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2017年9月6日水曜日

(メモ)『LA 92』にも暴動を悪化させた「X」ロゴの野球帽の男たちが映り込んでいる

カネで雇われた工作員が平和的なデモを暴動へと激化させるという筋書きは、近年の「カラー革命」に良く見るパターンであるが、ナショナル・ジオグラフィック日本語版で最近放送された『LA 92』[1](日本における初回放送は、2017年8月29日22時、次回放送は、9月10日19時~[2])にも、そのような走狗と思しき人物たちが映り込んでいる。ロスの中心部に係るテレビ中継を再編集した「Parker Center: Downtown Los Angeles」の章では、徐々にエスカレートする抗議の様子が映されるが、その中で、黒地に白字の「X」のロゴが入った野球帽を被った人物たちは、警官への挑発を最前列で行い(録画開始時間から01:04:28、途中、1分40秒分のCM含む)、騒ぎの中心に陣取り※(01:04:39)、星条旗を燃やし(01:04:44)、公園の守衛所に殺到する人々の最前列に身を置き※(01:04:52)、ゴミ箱を守衛所に投げつけ※(01:04:59)、裁判所?に火の付いた紙の束を投げ込んで(01:06:39)いる。※印は、同一人物のようにも認められる。例外的に、立木に放火した肌の浅黒い男(ネイティヴ・アメリカン?)は、単独でカメラに写り、率先して犯罪を犯しながら、この野球帽を被ってはいない(01:05:11~)。撮影クルーは、極端な行動に興味を持つであろうから、極端な行動を取る者ほど、カメラに撮られることになる。撮影クルーの一部に、彼らと知り合いであったりグルであるという人物は含まれるかも知れないが、全員がそういう訳ではなかろう。Xロゴの野球帽を被った人物たちは、総勢100名を超える一般人が映像に示される中、極端な行動を取る一方、このキャップを被った人物たちが後ろの方で佇んでいたり、ほかの抗議者と同程度の(口だけの)抗議を行うことはない。彼ら「Xメン」に触発された人々が過激な行動に走るようになると、映画の流れの中では、彼ら「Xメン」は掻き消えてしまう。「X」ロゴは、マルコムX氏の暴力による抵抗を想起させるが、彼らが何者であったのかは、2022年以降に調べるなどしなければ、分からないのではと予想する。

パーカー・センター地区の中継映像に映し出された民衆が、「X」帽子を着用していたか否かと、他者を犯罪へと誘導するように犯罪を率先して実行したか否かは、次表のとおりにまとめられる。合計人数が100人というのは適当ではあるが、100人以上が合計で映されているように判断できるので、合計100人と仮定しても、主張の根拠は揺るがない。もとより、同一人物であるか否かを同定するのも困難な(暗所で撮影された)映像群であるから、顔認証などによる人物同定を試みるということは(、現時点ではできないし、)しない。一つだけ言えることは、明確に目的意識を持って犯罪を行おうとして同所に集合した人物というものは、それほどいないということである。


〔表頭〕犯罪を率先→
〔表側〕「X」帽子の着用↓
率先あり率先なし
帽子あり40
帽子なし1$\geq$95

日和見的な犯罪者たちは、結果として、この作品の中、至るところに映し出されているが、彼らを焚き付ける者がいなかったとすれば、必ずしも大暴動が生じなかった可能性も認められる。印象深いのは、韓国系の中年女性が「ここはアメリカだ」と叫び、素手で店舗の窓に立ちはだかるところ、あえて中に押し入ろうとした人物は、その場にいたうちの二人だけ(特に一人だけ)であったというシーンである。そのほかの暴徒は、押し入るか否かを躊躇しかねていたようにも見えたのである。58名の死者、2383名の負傷者が生じたという結果は、厳然たるものではある。ただ、個別の状況がいかに変化したのかは、なお、その場のなりゆきによるものとも思われるのである。

このキュレーションは、もちろん、監督のダン・リンゼイ氏とT・J・マーティン氏の観察眼によるものである。この「人工芝運動」を確定的に提示して見せた先取権は、簡単にググってみた限りでは、彼らのものである。(本当のところは、深掘りしてみないと確定できないが。)視聴者である我々の側にも「見る目」があれば、この理解に至ることは容易である。本作は、わが国の探偵ドラマよりも、はるかに物事の真相を見抜くことができるという点で、ミステリ映像であると言えよう。本作が2017年の現時点で放映されることには、当然、シャーロッツヴィルで同様の計画が進んでいたことを暴くという意味があろう。

『LA 92』では、終盤の映像を通じて、非暴力の重要性が訴えられる。戦争屋の計略に乗せられないために、非暴力は有用であるが、非暴力は無抵抗を意味しない。この点、わが国には、非暴力を阻害するような構造的暴力=組織性が非常に強固に存在しており、なおかつ、『LA 92』にも見たような、ある種の計略の存在については、これを組織的に否定する数々の勢力が認められる(。原発ムラは、その端的な事例である。「トンデモ」ウオッチャーに係る前稿2017年9月3日の解説も参照されたい)。わが国から単に目に見える暴力を排除するだけでは、なかなか、非暴力を貫くことは困難と見える。私が色々と先回りして予測しておくと、日本国民は、一時代において、大抵が百姓だったのだから、逃散という方法論を深く学び、応用すべきであろう。

『ナショナル ジオグラフィック』は、以前にも言及した(2017年11月6日)ように、放送局の中では、良心的?に放送する組織である。読者が適切に解釈すれば、風見鶏代わりになるとも言えよう。解読を必要とするところは、一般人向けとは言えないかも知れない。ナショジオも、『LA 92』のような番組を放送するからには、天網恢々という考え方を信じている節があるようにも思えてしまう。劇中では、パパ・ブッシュが何もしなかったという批判が示される一方、ビル・クリントン氏も登場し、アメリカの多様性が力とも分断ともなると訴えている。



[1] LA 92|番組紹介|ナショナル ジオグラフィック (TV)
(2017年9月6日確認)
http://natgeotv.jp/tv/lineup/prgmtop/index/prgm_cd/2285

[2] 日本語版PDF(ナショナル ジオグラフィック(TV)番組表 2017年9月)
http://natgeotv.jp/files/pdf/timetable/tv/201709/ngtv_201709_mnt_jp.pdf

2017年7月12日水曜日

(メモ)田中俊一氏の北朝鮮のミサイル攻撃に対する発言は要職にあるまじき不見識である

やや賞味期限を経過した話であるが、原子力規制委員長の田中俊一氏の北朝鮮のミサイル攻撃に対する発言(下記引用)は、要職にあるはずの田中氏に対しても、ミサイル攻撃のイメージがいかなるものであるのか、正しい情報が適時かつ適切に提供されていないことを示す兆候である、などと理解することができる。もっとも、田中氏の「失言」は、「田中氏がミサイル攻撃のイメージを正しく理解した上で、国民向けにわざと誤ったイメージを流布したものである」という可能性も否定はできない。あるいは、可能性としては一段落ちるものになるが、その肩書から期待されるよりも田中氏の知性が低かったために、レクを受けたにも関わらず内容を理解できなかったか、レクを理解できないであろうことが関係者に予想できていたためにレクを受ける機会すら与えてもらえていなかったかなどの、より情けない場合も考えることはできる。単に省庁縦割りの弊害ということも考えることは可能である。いずれにしても、わが国の安全保障の一翼を担う原子力行政において、エリート主義は、健全には機能していない。

ミサイルの命中精度が悪いときには、多数のミサイルを使用すれば良い。この考え方は、ごくごく自然であるが、田中氏には想定外であったかのようである。巨大な一品モノと揶揄できよう原子力発電所を相手にしているからか、一発しかミサイルが飛んでこないかのような理解である。大平洋戦争の教訓は、田中氏には、一つも理解されていないかのようである。質問者がいかに質問・反論したのかは述べられていないが、ここに示した話は、常識の範囲内である。次回以降、本稿に示した考え方に基づく質問・反論が出てこないとは限らないであろうし、何より、攻撃者の側は、私よりも遙かに戦争を理解しているであろうから、私がここで指摘する話は、彼らプロからすれば、すべからく想定内の話であろう。

もっとも、北朝鮮が日本本土に対して、突然、先制攻撃を仕掛けてくるという事態は、確率で論じるに相応しい話ではないが、当面の間、低いものと考えられる。国際社会に軍事行動への正当性を与え、北朝鮮の現体制を自ら崩壊させることになるためである。他方、わが国の現体制は、低下した国民の支持を回復させるためにも、北朝鮮がわが国に対して「適度な悪役」として振る舞うことを望んでいるであろう。ただ、原発に対するミサイル攻撃も、東京に対するミサイル攻撃も、後戻りできない種類の悪事である。許容される種類の悪事としては、日本国の領土の上空を超える形でミサイルを発射して大平洋に落下させるというのが、せいぜいのものであろうし、そのとき、北朝鮮は万全を期して所定の目的を達成しようとするであろう。ひるがえって、わが国の選良たちは、万全を期して所定の目的を達成しようとしているのであろうか。田中氏の回答からすれば、到底そうであるとは肯定できない。

田中氏の回答として適切であったものを考えてみると、それは、「北朝鮮は、おいそれとわが国を攻撃する訳にはいかない、地震や津波よりも、他国による攻撃は低い確率のものであり、地震や津波への対策は万全である」というものとなったであろう。非確率的な人災と定義されうるミサイル攻撃そのものについて議論を戦わせるよりも、自らの専門であると他者からみなされうる分野に留まり、ミサイル攻撃というリスクが相対的に小さなものとなると見込まれることを説明し、そのリスクの見積の担当が政府の別部門となることを示せば良かったのである。正確には、「ハザード生起確率は、自然災害のように見積もることが困難であるほどに僅少である」旨を説明するとともに、対策の詳細については安全保障上お答えする訳には参りませんとすれば、そこでの議論は収束できたはずであったと考えられるのである。もっとも、私は、このような回答を信用しないし、これに対する反論を用意することも可能であるとは考えるのであるが、それは、このような(公開の)場には相応しくない話であろう※1


※1 論拠として考えられるもののうち、私にとって正解と思われるものは、ここに記して公開する訳にはいかない。答えとして考えられるもののうち、「外れ」として安全なものを挙げておけば、人工地震はどうした、という指摘を挙げることができよう。人工地震は、現状、公に言及した者がトンデモ扱いされるため、田中氏をディスるには不向きである。


[1] 原子力規制委員長:田中氏、北朝鮮ミサイルで失言 - 毎日新聞
(近藤諭・高橋一隆、2017年07月06日20時08分、最終更新07月07日00時10分)
https://mainichi.jp/articles/20170707/k00/00m/040/090000c

田中委員長は「小さな原子炉に落とす精度が(北朝鮮のミサイルに)あるのかよく分からない」と述べた後、「私だったら東京のど真ん中に落とした方がよっぽど良いと思う」と発言した。

2017年6月19日月曜日

(メモ)フィリピンの自称イスラム国系マウテ兄弟とシャブ

戒厳令下にあるフィリピン・ミンダナオ島のマラウィ市で、11kgのシャブが当局に押収されたという[1]。1グラムあたりの価格は、卸値では1300ペソ、街頭での小売では25000ペソ(55600円)となるという[1]。マラウィを市街戦に陥れた、自称イスラム国系のマウテ兄弟(Maute brothers)グループの出納係は、逃走時に20kgほどを所持していたものと見られている[2]。本来、外国政府が協力すべきは、彼らが増長する前に、麻薬取引ルートを解明し、摘発することにあったはずである。

麻薬取引において、DIP(Diplomat cargo、外交行李)は、小規模ながらも、運搬における恰好の隠れ蓑とされている。外交行李を持ち運べる身分にある人物は、麻薬探知犬に捕まる虞さえなければ、数キログラム程度を簡単に運搬できるであろう。市場価格では数千万円から1億円程度ということになり、十分に問題視されるべき規模の犯罪と言える。しかも、その実態は、明かされているものにしても、ケーススタディレベルに留まっている。不良外交官をゼロにすることはできないが、彼らが不正を行えないようにシステムを作ることは可能である。また、このような身分を利用して国際的な移動をくり返してきた人物を、どの国の当局も十分に監視してこなかったことは、まったく不可解なことである。

テロ等準備罪(あるいは人によっては共謀罪)は、薬物犯罪をそれなりにカバーしている。薬物犯罪に係る疑惑が公に指摘されている人物は、共謀と見なされうる行為について、取締の対象となるものと期待できる。というより、彼らが取締の対象とならなければ、テロ等準備罪を設けた意味がない。(さらにいえば、口入れ屋の怪しげな接待施設についても、同法の対象とならなければ、法の下の平等というものがこれまた確保されない。)


[1] AFP: 11 kilos of shabu seized in Marawi | Headlines, News, The Philippine Star | philstar.com
(Patricia Lourdes Viray (philstar.com)、2017年06月19日14:48更新)
http://www.philstar.com/node/1711565

"According to research, shabu prices ranges from P1,300 per gram wholesale up to P25,000 per gram on the streets. If the price will be pegged at mid-level range of P10,000 the amount of 11 kilograms is P110 million which put the estimated street value for high-grade shabu between P100 million to P250 million," AFP 1st Infantry Division spokesperson Lt. Col. Jo-ar Herrera said in a press briefing Monday.

[2] Maute group believed to have more shabu stashed away in Marawi | Nation, News, The Philippine Star | philstar.com
(John Unson (philstar.com)、2017年06月19日18:00更新)
http://www.philstar.com/node/1711587




2017年6月21日追記・訂正

古歩道ベンジャミン氏も(部分的に)述べているが、14日、アメリカのスティーブ・スカリス(Steve Scalise)下院判事が銃撃された事件は、スカリス氏が人身売買を取り締まる法律の制定に着手した途端に起こされたものであり、この法制に対するピザゲート関係者の反発によるものという論調が見られる。(たとえば、[3]。)

[3] BREAKING: IS THIS WHY REP. STEVE SCALISE WAS SHOT TODAY? - YouTube
(2017/06/14 、2017年06月14日)
https://www.youtube.com/watch?v=eiaLFhe1OYg

2017年6月18日日曜日

(メモ)テロ対策は戦争屋対策であることを日本の論壇は知るべきである

アメリカ・ヴァージニア州において、先週(2017年6月)14日、共和党議員のスティーブ・スカリス氏を銃撃し・死亡した事件の犯人[1]は、米民主党の大統領候補予備選において、バーニー・サンダース氏を支持していたとされるが、ここからの飛躍は、十分に疑わしいものである。ここでは、田中宇氏が指摘している[2]ように、サンダース氏が左からの覇権解体屋であることに注意が必要である。つまり、サンダース氏は、トランプ氏と同様、戦争屋と対立しており、この対立関係からすれば、トランプ氏の陣営と本来協調できる人物である。犯人の背後関係についての捜査では、まず最初に、資金関係が確認されるべきであろう。

この種の一匹狼(lone wolf)による事件そのものは、テロ等準備罪による抑止が困難ではあるが、その後の報道における不正・偏向に対しては、テロ等準備罪による抑止が期待できる。報道のあり方次第で、次の事件を予防することも期待できる。この構造に言及できる人物が皆無であることは、わが国論壇の不幸・不毛である。小林よしのり氏は、木村草太氏が「共謀罪がテロ対策ではない」と解説したことを高く評価する[3]。しかし、私が指摘したような効用について、木村氏がコメントすることは、木村氏自身の大メディアへの「お出入り禁止」を賭けることになる。たとえ、木村氏がこの効用に気が付いているにしても、木村氏は、忖度し沈黙するのであろう。もったいないのは、木村氏よりも、タブー(と大メディアへの言論の浸透性)を相対的に失っている小林氏自身が、この構造に気が付いていないことである。

英国ロンドンの高層住宅グレンフェル・タワーの火災(14日、Grenfell Tower)[4]は、次の三点を踏まえるべきである。第一に、英国では、高層住宅は貧困層の住宅である。第二に、被害建物には、「シリア難民」が入居していた。第三に、「シリア難民」は、シリア本国では比較的裕福であり、また、そこに自称イスラム国が紛れる余地がある。ゆえに、本件もテロ事件の含みを残したものである。

現今のテロ対策における最大の優先事項は、戦争屋とその資金に群がる売国奴に対処することである。英米、いずれの事件に対処する関係者には、当然、この観点が共有されているであろう。わが国においても気付いている人は気付いており、本ブログの読者ならば当然であろうが、大メディアの周辺にいる人物の大多数は気付いておらず、また、たとえ気が付いていても、タブーゆえに報道できないようである。もうそろそろ、テロリストたちと同一視されないために、日本の大メディアは、尤も確からしい説をタブー視しないことが必要になるのではないか。

最後に、グレンフェル・タワーの火災は、一昼夜以上継続したが、このタワーは、WTC1及び2のようには崩落しなかったことを指摘しておきたい。WTCは、唯一、公式説明を鵜呑みにすれば、(相当に短期間の)火災により、あのような「パンケーキ型」に崩落した高層建築物ということになる。WTCのような、ごく例外的な現象が生じたとき、科学者として優先すべき作業は、公式説明を疑い、見直してみるというものである。


[1] 米議員の野球練習場で銃撃、共和下院院内幹事ら負傷-銃撃犯死亡 - Bloomberg
(Steven T. Dennis、Toluse Olorunnipa 2017年6月15日 00:00 JST 更新日時 2017年6月15日 02:03 JST、2017年06月18日01時04分)
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-06-14/ORJJW26JIJUQ01

[2] トランプの相場テコ入れ策
(田中宇、2017年06月11日)
http://tanakanews.com/170611trump.php

トランプは右からの覇権解体屋であるのに対し、サンダースは左からの覇権解体屋だ。トランプの次にサンダースが大統領になると、覇権を維持したい軍産エリート層は、ますます無力化される。今後予測されるそのような流れのどこかで、金融バブルが延命できなくなり、巨大な金融危機と、米国の経済覇権の崩壊が起きる。
#購読が必要な記事である(ので、私の本ブログに対するスタンスと対立する)が、必要と考えてごく一部を引用した。

[3] 共謀罪についての木村草太の発言に感動した。
(小林よしのり、2017年06月16日)
https://yoshinori-kobayashi.com/13306/

わしより若い世代は、全部馬鹿かと思っていたが、期待できる者はいるようだ。

[4] Grenfell Tower fire - Wikipedia
(2017年06月18日確認)
https://en.wikipedia.org/wiki/Grenfell_Tower_fire




平成29(2017)年10月18日修正

訂正部分を淡赤色で示した。

2017年6月14日水曜日

クライシス・アクターだけで事件を捏造するのは難事である

複数のテロ事件について、被害者であるとして、SNSで流通する同一男性の写真がある。『France 24』の特集「The Observer」[1]によると、この被写体は、メキシコ在住であるが、詐欺師であると中傷されており、彼に対する嫌がらせの一環として、テロ事件の度に被害者としてアップされているのだという。この話は、ウェブ・マガジンの『ギズモード・ジャパン』[2]が同紙英語版を翻訳しており、日本語で読むことができる。この話そのものは、多くのテロ事件と無関係であるように判断できる。懐疑論者は、この種の「引っ掛け問題」にもなりかねない種類の現象もあることを承知しておくべきであろう。

クライシス・アクターの存在自体は、否定することが困難ではあるが、その特性ゆえに、多くの誤解を派生させる結果になりがちである。先のメキシコ在住男性の話は、メキシコ(スペイン語)界隈で多く引用されているようであり、わが国ではさほど流通していないようではある。わが国では、有名な癌患者を仮病であるとして、クライシス・アクター扱いする意見が見られる(。たとえば、「福田元昭」氏[3]。ただし、クライシス・アクターなる表現自体を誤解している可能性もある)。しかしながら、報道の仕方や広告収入のあり方を問題視することさえも、批判の方法次第では法律に抵触し得るところ、詐病であると断言するには、なお一層、そのように信ずるに至った根拠を明示しなければならない。クライシス・アクターの存在を批判するためには、個々の事件や症例に即して、他人が信用すると期待できるだけの根拠を提示する必要があろう。この点、今年5月のマンチェスターのテロ事件に係る「ザウルス」氏の推測は、正しいものとは認められない(2017年6月4日の記事参照)ものの、本人がそう信ずるに至っただけの根拠を述べたものではある。

ところで、「ある事件が現実に不存在であり、クライシス・アクターだけで演じられたものである」として、これを隠しおおせるためには、少なくとも三種の条件が必要である。第一に、企画者は、少なくとも本事件について、「恐怖は蔓延させたいが、人を殺傷してはいけない」という存在でなければならない。第二に、事件の真相を積極的に追求(・追究)しようとするジャーナリスト(や研究者)に上手に対応しなければならない。第三に、事件後にも多くの現象に対処しなければならない。たとえば、「報道で事件を知った有名人」が被害者を見舞うという行動[4], [5]をも織り込まなければならない。私が思いつけた条件は、おおよそこれらの三種であるが、このうち、第一の条件は、第二の条件についての非常に難易度の高い制約条件として機能する。なぜなら、事件そのものに関しては、人命を尊重しながら、第二の条件においては、第三者の調査をうまくいなさなければならないからである。真相を追求するジャーナリストやブロガーらだけを迫害するのは、どうにもご都合主義である。しかも、このように事件に興味を抱く第三者は、将来、どれだけ生じるものか、分かったものではない。クライシス・アクターを活用する組織が「余計な殺しはしない」というと恰好良く聞こえるし、これだと、事件を捏造するという姿勢と整合的ではある。だが、すべてを捏造して乗り切ることは、並大抵の企画力では無理であろう。

ただし、ある事件が現実に生じた直後に、クライシス・アクターが利用されるという可能性は、あったとしてもおかしくない。具体的な被害の様相を、テロリスト集団に対して見せないことは、彼らの意欲を削ぐことにつながり得る。また、政府当局が用意した演者が巧妙な芝居を打つことで、大衆の、テロリストを憎悪し被害者に同情する気持ちを喚起することは、政府の権力の正当性を維持する上でも、求められる作業である。「大衆を騙す」ことは、常に「諸刃の剣」であるが、試みられない理由がない訳ではないのである。


[1] 世界のテロ事件で何度も死んでいる謎の男|ギズモード・ジャパン
(George Dvorsky、リョウコ〔訳〕、2016年07月11日12:50)
http://www.gizmodo.jp/2016/07/77ryok.html

[2] Who is this man who seems to die in every terrorist attack?
(Chloé Lauvergnier (@clauvergnier) and Alexandre Capron (@alexcapron)、2016年07月05日)
http://observers.france24.com/en/20160705-mexican-man-dies-every-terrorist-attack-mystery?aef_campaign_date=2016-07-05&aef_campaign_ref=partage_aef

[3] 600.医療マフィア利権に挑戦した安保徹先生は医療マフィア<医療殺人鬼>どもに殺害されたのか? - 未分類
(福田元昭、2016年12月10日00時28分)
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-823.html

