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2023年8月5日土曜日

(二言目)Windows 11機への監視から来る不具合ほか1件

まずは見出しの「ほか1件」から:先日の記事(2023年8月2日)には、今も使用中のPC〔以後、本PC〕上における監視の一例を挙げ、そこから3日経過したが、同記事については、Bloggerに付属する閲覧数のカウンターがゼロから増える気配はない。この数値が(前掲記事の内容が幾らかなりとも確認されたという)事実を正確に反映しないことは確実である。とはいえ、その理由が如何なるものであり、かつ、その主因であろうGoogleが(私のほかにもおそらく居るであろう)今まで抑圧しきってきたユーザに対し何を戦後に行うのかは、私にとり全くの未知である。どうせ、口を拭ってダンマリというのがお定まりの展開であろうけれども、この逃げの姿勢自体が(、関係者がこの大戦期の末期以後に己の誠実さを主張したいのであれば当然のこと、そうでなくとも)EULA等をユーザに締結させた精神にも悖るものであることは、本段落で指摘しておいて良いことであろう。何故なら、改悛が確実に行動を伴うものとして顕れる筈であるというのが、キリスト者一般ひいては庶民一般の常識的な判定であろうから。また、改悛の情が単に命令を実行した従業員達個人の生活の周辺に留まる形のみで発露される訳がないというのもまた、私を含めた諸人格への潜在的な害に対する償いの理想的な在り方から導かれる常識的な判断ではあろう。なお、本段落における私の主張は、ここに示された事実に拠ることだけで必要十分に正しいと判定されるべきものである。前掲の記事と同様、これ以上の論拠を私に求める者は、少なくとも戦中においては、恥を知るべきであると返されるだけであるし、何より、その者自身にも(そう疑うだけでも、その者の魂への悪影響を含めた)害を与える。こう警告しておきつつも、本段落で挙げたBloggerのカウンターは、この不具合だけに限れば、明らかにサーバ側での対応であろうし、本稿で扱おうとする害に比べても、本当に可愛いものであるとすら形容できる。あたかも、Bloggerにおいて私への監視等を担当する者の恩着せがましさを、現在の対応から読み取れるかのような内容ではある。なお、今までの記事において(2016年の時点で既に)SEO上の不公正な扱いを受けていることを確認してきたことを踏まえ、私は、本段落ならびに本稿を世に問うている。


本PC(Windows 11機)に対する監視方法の内、前回記事の時点で発生していたものの、前回に示さなかったものの一つが本日の具体例であり、以下イベントビューアが示唆する内容である。対象となるDLLを制作した者は、無能であるか・悪意があるかを問わず、この結果を引き起こしたことを、まずは知るべきであろう。なお、非常に面白いのは、ある製品の内実が(下記DLLから容易に推定可能な)別の企業に変わる前までは、監視に伴う不具合を私が知覚しなかったということである(。私はそうも思わぬが、仮に、従前のセキュリティ企業が同社の役割期待にあるまじき工作を現実に行っていたとしても、彼らの優秀さは異なる、とも評し得よう)。

ログの名前: Security
ソース: Microsoft-Windows-Security-Auditing
日付: 2023/08/02 水 12:08:55
イベント ID: 5038
タスクのカテゴリ: System Integrity
レベル: 情報
キーワード: 失敗の監査
ユーザー: N/A
コンピューター: 〔秘匿済〕
説明:
コードの整合性によって、ファイルのイメージ ハッシュが有効でないと判断されました。このファイルは、無許可の変更によって破損しているか、無効なハッシュがディスク デバイス エラーの可能性を示している場合があります。

ファイル名: \Device\HarddiskVolume3\Program Files (x86)\〔秘匿済〕\fsamsi64.dll
イベント XML:
<Event xmlns="http://schemas.microsoft.com/win/2004/08/events/event">
<System>
<Provider Name="Microsoft-Windows-Security-Auditing" Guid="{〔秘匿済〕}" />
<EventID>5038</EventID>
<Version>0</Version>
<Level>0</Level>
<Task>12290</Task>
<Opcode>0</Opcode>
<Keywords>0x8010000000000000</Keywords>
<TimeCreated SystemTime="2023-08-02T03:08:55.8434374Z" />
<EventRecordID>476516</EventRecordID>
<Correlation />
<Execution ProcessID="4" ThreadID="15696" />
<Channel>Security</Channel>
<Computer>LePCdeHerori23</Computer>
<Security />
</System>
<EventData>
<Data Name="param1">\Device\HarddiskVolume3\Program Files (x86)\〔秘匿済〕\fsamsi64.dll</Data>
</EventData>
</Event>


私の言論が私だけに責任が帰されるべきものであるにもかかわらず、ここ数年間、私の言論を理由とする複数の違法性に満ちた攻撃が、敵により分業制と認定できる形で加えられ、私のみに留まらぬ複数の害を生じさせてきた。この主張も、論証を要する性質を有さない(し、余計な質問自体が害にもなる)。何より、(敵の全てだけではなく、私の錯誤等をも含め、)神は全てをご存じであるし、私は、わが国の不実さゆえ、何ものをも現世には期待していない(が、無論、敵の側に属する者達が自発的に全てを償うことは、彼ら自身の罪の赦しにも繋がることであるから、それを無下にすることもない)。この内、本PCに対する複数方法の監視により生じた複数の害は、使用開始後の今年1月来、実際に作業効率を低減してきたものであるが、実害全体からみれば軽微な結果に留まる。本PCに対する監視方法は、本記事や前回記事に留まるものではない。私が気付いていないものもあろう。

私と周辺に加えられたここ数年の複数の被害そのものは、「西側」社会における監視の在り方に対する興味深い問題を提起する。というのも、これら複数の監視方法等やらその経緯やらがテンコ盛り過ぎて、バッティング等々の不具合を私の敵の側にも起こしているものと認められるためである。これは、本PCのみに限っても生じていると思しき現象である。この状態は、戦後において、敵同士が私の周辺ならびに私に生じた実害に係る責任をなすりつけ合う事態へとハッテンしかねないものであろう(し、一部の勢力は、この事態を当初からの作戦過程に含めても居よう)。が、彼らが本PCへの監視について負うべき責任を切り分ける妙味は、犯人達へと放擲することとしよう。その作業を私が認知できる形で誠実に行いきってみせることこそが彼らの償いの理想的な内容の一つとなるべきであり、彼らの子孫が心身ともに健やかに暮らすための条件となる(としか、後世には責任を持てぬだけのリソースしかこの世に持たぬ私には、今現在の敵には助言できぬ)からである。

2018年2月17日土曜日

(一言)ホワイトハットは貴重な存在である

事件を担当している警察は、NEM流出事件に協力している彼(女)の身辺警護を直ちに実施すべきである。心当たりがない人物から住所宛てに物品が配送され、当人がそれを無邪気に喜ぶ状態は、わが国の犯罪抑止能力を考慮した場合、きわめて危険である。『餃子の王将』の社長であった大東隆行氏が2013(平成25年)12月19日に射殺された事件は、未解決である。Wikipedia日本語版さんの言を信用すれば、同社の純資産は、438.3億円(2017年3月期)であるから、これよりも大規模の窃盗事件を妨害しようとする人物がいたとしても、何ら不思議ではない。

本ブログの読者に政府筋がいることは明白である。今こそ、国民の明白な利益を確保すべく直ちに行動するよう、希望する(。しているとすれば、当然の処置とはいえ、良い仕事をしていると賞賛すべきであろう)。


2018年2月11日日曜日

(一言)このタイミングで、Amazonの公開「欲しいものリスト」が

他アカウントによって保存されたとき、リスト作成者の本名が他アカウントにバレてしまう可能性があると指摘された[1]ことには、一体、どのような背景があるのか。その理由は、単に偶然で片付けることもできようが、最近のNEM流出騒ぎと関係していると考えることもできる。何かが起きたとき、個人が特定された理由を、この脆弱性にこじつけるための前振りであるかのようである。ともあれ、私個人の非公開の「欲しいものリスト」に恥ずかしい商品が含まれていなかったことに、少しだけ安堵すると同時に、リスト作成時以後、やることが積み上がり続けていることに愕然とした次第である。


[1] 「欲しいものリスト」の仕様が変更され「保存する」をされると本名がバレる - Togetter
(2018年02月05日?)
https://togetter.com/li/1196075

2018年2月4日日曜日

仮想通貨流出事件を北朝鮮の仕業で片付けるのは怠慢ではないか

私がサイバー・セキュリティの専門家として働いていたならば、犯人について、色々な可能性を見込みながら考察したであろうが、いかがであろうか。結論を出せた後、これを丸めたり、話相手の能力を見込んで結論の表現内容を変えるのは、次の段階の話である。もっとも、分かりやすく核心を話すという能力は、私の不得手とするところである。その上、本ブログを通じて、それなりに文章能力を鍛えることができていると自負していることもある(。社会的に十分な程度に向上したかは、別の話である。従来であれば、採点結果が25点であったところ、35点になったとしても、依然として赤点である)から、仮に、私がキャリア形成を上手くなしおおせていたにせよ、相手が誤読できないように結論を伝えることができていたとは思えない。なお、この私語りは、当然、後段の前振りである。


