、犯罪予防を常にターゲットとしている。本ブログで福島第一原発事故に対する言及が多いのは、史上最大規模の企業犯罪であり、組織犯罪であり、潜在的被害者数も史上最大クラス、おそらくスターリンや毛沢東の指揮した虐殺を上回る規模となることが懸念されるためである。

平成28(2016)年2月23日追記

遅まきながら、本件は、最近ありがちの国際関係に起因する報道でもあることに気が付いた。報道記事が専ら参照していたサイトは、他サイトを挙げて、「パスワードのかかっていないサイトを登録している」旨を主張している。他サイトのドメインは、.io(イギリス領インド洋地域)であり、登録申請者はフランス在住である。他サイトについて触れる日本語のマスメディアは、私の見た限りでは存在しなかった。今回の報道は、サイバー○○の流行に棹さしたものであると見るのが妥当であるので、そのノリの都合上、特定国に対する色眼鏡をかけさせようとする動きが存在することは、わが国の報道機関の特性上、致し方ないことではある。ただし、今回の脆弱性の責任は、純粋に国内問題である点に注意すべきである。

 今回の話題沸騰は、NHKの報道が契機となったようである。NHKは、報道機関らしくなく、ウェブ記事のアーカイブを公開しないため、後追いで確認することが難しい。そこで、リンクをGoogle検索したところ、溝口誠一郎氏のプレゼンテーションという御託宣が下された。これでめでたく、今回の流行発信者がNHKの報道であることが確認できた(ということにしておく)。

溝口誠一郎(KDDI研究所), (2016/Feb/8). IoT時代のセキュリティについて考える
http://kiai.gr.jp/jigyou/h27/PDF/0128p1.pdf

News Up ネットで丸見え?防犯カメラ(1月21日18時57分)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160121/k10010380631000.html

監視カメラ覗き見? パスワード未設定が原因か : 科学 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
http://www.yomiuri.co.jp/science/goshinjyutsu/20160122-OYT8T50085.html

 ITジャーナリストの三上洋氏は、次のように解説している。
この監視カメラサイトは以前から2ちゃんねるなどの掲示板で取り上げられていたが、2016年1月になってニュースサイトが取り上げたことから、新聞やテレビでも報道されている。
(...略...)
一部のメディアはこのサイトについて「初期パスワードのままで使っている監視カメラを覗き見しているようだ」と書いているが、そうではなく、最初からパスワード無しの筒抜け状態になっている監視カメラが多いと筆者は考えている(すべてをチェックしたわけではないので断言はできないが)。
  報道からおおむね一ヶ月を経過したので、後追いしてみたが、3000件程度にまで減少している。依然としてトップの方にも、公開されることを前提としていないカメラが6割程度、上がってくる状況ではある。6089(おーぷん2ちゃんねる)→3242(筆者調べ)なので、公開を前提としたカメラを除き、過半のカメラは、閉鎖されたということであろう。この点、報道に一定の価値があったと言うことは可能であろう。

BBCで日銀マイナス金利報道になぜか上海の東方明珠電視塔が

 2016年1月30日に0:00~から放送していたBBC World Newsは、黒田バズーカの一環としてのマイナス金利に言及していたが、そのクリップに、上海の東方明珠電視塔(Wikipedia)が使われていた。市街地側から両側にビルがあり、その中央に、向こう側に海を臨むという構図である。単なる間違いなのか。中国に影響を与えるくらいという話もなかったのだが。英国人にとってはどうでも良い話なのかも知れないが、重大視する日本人、中国人も多いであろう。いかなる意味が含まれているのであろうか。興味はつきない。

 【0:38追記】二回目の報道があったが、内容はほとんど変わらないものの、上海の東方明珠電視塔のクリップは消えていた。何だか分からない世界である。


2016年1月29日金曜日

宜野湾市長選挙の出口調査に関連するウェブ資料(その2)

#一部、平成28(2016)年2月1日に追記した。

 選挙における票の操作は、民主主義の根幹の否定である。票の操作は、現時点の為政者にとって誘惑が大きい工作であり、現実に存在し得ることではある。しかし、このような工作は、自身の権力の基盤と市民の社会に対する信頼を同時に掘り崩すものである。他国に対しても、同様の工作に対する非難をなし得なくなることから、厳に慎まれるべき行為である。選挙における不正は、特に2013年以降、日本語界隈でも、陰謀論者により流布されるようになった。しかし、電子投票における不正工作は、2004年の米国大統領選挙において、とりわけ根強く指摘されてきたことであり(事情を概観できるものとして、田中宇氏の記事)、陰謀論として片付けることが到底できない重要性を有することである。

 本記事では、前記事に引き続き、平成28年1月24日宜野湾市長選挙についてのシミュレーションのための材料を掲載する。本件についても、すでに不正選挙であるとの指摘がなされている(Togetter)が、しかしなお、前々回の記事におけるシミュレーション結果が得られた理由については、2通りの原因が考えられる。一つは、左派と明確にみなされる朝日と毎日が関与したために、これらの社の出口調査において、右派が回答を拒否して偏りが生じたというものである。もう一つは、それ以外の原因によるというものであり、不正工作も含まれる。

 現時点までのウェブ上の資料あさりを経て、私は、少なくとも三点の疑問を抱くに至っている。第一の疑問は、読売新聞が出口調査を実施したにもかかわらず、なぜその結果を詳細に提示していないのか、というものである※1。少なくとも、東京の紙面では、詳細な情報を確認できていない。第二の疑問は、NHKが8時45分の番組で出口調査を報道したそうであるが※2、そこでなぜ、パーセント表記の数値を画面上でも示さなかったのか※3、というものである。NHKは、ユニバーサルデザインを心がけているはずである。画面に数値を掲載せず、口頭だけで数値を発表したという場合も考えられはするものの、聴覚障害者に対する配慮が欠けていることになり、違和感がある。写真※2中のグラフに数値を掲載しなかったのはなぜであろうかと、画面をデザインする側の視点で見ると、違和感が残ることである。第三の疑問は、沖縄タイムス※4、琉球新報※5がそれぞれで他社と共同して実施した出口調査結果を並べて見比べたときに気付くものである。両者の出口調査は、両方とも、NHKのように、両候補への投票率だけを集計結果として示すことが原理上可能であるにもかかわらず、その値を示していないのである。同一の形式で異なる調査主体による出口調査の結果が示されるということは、両チームの間で、何らかの事前の調整が存在したということなのであろうか。両者ともに左派系の全国紙と組んでいることも注目されるが、この点は、いずれ新聞報道を確認することとしよう。


※1 「オール沖縄」に陰り? 知事思わぬ大敗 : 地域 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
http://www.yomiuri.co.jp/local/okinawa/news/20160126-OYTNT50029.html
(...略...)読売新聞社が投票当日に行った出口調査によると、自民支持層で志村さんに投票したのは約1割にとどまっていた。志村さんは陣営を支える共産党などにも配慮してか、日米安保条約の改定にも触れるなど、革新色を強めていった。
#読売新聞の上記の説明は、筋が通ると私には思われるものである。しかしながら、では、なぜ、投票当日の出口調査の結果が示されなかったのであろうか。この点の疑問が解消されないと、私の懸念は拭えない。

※2 沖縄県の宜野湾市長選挙の開票速報・出口調査・結果まとめ ※同じ1月24日投開票の八王子市長選挙と熊取町長選挙の情報もあり – 自由速報 ( ´_ゝ`)
http://jiyusoku.jp/archives/9550

※3 http://jiyusoku.jp/wp-content/uploads/2016/01/20160124_204900-700x394.jpg

#私が上掲の写真から読み取ったピクセル数は次のとおりである。

候補者名得票数のピクセル数バーの長さ全部のピクセル数最高値得票率(推計)
佐喜真淳氏17881956(60%)54.8%
志村惠一郎氏14121944(60%)43.6%

#この写真は、ビデオキャプチャではないようなので、いくつかの原因から画像が歪んでいる。画面中心点より(画面から見て)右側に立ち、画面中心点より上方から見下ろすように撮影しているようである。この点をふまえて、志村氏の外枠については多めにピクセル数をカウントした。(この処理は、前々記事のシミュレーションによって示唆した可能性を否定する方向に作用する。)


※4 出口調査で浮き彫りになった宜野湾市の民意 | 沖縄タイムス+プラスhttp://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=151185
#沖縄タイムス社・朝日新聞社・琉球朝日放送

※5 佐喜真氏、志村氏、激しく競り合う 宜野湾市長選 琉球新報・毎日新聞・共同通信合同出口調査 - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース
http://ryukyushimpo.jp/news/entry-209683.html

宜野湾市長選挙の出口調査に関連するウェブ資料(その1)

以下、メモとしてリンクとその感想を示す。

2013参議院選挙の出口調査の検証 - メルセゲルのブログ
http://d.hatena.ne.jp/mytestdone/20130722/1374487937

#系統的に特定地点の出口調査の怪しさを検討する方法は、多重比較法が適切なものであるのだが、その考え方をまったく知らないようであるから、微妙。


福田昌史, (2008). 「出口調査の方法と課題」『行動計量学』35(1), 59-71.
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006652921
毎日新聞では(...略...)非協力者の記録を残していないが,回収データでは女性より男性の比率が高く(およそ56%),性別による協力度の違いに差があることを示している.
#56%になるという福田氏の指摘は、今回の宜野湾市長について、実際の非回答率を推定する上での材料にはならないと思われる。私が行く投票所は、必ずテレビクルーがいると近所で噂されている投票所であり、実際、テレビクルーを見かける確率は高いのだが、常に出口調査者がいるにもかかわらず、一度も出口調査に引っかかったことのない自分としては、まず最初に、抽出方法を把握することから始める必要がある。何人に一人を仮定すれば良いのか、推定するのに十分な材料がない。(多少なりとも社会統計に興味を持つ者として、常に注意してみているが、前後で回答している人を10年の間に一度しか見たことがないという事実は、抽出率の推定に使えるかもしれない。私は、開場と同時に出かけるということをしたことがない。そこに抽出率に影響を与えるような要因が含まれるかもしれないと考えている。)

倉内敦史, (2005). 「調査結果から読む 衆院選出口調査の検証」『NIKKEI RESEARCH REPORT 2005-IV』, 26-29.
http://web.archive.org/web/20061118133216/www.nikkei-r.co.jp/nkr_report/0504/07exit.pdf
しかし、今回初めて見たのは、ある一定の時間、たとえば1時間だけ、出口を出てくる人全員に回答をお願いする社もあった。
#自分は、1回だけを除いて当日に投票所で投票しているが、そのような社の出口調査は、見たことがない。ただ、終日、出口調査のために投票所を見張るなどということもしていない。

出口調査で浮き彫りになった宜野湾市の民意 | 沖縄タイムス+プラス
http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=151185

#この調査の形式も、少なくとも、記事にされた結果から類推する限りでは、前記事で引用した琉球新報・毎日新聞・共同通信の合同出口調査と同じものである。なぜ、今回の出口調査の形式がこのような内容となり、単純に投票先を集計した結果が示されていないのか。この疑問に対する答えは、なかなか興味深い事情を含みそうである。同記事に示された数値も、もちろん、シミュレーションに転用できる。

2016年1月28日木曜日

平成28(2016)年1月24日の琉球新報等の出口調査による宜野湾市長選挙のシミュレーション結果

平成28(2016)年1月24日の宜野湾市長選挙について、琉球新報・毎日新聞・共同通信の合同出口調査は、佐喜真氏と志村氏の両候補が競り合うと伝えていた※1

この出口調査と宜野湾市選挙管理委員会のウェブサイト※2を利用すれば、開票作業が進んだときの得票数をシミュレーションにより予想することができる。シミュレーション結果と佐喜真氏の実際の得票数との推移を比較したグラフが、下図1のグラフである。


図1: 佐喜真候補の得票数と出口調査を利用したシミュレーション結果の比較
(平成28年1月24日宜野湾市長選挙)

方法

実際のシミュレーションの方法は、次のとおりである。基地移転への賛否についての出口調査結果は、{賛成 = 0.332、反対 = 0.560、不明 = 0.108}の3通りである。記事に示されたとおりの点推定値を利用し、『R』のsample関数によって投票者総数( = 49839)分の賛否の分布を作成する。賛成と反対については、両候補への投票割合が示されているので、記事中の点推定値を利用して、両候補への投票結果をsample関数により取得する。基地移転への賛否不明者は、佐喜真氏へと得票数をすべて組み入れる。この結果、両氏の最終的な得票数が得られる。図2には、この推定方法を図で示した。


図2:得票数推定のモデル

冒頭の図1のグラフ(ヒストグラム)は、10万回のシミュレーション結果を、実勢値と併せて表記したものである。

作業に用いたRスクリプトファイルは、ここ(リンク)からダウンロードできる。


結果

出口調査の点推定値を用いた場合に、両候補への投票者数の推定値が実値とは大きく異なることが示されたことは、本件シミュレーションの大きな成果である。基地移転への賛否が未回答の者が11%近くいるが、これらをすべて佐喜真氏の推定得票数に組み入れたにもかかわらず、佐喜真氏の推定得票数は、実値の動きと大きく異なり、常に両者が重ならない。21時半、22時の各時点における推定得票数は、10万回のシミュレーションのすべての場合において、実値より小さい。にもかかわらず、最終時点では、実値は、推定得票数の分布と逆転し、予想値のすべてを上回る。


今後の課題

本件シミュレーションには、出口調査の各設問においてある項目を選択する確率の信頼区間を検討していないという大きな問題がある。今後の作業の見込みを記し、今後の課題としておくことにする。基地への賛否は、多項ロジスティックモデルを用いれば良いであろう。あるいは、二段階の二項分布を仮定しても、それほど問題ないかもしれない。反対・賛成それぞれの意見における両候補への投票行動は、二項分布を仮定して、信頼区間を形成しても問題ないであろう。または、地方選においては、元々の投票先が存在しており、そこから各設問への賛否が形成されると考えることも、さほど違和感のない仮定であるので、そのような主客を逆転させたモデルを作ることも問題ないであろう。

考察を今回省略した理由は、ここに示した課題を解決してシミュレーションの内容を確実なものとした上でなければ、出口調査が実際と異なる理由を考察するには至らないというものである。


※1 佐喜真氏、志村氏、激しく競り合う 宜野湾市長選 琉球新報・毎日新聞・共同通信合同出口調査 - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース
http://ryukyushimpo.jp/news/entry-209683.html

今回の市長選は、23日までの期日前投票で有権者の約19・65%に当たる1万4256人が投票を行っており、午後9時からの開票作業が注目される。
 琉球新報、毎日新聞、共同通信の合同出口調査によると、普天間飛行場の辺野古移設については、56・0%が反対で賛成の33・2%を上回った。
 賛成と答えた有権者のうち92・5%が佐喜真氏、7・5%が志村氏へ投票したと回答。反対の回答のうち77・1%が志村氏、22・9%が佐喜真氏に投票したと答えた。
 辺野古移設を推進する政府の姿勢については、54・9%が支持しないと回答し、支持するは33・8%だった。

※2 平成28年1月24日執行 宜野湾市長選挙トップ | 宜野湾市公式ホームページ
http://www.city.ginowan.okinawa.jp/sisei/election/01/senkyo_top.html




2018年02月07日修正

レイアウトをbrタグだけからpタグ中心に変更し、画像のURLをhttpからhttpsを使用したものへと変更した。

2016年1月27日水曜日

橋爪大三郎氏と島田裕巳氏の対談への批判:テロの危険と交通事故はまったく別物

 マスコミに多く出る「識者」の言説は、テロ活動を起こす者が自称イスラム国のメンバーであると想定するものだけで占められている。この言説は、完全な誤りであるとまではいえないが、ほかの集団についても注視すべきであることを、私は今冬の記事で幾度か述べてきた。テロへの懸念が現実のものとならないことを願うことは、「識者」も私も同様だとは思うのだが、イスラム国によるわが国におけるテロを最大の(差し迫った)危険として述べることは、佐藤優氏ならばまだしも※1、学者であるはずの橋爪大三郎氏と島田裕巳氏には許されることではない。学者の仕事は、正確な知識を産出することであって、独断的な情報を流通させることではないからである※2。秘匿すべき情報筋から確実な情報を入手したのであればともかく、橋爪氏と島田氏は、必要な根拠を提示することもなく、次の憶測を述べている。


日本でもテロは必ず起こる! 〜私たちはもう覚悟を決めるしかない 【特別対談】橋爪大三郎×島田裕巳 | 経済の死角 | 現代ビジネス [講談社]
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/46709?page=3

橋爪 それに「主権国家」の制度は、中東はむろん、アフリカやインド、中国でも実状に合っていません。なんとかなっているのは、欧米と日本ぐらいではないか。私たちが当たり前だと思っている国のありかたも、世界中で機能しているわけではないし、副作用もある。それを踏まえて、「イスラム世界に欧米のやり方を押し付けたのは、本当によかったのか」と反省してみなければならない。
日本でもテロは必ず起こる、と覚悟したほうがいい。テロは少人数でも起こせるので、完全に防ぐのは不可能です。だから、テロは「受忍すべきリスク」だと考えるしかない。自動車事故と同じようなものだと受け止め、たじろがないことが、テロにくじけないということだと思います。

島田 今でも日本では交通事故で年間4000人以上が亡くなっていますが、だからといって自動車を無くすと社会が成り立たない。テロによる犠牲も、私たちの生活を成り立たせるために必要な犠牲だと考えるしかない、ということですね。
#彼らの発言には、ツッコミどころがありすぎる。批判するにもどこから手を付けて良いのか、困るものである。

 本記事では、彼らの発言を批判していくが、彼らの主張は、「ゼロリスク追求を止め、テロという故意の危険を受忍せよ」と説くものと理解して良いであろう。彼らへの批判は、大きく六点に分けられる。まず、ゼロリスク追求の是非は、島田氏や橋爪氏ではなく社会が行うべき仕事である。第二に、故意の危険と過失上の危険とは、区別されなければならない。第三に、テロ対策のコストをなぜ過大なものであると断定できるのか。第四に、根拠として挙げられた交通事故死者数は、警察庁の統計であり、今回の場合は、人口動態統計を用いるのが正しい。第五に、私たちの生活自体が直ちにテロを生じさせることはない。最後に、第五の批判と同内容になるが、「イスラム世界に欧米のやり方を押し付けた」ことがテロの原因となっているわけではなく、「イスラム世界に欧米と同水準の国民国家を作る権利を認めていない」からこそ、テロが生じていることを、橋爪氏と島田氏は理解しなければならない。

 まず、社会的議論を提起する必要について言及することなしにテロの危険を受忍せよと説くことは、国民の理性を馬鹿にした発言であり、オウム真理教を擁護したことに対して、言論人として、「宗教学者」としての責任を取らない島田氏の前歴を想起せずにはいられないものである。二名の議論は、前提なし、考察なし、根拠なしに、意見を社会に一方的に押し付けるものである(第二点目以降を参照されたい)。たとえ、二名の議論がイスラム国による危険を煽るという結論ありきのものであったとしても、その論理上の瑕疵の酷さは、容易に見抜かれてしまい、かえって彼ら二名の腹に一物あることを怪しまれるレベルのものである。