[4] The Queen Visits Manchester Terror Attack Victims In Hospital
(Amy Guard、2017年05月25日13:33:07+01:00)
https://www.unilad.co.uk/news/the-queen-visits-manchester-terror-attack-victims-in-hospital/

[5] Lucy Fallon and Shayne Ward among Coronation Street stars visiting young Manchester terror attack victims - Mirror Online
(Katie Fitzpatrick and Lara Martin、2017年06月13日11時30分、更新12時26分GMT)
http://www.mirror.co.uk/3am/celebrity-news/lucy-fallon-shayne-ward-among-10614228

2017年6月6日火曜日

一帯一路の広義のセキュリティにわが国が貢献する余地はある

#この文章は、外す可能性の高い予想を多く含むため、(元より復帰は限りなく望み薄であるが、)本来、学者としては書くべきではない文章である。「当たるも八卦」というヤツである。しかし「お代はタダ」でもある。現在の混沌を見通し、(西・北)日本までが決定的な終わりを迎えないためには、まったくのゴミという訳ではないものと考える。私の説の全体的な信憑性については、本ブログの過去の記事によって判定されたい。福島第一原発事故について、小泉純一郎氏を微妙に好人物として評価してしまったこと(2017年3月25日)が、「事故当時」と断りを入れたものの、何とも微妙である。これは、前振りのつもりである。


世界的に見れば、戦争屋は予断を許さない勢力を保持している。このために、「両建て構造」を知る論者には、全世界において、戦争屋の勢力を減じるような言論活動が求められている。たとえば、英国やフィリピンの直近の事件に対しては、テロを許さないという態度表明が必要となる。米国事情については、ジャレド・クシュナー氏が賛成・主導する政策については、とりわけ、その裏を把握しておく必要がある。

問題は、日本の状況が政治について捻れており、日本人の圧倒的大多数が、評論家や専門家を含め、「真のワル」である戦争屋勢力を同定できていないことにある。現在、安倍晋三政権の下に強力に結束してきたかのように見える自民党所属の政治家の一部や、公明党の政治家らは、小池百合子氏や橋下徹氏などの地方勢力と接近しつつある。マスコミによって形成された小池百合子氏や橋下徹氏のイメージは、腐敗していた地方政治に新風を吹き込んだという、クリーンな状態に留められている。他方で、安倍政権は、完全に、抑圧的な警察国家の様相を帯びたものとしてマスコミに描かれており、TPP11の推進にこだわり続けるなど、あたかも旧来の戦争屋と同一のものであるかのようである。

この現在の混沌は、安倍派と小池・橋下派との争いであるとして単純化すると、理解し易くなる。ただ、この単純化は、東京都民と大阪府民に向けたものであって、「中央」意識の内面化を強制しかねないものである。それに、この戯画化は、旧ジャパン・ハンドラーズの思考を再現したものではあるが、『国際秘密力研究』の「菊池」氏のいう「両建て戦術」でもあるから、取扱には十分注意しなければならない。

小池・橋下派には中央政界の人物がいないではないかという指摘は、もっともであるが、次のように考えてみれば良い。安倍一強の自民党内で若手ホープが対抗勢力として台頭し、東京では小池新党と、大阪では大阪維新の会と、それぞれに手を組み、橋下氏が中央政界に打って出るというシナリオはどうか。これは、まあまあ現実的なように見えてくるから不思議である。(ごく簡単に、2017年4月26日の記事で触れたが、)今年3月末のDCのCSISにおける橋下氏の講演は、国際舞台に彼を改めて印象付けるための装置であった。この「若手ホープ」(という仮想的存在)を、国政における小池派に配置してみると、今後、国政においても戦争屋の手先がふたたび主流派を形成する危険性は、現実のシナリオとして考慮しておくべきものとなる。私が本ブログでこの話をくり返すのは、手品のトリックを説明することにより、手品師のネタ切れを狙う効果を期待してのものである。


カネ儲けの方法が外形的に同一であるという点で、安倍政権と旧ハンドラーズ率いる戦争屋を峻別することは難しい作業となる。(個々の作戦の詳細についてはともかく、カネの流れについての積極的な情報開示のないセキュリティ・ビジネスについては、それだけで十分な疑いを持たれても仕方がないし、その業態にお墨付きを与える専門家も、利益相反性を疑われても仕方がない。)先述した「若手ホープ」の金脈は、現・安倍政権と同様に、特区ビジネスに加え、株式市場に影響を与えるような政策を通じた「ショック・ドクトリン」となろう。現に、特区制度は、農政分野をも対象に拡げようとしている。両者の手法が同形であるために、両者を峻別することは難しい。しかし、現在のところ、両者がビジネス上で競合する別のグループであると認められるエピソードは、いくつか認めることができる。

安倍政権と戦争屋が互いに類似しつつも競合的であることを示す一つの事例は、一帯一路における広義のセキュリティ産業に係る両者の距離感である。F・ウィリアム・イングダール氏(F. William Engdahl)は、実体が民間軍事企業(PMC)であるフロンティア・サービシズ・グループ社(FSG)が新疆ウイグル自治区と雲南省に事業所を設置すること、旧ブラックウォーター社の共同創業者であったエリック・プリンス氏(Eric Prince)が同社の会長を務めていることを伝えている[1]、※1。他方、安倍晋三氏は、本日(2017年6月6日)付『日本経済新聞』で、「公正で透明な調達がされ」「プロジェクトに経済性があ」り「借り入れ国が債務を返済可能で財政の健全化が損なわれない」限り、「日本企業が同構想〔#一帯一路〕に関わることを、日本政府が妨げない考えを示した」[2]という。他方、水陸両用の救難飛行艇「US-2」[3]は、性能の高さゆえに海賊対策への利用が期待されているといわれる[4]が、現時点で、インドへの輸出交渉は停滞しているとされる[5]。この報道に先立ち、2017年5月24日、JR東海名誉会長の葛西敬之氏、インド工業連盟のバネルジー会長、アーミテージ元米国務副長官らが首相官邸を訪問したことも報道されている[6]。旧ブラックウォーター社の訓練センター機能を承継したコンテリスグループは、同社のウェブサイトに示された世界地図[7]の説明で「40ヵ国以上17000人」が活動していると述べているが、その状況を肉眼で(適当に)確認する限り、中東以東の次の国々では、操業していないようである:ニュージーランド・パプアニューギニア・オーストラリア・日本・北朝鮮・モンゴル・フィリピン・台湾・ベトナム・ラオス・タイ・ミャンマー・ブータン・タジキスタン・ウズベキスタン・トルクメニスタン・イラン・ジョージア。他方、韓国・中国・ロシア・カンボジア・マレーシア・インドネシア・ネパール・インド・バングラデシュ・パキスタン・アフガニスタンでは操業していることが示されている。カタールは判別できない[8]。シリアとトルコでは活動している。わが国の相対的な特殊性は、このような「棲み分けられた状況」にも現れているものと言えよう。

#ここに示した国名については確実と思うが、国土の狭小な国々については、正確性は保証できない。また、一部に同グループとプリンス氏との関係性がないとの指摘も見られるようであるが、私のようなアホにでも分かるように明快にその関係性が否定されている訳ではない。

安倍政権と関係の深い政商グループにとっては、一帯一路のインフラ建設で得たコネクションを元に、防衛装備移転三原則のテコ入れを図るという考えは、ごく自然なものであろう。インフラ建設で取得された知識を「日本」企業グループ内部で共有しやすくして、それらのインフラ警備を日本企業が行い、そこで必要な装備一式を日本から輸出することは、わが国の側の都合で妨げられることはなくなっている。われわれ日本人の大多数がアラビア語を読み書きできないのと同様に、大多数の無学な非漢字圏人口が漢字を判別するのに苦労することは、一帯一路におけるセキュリティ上の障壁として作用する。一帯一路の安全は、わが国のエネルギー政策の安定性にも寄与する※2から、その安定性に寄与する協力は、関係国にとって、ウィン・ウィンとなるとは言えよう。

エネルギー政策と日中関係とを考慮すると、戦争屋と日本国内の戦争屋は、離合集散する関係にある。FSG社は、香港拠点で上海閥であると見做されている。もっとも、中国政府は、FSG社による国内外の本業そのものを保証すると同時に、マッチポンプの「マッチ」に相当するような活動を許さないであろうし、日本企業の一帯一路への参画についても、一帯一路を通じて得られる中国の核心的利益を侵さぬように工夫を凝らすであろう。FSG社は、最早アメリカの国益とも一心同体の存在ではないと推測されるが、この構図は、舞台と参画主体の配置こそ違えど、満州における鉄道利権の再現のようである※3。南シナ海という海路においては、中国が軍事的プレゼンスを決定的なものにしているものの、日中戦争における関東軍や大日本帝国陸軍のように、結果的に、中国が自分から実力行使することまではしないであろう。ただし、プリンス氏の経営実績そのものを考慮すれば、一帯一路において、謀略や暴発は、常に生起するものと見るべきである。ビジネスに従事すること自体が悪であるとまでは言わないが、周囲に不信感を以てその行動を判定されることは、彼に過去を償うだけの善行を聞かないし、人命に直結するビジネスであり、規模が世界的であるだけに、当然の反応である。


フィリピンのカジノにおける自称イスラム国によるテロ事件[9]は、当局に否定こそされているが、戦争屋とその対抗陣営との争いが端的に表れたものと見ることができる。カジノのチップを大量に奪うことは、当日の客の勝負が水入りとなる状態につながる。この背後関係を十分に捜査するためには、時間上の余裕が必要となる。いくらシャブ中の外国人といえども(というよりも、娯楽メディア漬けのヤク中なら、なおのこと)、チップの換金が個人では不可能であることは、知るところであろう。同国にFSG社が展開していないのは、何ともの偶然の一致である。

フィリピンは、一帯一路上の地理的な位置付けにおいて、わが国よりも厳しい条件にある。それゆえ、フィリピンは、わが国以上に中国と上手く折り合いを付けざるを得ない。また、マレーシアやインドネシアという「隣国」(隣国の定義が難しいが)は、イスラム教が主流派でもある。これらの不利な条件ゆえに、敵を同じくするわが国が「海のシルクロード」の安全保障において、同国に従来とは桁の異なる協力を申し出ることは、敵である戦争屋の増長を避ける上で賢明である。(台湾も同等の条件にあるものと言えるが、台湾の位置付けは中国にとって核心的な利益を構成するから、この点についての見極めが必要である。)

#以上、まとまりのない文章であるが、世の中の動きが激しいので、致し方ない。


※1 日本語訳が『マスコミに載らない海外記事』ブログにある[10]。旧ブラックウォーター社は、軍事教練・警備等を請け負う総合軍事企業であったが、紆余曲折を経て、現在では、トレーニングセンター機能がコンステリスグループ(CONSTELLIS)の一部門として存続している[11](ようである)。

※2 いつも興味深く思うことは、エネルギー問題を論じる「保守」の一部が、常に自然エネルギーに対して後ろ向きであり続けてきたことである。わが国が独自で核開発・装備する虞は、国際的に共有されており、核燃料サイクルの実施に対しても、日本国内だけで核燃料サイクルを完結させまいとするような圧力(協調体制)が現実に存在する。第二次世界大戦をアジアにおいて惹起した国を放置することなどあり得ないので、これは当然の警戒である。そうである以上、自然エネルギーの方が、はるかにエネルギーの自給を達成する上で容易な道筋である。にもかかわらず、エネルギーの安全保障を叫ぶこれら「保守」の一部から、全くといって良いほど、この点についての整合的な説明が示されたことはない。

※3 一帯一路の「一帯」は、幅広のベルト地帯であるから、「線形都市(La Ciudad Linear)」などの構想がピッタリの開発になり得る。一つのルート内においても、競合する第二の鉄道路線が建設されることがあらかじめ想定されている点に、注意が必要であろう。JR東日本のように、既存の競争優位性を利用して駅ナカで惹き付けるという方法が可能であるかどうかは、進出前に厳しく問われて良かろう。何より、JR東海は、新幹線に品川駅や東京駅から乗車すれば簡単に体験できることであるが、JR東日本に比べてその立地のポテンシャルを十分に生かした商売を展開できていない。それに、グリーン車において『Wedge』を無料で配布するという姿勢は、いかにもチグハグな印象を「保守的な」日本人以外の乗客に与えるものであり、一帯一路プロジェクトにおいては、商売の妨げになるであろう。


[1] Beijing Hires Princely Fox to Guard their OBOR Henhouse | New Eastern Outlook
(Author: F. William Engdahl、2017年04月30日)
http://journal-neo.org/?p=74064

[2] 『日本経済新聞』2017年6月6日朝刊14版1面(記名なし)「一帯一路に協力姿勢/首相、公正さなど条件/日本企業の参画妨げず/第23回「アジアの未来」」
http://www.nikkei.com/article/DGKKASFS05H16_V00C17A6MM8000/
#日本経済新聞社が5日から主催している第23回国際交流会議「アジアの未来」5日の晩餐会の演説における内容の独占的紹介である。

[3] 海・空・陸をつなぐUS-2 | 航空機事業 | 新明和工業株式会社
(海・空・陸をつなぐUS-2 | 航空機事業 | 新明和工業株式会社、2017年06月06日12時22分)
https://www.shinmaywa.co.jp/aircraft/us2/
#飛行速度480km/h、航続距離4500kmで3mの波高の海面に着陸可能。

[4] インドはUS-2を救難なんかに使わない: 数多久遠のブログ シミュレーション小説と防衛雑感
(数多久遠、2013年04月03日)
http://kuon-amata.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/us-2-4496.html

[5] 救難飛行艇の輸出交渉暗礁 印が価格面で難色 (産経新聞) - Yahoo!ニュース
(2017年05月31日07時55分)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170531-00000076-san-pol

政府が進めてきた海上自衛隊の救難飛行艇「US2」〔#新明和工業〕のインドへの輸出交渉が暗礁に乗り上げていることが30日、分かった。インド政府との交渉開始から約5年たつが、機体価格の高さなどを理由にインド側の熱意が冷めつつあり、頓挫する恐れが出てきた。平成26年4月の防衛装備移転三原則の閣議決定で防衛装備品輸出に道を開いたが、大型輸出案件はゼロで、体制の見直しが迫られそうだ。

[6] 5月24日(水):時事ドットコム
(2017年06月06日確認)
http://www.jiji.com/jc/v2?id=ssds201705_08

午後1時27分、官邸着。

午後1時28分から同58分まで、自民党の山本拓、渡辺博道両衆院議員、片山さつき参院議員。同59分から同2時21分まで、葛西敬之JR東海名誉会長、インド工業連盟〔Confederation of Indian Industry, CII〕のバネルジー会長〔#Mr. Chandrajit Banerjee, Director General〕、アーミテージ元米国務副長官ら。

[7] Constellis - Home
(Constellis - Home、2017年06月06日19時20分)
https://constellis.com/
#「Serving clients across the globe」の項の地図による。

[8] 中東主要国が「テロ支援」でカタールと断交、イラン反発 | ロイター
(ロイター、2017年06月06日16:31JST)
http://jp.reuters.com/article/quatar-gulf-tie-idJPKBN18W0D7

サウジアラビア、エジプト、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンは5日、テロリズムを支援しているとしてカタールと国交を断絶した。〔...略...〕4カ国の協調断交に続き、イエメン、モルジブ、およびリビア東部を拠点とする世俗主義勢力もカタールと断交した。〔...略...〕イランはトランプ米大統領のサウジ訪問が断交につながったと批判している。

[9] フィリピン首都のカジノ襲撃、火災で37人死亡 当局はテロ否定 写真13枚 国際ニュース:AFPBB News
(AFP、2017年06月02日20時45分)
http://www.afpbb.com/articles/-/3130583

〔...略...〕カジノ施設「リゾーツ・ワールド・マニラ(Resorts World Manila)」で2日未明、銃で武装した男が賭博室に放火した〔、37人が死亡〕。事件についてはイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が犯行声明を出したが、当局はテロ攻撃ではないと主張している。

〔...略...〕

マニラ首都圏警察のオスカル・アルバヤルデ(Oscar Albayalde)本部長は、「容疑者は白色人種のようだ。英語を話し、体格のよい白人であるところからみて、おそらく外国人

[10] 一路一帯という鶏小屋の番人に、かなりのキツネを雇った北京: マスコミに載らない海外記事
(2017年5月 8日、2017年06月06日09時16分)
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2017/05/post-a901.html

[11] Constellis - Overview
(Constellis - Overview、2017年06月06日20時36分)
https://constellis.com/who-we-are/overview

Constellis was formed in 2010 by a group of operators and investors who sought to combine best-in-class brands, assets and people within the complex risk management industry. Promoting a culture of compliance and operational excellence, the Constellis family of companies has grown since formation to include a global team of industry leaders, including ACADEMI Training Center, International Development Solutions, Triple Canopy, Edinburgh International, Strategic Social, National Strategic Protective Services, and Olive Group.




2017(平成29)年6月7日追記

橋下徹氏の事実関係について、賢明な読者は、私が記述を一面的なものとしたことを見抜いておられるであろう。「両建て戦術」の内幕を「暴く」ために、あえて橋下徹氏のスタンスを上掲のように記述したのである。小池←旧ハンドラーズ→橋下という指揮命令系統から形成される緩やかな連携状態を措定すると、小池氏と橋下氏との不即不離の関係も説明しやすいのである。この解釈は、本日付の『読売新聞』が「存在感希薄 焦る維新/2017都議選/立候補予定者 辞退続出」(記名なし, 34面社会, 朝刊14版)により補強される。日本維新の会が来る都議選における存在感を打ち出せていないとして、地域政党の座に留まるのではないかという関係者の懸念を報じたものである。


ところで、わが国は、一帯一路の新幹線のグリーン車で無料配布しても恥ずかしくない言論誌を用意できるのであろうか。これは、もちろん嫌味である。葛西氏のお気に入りの全員に全力投球させたとしても、無理ではないか。中央アジア事情について、現時点でまともに物を書くことのできる論壇人なる存在は、わが国には居住していないように思う。

2017年6月4日日曜日

マンチェスターのテロ事件の「現場写真」の怪しさは事件不存在の証拠にはならない

はじめに

(2017年)5月22日、マンチェスターのエティハド・スタジアム(Etihad Stadium、旧市営スタジアム、マンチェスター・シティの本拠地)において、アリアナ・グランデ氏のコンサート直後に生じた爆弾テロ事件[1](以下、本事件)について、ブロガーの「ザウルス」氏は、事件そのものが創作であると主張している[2], [3]。ザウルス氏が個々のデータや画像等の出典を明記していないために、彼(女)の主張の出典も省略された虞を拭えないが、本稿では、とりあえず、文章部分に示される解釈がすべてザウルス氏個人に由来するものと考えることにしよう※1。その要旨は、指摘された順に、次のとおりである[2], ※2

  1. 〔#APからPAに移譲された唯一の現場〕写真の雰囲気が閑散としている
    • 死者・負傷者合計130名以上という情報と不整合である
  2. 爆発直後ならば煙が立ち込めているはず
  3. 爆発直後ならば観客たちが逃げ出す様子が映るはず
  4. 横たわる被害者のほとんどが男性に見える
    • うろつく者=アリーナ会場の職員・警察官が男性
    • 女性がほとんど見えない
  5. 60人くらいの男女がフロアに横たわることになるのでは
    • 写真のアングルからロビー全体が撮影されたのでは
  6. 強力な爆弾であれば現場は「血の海」ではないか
    • 爆発音がアリーナの反対側まで聞こえた
  7. 引きずった血の跡が乾いているのが不可解
    • 「負傷者(と遺体?)たち」が長い時間放置されたことになる
  8. 救護者がいない
    • 被害者に連れ添う様子がない
    • 搬送待ちであれば「救命士が誰一人いない状況になることはありえない」
  9. 「あなただったら、負傷した友人や家族を見捨てて逃げるだろうか?」

ザウルス氏は、以上の見解に基づき、

この写真は、事件当日の写真ではない![2]
と指摘した後、続報[3]において、本事件そのものも偽造されたものと結論している。ザウルス氏は、本事件のタイムライン上に写真撮影時点を位置付けることができず、また、本事件を偽装することにも庶民の恐怖を喚起するという具体的な利益がある以上、写真が偽造され、事件そのものが偽造されることに何ら不都合がないというのである。ザウルス氏の記事のコメントには賛否両論が寄せられている。意見の中には、マンチェスター在住で知己が現実に被害を受けたと述べるもの[3]、写真の偽造はあり得るかも知れないが事件が偽物というのは飛躍しすぎではと述べるもの[3]などが含まれるが、これらのコメントに接しても、ザウルス氏は自説を変えていない。

本稿の目的と要旨

本稿は、問題の写真についての注意点を二点述べ、次いで、当日撮られた唯一の写真であったとしても矛盾しない社会的事実を説明し、その一方で、この写真自体には複数の問題点が認められることを指摘し、最後に、この写真の怪しさが本事件の不存在を論駁するほどの証拠とはならないことを述べるものである※3。二点の注意点とは、撮影者の個人名が不明であること、あらかじめ写真にフィルタが掛けられていることである。当日撮られた唯一の写真であることと矛盾しない社会的事実とは、(1)写真撮影時点が重症患者搬送後であるならば状況と矛盾しないこと、(2)煙や音に対する基礎的な知識が状況と整合的であること、(3)英国社会がレディ・ファーストを建前とすること、(4)防犯カメラ(CCTV)映像のメディア利用が1998年データ保護法に違反すること、である。これらは、ザウルス氏の考察への直接の批判の論拠となる。写真における複数の問題点とは、写真撮影という行為そのものと、撮影された状況とに区分される。撮影行為そのものの是非は、撮影者が不明であることと分かち難いものとなっている。撮影された状況のおかしさは、トリアージの態様、最も右側に横たわる人物の症状の安定度、割れたガラスの不存在、チケットブース上の照明の破損が認められないこと、の4点である。最後に、写真がたとえ事前に準備されたものであるとしても、被害の不存在を証明する証拠にはならないという論理を示して、本稿を終える。

本ブログの記事の例に違わず、本記事も非常にひねくれた内容ではある。しかし、陰謀の成功を願う企画者が複数のプランを準備しないはずがないという主張は、十分に論理的であろう。代替的な計画が並行的に実施されると、事件の様相は、複雑なものとなる。それゆえに、一般庶民に示された結果の逐一について、いかなる原因に基づくものであるものかと考察する作業は、遠回りなようであるが、事件の全容を庶民なりに推測する上で有用である※4。ザウルス氏の今回の説は、拙速に過ぎるが、依然として、写真そのものが怪しいという点には、同意すべき内容が含まれると思われる。

注意点1 写真の撮影者を推測すべきである

最初に、問題の写真の出所と、そのキャプションを検討し、撮影者が顕名ではないことに注意すべきであることを指摘する。『Boston Herald』のAP通信名義の記事[4]は、複数の写真を含むが、そのうちの1点が、ザウルス氏も取り上げた唯一の現場写真(とされるもの)である。説明の文章は、次のとおりである。