サイバー・セキュリティの分野の特徴の一つは、事態と技術の進展が非常に早く、個人や組織の間で技術と認識の差が激しく、ほとんどの個人にとって、今や、独力で有効な対策を講じることが不可能となったことであろう。加えて、この分野を所掌する世界の公的組織が、クラック(彼らに言わせればハック)手法の開発・運用に積極的に従事している(と指摘・非難される)ことも、特徴の一つであろう(。『WikiLeaks』が公開した『Vault 7』を想起せよ)。わが国については、サイバー攻撃・サイバー犯罪に対する「制服組(に相当する上級官僚)」と政治家の理解の進み方が遅く、また、防御・即・攻撃となる虞についての法的問題が解決しておらず、結果として、予算も人も、必要な分量よりも数桁少ない。これらのわが国の現状は、明らかに、わが国のサイバー防衛・犯罪予防能力の成長を阻害する要因である。政府報告書では、どうしても遠慮・忖度が生じるから、そこは、当該分野における関係と利益が切れている外部の人間がこのように指摘しておくべきであろう。また、諸外国の官民連携に対しては、わが国の官民は、贔屓目で見ようとも、太刀打ちできていない。もっとも、この印象は、コップ半分の水を「もう半分しかない」と思うか「まだ半分もある」と思うかの違いの範囲内なのかも知れない(。利益関係が切れているので、私には、本当のところは、分からない)。

サイバー・セキュリティの世界では、一旦、不正に使用されたツールを民間企業が検体として入手できたとすれば、大抵の場合、仮想敵(の影響下にある民間企業)も、同様の検体を入手しているであろう。これは、自然犯に係るセキュリティや、従来の軍事の世界では、なかなか見られなかったような、同時的状況である。この点を考慮すれば、旧ソ連は、驚くほど早期に原爆を開発・実戦配備できたものであるし、それにもまして、北朝鮮の開発速度には目を見張るものがある(。この状態は、科学技術の移転性(ポータビリティ)が発展した結果を反映してもいるが、同時に、政府や軍において、真面目に安全保障やスパイの摘発に取り組んできた人々を尻目に、売国奴たちが暗躍した結果と考えて良い。いや、これらの売国奴は、むしろ無国籍大企業の代理人であるから、もとより国に対する忠誠心を有していないと考えた方が良かろう。原爆の開発競争については、幾重にもこの影響が認められる)。科学技術の移転のスピード感の違いは、犯人の行動範囲を考察する上で、重要と考えられる。


本題に入る前に、材料をもう一つ;私がいち日本国民として懸念するのは、「(勝手に私が)仲間(認定しているだけ)の日本人ハッカーたちは、どうにも、ヲタクを極めている割に、陰謀論と呼ばれる分野のわが国の蓄積を、無視し過ぎではないか」という点である。何だか、ミステリー小説にも類似の警句があったような覚えがあるが、思い出せないので、これまた中国の底力に頼ると、「木に縁りて魚を求む(『孟子』梁惠王上)」となるような発言が多くはないか。商売上のお得意様に配慮したり、業界仲間に潜むガチもんのヤバいヤツらを警戒しての発言かも知れないが、そうであるにしても、パブリシティ管理の甘さが際立つ。ホワイトハッ(善意のハッカー)と呼ばれる人物が、陰謀論を踏まえないでSNSを利用していることは、サイバー・セキュリティに言う「社会工学(social engineering)」が専門分野に被っていたつもりの私からすれば、不用意極まりないことである(。不用意極まりない行為は、大抵、決定論的に次の展開を惹起する。ただ、そのような展開が生じないときには、生じなかったこと自体にも、相手か当人かに何らかの理由があったことを窺わせることになる。便りがないのは良い便り、というやつではある。『カレイドスコープ』のダンディ・ハリマオ氏は、彼女?に冷淡なように見えたが、ともかく、無事を祈るばかりである)。


『日本経済新聞』2018年2月3日朝刊1面トップ記事(14版)「仮想通貨 未熟な「取引所」/巨額流出、利用者保護に遅れ/市場拡大、定着には課題」(関口慶太、鈴木大祐、吉野次郎)の次の記述は、北朝鮮の関与について、正確性が歪められてはいないであろうか。

仮想通貨がサイバー攻撃の格好の標的になっている点も浮かび上がった。韓国では仮想通貨交換業者への攻撃が激化し、国家情報院は北朝鮮が運用するサイバー部隊の仕業と断定。サイバーディフェンス研究所の名和利男上級分析官は「手口が韓国の事件と同じなら、北朝鮮が関与した可能性が極めて高い」とみる。

韓国・国家情報院の判断は、彼ら情報のプロの判断である。その判断に相乗りすることは、記者の自由である。しかし、先に見た名和利男氏の解説は、氏自身の揺るぎない見解であろうか、それとも、記者の曲解であろうか。

本件流出に「The Lazarus Group」と名付けられたサイバー犯罪集団の製作したプログラムか手口が使用されたと見做されていることまでは、社会的に認められた事実のようである。彼らは、2014年11月24日にソニー・ピクチャーズ社をクラックしたことを『Reddit』で公表し、12月、公開予定であった映画『The Interview』の上映を中止するよう要求した。本稿では、この犯罪集団が北朝鮮と深い関連を有すると見做す見解が「先進諸国」で有力であることを理解しておけば、十分であろう(。ほかの国における評判は、分からない。なお、この事件においても、当事者間で、情報戦・心理戦と呼べる内容の多数のコミュニケーションが交わされたようである)。

この一方で、製造者の痕跡を消去したり、偽造したりするという試みは、サイバー戦争の分野においては、実行されている可能性が非常に高い。(強固な証拠ではないが、一応、)自然犯の職業的犯罪者は、犯行を完遂することよりも逮捕を避けるように動くと言われている。サイバー戦争において、身分・組織・国籍を秘匿することは、必須である。国籍バレは、場合によっては、戦争に至ることになるからである。サイバー戦争においては、ゆえに、自分たちが陥れたい相手を念頭に、別のセキュリティ業者なり犯罪集団なり情報機関なりの仕業に見せかけるか、そうでなければ「無色」の存在に近付けるような工夫が取られるであろう。偽装工作の場合には、その事実がバレることもまた、リスクの一つである。このために、他者にツールの製作責任を負わせようとする場合には、より入念に作業が進められるであろう。偽装工作の事実がバレることになるとしても、それが相手の根拠のない誹謗であると主張できるように、二段階の偽装が行われることもあるやも知れない。陥れたい相手国の人物をリクルートして、ツールの製作を依頼するということもあろう。人的・経済的なリソースをどれだけ使用できるかにもよるが、原理的には、組織で行動している人物たちは、以上の基本的考え方を組織的に習得した上で、日々の業務に従事していることであろう。なお、本段落に示した話は、自然犯に係る発見的事実と、国籍バレの帰結に係る一般的認識と、犯罪者および安全保障実務者の合理性という仮定という三点を除けば、すべてが私の想像力によるものである。しかし、逆に言えば、これらは、誰でも・いつの時代でも・市井の人物でも思い付くことができる、つまりは、誰でも到達可能な種類の、サイバー犯罪・戦争の定性的な性質に係る哲学である。民間人の底力というヤツであり、この種の認識を検閲しても、さほど意味がない。

ツールと痕跡を放置せざるを得ない種類のサイバー犯罪の後、それらの証拠が、騙されやすいセキュリティ関係者に回収されたとき、その解析作業は、いかなる結果となるのであろうか。下手をすると、そして真犯人の目論見どおり、現代版のトンキン湾事件が完成する、という訳である。イラク戦争も、同様の構造に基づく疑惑のゴリ押しにより、開始されたのである。なお、ここでは、米国内に当時存在した戦争屋のみを非難している。当時の米国民の大多数や、現在の米国民を誹謗する意図はない。最も分かりやすく、当事者たちが(暗に)認める事例を挙げたに過ぎない。サイバー犯罪のツールは、一旦入手すれば、複製できない訳でもないし、解体(リバースエンジニアリング)して、ソースコードを書き換えて、他国製に見せかけることができない訳でもない。どの版から亜種の検体が枝分かれ(フォーク)したのかを判定する技術もあるが、その手法は、分類学に基づくものであり、統計学にいう因果関係よりも相関関係を見ており、分析者が因果を判定しているものと考えた方が良い(。非常に困難な話ではあろうが、原理的には、最高レベルの技術者が、版を遡り、開発者を偽装した旧版を世の中に紛れ込ませ、偽装された開発者を陥れようとすることも、不可能とまでは言えない)。何より、北朝鮮製のナイフで人を刺すことができるのと同様、北朝鮮製のクラッキングツールは、使用者の国籍を問わない。この点、多くのサイバー犯罪における犯人同定に係る議論には、たびたび、論理の飛躍が見られるのである。

