2016年7月18日月曜日

凍土壁というアイデア自体がデブリの所在を示唆するものである

#今回も、今更の感が強い話である。このブログでは注目されているはずの、新規性の高い、参議院選挙の得票率の伸びについての話を一週間経っても出せないのは、ご愛敬である。私の低レベルの泥縄シミュレーションでは、結果は出るが、時間を要するのである。

支援機構が初めて「石棺」に言及・・・でもその可能性を考えてなかったのって、ちょっとおかしくないですか? - Togetterまとめ
http://togetter.com/li/999641
#まとめ主は、木野龍逸氏(@kinoryuichi)本人。

凍土壁に関するトピックス:朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/topics/word/%E5%87%8D%E5%9C%9F%E5%A3%81.html
#「凍土壁」の語の解説が朝日新聞に掲載されたのは、2014年06月03日朝刊。


ジャーナリストの木野龍逸氏が上掲リンクのように、原子力損害賠償・廃炉等支援機構(以下、支援機構)が初めて「石棺」に言及したとツイートしている。しかしそもそも、『技術戦略プラン2016』(略称、日本語のみ、リンク)は、嘘に嘘を重ねた文書であって、凍土壁を考案した時点で、凍土壁を考案した関係者も、メルトスルーしていたことに気付いていたのではなかったか。このような考え方に、遅まきながら、私は至っている。建屋内というより、地中に落ち込んだデブリの処理が念頭にあったからこそ、地下水を凍土壁で止めるという、部外者には俄に理解し難い方法を考案できたのであろう。実際のところ、デブリが地中に落ち込むほどの高温であるならば、鉄筋コンクリート等で止水壁や止水底を建設したとしても、穴を空けられてしまっていたであろう。

なお、『技術戦略プラン2016』は、期待される機能を発揮していない海側遮水壁には言及せず、「陸側遮水壁(凍土壁)を設置して建屋に近づく地下水自体を減らす重層的な対策も施している。」(4-22ページ)として、凍らせることができた部分については、凍土壁を肯定している。このような表現は、同文書が行政文書であって技術文書ではないことを示す証拠の一つである。プランの筆者は、海側凍土壁に係る現実を省略し、高温の物体が地中に存在することが示唆されることを上手に避けたつもりなのであろう。しかし、同プランは、言うまでもなく、全体を概観するための文書としては落第である。

私より頭の回転の早い人や組織なら、凍土壁を考案しているという報道に接した途端に、「彼らもデブリが地中にあると考えているな」と理解できていたのであろう。頭の固いことを自ら認めることになるので癪ではあるが、当時の私は、高温のデブリがメルトスルーしたという概念を、凍土壁というアイデアの披瀝に係るニュースと明確に関連付けて考えることができていなかった。今回、この考え方を応用するなら、「一部帰還を政府が進める現在、なぜ、支援機構は、否定的な形にであれ、石棺方式に対して、初めて言及したのであろうか」と考えることが、福島第一原発事故の現状を考える上での一つのヒントになるのであろう。

『技術戦略プラン2016』が石棺化に言及した背景事情は、同プランがデブリを封じ込める方法について、「中期的リスクの低減と長期的リスクの低減」などと整理していることとは逆に、短期的な観点に立つものでしかない。チェルノブイリ原発事故後の関係三か国の人口減少の程度(人口の4分の1程度)を考慮するなら、いくら何でも、10年後のわが国において、少子高齢化や「多死社会」だけに人口減少の原因を求めることは、無理がある。私も同様ではあるが、わが国の政体が生き残っているかさえ、怪しいところである。「石棺化は機能しませんが、我々の方法は、冷温停止を実現しているので安全です」というアピールは、現在でも信憑性がないが、人口減少の原因が福島第一原発事故にあることが誰にも否定出来なくなった近未来においては、憎まれるレベルのものでしかないであろう。近い将来でさえ通用しないであろうことが明白な、関係者全員の連帯責任が問われかねない行政文書に、一体、どのような役割が期待されているのかと考えることは、このプランに隠された意図を探ることにつながると思われる。その理由は、わが国の官僚制度が組織の危機においてさえ焼け太りするものであるという基本路線と合わせて考えてみると、ある程度読めるものである。