2017年5月22日月曜日、英国マンチェスター州のマンチェスター運動場内での爆発の後、救助者たちが負傷者に付き添う。月曜夜のアリアナ・グランデのコンサート直後に自爆テロ犯と目される人物が攻撃を加え、若い観衆にパニックをもたらし、12名以上の人々を殺害した。(APよりPA〔#が版権を取得し頒布〕)[4]

事件現場とされる写真の模式図
図:事件現場とされる写真の模式図

この写真の版権がメディア企業にあるかのような表現を採用しているにもかかわらず、ほかに現場を直接撮影した写真は存在しない。ほかに写真が見られないというザウルス氏の指摘は、現時点においても正しく、熟考すべきことである。ほかのメディアが映り込んでいない理由として考えられるものの一つは、ザウルス氏の指摘5-1にもあるが、非常線の向こうから同一方向を向いて撮影したために、映り込む余地がなかったというものである。もう一つの理由は、撮影者が小遣い目当ての内部犯行者によるものであったというものを考えることができる。さらには、ザウルス氏の指摘どおり、彼らがクライシス・アクターであり、全身の特徴を特定されることを避けるために写真全面にフィルタを掛けられたと考えることもできる。この状況下での個人撮影が、英国内で、肖像権を侵害するという意味での不法行為とされているか否かは、私には断定しかねるが、日本では、被害者からの損害賠償請求の対象となり得る事態であろう。公務員が小遣い目当てで撮影したとすれば、どの先進国でも、懲戒ものの事案であろう。コンサート運営企業の従業員か被害者の一人が状況を撮影したとすれば、これまたややこしい(ので、検討を省略する)。

メディアが撮影したのではないという理由を仮定してみると、非常線内部の写真が一枚しか存在していないことも説明可能となる。撮影者がメディアではないとすれば、この事件が既遂で、かつ、撮影者が自称イスラム国の手の者であるという場合も現実味のあるものとなる。自称イスラム国に関しては、先進国の特殊部隊(出身者)が訓練を施していたり、参加しているという疑惑がある。この噂は、ソビエト連邦とアフガニスタンとの戦争において形成された、オサマ・ビン=ラディンとCIAとの関係という前例を想起すれば、十分に信憑性の高いものであると考えることができる。このため、作戦の見届人がチンケな非行人物のふりをして、AP通信をプロキシとして利用し、被害の様相を関係者に伝達しようと目論んだということも、理論上、考えておくべきことになる。つまりは、軍事作戦として理解した場合、ミサイル攻撃や空爆を敵地深くで行う場合の、観測手(spotter)の役目を撮影者が果たしていたことになる。自称イスラム国にとっては、このように考えることは、自然である。あるいは、敵味方の位置関係では真逆となるが、居合わせた(英国などの)情報部員が、世界の情報コミュニティと事情を共有するために、サムネイル代わりにAP通信に写真を提供し、連絡の糸口を設定したという可能性も、ゼロではない。撮影者の正体として私が思いつくことができたものは以上であるが、ない知恵を絞って考えてみた割には、我ながら、多く出てきたものである。

ところで、会場周辺は撮影が許可されているであろうし、ロビーでの撮影も許可されているかも知れないが、通常、コンサート会場内は、撮影禁止である。アリアナ・グランデ氏のような人格者系の有名人のファンならば、よほどのことがない限り、この運営側の指示にも従うものと考えられる。この心性は、観客による映像の少なさに影響しているかも知れない。また、違反行為を承知でネットに映像をアップする人物は、悪いことと知りつつ密かに撮影する者よりも、さらに少なくなろう※5。逆に、反抗するのが格好良いというお騒がせキャラのファンならば、好き放題に撮影し、より多くの映像が残されたかも知れない※6。ただ、よほどのことが起きたために、ツイッター上には会場内のアナウンスの動画が残されている[5]ようであり、自称デバンクサイトの『Snopes』[6]がその動画を取り上げていたりもする。

注意点2 写真は公開前に加工されているようである

本題に入る前に、もう一点、指摘しておくべきことは、問題の現場写真が『Photoshop』や『Gimp』に代表される画像修正ソフトウェアを用いて、フィルタを掛けられているという事実である。このため、写真からは相当のディテールが失われている。この事実を抜きに写真の中身を議論することは、危険である。この措置は、爆弾の威力等を自称イスラム国側に悟らせないために執られたものと思われるが、他方で、写真の信憑性と有用性とを著しく低めてもいる。なお、ザウルス氏[2], [3]は、写真全体に対するフィルタ処理には一度も言及していない。

この写真は、頒布されるまでの間にフィルタ処理が実行されたと考えられる。この見立ては、『Google画像検索』を適当に眺めた結果、ゆるく結論したものであるから、方法論上では適切なものではないが、実用上は十分であろう。3000×2250ピクセルの元画像が複数のマスメディア系のサイトで登場しており、この画像の4:3のアスペクト比をほぼ遵守する形で、多数のサイトがこの写真を転載しているようである。それらの写真のいずれもが、画素数はともかく、フィルタ処理後であるように見える。画像の状態の一致は、より厳密な方法論が存在すること自体は承知しているが、人間の視覚性能の高さが私自身にも適用されるものと短絡して、この検証は省略する。この写真は、AP通信が取得したものをPA(英国の通信協会、海外報道におけるロイターのカウンターパート。)が管理・頒布する、という流通経路を経由したものといえる。この経路を勘案すれば、撮影者かAPかPAのいずれかが、または複数が、この写真をあらかじめ加工してから全世界に公開したと考えるのが自然というものである。

画像の全面が加工されたことにより、ディテールが失われるという問題点が生じている。その例は、期せずして床がリノリウム風に見えているというものである。ロビーの床の材質は、現実には人造大理石のタイル敷きのよう[2], [3], [7]であるが、病院やオフィスに見るようなリノリウムに見えるまでに加工されている。このため、人造大理石のテクスチャの大きさに相当する物質は、加工後の写真からはすべて消されていると考えなければならない。それ以上の大きさの物質も、『Photoshop』や『Gimp』などに見る「スタンプ」機能で削除されてしまっているかも知れない。なお、仮に、プロのジャーナリストが撮影し、かつ、現場の凄惨さを考慮して自身がフィルタを掛けたのであれば、その内実は、批判的に検討される余地がある※7

写真が当日撮影されたものであるとしても矛盾はしない

ザウルス氏の考察への批判は、(1)写真撮影時点が重症患者搬送後であるならば状況と矛盾しないこと、(2)煙や音に対する基礎的な知識が状況と整合的であること、(3)英国社会がレディ・ファーストを建前とすること、(4)防犯カメラ(CCTV)映像のメディア利用が1998年データ保護法に違反すること、という4点にまとめられる。ここに示す批判の根拠は、いずれも、分野横断的ではあるが、大学の教養課程で学習することになる内容であるから、ザウルス氏の勉強不足から生じたものと結論してしまっても良かろう。この批判がザウルス氏のパリ連続テロ事件に対する解釈についても該当するか否かの検討は、私自身が(英語すらも怪しいが)フランス語を習得しておらず、フランスの事情も把握していないがゆえに、さすがに着手しかねることである。

1番目の指摘であるが、写真が閑散としているという指摘は、無傷の観客が全員退避し、トリアージにより重傷患者が搬送された後、命に別状がないが動けない症状の患者の搬送される前、という時点で写真が撮影されたためであると考えられる。このように考えれば、上掲の1・2・3・4・5・7・8・9番目に係るザウルス氏の論点は、有力な根拠を失う。今回のような自爆テロ事件の発生直後、警備側の関係者が疑うことは、第二波やそれ以上の攻撃の可能性である。この話は、敵側(自称イスラム国や戦争屋)にも味方側(各国の警察・軍隊や一般国民)にも広く知られたものである。そうでなければ、一般人である観客が慌てて逃げることはない。急がず慌てずに整然と現場を離れることは、一般国民に可能な協力方法である※8。これゆえ、公的機関に所属する看護者がいるという前提で、動けない負傷者から連れ添いが離されることは、十分にあり得る。この結果、9番目の指摘も、根拠を失うことになる。なぜなら、連れ添いが自分たちで助けられる限りは、助け合って避難している様子がパパラッチされている[8]からである。受傷したとしても、部位や程度によっては、速く歩ける場合もあろう。脚部の負傷が軽微な負傷者は、パパラッチの撮影開始前に十分遠くに逃げており、比較的足の遅い脚部の負傷者が逃げる場面のみがパパラッチに抑えられた、という訳である。もっとも、秒単位の正確なタイムラインが整備されなければ、この前後関係を検討することは困難であろう。その場面では、ザウルス氏の言うとおり、CCTVが役に立つことは確かである。(が、それゆえに、一般に公開されることは、利敵行為にもなり得るために、望み得ないとも言える。)なお、人体は脚部の方が胴体よりもスマートであるし、地球上には重力が働いているので、人混みにおける被害において、脚部を負傷する人物の人数は、理論的には、胴体や上半身を負傷する人数に比べれば多いはずである。(何らかの仮定を置いた試算は、私でも可能な作業であろうが、今までに試みたこともないし、ここで試みもしない。)

2・6番目の指摘であるが、爆発音や煙は、爆発物の種類に依存するため、必ずしも、ザウルス氏が考えたような結果になる訳ではない。ただし、この点に対するザウルス氏の意見は、消極的に否定することしかできないものでもあり、今後の材料の出揃い方によっては、肯定されるかも知れない(が、今までの材料による限りでは、私の考察の方が妥当であろうとも考える)。音については、相当大きなものであっても、威力がそれほどでもないという場合もありうる。銃声は、通常、イヤーマフラー等を必要とするほどに大きなものである。背景音がなければ、アリーナの反対側にいても必ず気付くことができる大きさである。銃声が0.3m離れた場所※9で132dB[9]として計測されたとすると、150mでは78dBで聞こえる。これは、一般的な銃声よりも相当に厳しい条件で[10], [11]計算した数値であるが、一般人が十分に聞き分けられる大きさである。爆発音は、これよりも大きな音でない方がおかしい。周辺がざわついていたとしても、人間の音声とは異なる周波数であるから、本事件の爆発音は、コンサート後の観客にも、十分に聞き分けられたであろう。他方、煙については、不完全燃焼時に発生するものであり、完全燃焼している場合、大抵の場合に透明である。脱線すると、福島第一原発1号機の「水素爆発」においては、水素自体は完全燃焼して煙が発生することはないが、威力が大きく、破壊されたコンクリートの粉塵等が飛散したり、燃焼時に発生した水蒸気が結露したために、あのような「白煙」が生じたものと考えられる。それに、本事件における爆発物の破壊力が大きければ、窓ガラスが割れ、煙が流されたであろう。煙が生じた場合であっても、火災報知器が作動し、排煙設備が稼働したであろうと考えることもできる※10。また、私はこちらの方が本命だと考えているが、YouTuberによるマッシュアップ映像[12]によれば、近辺のフラット(長屋形式の住戸)前の駐車場を映しているCCTVが事件を偶然撮影しており、天井が光った後、ピストル等の銃声よりも低い音の爆発音が聞こえる様子が映し出されている。この映像の原典は把握していないが、映像自体の真正性は認めて構わないであろう。つまり、天井にはガラスがある。また、爆弾に威力を高めるための金属が封入されていたことは広く報道されているから、これも事実であると認めるとすると、天井のガラスが破損した可能性も十分に認められよう。とすれば、煙は立ち込めることなく、建物外に排出されることになる。なお、英国における防犯カメラの取扱上、録音は問題を引き起こしうることが指摘されている。それゆえ、録音していたのは何故であろうか、という疑惑も湧くには湧く。

レディ・ファーストは、西洋社会の建前になっているから、避難時・搬送時においても考慮される可能性が高い。英国では、子供の安全な送迎は、伝統的には、両親の責任になる。帰りが遅くなるため、子供には、コンサートに親も同伴していたという可能性も十分に認められる。(26日の『Metro.co.uk』の記事[13]では関係性が明確に記されていないが、31日の『The Telegraph』の記事には、養父と娘の組の被害者がいると記されている[14]。)周辺の被害者が直前に気付くだけの特異な動作を犯人がしていたとすれば、男性が女性の連れをかばうという可能性もあろう。実際、英国社会は、現時点の日本と比較しても、遙かに「武士は食わねど高楊枝」の感があり、レディ・ファーストが遵守される。公共空間におけるドアの開け方に接すれば、一目瞭然である。わが国の高齢男性の横柄たる様子からすれば、男性のみが現場に残された状況を訝しむのも無理はないが、多少なりとも英国の状況を体験的に理解した私に言わせれば、オッサンたちが最後に回されることは、おかしくはない。ただし、移民社会の度合いを増した英国について、私が体験的に知るところは、平均的な日本人よりは遙かに多いであろうが、断定するには十分でない。現時点のマンチェスターの労働者階級が集住する地域(スタジアムは一種の迷惑施設でもある)におけるアイドルのコンサートにおいて生じた緊急時にも、レディ・ファーストという原則を適用しうるかは、断言しかねることではある。ただ、事件時の緊急対応において、一種のマッチョ思想(の裏返しである、男性ならば痩せ我慢)が適用されうることについては、体験的にも、私がガキの頃の英国産の英語テキストなどからも、肯定できることである※11。公共機関における監査(audit)制度が日本の現状よりも機能している、という公的機関における背景も指摘できる。反論の論拠としては、それほど強力な材料を用意できた様子はないが、とりあえず、これらの指摘により、ザウルス氏の指摘の4番目も根拠を失う。

ザウルス氏の続報における主要な根拠は、ほかの映像が公開されないことであるが、この意見は、防犯カメラ(CCTV)映像のメディア利用が1998年データ保護法に違反するという事実によって、否定される。英国におけるデータ保護庁(Information Commissioner's Office)による英国人一般に向けた説明には、CCTVシステムを操作する者は、「人物を特定可能な映像を娯楽目的でメディアに提供してはならず、また、インターネットに掲載してはならない。」[15]とある。また、公開映像は、通常、警察によって開示されたものであるとも指摘する。わが国におけるユルユルのデータ保護とは異なり、英国におけるプライバシーの保護は、一応、制度上の均衡が取れたものである。ただ、今回のような公益目的にもなりうるカメラ映像の公表にあたり、被写体全員の同意を得る必要があるという点に対しては、過去、(実用的ではないという観点からの)批判が見られた(はずであるが、面倒なので、現存するかを含め、出所を確認することはしない)。

以上、ザウルス氏が事件の不存在を主張するために反証すべき4点の要素を挙げた。ここに挙げた知識の大半は、私の従来のキャリアによりもたらされたものでもあり、私の体験的事実も含んではいるが、いずれもが守秘義務等の制限に抵触するものではない。英国の社会制度や音や煙についての基本的な知識は、ザウルス氏に知る気があって、かつ、知る方法をわきまえており、かつ、知る努力を続けていたならば、本記事の公開(4日予定)までに知ることができた事実ばかりである。私の体験的事実とて、一般的なものに過ぎないから、コメント欄の「佐々木達」氏に問い合わせれば、確認可能であったはずである。ただし、マンチェスター在住の「佐々木達」氏は、Google様に分かる形で連絡先を公表していないようである。

ただし写真に示された状況は不可解である

件の写真における複数の問題点は、写真撮影という行為そのものと、撮影された状況とに区分される。撮影という行為そのもののおかしさは、先述したような撮影者の身分と分かち難く結びつけられている。写真に示された状況の不可解さは、一般人と思われる人物によりインターネットに公開された周辺情報や、報道された「事実」との不整合性から示される。いずれにしても、この現場写真は、十分に怪しげであるにもかかわらず、世界的な報道機関を通じて、世界中に公開されてしまっている。

一枚の現場写真だけが世界的に公表されたことは、撮影者が匿名であるという状況も相俟って、余計な憶測を生む原因となっている。撮影者のクレジットが明記されないことは、先述したとおり、撮影行為そのものが禁止されているはずであるという推測を成り立たせる理由ともなっている。誰が・何の目的で、わざわざ加工された「写真」を提供することになったのか。匿名者によって示される状況のそこかしこに不具合が認められるとき、通常、人はその報告を「デマ」と呼ぶ。この場合、発信者はAP通信とPAという、通常人なら一流と認める企業である。

もしかすると、AP通信とPAは、世界中の情報機関をテストしているのであろうか。世界各国の情報機関は、そこまで暇ではないはずである。テロという体裁を取る以上、この「作戦」には、何らかの形で「戦争屋」が関係していることには間違いないとは考えられる。彼らの目的は、世界の情報機関のリソースを浪費させるというものなのであろうか。

自爆テロ事件自体は、残念ながら、世界中でそれなりの件数が生じていることから、本事件も、それらの事件と比較可能である。この点でも、ザウルス氏は正しい。G7開催直前というタイミングで・英国で・イスラム教徒が・アメリカのアイコンのコンサート後に実行した、という特徴を除けば、その態様は、比較可能である。英国で、という表現には、かなり多くの含みがある。植民地を多く有していた歴史を持ち、先進国であり、イラク戦争を主導したカウンターパートであり、島国であるため比較的移民の身元が判明しており、英語という資産のために渡航し生活しやすく、過去にIRAによる多量の肥料を用いた車両爆弾テロの被害を多く経験してきた、という含みである。これらを詳細に解説することは、私の知識の圧倒的多数が公知の情報によるものとはいえ、現在の文脈では不適当極まりないことになるから、この程度に表現を留めておくことにする。とにかく、大事なことは、写真を示されたとき、見る者が見れば、それなりに状況を把握できるということである。

基本的な作法に則った情報の提示は、ここでは、写真の内容に手を加えず、撮影の責任の在処を明示するということになるが、デマを避ける上で重要である。そうであるべきところ、「世界的通信社」が道義に悖る形で情報を流すことには、何の益もないどころか、合理的な疑いを差し挟む余地を生じさせる。実際、私も「平均的日本人」から見れば彼岸の人間と化しつつあるが、私自身は健全な懐疑論者を目指しているつもりである。にもかかわらず、この写真自体の怪しさに触発され、ここまでの論を進めるために、余分な作業にまで手を染めることとなった。健全な精神は、健全な議論に触れることにより形成される。「世界的通信社」こそ、ここでは不健全極まりない情報を無責任にも垂れ流す形となっているのである。筆が滑りすぎたかもしれない。

撮影された状況のおかしさは、トリアージの態様、最も右側に横たわる人物の症状の安定度、割れたガラスの不存在、ブース上の照明の破損が認められないこと、の4点である。トリアージとは、医療関係者による、対応すべき患者の振い分け・優先順位の設定を指す。緊急時におけるトリアージは、救助側のリソースの希少性を鑑みて、症状に応じて、患者の治療を優先順位を決定する手順・方法を指す。

問題の写真中の被撮影者は、観客(負傷者?死者?)・スタッフ(警備員?)・地域警察官・消防隊(1名)のみで構成されているように見える。言い換えると、救急隊・SWAT・爆発物処理班・メディアが、唯一の爆発現場である写真の画角内にいたとしても、決して不自然ではないと思われるが、彼らの姿は見られないのである。三名の緑色のシャツ?を着た人物がいる。彼らは、何の装備も持たないようにも見えるし、照明の関係があるにしても、上着の色がNHS(国民保健サービス)などの医療関係者が着用する深緑色の制服?にも見えない。それゆえ、私は、彼が医療関係者であるとは判定しない。また、本事件そのものへの緊急対応において、軍隊が目に見える形で出動したという報道には接していない。

トリアージ上、写真に見られる状況が問題であるのは、多数の介助者がいるにもかかわらず、死者と生者が混在しているようにも見えることである。さらには、このようなトリアージの状態であるにもかかわらず、数日の後には死亡者の位置関係などが明確にメディアに示されていることである。一人一人に介助者が付き添わないこと自体は、リソース不足ということで片付けられようが、死者と生者が混在した状況で放置されていることは、何とも不可解である。横たわる全員が死者であることはあり得ない。なぜなら、右端に横たわる人物が生存しているからである。この人物は後ほど詳しく検討するが、死者と生者を混在させ続けることは、生者の意志を削ぐことにもなるから、極力避けられるべきことである。担架がないので搬送できないのかも知れないし、両者を分けようとしている最中なのかも知れないが、これだけの人数がいて、白い毛布がかけられておきながら、死者が搬送されていないというのも、混乱させられる話である。なお、白い毛布という存在は、救急・災害対応時を撮影した写真の中には、あまり見ないように思われる。血で染まった毛布を見てショックを受けるという連鎖を避けるためである。それに、本事件では、アルミの災害用毛布にくるまった女性たちが車両に乗りこむ様子も大々的に報道されている(写真の出所は、各自で把握されたい)。アルミの災害用毛布は、通常の毛布に比べてはるかに軽く小さいから、これが配布されていたとすれば、件の現場写真においても準用されていたと考えることには、さほど不自然さがないということになる。

トリアージについて補足しておくと、横たわる人物のいずれにもタグが付されていないことは、随分と不審である。緊急対応時のトリアージには、マンチェスター方式と呼ばれる方法がある。マンチェスター州におけるマンチェスター方式の具体的な実際は、私の知るところではないが、横たわる人のいずれにも、マンチェスター方式のタグ色である彩度の高い赤・橙・黄・緑・青の五色が付されていない。または、わが国もそうであるが、多くの国では、海難事故におけるトリアージを参考にしており、四段階(緑・黄色・赤・黒)のタグが付されることになっている。しかし、ここにも、生存の見込みがない者に付される黒色のタグさえも見られない。そして、この場合であっても、(最期まで看取る者がいるなど)適切な介助が必要であることは、警察官や消防隊が到着している以上、撮影現場に共有されていないはずがなかろう。状態がそうでないとすれば、その状態は、事後の反省材料ということになる。

写真後方に横たわる人たちの様子は、顔に血に塗れたタオルを掛けられたかのようであり、死者であるかのごとき様相であるが、にもかかわらず、介助すべき人物らの様子は、死者・負傷者の双方に対して、さほど深刻なものに見えていない。この点も、ザウルス氏の指摘と意見を一部共有するものである。彼ら介助者は、第二・第三の攻撃にも備えるようには見えない。つまりは、スタジアム内の安全が確保された後、負傷者のごく直近で、プロであるべき警察官もが一安心・一段落してしまっているようにも見えるのである。

最も不審な存在は、最も右手に横たわる人物である。この太めの人物は、写真の左手を頭側にして横たわっているが、明らかにスマホであるかのような白色に光る物体を右手に持っている。その様子は、家族等に連絡を取っているものとも考えられるが、この負傷者にはスマホを操作できるくらいの元気が残されていること、連絡が可能であると認められることの二点を伺わせる材料である。これらの負傷者あるいは死者に目立つ形でタグが付けられていないように見えることには、何らかの理由が求められなければならない。私が奈辺に真実があるのかを吐露する材料であると即断されてしまいかねないが、パリ事件の後に指摘されたような(2016年1月16日)ジャミングが存在していたとすれば、この人物を含めた写真の印象は、大きく変化したかもしれないなどとも考えてしまうのである。