 第二に、刑法学には故意と過失という概念が存在するが、彼らの議論は、この点をまったく無視して交通事故とテロ活動とを比較するものである。自動車は、事故を起こす本人にとってさえ、また社会にとっても、それぞれの効用がゼロサムとならないものである。基本的に便益が大きいことを皆が認めるゆえに、自動車の利用は容認されている。原子力発電は、そのリスクが大きいが、それでも、テロのように社会における便益が限りなくゼロに近いということはない※4。他方、テロという行為については、社会の各人の効用の非対称性が厳然と存在する。普通の人にとってみれば、テロという行動は、テロを生じさせる者にとっては、一定の効用を持つものであると考えることができよう※5。また、ごくまれに、テロが起こされることにより、そこから間接的な利益を得る者もいる。セキュリティ産業や金融取引にかかわる人物がそうであり、私も前者の一部を構成する。しかし、セキュリティ産業にかかわる者の職業倫理として、不要な紛争や軋轢を起こすことは、決して許されないことであり、禁じ手である※3。また、言うまでもないことであるが、大多数の社会の構成員にとって、テロ行為は、不利益しかもたらさない。社会におけるリスクを生じさせる主体とリスクを受忍する主体との間で行われる効用計算の性質がまったく異なる存在をもってきて、リスクを受忍せよと強いることは、功利主義を根拠に挙げるにしては、失当この上ないことである。

 第三に、テロ対策のコスト計算が過大であると、なぜ彼らに断定できるのであろうか。少なくとも、現在、相応のコストがテロ対策に充当されてはいるものの、わが国では、警察官あたりの負担人口にしても、他の先進諸国と比べるとまだまだ低い。彼らは、その影響について言及もしていない。この場合、「テロ対策とコストとの関係は、分かっていない」と結論するのが真っ当な学者の役割である。コスト計算は、常に支出を削減するという結論に至るわけではない。しかし、今回の議論は、テロ対策に対する厳しい視線を削ぐことになりかねないものである。その結果は、テロ対策を現状に押しとどめることになる。さらには、テロ対策に現実に従事する実務者への正当な評価の契機を損ない、士気をかえって損なうことにもなりかねないのである。また、広範な目配りがコスト評価には求められるが、彼らがほかのテロ行為の候補者に言及しないことは、自称イスラム国以外の人物らによりテロ活動が行われた場合、その方面における対策への風当たりを強くすることにもなるのである。

 第四に、テロ対策は、所管が省庁横断的となるリスクを取り扱うものである以上、統一的な基準により比較されなければならない。この場合は、警察庁の交通事故統計ではなく、厚生労働省の人口動態統計によることが必要となる。その過程で初めて、NBCテロのそれぞれから生じるリスクの統一的な比較が可能となるのである。この点、(交通事故が天候などに大きく左右されるために翌日には公表しなければならないという宿命を持ち、)速報性が重視される交通事故統計を利用する島田氏の見識の低さには、愕然とすることしきりである。

 第五の理由と、第六の理由の詳細は、機会を見つけて検討していきたいが、それでも、私たちの生活そのものがテロの直接の原因とならないことは、自明である。個人にとって不当と感じられる生活上の、世界における格差が問題なのである。周囲と比較したときに許容できない程に生活苦や貧困が存在することが、一部の若者をテロへ走らせる遠因となるのである※6。また、テロと先進諸国の生活に対して、一点だけ先に紹介しておきたいことは、悪の枢軸として挙げられたリビアやイラクは、少なくとも西欧諸国による武力介入の以前においては、西欧諸国に対する一般市民を対象とするテロの温床とはならなかったし、曲がりなりにも主権国家として機能していたとされていることである。少なくとも、イラク戦争直前のイラクがアル・カイーダとの関係を否定しており、また、明らかなコネクションに対する証拠が得られないままにイラク戦争が開始されたことは、アメリカ自身の議会報告書によって述べられたことである。イラクにおいて、フセイン政権が崩壊させられた結果、少数民族やシーア派に対する弾圧がありながら曲がりなりにも維持されていた秩序が失われ、より混迷の状態に至ったことは、当時未成年でなければ、全員が理解している(べき)ことである。

 新たな帝国主義の時代である現代において、ある国が外国内のテロ勢力を支援することにより、工作対象国の勢力を減じようとすることは、普遍的に見られる活動である。しかし、自称イスラム国の脅威は、シリア情勢の変化を見れば明白なことであるが、その地における(国民)国家の機能が失われたことに最も大きな問題がある。その歴史上の根は、サイクス=ピコ協定にある。このため、西欧諸国は、その地におけるテロ対策に主要な責任を負うており、また彼らのテロの脅威から逃れることはできない。同様に、その地に混乱と破壊をもたらした西欧諸国に荷担する政策を取るに至った今世紀の日本国がテロの脅威から逃れられないことは、当然の帰結ではある。しかし、現況と、わが国ほどの生活水準を維持する国がテロから逃れることができないと主張することとの間には、大きな隔たりがある。「イスラム世界に欧米と同水準の国民国家を作る権利を認めないかのように、イスラムに欧米諸国が侵攻した」からこそ、テロの温床が生じたと解釈することは、無理筋ではない。

 日本国民にとって、テロ活動を行いうる組織や集団の中で、最も危険な勢力は、依然としてオウム真理教であり、極左暴力集団であり、北朝鮮の秘密部隊である。オウム真理教は、北朝鮮から薬物を購入し、旧ソ連において軍事訓練を受けていた。極左暴力集団は、パレスチナ等で軍事訓練を受け、銀行を襲撃し、一般人への殺傷事件を繰り返した。北朝鮮は、一般人を拉致し、違法薬物を流通させ、海上保安庁の巡視船を銃撃した。なお、ここで名指しした国のうち、ロシアは、ごく最近、レーニンと「革命の輸出」を否定することにより、旧ソ連と異なる国家となったことを宣言した(『スプートニク』へのリンク)。この点、わが国のインテリジェンス組織は、これらの組織や国の動向を十分に調査した上で、テロ対策上、交渉・協力可能な相手とは交渉・提携するとともに、国民にも冷静に対応できるだけの材料を提供すべきである。

注:2016年8月26日に蛍光ペン部分を追記した。原文の意図をより明確にするためである。

 島田氏と橋爪氏がけしかけるような、テロに対する国民の「諦め」は、結局、テロ対策への期待を減じることになり、テロ対策を低調なものにして、結果、テロを蔓延させることになる。島田氏は、オウム真理教を擁護してオウム真理教によるテロを招いたが、今度はムスリムを悪魔化して自称イスラム国によるテロを招くような真似をしている。彼のセンスの悪さは、もしかすると、テロを招来させるという役割から来るものなのであろうか、と不信感を抱く水準に達している。彼を重用するマスコミも、「識者」の鑑定眼を向上させる必要があろう。そのためにも、テロ対策に携わる公的機関は、よりオープンに国民的議論が成熟する手助けを行う必要がある。


#情報の世界においては、個人の理性の集合的作用によって、良貨で悪貨を駆逐することが可能である、と私は信じている。明らかに、島田氏と橋爪氏と の対談は、悪貨であるが、現に流通してしまっている。私の意見が絶対評価として良貨の水準に達しているというつもりは全くないが、相対的な比較において は、これら二名の対談よりも、勉学の基本に忠実であるという観点において、私の意見がはるかに優れたものであると自負する次第である。


※1 佐藤優氏は、インテリジェンス・オフィサーが死ぬまでその身分から逃れられないことを述べている。(記憶だけで記しているので出典は勘弁願いたい。ただ、その正確性については、自信がある。)また、発言することにより社会に影響を与えることが彼の仕事であり、願いでもあるようであるから、イスラム国の危険をメインに据えた発言を行うことにより、社会の諸力の調整を図っている可能性も十分に認められる。

※2 佐藤氏のような骨の髄からの実務者とは異なり、元来、研究者には、正確な知識の産出こそが求められる。この本来の責務と社会に発信することにより生じる社会との相互作用(再帰性)との整合性を図るため、研究者は、自身の仕事に専念するほかないのである、とマックス・ヴェーバーは述べていた(ように、私は理解している)のである。

※3 セキュリティ産業におけるマッチポンプが禁じ手であることは、前記事などでも言葉を変えて主張してきた。

※4 原子力発電は、リスクも大きく、便益もそれなりに大きい技術なのである。ただし、わが国のリスク管理の無節操ぶりでは、リスクが過大になるために許容できない。他国では、そのリスク管理によって便益が損害を上回る条件を実現しているところもあろうから、それはその国の判断によることになろう。わが国のリスク管理の粗末さは、いぜんとして、わが国における原子力発電の実施に疑問符を付けるものとなっている。

※5 実のところ、テロを起こす者にとっても、テロの効用がプラスであるとは言い難い側面がある。多くのテロ実行犯は、事件を通じて死亡する。死後の世界は、われわれには現在のところ分からない。トマス・カイトリー『中世の秘密結社』は、「アサッシン団」のやり口を、麻薬で眠らされた後に別の場所に運び込まれ、美女に性的サービスを受け、美味い物をたらふく喰い、また麻薬で眠らされ、それを死後の世界だと思わされるというものであると解説している。しかし、死後の世界で、そのような天国での生活を享受できるのかわれわれには分からないことを考慮すると、テロ実行犯自身の現実世界におけるテロ行為の効用は、一回限りの「天国」体験に依拠することから、主観的なものであればともかく、客観的に見れば、案外、小さなものになることが予想されるのである。それに、分別の付かない子供がテロにも少年兵にも用いられてきたことは、よく知られたことである。

※6 もちろん、中産階級以上の子女が犯罪に走るのと同様、手っ取り早く利益にありつけるなど、何らかの理由でテロ活動に身を投じることはあり得る。ただし、世界に存在する格差自体がテロの大義名分になることは、まず間違いのないことである。なお、ここでの格差についての私の表現は曖昧さが残るものである。第一に、絶対的貧困が問題であるのか、相対的貧困が問題であるのか、といった評価における技術上の課題がある。誰から見た場合の何に対する格差であるのか、という点も疑問が残る。貧困研究は、まだ、個人を単位として社会関係を個人に付随するパラメータとして見て、社会の動きを複雑系として見た場合の貧困指標を開発しきれていないようである。こうしたとき、「貧困がテロを引き起こす」という表現は、定量的研究から見てあまりにも曖昧に過ぎるかもしれない。(今世紀の研究についての私の不勉強ぶりは、ここでの誤解の原因として存在しうる。)

2016年1月26日火曜日

甘利明氏に対するスキャンダルについての『ぱよぱよ日記』の推測は明らかに誤りである

 『余命三年時事日記』というブログの周辺には、驚くほど杜撰な推論が見られることがある。ゆえに、ネット右翼ヴァージョンの陰謀論として読めば面白い。その周辺を自認する『ぱよぱよ日記』なる匿名ブログが、甘利明氏のスキャンダルについての『週刊文春』記事は日本共産党の仕掛けた罠である、という見解を示している※1。日本共産党とCIAとの間に関係があるという根拠のない噂が存在することをふまえれば、噂としてであれば、この見解が成立する余地はゼロではない。しかしながら、この手の謀略が現実のものとして暴露された場合、謀略を仕掛けた側の評判は、著しく傷付けられることになる。ゆえに、謀略の存在を指摘する場合には、相当の確たる根拠が求められよう。しかしながら、『ぱよぱよ日記』のブログ主の論理立ては、共産党に対する批判ならともかく、民主党までを巻き込んで、これらの二政党(2016年10月24日追記)を根拠なしに批判するわりには、以下に示すとおり、あまりに稚拙なものである。

 『ぱよぱよ日記』は、(甘利氏スキャンダルの)告発者の一色武氏については何も情報が得られないと述べた後※1、献金者の薩摩興業株式会社(千葉県白井市)代表者の寺床博好氏が千葉県中小企業家同友会の北総支部副支部長を務めており※2、同会が共産党と懇談したことをもって※3
この件については、共産党が自民党潰しで仕込んだと考えていいと思います(笑)
と述べている。これは明らかに牽強付会というものである。なぜなら、たとえば、同会において講演している星野順一郎我孫子市長※2は、2007年の選挙で自由民主党我孫子市支部の支援を受け当選している※4。2011年※5、2015年の選挙でも自民・公明両党の推薦を受け再選を果たしている※6。仮に、同会との関係だけをもって謀略を指摘するならば、同会に対する不当な根拠に基づく不当な非難となるだけでなく、「甘利氏に対する謀略は、自党によるものとなる」という論理を認めることとなる。

 『ぱよぱよ日記』の推理は、あまりにも酷いデマであり、この水準の主張を放置しておくことは、諸方面にとって迷惑になるであろう。『ぱよぱよ日記』は、日本共産党だけでなく、民主党も、千葉県中小企業家同友会も、自由民主党までも誹謗していることになるからである。

 企業経営者の結社・団体は、『ぱよぱよ日記』のような一方的な見方をすることなく、政党とは「大人の付き合い」、つまり合理的な関係を構築するものであろう。私の知る狭い範囲でも、業界のカラーがあり、支持政党が明確であることもあるが、たとえば与党寄りであるからと言って、野党と付き合いがないということはない。会の構成員の支持政党も、必ずしも会の支持政党とは一致しない。

 ところが、ネット社会の言論には、一転して、現実の結社・団体の穏健な性格が見られない。日本人の個人は、総じて無頓着に政治的発言を現実社会においてなしているが(講演者は、個人として集団を前に発言していると考えれば良いであろう)、組織になると、政党関係者を除けば、その性格は著しく薄まるのが通常のように見える。この極端なブレは、福島第一原発事故に対しても、該当するものと思われる。個人と組織、匿名と顕名とのギャップは、わが国の社会益を大きく損なうものであるように思われるのである。こうしたとき、いくら表現の自由があるからとはいえ、この程度に行き過ぎた誹謗中傷に対しては、厳正な対処が司法執行機関によってなされて然るべきであろう。わが国の安全や国益は、平成28年1月の時点では、右翼と自称する者によっても損なわれているのである。

※1 ぱよぱよ日記:薩摩興業と共産党
http://payoku.requiem.jp/3463

※2 2015年度支部総会特集(千葉県中小企業家同友会)
http://chiba.doyu.jp/04jisseki/1506_shibusoukai.html

※3 千葉・中小企業家同友会と共産党懇談(日本共産党千葉県委員会)
http://jcp-chiba.web5.jp/nissi1207/dekigoto1401/dekigoto140403.html

※4 我孫子市長・市議補選挙(2007年1月21日)(自由民主党 我孫子市支部)
http://jimin-abiko.com/abiko.html

※5 11.01.24(月) 北千葉道路促進期成同盟・特別講演会 : たきた敏幸日記
http://takinowa.exblog.jp/15391441/

※6 【速報】我孫子市長選、星野氏が3選 | ちばとぴ ちばの耳より情報満載 千葉日報ウェブ
http://www.chibanippo.co.jp/news/politics/235807

2016年1月24日日曜日

北方四島を2国に帰属させる方法は16通りあるが、位置関係を考慮すれば8通りになりそうである

【佐藤優の眼光紙背】メドベージェフ露大統領は北方領土返還に応じないというシグナルを出している(1/2)
http://blogos.com/article/23450/

4島の帰属に関する問題とは、論理的に5通り(日4露0、日3露1、日2露2、日1露3、日0露4)の場合がある。

 佐藤優氏による原田親仁(ちかひと)氏への評価を知るために、Google様にお伺いを立てたところ、この記事に行き当たった。その評の是非は私の判断が付くところではないが、よくやってしまいがちな誤りを見かけたので、ほとんど誰も訪れない?私のブログに密かに記しておくことにした。基本的に佐藤氏の国際関係に対する解説を尊重しての話であり、この種の記述を改善すれば、より説得力が増すと信じての提言である。また、本記事は、あくまで、佐藤氏の記述についての誤りを訂正するためのものであり、それ以上のものでも、それ以下のものでもない。

図1 北方四島の位置関係(データ原典:地球地図)
島同士は、お互いに区別が付く存在であり、どの島もロシアか日本かのいずれかに帰属する。だから、1島につき2通りの場合が存在する。結局、4島の帰属に関する問題は、数字の上だけで言えば、5通りではなく、2×2×2×2=2の4乗=16通りが存在する。ただし、4島には、図1に見るとおりの地理関係が存在するので、16通りの帰属は、その地理関係に制約されることになる。日本に「近い」※1のは、歯舞諸島、国後島、色丹島、択捉島の順番であると考えて、それほど問題はないであろう。ただ、歯舞諸島と国後島のいずれかを優先して選択するかという段になると、国後島は、歯舞諸島に比べて、ロシアに近い位置を占めているとはいえども、双方がいずれかの国に所属することになろうが、位置関係に左右されることがなさそうである。歯舞諸島や色丹島の方が太平洋へのアクセスを保証するものでもあるからである。

 おっと危ない。ここでは、本当にそのような国同士の問題に立ち入るつもりは毛頭なく、純粋に、位置関係に制約される国境線の引き方が何通りであるのかを検討したいだけなのである。さて、切り分け方の問題に戻ると、実は、これらの分割方法は、図2のように、グラフ理論によって表現できる。グラフ理論の解説については、大体どの書籍に当たっても、外れがない気がするので、適当に当たってみて欲しい。日本の立場を堅持するのであれば、ロシアのクリル諸島や本土にもノードを置いて、リンクを張る必要があるとは思うが、これまた立ち入りたくないことなので、ここでは、北海道(日本領)のみにノードを置いた。一応、この形であっても、ここでの考察を誤る原因とはならないであろう※2

図2 グラフ表記による北方四島と北海道の位置関係


 結論から記せば、このようにグラフ表記を援用すると、国境線は、かならずリンクを切断するように引かれることになる。たとえば、実効支配の現状は、{北海道, 国後島}, {北海道, 歯舞諸島}というリンクを切断していることになる。このリンクの一筆書きによる切断方法を数え上げるのが、正確な方法だということになろう。そのように数え上げると、帰属方法は、8通りであるように思われる。

ID日本側への帰属
1なし
2歯舞諸島
3歯舞, 色丹
4歯舞, 色丹, 国後
5国後島
6歯舞, 国後
7歯舞, 色丹, 択捉
8四島すべて

 ここまで作業してようやく、同様に、グラフ理論を用いた方法を誰かが提示済みであることを繰り返したような空恐ろしい気配を覚えた。ただ、鶏系の脳味噌の私が図2を作るに至ったのは、国境線をいかに引くべきか、と考え出したときに、M.ドバーグ, O.チョン, M.ファン クリベルド, M.オーバマーズ, (訳書2010), 『コンピュータ・ジオメトリ―計算幾何学:アルゴリズムと応用』, 近代科学社.で、このような章があったような記憶が蘇ったのである。私にしては珍しく、この方面での応用力が発揮されるという奇跡があっただけなのである。車輪を二度発明していたことが判明したら、その車輪の発明の栄誉は、もちろん先人へと授けて欲しい。私としては、先人の結論に自分の頭だけで到達できたので、随分と嬉しいのである。(もしかしたら、他の本かも知れないし、もしかしたら、どこかの高校とか中学とかの入試問題かも知れない!)いずれにしても、本記事は、それなりにグラフ理論を囓った人物ならこの結果に至ることができる、という例証程度には有用であろう。(落ちのつもりだが、)答えが間違っていたら、ごめんなさい。

※1 このような位置関係であるときに、「近い」という表現は、なかなか厄介なものであることを指摘しておく。エンティティ同士の最短距離にするの か、重心距離を取るのか、平均距離とするのか、最大距離とするのか、である。また、これらの距離計算時には、平面投影の方法を考慮する必要もある。

※2 自然に境界線を引こうと思う場合、ノードを配置する位置に困る位置関係である。北海道のオホーツク海に面した部分が、凸型の形状ではないため、自然に直線状の境界線を引くことが困難であるためである。この場合、思い切って、北東方向にロシア領土のノード、南西方向に日本領土のノードを1つずつ配置することから始めるのが良いであろう。今回は、ロシア領土のノードを配置しなかったので、最初と最後の場合分けとして、リンクを切断せずに四島すべてが日本かロシアかのいずれかに帰属する、という場合分けを追加する必要がある(上掲の表のID1とID8)。ロシア領土のノードを配置した場合、色丹国後と択捉に至るリンクを配置することになろう。また、このような形でノードを配置した場合には、ID8の場合を包含した、アドホックな作業を要さない方法で作業を進めることができるようになる。別解に示すことにしよう。