本件について私が怪しんでいる根拠は、当のマスメディアのキュレーション機能の不全状態である。少なくとも、ジャーナリズムの建前を貫徹していない。北朝鮮関係者にも準備して取材し、彼らの矛盾点を突くことが、本来の報道の王道というものではなかったか。北朝鮮とわが国との対立が昂進することにより、利益を得ることになる存在を洗い出し、彼らにも準備の上で取材することも必要であろう。「本件流出について、あらぬ疑いを掛けられて激高した金正恩氏の命令により、東京に核爆弾が落とされる(、無論、真犯人は不明)」などという責任を、名和氏だけに負わせることは、日経の無責任の極みというものであろう。関口氏・鈴木氏・吉野氏は、この無責任を意図した訳でもなかろうが、外形的には、片方の利害関係者の言うことしか聞いていないことには、間違いがない。この偏向報道ぶりは、「マスコミは、大抵の場合、大事なことについて、ウソを吐く」という「法則」を強化している。この「法則」の強固さに、今まさに、一つの事例が加えられたのである。

また、一民間人の口を借りる形で、日本経済新聞が北朝鮮の仕業であると印象操作することは、同紙が推定無罪の原則を軽視する姿勢を良く伝えている。現行の法律体系において、いわゆる推定無罪の原則は、刑事訴訟法第336条に具体的な根拠があり、憲法第31条によっても担保されると理解されている。また、国際人権規約・B規約(いわゆる自由権規約)は、わが国(1978年5月30日)も北朝鮮(1981年9月14日)も批准しているが、同規約第14条2項は、「刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する。」と直接的な文言により、推定無罪の原則を要求している。もっとも、私も、本ブログで同種と見做されうる記述を生産し続けている。しかし、日本経済新聞の記者たちは、三人寄っても文殊の知恵には到達できなかったと見えるのである。もちろん、この民間人だけで構成された日経記事の北朝鮮批判は、根拠に乏しいまま、本ブログに比べて圧倒的に流通することになる。さらに筆誅を進めるとすれば、サイバー防衛の「プロフェッショナル」であるはずの名和氏の安全保障に係るセンスは、大学一年生までの間に学習するであろう種類の話を、易々と無視してしまう程度のものである(というような誤解を、パブリシティ管理の甘さが招いたことになる)。現今のマスメディアは、基本、フリークショーであるから、過剰な演出に対応可能な人物だけが生き残るということでよろしいのであろうが、ここまで周辺分野に係る基本がなっていない人物を重用し続けていると、わが国の人材枯渇が疑われてしまうことにもなりかねないのである。

日本国に所属すると見做される企業や個人たちが「すべて北朝鮮のせいである」とする理屈は、相当に鋭利なブーメランとなりうる。一旦生じた誤解が、取り返しの付かない状態を産むことは、ベトナム戦争を見ても、イラク戦争(第二次湾岸戦争)を見ても、明白な事実である。ベトナム戦争は、米軍とベトコンとの損害比こそ、米軍の圧勝と呼べる内容ではあったが、戦争目的を達成できずに撤退したという点において、米国の明確な(政治上の)敗北であった。イラク戦争において、米国は、戦争目的に照らして勝利はしたが、米国の安全保障を確実なものとするという点においては、これまた、最終的に成功したとも言い難いし、次世代以降に負担を転嫁してもいる。オバマ大統領の誕生、ひいてはトランプ大統領の誕生を促進する上で、の子ブッシュ政権の欺瞞と横暴が必要とされたという見方も成立しうるが、このように評価するには、世界に対して戦争屋が撒き散らした不幸は、巨大であり過ぎる。今後に米朝戦争が生じた場合、これら2つの戦争よりも深刻な影響が世界にもたらされることは、いかなアホでも分かることである。もちろん、わが国は、その被害のかなりの部分を、韓国・北朝鮮・中国・ロシアとともに受けることになりかねない(。後者二国については、わが国などのミサイル防衛網の誤作動が強く懸念される)。にもかかわらず、最近の日本国民の言論が調子に乗せられがちであり、個人が痛い目に遭った後に、初めて動物のようにゴメンナサイすることは、残念ながら、デフォルト状態である。(老眼で)自分が戦うこともできないのに、エラそうなことを言う高齢男性がかなりの割合に上ることは、結構な観察的事実である。

しかしなお、世論が相当にアホであったとしても、北朝鮮のセキュリティ関係者とその他の国のセキュリティ関係者との間で、安全を希求するという前提が共有されていれば、このあらぬ疑いも、掛けた後において、取引材料として機能する。戦争屋の暗躍が一般人である私にも読み取れる以上、真に責任を有している実務者の間では、一応の信頼関係が成立しているものと楽観的でいることはできよう。名和氏の解説も、これを理解した上で慎重になされた可能性もある(が、結果は、先の引用のとおりであり、そこには、北朝鮮とは書かれているが、北朝鮮の偽札作りに積極的に関与したと言われる組織に所属していたと思われる戦争屋の名前は、類推できるようになっていない)。


[1] 市民的及び政治的権利に関する国際規約 - Wikisource
(2018年02月03日閲覧)
https://ja.wikisource.org/wiki/%E5%B8%82%E6%B0%91%E7%9A%84%E5%8F%8A%E3%81%B3%E6%94%BF%E6%B2%BB%E7%9A%84%E6%A8%A9%E5%88%A9%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E8%A6%8F%E7%B4%84


#面倒になったので、ここで打ち切るが、同じ記事の前半部にある、

仮想通貨取引を扱う会社は売りと買いを付け合わせる証券取引所のような本来の取引所ではない。正式名称は「仮想通貨交換業者(3面きょうのことば)」。注文の付け合わせだけでなく、顧客の反対に立って自己勘定で注文を受けており、それが大きな収益をもたらしている。

「オルトコイン」と呼ぶビットコイン以外の仮想通貨の注文はこの方法でさばく場合が多く、利幅が厚い。コインチェックはその品ぞろえが豊富で、利益率も高かった。

とのくだりは、コインチェック社に対する疑い(2018年2月2日参照)について、「俺らも知ってたんだかんね」とばかりに、予防線を張らんとする動きと読める。ただ、このように記しながら、同一の朝刊の14版5面(総合4)「流出したネム別通貨に交換?/企業の資金調達 応募の形跡」という署名なし記事は、まるで、北朝鮮が盗んだ後のことを考えていなかったかのような書きぶりとなっている。この記事における記述は、(先述した)自然犯のプロフェッショナルの態度とされるものとは、一線を画しているように見える。北朝鮮の工作機関がすっトロいという印象を与えたいのかも知れないが、日経の記者がこのようなことを記しても、一面記事で北朝鮮の仕業を散々示唆した以上、日経の程度がバレるだけである。私は、日経記者のレベルは明らかに見下しているが、そのほかの本記事に登場する組織や人物については、名和氏のパブリシティ管理の拙さを除けば、そのように考えていない。

#新約聖書のルカ書とヨハネ書の双方に、ラザロの名が見られるが、両者は別人であると見られている。『カレイドスコープ』のダンディ・ハリマオ氏は、その名前の由来の含意を考察していたかも知れない。

#「よーすけ」氏のアノニマス(Anonymous)に係るツイートは、断定的に過ぎるとは思う。このミーム(社会的な遺伝子)またはモチーフは、組織的活動のための匿名プラットフォーム、兼、ローン・ウルフなどの徴募ルートとして、立ち上げられたものと推測できる。立ち上げられた後に、皆が相乗りした結果、結局、使い勝手の良い具合に変質し、手垢が付きすぎたために、結果として軟着陸したものと認められる。宣言自体に、使い勝手の良さを主張している部分があるが、これを逆用した人々がいるものと認められる。仮面は、わが国でも、大量に仕入れて夜店で売れば、足が付かない。3Dプリンタもあるから、自分たちでデザインして作ることも可能。しかも、リアルな3Dデータは、某ゲームにおけるゲーム内報酬でもある(が、私は、現物データを入手できていない)。これらの販路がなかったことは、逆に、単なるマニアが独自に活動する余地を含みにくいことを示唆する(。仮面は、販売されていたが、「足が付く」方法である)。アノニマスを名乗る存在による犯行=反抗については、英語でニュースを探せば、複数の異なる主体を含むであろう、彼ら最近の実績を認めることができよう(が、これは、私の直接の興味の対象ではない)。ともかく、アノニマス自体に、統一的な行動体としての意味を読み込み、その盛衰を論じることは、全体と部分とを取り違えた理解に至ったり、現今の権力闘争を簡単に見誤ってしまうという虞があろう。





2018年02月04日訂正

リンクの張り忘れを修正し、一部の文言を訂正したが、意図は変えていない。

2018年1月29日月曜日

(メモ)松本文明氏の「それで何人死んだんだ」という言霊は鎮める必要がある

2018年1月25日、日本共産党の志位和夫氏が最近の米軍ヘリ不時着などに対する国会発言に対して、自由民主党の松本文明氏は、「それで何人死んだんだ」とヤジを飛ばし、昨日(29日)、内閣府副大臣を引責辞任したという。安倍晋三氏も任命責任については口にしていた(29日予算委員会か)。『赤旗』[1]の取材に対して、死者が出なければ良いという考えでは「全然ない」と返答したという点、松本氏の野次が一種の軽口を意図していたものとは理解できる(。『赤旗』は、「開き直った」という表現を用いているが、この表現は、政略上、許容できる範囲の厳しさである)。ただ、わが国において、言霊を恐れない松本氏の姿勢は、およそ日本人らしくない。これから、この言霊が召喚するかも知れない帰結を、松本氏には分からないであろう理路によって、説明しよう。もちろん、この記事は、ここでの懸念が現実のものとならないことを願い、示されるものである。