先述したが、ロビーの天井にはガラス(の天)窓があったものと考えられるが、それらの破片が散乱した様子は見られない。Google様が収集していたロビーの写真というものは存在しないが、マンチェスター・シティの本拠地であるから、熱心なファンならば、ロビーの天井に窓ガラスがあったかどうかくらいは覚えているかもしれない。とにかく、ガラスが散乱して光る様子は、床面にまったく見られない。仮に、写真にフィルタが掛けられていなかったとすれば、天井のガラスがいかなる状態になっていたのかは、誰の眼にも明らかであったであろう。逆に、その被害を公開しないために、きつめのフィルタが採用されたのだと考えることもできる。しかしながら、写真中央のしゃがみ込む人物の目鼻立ちくらいは残されている以上、床面に散らばったはずのガラスがチケットブースの上の照明を反射して光る様子がまったく残されていないように見える点は、なんとも不可解である。

チケットブースの上に並んだ照明の一つとして破壊されていないということは、やはり不可解である。本事件直前における現実の照明の様子は、現場を体験的に知っていたり、写真が残されていたりしなければ、把握できないであろうが、いくらフーリガン対策とはいえ、蛍光灯と思しき照明の一つとして破壊されていないという状態は、被害者の人数などに対して、非整合的であるように思われる。この印象は、私が現場を知らないために生じているものではある。まったく考察の材料に不足している。専門家による調査が行われたとして、ここに挙げたすべての疑問に対して、解説がなされて初めて、それらの調査には信憑性が生まれることになろう。

このように見れば、確かに、ザウルス氏の指摘通り、この写真そのものには、不審点が多く見られる。この写真の不自然さは、事件に先立ち撮影されたと疑うだけの合理性を十分に喚起するものである。本ブログにおいても、新聞社・通信社の「嘘」を多く指摘してきたところである。私からすれば、AP通信の方が、ザウルス氏よりも、悪意を以て「嘘」を広めているのではないかとの疑いを抱くに十分なだけの「前科」を有している。ザウルス氏の事件不存在という指摘自体は、受け入れることができないものの、その指摘は、誤誘導を第一の目的として提起されたものではないであろう。AP通信には、写真の撮影者・真正性と加工に対する的確な説明とが求められる。これらについての説明なくして、ここで私が提起した批判の撤回は、到底あり得ない。

おわりに 写真が捏造されていたとすれば、それはバックアップ計画の一環としてとらえれば良い

最後に、写真がたとえ事前に準備されたものであるとしても、被害の不存在を証明する証拠にはならないという論理を示して、本稿を終える。フィルタの態様からすれば、問題の写真がスタジアムのロビーで撮影したものとは限らない。自称イスラム国は、少なくとも映像スタジオを有していると目されている。写真自体は、何らかの理由で公開されるに至ったものであるが、写真が真正なものであった場合の影響の方が深刻である。自称イスラム国が巷間指摘されているような情報機関の手先でもある場合には、専門家としてのノウハウを有しており、そのノウハウを悪事に活用していることを示す証拠になるからである。

ここで、アポロ陰謀論について、少しだけ寄り道をしておいた方が、陰謀論に親しんだ読者には、理解が進むかも知れない。この陰謀論は、「スタンリー・キューブリック氏がアポロ月面着陸の映像を地球上で監督・製作し、これが世界中に報道された」というものである。この理解は、陰謀論としての多数説であるが、私は、このような一面的な見方を取らない。キューブリック氏による撮影プロジェクトと、月面着陸プロジェクトの、それぞれの真偽を別個に検討すべきと考えるのである。つまり、(A)スタンリー・キューブリック氏(かほかの誰か)がアポロ月面着陸の映像を地球上で監督・製作したという噂と、(B)アポロ月面着陸は、別々の主題として論じることが可能である。各人の意見は、(A)(B)に加え、(C)放映された映像は真正であるか、を考慮すると、(A)(B)(C)の順に、T-T-F、T-T-T、T-F-F、F-T-Fといった4種の組のみが理論的に成立することが分かる。このとき、従来の議論において、T-T-TとT-T-Fが無視されてきたことは、明らかである。ここで、TはTRUE(真)、FはFALSE(偽)の略語である。

このように、要素還元型の思考が可能になることが、私が勝手に命名した「セット思考」の有用性である。なお、遅まきながら、ごくごく最近、「セット思考」は、ラカトシュ・イムレ氏が科学理論について考察した際の「リサーチ・プログラム論」により上書き可能でありそうなことに気が付いたところである。本稿の取扱うような、陰謀論の個別の主題についても、「リサーチ・プログラム論」は、適用可能である。また、仮に、今回の事件が事実不存在であろうがなかろうが、恐怖により人を支配しようとするという一部(組織・人間)の活動の存在までは否定できないであろう。このような組織の存在を訴える点については、ザウルス氏の主張は正しいと私も考える。

かえって読者の理解が混乱したかも知れないという虞は無視して、結論を急ごう。ロンドンで再度車両テロが生じたとのニュースが、家人の点けっぱなしのテレビから聞こえてきたところである。このニュースは、写真の真正性を増し、その写真の状況から読み取ることの可能な英国社会の対応力の脆弱さをますます露わにしている危険が認められる。つまり、先に言及した写真のチクハグさは、テロ対策に対する組織人の意識が私が考えてきたほどに高くはないという虞を表したものである。英国の総選挙に対して、テロへの恐怖をテコ入れすることの有用性を、戦争屋筋も認めたということになる。英保守党・労働党の二大政党と、第三極のいずれかに対して、戦争屋が浸透しようと躍起になっている可能性は、極めて高い。英国にとって、正念場ということになる。

件の写真の真偽は、本事件が真に存在するものであった場合、事件とは関係なく成立する。本事件の存在自体が偽装であった場合にのみ、写真の真正性は、偽作ということになる。この関係性に気が付いていたからこそ、ザウルス氏の記事に対するコメント主の一人は、この点を問うていたのであろう。あえて付記しておくと、そのコメント主は、決して私ではない。

繰り返しになるが、戦争屋に代表される犯罪者が陰謀の成功を企図する場合、代替案を用意しないということは考えられない。今時のゲーマーにとっては、『PayDay』シリーズなどで、プランA(隠密策)プランB(露見した後の強攻策)があることは、常識の部類に入るかも知れない。知らぬは日本人高齢者ばかりなり、ということかも知れない。惜しむらくは、このような要素還元法が、陰謀論者とされる人々の間でさえも、無視されがちなことである。以上の反論に接して、ザウルス氏の意見が修正されないとすれば(、その見込みは、彼のサイトのコメント欄を読む限りでは、極めて濃厚であるが)、彼自身にとっても残念なことである。


※1 それに、記事中のコメント欄におけるザウルス氏の記述が議論のルールを重視すると指摘している以上、私が同氏のブログを議論のルールに則ったものであるとみなしても、差し支えはなかろう。

※2 。ザウルス氏の主張は、リストにより提示されているが、複数の論点がひとつの項目に含まれているため、適宜分割し、番号付きリストとして再編した。

※3 一面的に自説の正しさを頑迷かつ拙速に主張し続けた方がアクセスが伸び易いところは、現在の情報環境の最大の問題点である。また、この手の話題を好む読者には、一般人とプロとが含まれようが、本稿は、プロにとっては雑音にしかならないであろうし、かといって、一般人にとってはどっちつかずで役立たないように思われるであろう。著者にとっても、労多くして益少なしの作業であるが、頑迷な書き散らし屋に対して、本稿が一段上の思考を強いるものとなることを期待するばかりである。

※4 本文中で後述するが、複数の計画が並行して実行されていることは、テロが現実に行われた場合であっても、テロが偽装された場合であっても、同様に該当するであろう。いずれも、成功を企図して実行される計画である以上、バックアッププラン(代替的計画)の存在を否定するデバンキングなどは、論理的から程遠いものである。

※5 この知的財産法の下でのジレンマは、コンサート会場におけるオムニプティコン(衆人による衆人の相互監視)が成立しにくい理由の一つであろう。撮影禁止という状況は、観衆のスマホ等のカメラ機能が常時作動していると思われないがゆえに、偽旗テロのターゲットにされやすいという特徴があるやも知れない。この点は、私自身、本稿を執筆する中で、初めて気が付いたことである。公式映像の解像度に比べて段違いに悪い品質であれば映像の公開を許可したり、重大事件の際の撮影行為については、違法性を阻却するというのも一つの方法論であろう。AKB48は、撮影OKのハシリみたいな話があったようななかったような。うろ覚えなので、これは期限なしの宿題としたい。

※6 漫画の例であり、不謹慎かつ失当かも知れないが、『デトロイト・メタル・シティ』のクラウザーさんが東京タワーにマウンティングするところを、ファンが撮影していた覚えがある。

※7 東日本大震災直後、日本の報道機関と海外の報道機関との遺体に係る映像処理の落差が問題視されたことがある(リンクや細かい検討は省略する)。その是非を問うためには、当時、英国の報道機関がいかなる基準に拠りながら、わが国で報道されなかった何を報道したのか、などが検証されなければならないであろう。メキシコの麻薬戦争が一部に殊更取り上げられるのは、実際に同国における麻薬流通が問題であることもさることながら、事件が勢力を誇示するために実行されているという側面と、それを報道がそのまま取り上げるという側面とを考慮する必要がある。

※8 どうやって急がず慌てず逃げればええねん?というツイート主の言葉[5]は、まっとうな感想ではある。

※9 距離$r_1$において計測された騒音が$L_{r_1}$である場合、距離$r_2$で計測される騒音は、$L_{r_2} = L_{r_1} - 20 \times log_{10}\dfrac{r_2}{r_1}$で求められる。計算は、次のサイト[16]で簡単にできる。(私は『R』を利用した。)なお、132dBという出所の資料[9]の本文は、無料では見られないようであるので確認しておらず、よって、0.3mという距離を勝手に設定した。が、通常、1mで計算されている(であろう)から、短めに距離を設定したことによって、問題は生じていないものと考える。

※10 火災探知機は、電離式・光学(光電子)式・熱式・複合式の4種が英国内では流通している[17]が、このうちの熱式以外のものであれば、排煙設備が稼働したであろう。ただし、スタジアム内で火災が発生したかのアラームが鳴り響き続けた様子はないから[1]、排煙設備が稼働していたか否かは、続報や後の調査研究を待たねばならないであろう。

※11 とはいえ、『泰緬鉄道からの生還 ある英国兵が命をかけて綴った捕虜日記1942〜1945』(アルバート・モートン〔著〕, デイビッド・モートン〔監修〕, チームPOW〔訳〕, 2009年8月, 雄山閣)には、たびたび、英国人の下士官や兵士に対する無情さへの不満が記されている。同書は、極限状況下における(立派な)英国人の感情や行動を知る上での好著であるが、同書に示される英国人気質が現在にも通じるものであるとするならば、問題の写真に見られる状況は、一面的に評価し難いものとなる。現状がたるんでいるから軍紀粛正が謳われるのであって、これと同様、レディ・ファーストが主張されるのは、現状がそうではないことの裏返しとみることも可能となるからである。なお、脱線しておくと、日本語話者の外国人がときに一般の日本人よりも日本の文化に詳しいのは、日本語学習テキストが優れているからという可能性も含んでおかなくてはなるまい。


[1] Manchester attack: 22 dead and 59 hurt in suicide bombing - BBC News
(BBC News Manchester、2017年05月23日09時48分GMT)
http://www.bbc.com/news/uk-england-manchester-40010124

[2] 「マンチェスターコンサート爆破事件」 1.“被害演出作戦” のトリック - ザウルスでござる
(ザウルス、2017年05月24日15:04:40)
http://blog.goo.ne.jp/zaurus13/e/922bb4737a5eb6e1be9472107d3538f0

[3] 大衆操作のテクニック 「マンチェスターコンサート爆破事件」 2.  - ザウルスでござる
(ザウルス、2017年05月27日01:21:40)
http://blog.goo.ne.jp/zaurus13/e/55b08255e410b282888da8795cc07d33

[4] The Latest: Investigators hunt for accomplices of bomber | Boston Herald
(Associated Press、2017年05月24日)
http://www.bostonherald.com/news/international/2017/05/the_latest_investigators_hunt_for_accomplices_of_bomber

[5]

[6] FACT CHECK: Was the Manchester Terror Attack a 'False Flag'?
(Bethania Palma、(Featured Image: Peter Byrne / AP)、2017年05月24日)
http://www.snopes.com/manchester-attack-false-flag/

[7] Manchester terrorist attacker used '£20 backpack bomb' as shock crime scene photos emerge | Daily Star
(Henry Holloway、2017年05月25日)
http://www.dailystar.co.uk/news/latest-news/617083/Manchester-Terrorist-Attack-ISIS-Salam-Abedi-Backpack-Bomb-Suicide-Ariana-Grande-Photos

[8]https://ichef-1.bbci.co.uk/news/768/cpsprodpb/6C45/production/_96171772_shutterstock_editorial_8828037c_large.jpg
#上掲[1]中のページに掲載されている画像の拡大用のリンク。

[9] Physical characteristics of gunfire impulse noise and its attenuation by hearing protectors. - PubMed - NCBI
(Ylikoski M, Pekkarinen JO, Starck JP, Pääkkönen RJ, Ylikoski JS., 1995. Physical characteristics of gunfire impulse noise and its attenuation by hearing protectors, Scand Audiol. 24(1):3-11.)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/7761796

[10] 銃声 - Wikipedia
(2017年06月04日確認)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%83%E5%A3%B0

[11] How much damage is caused by hearing gun fire? - Quora
(2017年06月04日確認)
https://www.quora.com/How-much-damage-is-caused-by-hearing-gun-fire
#真偽を確認できないが、Barry Melton氏の2017年01月16日更新の回答は、150dB以上の具体的な数値を載せている。

[12] Manchester Terrorist Attack! Ariana Grande concert! Updated! - YouTube
(Monrael、2017年05月27日)
https://www.youtube.com/watch?v=A06eBy6-3RQ
#出典確認が必要であるが、コンサート会場内で撮影されたと思しき複数の映像もまとめられている。

[13] Faces of the innocent: Victims of cowardly attack at Manchester Arena | Metro News
(Richard Hartley-Parkinson for Metro.co.uk、2017年05月26日07時22分GMT)
http://metro.co.uk/2017/05/26/faces-of-the-innocent-victims-of-cowardly-attack-at-manchester-arena-6657611/

[14] Who are the victims of the Manchester terror attack?
(Helena Horton and Joe Shute、2017年05月31日08時09分GMT)
http://www.telegraph.co.uk/news/2017/05/23/victims-manchester-terror-attack/

[15] CCTV | ICO
(Information Commissioner's Office、2016年08月19日、2017年06月02日確認)
https://ico.org.uk/for-the-public/cctv/

どのような場合にCCTV映像を開示できるのか?(When can CCTV images be disclosed?)

〔#被写体は誰でも〕、CCTV映像を閲覧し、その〔#画像の〕複製を求める権利がある。〔#CCTVの管理〕組織は、40暦日以内に要求に応えなければならず〔#注:営業日ではないことが強調されている〕、10英ポンドを上限とする費用を請求しうる(これは、英国議会によって定められた最高額である)。開示要求者は、作業者が映像中の人物を確認し、〔#録画〕システム中で映像を発見できるように補助するため、〔#日時等の〕詳細を提供する必要がある。

  • CCTV作業者は、人物を特定可能な映像を娯楽目的でメディアに提供してはならず、また、インターネットに掲載してはならない。人物特定のためにメディアに公開された映像は、通常、警察によって開示されたものである。
  • 管理組織は、犯罪捜査などの法律上の理由から、CCTV映像を開示することができる。映像を提供された組織は、受領した映像について、1998年データ保護法に定められた映像の取扱いに従わねばならない。
  • 公共機関は、2000年情報自由法、または2000年スコットランド情報自由法の対象となる。この法律は、公衆が公共機関に書面で公式情報の請求を許可し、公共機関が20営業日内に回答する義務を負わせるものである。請求人が写された映像が請求された場合、その請求は、〔#情報自由法の〕対象アクセス要求〔#Subject Access Request〕であるとともにデータ保護法の対象として処理される。しかしながら、CCTV画像において他人が特定可能である場合、それらの映像は、個人情報であるとみなされ、情報自由法の例外に当たるものとされうる〔#注:この状態への対応はケースバイケースか〕。

[16] 騒音減衰計算
(2017年06月04日確認)
http://tomari.org/main/java/db_souon.html

[17] Smoke Alarms – UK Fire Service Resources
(2016年12月か?)
http://www.fireservice.co.uk/safety/smoke-alarms/




2017(平成29)年6月5日修正

文言の一部を、文意を変えない程度に修正した。検索向け説明の単語を訂正した。




2017(平成29)年6月7日修正・追記

文言の一部を、文意を変えない程度に修正した。

Google MapによるEtihad Stadium周辺の「写真」は、参考として、提供されたままを(as isとして)見るほかないが、事件の実在を補強する材料としては有用である。建物ファサード及び天井面に係る画像は、3Dモデル作成のために加工されている。その上、ワイヤー等の表現が難しい場所や、その影に隠れる部分については、第三者がその加工方法を(知っても仕方ないが)後追いしにくい形で画像が補間・加工されているものと認められる。著作権表記は「画像 (c) 2017 Google」とあるが、いつ撮影されたのかは不明である。ただし、3.11における同社の福島第一原発事故についての情報提供を踏まえれば、比較的最近の(事件後の)写真であるものと類推しても、間違いなかろう。

工事は、かなり大掛かりなようにも見える。元写真から3Dモデルに貼り付けたときの歪みが適切に補正されていないようであるので、北側を12時にして上空から見たとき、7時方向のファサードにもまるでダメージがあるかのように見えてしまう。他方で、5時方向のファサードには工事が入っているようにも見受けられる。いずれにしても、この事件を大掛かりな不存在であると結論するには、無理があるように思う。近日中であれば、地図(写真)が変更されることもないと思われるので、スクリーンショットは公開しない。




2017(平成29)年6月14日訂正

冒頭のリストタグや文章に誤りが見られたために修正したが、文意は変化していないはずである。

2017年5月24日水曜日

(メモ)国連特別報告者のケナタッチ氏の安倍氏宛書簡(2017年5月18日付)

東京新聞政治部(@tokyoseijibu)の2017年05月21日09時26分の公式ツイート[1]は、21日の紙面記事「「共謀罪」に懸念/首相あて国連特別報告者の書簡」を画像として掲載する。記事本文は、下記ツイートの画像リンクにて、ご確認いただきたい。この記事は、国連人権高等弁務官事務所・プライバシーの権利に関する国連特別報告者のジョセフ・ケナタッチ氏(Joseph Cannataci、マルタ大学メディア&ナレッジサイエンス学部教授、2015年7月より3年間、同職としては初代[2])の安倍晋三首相宛書簡[3]の大部分を和訳・掲載するものである。

元の文書は、私が読むところ、主目的が「共謀」罪(テロ等準備罪)に対する批判の正確性を問合せたものであるが、20日付の東京新聞の記事[4]が解釈するように、テロ等準備罪がプライバシー権を侵害する虞を批判するものとしても読めなくはない。ただ、記事のように批判を目的とするために、和訳がねじ曲げられているとすれば、それは大変遺憾なことである。たとえば、東京新聞の和訳が

法改正案に関する情報の正確性や日本におけるプライバシー権への影響の可能性を決めてかかる気はありません。ただ、閣下の政府に対しては、日本が批准した自由権規約(ICCPR)によって課されているプライバシー保護に関する義務について注意したいと思います。〔東京新聞訳〕
のようであるところ、当該の英文をできるだけ忠実に訳すと、
私は、日本のプライバシー権に対する法改正ならびに改正に伴う潜在的影響についての情報の正確性を、予断をもって判定したくはありませんが、閣下の政府に対しては、1978年に日本が批准した「市民的及び政治的権利に関する国際規約(ICCPR)」により確立されたプライバシーの権利に関する義務に注意を払うよう、お願い申し上げます。〔筆者訳〕
という一文となる。この文書がパラグラフ・ライティングされているものと解釈した場合、この文はトピック・センテンス(主題文)であるから、本来、分かち書きしてはいけない。東京新聞の訳の緩さ(自在さ)をいかに解釈するのかは、読者次第である。

訳が厳密なものではないとはいえ、原文と対比する限りでは、東京新聞の和訳は、文書の意図を問題ない程度に伝えている。国連から事実確認が要求されていると解釈することは、誰にでも許されることであろう。このとき、23日付で東京新聞が報じる[5]ように、政権が無闇に反発しているだけであるとすれば、安倍政権は、ここでの「情報戦」に負けている。官僚組織ともども、問合せには淡々と応じるべきである。

安全を扱う分野の(自称)専門家としては、次の一文が気になる。

また、NGOの仕事、とりわけ国家安全保障のセンシティブな分野におけるものに対する、本法制の潜在的影響への懸念が湧き上がっております。政府は、この〔共謀罪の〕適用がこの分野には影響しないかのように繰り返してきたと言われています。しかし、「組織的犯罪集団」の定義の曖昧さは、依然として、例えば、国益に反して活動するとみなされたNGOの監視を合法化する機会を造り出すものと批判されています。〔筆者訳〕
これは、過日(2017年3月25日2017年4月26日)指摘したように、テロ等準備罪が、諸外国において「カラー革命」を支援してきた「戦争屋」に対する心理的な抑止力として機能するものと読み替えることも可能である。

テロ等準備罪の存在自体により、普遍的な人権保障の実現のために活動する非営利組織が萎縮するという具体的な危険が生じることは事実であるが、他方で、「戦争屋」の手下である活動家の内心に圧力が掛けられることを考慮すれば、テロ等準備罪の是非については、あくまで、これらの二種類の利益を比較考量した上で論じられるべきである。日本国民全員の金銭的利益だけで考慮すれば、ヘリコプターマネーによる財政破綻を避けるため(2017年3月30日記事)、テロ等準備罪が必要であったとされてしまうと、この船橋洋一氏及びジョージ・ソロス氏による巨大な一例ゆえに、多くの人権侵害は、金銭上、相対的に僅少な損害であると片付けられてしまうことになる。他方で、私自身も、正当な言論活動に対する萎縮効果を内心に感じているが、このマイナス効果は、金銭上、限りなくゼロとして算定されてしまうことになる。

「大事(=戦争屋への抑止)の前の小事(=言論者の萎縮)」をたびたび許してきた結果、現在の日本社会があると言えるが、テロ等準備罪創設の影響がいかなるものになるのかは、その適用・運用状況により、後世の判断を仰ぐほかない。同罪が戦争屋一味にのみ適用されたというストイックさを通じて、わが国は、世界に公正な法の運用をアピールすることができる。しかし、これだけでは、内心の萎縮という現今の批判の核心に十分に応答したものとはならない。後世における運用状況の十分な開示と、裁判所への権限の付与の二点が要点かと思われるが、両方とも、現在のわが国には、実現を望み得ない。大坂正明容疑者の逮捕は、偶然によるものかも知れないために、大きく報道されてしまうことはやむを得ないが、他方で、このニュースを警察による一種の示威行為と受け取る人々もいよう。現今の情報を総合すれば、わが国は、当面の間、人権の保障された民主主義国家とは程遠い姿勢を継続し、後世においても、そのように評価されることを良しとした、ということになろう。