地理関係を考慮した自然な国境線を導くための別解(むしろ手順としては正当な解法) 2016年1月25日追記

ここで言う「自然な」とは、「飛び地状に見えることのない」ことを意味する。国境線であっても飛び地が存在することは、どなたかの著書にもあった記憶があるので(こういう地味さは、自分のコアコンピタンスではないので、調べません!)、たとえば色丹島だけ返還されるという場合もありうるのだろうけれども、そのような場合を考慮しない、ということである。
  1. ノードを次の地点に配置する。
    1. 日本本土
    2. 歯舞諸島
    3. 色丹島
    4. 国後島
    5. 択捉島
    6. ロシア本土(クリル諸島としても可)
  2. ドロネー三角網を形成するようにリンクを張る。国境線は、必ずこのリンクをあるルールで切断することになる。
  3. リンクの中点(代表点であれば何でも良いが、とにかく国境線が通ることになる点)にノードを配置する。新たに作成したノードを、国境線候補ノードとでも命名する。
  4. 国境線候補ノードの集合に、北西地点の遠方にノードを一点(v_nw)、南東地点の遠方にノードを一点(v_se)追加する。国境線候補ノードの集合は、合計、11個となる。
  5. 国境線候補ノードについて、ドロネー三角網を形成するようにリンクを張る。
  6. v_nwとv_seを次の条件で結ぶリンク集合を数え上げる。それが答えになる。
    1. 一筆書きである
    2. 同じノードに戻るループを許さない
方法論は、以上である。なお、ここでの方法の前例は、秋山仁, (1998). 『グラフ理論最前線』, 朝倉書店.かも知れない気がするが、同書は物置に埋もれているであろうから、いかんともし難い。

2016年8月2日訂正

題名まで間違えかねない内容になっているのに、ようやく気が付いたということで、半年近く経過した今日、2点を訂正した。一点目は、択捉島を日本領と見たとき、色丹島だけを単独でロシア領とする考え方が「自然な」形状にならず、飛び地になりうると気付いたことである。二点目は、ロシア領土から伸びるリンクを、色丹島ではなく、国後島に対して引くべきことである。この二点を修正すると、結果としての場合分けの数は変わらないが、帰属に係る形状と内容が異なっていたことになる。結果は、上記の本文のとおりとなる。怪しい感じが残るが、今回は、16通りの全てについて、いずれが空間上、自然に成立するかを検討してみたので、結果は、マシになったと思いたい。

 今回の訂正は、かなり沽券に関わることではある。が、見て見ぬ振りよりは、マシであろう。半年も経過したし、訪問もゼロではないから、考え方そのものの方針は、普及したものと楽観的に考えることとする。関係部署で、論理的に妥当な考え方が浸透していることを期待する。

 今でも、本記事に係る考え方は、帰属の問題をあくまで島の種類と地理関係から考察するというものに過ぎないという点では、変わりないものである。今回の(私が発見したと思った)誤りは、意図的に実施したものではないとはいえ、私の意図にない誤読を招きかねないものでもあった。今回の(私が発見したと思った)誤りは、単に、私の頭の悪さから生じたものである。また、本件の訂正にあたっては、自信をなくしているので、予防線を張っておくが、仮に、以前の答えが正しいものであった場合には、これまた、私のケアレスミスが原因である。いずれにしても、記して誤りをお詫びしたい。

警察や検察は公共安全のためにも甘利明氏と関係者の身柄の安全を確保すべきである

甘利大臣は辞任秒読み 安倍内閣を待つ一蓮托生崩壊 | 日刊ゲンダイDIGITAL
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/173796/6
今後、警察や検察も動き出すだろう。もはや甘利は逃げられない。

 日刊ゲンダイは、以上のように述べ、警察や検察に対するプレッシャーを与えている。

 警察や検察は、事件解明のためでもあるが、まず第一に、甘利大臣の秘書の行方を捜索し、甘利氏以下、関係者の身の安全を図るべきである。その安全が確保された後に、本件スキャンダルについて、厳正に臨むべきである。本件において、司法手続に則り、関係者の身の安全を確保しつつ、想定される暗殺を予防することは、国益に大いに資する。逆に、警察や検察が動かず、甘利氏の行方不明の秘書が死体で見つかり、所有していたはずのTPP関係書類が消えていたということになるのであれば、検察や警察の不作為は、大いに国益と公共安全が損なわれる契機を作り出したことになる。

 以下は、私の懸念を推測を交えて述べるものである。本記事の発散型思考の度合いは高く、方々に喧嘩を売る形になる。考え過ぎであるというのならば、それに対する反論を寄せられたい。

 甘利氏の金銭授受報道は、余波として、TPP締結に関与した匿名の関係者(学識経験者や多国籍企業勤務者)の安全を危険に晒すという効果を生み出している。わが国では、従来から、この種のスキャンダルは、必ずと言って良いほど関係者への暴力を伴うものであった。多くの事件において、関係者が謎の「自殺」を遂げており、「死人に口なし」をもって事件が終息するのが常態であった。しかし今回は、様子が異なる。甘利氏のスキャンダルに伴う危険とは何かと問われれば、それは、TPP関係者の情報が甘利氏秘書の口から語られうることにある。甘利明氏は、TPP締結の実務責任者であり、理論的には、すべてのTPP関連情報を把握しているはずである。TPP加盟から採択に向けての過程において、多くの「売国奴」が各国で暗躍してきたはずであるが、甘利氏の元には、理論的には、日本国を売国した連中の情報が集約されているのである。

 そうした折りに、よりによって甘利氏についてのスキャンダルが「発覚」した。なぜ報道の対象が甘利氏となったのかという点を考察すると、そこには、偶然とは言い切れない場合が存在することが分かる。最も危険な場合は、本件スキャンダルが、前記事で指摘したような「テロの季節」の準備段階として、甘利氏の元に集約された情報を入手するために関係者が仕掛けた罠であった場合である。異なる場合として、甘利氏以下の売国奴を根刮ぎにして法の裁きにかけるための準備段階として、本件スキャンダルが仕掛けられたというものが考えられるが、この場合が正しいとするならば、それは、一種のおとり捜査となり得るという見方もあり得るが、贈賄側の用意周到さは、賞賛に値する水準でもある。

 本件について、わが国の辿るコースが売国ルートであるのか、それとも国益を取り戻すためのものであるのかの違いは、甘利氏の秘書が無事に見つかること、少なくとも甘利氏が厳正な法の裁きに服すこと、という二点に後から表れるものと考えられる。甘利氏の秘書が無事に警察に拘束され、甘利氏ともども本国会(第190回、通常国会)閉会後に、身の安全を確保されつつ法の裁きにかけられるのであれば、わが国の司法関係者は、このような微妙な政治的案件についても、ようやく正道を指向するようになったと言える。逆に、そうでない場合、つまりは、秘書も見つからず、甘利氏も逃げおおせた場合には、売国勢力が最後まで勝っていたことが示されたこととなる。この違いは、前記事で考察した「テロの季節」というモチーフを併せて考えることによって、一層明らかになる。

 甘利氏のスキャンダルを仕掛けた者が以下に示す計画の下に「テロの季節」を芽吹かせようとしていたとすれば、いかがであろうか。甘利氏の秘書なり関係者を拘束して、あるいはこのスキャンダルにおいて存在するとされる証拠を楯に、甘利氏の関係者にTPP関連文書を準備させる。関連文書を証拠として、Tor経由でウィキリークスやWinnyネットワークなどにアップする。その文書を極左や民族派右翼が入手し、TPP策定に従事した人物らを襲撃する。前記事において、わが国で「テロの季節」が生じるとすれば、それは自称イスラム国の狂信者によってではなく、日本在住の「ネット右翼」の「吹き上がり層」によりもたらされると考察した。今回の騒動は、ネット右翼に加えて、従来から危険視されてきた団体を焚きつけるための準備段階かも知れないと読むことも可能なのである。

 実際のところ、TPP策定に関係した日本人は、外国と通謀して国益を毀損したのであるから、その報いを受けるべきではある。外患誘致の構成要件まであと一歩となる活動に従事してきたのであるから、その責任を問われることは、当然である。しかし、彼らの処罰は、あくまで日本国の法システムに則ったものでなければならない。しかしながら、TPPが発効すれば苦境に立たされる人々は、全国に広範に存在する。生活が脅かされた結果、思い詰める人物も一定程度出てこよう。TPP策定に関係した日本人が殺傷されたとしても、わが国の判官贔屓の大衆は、同情などせず、かえって犯人を賞賛するであろう。こうして、赤狩りにおけるヘイ・マーケット事件(小此木真三郎, (1983). 『フレームアップ』, 岩波新書.)やナチス・ドイツによるドイツ国会議事堂放火事件と同様のは一部異なるが、話の展開に権力側の作為が絡むという構図によって、わが国においても、戒厳令が現実のものとして、視野に入ることになるのである。

#上記蛍光部分は、2016年1月27日に訂正した。

 ゆえに、テロの芽は、今回の場合であれば、甘利氏以下の一党を逮捕して身の安全を確保しつつ、甘利氏の本件に係る責任を厳正に追及することを通じて、確実に摘む必要がある。ただし、テロの芽を摘むことは、法の精神を遵守しない政体を放置し続けたという実績ゆえに、現在の法執行機関にとって、非常に困難な状況となっているであろう。しかしながら、国際的な潮流は変化しており、「戦争屋」が諸外国において追い詰められている以上、本来の意味でテロリストである「戦争屋」をあぶり出すことは、容易になりつつある。米国の国益との関係がきわめて深いと見ることのできる『週刊文春』が甘利明氏のスキャンダルを大々的に報じたことは、その兆候である。

 今回の『週刊文春』の動きは、もっぱら米国民の国民益を確保するために生じたものであると見ても、それほど問題がない。この点、『週刊文春』の動き自体は、容易に色付けできるものではない。『週刊文春』関係者の意図を、日本国にTPP締結失敗の責任を押しつけて、アメリカが離脱することにより、99%のアメリカ国民の利益を確保するものであると見ることも可能である。その際、日本国及び日本国民への影響は、あくまで副次的にしか考慮されていないであろう。しかし、TPPが破棄されれば、日本国民の99%も結果として利益を得ることになる。『週刊文春』の報道は、この限りにおいて、肯定されるものである。

 問題は、繰り返しになるが、わが国の国民益と公共安全を保全する役割を期待されている組織が、的確な行動を取ることができるか否かにある。甘利氏のスキャンダル発覚に伴う社会不安を未然に防止し、同時に、甘利氏とその関係者に対して厳正な態度で臨めるか否かは、わが国の公共安全業務従事者にとって、正念場となるであろう。

平成28(2016)年1月24日19時34分追記

甘利氏のスキャンダルについて、天木直人氏は、ブログで世界に恥を晒したと評した上で、次のように関係官僚の責任に言及している。

あの中川昭一財務大臣の酩酊事件と同じように、恥をかかされる事を知っていながら官僚たちはほったらかした。
  この天木氏の指摘は、良くない兆候、歴史の繰り返しがあることを教えてくれるものである。同時に、ダボス会議を通じて、諸外国の報道機関により、安倍内閣包囲網を形成することが仕組まれていた可能性も示唆される。中川氏は、G7財務大臣・中央銀行総裁会議に先立つ酩酊会見の後、ほどなく、謎が残る形で逝去した。ただし、安倍内閣包囲網自体は、内政干渉であると言い張ることも可能ではあるが、現政権の所行をふまえれば、国民益を損なうものとまでは言えない。

 本来であれば、このような外国からの圧力を受ける前に、日本国民自身が率先して、安倍内閣に代わる、まだ邪悪でない政権を立てるべく、民主主義を成熟させるべきである。この指摘が、私の主張するすべてではある。しかし、福島第一原発事故の終息が果たされないことは、最早国際問題と化している。そうであるなら、国際関係の論理が優越するとされても、日本国民は文句を言うことができないであろう。それほどまで、わが国の政治と国民は、結果的に問題解決できない国民と化した、と客観視せざるを得ないのである。私がいろいろな障害を承知で、本ブログに意見を連ねるようになったのは、ダボス会議に暗示された国際的な日本包囲網に抗して、日本国民の見識を今からでも向上させ、より邪悪でない政権を選択し、福島第一原発事故の終息を日本国民が主導できるような体制を実現したいからである。

平成28(2016)年1月25日00時30分追記

飯山一郎氏は、記事「2016/01/24(日)2  『フクイチを鎮圧する法』と『脱米入露』」(リンク)において、米国戦争屋を抑え込み、日露関係を発展させられるだけの政治力をもった勢力が安倍政権内に出現していること、甘利明氏のスキャンダルは、米国戦争屋の抑え込みに対する反動であること、を解説している。飯山氏の見立てが正しいとすれば、甘利氏のスキャンダルは、売国ルート側の勢力が仕掛けたものであるということになる。(ここで追記した理由は、飯山氏の記事を読んだのは、本記事の脱稿後であるからである。念のため。)

 面白いことに、『カレイドスコープ』のダンディ・ハリマオ氏がロシア情勢という同一の話題に言及するとき(メルマガ第141号■安倍政権の支持基盤である日本会議に侵入している秘密結社のネットワーク)、秘密結社の存在を所与のものとして記述を進めるのに対し、飯山氏は、それほどまで力のある結社などは存在しないと喝破している。それらの存在の有無を実体験を通じて関知することのできないわれわれ一般人は、このような見解の相違をどのように解釈すべきなのであろうか。私の用いる道具立てでは、これらの結社の存在を不可知とするほかないが、他方で、その存在を信じる人物の中では、その存在を信じることにより、一定の見方が構成されていると見ることも可能である(構築主義)。なお、本段落の記述に直接影響を与えることではないが、ダンディ・ハリマオ氏のメルマガを読んだのは、やはり、脱稿後である。

わが国における「テロの季節」の主役は、自称イスラム国ではなく、ネット右翼であり、スポンサーは「戦争屋」である

 わが国では、「テロの季節」の役者として、いわゆるネット右翼を登用するためであると考えられるが、彼らへの精神的ストレスが着々とかけられつつある。2ちゃんねる(本家)では、安倍晋三氏が「税金というのは国民から吸い上げたもので」と発言したことに対して、犯罪になり得る書込みがあるにもかかわらず、それらが放置されている(リンク)。前年末の従軍慰安婦についての日韓合意も、ネット右翼の一部などの大きな反発を受けている。現政権の合意に対する擁護的意見に対しても相当の罵詈雑言が投げかけられる状態にある。

 前記事(リンク)では、北朝鮮の核実験に対する日本国政府と日本国民との関係を考察したが、本記事では、北朝鮮政府と「戦争屋」の存在を考察に含めて、内容を更新したい。その準備として、まず、「戦争屋」の定義を行う。「戦争屋」とは、過去に「軍産複合体」と呼ばれた概念に近い用語であるが、範疇がやや異なる。「戦争屋」とは、軍隊や軍事産業に所属する人物のうち、無用な戦争や戦争への準備を通じて、過剰な私益を積極的に追求する目的を共有する人物らの深い交友関係・家族関係を指すと同時に、この関係に含まれる人物らを指す。従来の「軍産複合体」が退役軍人などの「弱い紐帯」による産業の裾野までも含むように、広義に用いられることとは、異なる概念である。国民の不幸を防ぐために、警察や軍隊は必要である。しかし「戦争屋」は、士業に要求される倫理を無視する連中であり、国民の差別意識を助長することにより無用な対立を画策し、低質な装備を高値で両方の陣営に供給し、不当な利益を独占的に享受することを目的として積極的に活動する。「戦争屋」の具体的な例として、経済団体連合会に所属する企業を挙げることができ、彼らの政治献金は、このような文脈でとらえられ、批判的に検証される必要がある。「戦争屋」とそのほかの軍事産業関係者を峻別する基準として、マッチポンプを図ったことがあるか、というものを挙げることができる。この点、石原慎太郎氏は、明らかに「戦争屋」である。尖閣諸島を国有化するとして彼をはじめとする「右翼」が寄付を募集した際、これに応募した人物らも「戦争屋」であるとみなすことができる。また、私は、以前の記事において、長谷川幸洋氏をこの系列に属す人物と見ることが可能であることを示した(リンク)。「戦争屋」という表現は、もちろん、ナオミ・クライン氏の提唱した「ショック・ドクトリン」に影響を受けており、古歩道ベンジャミン氏や(陰謀論という概念において彼と対立する)飯山一郎氏などに多用されてきたことを参考にしてもいる。なお、本段落において「戦争屋」を定義するに至った(恥ずかしい)動機は、定義の系譜について、まだまだ多くの調査が必要であるために、自分で定義することにより煩雑さを避けた、というものである。

 「テロの季節」は、中東地域などへの自衛隊派遣から利益を得ることを企図する「戦争屋」の計画であり、常套手段である。前年1月中の(後藤・湯川両氏の)邦人人質殺害事件やそれを遡る2013年のリビアにおける邦人企業人質事件は、それらの計画のために準備されたものである。今上天皇の前年の終戦記念日におけるお言葉は、戦争へと国を向かわせるにあたり、いわゆる偽計や謀略が用いられる危険性を指摘されたものであると理解することもできる。戦争により利益を上げることのできる集団は、人の生命が軽んじられる状態を意図的かつ継続的に作り出すことにより、人の生命を軽んじる状態の最たるものである戦争へと他国民・自国民の双方を駆り立てるのである。

 もっとも、中東地域への自衛隊の派遣は、ロシアのシリア政府への支援開始により、自称イスラム国※2の勢力が大幅に弱められたために、日本国民にとって現実味を失っている※3。今後も、何らかの形で自称イスラム国やアル・カイーダに連なる人物がテロ行為を企図することはあろうが、わが国では、この点において、人権問題となりかねない程度に監視活動が進められている。また、彼らの外見や母語がわが国におけるテロ行為に相当程度のハンディキャップとなっていることもある。日本人の協力者は、彼らの活動にとって必須であり、ゆえに、監視活動がより容易になっているのである。この容易さと、法治国家の根幹である法の遵守の精神を危険に晒しているにもかかわらず、仮に、イスラーム過激派とされる人物らによるテロ活動が達成されたとすれば、それは、9.11と同程度のテロを抑止すべき組織のお粗末さの表れと見なすことができることとなる。かと言って、未然にイスラーム過激派によるテロ活動が直前に抑止されたとしても、それは、当局への賞賛を集めることになりはしても、「戦争屋」の利益を増加させることにはならない。「戦争屋」にとって、イスラーム過激派の日本における利用は、労多くして益少なしなのである。

 自称イスラム国という役者の代役として、北朝鮮による核実験(から生じる対立)が用意されたものと看取することは、彼らの双方に財政的支援を施してきた「戦争屋」という集団が存在するという事実を理解しさえすれば、さほど困難なことではない。核実験において使用されたという水爆の件については、後ほど言及することになるが、核実験という行為そのものは、拉致被害を生じさせた王朝の後継者である金正恩氏への日本国民の反発を高め、日本国内における北朝鮮関係者への敵意を煽る効果を持つ。また、周知のように、いわゆる在日朝鮮人のコミュニティは、数十万の単位で存在し、外見も日本人と見分けがつかず、日本語をネィティブとして話すことができる。この条件※4は、日本国内におけるネット右翼の直接行動を全国的な脅威にまで広げる可能性を持つとともに、戒厳令を正当化する根拠となりうる。(もちろん、北朝鮮関係者がテロを実行すると述べているわけではなく、取締り側の論理として悪用される余地があると述べているに過ぎない。)