松本氏の本件発言は、東京7区選出の衆議院議員(今期については、落選し比例復活)のものとしては、選挙区の事情に通じていないことを表す。一体、彼と、その支持者たちは、どれほど防音性能と耐衝突性能が高く耐火性能を有する自宅で夜を過ごしているのであろうか。彼の自宅の所在を調査すること自体が不穏な行為と受け取られるであろうから、そこは調べることのしないまま、揶揄しておく。今後、彼にとって、支持者回りは不可欠であろうが、そこでは、全身を「耳にして」上空の状況をも把握すると同時に、市街地大火に対する想像力を働かせるように努力すべきと思う。

私の住む衆議院小選挙区は、東京7区の南西部に隣接する東京8区であり、羽田空港の新滑走路の運用開始以後、夜間22時台には、なかなか濃密な間隔で、民間のジェット航空機が音を聞き取れるくらいの高度で飛行するようになった。これらの航空機は、国際便(旅客機)であって、着陸待機のために旋回しているようにも思えるのであるが、これまた、調べること自体が不穏な行為と認定されるであろうから調べない。とはいえ、7区の住民も、十分にその音を聞き取れるに違いない。旅客機の旋回半径や高度などを考慮して、北限が私の自宅あたりにあるのかも知れないと想像することもできるが(これも調べない)、7区の上空も通っているものと予測できるかのように、北の方から音源が移動しているように聞こえることもある。(念のため、この判断が当たっていようがいまいが、東京都23区の木造密集地域の上空を民間機が航行していること自体は、確定的な事実である)。

2018年1月現在、東京都の密集市街地上空を航空機が飛行しなければならないのは在日米軍のせいである、とする論調が力を持つ虞は、厳然として存在する。横田空域の存在は、人々により広く知られつつあり、その存在を米国による日本占領状態を示す証拠であるとする論調も、また、有力さを増しつつある。オリンピック反対に係る議論が、観戦客を迎え入れる上で旅客機の容量が一杯であるという話にまで及ぶとき、横田空域のために東京23区・城南地区の上空が混雑しているのである、という意見までは、ほんの一歩であり、この指摘が現に見られない訳ではない(。全体の文脈を把握していないので、具体的に紹介しない)。羽田空港・新滑走路開通に係る騒音上の懸念は、私の地元において、すでに示されている(。厚木基地のひと頃の騒音に比べれば、その大きさは無音に等しいが、大田区の北部では、ひと頃に比べ、はっきりと聞こえる程度に大きくなっているであろう)。新・東京オリンピックについて、その時期だけであれ、横田空域・基地を民間開放すべきではないのかとの議論も、現に見られる(が、私には整理し切れていないから、恣意的になることを避けるため、これまた引用しない)。

他方、大変に捻れた話になるが、わが国のリベラルが政治に対して健全な影響力を及ぼせるまでの勢力を取り戻すためには、在日米軍の方向性を見極めて、その活動を(裏で握らずとも)支援する必要が存在する。沖縄における一連の事故・ヒヤリハット事例について、在日米軍首脳部の主張(=事故は増えていない)は、日本人なら到底受け入れ難い種類の謝罪・認識※1を示しているが、他方で、この「やり過ぎ」な態度は、彼らが撤退する上で必要とする大義名分である「地元の意向=沖縄の人々の怒り」を醸成しようとしているものとも読むことができる(。トランプ氏のスタイルを想起せよ)。沖縄の人々の怒りは、暴力へと直結する虞が常に否めないが、また、(戦争屋の手先や極左などの)無用な暴力を肯定する連中がそれに常に乗じようとしているが、在日米軍が戦争抜きに撤退するための必要条件でもある在日米軍の撤退は、力の空白をわが国の自衛隊が埋めるように達成されるのであれば、わが国の相対的な独立を意味するのであるから、ネトウヨの皆様が強硬に主張するように、単なる一方的な危険を意味するのではなく、好機にもなる。この動きは、戦争屋にも力を与えうる危険を有するが、健全な国内の防衛産業の発展をも意味しうる(。もっとも、現況では、トランプ氏の辣腕セールスマンぶりに敵うべくもないが)。この一方で、日本のSNS上の「リベラルな」言論は、純情過ぎる人々によるためか、従来型の国際秘密力集団による資金援助を受けた人工芝によるためか、随分と暴力的な表現に流れがちであり、周囲もこれを正当化しがちである。これを排しつつも、世論の主流派の意向を揺るがせにしない形で示さなければ、在日米軍もトランプ氏も、自身の決定を正当化しにくいという事情が存在する。このために、戦争屋には与しないという前提を置きながらも、ある程度までは彼らの横暴に反発してみせる姿勢が、われわれ日本国民には求められているのである(。この姿勢は、沖縄の人々の基地負担を軽減することになれば、結果としてはリベラルと呼べると思うが、いかがであろうか。もちろん、「圧政者」が交替するだけという可能性は、濃厚である)。この反発が成功体験に結び付き、しかも、目に見える形で、ネトウヨなどの撒き散らす「中・韓・北・露の脅威」が立ち現れなかったときには、リベラルに対する日和見派の無党派層は、リベラルの論調を受容するであろう。わが国の大多数派である、日和見派の無党派層は、無知と臆病を動作原理としているので、彼らを惹き付けるには、可視化された実績と「この人たちに付いて行っても大丈夫」という安心感(、ただし、安全であるか否かは問わないし、根拠がなくとも構わない)の二つが重要ということになる。この点は、フィリピン共和国のロドリゴ・ドゥテルテ大統領の方法を参考にすべきであろう。

航空事故に対する認識は、事故時の乗員の行動と、後の報道と言論形成過程によって、(当事者ならびに遺族からの評価ではなく)周辺ならびに後世からの評価が大きく変わることがある。わが国(日本国籍)の航空機の事故については、最近、調布飛行場で近隣住宅に重大な被害を与える民間機の事故(2015年7月26日)[2]があったとはいえ、一般に、飛行回数(トリップ数)・飛行距離の長さを考慮すれば、墜落事故が市街地に対して人身上の被害を及ぼすという事態は、ごくごく稀なものであると思う(。とはいえ、正確な計算や比較をしていない。『Wikipedia』日本語版の「航空事故」に紹介されている指標は、トリップ数あたりの事故率であり、これだけでは客観的な議論とはならない)。日本国内の事故に注目すると、ごく一部の有名な事例を除けば、日本人乗員の優秀さと責任感の強さを印象付けられる。米軍については、戦後からという非常に長いスパンで見れば、本土においても、たとえば、神奈川県においては、大和市内(1964年9月8日)[3]や横浜市内(1977年9月27日)[4]で墜落事故を起こしたことがあり、いずれも日本人の民間人が死亡している(。しかしながら、ここでは事故の規模や損害の大小自体を論じるつもりはない。その経緯によっては、事故が長く・強く記憶される場合があることを指摘できれば十分である)。ほかにも米軍機の墜落事故は存在し、同様の教訓を有するが、これら二件の事故が特徴的であるのは、乗員が墜落前に機体を放棄し、脱出して無事であったことによって、反米感情が少なからず高められる材料を与えたことにある(。米軍機の乗員が機体を放棄するという姿勢は、訓練ならびにプロコトルの一環であり、乗員ら自身には、それらを遵守するほかないことに注意すべきである。遵守しなければ、逆に乗員の責任が問われかねないことになる)。しかし他方で、神奈川県における米軍基地経済は、無視できない程度の規模であり、経済に留まらない共存のために、日米の双方の関係者が尽力し(、与党政治家が潤っ)ていることも事実である。これらの理由の絡まり合いを私に分析する能力と余裕はないが、結果的に、現地の人々が在日米軍を問題と考える程度は、沖縄により大きな負担をかけながらも、沖縄ほどには政治の流れを変えるほどの脅威とはなっていない。しかし同時に、義務教育課程において、先の事故に係る教育がなされ、一定の道徳的観点を成長させてきたことも、また(私の体験的な)事実である。