今回も、長々と和訳に仕込まれた悪意の有無を検討してきたが、戦争屋の意に沿う情報を流通させるという情報ブローカー(中間業者)商売が、どれだけわが国の国益を棄損してきたかを考慮すれば、この検討作業も必要であったと言えよう。メディアのアジェンダ(議題)設定能力は、警戒を以て指摘されてきたことであるが、和訳をねじ曲げるという荒技も、最早、常に警戒すべき対象と化している。この状態は、現在の若年者への教育環境を考慮すれば、今後も継続することを考慮しておくべきであろう。正しい知識を追究しても学術活動上の不都合が生じることがなく、また、正確に報道すべき内容を報道しなかったときに適時・適量の制裁が加えられる世の中でなければ、当面、このような状況が続くものと考えて差し支えなかろう。なぜなら、客観的な見地から批判する人物のリソースは限定されたままであろうし、また、メディアも好き放題、金主の言うなりに飛ばし記事を載せまくるであろうからである。


[1]

[2] OHCHR | Special Rapporteur on Privacy
(2017年05月23日確認)
http://www.ohchr.org/EN/Issues/Privacy/SR/Pages/SRPrivacyIndex.aspx

[3] Letter to Japan on the the 'conspiracy' bill
(Joseph Cannataci, Special Rapporteur on the right to privacy、2017年05月18日)
http://www.ohchr.org/Documents/Issues/Privacy/OL_JPN.pdf

[4] 東京新聞:「恣意的運用」国際視点から警告 国連報告者、首相に書簡 「共謀罪」採決強行:社会(TOKYO Web)
(辻渕智之、2017年05月20日付朝刊)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201705/CK2017052002000123.html

[5] 東京新聞:「共謀罪」書簡の国連特別報告者 日本政府の抗議に反論:国際(TOKYO Web)
(ロンドン=小嶋麻友美、2017年5月23日朝刊付)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201705/CK2017052302000119.html




2017年5月29日追記

特定非営利活動法人ヒューマンライツ・ナウと海渡雄一氏らによる翻訳も似通ったものであることに気が付いたので、(私自身のために)メモしておく。

[1] 国連特別報告者ジョセフ・ケナタッチ氏 共謀罪法案について安倍内閣総理大臣宛の書簡全体の翻訳 | ヒューマンライツ・ナウ
(2017年05月23日)
http://hrn.or.jp/news/11053/




2017年6月7日追記

大坂正明容疑者の逮捕は、本日付『産経新聞』のウェブニュースによれば、長い時間をかけて内偵し、機を逃さず逮捕したものであったという。逮捕がテロ等準備罪に向けたこの時期に偶然に一致したという見方は、成立しないものといえるが、他方で、逮捕・拘留せずに良い訳がないから、本件が不穏分子への威嚇効果を持つとしても、それは一般人には関わりのないことである。また、この逮捕を恣意的であるとして批判することも、容疑が重大である以上、失当であると言えよう。当人がなぜ逃亡し続けたのか、し続けられたのかという話も、幇助した組織も含めて、批判に晒されるべきである。

また、この人物の同定がDNA鑑定でのみ可能であったという報道内容には、いささか驚く。指紋や掌紋が決定打にならなかったということが驚きである。ただ、これ以上の詮索はしない。

[1] 半世紀近く逃亡、完全黙秘 人定作業難航の末に特定 渋谷暴動の大坂容疑者再逮捕 (産経新聞) - Yahoo!ニュース
(記名なし、2017年06月07日15時02分)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170607-00000098-san-soci

〔...略...〕「中核派」の大坂正明容疑者(67)が7日、殺人容疑などで警視庁に逮捕された。公務執行妨害容疑で大阪府警に逮捕されてからの20日間、「完全黙秘」を貫いた大坂容疑者。〔...略...〕

「百パーセント(本人だと)裏付けるのは、正直不可能。これ以上ないところまで客観的な証拠を積み上げた」。ある府警幹部は、こう明かした。広島市内のマンションで捜索中の捜査員に体当たりしたとして、大坂容疑者が逮捕されたのは5月18日。〔...略...〕

供述が得られない中、大きな支えになったのはDNA型鑑定だった。生前に提出を受けていた大坂容疑者の母親(故人)のDNA型を照合したところ、「血縁関係があるとみて矛盾がない」との結果が出た。父親がすでに亡くなり入手できていなかった父系のDNA型についても、親族男性のものと照合し、「親族関係の可能性を否定しない」との結果が得られた。〔...略...〕

2017年4月18日火曜日

わが国のテロ対策はオール・ジャパンの取組とは言い難い

本稿は、別に用意する予定の原稿の派生物であり、同記事で扱う2015年11月4日の中央線自転車投込み事件(以下、中央線事件)に関連した論評を分割したものである。「ぱよぱよち~ん事件」に時空間上近接して、中央線に自転車が投げ込まれるという事件があった。この事件は、翌年2月4日に中央大学の学生が逮捕されるという形で、一応の解決を見た。ただし、テロ対策という点からみて、日本社会は、この事件が与えた教訓を事後に活用してきていない。また、テロ対策に係る官民の取組は、予想される脅威の深刻さから言えば、不十分なものに終わるであろう。何事もなければ、ラッキーで済む話であるが、現政権と戦争屋との仲違いが継続する場合には、相応の対策が必要となる。

中央線事件の直後の印象は、態様と発生場所のために、テロ事件への含みを残すものであった。わが国の都市部の旅客鉄道網は、他国の都市に比べて、時空間上の密度、延伸距離ともに大きく、それゆえ高効率である。日本社会は、この効率性の高さを当然視して、都市活動を組み立てているが、日本の事情に多少なりとも通じた犯罪企図者であれば、その脆弱性にも強く気が付いている。2015年の夏に断続的に生じたJR東日本鉄道敷地への不審火事件(威力業務妨害等、以下、連続不審火事件)は、単独犯であろうと、あるいは、認定事実とは異なり、インスタグラムを通じた他の人物の協力が存在したとしても、この脆弱性が気付かれてしまっていることを示している(2015年10月7日)。なお、同事件の受刑者が収監されているはずの2017年4月16日時点においても、本人のインスタグラムやツイッターアカウントは、ウェブ上で確認可能である。とりわけ、インスタグラムの放置状態には、問題があろう。

幸いというべきか、中央線事件には、連続不審火事件のような不穏な背景は認められなかったようである。結果の重大さは別であるし、ジャニーズ所属と騒がれた容疑者の経歴の真偽も大きな社会的影響を生じさせたが、原因自体は、単に犯人の飲酒・酩酊によるのであろう。法政大学の学生であるから、過激派におだてられてやってしまったというオチも不可能ではないが、動機や詳しい経緯の追及は、ジャーナリストの仕事である。可能性を指摘しておけば、安楽椅子探偵気取りの私としては十分である。

複数の先進的な「攻撃」を受け、東京オリンピックを迎えようとしている現在、各鉄道事業者と国土交通省は、安全と定時運行に関して、従来を超えて最善を尽くすか、それが無理なら社会全体に対して適切に援助を求めるという、基本的な責務(=絶対に達成しなければならない課題)を負っている。両事件後、それぞれの担当者が十分に注意を払い、広義の安全に配慮した活動を徹底していたとすれば、今までの間に、問題の根本は解決されているはずである。そうなっていないことは自明である。1千億円の予算が東京オリンピック警備に計上されたというが、セキュリティの重大さ(と怠惰な天下りが含まれるという事実)からみて、まだ、一桁予算が不足している。何より、知恵が不足しており、実名を挙げると恥をかかされたと考える者も出てこようから、あえて名を挙げることはしないが、ある関連分野の査読なしの研究論文は、本稿に挙げた事件の重大性を理解していたとするならば、そのような文面とはならないであろう、楽天的な記述に溢れている。山本七平氏の「水と安全はタダ」という標語は、水道法改悪後の今こそ、想起されるべきである。たとえば、スタジアムの「見た目だけのデザイン」に余分な100億円をかけることを議論する前に、「セキュリティのための実効的なデザイン」にこそ、100億円を投じるべきという世論が喚起されていたであろう。そして、繰り返しになるが、普段から悪いことに着目する人物でなければ、脆弱性に対する注意は、研究者と言えども働きにくいのである。(福島第一原発事故に際して爆発が起こらないと述べた御用学者たちは、自己規制から危険を甘く見積もったために、見事に現実に裏切られた。)

なお、鉄道への攻撃とは異なる種類のハザードとはなるが、一市民から見た場合の、規範的な観点からの、オリンピックというイベントにおける最も深刻なダメージは、ミュンヘンオリンピックに見られたような、選手への加害行為である。その懸念が現実のものとなった場合、わが国の国際的地位は、取り返しの付かない致命傷を受けることになる。なお、政治家は、いざというとき命を張る職業であるし、警察は、政治家の身の安全を、私が指摘せずとも最優先するであろう。このため、ここで疎かになりがちな面だけを強調しておくことは、十分に意義あることである。なお、日本人の一部には到底理解できないかもしれないが、加害の形態には、「食べて応援」を強制するというものもある。日本人がいかに思おうが、相手が加害ととらえれば、おしまいである。アウェイにおいて、アスリートが食べ物に苦労するという話は、普遍的であるが、これを外国人選手の側から見れば良いだけの話である。

中央線事件と連続不審火事件は、広く社会に知れ渡ってしまっており、犯罪企図者も、公開資料だけから経緯を再構成して参考にできるほどである。一般市民や報道関係者や(低レベルな)研究者から事件が忘れ去られたとしても、犯罪企図者に同様の期待を寄せることができるとは、とても言えない。人間、興味のある内容は、いつまでも覚えているし、注意が向くものである。決して、犯罪企図者の能力を侮ってはいけない。この点、「犯罪ジャーナリスト」の小川泰平氏は、逮捕前、東京スポーツの取材に答えて、「犯人は稚拙」と指摘していたが、小川氏は、この犯人について、見解を改めたのであろうか。十中八九、事後の確認と訂正とを怠っているだけというのが、私の小川氏の行動についての推測である。是非、小川氏には、受刑者のインスタグラムを検討した上で、改めて意見を陳述してもらいたいところである。所詮は東スポだし、この記事をネッシーネタと同列の扱いとしても良いのかも知れないが、小川氏の沽券には関わることであろう。わが国の安全を語るべき人々の声は、なぜか、局所に限定化されるから、小川氏のようにマスコミへの露出が大きな人物には、より正確で実効的な評論をお願いしたいものである。もちろん、私はその任に相応しくないものと(能力の低い検閲屋に)判定されているであろうが、一国のセキュリティに係る言論状況が、今のままの貧相な状態で良い訳がない。


【JR東日本連続放火】専門家は稚拙な単独犯と分析
(記名なし、2015年09月05日 06時30分)
http://www.tokyo-sports.co.jp/?p=443263


ところで、テロ事件は、一般市民への恐怖を目的として実行される。このため、通常ならば、意図を確実に伝達するために、犯行集団から事件後に犯行声明が発表される。中央線事件では、事後の犯行声明は見られなかった。従来から、高速道路や新幹線などに対する類似の投込み事件は報道されており、少年らによるいたずらであることが後に判明する場合が多いように見受けられる。中央線事件も、犯行声明が見当たらなかった以上、同様のいたずら(というには惹起しうる結果が重大過ぎるが)とみなされたのであろう。

この点、対照的なことであるが、2008年6月8日の秋葉原無差別殺傷事件(以下、秋葉原事件)は、社会全体の反応を外形的に見ると、テロ事件の要件を満たす。犯人が犯行直前までネットへの書込みを続け、それらの記述が事後に広く共有され、政治的に解釈されたためである。犯人の動機が個人的なものであったにせよ、その後の論壇が事件の解釈に当たり政治性を持ち込んだことにより、同事件は、犯人によるコントロールを離れたところで、テロ事件化した。犯人が逮捕後の展開に至るまで計画し尽くした上で犯行に及んだものとは考えられていないし、当初の犯人の怒りは、ネット上の秩序を乱されたことに向けられたと一般に解釈されている。このため、本事件の当初の性格は、あくまで個人による大量殺傷事件であったと考えることができる。もちろん、それに巻き込まれた被害者は、無辜であり、無念であろう。しかし、犯罪を研究する者ならば、場を荒らした匿名者を犯人が独力で暴露することが困難であったからこそ、ほぼ間違いなく無関係の人々を代替的に選択したという側面に注目すべきである。つまり、秋葉原事件における犯行対象の選定は、日和見的(oppotunistic)なものとして理解されるべきである。

ただ、秋葉原事件は、犯人の社会的地位から発した怒りが「社会に向けられた」ものと解釈する言説の登場によって、テロ事件としての外形を備えるに至った。政治家ならば、不道徳的と見做されようが、このような解釈を取ることは、本人が結果責任を引き受けている訳であるから、本人の自由である。しかし、正確な理解を社会に対して提供すべき学識経験者が、本件を積極的にテロ事件と見做すことは、自らの職務に不誠実であると非難される余地を持つことになる。有識者は、自らの言論の再帰性を自覚する必要があった。この点、私は、以前(2016年7月26日)に相模原障がい者入居施設大量殺傷事件について、これをテロと見做すべきと論じたことがある。結局、同事件を次回への教訓として反省に生かそうとする組織や社会集団は、厚生労働省の所轄下に限定されてしまっているから、私の判断は、本来自己検証すべき組織に届く方法を採らなかったものとはいえ、後世に対してどの組織が努力を怠ったのかを示すことには成功したものと考えるがゆえに、正しかったものと考える。関係した全ての組織において、タブー抜きの検証(責任追及ではなく、事故調査委員会の目的と同様、事件の経緯と再発防止を目的とした検証)が行われる必要は、依然として残されている。

中央線事件は、犯人の確実かつ迅速な逮捕を通じて、日本の警察の優秀さを内外にアピールし、誰に対しても公平に接することを主張できる機会でもあった。犯行声明がないために、その性格がテロとは呼べないことが数日後に明らかになっていたにせよ、依然として、早期解決には価値があったのである。イスラム教徒に対して宗教プロファイリングを実行していたことを示す警視庁の資料がTOR経由で流出して以来、イスラム過激派に対する日本のテロ対策の有効性に対しては、根本的な疑義が持たれてきた。三大宗教の一つを丸ごとテロ予備軍扱いするという、当局の稚拙なテロ対応は、良識ある市民、特に、留学生や教員を装う過激派に接点を有しうる大学教員の一部の人心を決定的に離反させた。被害者の救済もせず、この失態をなかったかのように糊塗することは、国際標準からみて、三流国としか呼べない対応である。およそ非知性的な官憲の振舞いは、良識派を自認するインテリに嫌悪感を抱かせる。その嫌悪感は、左翼色の強いカラーの大学を二心ある留学生にとって結果として集まりやすい場所としてしまう。そこでは、不正義を放置する公安警察への反発から、人を疑わないという態度を強調するあまり、必要な程度を超えた放任主義が取られ、結果、その脆弱性が悪用される。これらの大学における過剰な善意が、皮肉にも、大学をテロ対策上のセキュリティホールへと転化してしまうのである。以前(2017年2月7日)にも一部指摘したが、この悪循環を断ち切るためにも、教職にあり軽々にトランプ政権を批判する有識者にこそ、このジレンマに向かうための自浄努力が求められるし、何よりもまず、その自浄努力を促すためにも、稚拙なイスラム過激派対策を実行した人物たちに、率直で真摯な謝罪が求められるのである。

自称イスラム国による2015年1月頃の湯川遥菜氏と後藤健二氏の殺害事件は、明らかに事件期間の政治的判断との連関が認められるために、殺害という結果そのものの責任を、テロ対策機関のみに帰属させることはできない。(ただし、本事件は、遺体が返却されていないことに注意しなければならない。人質の遺体は、テロ組織のビジネス上の資産である。この遺体返還が実現されていないことは、本事件が報道通りではないものか、当局が無能力であるかのいずれかを示すことになる。)しかし問題は、その後の検証過程に(こそ)ある。この検証に係る報告書[1]は、警視庁の資料流出事件と、その後のイスラム教関係者の逮捕・事件化を通じて、イスラム教徒からの普遍的な信頼を失っているにもかかわらず、一昔前のCR(community relations)活動を参照して、政府の対応を正当化している。この検証には、学識経験者も参加したことになってはいるが、おそらく、案文は、事務局によりすべて作成されたことであろう。自身の手を動かさないこと自体は、政府側の学識経験者の怠慢であり、それ自体によって、批判されるべき※1ことであるが、それに加えて、CR活動の基礎が相手との相互の信頼関係に基づくものという基本が忘れ去られている点、噴飯物と評することができる。他方で、この論理構成の原典が『市民と警察』(モンボイス, 1969, 立花書房)[1]辺りであろうと的確に推測することのできない板垣雄三・西谷文和・黒木英充の三氏の批判[2]も、不勉強であると批判される対象となり得る。

わが国政府におけるテロ対策は、形式上、内閣官房に集約されてはいるが、対策の現場を考慮した場合、省庁縦割りに準じたものとなる。内閣官房の機能は、問題の大きさに対しては無力であると言えるほどの規模であり、省庁の寄合い所帯であると呼んだ方が良いであろう。私益(個益)・省益といった縦割り社会を前提とした文化は、現在も根強く存在する。真に組織横断的と呼べる、目的本位の課題解決方法なるものは、テロ対策については現存していない。あくまで、従来の省庁における所掌をバンドルした(束ねてそれらしく見せた)だけである。

この縦割りの弊害は、端的には、学識経験者の無能に見て取ることができる。テロ対策を含む、問題解決のための特集を組んだ、ある学術誌の構成は、端的に、省庁縦割りの悪しき弊害を示している。この特集は、テロ対策をスコープに含める論文を一本含めるが、しかし、この論文と他の著者による論文との関係性は、ほぼゼロである。単に、テロ対策の必要性と方向性を謳う論文が、一本含まれているだけであって、異なるバックグラウンドの著者の論文を束ねただけに終わっているのである。わが国で官僚からお呼びのかかる学識経験者の大多数は、省益を代表する御用学者と化している。学術誌という専門分野において自由に発揮できるはずの構成が、このような結果に終わっているのであるから、実務者ととしてのプライドを有し、個別の事情を抱える縦割り主義の官僚たちを説得し、より良いテロ対策のための構想を実現するなんてことは、学識経験者にとっては、夢のまた夢、という訳である。

しかしながら、テロ対策という分野は、明らかに、実務者主導で進められてきている。厳しいことを言う学識経験者の関与を拒否する風土もある。このため、テロ対策としての知恵が十分に現場サイドで蓄積されているものと期待することは、可能と言えるかも知れない。ただ、その結果は、先の後藤氏と湯川氏の殺害事件に見るとおりである。イスラム過激派という鵺的な存在による国際テロに対して、日本国は、良いようにあしらわれてしまっただけでなく、その後の検証過程において、決定的な情勢判断の誤り(=公安コミュニティが良識的な国内のアセットから見限られていること)を晒してしまっている。それだけでなく、そこに知恵を付けるべき学識経験者の知識の少なさ・努力不足は、至るところに見受けることができるものとなっている。このようなテロ対策の貧困を指摘するメディアもなく、その貧困状況に対して国民は無理解である。このとき、果たして、1千億円の予算は、有効に支弁されるのであろうか。何よりも、テロを有効に抑止・予防できるのであろうか。

オチのつもり。You、新東京オリンピック、もうギブアップしちゃいなよ?


※1 公に設けられる委員会等において、学識経験者が手を動かすものは、それなりに多数あるものと思われる。


[1]邦人殺害テロ事件の対応に関する検証委員会検証報告書(kensho.pdf)
(邦人殺害テロ事件の対応に関する検証委員会、平成27年5月21日)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/syria_h27/pdf/kensho.pdf

[2] レイモンド・M・モンボイス、渡部正郎〔訳〕(1969)『市民と警察』, 東京: 立花書房.

[3] 板垣雄三・西谷文和・黒木英充, (2015年7月). 『後藤さんは政府に「見殺し」された:政府の「検証報告書」を検証する』, 東京:第三書館.