 北朝鮮や韓国への敵意を煽る人物らの財政は、新興カルト宗教や企業ゴロにつながる人物らの国際的な関係※5によって担保されている。これらの人物らは、おおむねアンダーグラウンド業界を通じて複数の事象に重複する形で関与し続けてきた集団であると考えて良い。北朝鮮に対する敵意が結果として国際的な利益共同体を潤しているという考え方は、論理上、否定できないものである。もちろん、北朝鮮による拉致被害は、紛れもない犯罪であり、国家のみが解決できるものである。そうである以上、国民は、輿論の構成を通じて、国家に圧力をかけるべきではある。しかし、現政権は、口だけは達者なように見えるが、実際の解決に向けた努力を重ねているようにはとても見えない。このとき、拉致問題の解決の先送りと、それに伴い生じる日本国民の対立感情は、日本内外の軍需産業にとって利益創出に利用できることに気が付けば、現政権と国内外の軍需産業との間に金銭上の共同関係が存在していても矛盾しないことに気が付くはずである。防衛省、自衛隊そのものにではなく、軍需産業という利益集団に注目するとき、韓国との従軍慰安婦合意や、北朝鮮による「核実験」などのそれぞれは、ネット右翼を吹き上げさせるための手段であり、わが国や他国の軍需産業へと最終的に利益を誘導するための機能も同時に果たしうることが分かる。北朝鮮を国民が非難することは、北朝鮮を批判するという本来の目的を果たすことにもなるが、同時に、政権中枢と関係性を有しうる利権集団に手を貸すことにもなりかねないことでもある。仮に、北朝鮮を批判するのであれば、「戦争屋」をも批判しなければ、一国民としては、国民益に適うように行動したとは言えないのである。

 実は、北朝鮮との対立によって利益を受ける層は、閨閥を通じて、政権中枢と一体化している。安倍晋三氏の兄は三菱商事に勤務している。同社の取扱商品が軍需品であることに留意すれば、ここに明確なコミュニケーションが存在せずとも、お互いの存在を意識した連携(阿吽の呼吸)が存在するとみなすことに、何ら問題はない。広瀬隆氏は、わが国における閨閥の広がりを『私物国家』に示し、海外においても同様の閨閥が広がっていることを『赤い楯』において示した。閨閥に着目する方法は、広瀬氏の前後にも類例があるが、それら類書については十分に目を通していないので、この話については、別の機会に改めてまとめることとしたい。これらの家族・社会関係に注目するとき、金正恩氏の「スイス留学」は、われわれ一般庶民の知る社会関係とは異なった国際的な関係を構築することに寄与していることに気が付くのである。

 ここで、北朝鮮により使用されたとされる核の性質に注目しよう。この「水爆」は、わが国の安全保障にとって、深刻な意味を有するものである。なぜなら、大槻義彦氏が重水素や三重水素の量を少なくしつつも核融合の生じる条件(ローソン条件)を満たすという実験を実施した可能性(リンク)を指摘し、また北朝鮮がロシアなどからその条件を満たす水爆の製造方法を導入した蓋然性(リンク)を指摘しているが、北朝鮮の核実験の結果は、この定性的な推測と、何らの矛盾を来さないからである。タングステンの外殻により、少量の重水化リチウムでも爆縮による圧力上昇を可能とした水爆がすでに存在することが指摘されている(飯山一郎氏、リンク)。無学なネット民がTNT火薬換算の計算を誇らしげに提示し、嘘であると断定しているようであるが、私は、大槻氏や飯山氏の見解を受け容れることに、定性的な問題がないと判断する。このタングステン水爆なるものは、飯山氏の情報源によれば、大きさがスーツケース大であるという。その大きさでM6程度のエネルギーが出せるということは、9.11級のテロ事件の実行が相当程度、容易になったことを意味する。わが国は、北朝鮮人脈・金脈の存在と(中国経由の多量の)物流の存在ゆえに、このクラスの攻撃をいつでも受ける可能性を有するに至ったと見ることも可能である。前記事(リンク)では、北朝鮮に対する非難が北朝鮮によるわが国の放射能禍への言及となって返ってくるリスクについて述べた。しかし、このタングステン水爆の存在を前提とすると、一般人にとっては、わが国の放射能禍を非難されるとしても、タングステン水爆の存在を非難することが重要であることのように思われることは、至極もっともではある。

 しかし、ここで留意すべきは、(タングステン)ミニ水爆が真に北朝鮮国内で製造されたものであるのか否か、北朝鮮がわが国から得ている利益がどの程度であるのか、という二点である。この二点の読みが異なると、今後のわが国が取るべき対応について、まったく異なった見解を得ることになろう。わが国にとっての北朝鮮問題の解決のためには、後者が重要であるが、本記事の焦点は、前者(国内での製造)に専ら係るため、この点だけを考察することとしよう。北朝鮮国内の(人的・物的)資源によりミニ水爆が自律的に製造可能であるならば、北朝鮮は、いわゆる「戦争屋」との関係を断ち切ることすら可能となったと言える。他方、今回、ミニ水爆が外国から搬入されたものであるならば、主導権は「戦争屋」の下にあることになる。

 私が恐れることは、逆説的な表現に聞こえるが、「戦争屋」にのみミニ水爆の製造が独占されている状態である。「戦争屋」は、自身の利益のためであれば、随意、誰にでもミニ水爆を拡散するであろうからである。ミニ水爆の製造工程が一貫して北朝鮮に独占されていた方が、むしろ、従来の核不拡散体制にとっては好都合である。北朝鮮もわが国も、北朝鮮とわが国とが共存する方が両国にとって長期的な繁栄を享受できる可能性が高くなる、と読んでいるであろう。北朝鮮がわが国の経済から大きく利益を享受しているのであれば、北朝鮮が核兵器をわが国に対して使用する状況は、よほどの場合に限定される。なぜなら、北朝鮮がわが国の経済から得ている恩恵が小さなものであっても、核兵器の使用は、戦争へと至るものであり、国際的な侵攻を自ら招くものとなるからである。北朝鮮が製造を独占している場合、ミニ水爆の流通自体が避けられることになる。なぜなら、ミニ水爆が使用されたとき、製造者である北朝鮮までもが制裁の対象に含まれるからである。製造者である北朝鮮は、慎重に、提携相手の理性を判定し、供給先と北朝鮮との利益が合致するときにのみ、ミニ水爆を提供するであろう。このとき、「戦争屋」と北朝鮮とが恒常的に連合するとは考えにくい。なぜなら、刃を売主にも向けかねない「戦争屋」に、不用意に刀を与える製造者はいないからである。必ずや、何らかの歯止めをかけて供給することになる。長くなったが、いずれにしても、北朝鮮の手によりミニ水爆の製造工程が管理されている方が、逃亡先を複数所有する「戦争屋」が独占しているよりも、ミニ水爆は不拡散状態を維持できるのである。

 このような「危機」に際して、戦後のわが国は、ほとんどいつも、「何もしない」ことを基本的方針としてきた。この方針は、意図的であるか否かにかかわらず、結果としては変わらないものである。今回も、つまり、核実験という武力を想起させる北朝鮮の行動に対しても、わが国は、中身を伴う対立の昂進を避けるため、従来の制裁内容を超えるような、北朝鮮に実効的なダメージを与える方法を取ることはないであろう。実際に、核実験後2週間を迎えようとしているときに、わが国は、周辺諸国との協議を行うことを外務大臣が述べているに留まる状態である※6。問題の深刻さに比較して動きが鈍いように見えることは、好意的に解釈すれば、核実験という推移に対して非難以上の具体的な策を講じることの無益さを政府が理解していることをうかがわせる材料であるし、悪意をもって解釈すれば、単に無能・無策を疑わせる材料である。いずれにしても、北朝鮮という国に対して、わが国が大きな動きを作ることは考えにくいことである。

 問題は、政権の中枢にまで食い込んでいる「死の商人」ネットワークの手に「ミニ水爆」の製造技術が握られており、核実験の実施によって恩恵を被る北朝鮮に「ミニ水爆」を提供した場合である。この場合、わが国は、とことんまで搾取されることになる。また、この場合、「北朝鮮の脅威」を大義名分とした政権の私益追求に対して、わが国の安全を担保すべき部署が「待ったをかける」ことができていないことになる。この安全保障部局が有効に機能していないという状態が事実であるとすれば、この状態は、諸外国の安全にとっても大きな脅威となる。なぜなら、わが国を養分として、「戦争屋」が生き延びるための利潤を上げ、次なる「ミニ水爆」の提供をいずれかで図ることができることになるからである。

 今回の核実験に対して「国民から見て有効な手立て」を政権が実行しないことは、「テロの季節」を準備するということにも寄与することとなる。対立から利益を得る「戦争屋」にとっては、(核の装備を世界に向けて宣言できる)北朝鮮にも恩を売ることができるし、一石二鳥の企画なのである。弱腰に見える政権の対応は、北朝鮮の対応がどうあれ、国内の不穏分子を感情的に高ぶらせることにも役立つ。この結果、ヘイトスピーチが勢い付き、「戦争屋」に所属する(たとえば)櫻井よしこ氏の手を離れるようになると、櫻井氏にとっても離脱する契機が生まれる。後は、つかず離れず、燃料を投下すれば、勝手に吹き上がり層は爆発することになる。従軍慰安婦合意に対する櫻井氏の安倍晋三氏への擁護は、このような効果を狙ってマスコミに流されたと見ることが可能である。

 こうしたとき、戦争を避けるためには一定程度の対策を必要だと考えつつも、平和への努力を惜しむべきではないと考える穏健派(ハト派!)は、いかに考慮すべきであろうか。社会は、これらの吹き上がり層をスルーすることが基本である。刑事司法機関は厳正に事に臨み、あらゆるネット右翼を、少なくとも従来の極左と同程度の重点的な取締の対象とすべきである。社会が冷静さを保ち、刑事司法機関の厳正さを期待し、刑事司法機関が社会の付託に応じることこそが重要である。こうしてこそ、たとえテロが起きたとしても、その余波を乗り切ることができるようになるのである、と私は考える。

 最後に改めて、まとめておこう。前記事において、私は、北朝鮮が核実験に際して、福島第一原発事故による汚染に言及しない代わり、核実験についてはガタガタ言うな、というメッセージを発していたのではないか、国民がガタガタ言うのは愚策である、と推測した。北朝鮮と「戦争屋」というプレイヤーを新たに考察対象に加えると、次のようになる。騒ぐなという北朝鮮のメッセージを日本国政府が無視して非難を加えたことは、(1)「ミニ水爆」が「戦争屋」製造のものであるとしたら「戦争屋」の思う壺であり、騒いだ日本国民は、自らの首を一層絞めたことになる、(2)北朝鮮単独による開発であれば、北朝鮮と日本国政府との「心理戦」において、日本国民がほどほどに騒ぐことは、日本国政府にとって一枚の手札になりうるものの、度を過ぎて騒ぐと、放射能禍を逆に突き付けられる材料となり、やはり愚かということになる。なお、放射能禍を指摘する「危険厨」は他国の謀略に乗せられているという認識が存在しており、「危険厨」は売国奴であるという指摘が存在することは承知しているが、「危険厨」の指摘が正しかったとき、「危険厨」が売国奴であると指摘した者こそが売国奴であったことになることは、今一度、指摘しておこう。


※1 ただし、「税金吸い上げ」発言は、発言のなされた木曜日から3日経過することになるが、わが国のマスメディアでは、まったく報道されていない。SNSや掲示板においても、安倍政権に対する反対派のみがこの事実を取り上げている。2016年1月24日時点のツイッターまとめサイト『Togetter』は、多くのネット右翼がまとめを作成しているものの、この発言についてのまとめは一切見られない。これらの事実は、報道統制がなされていること、同時に、自由に見えるSNS界隈において、相当程度の(政治上の)ステルスマーケティングがなされていることをうかがわせるものである。

※2 「自称イスラム国(so-called Islamic State)」という表現は、BBCも良く使用する。欧州において、「自称イスラム国」の出自がバレていることと、また、その壊滅時における報道責任の回避のための表現であると思われる。この事情がわが国の報道機関にも適用されうるのか否かは、未調査である。

※3 ロシア外交について、多少の動きがあるように報道があるが、この点をふまえたロシア外交が必要であろう。なぜなら、自称イスラム国の脅威を減じてもらったという事実によって、第三者的な視点からみれば、日本国民は、ロシア国民に借りを一つ作った状態にあるためである。

※4 むろん、北朝鮮関係者の全員がテロの容疑者であると言うつもりはまったくない。戦争やそれに準じる状態から金銭上の利益を得る集団にとって、より大きな利益を得るための環境や条件を合理的に追求すれば、このような結論を得ることが可能であることを指摘したいだけである。

※5 これらの人脈が他国籍・多国籍にわたることは、それなりに知られた事実である。たとえば、「右翼」の発言者として著名な櫻井よしこ氏の出自について、副島隆彦氏は、台湾出身であることを述べている。この事実が公表されてしばらく経つが、櫻井氏自身が正式に抗議したという話は聞かない。ゆえに櫻井氏の出自が事実であるものと推認することは、相当に合理的である。櫻井氏は、アメリカ国内にも人脈を有する新興宗教に深い関係を有する報道紙の記者出身である。

※6 岸田外務大臣会見記録 | 外務省(平成28年1月19日(火曜日)8時37分)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/kaiken4_000291.html
先日行われました日米韓の次官協議におきましては,この制裁,国連安保理の決議の採択に向けて協力することを確認し,是非,3か国で協力をしながら議論をリードしていこうということを確認いたしました。
 中国やロシアとも協力していくことも確認されたわけですが,その後,決議に関しましては,関係国の間で二国間の働きかけ等が行われている状況です。引き続き様々な働きかけが続けられているという状況で,まだ何も具体的なものは決まっていないと承知をしています。

2016年1月23日土曜日

情けは人のためならず:北朝鮮の核実験を日本国が非難するとブーメランになる

渡部真 on Twitter: "SPEEDIの情報が発表された事に関して、「原発事故の時は隠したくせに、今回は速攻で出してきた」と憤りツイートが散見されるが、皮肉を言いたくなる気持ちはわかる。ところで、その多くは放射線量0を目指すべきという主張者だと思うのだが、そもそも北朝鮮の核実験そのものを批判してるのかな?"
https://twitter.com/craft_box/status/685027272525365248

フリーランス編集者の渡部真(@craft_box)氏が北朝鮮の核実験について上掲リンクのように言及していた※1のを、偶然見かけたが、この点について、含むところがあり、私自身の見解を以下に示すこととした。

私自身の北朝鮮の核実験に対する考え方は、次のようなものである:3.11以前ならば、あるいは、福島第一原発事故後であっても、言葉の上ではなく、現実に事故の影響を封じ込めることに成功していたならば、一人の日本国民として、非難を行うことは可能であった。しかし、事故の封じ込めに実質的に失敗している現時点では、批判することはブーメランとなるために止めておくべきである。他国を批判できるだけの資格を有する状態に自国を保つことが、国民の第一の道義的責任である。よって、北朝鮮に対する個人的な非難は、二の次にならざるを得ない。

また、国際社会の視点から見れば、わが国には、非難を控えざるを得ない事情がある。福島第一原発事故は、ロンドン海洋条約に違背し、アメリカ大陸にまで及ぶ広域な汚染を生じさせている。このために、自らの身を律さない形で北朝鮮を非難することは、対日包囲網に逆用されかねない。現状の「アンダー・コントロール」は、俗に言うブーメランになりかねないのである。北朝鮮は、もちろんわが国にとっての仮想敵であり、拉致被害を生じさせ今も解決しない国である。しかし、彼らは世界の警察を自認するアメリカ合衆国の黄金時代を相手にしながら生き延びてきたわけで、決して、現時点のわが国ほどに愚かではない。むしろ、非難を提起することは、わが国が先に滅亡へと至る一手となるという危険性を持つのではないか。北朝鮮がアメリカの放射線量測定データ、世界規模の放射線データ、世界の風向データの三者を用いれば(そして、これらはすべてオシントである!)、容易に対日非難を提起するための材料を構成することができる。これに対して、調査捕鯨に係るエビデンス論争でさっくり敗北したわが国の官僚チームが対抗できるとは、私には、とても思えない。いずれにしても、福島第一原発から未だに放射性物質がだだ漏れであることは、多くのニュースが明かしているところであり、挙げる必要はないだろう。

ある国において、国民が他国を罰するよう権力者に圧力をかけることは、その国の権力者にとって、手札の枚数を一枚増やす効果がある。ただし、国民がどうこう言うことは、所詮、その程度の効果しか持たないものでもある。よって、現実主義者の日本国民ほど、先の核実験については、本来、沈黙せざるを得ないのである。それに、現在の日朝関係をふまえれば、残念ながら、北朝鮮という国を、日本国が単独で能動的に変革させることは、まず無理である。(北朝鮮が変革することがあれば、それは、北朝鮮が望んでのことであろう。イニシアティブは、向こう側にあると考えるべきである。)もし、それだけのことができると主張する者がいたとするならば、なぜ、昨年(2015(平成27)年)11月4日の中央線に対する自転車投げ込み事件くらい、解決できていないのか?と問うておこう。(あの事件は、ある建物とある建物の近辺である。何なら動線上である。)国交のない国による、日本国内での活動を効果的に抑止できていないのに、どうして、相手国を困らせ、こちらの言い分を飲ませるような交渉ができるのだろうか?これが、「対外関係にまったく影響力を有さない個人である私」の当座の結論である。残念ながら、外交力という点では、北朝鮮の方が一枚以上上手かも知れない、と私は見ている。

本件で以上のように私が述べたことに対して、敵対的な感情を覚える日本人は、核実験後の今こそ、なぜ、金正恩氏が年頭演説で日本国について言及しなかったのかについて、考えてみるべきである。この課題は、時間切れとなったテストへの解答を、先生にヒントを出してもらって解けるように訓練する演習問題に相当するものと考えられる。本来の外交のプロならば、言及しなかったことをもって、核実験を実施することを見抜けていたのかもしれないな、と妄想してみているところである。よって、私自身は、後知恵は出たけれども、プロにはなれないな、と勝手に得心している。では、私の解答を記そう。金正恩氏が年頭演説で日本国について言及しなかったことは、「日本に言及しなかったのは、お前ら日本も俺らに言及するなよ。」というメッセージだったと解釈するのである。プロならば、メッセージなしという状態に対しても、他国同士の外交などにおける前例を通じて、北朝鮮が何かするというシグナルだと解釈できた可能性もあるのであろう。このように考えてみると、北朝鮮の「無視」は、実は、福島第一原発事故に不言及であったという温情であったと解釈することも可能なのである。

以上に記したような、日本国民として沈黙した方が益があるという意見は、公開情報のみを元にして、私が達した結論である。しかし、この結論は、他国との関係を解釈したときにのみ必然的に得られるものでもある。このような難しさを、国際関係は有している。しかしながら、今現在、わが国の民度は、著しく低下しており、「北朝鮮を批判しない者は非国民である」くらいの勢いまで、一部の愚者たちの意見が達しようとしている。それゆえに、外交関係に影響力がなく、当該国の知己もおらず、非力な一個人であるという身分を生かして、日本国民(一部上級国民の利益を除く)の利益になるよう、解釈を試みた次第である。