支援機構がこのような稚拙な「プラン」を公表した理由は、放射性廃棄物の最終処分であろう。石棺化を否定しつつ(=つまり最終処分地としてのライバルでもあるウクライナが採用している方法の好適性を否定しつつ)、わが国独自の方法により、現状では封じ込めが達成できているかのように主張すること(『技術戦略プラン2016』4-1ページ)は、「厳格に管理するので、最終処分施設の建設・管理も安全・安心です」という近い将来におけるアピールに転化できる。国内で話をいったん通してしまえば、後は国際社会に対してはヘイコラしつつ、「国際的に」形成されている利権を固守するだけである。日本語でのみ「プラン」が示され、「Special Advisors」の選考過程も利益相反も不明であり、日本国民の生命及び健康ならびに財産が保護されていないという現状は、このような二枚舌の存在を否定するものではない。

しかしむしろ、福島第一原発事故後の対応における原子力工学関係者の失策続きの状態※1は、わが国を最終処分地とすることに対して懐疑心を覚えるに十分なものである。わが国という存在は、どう贔屓目にみても、現状、セキュリティ上の大穴にしかなっていない。にもかかわらず、五年後の今、なぜ、支援機構(の原子力関係者たち)は、特定人物の主張を想起させる立場へと転換するかのごとき動きを見せ始めたのであろうか。


※1 事故そのものに至る過程も、複数の失敗・失政の産物ではあるが、2011年3月23日あたりから現時点に至るまでの対応の方が、むしろ、わが国における非競争的分野の劣悪さの表れと見ることができる。このために、私は、日本的な組織(株式の所有割合ではなく、経営陣や従業員により作り出される企業文化が日本的=忖度によって動く組織)が最終処分を実施・管理することに対しては、懐疑的である。同時に、外国籍の企業や国連の共同統治に委託するという手段(いずれも、陰謀論業界界隈ではポピュラーな観測である)についても、具体的な内容を見なければ、単純に賛同することができない。担当者でも何でもないけれども、窮地に立たされた気分になっている。




平成28年7月19日追記

凍土壁というアイデア自体がデブリの所在についての関係者の認識を強く示唆するものであるという推測は、私にとって、かなり確度の高いものである。来るべき「東京裁判」において、被告側の弁論を通じて明確に否定されなければ、被告の有罪を認定する事実となるレベルのものである、と勝手に考えている。

一般人にどうにも理解し難い政策であるにもかかわらず、打ち出されたほかの政策のひとつに、最近、環境省により示された、放射性セシウム8000[Bq/kg]以下の除染廃棄物を公共事業に再利用できるとする基本方針がある(たとえば、毎日新聞2016年6月30日)。この方針は、従来、放射性物質汚染対処特措法に基づき、100[Bq/kg]超8000[Bq/kg]以下の物質の廃棄については、通常の廃棄物と同様で構わないものとしてきたことに加え、公共事業への転用を新たに認めたものである。この方針は、2011年11月のIAEAの視察報告書(リンク)の助言として(Executive Summary, Advice, Point.5, pp.4-5.)示されたものを適用したものである(環境省による和訳)。また、環境省に設置された「中間貯蔵除去土壌等の減容・再生利用技術開発戦略検討会」※は、除染時に生じた汚染土壌等の処理を福島県外で実施することを目的にしており(リンク)、平成36年度(2024年度)中には基盤技術を確立するという工程表(リンク)を示している。仮に、この方針が関東と東北地方の一部など、場所を限定して適用されるということであれば、現実に放射性セシウムによる土壌の汚染が同程度以上となる地域が広大であるという前提があるために、理解することは可能である(が、賛同はできない)。可能な限り、集積して管理するという方法が基本のはずである。

公共事業に除染土壌等を再利用する方針は、「国が、中間貯蔵開始後30年以内に、福島県外で最終処分を完了するために必要な措置を講ずる」(※検討会第1回議事録、リンク)と定めていることに発するものである。昨年(2015年)7月の第1回検討会の議事録によれば、この時点で、環境省の担当者から本方針に係る検討事項が示されている(同上)。