部族長[なぜか一つ覚え的に部族長が繰り返し強調される]と連携して情報収集を行う体制」が機能したと言うが〔p.76〕

2017年2月7日火曜日

トランプ大統領の入国制限政策を批判する日本人研究者は、自らの所属する組織を正してから批判すべきである

題名で主張をすべて言い尽くしたので、おしまいでも良いが、ここでは、研究者の受入に伴う人物同定については、日本の大学も他国の批判を行うことができないことを指摘するため、報道された事例を元に、論拠となる事件を3件挙げておきたい。1件目は酒田短期大学(の留学生)、2件目は佐賀大学(大学院の留学生)、3件目は立命館アジア太平洋大学の教員の件である。おまけに4件目として、私の卒業(了)した学科での事件を挙げることができる。1・2・4件目は、大学院重点化と外国人留学生受入れ増加に伴う弊害であるとともに、テロ(4件目)や犯罪(1・2件目)への関与が疑われた事件に過ぎないが、3件目は比較的新しく、しかも邦人テロという甚大な実害が生じている事件について、教員の関与が濃厚に疑われているために、特筆されるべきである。この事件に触れないまま、トランプ政権の施策を批判する研究者がいるとすれば、その人物は研究者としての素養を欠くと批判されてもやむを得ないであろう。余分(で私の将来に不利)な物言いであることを承知で指摘するが、私の中では、安全を冠する研究分野についての立命館大学(グループ)のあり方は、相当に悪印象である。



本文よりはるかに長いおまけ

蛇足となるが、多国籍(=無国籍)巨大IT企業の経営陣がトランプ政権に対して批判的である原因は、海外からの優秀な人材供給が制限されるという事情にもよるであろうが、大学等の高等教育・研究機関とは異なる理由も併せ持つであろう。つまり、人材供給難だけが現状の批判に至る原因となっていないと考えられる。大統領選挙戦における反トランプ氏キャンペーンに深く関与していたことが認められる企業が含まれるためである。現時点に至る経緯を見れば、トランプ政権とこれらの大企業との間には、ヤクザチックな表現であるが、手打ちが必要なはずである。ゆえに、アメリカを代表するようなIT系大企業からの現在進行形の批判は、現政権サイドとの何らかの了解の下に進められていると考えることも、無理筋ではない。この可能性を示す兆候と、この双方の了解という状態の生み出す影響は、インテリジェンス業界に属するものである。本点については、私の方法がオシントに分類されるものであるとしても、これ以上の調査を進めるつもりはない。ただ、報道のあり方に違和感があるというのみである。

ここまでに指摘した材料を揃えた上で、職業集団を全体として評価してみれば、日本人研究者たちは、政治的な観点から、安全と名の付く分野については、昨今の安保関連法案反対の署名を除けば、賢明な表現活動・社会活動を進めてきたとはいえない。その割には、アメリカ国内において支出される100分の1程度の端金で、4周遅れくらいのレベルの防衛研究に手を染めようとしている。むしろ、外交研究とサイバー防衛(防衛のみ)にカネを突っ込むべきである。防衛研究については、田母神俊雄氏の公訴に係る恣意性を正すことができなければ、わが国にはフリーハンドがないものと考えるべきである。サイバー防衛については、TRON OSのテコ入れとWindows機の公的機関の重要部分からの排除を実現できなければ、やはりフリーハンドはないものと考えるべきである。ここでは、あえて極論を記してみたが、このような、セキュリティに係るどん詰まり状態を放置しておいて、今更、外国人研究者として、トランプ大統領の進める政策に対していち日本人が反対することは、どうにもセンスの悪いことである。他国の政策についてとやかく言うことは、十分に政治的である。国内の研究機関等に所属する研究者が、他国の政策に余計な口を挟む一方で、自国の大問題である福島第一原発事故を問題視しないことは、政治的である。かつ、日本の公費を投入されている職業人としては、臆病であり、無責任である。ましてや、アメリカ(と米国籍とみなされる企業等)は、わが国の研究者に対して、各種のフェローシップを提供してきた。その恩恵を受けた研究者が発言することは、日本国内での活動実績もコミで評価されることになろうから、慎重に言葉を選ぶ必要がある(その人物は、果たして、win-winの関係のみに言及してきたのであろうか。1%のみが利する政策のみに言及してきたのではないか、という疑惑が厳然としてある。)

わが国の研究者たちは、他国への留学生の救済を言う前に、たとえば、原子力工学研究界隈で傍流に追いやられていた研究者たちの救済を、優先して指摘すべきである。徐々に、彼ら少数派の事故直後の指摘の方が、原子力政策に大きな影響を及ぼし得た多数派の事故直後の公言よりも、実像に近かったことが公に認められつつある。正確な予測をなした研究者たちの政治的な名誉の回復や経済面・制度面での救済は、まったくと言って良いほどなされていない。原子力業界(と政界・学術界)の機能の正常化を求めない研究者たちの政治センスの悪さは、最後にはわが国をハードランディングに導く原因の一つである。その理路の詳細な説明は、現今のわが国のテロ対策の根幹にも関わるので、現時点では見合わせておく。ただ、本件に関連する限りでは、留学生の母国や以前の居留先におけるヒュミントを確立できずに、留学生を受け入れよとするような意見(#どこかの医者の意見、Yahoo!個人かに掲載)は、総じて無責任であることだけを指摘しておく。持論は、別の必要とされたはずの場で、必要とされる人に伝わるように、すでに述べてあるが、要点だけを繰り返して述べる。受入国のコミュニティを丸ごと移植して、そこで安全に対する責任を育成できる見込みがなければ、移民は認めるべきでない、というのが私の(体験的な)意見である。国・言語のコミュニティを研究者コミュニティに置き換えれば、留学生の受入方針へと転用可能である。公共安全分野を含めて、そのサラダボウル内の自治を確立しないと、テロ対策が機能しうる移民政策にはならない、というのが、他国を見たときの経験則である。




2019(令和元)年05月21日追記

本記事に取り上げたモハマド・サイフラ・オザキが20日に拘束されたとの報道[1]があった。彼の受入れ体制ならびに関与した人物たちの(現時点までの)行動は、今一度、検証され批判を受けても良いと思う。


[1] 邦人死亡テロ、中心人物拘束=元立命館大准教授の男-バングラ:時事ドットコム
(2019年05月21日19時43分、ニューデリー時事名義)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019052101136&g=int

〔…略…〕今年3月にシリア東部でクルド人部隊に投降し、イラク北部スレイマニヤに身柄を移された。また、一緒に行動していた日本人の妻と子供2人は空爆で死亡したという。

同容疑者は16年のテロの際、バングラデシュ国内の過激派とISとの連絡役を務めたほか、資金調達や、バングラデシュの若者をISに送り込む際の勧誘役も担った疑いがある。警察が指名手配し、行方を追っていた。

2016年8月25日木曜日

テロ対策担当者が外国のカウンターパートから信頼されるためには福島第一原発事故の収束にまず注力せねばならない

  • 読売新聞(署名なし), 平成28年8月24日(水)朝刊1面東京14版. 「テロ情報収集 要員倍増/東京五輪控え 国内外80人体制」.
  • 読売新聞(政治部 深谷浩隆), 平成28年8月24日(水)朝刊1面東京14版. 「専門家の育成が急務」.
  • 朝日新聞(赤田康和), 平成28年8月24日(水)夕刊3面東京3版.「『逆植民地』が日本を救う?/社会学者の橋爪大三郎さん提言/途上国に過疎地提供、地域再生「新しい発想を」」.
2016年8月24日(水)の『読売新聞』1面の記事に対して、二点を指摘する。題名で論点に係る内容がおおよそ示されているので、引用は省略する※1。一点は、40人を80人に倍増したというのは、焼け石に水のようなものであって、数に対するセンスがないということである。もう一点は、たとえわが国がこのような組織を整えたからといって、福島第一原発事故を放置しているような政体に使われる組織のままでは、相手国のカウンターパートに内心では馬鹿にされ続けるであろうということである。

 先の二点の指摘のうち、後者が決定的に重要である。所属する成員は、所属先の組織の目的が政体の維持ではなく、主権者たる国民の保護にあることを相手に示す必要があろう。そうしない限り、相手国から真に重要な情報を引き出せることは、期待できないであろう。福島第一原発事故の健康影響は、テロ事件の犠牲者に対して、2桁以上の桁違いになりうる。他方、わが国における「テロの季節」は、福島第一原発事故の影響を隠蔽するためのスピンとして、わが国の政体にも一部の役回りを演じさせる形で、企図されるであろう。物事の主従関係を取り違えたままでは、いくらテロ対策において国際協力が必要であると力んでみても、相手国のカウンターパートには、常に適当にあしらわれることになろう。それに、主従関係を取り違えたままでは、相手国のNテロ対策にとって、わが国は、常に危険視される存在となり続けることになろう。

 福島第一原発事故を実質的に放置して、国際テロ対策のみを推進しようとすることは、あたかも、橋爪大三郎氏が、福島第一原発事故による影響を(朝日新聞の文芸欄では)伏せつつ※2、国民の減少分を「逆植民地」によって取り戻せるかのように議論しているように、主従を転倒させた話である。なお、橋爪氏の話は、すでに中国残留孤児・日系ブラジル人・ペルー人についての政策として、一部(のみ、なし崩し的に)実現したことがあるので、その検証から始めるべきであって、提言が先行する話ではない。橋爪氏の話は、影響力が大きな割に、大事なことを隠して自身の意見を社会に強制するものである上、穴の多いものである。橋爪氏の意見に対しては、以前にも、テロ対策で批判した(リンク)ことがあるので、あえて晒しておく次第である。

※1 たとえば、組織上は外務省に設置されている、といった縦割りの話は、ここでの話に影響しない程度に小さな話である。

※2 記事によると、「『日本は崩壊に向かって走っており、新しい発想が必要』という。」から、わが国が単に人口減によるソフトランディングを迎えることはない、と橋爪氏が考えていることを言外に読み取ることは、不可能ではなかろう。学者の役割は、物事を正確に伝えることにある。



 環境省が8000Bq/kg未満の汚染土を利用可能という方針を決定しようとしているが、この方針は、橋爪氏の提言とは、本来ならば、相容れないものである。汚染物質が埋設されている否かを逐一調査しなければならないような地域に、あるいは、地域に流通する食物を逐一検査する必要が生じるような地域に、国民を「輸出」する国は、よほど(指導者層が)追い詰められており、自国民の長期的な健康を犠牲にして、短期的な利得の獲得を目指す国ということになろう。または、敵対的な少数民族の虐待を目論む外国政権ならば、喜んで敵対的な自国民を移民させ、搾取の対象とするであろう。このような政策が実現される前に、日本国民が劇的な人口減少を迎えることになり、その人口減少が福島第一原発事故によるものという蓋然性が認められることにになれば、諸外国は、さすがにわが国への「棄民」政策を見送ることになるかも知れない。

 このように書き出してみると、橋爪氏は、人口削減を是とする悪の秘密結社のスポークスパーソンであるかのようにも読めてしまう。これは、私としては、一種のオチのつもりである。

2016年7月30日土曜日

都知事選挙の結果は、「歴史は繰り返す」という命題を肯定するかも知れない

 明日の東京都知事選挙について、皆、必死に各自の候補を応援しているように見えるが、私は、少し穿った物の見方をしている。今回の都知事選挙は、有力とされる三候補のうち、俗にいう保守陣営に属する二候補が票を分け合うという構図が存在するとマスコミによって報道されている。この構図について、読売新聞も、朝日新聞も、日本経済新聞も、今月21・22日に、社の評判を賭けた(はずの)情勢調査を公表済みである。この構図そのものについては、後世の検証となるだけであろう、というのが私の見方である。

 私を心配させるのは、これらの大マスコミが社のリソースを他の候補者に十分割いていないことである。これらの大マスコミの行動は、内心や経緯はともかく、外形上は、1990年の第39回衆議院議員総選挙に係るオウム真理教の再現を狙っているかのように見える。通俗的な理解によれば、期待される票に到達しなかった松本智津夫死刑囚は、以後、日本国を武力で変革する方針へと転換したとされる。各候補を公平に扱わないマスコミの報道姿勢を、今後に生じる危険な勢力の共通の背景要因であると理解することは、陰謀論者でなくとも可能である。

 大事なことなので、本ブログではすでに言及したことであるが、二点を繰り返すことにする。第一点目、綸言汗の如しである。出してしまった物は、後からこっそり直すことも難しいし、直したこと自体が咎められる理由となる。第二点目、歴史は二度繰り返す。歴史を想起させるように陰謀を企画するのが陰謀を進める側の習俗であり約束事である、というのは、陰謀論者にとってのテンプレ思考である。ただし、歴史は二度繰り返すという表現を補足すると、私は、一種の変奏曲のようなものであると考えている。主題を理解していれば、同様の構図を見出すことは容易であるが、そうでなければ、元ネタの存在に思い至ることがなかなか難しいのである。

 歴史は繰り返すものであるという示唆には、注意すべきである。不正選挙という言葉は、特に陰謀論に従来から親しんできた層だけが用いる言葉ではない。今月まで田母神俊雄氏が収監され続け、政治的影響力を発揮することができないという事態は、甘利明氏がほとんど大手を振って通りを歩けるかのような状態と対比されることによって、一部の吹き上がり層の疑心暗鬼を生む危険を生じさせている。東京地検特捜部と、存在するのか否かを確認することが大変困難である東京第四検察審査会という組織が、ここでのステークホルダーである。大多数の健全な思考を有する国民は、これらの司法官僚の独善的とも見うる活動に対して、十分な介入を果たすことができる状況にはない。実のところ、多数派の国民は、お任せ主義であるに過ぎないのではあろう。しかし、相対的に状況を把握するという訓練に努めてこなかった者であれば、この状況を、特定の候補者に利益を与えるものであり、不公正なものであると考えるであろう。私は、田母神氏の意見のすべてに与する訳ではないが、同氏に対する扱いが不公正であると言えること、また、この状態から生じる影響の両点に対しては、憂慮しているところである。

 大半の都民がいかに考えようとも、複数の要因が関与する形で、東京都知事選挙は、一定の予想された結果を生じさせることになるであろう。明日の結果は、仮に、不正選挙なるものが機能しており、その上で、私の直感と個人的体験を信じるならば、「最も馬鹿で行動力のある者が、最も利用しやすい人物である」という陰謀論の「定石」が発揮されたものとなる。陰謀論も、この程度まで抽象的に表現してしまうと、別の観点からの人生訓であるかの様相も呈してくるのであるが、それは、私なりのご愛敬である。なお、この表現は、多数の候補者のうち2名について、対照的な結果で実現することになろう。うち1名の候補に係る表現は、必ずしも正確ではなく、応援演説者を念頭に指摘したものである。明日(以降、深夜)の開票結果について、最も大事なことは、よほど慎重な事前の設計がないと、「利益を得た者が誰であるのか」を期せずして明らかにしてしまうということである。途中で票読み機器に介入するというのは、基本設計として愚策である。(ネイマン=ピアソン学派の)統計学、私以上にできない奴が設計しただろよ、これ…というのが率直な感想である。

 蛇足1。「労働貴族」などは、消極的な行為を通じて、最も利益を得た組織として取り立てられるのではないか、と考える次第である。根っからの奴隷根性に尊敬の念すら覚えるところである。

 蛇足2。本稿は、不正選挙の実在を仮定したときに、「1+1=2」というお約束事程度に確定的なものとして立ち現れる状況を予測したものに過ぎず、この点、私も「理系くん」思考から脱却できない存在である。本稿における予測が正しく的中したとき、「何かが間違って1080度くらいの回転が加えられた結果、私の予測と現実が合致した」のか、「どストレートに私の予測と現実が合致した」のか、のいずれかが正しいこととなる。

 蛇足3。公職選挙法も、制定当初、制定に関与した法制局関係者は、公職選挙に関連して、ここまで不正選挙の方法が発展し、結果として民主主義を阻害するという事態を予想していなかったに違いないであろう。それが証拠に、機器を導入する必然性は、法に規定されていない。その想像力の欠如が、選挙結果に係る予想を明記するという私の作業を阻害する原因となっている。ここにも、「各人が各人の職務を十分に実施すれば、社会全体が良くなる」という理念を適用することができる。

平成28年7月31日21時40分追記・訂正

日本語としておかしな箇所を訂正し、色を付けた。spanタグが混入していた部分について、タグを削除した。

平成28年8月2日13時追記(本記事の補足・解題)

本記事は、特定の2名の候補者に係る懸念を表明したものであるが、この2名に該当しうる候補者がP氏、Q氏、R氏の3名となりうる表現方法を取ってしまっていた。読者に誤読を許す結果となった理由は、第一に、私の表現方法の稚拙さにある。しかしながら、誤読を招かないための材料として、私は、不正選挙を条件に挙げてはいた。不正選挙について、候補者らの所属する社会集団がいかなる考え方を有しているのか、という条件を考慮すると、不正選挙について言及する社会集団に所属して落選したであろうと考えられた候補P氏、不正選挙については言及しない社会集団に所属して当選したであろうと考えられた候補Q氏、不正選挙について言及しない社会集団に所属して落選したであろうと考えられた候補R氏、と分けることができた。本記事は、P氏とR氏に係る不正選挙についての考え方の相違がいわばプロレス上のアングルとなり、わが国に治安上の不安をもたらすのではないか、という懸念を表明すべく用意されたものであった。

 R氏本人とその周辺が不正選挙について大きく指摘したという事実は、インターネット上でも、公知とはなっていないようには見える。ただし、私の調査も不足気味ではある。とはいえ、R氏の所属する社会集団は、多くの言動から一員であると推認される人物から発出されたテクストなどの、確認可能な材料をとりあえず信用すれば、不正選挙の存在を否定する側にいるかのように見える。もちろん、この設定自体が「釣り」に近いことも十分に考えられる。

 R氏の連なる社会集団が治安上の不安要因とならないと断定する理由は、どこにもない。R氏所属の社会集団のトップの言論が、複数の人物に対して、法律上グレーな範囲で大きな迷惑をかけてきていることは、第三者にも確認できる事実ではある。また、犯罪予防対策を念頭に置いた場合、「行動力のある」という本記事の表現方法は、R氏に連なる人物の行為にも合致してしまっている。とはいえ、R氏所属の社会集団は、本記事のスコープからは外れる。とはいえ、この集団がP氏よりも治安を攪乱する要因となる行為に手を染めた実績がある訳でもない。平成28年7月の都知事選挙がR氏所属の社会集団の転回点であったと後世に記憶されるようなことは、おそらくないであろう。他方、P氏の実績には、多くの犯罪と見なせる、また、場合によっては外患誘致にも該当すると見なしうる行為が含まれている。P氏の危険性は、公民権が停止される程の結果を引き起こしてはこなかったが、その理由は、主に、わが国の司法機関の側にあり、違法性を「ベルトコンベアに乗せる」際の裁量の余地が大きなことによる、と言える。

 私は、R氏に係る経緯について、記事執筆時に失念していたが、同時に、上記のとおり、オウム真理教について言及した。この組合せは、R氏に係る誤読を深める原因となりかねないものであった。ただ、繰り返しになるが、R氏の与する社会集団は、私から見れば、不正選挙を否定する側である。他方、オウム真理教は、私の承知する限り、不正選挙に言及したことがある。この状況は、不正選挙を客観的に掘り下げる作業のハードルを上げている。打鍵猿が偶然の単語を導くことがあることと同様、誰であっても正しい解釈に至る可能性は、ゼロではないのであるが、オウム真理教の言明は、わが国の健全な国民にとって、すべて受け入れられるものではないであろうからである。

 私は、本記事の執筆にあたり、R氏所属の社会集団とオウム真理教との不正選挙に係る考え方の違いを重視した。不正選挙は、事実であれば、構成要件には該当しなくとも、その実質は、内乱罪と呼ぶことができる。一種の脱法的行為と見なせば、犯罪学の興味の対象となる。オウム真理教について認定された行為は、多くが自然犯として裁かれる中で明らかにされた訳ではあるが、むしろ、同教団の目的は、内乱罪と共通していた。権力の奪取という内乱罪と共通の目的の下に、非合法的な手段を正当化する際、不正選挙というレトリックは、オウム真理教によって利用された実績を有する。このとき、不正選挙の可能性を合理的な疑いなしに指摘し、より犯罪に着手しやすいと認められる性格を有するのは、R氏の所属する社会集団よりも、P氏の連なる社会集団なのである。

 以上の論拠によって、私は、特定候補の名指しを避けつつも、実現の可能性が懸念される危険について、表現を試みた。その結果は、誤読を許すものとなっていたが、人によっては、誤読も避けられたのではないかという弁明と、誤読を避けるための補足は、本追記で行った(と期待したい)。なお、本記事を作成した理由は、死刑もありうる種類の犯罪が現実に進行しつつある可能性が認められるとき、介入を試みない犯罪学者は実社会に対して臆病過ぎないかと考えた、というものである。懸念される犯罪が、オウム真理教によるもののような大事件であれば、なおさらである。なお、不自然なキャッシュ登録状況が認められるだけに、このブログに記すだけで、私が自身の目的を果たせたと考えているところが、本稿のオチである。

2016年7月17日日曜日

基本的人権の擁護は新東京五輪の開催に優先する(宮家邦彦氏の議論に対して)

基本的人権の制限、テロ対策に必要? 宮家邦彦氏ら議論【東京オリンピック】
http://www.huffingtonpost.jp/2016/07/17/fundamental-human-rights_n_11036744.html

7月17日に放送されたフジテレビ系列番組「新報道2001」で、2020年の東京オリンピックのためのテロ対策として、基本的人権の制限が必要がどうかが議論された。出演したキヤノングローバル戦略研究所の宮家邦彦研究主幹が「今までのやり方では絶対に不可能。そこは考えなきゃいけないと思います」と述べ、議論が必要だと強調した。

とある。わが国は、すでに先進国と呼べる状態にはないのであるが、テロ対策においても、先進国であるための規範的な要件であるはずの基本的人権の保護を犠牲にして、開発独裁国家としてのオリンピック成功を企図するようである。宮家氏は、2001年の同時テロ事件に際して、子ブッシュ政権が採用した政策体系を念頭に置いているのかも知れない。しかし宮家氏は、15年後の現在、大統領候補のドナルド・トランプ氏が9.11の再調査を行うことを提案し、これに反発しているブッシュ一家が共和党大会を欠席することを、まさか知らないわけではあるまい。たったの15年で、基本的人権の大幅な制約を狙った戦争屋の目論見は、ひっくり返されたことが衆目に明らかにされているのである。

のっけから脱線するが、トランプ氏が9.11についての調査を進めることを、個人的には大変楽しみにしている。9.11の再調査は、アメリカが超大国たり得なくとも、まともな先進国として生き残るためには大事な過程である。子ブッシュ兄の方を少なくとも同事件について罪に問うことができるか否かは、今後の世界を左右する重大事である。子ブッシュ弟も同事件に至る過程についてクリーンというわけではなく、2000年の大統領選挙について、フロリダ州における選挙上の不正に関与している疑いが指摘されている。もちろん、自称デバンキング作家等、わが国における戦争屋の追従者に、「ねえねえどんな気持ち?」のアスキーアートを貼ってあげたい気分でもある。

本稿の焦点に戻ると、先進国を先進国たらしめているのは、基本的人権の保護・充足状態であり、この点を自覚しつつ基本的人権が実現されている状態を高い水準で維持しようとする国民ひとりひとりの(再帰的な)意思である。(陰謀論業界周辺ではいろいろと反発はあるが)国連(=連合国)の『アジェンダ21』(でさえ)も、(ここで念頭に置かれている人権とは種類が異なるものと目されるが)司法に係る人権を一項目に含めているほどである。

宮家氏は外務省OBであり、少なくともわが国では所轄省庁OBとなるので、国連(=連合国)の論理(=建前)に通暁していない訳があるまい。であるのに、「国際的に先進国であることを示す」場であるはずのオリンピックにおいて、基本的人権を制約する、という本末転倒な提案を行うからには、宮家氏は、よほど何かの確証を掴んでいるのであろうか。仮に、そうであるとすれば、宮家氏こそ、率先して交友関係やら金銭関係やらを開示し、国民に範を示さなければならないであろう。

ロンドン五輪に際しては、基本的人権を軽視した事件によって、英国社会の構造的な課題が露わにされた形となった。ロンドンなどの都市で2011年8月に生じた暴動は、五輪事業で万人が等しく恩恵を受けた=包摂された訳ではない、という文脈で捉える必要があるものでもある。直接の契機は、警察による銃器事件捜査における、アフリカ系英国人容疑者の射殺であった。(記憶に頼る限りでは、その後の調査により明らかにされた事件の詳細は、また調査そのものは、権力に阿るものであるようには思われなかったが、)ロンドンのアフリカ系低所得者層居住区であるハックニーでは、大々的な暴動に発展し、わが国でも報道された。英国社会は、伝統的に階層社会であったが、五輪事業前にすでに移民社会ともなっており、五輪景気に乗るための社会競争も厳しいものであったことが暴動の要因の一つと見なされているようである。

権力側の人間によって基本的人権が蹂躙されることが、基本的事件を制約する必要を謳うかのような事件の原因となるとすれば、先に原因の芽となる権力側の非違を摘むことが大事である。これが、ロンドン五輪前の(私の中ではハックニー)暴動の教訓である。この論理は、別に私のオリジナルという訳ではなく、モンボイス[著]渡部正郎[訳], (1969). 『市民と警察』, 立花書房.からの演繹である。翻って、宮家氏の主張は、わざわざ権力の側から基本的人権を抑圧することを明言したのであるから、議論の前から、先進国の権力を付託された側の人間として、負けたことになっていないか。