最後に強調しておきたいのは、わが国は、風下となる多くの国に迷惑をかけている状態にあることである。日本人だけが滅亡するのであれば、日本人としては、自業自得、諸行無常である、と言いうる余地はあろう。しかしながら、他国民への不当な暴力は、国際関係に生きる現代の帝国主義者である一個人ならば、断固拒否すべきである。なぜならば、現代の国際関係は、他国への暴力を看過するほどに間抜けなものではないためである。そのような暴力は、相応の対応策がなければ、必ずや、自らへと熨斗を付けて返礼されることになる。これは、単に、現代が帝国主義の時代であるという命題を受け入れれば、演繹的に導出できる定理である。私が個人の考察を公にしたのは、惰性で公開情報から中国共産党や北朝鮮や韓国やロシアや日本共産党や各種極左やオウム真理教の動向(だけ)を解説することだけが国民の安全を保護するための仕事ではない、ということを強調するためである。わが国(厳密には東京電力)は、偏西風の助けを借りて、北からカナダ、アメリカ、メキシコの三か国に放射性物質を散布したことになる。この点をゆめゆめ忘れることがあってはならない。私の義母がメキシコ産やカリフォルニア州産のブルーベリーを購入してくることに対して、私は困っている。誰かの表現を借りると、「まさにブーメラン」、因果応報なのである。

※1 ページタイトルに全文が含まれるのは、わが国の著作権法における引用との整合性に苦慮する。




参考

本記事は、(正式名称すら未確認だが)公開情報の分析センターの発足にインスピレーションを受けて記したものでもある。はっきり言ってお笑い草なのだが、私の記事を確認いただいたことのある国は、ロシアとアメリカのほかには、ないように見える。この状態のどこが、「公開情報の分析に力を入れる」なのであろうか。これは直感に過ぎないが、日本国の「オシントセンター」は、NSAに40周くらいの周回遅れの「テキントセンター」になりそうな気配が濃厚である。オシントの基本は、正統な知識である、と私は信じる。この点、たびたび取り上げるが、佐藤優氏のMCMC理解は、この点を十分に心配させるに足る傍証である。彼が鳩山氏の解説に際して自信満々であるほどには、私の側に材料が十分とは言えないので、この点は、準備が必要だが、私の鶏頭が機能している間に取り上げてみたい話である。某掲示板における某スレッドにおけるやり取りを見る限り、ロシアとの関係を騙る日本語話者の詐欺師たちを一掃するための試金石ともなりそうだからである。

なお、アメリカは、本記事を収集しても、インデックス化しただけかも知れないという点、残念に思っている。ロシアの意図は、私には分からない。RTの記事を紹介した日本人ということで、もれなくご確認いただいているのだろうか。日本人の知的水準を量る目的があるとすれば、日本人は、ニートまっしぐらレベルの者で、この程度の文章をものしている、と胸を張ってみせるとともに、ご覧いただいたことに感謝を申し上げたい。決して、私は、日本国が敵とみなしている存在に塩を送っているわけではない。なぜなら、これらの文章は、すべて日本語で記しているからである。翻訳と解釈という、二段階の作業がロシア側には求められるのである。ただ、本ブログが日本語で記されているのは、私がロシア語を学ぶときにキリル文字がまず頭に入らないことによるためかもしれない。ロシア語の学習をそこから始めなければならないのが、大多数の日本人の状態であろうが、私もその中の一人に過ぎないのである。

話ついでに記しておこう。すでに同様の考え方に到達した先人も多そうに思われるのだが、仮に、アポロ11号の報道なかりせば、キリル文字は、より多数の日本人に学習されていたかも知れない。この点は、科学・技術・社会論(STS)においてより深く探求されて然るべき課題であると、私自身は考えている。ただし、同時に、本件は、あまりにもセンシティブな話題であるために、もう少し時間をおいて、正確な事実を確認しようとしても○されない状況が醸成されてからの後であっても良いかも知れない、とも考えている。昨年末のスタンリー・キューブリック氏のインタビュー映画は、このような状況を作り出したのである。リトビネンコ氏暗殺の話と関連していたら、これまたややこしそうな話である。

(耕論)非情、対テロ情報戦 吉村郁也さん、エフライム・ハレビさん
2016年1月22日05時00分
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12171305.html




2016年2月15日追記

今更、知ったことは、明らかに踊らされていたことにもなるので、少しばかり癪ではあるのであるが、以下の記事を読んだ。米露の両国ともにおいて、知性ある人々が専門分野を違えつつ組織的に活動していると、わが国との違いが際立つということが、よく分かる内容であった。わが国には、科学を酸いも甘いもかみ分けて理解できるという情報組織関係者は、いるのであろうか。わが国の情報組織に関係を有する理系関係者は、専らが情報系の研究者であり、ある種のスキーマ(ここでは先入観とも言い換えられよう)から自由でないように見受けられる。情報系の研究者は、その道の専門家ではあろうが、STSについてのセンスが決定的に欠落している人が大半であるようである。某集団なんて、色々含んだ上で反論している人たちの集まりではなく、むしろ、根が純真で、その分、外国の利益のために都合良く利用されている人たちの集まりではないか、と疑いを入れてしまうのである。

Moon Landing Hoax? Russian Official Wants Apollo Mission Investigation In Wake Of US FIFA Corruption Arrests
http://www.ibtimes.com/pulse/moon-landing-hoax-russian-official-wants-apollo-mission-investigation-wake-us-fifa-1973640




2017年4月14日追記

#この追記とともに、文意が通りやすいように語句を修正し、HTMLのBRタグをPタグに変更するなどしてレイアウトを調整した。

今更であるが、2015(平成27)年11月4日の中央線への自転車投入れ事件の犯人である法政大学2年生の学生(20)が翌年2月4日に麹町署に逮捕されていたことを、14日中に知った。上記の追記は、逮捕直後と言って良い時期であるが、知らずに記したものである。私が本稿を通じてマヌケさを晒した様子は、本追記により後世に分かりやすい形で残されるであろうが、それは自業自得というものであるし、修正したことを明記する方が私のポリシーに合うから、やむを得ない。明記して残しておく。

ただし、本記事において念頭にあったのは、2015年11月時点で同時進行していた「ぱよちん事件」であり、北朝鮮に対するわが国の公共安全リソースが優秀であるとされることに対する疑問であった。「ぱよちん事件」に係るネトウヨ界隈の憶測が仮に正しく、わが国の公共安全関係者が御用筋や身内から指摘されるように優秀であるとするならば、朝鮮総連のお膝元と呼べる場所で生じたテロ紛いの事件を、スピード解決できない訳がない。これが、本記事(の本文)の意図であった。そのように読める文面となっていることを期待する。

私自身が通常のオシントの定義にあるような継続的な定期刊行物の収集作業を怠ったことは確かであるが、私の職責は、政府の行政職員や技術職員のようなルーティンワークを漫然と無償で行うことではない。正当で役に立つ知識を形成し、あるいは取り揃えることである。それに、私が自信を持って物事を指摘するとき、その重点は、(あるいは、仮に、私に期待されていることがあるとすれば、それは、)人命の保護を目的とする研究分野に必要とされる知識体系を、日本語で公開することにある。踏み込んで表現すれば、本ブログの社会的使命は、行政職員や技術職員や学識経験者の知的怠慢を追い込み、その職務に緊張感を持たせることにある。公務員に対する健全な批評は、競争原理の作用しにくいこれらの職業人にとって、より良い状態を目指してもらうために不可欠な力である。

防犯環境設計をかじった者から見れば、中央線の自転車投入れ事件が発生したこと自体は、わが国の都市計画と警備警察の敗北そのものである。また、逮捕にこぎ着けたこと自体は、刑事警察?(ネットに散在する報道のコピペを漁る限りでは、警視庁麹町署とのみ表記がある。同署は、土地柄、公安警察の重要な拠点である。)の実力として評価されるべきことと思われる。が、これは単なる部外者の感想である。ただ、仮に本件が国際的に懸念されているようなテロ事件であったとするならば、3カ月という期間は、外国に拠点のある犯人を逃し、犯行の証拠を隠滅されてしまう上で十分な長さであろう。この期間の長さは、容疑者の所属していたとされる芸能事務所ゆえか、はたまた、私による見込み違いと同様、北朝鮮やぱよちん事件に関連した事件であると誤解したためか、私には確認しようのないことである。

法政大学の学生、JR中央線へ自転車を投げ込んだ疑いで逮捕 : J-CASTニュース
(記名なし、2016年02月04日)
http://www.j-cast.com/2016/02/04257546.html




2017年9月7日訂正

2017年4月14日追記分における記述を訂正した。当時、私に取り得た方法は、(1)何も言わずに訂正する、(2)修正せず放置する、(3)明記して訂正する、の3通りであった。このうちの、(3)明記して訂正するという方法を採用した、ということである。

古歩道ベンジャミン氏の文章は段落読みできる

 #気が付いては忘れる、の繰り返しなので、大部分が過去の記事と重複するのだが、忘れないうちに記しておきたかった。

 古歩道ベンジャミン氏の文章の良いところは、段落読み(paragraph reading)できるところにもある。古歩道氏の報じる内容は、もちろん、(日本語においても、英語においても、)他のジャーナリストと内容が重複しない一次情報提供者による「ニュース」であることにもセールスポイントがあるのだが、いち研究者(落第)から見て、古歩道氏の「売り」は、それだけではない、ということである。このほか、日本語における文筆業×陰謀論という組合せの人物としては、田中宇氏くらいが、段落に一主題という条件を満たしつつ段落読みに近い読みを許す文章を問うておられるので、貴重な存在であることが際立つのである。念のため、段落読みできる文章とは、(1)一段落一主題で記述され、(2)段落の最初に段落の内容を説明する主文(トピック文)を置き、(3)同じことは繰り返さないで構成された文章を指す。段落の主文だけをつなげて読むことにより、大略を掴めるようになっているのである

※ もっとも、このルールの整備について、私はまともに論文等に当たったことがない。経験だけに頼って記すと、明らかに20世紀初頭の研究論文は、きわめて冗長であるので、徐々に整備されたのかな...というくらいにしか理解していない。このペースでは、死ぬまでに「学術における基本とは何ぞや」と言える人になりたいという理想を叶えることは、まず無理そうである。

 ある分野の研究論文や著作が段落読みできるかどうかは、その分野の成熟度を測るバロメータとなる、と私は考えてきた。研究者の記述した文章であっても、段落読み/書きの訓練を受けていないものは多く見られる分野に身を置いてきたがゆえである。訳本の水準も、訳者が段落読みを知っているかどうかで随分と変わる。私が研究者としての成果を出せないのは、そうして他の研究分野に素人ばりに目移りしまくっているからだが、日本史の研究者が総じて段落読みできる文章を記述しているところを見ると、面白いものだと感心する。陰謀論者が、このように国際的水準に達している文章を記す研究者に、この基本を知らずに中身に噛み付くからである。研究の作法を知らないという点で不用意であると同時に、研究の中身に容易に達する点で、素人の突き付ける刃の鋭さか、とも感心する。この点、陰謀論の文筆家は、今後、古歩道氏(の文章作法)を見習うべきであろう。

 1月19日の件は、掲示板『阿修羅』に漏れ聞こえてくるのだが、日本語でも知りたいな...と思ったりもする。


2016年1月22日金曜日

東京都下水道局による汚泥焼却灰の放射線情報データ

 本記事では、東京都下水道局の公表したページから収集した汚泥焼却灰に含まれるヨウ素131の値をまとめて時系列グラフにした結果を掲載する。図1、図2のいずれとも、汚泥焼却灰から検出されたヨウ素131の値で、単位はBq/kgである。文書発出日が平成24(2012)年11月30日以降の公表値については、不検出の場合、検出限界値が併記されている。図1では、検出限界値を表示したグラフであり、図2は、不検出の場合をゼロに置き換えたものである。図1は、いわば危険側の値であり、図2は、安全側の値だと見て良いだろう。

 グラフを作成するために加工したデータを、タブ付きテキストとして添付する(リンク)。表計算ソフトでデータを開き、データを加工すれば、セシウム134とセシウム137についても、同様のグラフを作成できるはずである。私の場合、『Microsoft Excel』により、「ピボットテーブル」コマンドを用いた後、「ピボットグラフ」コマンドから、同様のグラフを作成した。エクセルファイルが必要なら、別途配布する。

 本件作業に対しては、それなりの注意を払ったが、加工による誤りが生じている可能性があることに注意されたい。作成は、『Firefox』エクステンションの『Scrapbook』を利用して、HTMLファイルをすべて取得し、『サクラエディタ』のgrep検索でファイルをコピーし、マクロで機械可読可能なレベルにまでテキストを抽出し、『R』でスクリプトによって全ファイルを合併する、という順序による。場当たり的ではあり、記すのが恥ずかしいのだが、一応の参考までに記載しておく。

図1:汚泥焼却灰からのヨウ素131検出量(不検出の場合、検出限界を記載)
図2:汚泥焼却灰からのヨウ素131検出量(不検出の場合、ゼロを記載)

ソースは、以下からたどれる各リンクである。

下水道 放射線情報(東京都下水道局)
http://www.gesui.metro.tokyo.jp/oshi/infn0520.htm


2016年1月19日火曜日

米国における大麻の企業活動化は着々と進んでいるようだ

 先の記事(リンク)では、四大薬物(コカイン、ヘロイン、覚醒剤、大麻)のうち、大麻だけが自家消費が主流のようで、一線を画しているようである旨を述べたところであるが、米国における大麻の企業活動化は、着々と進んでいるようである。フォーブスは、本(2016)年1月17日のニュースで以下のように伝えている。

米テラテック 買収で合法大麻の統合サプライチェーンを確立 (Forbes JAPAN) - Yahoo!ニュース
2016年1月17日
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160117-00010928-forbes-bus_all
農業法人のテラテックはこのほど、医療用大麻の調剤薬局「ブリューム・オークランド」で知られるカリフォルニア州オークランドのブラックオーク・ギャラリーとの合併を発表した。これにより、医療用大麻の栽培から販売までを一貫して手掛ける同国初の(#株式公開、デレク・ピーターソンCEOへのインタビュー)企業が誕生する。

 上記記事に紹介されたテラテックのウェブサイトへのリンクは、次のとおりである。

Terra Tech Corp. (TRTC)
http://www.terratechcorp.com/


  同誌はまた、本年1月3日付の記事で、ワシントンD.C.を拠点とするスタートアップ企業のニューフロンティア・フィナンシャルへのインタビューを通じて、今後3年間に1兆円規模の娯楽・医療用の大麻市場が形成されるという同社の予測を伝えている(リンク)。 これらのニュースは、TPPにより日本の犯罪予防対策が影響されうると指摘してきた四要素(銃器、ポルノグラフィ、薬物、賭博)のうち、薬物についても、大麻の解禁が模索される前振りかもしれない。

米国の“合法大麻”市場 3年後には1兆円を突破との予測 (Forbes JAPAN) - Yahoo!ニュース
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160103-00010751-forbes-bus_all


 もっとも、先の記事(リンク)で指摘したように、米国の批准がなければTPPの発効はない。また、4年後といわれる発効の時期を迎えたとき、わが国がどのような状況を迎えているのかは、なかなか予測しにくい状況であることは確かである。病状の回復の見込みのない患者に対して医療用大麻が処方されているなどと聞くが、大麻の疼痛抑制効果が確かなものだとすると、わが国でも、大麻解禁の可能性は、福島第一原発事故による晩発性の健康状態の悪化という状況ゆえに、高くなるものと予測される。また、この方面については十分なリサーチを行っていないので、私には分からないことだらけであるが、麻の栽培は、わが国の伝統や文化に深い関連を有していると聞く。大麻の支持者によると、その解禁を妨げる国内事情は、もっぱら既存の法規範にあるようであるが、私自身は、その尊重が基本であるから、大麻の是非自体については、これ以上のコメントのしようもない(、つまり、デュープロセスに基づいて変えない限りは、その使用に反対である)。ただ、わが国側のTPPの締結に関係した人物らは、大麻に対しても、十分なリサーチを行ったとは認められない。TPP締結関係者の調査不足(の跡がうかがえること)と周知不足という点に対しては、批判を改めて加えておきたい。

2016年1月17日日曜日

きゃりーぱみゅぱみゅがフリーメーソンの指輪をしていた

 メモ代わり。昨日(2016年1月16日)のフジテレビ系の『めざましテレビ』、6時台に、きゃりーぱみゅぱみゅ氏が出演、指輪にハマっているとして、両手の拳を突き出す画像を見せたが、両手ともフリーメーソンリーの文様だった。カラーだったような。ただし、何指に指輪を着けていたのかについては、思い出せない。私の注意力も、その程度である。


2016年1月16日土曜日

今後の日本社会のソフトランディングに向けての構想(妄想?)

本稿では、ごく簡単に、直感に基づいた、私の日本社会のソフトランディング方法について、構想を述べる。直感であるから、私自身の好みも(、嫌いだけれどもやむを得ないという選択肢も)、もちろん入る。構想の考え方は簡単かつ明瞭で、事故を収束させ、国民の食の安全を確保し、汚染地域は隔離し、事故の再発防止のために原発は停止、汚染地は最終処分場として利用、というものである。随分と、応報刑的な考え方であることは承知している。また、今、思い切った構想を示し、縮小する人口と経済に対して、適正な規模までにリストラを進めるという決断をしなければ、他国に良いように蚕食され、わが国は目に見える形の植民地となるものと予測される。(#少なくとも3.11前までは、見かけ上は、また国民意識の多くは、植民地とは言えないものであった。)

誰かが福島第一原発事故に即して記していたような気もしなくもないが、日本人が死んで子孫に残すものが放射能だけ、というのは、いかにも情けないことである。人は死んで美田と名を残すべきである。たとえ、名が悪名となろうとも、である。

  1. 福島第一原発の石棺・水棺化。
    1. 石棺化。(実際には、大量の土砂で埋めるほかないだろう。)
    2. 監視体制の強化。(実際には、国際共同管理しかないだろう。 )
  2. 東北・関東地方の放射線管理区域相当地区の既存不適格化、原則としての立入禁止化。
    1. 新規居住及び新規建設の制限。
    2. 移転の促進、中日本・西日本における東京オリンピック関連業務への優先的な就業割当。
    3. 公的サービスの停止時期の設定と周知。(=首都機能移転後の五年間など)
    4. 大規模地震特別措置法の適用。(原子力災害特別措置法に基づく国民の支援が手厚くなるように改正することはもちろんであるが、地震時と同等程度にまでのみ引き上げることが可能であろうから、いずれでも良い。)
    5. 災害公営住宅の建設、全員の無償入居。
    6. 放射線管理区域相当地区における農業の禁止。
  3. 農漁業の停止。
    1. 駿河沖以東、釧路沖以南の操業禁止。水質常時モニタリング体制の構築、漁業者への優先的就業措置。全水揚のモニタリング体制の整備。当該地域における新規就業の禁止。
    2. 農地法の改正と既存農家への所得補償、就業地(の強制)移転。汚染農地における放射線量モニタリング業務就業への優先割当て、当該地域における新規就農の禁止。
    3. 衛星技術を用いたモニタリングの実施。
  4. 食品流通の抜本的変更。
    1. 虚偽表示に対する詐欺罪適用の法制化。
    2. 違反に対する傷害(致死)罪適用の法制化。
    3. 北米地域からの輸入食品に対する放射線量検査の拡充と確実化。
    4. (食糧事情から全食品の汚染を防止できない場合、)放射線量検査結果のトレーサビリティの厳格化及び表示(加工食品、外食を含む)と抜き打ち検査の実施。
  5. 東京オリンピックの開催について、国際社会との協議の上、可能ならば、中日本・西日本に移転して実施。不可能なら辞退。
    1. 西欧的な伝統の下に開始された近代オリンピックの理念に照らせば、責任者と実行組織の刷新は必須。特に、広告代理店については、担当者をすべて、その理念を体得的に理解できている人材に交替させない限り、国外企業の受入れを検討すべきである。
    2. 国外企業の受入れと福島第一原発事故への対策は、「アンダーコントロール」という嘘に対する謝罪を表すものとする。(国際社会との交換条件である。)「アンダーコントロール」を採用した企業の排除(と賠償)も同様の意義を持つ。
    3. 開催場所は、広島・岡山・愛媛・香川の瀬戸内オリンピックというのもありかも知れないとは思うが、なかなか難しいかも知れない。
  6. オリンピック景気を利用した、2020年以後の首都機能移転の実施。
    1. 基本、インフラが整備された中京圏か関西圏が候補。九州(福岡)も選択肢として取り得るが、大規模な都市圏整備を必要とするであろう。好みとしては、関西圏だが、開発の余力という点では、中京圏に軍配が挙がるだろう。
    2. 人口減の時期をふまえて、10年単位で段階的に実施、現在の首都圏の機能を段階的に削減。
  7. 国際社会における防災研究への骨絡みとなる関与。(自然現象を人災にさせない決意を具現化する。)
    1. 自然を悪用する兵器の運用の抑止。(従来指摘されてきた気象兵器の廃絶と検知を主導)
    2. 核の兵器利用への関与の中止。(=つまり、国内の原発の廃止)
  8. 原発の廃止。
    1. 廃止しない場合には、他国との運命共同体の構築(=運用するなら他国の利益とわが国の利益が完全に一致するように他国を巻き込むことが必須。ただし、それは実現しないであろうから、結局は廃止するほかない。)
    2. 汚染地域における最終処分の実施の検討(=真の意味での検討であり、研究上の総力を挙げる必要がある。その価値自体もある。研究分野の転身は必要であるが、原子力研究のパイも保存される。)
  9. 事故の発生に至る原因の解明と再発防止。
    1. 関係者への民事賠償請求訴訟額の上限撤廃、一事不再理の見直し。
    2. 責任者に対する自由刑の確実な実施。
    3. 国外逃亡者およびその財産承継者に対する国外における庇護の停止。
  10. 教育内容の変更。
    1. 国民の安全側に立つ理論および実践の称揚。
    2. エリートの破綻を実名により記述、公開、永久保存。
    3. 責任者一同のライフログ化およびその永久保存。