旅客機の事故は、当然、乗客・乗員だけでなく地上にも被害をもたらしうるし、思いも寄らない帰結を産むこともある。9.11は、事故とは形容できず、航空機を悪用した犯罪であるが、周知のとおり、世界に不可逆的な変化をもたらした。当時の連邦政府の報告書を真に受ければ、地上に最大の被害者数をもたらした航空事件であると言えよう。また、アムステルダム市内のベルメルミーア地区(Bijlmermeer, Amsterdam, Nederland)※2は、高層住宅街区であったが、自然犯(強窃盗・性犯罪など)の発生ならびに認知を減少させるため、1980年代の半ば以降、段階的にル・コルビュジエ風の高層住宅を改修しつつあった[5]。ところが1992年10月4日、エルアル航空機が墜落、11階建の高層住宅を破壊、乗員3名・乗客1名・住民43名の合計47名が死亡し、住民11名が重傷を負った[6]。一般的な犯罪に対しては従来よりも安全となるよう改修されつつあったモダンな高層住宅も、これだけの惨事となるような事故に対しては、対抗できるだけの耐衝突性能を備えることはできなかったのである(。事後に建物の耐衝突性能を検証する場合には、耐震性・耐風性が準用されうるが、よほど特殊な建物でない限り、わざわざ、物体が衝突することを前提とした構造計算は、行わないはずである。それに、巨大建築物であれば、風圧による方が、衝突によるよりも、建物全体についての変形力大きくる)。この事故は、総合的な再開発・改修を数ヶ月後に構想する契機となった[5]


東京23区の地上部において死者を伴う航空事故が発生したとき、以上の知識を総合すれば、「それで何人も死んだだろ」といった非難が沸き起こり、しかも、それが横田空域と関連付けられないとは、誰にも断定できなかろう。しかも、その帰結は、私には全く予想しにくいものである。現在の言論状況を鑑みれば、この種のフック的表現は、強力に言論統制が加えられることになるものと予想できる。しかし、その統制の実態は、現在における権力闘争の暗部を通じて、必ずや、現政権に不利なようにバラされることになるであろう※3。これに対して、最近の実績として、在日米軍機なり、旅客機なりの飛行機が脱落させた部品は、幸い、地上部重篤な人身被害を生じさせた訳ではないし、沖縄における米軍機の不時着等についても、整備状態の悪さと民間委託の適正さについてはともかく、事故時の乗員たちが最善を尽くしていることは間違いないものと読める。しかし、現在の在日米軍のわが国における社会的評価が混乱した状態に置かれていることも、また間違いなかろう。この混乱に拍車をかけるという点で、また、ここで説明したような含みを踏まえれば、決して出てこないような野次を口に上らせたという時点で、松本氏が自らを処分することは、当然である。また、保守の側からも、ここに示したような批判と懸念とが出ないとすれば、わが国の保守の想像力の乏しさは、必ずや、今後の混乱に拍車をかけることになろうし、私が本稿で示した落着シナリオに至る条件は、彼らが潰したと評価できることにもなろう。

松本氏の失言は、ひたすら謝罪し続けるのが妥当であるし、野党も、頃合いを見て矛を収め、(NHKのミサイル誤報の影に存在した可能性が認められる)重大事故の予防に全力で協力すべきである。この阿吽の呼吸こそが、世界に追随するコツというものであろう。繰返しになるが、両建て構造を乗りこなすのが、現在のトレンドである。今後の謝罪とその経過に係る与野党・両陣営の塩梅は、わが国の政治家の狡猾さと公正さを量る上での水準器として作用するであろう。

最悪のシナリオに対して、密集市街地に居住する国民が可能な対策は、整備されているはずの消火器の設置場所を確認しておくことと、雪かきくらいであろうか。粉末系消火器でないと、油火災を有効に消火することはできない。手元に消火器があったとしても、粉末系消火器ではない場合は、十分に考えられる。自助・共助は、雪かきを除けば、なかなか有効には機能しないであろう。杞憂であることを祈るばかりである。3時半近くにも航空機の音がした、というオチで、本稿を締めることとしよう。


※1 2018年1月21日放送のTBS系『サンデー・ジャポン』は、小室哲哉氏の記者会見について、週刊文春記者にモザイクを入れ匿名でその意見を述べさせていたが、(映像では男性に見える)彼は、英語では自身ならびに組織からの謝罪と受け取ることのできる日本語表現を、一度たりとも使用しなかった。およそ、彼の態度は、日本人のステレオタイプらしからぬものであり、本件記事に係る米軍側の主張に類似したものである。参考まで、『デイリースポーツ』が本件を報じていた[7]。ここで、『週刊文春』記者を批判する理由は、小室氏のスキャンダルを報じたことによって、『週刊文春』が多くの日本人を悲しませることをしでかしながら、悪びれもせずに自身の主張を通そうとするからであり、また、このインタビューにおける態度自体が日米友好に毒を盛る種類の行為となるからであるが、それ以上の他意はない。つまり、ほかの人物・組織を批判する意図はない。

※2 「ベイルメルメール」と表記されることが多く、Googleマップ(の当地)のカタカナ表記もこのようになっているが、発音を提供するサイトの音声を聞き[8]、従来から「ベルメルミーア」と表記されてきたことをふまえ、これを採用した。カタカナ語表記するなら、「ベイルメルミーア」のように聞こえた。

※3 近年、類例のない寒波が首都圏に大雪を降らせたが、世界的に寒波が到来しており、米・中・露の三か国にも到来している。しかも、一か国だけにおいて、その威力が奇妙なほどに急激に低減したなどという報道もない。今回の大雪によって、戦争屋というカルト集団が好ましいと思うほどに多くの人々の命が失われたとの話もない。気象兵器は、他国に対して使用した場合、戦争行為(宣戦布告抜き、不意打ち)ともなる。大雪は、サービス業をエンジンとする諸国の経済全体に対しては、ボディブローのようなダメージを与えるから、よほどの仕込みができていなければ、現政権にとっても、ない方が良い。米露は、エネルギー輸出国であるから、その面では潤うかもしれない。以上の錯綜した状況は、わが国についても、安倍政権と旧・戦争屋が手を握ったと考えるよりは、安倍政権とこれを支える武官組織が旧・戦争屋とは対立状態に近いことを窺わせるものである。日米中露の4か国の中では、冬期の寒波攻撃に対して、ロシアが最も耐性を有しているようにも思えるが、プーチン大統領が正教の水垢離?をしなければならないときの寒波は、結構なリスクであるように思う。また、平昌に雪が足りなかったから大寒波を到来させた勢力があるとすれば、「ちょっとちょっと!」といった感じである。このとき、平昌からロシアが排除されたことにも、注意すべきである。寒波攻撃が実在のものであるとすれば、韓国とエネルギー企業以外は、直接に潤わない。韓国政府が関与していたと考えることも、まあ無理筋である。人工降雪機に比較して、気象操作は、明らかに「鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん」(『論語(陽貨)』)であり、韓国は儒教文化圏である。雪かきをしなければならない国が増えたという理由は、なかなか本命に近そうである。リアルタイム(に近いタイミング)で上空から地上を眺めることができる人物たちは、この予想の当否を分かっているのであろう。


[1] 副大臣「何人死んだ」/米軍事故 志位質問に暴言ヤジ
(記名なし、2018年01月26日)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2018-01-26/2018012602_02_1.html

[2] 調布市PA-46墜落事故 - Wikipedia
(2018年01月30日閲覧)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%BF%E5%B8%83%E5%B8%82PA-46%E5%A2%9C%E8%90%BD%E4%BA%8B%E6%95%85

[3] 大和米軍機墜落事故 - Wikipedia
(2018年01月30日閲覧)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%92%8C%E7%B1%B3%E8%BB%8D%E6%A9%9F%E5%A2%9C%E8%90%BD%E4%BA%8B%E6%95%85

[4] 横浜米軍機墜落事件 - Wikipedia
(2018年01月30日閲覧)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E7%B1%B3%E8%BB%8D%E6%A9%9F%E5%A2%9C%E8%90%BD%E4%BA%8B%E4%BB%B6

[5] ポール・ヴァン=ソメレン, (1995).「都市計画家の夢と悪夢と目覚め オランダにおける都市計画・建築・安全・防犯の交点」『JUSRIリポート』別冊5(国際防犯フォーラム・IFCP95 安全な街づくり・住まいづくり), 都市防犯研究センター, pp.39-50.