検討会における学識経験者の機能は、基本的には、環境省から提示された要件下で目的を達成するためにのみ、発揮されている。例外は、油井三和氏(国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構 福島研究開発部門 福島環境安全センター センター長)であり、農地への再利用という使途をオプションとして残すべきであると提言している。除染土壌等を福島県外で再利用するという国の方針に対して、基本的な疑義を呈する学識経験者は、第1回の議事録による限り、存在しない。検討会の性格を鑑みれば、この事実は、単に規定路線というだけである。近い将来、各委員が処罰の対象になることがあったとしても、驚くことでもないし、同情の対象にもならない。各委員の中で、この検討会に参加したことが黒歴史となるか否かは、より詳細な経緯が残されていなければ、外部の人間として、把握することもできないことである。(国の基本方針を修正しようとした経緯を把握することができない委員については推定有罪と考える方法も、結果の重大さを鑑みれば、成立する余地がある。)

国が基本に悖る方法を採用し、それを「学識経験者」が強化するというテンプレは、ここでも見られる訳であるが、なお理解できないのは、国が県外処理を決定した経緯であり、その方針が政権交代を経ても維持されているという事実に係る理由である。県外処理の決定は、民主党(野田)政権時である。当時の野田政権の答弁書には、「総合的に判断した結果、」という説明がある(リンク)が、これは、およそ理由にはなっていない。政策決定に係る当時の民主党政権の説明不足と、自由民主党・公明党政権への交代時にもこの方針が継承され、そこにも明確な説明が見られなかったという経緯は、今後の検討課題ということにしておきたい。




令和3年2月27日追記

記事中のリンク切れを「国立国会図書館インターネット資料収集保存事業」(つまり公式のアーカイブ)に修正し、段落をpタグに変更した。

ロシアによるウクライナでの特殊軍事作戦なる戦争状態下において、チェルノブイリ原発がロシアの管理下に置かれ安全が維持されているとのロシア・スプートニクの報道があり[1]、神恵内村で最終処分地選定調査の受入れを決めた現職の高橋昌幸氏が村長に再選された[2]本日、訪問者が居ないであろう本ブログで、カバレッジの問題が検出された、とのメールを受領した。なるほど確かに、本記事は、ここ最近の話題のド真ん中をカバーするものではある。が、本記事の本来のスコープは、わが国の原子力業界の安全性の軽視から来る帰結を述べるのみであり、ウクライナとロシア両国の動向をウォッチするものではなかった。本記事をカバレッジから外す理由が私には全く存在しない以上、その行いは他者つまりは(正確には分からぬが)サーバ事業者によるものである。その経過を通告してくれるとは、某社の担当者間の整合性と良心の差が、図らずも明らかになったものと認められる。

何度かいくつかの手段で述べてきたつもりであるが、私の目的は、「誰もが日本語で(通信費を除き)無償で読める状態に、真実と認められる話を記すこと」である。この目的から派生可能な隠された目的は当然にあるものの、本ブログにおいては、当初の目的を専らの達成すべきものと置いているのみである。この目的は、研究者の研究活動に必要なものでもあり、これを違法な手段で封殺することは、当然の反応と帰結を呼び起こすと誰もが弁えるべきものでもある。本件の発生は、日本国において、基本的人権に係る教育が貫徹されず、その結果として生じたものであろう。これは、(おそらく)一個人の非行に帰せられ(当人が濡れ衣を着せられ)てしまう種類の・誰もが残念な結果になるグダグダ・ドタバタな事務方的論理を100%以上反映したつまらぬ行為の集積であり、本来、ここにかかずらわっている暇など誰にもない種類の些事である。けれどもこれは、現に起きる種類のトホホな事態でもあり、起きたこと自体がわが国の悪弊を明らかにしてしまうという、入れ子構造を形作るものでもある。要は、バカが検閲すると大変に残念な結果を残すだけになると指摘しておきたいだけではある。が、バカはバカであるがゆえにバカであることを自覚できず、同じ過ちを繰り返すものでもある。


[1] Telegram: Contact @sputniknewsus
(2022/02/27 01:44JST)
https://t.me/sputniknewsus/8022

[2] 神恵内村長選で現職6選 核ごみ調査受け入れ―北海道:時事ドットコム
(2022/02/27 20:04JST)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022022700503&g=pol

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