以上の構想(妄想)を、現時点の多数の日本人は、理解不能なものとみるであろう。優れた理性のある者の多くは、性急に過ぎ、現実性がないと評価するであろう。しかし、他国に骨を埋めることを思えば、関西や名古屋など、軽い軽い、と考えてもらえる者が多くいるならば、日本人は、何とか日本国に留まり続けることができる可能性に賭けることができる。大多数の日本人が外国を目指すことになれば、国の庇護を受けることはできなくなる。そうした場合の外国人の行く末は、悲惨である。徒党を組んだ強盗団に根刮ぎ奪われても、泣き寝入りということになる。唯一の方法は、居住する外国の国籍を取得するという方法であるが、それも、日系外国人が軍隊か警察に有力な地位を得たところでなければ、やはり、強盗団やヘイトクライムの被害に遭うことを免れ得ない。国際結婚という方法が最も安全に近い方法ではあるものの、それとて、日本男性は国際的に見て魅力に乏しい人物が多いわけであるから、野垂れ死にするか、軍隊に入って使い捨てを通じて信頼を得るか、という、一種のギャンブルに身を投じることになる。日本女性の方が男性より一般的に適応能力が高いものと思われるが、それでも、中国などからの女性に対して日本に居住する心ない連中が現時点で強いているように、偽装結婚から売買春へという経路を強いられるという可能性も存在しうる。

ここに挙げたような搾取の生じない方法は、ある程度の強制力を有する日本国政府が他国と国際的な約束を結ぶことによるほか、あり得ない。そして、中露とこの種の約束を結ぶくらいなら、ハードランディングの道を選ぶというメンタリティを有する者がわが国の政府に多いことは、十分に知られたことである(参考:書評)。

しかしながら、ここに私が挙げた方策は、私の考えつく限りのロスカットの方法としては、最善のものである。問題は、様々な制約条件の下、この構想に日本人自身が率先して取り組めるかということにある。私は、主な経路として、マスメディアが変われば可能である、と楽観的に考えている。マスメディアが変わり、責任をもって日本人を善導するよう官僚、政治家やその背後にいる利益追求者を追い詰めるのであれば、事態が変わると考えている。海外のマスメディアは、すでに風向きが変わったことを捉えている。日本のマスメディアは、その風に乗れば良いだけの話である。そうすれば、先に挙げた責任者への処罰は、免れ得るものとなろう。(翻心したことも記されるべきであるが、菊池寛『恩讐の彼方に』を思い出すべきである。日本人も、改心を賞賛する心性を有している。)しかしながら、その責任から逃げるのであれば、いかなる海外にあれども、日本国政府の庇護を失った日本人の安全を担保するものは、もはや存在しなくなる、という状況に陥るのである。警察官(僚)や自衛隊関係者も、海外に逃亡したからとて安全ではない。同業者に対する身内意識がこれらの業界に存在することは事実であるが、福島第一原発事故の解決に背を向けて海外に逃亡した武官は、国民の生命や健康、財産を守らなかったという軽蔑とともに受け入れられることになるであろう。繰り返すが、各人が職能の本義に立ち戻らない限り、これらの職業に就いていた日本人は、海外に逃れ住むことに成功したとしても、同業者と後世の嘲りの対象にしかならないのである。




2019(令和元)年11月2日

HTMLタグのみを訂正した。(具体的には、olタグの記法の誤りを訂正し、段落をpタグに変更した。)

書評:伊東寛(2015)『サイバーインテリジェンス』、菅沼光弘・北柴健・池田整治(2015)『サバイバル・インテリジェンス』

 伊東寛, (2015). 『サイバーインテリジェンス』, 祥伝社(祥伝社新書).と菅沼光弘・北柴健・池田整治, (2015). 『サバイバル・インテリジェンス』, ヒカルランド.を図書館で借りることができたので、読了した。これら二冊についての初見の感想を一文で述べれば、四名の諜報官僚が揃っておきながら、池田氏の巻末での発言を除けば、わが国においてもっとも優先順位を高く付けるべきである福島第一原発事故(への対策)についてまったくと言って良いほど言及がないために、総じて低い評価を与えざるを得ない、というものである。なぜなら、危機管理では、制限された手元のリソースを元に、優先順位を設定することが基本であるはずだが、福島第一原発事故への対応が現時点でもわが国の最重要課題であるという認識がなかったとすれば、インテリジェンス担当者失格であるということになるし、認識があったとすれば、日本語(おおむね日本人)読者に対してなぜ分かりやすく状況を説明できなかったのか、ということになるからである。

 福島第一原発事故がなかりせば、これらの内容でも一定の評価を与えることができたであろう。しかし、『サイバー・インテリジェンス』はともかく、『サバイバル・インテリジェンス』は、福島第一原発事故を主要な対象に据えない限り、題名を裏切る内容となる。いずれの書籍も、国家の存亡については言及している。しかし、国家の存亡に言及したこと自体をもって、福島第一原発事故を念頭に置いたとする反論は、通常の論理性を備えた人間には、理解できるものではない。

 著者らは、国家の危機を論じるのであれば、後世の日本語話者がいかなる境遇にいるものかを想像した上で、それらの話者がこれらの著書をどのように読み取るかを想像すべきであった。両書に示された、今後に共通する(ほぼ唯一の具体的な)対策は、より実効性の高いインテリジェンス機関の創設である。そうしたとき、国家を持たない立場に置かれた日本語話者が、どのようにこの提言を解釈するであろうか。後世の読者のうち、批判的な読書を習得した者は、「何を悠長に諜報官僚の焼け太りを推奨しているのだろうか」と誤読するであろう。著者らに対して刺激を与えることができそうな表現を用いると、現時点における国民益への心からの配慮が不足しているから、このような提言が出てきたのである。今さらのインテリジェンス機関の拡充は、戦力の分散、ひいては逐次投入になり得る。
北芝氏に至っては、国民に対するよりも他国に対する配慮がありありとうかがえる無言の状況が多く見られる。この点、『サバイバル・インテリジェンス』を企画したという白峰氏は、人選に失敗したというべきであろう。

 なお、彼らに対して同情的に考えてみると、四名がいずれも諜報官僚であるがゆえに、何らかの規範に抵触することになるから、福島第一原発事故を解決すべきという主張に至らなかったという見方は、一応可能である。しかし、私の直感で申し訳ないが、この状態は、彼らが今後も所属する「ムラ」からの指弾を受けないようにするための忖度に由来するものである。現に、吹っ切れた感のある池田氏だけは、福島第一原発事故の晩発性の健康影響が五、六年目以降に生じることを巻末において述べている。

 本段落では、福島第一原発事故について池田氏を除く三名が明確に言及しなかった理由について、大胆な憶測を加えよう。その理由の大部分は、官僚の習性である。以下、説明しよう。諜報機関が最も影響を受けている国であるアメリカからの指示が(日本側の理解できるような形まで十全では)ないために、日本国が機能停止状態に陥っていることは(、部外者である私より)、彼らこそが最も良く知るところであろう。それゆえに、アメリカ合衆国が日本国と利益上の競合関係にあることを明確に指摘した池田氏を除けば、著者らは、今後の言論業の継続のためにも、(アメリカ合衆国内の一部に過ぎない国際金融勢力からの指示を受けた)日本国政府の指示を待ち続けることが最も無難な策であると判断したと見て良い。加えて、現時点で福島第一原発事故の収束について言及することは、伝統的な仮想敵である中露との比較において、相対的な国力の低下を引き起こすことでもある(と彼らは信じているようである)。このような政治上の目的が不在となる場合、官僚は、不作為を唯一のデフォルトの方法とする。これは、官僚組織内の相互作用の結果として生じる現象でもあり、個人に体得された習性でもある。ただし、このような「見の姿勢」を取ったことは、彼らの過半が民間人になった現在も官僚組織を第一の利益共同体と見なしている内心を浮き彫りにするものであり、彼らの行動原理に官僚制が深く定着していることを示すものである※1。ただ、この結果は、好意的に解釈を加えれば、官僚としての素養(ディシプリン、規律=訓練)を体得したことをもって、彼らを責めるのは酷というものである。官僚は、目的の遂行を第一の存在意義としており、目的の設定や次世代社会の構想は越権行為である。職員が何らかの知恵を有していたとしても、その知恵を披露することは、建前上は、むしろ問題である。官僚が職務上の責任を職務を通じて十全に取ることは、悪しき処罰の前例を作るということからしても、不可能である※2。しかしながら、両書に見られた福島第一原発事故に対する不言及という官僚的態度は、新井信介氏のブログに寄せられたメールに見られるような「今の日本の権力層で「投了のやり方」をわかっている人が居るのか?疑問です。」(リンク)という疑問を持たれても仕方のないものである。また、結果から見れば、この「沈黙」は、官僚制が機能不全を起こしていることと、まったく変わるところがないものである。

 ただ、結果として両書が期待される水準に及ばない責任は、彼らのみに帰せられるものではない。彼らは、スパイという前職ゆえに、多くの情報を蓄えていようとも、現実を正確に描写する努力が許されない場合に度々直面するであろう。とすれば、この種の議論を気兼ねなしに行うことができる資格がある者は、守るべき国家秘密を有さない人物だけである。今こそ、自らの言説の十全さに対する責任を取ることのできる個人が将来の日本社会の構想を真剣に論じるべきである。また、憲法により出版の自由を担保されている出版界も、限定されたリソースをそのような国民益を優先する議論を行う人物に振り分けるべきである。

 まとめると、両書は、出版の時機を逸したものである。6年前なら役に立ったかもしれない。今となっては、両書に含まれる官僚的な「組織ハコモノ」発想は、むしろ有害である。

 なお、それでは、オマエの構想はどうなのか、と問われることが必至であろう。今までの記事において、私は、基本、ギブアップする=衰退をソフトランディングさせる、という方向性だけについては、断片的に述べてきた。別記事(リンク)にその構想の(現時点で思いつける限りの)全体を記す。



※1 北芝氏は、東大卒を始めとする官僚らしい官僚に対して、頭でっかち系であるとして、他書においても敵意を示してきたものの、『サバイバル・インテリジェンス』に見られた彼の無言は、彼の憎む官僚的態度そのものである。日本国民の側に立つ池田氏の言説に接して、北芝氏は日本国民のためになる態度を明確に示さなかったのである。仮に、北芝氏の態度が日本国民のためになるものであると主張するなら、それこそ、その理由を明確に世に問うべきである。それが官僚としてではなく、日本語で言論をなす言論人としての倫理というものであろう。それとも、無言自体は肯定の意を示すという標準的なディベートの考え方が、突然、ここでは適用されるとでも言うのだろうか。そうではないとするなら、その証拠を挙げて補足すべきであろう。

※2 天木直人氏や古賀茂明氏のように、辞任という方法が可能であることは承知しており、この点だけでも両氏を尊敬できると思う。


どうでも良い補足

この分野の書籍は、私の住む目黒区では一定の需要があるようで、3ヶ月(6名)程度、待たされた。このような盛況は、東大の駒場キャンパスや東工大の大岡山キャンパスもあり、また、自衛隊の目黒駐屯地があるという地域柄によるのだろう。

 ところで私は、従来、書籍は購入することを旨としていた。しかし、小遣いが減ったのも関係していないとは言わないものの、今後、荷物が多くなりすぎることから、現在は、自炊するまでもなく、また、自分のコアコンピタンスに影響しないものについては、購入しないということに決めている。代わりと言っては何だが、図書館を使えるだけ使おうと思うに至ったのである。

 なお、これだけ厳しい内容の指摘を行うからには、私自身も、ウェブを通じて一般公衆に意見を表明することについて、遅きに失しているという点に対する批判は、甘受したい。ただし、ブログが無料で閲覧可能である以上、一定の手抜きはやむを得ないものとみなしている点については、ご海容いただきたいと考えている。なお、著書を執筆するのであれば、私は、伊東氏のように、飛行機の中で読んで出典を思い出せない記事の出典を著書で省略するということはしない。それは手抜きに過ぎる。

 また、伊東氏の主張にあるように、仮に、インテリジェンスの結果として公衆の知るところとなる情報の多くが真実を語っていないというのであれば、伊東氏は、自身の著書についての信憑性を高める作業により多くの労力を割くべきであった、と私は考える。その根拠は簡単で、彼の著書には、新書とはいえ、出典がほとんどないのである。職務上であれ、人を惑わす偽情報を積極的に発信してきたことを主張する著者であるならば、なおさら、その主張の正確性の程度を他人にも分かる形で示すべきであった。このようなレベルの書籍が未だに標準的なものであるとみなされている=流通していることは、日本文化の劣化を如実に表す証拠である。後世の読者は、そのように考えても間違いというわけではない。


蓮池透氏の発言に関連して(平成28年1月16日)

蓮池氏が問題視している交渉直前の場において、警察関係者はいなかったのであろうか。『サバイバル・インテリジェンス』において、菅沼氏は、拉致問題を解決したい警察庁、対、日朝外交正常化交渉を始めたい外務省、という構図があることを指摘している(p.167)。正当な認識を正当に語ることは、被害者の側に立った政策を進めるための礎となる。また、当時の正確な認識を関係者が語ることは、誰のために仕事をしているのかの試金石となる。当時の関係者の覚悟のほどが問われる事態になっている。

パリ同時多発テロ事件において、防犯カメラが機能していなかったという古歩道ベンジャミン氏の報道

#以下は、前年11月の時点で、下記の古歩道ベンジャミン氏の記事を読んでのメモである。なので時機を逸している点に注意。また、続報などの後追いもしていないので、その点に注意して欲しい。

Paris psy-ops is part of ongoing moves towards world government
Posted by benjamin November 17, 2015
http://benjaminfulford.net/2015/11/17/paris-psy-ops-is-part-of-ongoing-moves-towards-world-government/
First of all, the fact that thousands of witnesses all carrying video phones were unable to record the events of that day alone proves it was just a massive propaganda event, NSA and other sources agree. In addition, all 8 security camera feeds to the areas where the supposed massacres took place had been shut off, implying high level cooperation from the French security police, CIA sources say.
訳す。「まず初めに、何千人もの証人が携帯していたはずのビデオ撮影機能を有する電話機が、当日のイベントを記録できなかったという事実だけでも、本事件が巨大なプロパガンダであるという証拠であると、NSA筋やほかの者が同意している。加えて、虐殺が生じたはずである地域を撮影していた8台のカメラすべてが電源を落とされていたということは、フランス公安警察の高い地位にある者の協力を示唆するものである、とCIA筋は述べている。」

 確かに、誰もがスマホを持ち歩き、放送局が多くのスマホ映像を買い取る時代にしては、今回のパリ同時多発テロ事件については、おどろくほど少ない映像しか提供されていない。ただし、私は、被害がなかったとまでは考えていない。古歩道氏の「プロパガンダ」という表現自体、被害が生じていないと主張するものではない。私は、大きな被害が発生したにもかかわらず、被害の規模に見合うだけの映像がアップされないということがあるのだろうかと、漠然とした疑問を感じている、それだけである。

 被害の割に映像の流通量が少ない理由として、最も考えられるものは、映像の流通するコミュニティがフランス語圏に限定されていることである。また、防犯カメラ映像の多くは、現在の捜査上、秘匿されているとも考えられる。戒厳令下において、個人のアップした映像まで秘匿されるべき対象となっているのか、私は知らない。少なくとも、防犯カメラ映像は、折を見て、フランス政府により公開されるのであろうとも考えられる。事実、あっという間に消えているらしいが、CBSは、Daily Mail紙が入手したという防犯カメラ映像を報道していたらしい。引用文は、Googleのキャッシュから取得した。

Surveillance video shows terror during Paris attacks - CBS
http://www.cbsnews.com/videos/surveillance-video-shows-terror-during-paris-attacks/
November 18, 2015, 10:05 PM|Video from security cameras obtained by the Daily Mail shows one of the terrorists involved in last Friday's Paris attacks opening fire on a cafe and diners scrambling for cover. (retrieved from cache by Google


 映像が改竄されたり秘匿されたりするという事態は、オムニプティコンの時代において、専門家には想定されてこなかった事態である。アーノルド・シュワルツネッガー氏が主演した映画版の『バトル・ランナー』(原作はスティーブン・キングの『ランニング・マン』)では、ビデオ映像が改竄されて、それが生き残りをかけた未来版闘技場に送られる理由になったという経緯があったような記憶がかろうじてある。いずれにしても、かつて、James Brin氏が指摘し、和文ではジョン・キム氏が指摘したような性善説的なオムニプティコンは、ベンジャミン古歩道氏の報道が正しければ、脆くも崩れ去ったことになる。陰謀論にどっぷり浸かった者であれば、9.11において、多数のビデオ映像に対して批判的検討が加えられたことから、悪の連合が教訓を得たのだ、と言い出しかねない事実である。
  自動小銃(AK47だという報道があった記憶がある)という、ビデオ撮影機能との相性が悪い攻撃手段が用いられていたことは確かであるが、非常事態宣言=戒厳令の発令以前であれば、もう少し多くの映像が残されていたとしても、間違いではないと思う。

分かりやすい嘘(と陰謀論)

陰謀論業界では、「分かりやすい嘘」が全面的に主張されることがある。太陽系が変な形をしているとか、爬虫人類が世界を支配しているとか、である。後者は、テレビドラマ『V』を彷彿とさせる。中坊のころには、恐ろしいドラマだと思っていたけど、今になって思えば、あの頃は色々と知らなかったものである。爬虫人は、デイヴィッド・アイク氏(David Icke, 1952-)により「陰謀論」界隈で有名になったとされるものの、その源流は、『英雄コナン・シリーズ』(早川書房)の作者であるロバート・E・ハワード氏の『影の王国』(『ウィアードテールズ 第2巻』所収)や『V』にこそ、求めることができると言えよう。あまり、陰謀論者のうち有名人にのみ拘泥して「分かりやすい嘘」を論うことは、以下の理由によって、学術的には避けられるべきであろう。