[6] 事故No,19921004a
(外山智士、2018年1月30日閲覧)
http://www004.upp.so-net.ne.jp/civil_aviation/cadb/wadr/accident/19921004a.htm

[7] 文春記者、小室の引退に「本意ではない結果」 サンジャポ取材に語る/芸能/デイリースポーツ online
(記名なし、2018年01月21日)
https://www.daily.co.jp/gossip/2018/01/21/0010915873.shtml

[8] Bijlmermeer pronunciation: How to pronounce Bijlmermeer in Dutch
(2018年1月30日確認)
https://forvo.com/word/bijlmermeer/#nl




2018年1月30日15時追記

文を追加し、文言を修正した。文末の修正部分を除けば、文章の意図を増やしたり修正したものではない。

コインチェック社からのXEM流出は、コンピュータ犯罪の観点ではなく権力・組織犯罪の観点で理解すべきである

本ブログの読者であれば、仮想通貨の危うさと信用の源については、よくよくご理解いただいていたはずである。このため、コインチェック社において、26日にNEMについて異常が検知され[1]、総額580億円相当の仮想通貨が流出した[2]が、この問題についてはもちろん、それ以前のビットコインの恐ろしい乱高下についても、万が一にも、難を逃れた本ブログの読者がおられるかも知れない。

ただ、『John Wick』中の金貨について言及した拙稿(2017年12月10日)は、本ブログが、偶々、世間の荒波とシンクロした一例である。まったくの偶然であり、私自身も、偶然ゆえに驚愕している。誰からも示唆や指示を受けた訳でもなく、誰にも具体的な示唆や指示を与えたつもりもなく、そもそも、誰にも話さずに、録画した番組を視聴した結果について、自分の興味の赴くまま、それのみに基づいて、作成した記事である。このために、拙稿には「毒にも薬にもならない内容」と記したのである。とはいえ、念のため、本ブログは、極力、庶民の生活に荒波を立てないよう、しかしながら、一般的事実(、見方を変えれば、応用の利く知識)の伝達を目的に、手抜きや誤誘導を試みる「学識経験者」のケツを蹴り飛ばすべく、作成されている(というユルユルな方針を持っている)。

『日本経済新聞』が「仮想通貨がマネーロンダリングに使われる虞がある」と社説で偽情報を流布する力に比べれば[3]、現実に『Tor』を利用した『Silk Road』においてビットコインが取引通貨として使用されてきたことを指摘する私のブログなど、まったくゼロに等しい影響力である。実体験の範囲については、口座名としてビットコインが示された取引を持ちかける書込みを目にしたということに過ぎないといえば、それまでである。ビットコインの脆弱性、『Tor』が論理的に通信を傍受される可能性については、公知の事実と呼べるものになっている(、いずれも、数は力なりという信念がヒントになるところ、現代社会の特徴を良く反映しているものと言えよう)。囮捜査の権限のない一般人としては、十分な調査に基づく指摘を行ったというべきであろう。仮に、他の研究者が、参与観察を大学などから許可を受けて公的組織として実施するとしても、せいぜい、問合せメールを送るくらいで打止めであろう。それ以上は、優れたジャーナリストの領域である。

このとき、私が見ていた27日(土曜日)19時のNHKのニュースで、岩下直行氏が、犯罪者にも魅力的になったために狙われるようになったという旨を述べていた。因果の向きが違うやろ~、魅力的になるようにワシが育てたんよと犯罪者たちが言うんちゃうんか~、と私はツッコミを思わず入れてしまったのであるが、世の中、どれくらいの人々が同じ気持ちを抱いたことであろうか。おそらく、NHKを見ていた裏社会の人々は、全員がシンクロ率100%でツッコんだに違いない。その発言の厳密な書き起こしは、遠い将来において実行されない可能性がない訳でもないが、この恥となる(ものと私には思われる)岩下氏の発言は、NHKのウェブサイトには掲載されていなかった[4]。これは、もしかすると、その文言の不適切さに岩下氏が気が付いたか、NHK職員が自発的に気が付いたかによって、訂正されたためかも知れない。


ここからが本題;香港映画は、わが国に一足先駆けて、裏社会が警察に子飼いのクリーンな青年を送り込むという映画を複数世に問うてきた(が、正確な話は、遠い後日にしっかり調べるかも知れない)が、最近のわが国の裏社会も、その種の不正の方法を実行してきたという記事を、いずれかで目にしたが、これもまた、遠い後日に調査予定)。

これと同じ囲い込み戦法は、システムにも応用されるという点において、国際秘密力集団の得意技である。①彼らにとってのみ利益が上がるように、かつ、②確率的に粗相をする企業が表れるように(=企業を対象とする保険数理的に)、かつ、③粗相をしでかした企業のみが責任を負うように、システムを整備し、然る後、④そのシステムの脆弱性をエクスプロイトすることに、血道を上げるという方法論である。公認されたバックドアを仕掛けられるだけの大義名分があるとすれば、それはまた、悪用の余地を拡げることもあるやも知れない。しかし、先の①~④であれば、④のみが犯罪と呼べる行為となりうる可能性を有しているのであるし、①~③は、あくまで、システムに欠陥があるに過ぎず、それは、社会の通常営業に過ぎないという訳である。④も、システムがやられることを見越して、システムがやられたときに空売りできるよう、準備しておくこと自体は、国際社会から認められた種類の作法である。皆が努力を重ねる中、悪いのは、対策をサボったために不幸な生贄となった企業のみである。脆弱性がゼロデイから相当に遅れたとか、推奨される対策を実行してこなかったとかは、いわば、重過失の類いである。ここには、社会システムの設計者の側には、何ら落ち度がない。このようなことに、社会システムがなっているのである。悪意を有する人物や組織は、ほとんど決定論的に、おいしそうなところに、牙を研ぎながら待ち構えている。新規ビジネスに乗り出す若人には、それを重々承知して欲しいものである(。私のようなオッサンの戯言を真に受けなかった人たちの損害であるために、今回の話には、同情する余地が少ない)。もっとも、今回の流出事件は、仮想通貨に対して注ぎ込まれたカネの量からいえば微々たる金額であろうから、私は、今回の話を、一罰百戒を目的とした見せしめ・警告であった可能性があるものとも想定している。仮想通貨を育てようという人たちにとっては、現実認識を改めるという意義があったことになるからである。当事者たちには、何とも取返しの付かないことではあるが。


[1] Coincheckサービスにおける一部機能の停止について | コインチェック株式会社
(2018年01月26日)
http://corporate.coincheck.com/2018/01/26/29.html

[2] 不正に送金された仮想通貨NEMの保有者に対する補償方針について | コインチェック株式会社
(2018年01月28日)
http://corporate.coincheck.com/2018/01/28/30.html

[3] 仮想通貨の健全な発展に国際協調を  :日本経済新聞
(2018年01月21日付社説・記名なし)
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO25953630Q8A120C1EA1000/

各国で同じ規制を一斉に入れる必要はないが、仮想通貨の普及とその影響、健全な発展に必要な規制について当局間で情報交換を進める必要がある。仮想通貨はマネーロンダリング(資金洗浄)に使われる恐れもあり、その対策には国際協力が不可欠だ。

[4] コインチェックから仮想通貨流出|NHK 首都圏のニュース
(記名なし、2018年01月27日19時16分)
http://www3.nhk.or.jp/lnews/shutoken/20180127/1000007134.html

これについて、仮想通貨に詳しい京都大学公共政策大学院の岩下直行教授は「NEMは、主要な仮想通貨に比べると取り引き量が少ないこともあり、対策が後回しになったのではないか」として、セキュリティー対策が不十分だったことが流出につながった可能性を指摘しています。




2018(平成30)年1月29日・30日修正

事実関係に係る記述を変えたつもりはないが、細かい表現を修正した。

昨日までの間に、コインチェック社は、仮想通貨の価格下落を受けて、損害見積額を460億円に切り下げたようであるが、よくよく、社会システムに係るセンスのない決定である。同社の粗相ゆえに仮想通貨の価格が下落したのであるから、損害賠償請求裁判においても、被害直前までの値動きを参照すべきであるという意見が認容されることであろう。落ち度があり、それをCEOが記者会見の場で認めたことが大きく報道されてしまった以上、この被害者寄りの意見の認定は、確定的と考えて良いであろう。これでは、コインチェック社が社会に対して公表した方針は、同社が損切りを意図していたとすれば、その効果が真逆のものとなる。ひいては、同社に対する将来の新規顧客を大きく減少させるだけでなく、業界全体にも影響が波及しうる。定性的には、以上の傾向が認められるであろう。




2018(平成30)年2月2日訂正

仮想通貨プラットフォームNEM上の通貨単位がXEMである[1]ことから、題名を「NEM」から「XEM」へと変更した。実質的な理解を妨げるものではなかろうが、誤りは誤りであろうから、お詫び申し上げる。また、NEMの相場変動によって、賠償見積額の算定が580億円を超えていたとすれば、いかなる賠償額を支払う必要があったのかという問題についても、拙論の考え方は、甘かったものと思う。詳しくは別稿(2018年02月02日)に譲る。なお、コインチェック社の補償については、以下のとおりである[2]


[1] NEM (暗号通貨) - Wikipedia
(2018年02月01日閲覧)
https://ja.wikipedia.org/wiki/NEM_(%E6%9A%97%E5%8F%B7%E9%80%9A%E8%B2%A8)

[2] 不正に送金された仮想通貨NEMの保有者に対する補償方針について | コインチェック株式会社
(2018年01月28日付)
http://corporate.coincheck.com/2018/01/28/30.html

1月26日に不正送金されたNEMの補償について
総額 : 5億2300万XEM
保有者数 : 約26万人
補償方法 : NEMの保有者全員に、日本円でコインチェックウォレットに返金いたします。
算出方法 : NEMの取扱高が国内外含め最も多いテックビューロ株式会社の運営する仮想通貨取引所ZaifのXEM/JPY (NEM/JPY)を参考にし、出来高の加重平均を使って価格を算出いたします。算出期間は、CoincheckにおけるNEMの売買停止時から本リリース時までの加重平均の価格で、JPYにて返金いたします。
算出期間  : 売買停止時(2018/01/26 12:09 日本時間)〜本リリース配信時(2018/01/27 23:00 日本時間)
補償金額  : 88.549円×保有数
補償時期等 : 補償時期や手続きの方法に関しましては、現在検討中です。なお、返金原資については自己資金より実施させていただきます。