今後のわが国の下降線の行き着く先は、なかなか読み切れないのであるが、わが国に生き残りの芽があるとすれば、その方法は、諸国民の公正と信義に頼るほかない。福島第一原発事故について、嘘を吐き続けてきた政権を担いできた日本国民ではあるが、日本の政体の嘘がバレ尽くして、国際的に彼らの進退が窮まったとき、全員が全員、開き直って「ヌッ○○してみろや!」という訳にはいかない。国際的には、そのくらいの被害を、ダダ漏れの5年を通じて生じさせてきたのであるが。(北半球+環太平洋で、60年代くらいの死亡率の上昇だと見ると、大体、予想される被害が日本人全員の人口規模に達する。)

いずれにせよ、今後のわが国が何とか国際社会の一角に地位を占め続けるためには、基本的人権の墨守こそが生命線となる。2020年の新東京五輪の開催があるにせよ、その制約は、「基本的人権をまったく制約しない」という条件の下での代案を(真摯にかつ包摂的に)出し尽くした後でなければ認められないのである。元々、安倍晋三氏の嘘、「アンダー・コントロール」で獲得した新東京五輪である。根本に誤解がある以上、新東京五輪の開催は、基本的人権を制約する必要があれば、取りやめて構わないであろう。基本的人権の擁護は、わが国の生き残りに必要であるが、東京五輪の開催は、わが国の生き残りには不要なのである。




2016(平成28)年10月21日追記

読み間違いをなくすために、追記して淡赤色で示した。




2017(平成29)年11月11日訂正

誤字を淡橙色で訂正し、タグをpタグ中心とした。

なお、私は、今も安倍晋三氏の「アンダー・コントロール発言」を国民を欺くものであると考えている。

2016年1月27日水曜日

橋爪大三郎氏と島田裕巳氏の対談への批判:テロの危険と交通事故はまったく別物

 マスコミに多く出る「識者」の言説は、テロ活動を起こす者が自称イスラム国のメンバーであると想定するものだけで占められている。この言説は、完全な誤りであるとまではいえないが、ほかの集団についても注視すべきであることを、私は今冬の記事で幾度か述べてきた。テロへの懸念が現実のものとならないことを願うことは、「識者」も私も同様だとは思うのだが、イスラム国によるわが国におけるテロを最大の(差し迫った)危険として述べることは、佐藤優氏ならばまだしも※1、学者であるはずの橋爪大三郎氏と島田裕巳氏には許されることではない。学者の仕事は、正確な知識を産出することであって、独断的な情報を流通させることではないからである※2。秘匿すべき情報筋から確実な情報を入手したのであればともかく、橋爪氏と島田氏は、必要な根拠を提示することもなく、次の憶測を述べている。


日本でもテロは必ず起こる! 〜私たちはもう覚悟を決めるしかない 【特別対談】橋爪大三郎×島田裕巳 | 経済の死角 | 現代ビジネス [講談社]
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/46709?page=3

橋爪 それに「主権国家」の制度は、中東はむろん、アフリカやインド、中国でも実状に合っていません。なんとかなっているのは、欧米と日本ぐらいではないか。私たちが当たり前だと思っている国のありかたも、世界中で機能しているわけではないし、副作用もある。それを踏まえて、「イスラム世界に欧米のやり方を押し付けたのは、本当によかったのか」と反省してみなければならない。
日本でもテロは必ず起こる、と覚悟したほうがいい。テロは少人数でも起こせるので、完全に防ぐのは不可能です。だから、テロは「受忍すべきリスク」だと考えるしかない。自動車事故と同じようなものだと受け止め、たじろがないことが、テロにくじけないということだと思います。

島田 今でも日本では交通事故で年間4000人以上が亡くなっていますが、だからといって自動車を無くすと社会が成り立たない。テロによる犠牲も、私たちの生活を成り立たせるために必要な犠牲だと考えるしかない、ということですね。
#彼らの発言には、ツッコミどころがありすぎる。批判するにもどこから手を付けて良いのか、困るものである。

 本記事では、彼らの発言を批判していくが、彼らの主張は、「ゼロリスク追求を止め、テロという故意の危険を受忍せよ」と説くものと理解して良いであろう。彼らへの批判は、大きく六点に分けられる。まず、ゼロリスク追求の是非は、島田氏や橋爪氏ではなく社会が行うべき仕事である。第二に、故意の危険と過失上の危険とは、区別されなければならない。第三に、テロ対策のコストをなぜ過大なものであると断定できるのか。第四に、根拠として挙げられた交通事故死者数は、警察庁の統計であり、今回の場合は、人口動態統計を用いるのが正しい。第五に、私たちの生活自体が直ちにテロを生じさせることはない。最後に、第五の批判と同内容になるが、「イスラム世界に欧米のやり方を押し付けた」ことがテロの原因となっているわけではなく、「イスラム世界に欧米と同水準の国民国家を作る権利を認めていない」からこそ、テロが生じていることを、橋爪氏と島田氏は理解しなければならない。

 まず、社会的議論を提起する必要について言及することなしにテロの危険を受忍せよと説くことは、国民の理性を馬鹿にした発言であり、オウム真理教を擁護したことに対して、言論人として、「宗教学者」としての責任を取らない島田氏の前歴を想起せずにはいられないものである。二名の議論は、前提なし、考察なし、根拠なしに、意見を社会に一方的に押し付けるものである(第二点目以降を参照されたい)。たとえ、二名の議論がイスラム国による危険を煽るという結論ありきのものであったとしても、その論理上の瑕疵の酷さは、容易に見抜かれてしまい、かえって彼ら二名の腹に一物あることを怪しまれるレベルのものである。

 第二に、刑法学には故意と過失という概念が存在するが、彼らの議論は、この点をまったく無視して交通事故とテロ活動とを比較するものである。自動車は、事故を起こす本人にとってさえ、また社会にとっても、それぞれの効用がゼロサムとならないものである。基本的に便益が大きいことを皆が認めるゆえに、自動車の利用は容認されている。原子力発電は、そのリスクが大きいが、それでも、テロのように社会における便益が限りなくゼロに近いということはない※4。他方、テロという行為については、社会の各人の効用の非対称性が厳然と存在する。普通の人にとってみれば、テロという行動は、テロを生じさせる者にとっては、一定の効用を持つものであると考えることができよう※5。また、ごくまれに、テロが起こされることにより、そこから間接的な利益を得る者もいる。セキュリティ産業や金融取引にかかわる人物がそうであり、私も前者の一部を構成する。しかし、セキュリティ産業にかかわる者の職業倫理として、不要な紛争や軋轢を起こすことは、決して許されないことであり、禁じ手である※3。また、言うまでもないことであるが、大多数の社会の構成員にとって、テロ行為は、不利益しかもたらさない。社会におけるリスクを生じさせる主体とリスクを受忍する主体との間で行われる効用計算の性質がまったく異なる存在をもってきて、リスクを受忍せよと強いることは、功利主義を根拠に挙げるにしては、失当この上ないことである。

 第三に、テロ対策のコスト計算が過大であると、なぜ彼らに断定できるのであろうか。少なくとも、現在、相応のコストがテロ対策に充当されてはいるものの、わが国では、警察官あたりの負担人口にしても、他の先進諸国と比べるとまだまだ低い。彼らは、その影響について言及もしていない。この場合、「テロ対策とコストとの関係は、分かっていない」と結論するのが真っ当な学者の役割である。コスト計算は、常に支出を削減するという結論に至るわけではない。しかし、今回の議論は、テロ対策に対する厳しい視線を削ぐことになりかねないものである。その結果は、テロ対策を現状に押しとどめることになる。さらには、テロ対策に現実に従事する実務者への正当な評価の契機を損ない、士気をかえって損なうことにもなりかねないのである。また、広範な目配りがコスト評価には求められるが、彼らがほかのテロ行為の候補者に言及しないことは、自称イスラム国以外の人物らによりテロ活動が行われた場合、その方面における対策への風当たりを強くすることにもなるのである。

 第四に、テロ対策は、所管が省庁横断的となるリスクを取り扱うものである以上、統一的な基準により比較されなければならない。この場合は、警察庁の交通事故統計ではなく、厚生労働省の人口動態統計によることが必要となる。その過程で初めて、NBCテロのそれぞれから生じるリスクの統一的な比較が可能となるのである。この点、(交通事故が天候などに大きく左右されるために翌日には公表しなければならないという宿命を持ち、)速報性が重視される交通事故統計を利用する島田氏の見識の低さには、愕然とすることしきりである。

 第五の理由と、第六の理由の詳細は、機会を見つけて検討していきたいが、それでも、私たちの生活そのものがテロの直接の原因とならないことは、自明である。個人にとって不当と感じられる生活上の、世界における格差が問題なのである。周囲と比較したときに許容できない程に生活苦や貧困が存在することが、一部の若者をテロへ走らせる遠因となるのである※6。また、テロと先進諸国の生活に対して、一点だけ先に紹介しておきたいことは、悪の枢軸として挙げられたリビアやイラクは、少なくとも西欧諸国による武力介入の以前においては、西欧諸国に対する一般市民を対象とするテロの温床とはならなかったし、曲がりなりにも主権国家として機能していたとされていることである。少なくとも、イラク戦争直前のイラクがアル・カイーダとの関係を否定しており、また、明らかなコネクションに対する証拠が得られないままにイラク戦争が開始されたことは、アメリカ自身の議会報告書によって述べられたことである。イラクにおいて、フセイン政権が崩壊させられた結果、少数民族やシーア派に対する弾圧がありながら曲がりなりにも維持されていた秩序が失われ、より混迷の状態に至ったことは、当時未成年でなければ、全員が理解している(べき)ことである。

 新たな帝国主義の時代である現代において、ある国が外国内のテロ勢力を支援することにより、工作対象国の勢力を減じようとすることは、普遍的に見られる活動である。しかし、自称イスラム国の脅威は、シリア情勢の変化を見れば明白なことであるが、その地における(国民)国家の機能が失われたことに最も大きな問題がある。その歴史上の根は、サイクス=ピコ協定にある。このため、西欧諸国は、その地におけるテロ対策に主要な責任を負うており、また彼らのテロの脅威から逃れることはできない。同様に、その地に混乱と破壊をもたらした西欧諸国に荷担する政策を取るに至った今世紀の日本国がテロの脅威から逃れられないことは、当然の帰結ではある。しかし、現況と、わが国ほどの生活水準を維持する国がテロから逃れることができないと主張することとの間には、大きな隔たりがある。「イスラム世界に欧米と同水準の国民国家を作る権利を認めないかのように、イスラムに欧米諸国が侵攻した」からこそ、テロの温床が生じたと解釈することは、無理筋ではない。

 日本国民にとって、テロ活動を行いうる組織や集団の中で、最も危険な勢力は、依然としてオウム真理教であり、極左暴力集団であり、北朝鮮の秘密部隊である。オウム真理教は、北朝鮮から薬物を購入し、旧ソ連において軍事訓練を受けていた。極左暴力集団は、パレスチナ等で軍事訓練を受け、銀行を襲撃し、一般人への殺傷事件を繰り返した。北朝鮮は、一般人を拉致し、違法薬物を流通させ、海上保安庁の巡視船を銃撃した。なお、ここで名指しした国のうち、ロシアは、ごく最近、レーニンと「革命の輸出」を否定することにより、旧ソ連と異なる国家となったことを宣言した(『スプートニク』へのリンク)。この点、わが国のインテリジェンス組織は、これらの組織や国の動向を十分に調査した上で、テロ対策上、交渉・協力可能な相手とは交渉・提携するとともに、国民にも冷静に対応できるだけの材料を提供すべきである。

注:2016年8月26日に蛍光ペン部分を追記した。原文の意図をより明確にするためである。

 島田氏と橋爪氏がけしかけるような、テロに対する国民の「諦め」は、結局、テロ対策への期待を減じることになり、テロ対策を低調なものにして、結果、テロを蔓延させることになる。島田氏は、オウム真理教を擁護してオウム真理教によるテロを招いたが、今度はムスリムを悪魔化して自称イスラム国によるテロを招くような真似をしている。彼のセンスの悪さは、もしかすると、テロを招来させるという役割から来るものなのであろうか、と不信感を抱く水準に達している。彼を重用するマスコミも、「識者」の鑑定眼を向上させる必要があろう。そのためにも、テロ対策に携わる公的機関は、よりオープンに国民的議論が成熟する手助けを行う必要がある。


#情報の世界においては、個人の理性の集合的作用によって、良貨で悪貨を駆逐することが可能である、と私は信じている。明らかに、島田氏と橋爪氏と の対談は、悪貨であるが、現に流通してしまっている。私の意見が絶対評価として良貨の水準に達しているというつもりは全くないが、相対的な比較において は、これら二名の対談よりも、勉学の基本に忠実であるという観点において、私の意見がはるかに優れたものであると自負する次第である。


※1 佐藤優氏は、インテリジェンス・オフィサーが死ぬまでその身分から逃れられないことを述べている。(記憶だけで記しているので出典は勘弁願いたい。ただ、その正確性については、自信がある。)また、発言することにより社会に影響を与えることが彼の仕事であり、願いでもあるようであるから、イスラム国の危険をメインに据えた発言を行うことにより、社会の諸力の調整を図っている可能性も十分に認められる。

※2 佐藤氏のような骨の髄からの実務者とは異なり、元来、研究者には、正確な知識の産出こそが求められる。この本来の責務と社会に発信することにより生じる社会との相互作用(再帰性)との整合性を図るため、研究者は、自身の仕事に専念するほかないのである、とマックス・ヴェーバーは述べていた(ように、私は理解している)のである。

※3 セキュリティ産業におけるマッチポンプが禁じ手であることは、前記事などでも言葉を変えて主張してきた。

※4 原子力発電は、リスクも大きく、便益もそれなりに大きい技術なのである。ただし、わが国のリスク管理の無節操ぶりでは、リスクが過大になるために許容できない。他国では、そのリスク管理によって便益が損害を上回る条件を実現しているところもあろうから、それはその国の判断によることになろう。わが国のリスク管理の粗末さは、いぜんとして、わが国における原子力発電の実施に疑問符を付けるものとなっている。

※5 実のところ、テロを起こす者にとっても、テロの効用がプラスであるとは言い難い側面がある。多くのテロ実行犯は、事件を通じて死亡する。死後の世界は、われわれには現在のところ分からない。トマス・カイトリー『中世の秘密結社』は、「アサッシン団」のやり口を、麻薬で眠らされた後に別の場所に運び込まれ、美女に性的サービスを受け、美味い物をたらふく喰い、また麻薬で眠らされ、それを死後の世界だと思わされるというものであると解説している。しかし、死後の世界で、そのような天国での生活を享受できるのかわれわれには分からないことを考慮すると、テロ実行犯自身の現実世界におけるテロ行為の効用は、一回限りの「天国」体験に依拠することから、主観的なものであればともかく、客観的に見れば、案外、小さなものになることが予想されるのである。それに、分別の付かない子供がテロにも少年兵にも用いられてきたことは、よく知られたことである。

※6 もちろん、中産階級以上の子女が犯罪に走るのと同様、手っ取り早く利益にありつけるなど、何らかの理由でテロ活動に身を投じることはあり得る。ただし、世界に存在する格差自体がテロの大義名分になることは、まず間違いのないことである。なお、ここでの格差についての私の表現は曖昧さが残るものである。第一に、絶対的貧困が問題であるのか、相対的貧困が問題であるのか、といった評価における技術上の課題がある。誰から見た場合の何に対する格差であるのか、という点も疑問が残る。貧困研究は、まだ、個人を単位として社会関係を個人に付随するパラメータとして見て、社会の動きを複雑系として見た場合の貧困指標を開発しきれていないようである。こうしたとき、「貧困がテロを引き起こす」という表現は、定量的研究から見てあまりにも曖昧に過ぎるかもしれない。(今世紀の研究についての私の不勉強ぶりは、ここでの誤解の原因として存在しうる。)

2016年1月24日日曜日

警察や検察は公共安全のためにも甘利明氏と関係者の身柄の安全を確保すべきである

甘利大臣は辞任秒読み 安倍内閣を待つ一蓮托生崩壊 | 日刊ゲンダイDIGITAL
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/173796/6
今後、警察や検察も動き出すだろう。もはや甘利は逃げられない。

 日刊ゲンダイは、以上のように述べ、警察や検察に対するプレッシャーを与えている。

 警察や検察は、事件解明のためでもあるが、まず第一に、甘利大臣の秘書の行方を捜索し、甘利氏以下、関係者の身の安全を図るべきである。その安全が確保された後に、本件スキャンダルについて、厳正に臨むべきである。本件において、司法手続に則り、関係者の身の安全を確保しつつ、想定される暗殺を予防することは、国益に大いに資する。逆に、警察や検察が動かず、甘利氏の行方不明の秘書が死体で見つかり、所有していたはずのTPP関係書類が消えていたということになるのであれば、検察や警察の不作為は、大いに国益と公共安全が損なわれる契機を作り出したことになる。

 以下は、私の懸念を推測を交えて述べるものである。本記事の発散型思考の度合いは高く、方々に喧嘩を売る形になる。考え過ぎであるというのならば、それに対する反論を寄せられたい。

 甘利氏の金銭授受報道は、余波として、TPP締結に関与した匿名の関係者(学識経験者や多国籍企業勤務者)の安全を危険に晒すという効果を生み出している。わが国では、従来から、この種のスキャンダルは、必ずと言って良いほど関係者への暴力を伴うものであった。多くの事件において、関係者が謎の「自殺」を遂げており、「死人に口なし」をもって事件が終息するのが常態であった。しかし今回は、様子が異なる。甘利氏のスキャンダルに伴う危険とは何かと問われれば、それは、TPP関係者の情報が甘利氏秘書の口から語られうることにある。甘利明氏は、TPP締結の実務責任者であり、理論的には、すべてのTPP関連情報を把握しているはずである。TPP加盟から採択に向けての過程において、多くの「売国奴」が各国で暗躍してきたはずであるが、甘利氏の元には、理論的には、日本国を売国した連中の情報が集約されているのである。

 そうした折りに、よりによって甘利氏についてのスキャンダルが「発覚」した。なぜ報道の対象が甘利氏となったのかという点を考察すると、そこには、偶然とは言い切れない場合が存在することが分かる。最も危険な場合は、本件スキャンダルが、前記事で指摘したような「テロの季節」の準備段階として、甘利氏の元に集約された情報を入手するために関係者が仕掛けた罠であった場合である。異なる場合として、甘利氏以下の売国奴を根刮ぎにして法の裁きにかけるための準備段階として、本件スキャンダルが仕掛けられたというものが考えられるが、この場合が正しいとするならば、それは、一種のおとり捜査となり得るという見方もあり得るが、贈賄側の用意周到さは、賞賛に値する水準でもある。

 本件について、わが国の辿るコースが売国ルートであるのか、それとも国益を取り戻すためのものであるのかの違いは、甘利氏の秘書が無事に見つかること、少なくとも甘利氏が厳正な法の裁きに服すこと、という二点に後から表れるものと考えられる。甘利氏の秘書が無事に警察に拘束され、甘利氏ともども本国会(第190回、通常国会)閉会後に、身の安全を確保されつつ法の裁きにかけられるのであれば、わが国の司法関係者は、このような微妙な政治的案件についても、ようやく正道を指向するようになったと言える。逆に、そうでない場合、つまりは、秘書も見つからず、甘利氏も逃げおおせた場合には、売国勢力が最後まで勝っていたことが示されたこととなる。この違いは、前記事で考察した「テロの季節」というモチーフを併せて考えることによって、一層明らかになる。

 甘利氏のスキャンダルを仕掛けた者が以下に示す計画の下に「テロの季節」を芽吹かせようとしていたとすれば、いかがであろうか。甘利氏の秘書なり関係者を拘束して、あるいはこのスキャンダルにおいて存在するとされる証拠を楯に、甘利氏の関係者にTPP関連文書を準備させる。関連文書を証拠として、Tor経由でウィキリークスやWinnyネットワークなどにアップする。その文書を極左や民族派右翼が入手し、TPP策定に従事した人物らを襲撃する。前記事において、わが国で「テロの季節」が生じるとすれば、それは自称イスラム国の狂信者によってではなく、日本在住の「ネット右翼」の「吹き上がり層」によりもたらされると考察した。今回の騒動は、ネット右翼に加えて、従来から危険視されてきた団体を焚きつけるための準備段階かも知れないと読むことも可能なのである。

 実際のところ、TPP策定に関係した日本人は、外国と通謀して国益を毀損したのであるから、その報いを受けるべきではある。外患誘致の構成要件まであと一歩となる活動に従事してきたのであるから、その責任を問われることは、当然である。しかし、彼らの処罰は、あくまで日本国の法システムに則ったものでなければならない。しかしながら、TPPが発効すれば苦境に立たされる人々は、全国に広範に存在する。生活が脅かされた結果、思い詰める人物も一定程度出てこよう。TPP策定に関係した日本人が殺傷されたとしても、わが国の判官贔屓の大衆は、同情などせず、かえって犯人を賞賛するであろう。こうして、赤狩りにおけるヘイ・マーケット事件(小此木真三郎, (1983). 『フレームアップ』, 岩波新書.)やナチス・ドイツによるドイツ国会議事堂放火事件と同様のは一部異なるが、話の展開に権力側の作為が絡むという構図によって、わが国においても、戒厳令が現実のものとして、視野に入ることになるのである。

#上記蛍光部分は、2016年1月27日に訂正した。

 ゆえに、テロの芽は、今回の場合であれば、甘利氏以下の一党を逮捕して身の安全を確保しつつ、甘利氏の本件に係る責任を厳正に追及することを通じて、確実に摘む必要がある。ただし、テロの芽を摘むことは、法の精神を遵守しない政体を放置し続けたという実績ゆえに、現在の法執行機関にとって、非常に困難な状況となっているであろう。しかしながら、国際的な潮流は変化しており、「戦争屋」が諸外国において追い詰められている以上、本来の意味でテロリストである「戦争屋」をあぶり出すことは、容易になりつつある。米国の国益との関係がきわめて深いと見ることのできる『週刊文春』が甘利明氏のスキャンダルを大々的に報じたことは、その兆候である。

 今回の『週刊文春』の動きは、もっぱら米国民の国民益を確保するために生じたものであると見ても、それほど問題がない。この点、『週刊文春』の動き自体は、容易に色付けできるものではない。『週刊文春』関係者の意図を、日本国にTPP締結失敗の責任を押しつけて、アメリカが離脱することにより、99%のアメリカ国民の利益を確保するものであると見ることも可能である。その際、日本国及び日本国民への影響は、あくまで副次的にしか考慮されていないであろう。しかし、TPPが破棄されれば、日本国民の99%も結果として利益を得ることになる。『週刊文春』の報道は、この限りにおいて、肯定されるものである。