私は、「陰謀論」という語をラベリングの一種であると理解すべきであると考えている。そこで、陰謀論を、以後、括弧抜きで表現し、「マスメディアが流通させている見方とは異なる見方に基づいて、取捨選択された情報の集合または組合せである」、と定義しよう。この定義は、広範な言説を対象に取りうるという短所を有するが、大本営発表こそが正しい情報であるとの圧力が高まっている現今、同時代的な有用性を持つものになると自負している。

分かりやすい嘘は、陰謀論を真面目に論じている人たちにとっては、いくつかの意味を持つ。インターネットが開放される以前、陰謀論を二次情報として発信してきた者たちは、基本、ジャーナリズムや(新興)宗教を生計の手段としている者であったと考えて良い。過去も現在も、陰謀論を取扱うジャーナリストは、情報源を秘匿しなければならない状況に何度も直面したであろうし、直面するであろう。宗教者であれば、信者による秘密の告白を守ることが教義に対する信頼に直結することも多いであろう。ジャーナリストは、報道が仕事である以上、情報源を秘匿して情報を公開することが習慣となっている。この職業上の原則には、疑問の余地がないであろう。他方、宗教者が信者から寄せられた秘密をあえて暴露する理由は、いくつか考えられるが、最もあり得る場合は、信者が匿名を希望しており、かつ、信者が宗教者にその公開を望んでいる場合であろう。宗教上の重要な考え方から公開に踏み切るという場合もあるであろう。このとき、情報源である信者の身元が暴露されかねない場合には、何らかの方法を探らねばならない。世界的な規模の宗教であれば、情報源の秘匿は、比較的容易であろう。いずれにしても、これらの職業人にとって、情報源の重要な秘密を守ることは、何よりも重要な職業倫理の一つである。

突飛な「嘘」を取り混ぜて陰謀論を報じる職業人たちに対して、なぜ一次情報を有する情報源が情報を寄せるのだろうかと考え出すと、物事の核心にさらに一歩近づくことができるであろう。その理由を、情報源=話者が自分の話をこれらの職業人に対して伝達するに足ることであると信じているから、と措定しても、さほど間違いはないであろう。話者本人から見ても話の中身がぶっ飛んでいても、あるいは、その話を口外することが身の危険を招くとしても、伝える意義があるからこそ、その話は伝えられるのである。もちろん、精神上の疾患を抱えた人物が、他人にとっては荒唐無稽な話に対して固執するという事態もあり得よう。しかし、そのようなケースがたとえ存在し、むしろ過半の事例であるとしても、ここでの主題は、ある程度の合理性を備えた個人に着目したものであるから、そのようなケースは捨象しても良いであろう。それに、このような人物「だけで」陰謀論者が占められているという主張は、私が証明すべきことではなく、反論したい者が裏付けるべきものである。私の主張は、ゴミばかりと思える、陰謀論とされる情報の中にも、明哲な論理と十分に信憑性のある証拠に裏打ちされた主張も含まれる、というものである。

陰謀論者とされた話者の主張は、異なる命題がある組合せとして提供される形式を取るものとして見ることができる。たとえば、「人類は月に到達したが、それは月の裏側に住む宇宙生物の助けを借りたためである。」とか、「人類は月に到達していないが、それは人類に紛れて住む爬虫人類による工作のためである。」といった具合である。(これらは、仮想的な例示である。)この組合せに注目すると、論者ごとに面白い差異、真逆の見方が生じていることに気付くこともある。なぜ陰謀論がこのようなセットメニューで伝えられるのだろうか、と考え始めると、陰謀論者と呼ばれる人たちの一部の論理性が、主張の外見が示すほどには壊れきったものでない可能性が存在することが分かる。陰謀論者の一部による議論は、一般人が一足飛びに「だってキ○ガイだから」という結論に至るほどには、破綻したものではないのである。

陰謀論者は、他人に伝えるべき内容があると信じるからこそ、その主張を発信する。より正確には、異なる他者からみれば、陰謀論者は、頭がおかしいと見えるかどうかはともかくとして、何かを他者に伝えたいからこそ、その話をしているのだと推定することができる。陰謀論を伝達しようとする目的は、話者の背景により異なるであろう。話者がまったくの個人である場合には、その目的は、大抵、その個人に深い関連を有している(とその個人には自覚されている)であろう。何らかの組織が組織的活動の下に同一の内容を流布しようとしている場合には、大抵、その主張を広めることがその組織の目的に役立つからであろう。例外として、9.11の真相を求める遺族のように、個人に根差した単一の目的が組織を立ち上げるという動きに結実することもあり得る。ただ、いずれの場合であっても、全くの狂信的な人物でなければ、他人から拒絶されるリスクを踏まえてまでも、何らかの陰謀論と見なされる主張を広めるからには、何らかの確固とした理由を内心に有していると考えるべきであろう。

いったん何事かを人々に伝えるべきと決心した者が危険を考慮するとき、分かりやすい嘘が採用されることがある。宗教者が神秘的存在に託して突拍子もないことを語ることがあるのは、情報提供者である信者の安全を確保しつつ、伝えるべき真実を人々に対して伝達するためであろう。陰謀論を取扱うジャーナリストは、陰謀論者とのレッテルを逆手に取り、権力にとって都合の悪い真実を伝達することができるようになる。トンデモとのレッテルは、いわば、その代償であるととらえることもできる。

ジャーナリストや宗教家に冠せられる陰謀論者=トンデモというレッテルは、真実を知っていると考える情報源がその一次情報を流通させたいと考えるとき、情報提供先としてそれらのジャーナリストや宗教家を優先的に選択する、という結果をも派生させるであろう。人は、あまりにも分かりやすい嘘に対して、典型的な反応を示す。全人格に対する評価を低下させるか、または、個別の命題のみに対しては「嘘吐いてるのか、騙されているんだな~」と思うのか、という二項的な反応である。あまりにも嘘だけで構成された言説を世に問う人物に対しては、人は警戒するであろうが、いったん信用できるとみなされた人物や組織は、一定以上の正しさを維持し続けている限りは、それなりに信用され続けるのである(。このことは、社会心理学や数理社会学の教科書レベルの話である)。こうしたとき、「分かりやすい嘘」を除き、特定分野について全ての内容が正しい言説を提示している「陰謀論者」を、他人はどのように解釈するであろうか。ある情報源にとって、彼または彼女が安全に情報を取り扱うことのできる「ルールを知る」人物に映る可能性は、十分に存在するのである。

トンデモとのラベリングを逆用するという知恵に示されるように、一般に人が考えるほど、陰謀論を取り扱う者たちの全員が正統的な議論のルールに通暁していないわけではない。この事実は、ケネディ大統領の暗殺についてのウォーレン委員会報告書を信用していない人たちに対抗すべく作成されたCIAメモ1035-960(リンク)によって、逆説的に明らかになる。同メモは、陰謀論者に対するレッテル貼りの嚆矢とみなされてきた(が、現在では、この語によるラベリングの実例が1870年の医学誌にも見られることを、Robert Blaskiewicz氏が報告している。リンクいる。同メモは、同報告書に疑義を呈する著書等に対しては、適用可能であるならば、政治的な意図を有していたり利益関係を有していたりすることを、書評等によって摘示せよと指示している(1b(ii), (iii))。同メモが、事実関係や論理上の不備等を指摘するのみならず、明確に議論のルールを逸脱することをも容認していることは、目的達成のためには正当な批評をも抑圧するという組織的な意思を表出したものと解釈しても良いであろう。論理と正当な調査によって批判が生じる余地がウォーレン報告書に存在することを、この報告書への批判を組織的に封じ込めるという目的を有する組織が認めているのである。

以上のように、宇宙人といった「分かりやすい嘘」に対する陰謀論者の態度を理解すると、陰謀論の読者には、個別の命題の是非を判断できるだけの学識が求められることが理解できる。もとより、諜報の世界では、基本的には真実を述べ、語りたくないことは語らなくとも良いが、偽情報を流布することは忌避されており、偽情報にはそれだけのリスクが伴うと解釈されているようである。実際のところ、アメリカ国内において、ケネディ大統領暗殺事件に対する疑問が今も呈され続けるのは、ウォーレン委員会報告書が嘘だとすれば、アメリカ国民の共有するはずの理念(、たとえば、正義が執行されなければならない、など)に明白に反することであるからであろう。ここで見たように、民間人の「分かりやすい嘘」でさえ、一般人が思うよりも複雑な機能を有している。政府トップの吐き続ける数々の嘘は、どのようなバタフライ・エフェクトを生じるのであろうか。

近年の日本のように、今後の社会の見通しが不透明さを増す一方である国においては、なおのこと、一見正当に見える大本営発表の嘘を見抜くだけではなく、陰謀論として括られた言説の中に正当な議論が紛れていることを理解する必要がある。なお、大本営発表とは、陰謀論者にとっても、国益を考える者にとっても、核心的な考えである。そこでの基本的な考え方は、マスメディアの金主が誰であるか、を考えることから始まる。

陰謀論と呼ばれる種類の言説の中には、穿った見方をすれば、組織的な目的の下に流布されているもの、より保守的な見方をすれば、特定の組織の目的の妨げとならないか、その目的を結果的に補助することになるもの、も多く含まれる。それゆえ、読者である私たちには、正確な知識を会得するために、十分な注意を払いつつ、話者の主張を命題ごとに吟味することが求められる。従来に見られる陰謀論(とされる主張)の多くは、旧連合国のうちの西側諸国に対して政治的な利益を毀損する内容を含むものであり、それゆえ、一部に指摘されるように、それ以外の国の政治的利益を反映しているとみなしても良い部分がある。他方、先のCIAメモ1035-960に当たれば分かるように、そのような言説(に対抗する言説)は、それらの国の専売特許というわけではなく、通常の国家であれば、一定の目的のために任務として遂行しているものでもある、と考えるべきである。

#文章のこなれていない感じがぬぐえないが、手習いでもあるので、公開してしまうことにした。




平成28(2016)年1月17日追記

『国際秘密力研究』というブログの主人の「菊池」氏は、日本における権力構造の維持に荷担する言論者たちを、思想体系およびその体系を代表する組織名から、左翼(親共産主義)、大本教(反米ワンワールド)、統一協会(親米ワンワールド)の三系統に分け、それらの集団がウロボロスの輪の如きに三すくみとなる言論の輪を作り上げているという構図を提示している。

しかし同時に、「菊池」氏は、次のように記している。

どのような人物の言説評価も部分部分で評価すべきであって、一つの優れた言説を主張したからと言って、他の主張まで妥当だとは限らない

大本教と戦前右翼勢力の関係から見るNWO勢力の両建構造 : 国際秘密力研究
http://kokuhiken.exblog.jp/25029599/

私には、上掲の構図そのものについて言及するだけの十分な蓄積がないがゆえに、この結論に至ることに対して同意できない(=私には、事の真偽を正しく判断できるだけの蓄積がない。また、上記の三すくみのような構図が存在すること自体に対しては賛同できるものの、現在でも上掲のラベリングが正しいか否かについては、慎重な判断を必要とするのではないかと考える。)ものの、上掲の引用部分については、陰謀論における多くの言説のとらえ方として、正しいことであると同意できる。それぞれの組織にはそれぞれの目的があり、個別の問題(イシュー)については、それぞれの目的に沿う結論を採用しているとまでは、想像できることである。なお、念のため申し添えておくと、私は、上掲の三種の組織のいずれにも属す者ではない。

なお、「菊池」氏の記述は、長いものであり、その論理に破綻を見出すことはできないものの、段落読みできない構造であるために、今回指摘した記述の存在することに気付くまでに時間を有してしまった。この見逃し自体は、私のケアレスミスではある。ただ、どの学問分野においても、記述の形式という形式上の問題は、学問上の成熟度を表す指標でもある。この点を謙虚にふまえると、(日本の)陰謀論研究は、日本国という社会集団のサバイバルのためにも、学問上の裏付けをまだまだ必要としていたが、その前に破綻に直面するに至ったというところなのであろう。

段落読みできないという点では、篠田雄次郎氏の『テンプル騎士団』(1976=2014, 講談社)も同様である。ただし、同書は、著者の経歴を割り引く必要は認められるものの、現今の陰謀論が対象とする内容を研究者が真面目に取り扱った研究書であり、篠田氏の見た「物語」を理解する上では大変に面白い書籍である。特に、西洋社会における企業という組織及び活動の原型をテンプル騎士団に見出すところは、慧眼だと思う。ただし、参考文献名は巻末に示してあるものの、引用や注はすべて割愛してあるため、参考文献などから篠田氏の(おそらく真実を衝いた)見方に至るまでの再現性の確保という点では、難が残ることも確かである。

#私は、文系の研究であろうとも、おおむね同一の参考文献を用いた場合、著者のオリジナリティに係る部分はともかく、そうでない部分については、かなり安定した読みの結果を得られるものと考える。いわゆるBLものを題材に考えてみるのが分かりやすい。A×BとB×Aは、そのような題材を好みとする読者にとって、大いに異なる結果を表す。A×BとB×Aの違いは、著者のオリジナリティに起因するところが大であろう。しかし他方で、多くのA×Bの作品同士を比較すると、それが異なる作者によるものであっても、何らかの共通性やこの結論に至る共通の構造が強く認められるということになるであろう、と考えるのである。同じような材料を同じように扱えば、かなり同じような結果を得る、と考えているのである。このことは、陰謀論にも該当するものと考えているのである。




平成28(2016)年8月3日追記・訂正

本文中における、陰謀論という語の用法の嚆矢と見なされる事例についての情報を更新した。

この種の分野を科学的に扱おうとする場合において、重要であることは、情報が後段になってアップデートされるか否か、どの部分がどのようにアップデートされたのかが分かることである。人間の営みには、ミスが伴いがちであるから、アップデートすべき状態となった原因も、できれば後追いする者が把握できた方が良い。単なる正誤表ではなく、コンテンツのアップデートも必要である。

今回のアップデートは、ゆるゆると進めている、陰謀論と呼ばれる分野に係る学術的な知識の集積を図る作業の一環に伴い、実施されたものである。今後もゆるゆると進める予定である。なお、この作業は、私としては、わざと避けていたことを明言しておく。その理由については、今後、多少の順序を立てつつ、説明することとしたい。




平成29(2017)年5月29日追記・訂正

レイアウトの修正とともに、一部の情報を追記した。本ブログを通して読まれる奇特な方であれば、本稿における主要な批判は、『と学会』のような表層的な理解に向けられていることを了解できることであろう。また、カルト宗教がこの種の異端思想を悪用することが事実であるとはいえ、読者は、この異端思想の正否を括弧に入れてカルト宗教を批判することが必要であることをも了解できよう。

2016年1月13日水曜日

福島第一原発の汚染水は蒸発しているものと懸念される

 湯気が出ているかに見える空中写真は、英国のThe Guardian紙が良く報じている。そのソースが他の通信社や企業であることから、同紙が日常的な関心の下に調査報道を進めているものと推定される。同紙に掲載された写真などは、回り回って、日本のブロガーの中でも、必ずしも良い噂を聞かない面々などに引用されたりもする。それらのブロガーが画像を引用する場合、日時についての誤記(誤解)が見られたりもするところがポイントである。

asahi.com(朝日新聞社):水素爆発後の写真、米衛星が撮影 福島原発3号機 - 東日本大震災
(2011年3月15日)
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103150079.html

Fukushima plant severity raised to Three Mile Island level - AJW by The Asahi Shimbun
(2011年3月18日)
http://ajw.asahi.com/article/0311disaster/fukushima/AJ201103183059
#ここでの写真は、2011年11月22日記事(リンク)にも再掲。
#写真はデジタルイメージ社。この写真が良く孫引きされる。

Fukushima Daiichi begins pumping groundwater into Pacific | Environment | The Guardian
(2014年5月21日)
http://www.theguardian.com/environment/2014/may/21/fukushima-groundwater-pacific-nuclear-power-plant
#AP通信。海側から撮影。手前の海側上空に靄のようなものが見える。

In delicate operation, 20-ton object removed from Fukushima fuel pool:The Asahi Shimbun Digital
(2015年8月2日)
http://www.asahi.com/english/articles/AJ201508020026.html
#写真は、Tatsuya Shimada氏による。細かい水粒子からなる湯気のようなものが見える。明確に海霧ではない。通常、夏場の晴の日であれば、霧は朝の早いうちに消える。写真の影から、午前中であるが、計測が不要である程度は朝ではないことが見て取れる。

Radioactivity level rises 4,000-fold in duct water at Fukushima plant:The Asahi Shimbun Digital
(2015年12月11日)
http://www.asahi.com/english/articles/AJ201512110041.html

#写真は、朝日新聞による。陸側からの鳥瞰。靄のようなものが奥(上方)に見える。望遠写真によるときのヘイズではないように見えるが、窓越しの撮影であることが影響した可能性もある。



 しかしながら、困ったことは、結局のところ、一見デマとも見える陰謀論者の懸念が日本語マスコミの大本営発表よりも、事態の推移を的確に予測していることである。その傍証はいくつかあるのだが、誰もが納得できるだけの「証拠」に仕上げていくためには、それなりの準備が必要である※1
 
<減るどころか増えた汚染水地獄>海側の遮水壁を閉じてから何百トンと汲み上げて建屋に戻す毎日。このまま放っておいたら遮水壁が海側に倒れちゃう!?1/4東京電力会見(文字起こし)  - みんな楽しくHappy♡がいい♪
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-4517.html

 上記ブログの文字おこしを信用すれば、汚染水の取水量が一定しないこと、取水時には600トン(600立方メートルとすれば一辺8.43メートルの立方体)を汲み上げているという。汲み上げられないときには、溶融した燃料が熱源となって(冷却・汚染)水を蒸発させていると見ることは、さほど無理のない理解である。第一、冷温停止状態とは、必ずしも溶融した燃料の温度が気温や水温と同程度であることを意味するものではない。

 溶融した燃料の熱により、汚染水の一部は蒸発していると見た方が良い。人工温泉のようなものが生成されているということは、国内外から多く指摘されていることである。AP通信やガーディアン紙の調査報道も、溶融燃料の状態への興味から進められたものである。私も前年に示唆した(リンク)が、RTのドローンを用いた除染用のフレコンバッグについての空撮映像も、福島第一原発の状況に対する懸念を婉曲的に提示する意図から報道されたものであろう。

 多くの現象が、福島第一原発事故が明らかにコントロール下にないことを示している。


※1 その構想はあるのだが、昨夏からの宿題として持ち越してしまっている。これは、単に私のサボり癖によるものであり、ほかにさしたる理由はない。頑張ろうっと(嘘)。

的確な資源配分における情報の重要性

 最近、ほかの人(リンク)や私の自宅周り(リンク)でのサイレン音の回数について記してきた。サイレン音の回数から救急搬送件数(率)をフェルミ推定することを考えるような陰謀論者がいるとは思えないので、これこそニッチと思って記している。これが何の役に立つかといえば、知的訓練くらいにしかならないと思われるだろうか。そんなことはなく、ここでの推定方法は、情報(化)社会以前の時代には、かなりの威力を発揮する考え方である。