2017年6月10日土曜日

2017年前半期に本格化したわが国の権力闘争の行方を愚考する

最近、日本の権力構造において、警察と自衛隊の指導者層が従来以上に重要な役割を果たしていることが明らかとなってきた。2017年2月以降に噴出した、安倍政権に係る複数の疑獄と、それに対する理不尽な対応は、実力組織の活動を図らずも庶民に見せつけることになった。彼ら武官エリートは、旧ジャパン・ハンドラーズとは、もはや、トランプ政権誕生以前のような支配=従属関係にはない。彼ら武官組織の指導者たちが旧ハンドラーズと真のパートナーシップを構築する可能性は、残されたままではある。しかし、最早、戦後からオバマ政権までの間のように、旧ハンドラーズが支配し、日米合同委員会における指示を通じて、嫌でもその支配に服すという状況にはない※1

現今の勢力争いに実際に寄与している勢力をすべて洗い出すと、現政権側のステークホルダー(考慮すべき利害関係者)には、政治勢力としては自民党の現主流派、行政組織としては警察・検察・自衛隊等、実力行使の可能な組織が含まれる一方、その対抗勢力は、旧ジャパン・ハンドラーズを黒幕とする戦争屋連合である。現時点の旧ハンドラーズのステークホルダーには、マスコミの大部分、松下政経塾系の民進党・小池新党・維新の会などが含まれ、少なくとも都議会については、公明党が含まれる。民進党の都議会議員の多くが小池新党へと合流し、公明党がこの新興勢力と協力関係を構築したという事実をふまえれば、民進党の松下政経塾系統の人物や、公明党の立ち位置は、本人が自覚的であるか否かはともかく、戦争屋に与するものであることが明らかである。米コロンビア大学辺りに留学して、多くの日本人に「知米派」であるかのように認識されている政治家には、注意した方が良い。彼(女)と直接の対抗関係にある人物は、今のところ、日本人の99%にとって、応援すべき人物である。


#本稿で示す話は、決して、ヒュミントによるものではない。私の経験と偏見に基づき、公開情報を味付けしたものに過ぎない。ただし、私自身は、本稿を大真面目で示している。本ブログで散々主張してきたが、研究者・学者の役割は、正しい知識を産出して提示することである。本稿の見立ての正しさも、私自身の言論の正しさを賭金にしたものである。なお、本記事も無意味に長いので、段落読み(頭の文だけを読む方法)されると良いかも知れない。


7日に橋下徹氏がツイッターアカウントのエイリアスを変更したという報道[1]は、前稿(2017年6月6日)に示唆した政界再編の意図が存在することを示す明確な兆候である。なお、橋下氏が「t_ishin」から「hashimoto_lo」にエイリアスを変更した後、以前のエイリアスを直ちに正体不明の人物が埋めている(9日7時確認)。しかも、その人物は、エイリアス取得後、全くツイートしていない。この結果、このエイリアス名義での過去ログの全てが、第三者の運営するサーバによって追跡できなくなっている。この背景に、何らかの意図があるものと第三者に疑われることは、仕方ないものであろう。現実に一部のツイートが欠落したなど、後世における検証に不都合な事態が生じているとすれば、その事態は、ツイッター社を巻き込んだ、なかなかの大仕掛けということになる※2

今後、3月末のCSIS講演[2]をテコにした形で、橋下氏についての何らかの宣伝が進められるものとみることは、この講演の聞き手からすれば、当然に予測される展開である。そこで、この橋下氏の講演を多少詳しく検討し、それがどのように今後の政治勢力の再編を促すのかを指摘しておくことは、ムダにはならないであろう。ただ、録画映像は、不快な雑音のために、重要論点に聞き取りにくい個所が2カ所あり、『YouTube』の自動翻訳機能も付与されていない。かなり作為的な印象を受ける映像の造りとなっていることを前もって指摘しておく。

橋下氏のCSIS講演映像における雑音は、現場か事後かにわざと混入され、橋下氏が米国で日本国民にとって都合の悪い発言をなしたことを、日本国民に聞き取れなくしたものではないかとの疑問も湧くものである。かろうじて聞き取れるだけの音声からは、おおむね、次のような内容を聞き取ることができる。意訳・要約であることに留意されたい。角括弧は、その発言のおよその開始時刻である。

〔24:45#以後雑音酷い〕しかし、普通の日本人第三世代は、本当に米国がそうするのか〔尖閣諸島のために日米安保条約第5条に基づき血を流すのか〕については疑問を有している。〔...まるで聞こえない...〕THAADが中国・ロシア・北朝鮮への抑止に役立つというのは分かるが、〔第三世代は、〕協力体制〔#ここまで〕を静かに見ている。

〔26:00〕米国が本当に日本のために核戦争を実行するのかと訝しんでいる。〔26:10#以後雑音酷し〕小さな尖閣諸島のためにアメリカ人が本当に血を流すのかと日本人は考えている〔#ここまで〕。

聞き取りにくい話には、講演後の質疑応答における尖閣諸島に係るやり取りが重複する。そこでは、マイケル・グリーン氏の言葉を借りて、西太平洋の日本国領土の周辺地域を日本国に防衛させる〔50:10~50:32〕というアジェンダが明言される。この難しい部分を明らかに日本国民ではないであろうグリーン氏が代弁することには、橋下氏を慎重に育て上げようとするグリーン氏らの魂胆が透けて見える。もちろん、講演会場における音声状況の悪さを私は把握していない。ネットにアップされた内容だけから判断すれば、そのように疑ることも可能である、というだけのことではあるが、われわれは、この低レベルの手妻を経験し過ぎており、偶然を偶然とは思わない方が良いことを学んでいる。

前掲の音声が大変聞き取りにくい箇所に、橋下氏とその周辺のアジェンダは集約されているが、橋下氏のCSIS講演の全体を一通り検討し、その内容が政治勢力の再編を企図するものであることを指摘しておこう。ただ、橋下氏が必ずしもCSIS関係者のアジェンダに丸乗りしている訳でもなさそうに見えるところは、特記しておいた方が良いであろう。国際秘密力集団のアジェンダを乗りこなすのは、後述するように、世界のリーダー層における、一種の流行と化している。蛇足ながら、フランスだけがその波に逆らう選択をしたのは、原子力・金融・保険・EU内農業・化学・医薬・観光といった同国の主要産業構造を考えれば、面白い現象であるように思う。

冒頭、橋下氏は、最近の政治上の変化をメディアがポピュリズムと表現することを、普通の人々の感情から隔絶していると批判する〔5:15〕。メディア自身の見解に反する動きを取る者を批判するときにポピュリズムという言葉が使用される〔6:40〕、と橋下氏は批判するのである。氏自身の来歴を述べたあと、政策の勉強不足であることを認めながらも〔15:10〕、日本の草の根の感情の根底にあるものについてはよく分かっている〔15:30〕、と橋下氏は主張する。橋下氏は、メディア批判のスタンスを取り、同時に、普通の人々の感情を語る〔9:25〕というスタイルを取ることにより、ポピュリストであることをむしろセールスポイントにしようとしているかのようである。メディア批判は、従来の与党支持層を取り込む準備のためと認められる。この下拵えは、先述したような尖閣諸島に対する日米安保条約に係る庶民の理解〔24:45、26:00〕を通じて、「橋下さんは、尖閣問題を良く理解しているじゃないか、彼の言うとおり、日本人が自身で尖閣を防衛しなければならないのだ」という右側からの世論を喚起する土壌となる。

この講演において、橋下氏は、日本国民を三世代にキャラ付けし、第二次世界大戦後の孫世代である第三世代を糾合しようとする。橋下氏は、日本の大衆の認識を理解するのに、日本の世代を三つに区別すると良い〔16:50〕と述べ、第二次世界大戦の恐怖の記憶がある第一世代、冷戦下の印象の強い第二世代、その孫の第三世代を措定する。橋下氏は、これからの日米同盟は、第三世代の認識の上に構築しなければならない〔22:50〕と述べるが、その主役である第三世代は、合理的な判断を冷静に下す存在として描かれる。合理的であれば、戦前・戦後の伝統に区別は付けず〔20:50〕、第三世代は、第二次世界大戦を歴史として受け止め〔19:50〕、戦争責任を認める一方〔20:05〕、大戦中に恐ろしいことをしたという事実を感情的には受け止めない〔20:15〕とする。成熟した民主主義と自由を享受してきた〔20:30〕というのである。この区別が一定の有用性を持ち、受容者層を形成することは確かである。ただ、ローマクラブ関係者にせよ、啓蒙的な知識人グループにせよ、支配する側の論理を体得した人物らは、三世代による表現が大好きである。このため、このアイデアにいかなる背景があるにせよ、この表出には一応の注意が必要であると言える。この概念を通じて、橋下氏陣営は、第三世代そのものに狙いを定め、勢力を結集しようとしているものと認められる。同時に、この若年世代に力を与え、その無党派性を自らの下に統合しようとしている。この世代論は、既成政党のうち、現時点では、共産党だけが成功した方法論であり、共産党に対立的感情を覚える層に対してアピールする。しかも、現時点において、共産党に対置される若年者(主体)の強硬派グループは、在特会と、統一協会によるUNITEしか見られない。共産党の活動も、大学生なら民青に接して納得することであろうが、部外者には宗教的情熱に基づくものとして認識される。宗教色のない緩やかな認識の層を形成しようとする点において、橋下氏周辺の囲い込み戦術は、巧妙である。