 問題は、繰り返しになるが、わが国の国民益と公共安全を保全する役割を期待されている組織が、的確な行動を取ることができるか否かにある。甘利氏のスキャンダル発覚に伴う社会不安を未然に防止し、同時に、甘利氏とその関係者に対して厳正な態度で臨めるか否かは、わが国の公共安全業務従事者にとって、正念場となるであろう。

平成28(2016)年1月24日19時34分追記

甘利氏のスキャンダルについて、天木直人氏は、ブログで世界に恥を晒したと評した上で、次のように関係官僚の責任に言及している。

あの中川昭一財務大臣の酩酊事件と同じように、恥をかかされる事を知っていながら官僚たちはほったらかした。
  この天木氏の指摘は、良くない兆候、歴史の繰り返しがあることを教えてくれるものである。同時に、ダボス会議を通じて、諸外国の報道機関により、安倍内閣包囲網を形成することが仕組まれていた可能性も示唆される。中川氏は、G7財務大臣・中央銀行総裁会議に先立つ酩酊会見の後、ほどなく、謎が残る形で逝去した。ただし、安倍内閣包囲網自体は、内政干渉であると言い張ることも可能ではあるが、現政権の所行をふまえれば、国民益を損なうものとまでは言えない。

 本来であれば、このような外国からの圧力を受ける前に、日本国民自身が率先して、安倍内閣に代わる、まだ邪悪でない政権を立てるべく、民主主義を成熟させるべきである。この指摘が、私の主張するすべてではある。しかし、福島第一原発事故の終息が果たされないことは、最早国際問題と化している。そうであるなら、国際関係の論理が優越するとされても、日本国民は文句を言うことができないであろう。それほどまで、わが国の政治と国民は、結果的に問題解決できない国民と化した、と客観視せざるを得ないのである。私がいろいろな障害を承知で、本ブログに意見を連ねるようになったのは、ダボス会議に暗示された国際的な日本包囲網に抗して、日本国民の見識を今からでも向上させ、より邪悪でない政権を選択し、福島第一原発事故の終息を日本国民が主導できるような体制を実現したいからである。

平成28(2016)年1月25日00時30分追記

飯山一郎氏は、記事「2016/01/24(日)2  『フクイチを鎮圧する法』と『脱米入露』」(リンク)において、米国戦争屋を抑え込み、日露関係を発展させられるだけの政治力をもった勢力が安倍政権内に出現していること、甘利明氏のスキャンダルは、米国戦争屋の抑え込みに対する反動であること、を解説している。飯山氏の見立てが正しいとすれば、甘利氏のスキャンダルは、売国ルート側の勢力が仕掛けたものであるということになる。(ここで追記した理由は、飯山氏の記事を読んだのは、本記事の脱稿後であるからである。念のため。)

 面白いことに、『カレイドスコープ』のダンディ・ハリマオ氏がロシア情勢という同一の話題に言及するとき(メルマガ第141号■安倍政権の支持基盤である日本会議に侵入している秘密結社のネットワーク)、秘密結社の存在を所与のものとして記述を進めるのに対し、飯山氏は、それほどまで力のある結社などは存在しないと喝破している。それらの存在の有無を実体験を通じて関知することのできないわれわれ一般人は、このような見解の相違をどのように解釈すべきなのであろうか。私の用いる道具立てでは、これらの結社の存在を不可知とするほかないが、他方で、その存在を信じる人物の中では、その存在を信じることにより、一定の見方が構成されていると見ることも可能である(構築主義)。なお、本段落の記述に直接影響を与えることではないが、ダンディ・ハリマオ氏のメルマガを読んだのは、やはり、脱稿後である。

わが国における「テロの季節」の主役は、自称イスラム国ではなく、ネット右翼であり、スポンサーは「戦争屋」である

 わが国では、「テロの季節」の役者として、いわゆるネット右翼を登用するためであると考えられるが、彼らへの精神的ストレスが着々とかけられつつある。2ちゃんねる(本家)では、安倍晋三氏が「税金というのは国民から吸い上げたもので」と発言したことに対して、犯罪になり得る書込みがあるにもかかわらず、それらが放置されている(リンク)。前年末の従軍慰安婦についての日韓合意も、ネット右翼の一部などの大きな反発を受けている。現政権の合意に対する擁護的意見に対しても相当の罵詈雑言が投げかけられる状態にある。

 前記事(リンク)では、北朝鮮の核実験に対する日本国政府と日本国民との関係を考察したが、本記事では、北朝鮮政府と「戦争屋」の存在を考察に含めて、内容を更新したい。その準備として、まず、「戦争屋」の定義を行う。「戦争屋」とは、過去に「軍産複合体」と呼ばれた概念に近い用語であるが、範疇がやや異なる。「戦争屋」とは、軍隊や軍事産業に所属する人物のうち、無用な戦争や戦争への準備を通じて、過剰な私益を積極的に追求する目的を共有する人物らの深い交友関係・家族関係を指すと同時に、この関係に含まれる人物らを指す。従来の「軍産複合体」が退役軍人などの「弱い紐帯」による産業の裾野までも含むように、広義に用いられることとは、異なる概念である。国民の不幸を防ぐために、警察や軍隊は必要である。しかし「戦争屋」は、士業に要求される倫理を無視する連中であり、国民の差別意識を助長することにより無用な対立を画策し、低質な装備を高値で両方の陣営に供給し、不当な利益を独占的に享受することを目的として積極的に活動する。「戦争屋」の具体的な例として、経済団体連合会に所属する企業を挙げることができ、彼らの政治献金は、このような文脈でとらえられ、批判的に検証される必要がある。「戦争屋」とそのほかの軍事産業関係者を峻別する基準として、マッチポンプを図ったことがあるか、というものを挙げることができる。この点、石原慎太郎氏は、明らかに「戦争屋」である。尖閣諸島を国有化するとして彼をはじめとする「右翼」が寄付を募集した際、これに応募した人物らも「戦争屋」であるとみなすことができる。また、私は、以前の記事において、長谷川幸洋氏をこの系列に属す人物と見ることが可能であることを示した(リンク)。「戦争屋」という表現は、もちろん、ナオミ・クライン氏の提唱した「ショック・ドクトリン」に影響を受けており、古歩道ベンジャミン氏や(陰謀論という概念において彼と対立する)飯山一郎氏などに多用されてきたことを参考にしてもいる。なお、本段落において「戦争屋」を定義するに至った(恥ずかしい)動機は、定義の系譜について、まだまだ多くの調査が必要であるために、自分で定義することにより煩雑さを避けた、というものである。

 「テロの季節」は、中東地域などへの自衛隊派遣から利益を得ることを企図する「戦争屋」の計画であり、常套手段である。前年1月中の(後藤・湯川両氏の)邦人人質殺害事件やそれを遡る2013年のリビアにおける邦人企業人質事件は、それらの計画のために準備されたものである。今上天皇の前年の終戦記念日におけるお言葉は、戦争へと国を向かわせるにあたり、いわゆる偽計や謀略が用いられる危険性を指摘されたものであると理解することもできる。戦争により利益を上げることのできる集団は、人の生命が軽んじられる状態を意図的かつ継続的に作り出すことにより、人の生命を軽んじる状態の最たるものである戦争へと他国民・自国民の双方を駆り立てるのである。

 もっとも、中東地域への自衛隊の派遣は、ロシアのシリア政府への支援開始により、自称イスラム国※2の勢力が大幅に弱められたために、日本国民にとって現実味を失っている※3。今後も、何らかの形で自称イスラム国やアル・カイーダに連なる人物がテロ行為を企図することはあろうが、わが国では、この点において、人権問題となりかねない程度に監視活動が進められている。また、彼らの外見や母語がわが国におけるテロ行為に相当程度のハンディキャップとなっていることもある。日本人の協力者は、彼らの活動にとって必須であり、ゆえに、監視活動がより容易になっているのである。この容易さと、法治国家の根幹である法の遵守の精神を危険に晒しているにもかかわらず、仮に、イスラーム過激派とされる人物らによるテロ活動が達成されたとすれば、それは、9.11と同程度のテロを抑止すべき組織のお粗末さの表れと見なすことができることとなる。かと言って、未然にイスラーム過激派によるテロ活動が直前に抑止されたとしても、それは、当局への賞賛を集めることになりはしても、「戦争屋」の利益を増加させることにはならない。「戦争屋」にとって、イスラーム過激派の日本における利用は、労多くして益少なしなのである。

 自称イスラム国という役者の代役として、北朝鮮による核実験(から生じる対立)が用意されたものと看取することは、彼らの双方に財政的支援を施してきた「戦争屋」という集団が存在するという事実を理解しさえすれば、さほど困難なことではない。核実験において使用されたという水爆の件については、後ほど言及することになるが、核実験という行為そのものは、拉致被害を生じさせた王朝の後継者である金正恩氏への日本国民の反発を高め、日本国内における北朝鮮関係者への敵意を煽る効果を持つ。また、周知のように、いわゆる在日朝鮮人のコミュニティは、数十万の単位で存在し、外見も日本人と見分けがつかず、日本語をネィティブとして話すことができる。この条件※4は、日本国内におけるネット右翼の直接行動を全国的な脅威にまで広げる可能性を持つとともに、戒厳令を正当化する根拠となりうる。(もちろん、北朝鮮関係者がテロを実行すると述べているわけではなく、取締り側の論理として悪用される余地があると述べているに過ぎない。)

 北朝鮮や韓国への敵意を煽る人物らの財政は、新興カルト宗教や企業ゴロにつながる人物らの国際的な関係※5によって担保されている。これらの人物らは、おおむねアンダーグラウンド業界を通じて複数の事象に重複する形で関与し続けてきた集団であると考えて良い。北朝鮮に対する敵意が結果として国際的な利益共同体を潤しているという考え方は、論理上、否定できないものである。もちろん、北朝鮮による拉致被害は、紛れもない犯罪であり、国家のみが解決できるものである。そうである以上、国民は、輿論の構成を通じて、国家に圧力をかけるべきではある。しかし、現政権は、口だけは達者なように見えるが、実際の解決に向けた努力を重ねているようにはとても見えない。このとき、拉致問題の解決の先送りと、それに伴い生じる日本国民の対立感情は、日本内外の軍需産業にとって利益創出に利用できることに気が付けば、現政権と国内外の軍需産業との間に金銭上の共同関係が存在していても矛盾しないことに気が付くはずである。防衛省、自衛隊そのものにではなく、軍需産業という利益集団に注目するとき、韓国との従軍慰安婦合意や、北朝鮮による「核実験」などのそれぞれは、ネット右翼を吹き上げさせるための手段であり、わが国や他国の軍需産業へと最終的に利益を誘導するための機能も同時に果たしうることが分かる。北朝鮮を国民が非難することは、北朝鮮を批判するという本来の目的を果たすことにもなるが、同時に、政権中枢と関係性を有しうる利権集団に手を貸すことにもなりかねないことでもある。仮に、北朝鮮を批判するのであれば、「戦争屋」をも批判しなければ、一国民としては、国民益に適うように行動したとは言えないのである。

 実は、北朝鮮との対立によって利益を受ける層は、閨閥を通じて、政権中枢と一体化している。安倍晋三氏の兄は三菱商事に勤務している。同社の取扱商品が軍需品であることに留意すれば、ここに明確なコミュニケーションが存在せずとも、お互いの存在を意識した連携(阿吽の呼吸)が存在するとみなすことに、何ら問題はない。広瀬隆氏は、わが国における閨閥の広がりを『私物国家』に示し、海外においても同様の閨閥が広がっていることを『赤い楯』において示した。閨閥に着目する方法は、広瀬氏の前後にも類例があるが、それら類書については十分に目を通していないので、この話については、別の機会に改めてまとめることとしたい。これらの家族・社会関係に注目するとき、金正恩氏の「スイス留学」は、われわれ一般庶民の知る社会関係とは異なった国際的な関係を構築することに寄与していることに気が付くのである。

 ここで、北朝鮮により使用されたとされる核の性質に注目しよう。この「水爆」は、わが国の安全保障にとって、深刻な意味を有するものである。なぜなら、大槻義彦氏が重水素や三重水素の量を少なくしつつも核融合の生じる条件(ローソン条件)を満たすという実験を実施した可能性(リンク)を指摘し、また北朝鮮がロシアなどからその条件を満たす水爆の製造方法を導入した蓋然性(リンク)を指摘しているが、北朝鮮の核実験の結果は、この定性的な推測と、何らの矛盾を来さないからである。タングステンの外殻により、少量の重水化リチウムでも爆縮による圧力上昇を可能とした水爆がすでに存在することが指摘されている(飯山一郎氏、リンク)。無学なネット民がTNT火薬換算の計算を誇らしげに提示し、嘘であると断定しているようであるが、私は、大槻氏や飯山氏の見解を受け容れることに、定性的な問題がないと判断する。このタングステン水爆なるものは、飯山氏の情報源によれば、大きさがスーツケース大であるという。その大きさでM6程度のエネルギーが出せるということは、9.11級のテロ事件の実行が相当程度、容易になったことを意味する。わが国は、北朝鮮人脈・金脈の存在と(中国経由の多量の)物流の存在ゆえに、このクラスの攻撃をいつでも受ける可能性を有するに至ったと見ることも可能である。前記事(リンク)では、北朝鮮に対する非難が北朝鮮によるわが国の放射能禍への言及となって返ってくるリスクについて述べた。しかし、このタングステン水爆の存在を前提とすると、一般人にとっては、わが国の放射能禍を非難されるとしても、タングステン水爆の存在を非難することが重要であることのように思われることは、至極もっともではある。

 しかし、ここで留意すべきは、(タングステン)ミニ水爆が真に北朝鮮国内で製造されたものであるのか否か、北朝鮮がわが国から得ている利益がどの程度であるのか、という二点である。この二点の読みが異なると、今後のわが国が取るべき対応について、まったく異なった見解を得ることになろう。わが国にとっての北朝鮮問題の解決のためには、後者が重要であるが、本記事の焦点は、前者(国内での製造)に専ら係るため、この点だけを考察することとしよう。北朝鮮国内の(人的・物的)資源によりミニ水爆が自律的に製造可能であるならば、北朝鮮は、いわゆる「戦争屋」との関係を断ち切ることすら可能となったと言える。他方、今回、ミニ水爆が外国から搬入されたものであるならば、主導権は「戦争屋」の下にあることになる。

 私が恐れることは、逆説的な表現に聞こえるが、「戦争屋」にのみミニ水爆の製造が独占されている状態である。「戦争屋」は、自身の利益のためであれば、随意、誰にでもミニ水爆を拡散するであろうからである。ミニ水爆の製造工程が一貫して北朝鮮に独占されていた方が、むしろ、従来の核不拡散体制にとっては好都合である。北朝鮮もわが国も、北朝鮮とわが国とが共存する方が両国にとって長期的な繁栄を享受できる可能性が高くなる、と読んでいるであろう。北朝鮮がわが国の経済から大きく利益を享受しているのであれば、北朝鮮が核兵器をわが国に対して使用する状況は、よほどの場合に限定される。なぜなら、北朝鮮がわが国の経済から得ている恩恵が小さなものであっても、核兵器の使用は、戦争へと至るものであり、国際的な侵攻を自ら招くものとなるからである。北朝鮮が製造を独占している場合、ミニ水爆の流通自体が避けられることになる。なぜなら、ミニ水爆が使用されたとき、製造者である北朝鮮までもが制裁の対象に含まれるからである。製造者である北朝鮮は、慎重に、提携相手の理性を判定し、供給先と北朝鮮との利益が合致するときにのみ、ミニ水爆を提供するであろう。このとき、「戦争屋」と北朝鮮とが恒常的に連合するとは考えにくい。なぜなら、刃を売主にも向けかねない「戦争屋」に、不用意に刀を与える製造者はいないからである。必ずや、何らかの歯止めをかけて供給することになる。長くなったが、いずれにしても、北朝鮮の手によりミニ水爆の製造工程が管理されている方が、逃亡先を複数所有する「戦争屋」が独占しているよりも、ミニ水爆は不拡散状態を維持できるのである。

 このような「危機」に際して、戦後のわが国は、ほとんどいつも、「何もしない」ことを基本的方針としてきた。この方針は、意図的であるか否かにかかわらず、結果としては変わらないものである。今回も、つまり、核実験という武力を想起させる北朝鮮の行動に対しても、わが国は、中身を伴う対立の昂進を避けるため、従来の制裁内容を超えるような、北朝鮮に実効的なダメージを与える方法を取ることはないであろう。実際に、核実験後2週間を迎えようとしているときに、わが国は、周辺諸国との協議を行うことを外務大臣が述べているに留まる状態である※6。問題の深刻さに比較して動きが鈍いように見えることは、好意的に解釈すれば、核実験という推移に対して非難以上の具体的な策を講じることの無益さを政府が理解していることをうかがわせる材料であるし、悪意をもって解釈すれば、単に無能・無策を疑わせる材料である。いずれにしても、北朝鮮という国に対して、わが国が大きな動きを作ることは考えにくいことである。

 問題は、政権の中枢にまで食い込んでいる「死の商人」ネットワークの手に「ミニ水爆」の製造技術が握られており、核実験の実施によって恩恵を被る北朝鮮に「ミニ水爆」を提供した場合である。この場合、わが国は、とことんまで搾取されることになる。また、この場合、「北朝鮮の脅威」を大義名分とした政権の私益追求に対して、わが国の安全を担保すべき部署が「待ったをかける」ことができていないことになる。この安全保障部局が有効に機能していないという状態が事実であるとすれば、この状態は、諸外国の安全にとっても大きな脅威となる。なぜなら、わが国を養分として、「戦争屋」が生き延びるための利潤を上げ、次なる「ミニ水爆」の提供をいずれかで図ることができることになるからである。

 今回の核実験に対して「国民から見て有効な手立て」を政権が実行しないことは、「テロの季節」を準備するということにも寄与することとなる。対立から利益を得る「戦争屋」にとっては、(核の装備を世界に向けて宣言できる)北朝鮮にも恩を売ることができるし、一石二鳥の企画なのである。弱腰に見える政権の対応は、北朝鮮の対応がどうあれ、国内の不穏分子を感情的に高ぶらせることにも役立つ。この結果、ヘイトスピーチが勢い付き、「戦争屋」に所属する(たとえば)櫻井よしこ氏の手を離れるようになると、櫻井氏にとっても離脱する契機が生まれる。後は、つかず離れず、燃料を投下すれば、勝手に吹き上がり層は爆発することになる。従軍慰安婦合意に対する櫻井氏の安倍晋三氏への擁護は、このような効果を狙ってマスコミに流されたと見ることが可能である。

 こうしたとき、戦争を避けるためには一定程度の対策を必要だと考えつつも、平和への努力を惜しむべきではないと考える穏健派(ハト派!)は、いかに考慮すべきであろうか。社会は、これらの吹き上がり層をスルーすることが基本である。刑事司法機関は厳正に事に臨み、あらゆるネット右翼を、少なくとも従来の極左と同程度の重点的な取締の対象とすべきである。社会が冷静さを保ち、刑事司法機関の厳正さを期待し、刑事司法機関が社会の付託に応じることこそが重要である。こうしてこそ、たとえテロが起きたとしても、その余波を乗り切ることができるようになるのである、と私は考える。

 最後に改めて、まとめておこう。前記事において、私は、北朝鮮が核実験に際して、福島第一原発事故による汚染に言及しない代わり、核実験についてはガタガタ言うな、というメッセージを発していたのではないか、国民がガタガタ言うのは愚策である、と推測した。北朝鮮と「戦争屋」というプレイヤーを新たに考察対象に加えると、次のようになる。騒ぐなという北朝鮮のメッセージを日本国政府が無視して非難を加えたことは、(1)「ミニ水爆」が「戦争屋」製造のものであるとしたら「戦争屋」の思う壺であり、騒いだ日本国民は、自らの首を一層絞めたことになる、(2)北朝鮮単独による開発であれば、北朝鮮と日本国政府との「心理戦」において、日本国民がほどほどに騒ぐことは、日本国政府にとって一枚の手札になりうるものの、度を過ぎて騒ぐと、放射能禍を逆に突き付けられる材料となり、やはり愚かということになる。なお、放射能禍を指摘する「危険厨」は他国の謀略に乗せられているという認識が存在しており、「危険厨」は売国奴であるという指摘が存在することは承知しているが、「危険厨」の指摘が正しかったとき、「危険厨」が売国奴であると指摘した者こそが売国奴であったことになることは、今一度、指摘しておこう。


※1 ただし、「税金吸い上げ」発言は、発言のなされた木曜日から3日経過することになるが、わが国のマスメディアでは、まったく報道されていない。SNSや掲示板においても、安倍政権に対する反対派のみがこの事実を取り上げている。2016年1月24日時点のツイッターまとめサイト『Togetter』は、多くのネット右翼がまとめを作成しているものの、この発言についてのまとめは一切見られない。これらの事実は、報道統制がなされていること、同時に、自由に見えるSNS界隈において、相当程度の(政治上の)ステルスマーケティングがなされていることをうかがわせるものである。

※2 「自称イスラム国(so-called Islamic State)」という表現は、BBCも良く使用する。欧州において、「自称イスラム国」の出自がバレていることと、また、その壊滅時における報道責任の回避のための表現であると思われる。この事情がわが国の報道機関にも適用されうるのか否かは、未調査である。

※3 ロシア外交について、多少の動きがあるように報道があるが、この点をふまえたロシア外交が必要であろう。なぜなら、自称イスラム国の脅威を減じてもらったという事実によって、第三者的な視点からみれば、日本国民は、ロシア国民に借りを一つ作った状態にあるためである。

※4 むろん、北朝鮮関係者の全員がテロの容疑者であると言うつもりはまったくない。戦争やそれに準じる状態から金銭上の利益を得る集団にとって、より大きな利益を得るための環境や条件を合理的に追求すれば、このような結論を得ることが可能であることを指摘したいだけである。

※5 これらの人脈が他国籍・多国籍にわたることは、それなりに知られた事実である。たとえば、「右翼」の発言者として著名な櫻井よしこ氏の出自について、副島隆彦氏は、台湾出身であることを述べている。この事実が公表されてしばらく経つが、櫻井氏自身が正式に抗議したという話は聞かない。ゆえに櫻井氏の出自が事実であるものと推認することは、相当に合理的である。櫻井氏は、アメリカ国内にも人脈を有する新興宗教に深い関係を有する報道紙の記者出身である。

※6 岸田外務大臣会見記録 | 外務省(平成28年1月19日(火曜日)8時37分)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/kaiken4_000291.html
先日行われました日米韓の次官協議におきましては,この制裁,国連安保理の決議の採択に向けて協力することを確認し,是非,3か国で協力をしながら議論をリードしていこうということを確認いたしました。
 中国やロシアとも協力していくことも確認されたわけですが,その後,決議に関しましては,関係国の間で二国間の働きかけ等が行われている状況です。引き続き様々な働きかけが続けられているという状況で,まだ何も具体的なものは決まっていないと承知をしています。