 いつの時代でも、資源を的確に配分するためには(、あるいは資源を他者から搾取するためにも)、情報が鍵となってきた。過去の戦場において高所が重要であった理由に思いを馳せてみると、高所の方が視界が開けるから、という答えに簡単に辿り着くことができる。弓矢や投石器などが位置エネルギーを着弾時に運動エネルギーに転換できて(飛距離や威力が伸びるので)有利だから、というのも随分と正しい答えであるが、戦況の把握の方がより重要だと、私は勝手に思っている。クセノフォン『キュロスの教育』を読んでいると、ランチェスターの第二法則(損害比は戦力比の二乗に比例)に気付いているかのような表現にも行き当たる※1ので、情報に基づいて軍勢を集中することは、おそらく、相当の昔から経験的に理解されてきたことのようにも思われる。情報という点に注目すれば、高所の方が「自分たち(の軍勢)が自身を(丘などの向こうに)隠しつつ、相手を観察することが可能になる」という理由もある。

 情報がない中で状況を把握するという作業は、隠されがちな事象である「犯罪」を考察する上で、必要なものである。ミシェル・フーコーが指摘した「人の生命を管理する政治」=生・権力の基盤が統計にあることは、日本語の研究でも多く指摘されてきたことである。ゆえに、先進諸国であることを示す徴表として、統計の整備状況を挙げることができる。実際、犯罪統計のうち一般市民の興味を引くものは、「被害の認知」であろうが、非先進国では、犯人の検挙及び収監に係る統計だけが整備されていることが多い。開発が進めば、通常ならば、この状況は改善される。この状況は、外形的に見れば、市民の側の要請にも一定の配慮がなされたものと言える※2

 福島第一原発事故による今後の数年間の影響を見通すためには、ある程度の信頼がおける情報が必要である。金融市場で儲けを出すには、いつ、というタイミングが重要なのだという※3。私にGoogle様がこのようなウェブ広告をヘビーローテーションで割り振ってくるのだが、広告の指摘は、まあ正しいように思う。いつ、というタイミングを知る上での情報が必要なのは、事故の影響を見通す上で必要なことである。

 現場が統計を取れなくなるという事態は、早晩生じるだろう。しかし、わが国が先進国として実際的に機能しなくなったにもかかわらず、現場が統計を捏造しつつ、実務を頑張り続けるという事態は、特に、太平洋戦争時の南方戦線を参照する限りでは、絶対に生じる事態であると断言できる。山本七平の指摘した「員数主義」の再現である。現場(兵隊)が優秀過ぎるのも、全滅を避ける上では重要なことである。

 日本人の多くの(私や「1%」はそうではないが)職業に対する責任感の強さをふまえれば、ギブアップすべきタイミングを計り、悪い知らせを海外に報じることは、現在進行形で必要な作業である。ただ、私がギブアップサインを出しても、ま~たお前かとなるという問題も存在するように、誰がそのような話を伝えるのかは、政体のトップが平気で嘘を吐くことが許容されるわが国では、非常に大事な話である。ただ、綻びが至る所に見られるようになると、いかな統制の効いた状態のマスコミであろうと、上手の手から水が漏るということは十分にあり得ることである。マスコミの報じたニュースが思わぬ形で、ギブアップするきっかけを生じるかもしれない。

※1 第二巻、松本仁助訳, 京都大学学術出版会, 2004.だと、p.69。

※2 わが国は、市民革命を経ていないと良く指摘されるが、統計の作成においても、ディテールには、その指摘が良く適合する特徴が良く表れている。市民が自律的に規律訓練するためのツールとして統計が参照されている、という趣旨のことをイアン・ハッキング氏は述べている。他方、日本では、自分たちがより良く統治されるために統計を利用して社会を把握するという哲学は、さほど一般化されたものとはなっていない。このようなユーザ意識の成熟抜きに多種の統計が整備された事情については、ある程度の先行研究が学術横断的に散在しているようだということだけ、おぼろげながら知っている。この話は、機会があれば、まとめることに挑戦したい。

※3 しかしながら、私は、テクニカル分析を有用性のある方法だと思いつつも、邪道だと思っている。ファンダメンタルで儲けるのが筋だろうに、と思っている。というのも、テクニカル分析には、株式市場を賭博場としか見ていない無思想性が透けて見えるからだ。これは、もちろん、私の主観に過ぎない。

テレビを見ていたらサイレン音は自宅に80dBで届かないと聞こえないだろう

 千葉県北西部在住の人が1ヶ月間に50回の(救急車の)サイレンを聞いたという話を検討した(リンク)が、一部情報を更新してみるための材料をメモしておく。

 井上 恵子氏の『All About』のガイド「マンションの騒音はどこまで許されるのか(リンク)」には、東京都のウェブサイトを引用する形で、生活音の程度が示されていた。テレビの音圧が57~72dBとある。

 テレビを点けて家の中にいたら、壁やサッシを透過することがほとんどであろうから、サイレン音の聞こえる距離は、数百メートル程度にまで低下するだろう。自宅外壁に50dBで到達したサイレン音は、まず確実に聞こえないだろう。80dBで到達したなら、気付くかもしれないという程度である。



※ サイレン音は970Hz~760Hz、ただし相対的な走行速度により周波数が変わるであろう。
サッシ遮音性能についてのJIS A4706及びA4702等級曲線から遮音性能を求めると25dB。

建物性能の基礎知識/遮音性能
http://www.house-support.net/seinou/oto.htm

ヘタのモノ好き - 救急車サイレン音の研究
http://www1.bbiq.jp/toshitin/ambulance-siren.html

生活騒音|東京都環境局 大気・騒音・振動・悪臭対策
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/air/noise_vibration/daily_life_noises.html

2016年1月11日月曜日

古歩道ベンジャミン氏が麻薬王の自白を報じた件

 本日(2015年1月11日)、古歩道ベンジャミン氏が興味深いニュースを多く報じているが、そのうちの2本に注目したい。

Weekly geo-political news and analysis(日本語版、有料)
http://benjaminfulford.jp/%E2%97%86%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E9%87%91%E8%9E%8D%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%8C%E5%8A%A0%E9%80%9F%E3%80%81%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E5%B8%82%E5%A0%B4%E3%81%AE%E6%9A%B4%E8%90%BD%E3%81%8C%E5%A7%8B%E3%81%BE%E3%81%A3/


一本目の気になるニュースは、今年(2015年)1月8日のホアキン・グスマン氏(別名:麻薬王エル・チャポ)の身柄拘束に関連してのニュースである。グスマン氏の逮捕は、本日の夕方のテレビのニュースでも報道されていたようなので、この事実自体をガセと断じる人はいないであろう。古歩道氏の面目躍如たるところは、
ペンタゴン筋によると、グスマンは既にブッシュ一族の国際麻薬ビジネスについても白状しているという。皆が待ちくたびれているであろうブッシュ一族の逮捕劇にも、ようやく現実味が帯びてきた模様だ。
と報じていることである。実際、この「国際麻薬ビジネス」については、ブッシュ一族の誰かが「国際麻薬ビジネス」に関与していても矛盾を生じない事実が多く見られる。ナショナル・ジオグラフィック・チャンネルの番組である『世界何でもデータブック「犯罪ビジネス」』(日本放送時間 2015/11/28(土)19:00~ 原題 National Geographic: The Big Picture with Kal Penn, Crime Inc.)の構成を借りて、マリファナ、覚醒剤、コカイン、ヘロインの4種について、専門家らしからぬ適当さで基本を抑えておこう。オープンソースから構成されているが、出典表記もなしで申し訳ない。私の頭の中の整理用なので。後日、拡充するかも知れない。

  • マリファナ
    • 大麻。個人で簡単に栽培可能。
    • 温熱帯で育生するので、個人栽培の場合に電力消費が大きい。
    • カリフォルニア州等では医療用に許可。レクリエーション用も(2015年1月13日追記、リンク)。オランダでは監督が厳しいが合法。主流は小規模の栽培・小売ビジネスも存在。
    • 組織的なビジネスも存在するが、自家消費の方が主流とみて良いだろう。
    • 流行という点では良く分からない。合法化された部分を除けば、把握も難しいだろう。
  • 覚醒剤
    • 薬品。アメリカ国内なら、現実的な方法として、ある処方薬から精製可能。
    • 精製時に異臭。
    • 自家製造・消費も可能だが、組織的な製造・流通・販売が主流。原料の製造・入手と精製時の異臭のため。
    • 主なルートは中国(原料)→中国・北朝鮮(精製)→他国と言われる。中国国内における精製は、量刑の苛烈さゆえに見送られがち。
    • アッパー系。90年代後半以降、アメリカでは伸びてきているとか。
  • コカイン
    • コカを精製。栽培は高地で痩せていても可能。
    • 栽培は小作人によるが、組織的に生産・流通・販売される。精製作業に一部薬品が必要でもあるため。
    • 主なルートはコロンビア→中南米諸国、特にメキシコ→アメリカ等の他国。
    • アッパー系。でも覚醒剤にとって変わられつつあるとか。
  • ヘロイン
    • ケシからアヘン、アヘンから精製。
    • 栽培は小作人によるが、精製時に薬品が必要であり、組織的な製造・流通・販売が主流。
    • 主なルートは、アフガニスタンや黄金の三角地帯(タイ・ラオス・ミャンマー)→?→アメリカ等他国。
    • ダウナー系。最近廃れつつあったとか、復権しつつあるとか。
ヘロインの製造は、2014年、UNODC(国連薬物犯罪事務所)の発表を受けたAFP通信の報道によると、もっぱらアフガニスタンのシェアが80%で当然トップという。往時の主要な生産地の一つであった、黄金の三角地帯については、近年開発が進み、別の産業による生計維持が現実的なものとなりつつあるためでもあると思われる(それは、世界の大半の人々にとって良いことである)。

アヘン原料のケシ栽培面積、アフガニスタンで過去最大 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News
2014年11月12日 20:51
http://www.afpbb.com/articles/-/3031594 
国連薬物犯罪事務所(UNODC)は(#2014年11月)12日、アヘンやヘロインの原料となるケシの作付面積が、アフガニスタンで今年過去最大に達したと発表した。
 UNODCの報告書によると、2014年のアフガニスタンのケシ作付面積は前年比7%増の22万4000ヘクタールとなっている。ヘロインの主原料であるアヘンの生産量は、前年比17%増の6400トンに達すると見込まれている。
(...略...)現在、世界のアヘンの80%はアフガニスタンで生産されている。(...略...)

 つまり、ケシ栽培が従来以上に盛んになったのは、アメリカ軍によるアフガニスタン侵攻後、占領・駐留の時期を通じてということになる。ブッシュファミリーがヘロインビジネスに関与していようがいまいが、政治上の責任は免れないということである。なお、ソビエト連邦のアフガニスタン侵攻時には、ケシ栽培がムジャヒディーン(当時の「聖戦士」)の資金源となったとされる。この構図は、ISILの資金源が石油であるのと同形である。

 コカインについては、コロンビア(大統領)などとの交流関係などから、パパブッシュの関与が深いことが指摘されている。コカイン中毒の問題は、パパブッシュが(大統領在任時を含む)政府高官であった時期を通じて、一番酷い状況にあった。

 覚醒剤については、ブッシュ(ジュニア)の時代に北朝鮮由来の流通ルートが確立されたことになるが、わが国のメディアでは、十分に報道されてはいないようだ。

 結局、個人栽培可能とされるマリファナを除けば、ヘロイン、コカイン、覚醒剤というように、ブッシュファミリーの政策がアメリカ国内における違法薬物問題の抑止に役立たなかったことは、事実である。言い換えると、古歩道氏の報道以前に、積極的な関与についてはともかく、ブッシュファミリーの違法薬物対策に対する消極的な関与(不作為)を指摘し、政治的な責任であれば十分に問えることは、事実なのである。

 以上の理解があると、従来の(アメリカ国内の)違法薬物問題に対する犯罪学上の理解も、相当程度、転換せざるを得ないことになる。私が陰謀論に注目するのは、これが理由のひとつなのである。


二本目のニュースは、
ある裁判に関連してイギリスの検察が「日本の311が核テロであったことを示す詳しい資料 」 の一式を1月19日に法廷で公開することが決まった。英国諜報機関MI6筋は、「その裁判の後には、日本でも311テロに加担した売国奴たちのパージが始まる」と伝えている。
というものである。これは、一体どういうことだろうか(棒)。共産党の吉井英勝衆議院議員の質問により、福島第一原発の脆弱性の低さが周知されていた(リンク)わけだが、同原発が地震・津波に襲われたときに事故を起こすよう、東京電力に任せっぱなしにしたということなのか。それとも、最悪の場合には、巷の陰謀論がいうように、核爆弾により、崩落を人為的に発生させたということなのか。日本人が関与していなければ、地震までもが完全に人為的なものであるということにはならないだろう。

 1月19日に注目することにしよう。どういうレベルで報道されることになるのだろうか。

 なお、人工地震説は、巷間指摘されている内容の多くにおいては、かなり多くの「日本」の名を冠した組織に所属する「日本人」の関与を前提とするものである。そのような売国奴の「日本人」が、日本国内で逃げおおせているとすれば、本来の意味での右翼なら放置できないような、信じがたい話ではある。



 ところで、「地震の原因」そのものではなく、「地震の揺れ方」ならびに「揺れの影響」に限定して注目するという態度も、「あり」である。なぜなら、貞観地震のように、まったくの自然による地震で同クラスの被害が生じることが確実であることが、すでに分かっているためである。「揺れの原因」と「地上での揺れ方」の切り分けは、特定の地震の原因をカッコに入れる役割を果たす。被害想定は、陰謀論とは(何ら)関わりのない分野であるが、「地震の起こり方」と「地震波の伝わり方」との複雑な関係を省略するために、特定の「揺れ」を前提とすることにより、その結果として、「揺れの原因」と「ある地域での揺れ方」との切り分けを実現している。一応のところ、揺れの原因は、断層型地震と大陸型地震の二通りに分けられているが、その検討は程々にしておいて、揺れによる人工物への影響から検討を開始するという態度は、要素還元論的な方法と呼べるものであり、デカルト式の科学の王道である。

 このような問題を切り分ける態度は、陰謀論を認める余地を残しつつも、物事を正確に見るための方法のひとつともなる。ある部分をブラックボックス化しても問題ないときには、そうしてみるのも一つの方法ではある。その一例として、「麻薬ビジネスの詳細なメカニズム」をカッコに入れてみる。すると、「ブッシュ親子政権による外交」と「麻薬ビジネスの国際的な潮流」が大きく見れば共変していることに気付くはずである。ここからが問題であるが、共変しているからと言って、一方が他方の原因というわけでは、まったくない。こうした共変関係は、偶々生じたかも知れない。ただ、ブッシュ親子政権下では、四大薬物のうち、三種までもの流行状況が彼らの政策に多分に影響されているのである。偶然は、何度も続かないので、偶然と言うのである。

サイレンの音が50回聞こえたという書込みから救急搬送件数を推定すると1927人程度となる

#すでに、私が隠れて、仮名で一風変わった?問題含みの書き込みをしていることは、知る人には知られたことである。「私に一定のリスクがあるにしても、国民が知るべきことを知らせる」 必要性を私も弁えているので、ここに、一般人でも仮名と実名とのリンクを確立できる材料を加える次第である。

ますます深刻化する健康被害 (5) 魑魅魍魎男
http://www.asyura2.com/15/genpatu44/msg/664.html

低気温のエクスタシーbyはなゆー: 千葉県北西部の住人「自宅から聞こえる救急車サイレンの頻度が高い」
http://alcyone-sapporo.blogspot.jp/2016/01/blog-post_43.html


 福島第一原発事故に伴うかなりの汚染が認められる千葉県北西部にお住まいの書込み主が、サイレンの音が12月中に50回聞こえたという書込みを検討しよう。上記ブログも2ちゃん系のサイトからの転載であると認められるが、そのソースを検索する作業は省略しよう。
千葉県北西部地方に在住。12月中に自宅から聞こえる救急車のサイレンを数えた所、50回を超えました。
この書込みから的確に状況を推定する場合、最も影響力の高いパラメータは、在宅・起床中の時間帯となるだろう。次いで、書込主の住所とサイレンの可聴範囲が問題となろう。ミクロスケールで、サイレン音が聞こえた回数を推計するのは、かなり大変なことである。前回記事(リンク)では、私自身の環境について十分なパラメータが揃っていたので、この点についてはそれなりに正確な数値を利用できたわけだが、それでも、推計が大掴みに過ぎたことは、前回記事を参照すれば、十分に納得できるはずである。

(1) 2014年の総務省消防庁公表の救急搬送件数を、2014年1月月初の全国の推計人口で割ると、
(5984921/127234652)=0.047038451[搬送件数/(年・人)]

(2) 柏市の平成26年中の救急搬送件数を平成26年の年初の人口で割ると、
(17278/406686)=0.042484865[搬送件数/(年・人)]

(3) ツイート主()の住所が柏市(人口41万)内の1軒しかない指定医療機関の直近だと勝手に仮定して、ツイート主が24時間起きていて、すべてのサイレンを聞いてしまっていると仮定して、その回数に365日を乗じると、
(50/411613)*365=0.044337764[搬送件数/(年・人)]

 (1)や(2)は、統計のユーザにとって、調整の余地のない数値である。これらの数値が改竄されているという考え方もありうるが、そう仮定すると、状況把握のための足がかりを失うことになる。ここでの作業が意味を失うことにもなる。もちろん、行政が人員不足などから機能を喪失してしまったときには、統計を当てにすることはできなくなる。(そのときには、首都圏の多くの人々の日常生活も、影響を受けているだろう。)

 (3)は、50回という回数を1日内に聞いたものと仮定するという条件を除き、最大限、保守的な仮定の下に立てている。(3)の数値を減少させている要因として、ツイート主の住まいが救急病院が離れている、聞き逃しがある、従来なら軽傷者も搬送されていたところが搬送手段が別の手段になっている(タクシーや自家用車など)、手遅れの患者が増加している、ツイート主が夜中を通して起きていない、救急隊の活動上限に達している、などの要因が考えられる。

 (3)の推計結果を、書込みの内容に対して、より忠実なものとなるよう、更新してみよう。書込み主の生活時間帯が最も影響の大きな要素となる。毎日19時帰宅、24時就寝、7時起床、8時外出、また夜間は昼間の倍の急患が生じるという仮定を置き、誤差を考慮しなければ、夜間の一日あたり急患数をxとして、

31 * ((5/12) * x + (1/12) * (1/2) * x) = 50
x = (50/31) / ((5/12) + (1/12) * (1/2)) = 3.519062[搬送件数/(夜間・日)]
x * (3/2) * 365 = 1926.686[搬送件数/年]

と求められる。

 結果としては、年間に直すと、書込み主に把握された救急搬送件数は、同様のペースで推移したとしても、1927人程度である。この数値は、先の検討結果からすれば、また平成26年の実績である17278人という数値から見ても、随分と小さな推計結果である。どういう環境下(住所とサイレン音の可聴範囲)でこのような数値を得たのか、ということがさらなる推計の障害となるだろう。昨年はこうでなかった、との表記もあるが、人の記憶は、この点、なかなか頼りにならない。メモでも付けてあったのなら、少しは推計の足しにはなるのだが、一般人にそれを求めることは、無茶振りだと言えよう。

補足

計算式は分かりやすさを優先したが、Excelなり他の計算ソフトウェアなりの計算アルゴリズムにより、さほど大きな影響を受けることはないだろう。

リンク

柏市統計書(平成26年版)
http://fdk.city.kashiwa.lg.jp/documents/0000001174.pdf

1月1日現在の常住人口を公表します[人口] - 柏市役所
http://www.city.kashiwa.lg.jp/soshiki/020800/p030012.html

消防統計(柏市消防局、平成26年)
http://fdk.city.kashiwa.lg.jp/0000000008.shtml

人口推計(総務省統計局)
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/Xlsdl.do?sinfid=000031351477