橋下氏は、日米安保条約について、日米双方の国民と、米国のエスタブリッシュメントに誤解があると指摘し、両者の感情を仲介する役割を申し出るかのようである。橋下氏は、第5条に基づき、米国が尖閣諸島の紛争で血を流すのかという日本の第三世代の疑問〔24:45〕を「代弁」する。第三世代の疑問は、自身の受けた憲法9条の教育に原因があり〔30:20〕、自衛戦力さえも否定する向きもある〔31:15〕と橋下氏は指摘する。自衛隊は軍隊とは呼ばれず〔32:00〕、第三世代にとって、ほかの国を守ると言う考え方は思いも寄らないものである〔32:20〕と、橋下氏は述べる。他方で、安倍首相の憲法解釈変更を評価しつつ、一連の安保法制の改正が日米の相互防衛を達成するものではないが、米国のエスタブリッシュメントがこれを誤解している〔27:50〕と、橋下氏は指摘する。同様の誤解は米国民にも見られ、日米安保条約が片務的な性格であることを知らない〔33:00〕と橋下氏は体験を語る。これら日米双方の、庶民の日米安保条約に係る誤解は、尖閣諸島で一朝事あるとき、心情のすれ違いを生むであろうと橋下氏は指摘しているのである。この感情面での軋轢の虞自体は、大変に示唆的ではある。生命に対してカネで十分なのか、という疑問提起は、保守層にとって、もっともなものに響くものである。しかし、このポイントは、橋下氏の講演と類似した環境下で実施された、保守を気取る石原慎太郎氏のヘリテージ財団における尖閣諸島購入発言が、尖閣諸島をめぐる状況を進展させ、そこでの紛争の可能性の度合いを一段と高めたことにある。この組合せは、戦争屋によるマッチポンプ行為における、石原氏の放火行為に対応する一種のポンプのようにも見える。このポンプが撒くものが、消化剤であるのか、さらなる燃料であるのかは、確定的とはいえない。つまり、橋下発言に乗ったために生じた事態の推移が、さらなる混乱を日中関係にもたらすのか、それとも一種の「ディール」を経て事態の沈静化をもたらすのかという辺り、両極端な結果となることが予測されるのである。しかしながら、そのような推移そのものの不安定性を考慮しなければ、橋下氏は、尖閣諸島を巡る日米安保条約の優位性を確定させ、日米国民双方の認識を架橋するための止揚役としてCSISに登壇したと見ることができよう。

橋下氏は、現在の日本が米国の友人である〔39:45〕ことを講演において強調している。第二次世界大戦の日本の位置付けと現在の北朝鮮の位置付けが、日本国民の認識、特に戦後の第二世代の中では、同様のものである〔35:50〕と指摘する。ニクソン氏の訪中時、キッシンジャー氏は、周恩来氏に米軍基地の存在が日本の再武装を防ぐと語った逸話を紹介する〔37:00〕も、われわれは現代の日本を大戦期のように、現在の北朝鮮のようなものではないと思っている〔37:45〕とも述べる。北朝鮮のミサイルの脅威があると感じてはいるが〔38:40〕、森友学園疑惑が議会を賑わせているのは日本が健全な証拠である〔38:55〕と指摘する。自由を楽しむ〔39:30〕日本人が米国の友人であるという主張は、現在の中国について橋下氏自身が基本的に何も語らないことにより、彼の考えが一貫して親米であることを主張するだけに留まるという効果を有している。現在の中国の意図を忖度するのは、質疑応答におけるグリーン氏の役割である。ここで、橋下氏は、米中の二項対立から生じる軋轢を当面のところ回避し、親米のみを強調することにより、来るべき政界再編における親米派の「大政翼賛」の中心となろうとしているかのようである。橋下氏は、極右と認知されてしまっている日本維新の会という小政党のトップではなく、親米派、中道右派(民進党・松下政経塾系ならびに旧民社党、自民党の一部)を糾合した一大勢力を構成すべく、自身の主張を軌道修正しているのではないかと認められるのである。

橋下氏の自衛隊に対する理解は、「普通の国の防衛型の軍隊」であり、この点においても、自民党の支持層を惹き付ける余地のあるものである。日本は(名のとおりの)自衛隊を有しているが、〔橋下氏〕自身は進化させる必要がある〔40:15〕と橋下氏は持論を述べる。日本人は米国を守ることに貢献できる、つまり血を流すことができるようにする必要があると考える〔40:35〕と述べ、互いに血を流せる相補的な関係でなければ、同盟とは言えない〔40:50〕ともいう。日本の人々の現状認識を考えれば〔41:10〕、憲法9条の解釈を変更して、条文の許す限り、自衛・相互防衛を強化する必要がある〔41:25〕とするのである。

いくつかの報道に見られた「外圧」発言は、自衛隊を進化させるべきという持論の上になされたものである。トランプ氏の米軍駐留負担発言を引きながら、新しいアプローチが必要、外圧でなければ日本は変わらない〔43:30〕と橋下氏は指摘する。「血には血を」という互恵的な同盟関係は、庶民に理解し易いものであり、多くの消極的賛同を得るであろう。説得力のある代替案が誰でも知るほどのものではないことは、確かである。国連憲章の敵国条項なかりせば、問題視することも難しい論点であろう。

橋下氏は、黒船と同様、TPPも外圧の一種である〔44:20〕としてTPPを肯定的に捉えているが、ここにも、権力の多数派を抱き込もうとする意図が透けて見える。多人数の、この論点では真の保守と呼べる論客に指摘されてきたように、TPPが無国籍大企業の利益を専ら図るものであることは、良く知られたことである。しかし、橋下氏は、この点を含め、経済的な論点には、この講演中でまったく触れていない。このスタイルは、橋下氏が(安全保障に係るものであっても)経済的な論争を回避し、経済面での主力敵を作らないものである。また、同時に、この逃げは、橋下氏が真の保守とは言えないことを明らかにする証拠である。私の指摘を否定するのであれば、TPPに言及しなければ良かったのである。外圧を武力として表現するだけに留める方が、ナンボか正直であり、主題に忠実である。他面、このようにTPPに対するリップサービスを提供しておけば、日本を拠点とする(準)国際秘密力集団も、橋下氏に対する警戒を解き、その権力掌握に協力するようになる。このくらいの話は、当然、部外者にも見越されるものである。

橋下氏は、日本の大衆の心の準備が必要であり、そのために外圧が有用であるとして話を締めている。日米同盟における日本の寄与を深め、日米両国への攻撃への抑止にも役立たせるためには、心の変化が必要という〔47:35〕。片務的であるために米国(民)が日米同盟から手を引くという可能性を、日本の公衆に理解させる必要がある〔48:00〕とするのである。橋下氏により解説された日米両国の国民感情は、橋下氏の体験から発されるものであり、この点、リチャード・アーミテージ氏と同じく、三分の一を三分の二と誤解してしまうくらいのユルいもの(2016年7月25日)である。つまり、このように考える国民がいないこともないが、それが大多数であるとは限らない、という程度のものである。影響力を考慮すれば、私のように論理と公開情報だけで積み上げた話と論拠の確かさが変わらない話を、確定的に語る橋下氏の姿勢は、私人とは言えども批判されてもやむを得ない内容である。しかも、未だに戦争屋のお先棒をマスゴミが担いでいる以上は、このような「国民感情」が醸成されない可能性がないとは言えない。


以上のCSIS講演は、橋下氏が連中の傀儡として選出されたという事実を明快に示すものである一方、橋下氏の内心そのものを推量する材料とはなっていない。プーチン氏の登場は、ロシアを劇的に立て直したが、エリツィン氏に後継指名された後に、国際秘密力集団の期待を裏切り、真に国益を守る方向に舵を切ったものであったことを想起すべきである。習近平氏、トランプ氏も同様である。現に、シリア・北朝鮮について、あれだけ騒いで戦争を煽った日米マスコミは、事態が沈静化した後、しょぼくれた報道リソースしか消費せず、専ら、国内の権力闘争を一方的に描くことにリソースを集中させている。また、何となれば、この突然の集中攻撃は、安倍晋三氏の周辺にさえ、この種の変節があり得ることを示唆する材料なのである。昨年の今頃には予想だにしなかったこととも言えようし、私自身は安倍氏周辺が善政を敷くものとは期待していないが、この変化は、(良い意味でも)利に敏い橋下氏に気が付かれていないはずはないのである。CSISの招待に乗りながら、そのビッグウェーブを乗りこなそうという野心が橋下氏にあったとしても、おかしくはない。大阪都構想も、国際秘密力集団のアジェンダの一環であることは、言うまでもないのである。

今回の政界再編において、無党派層の支持を取り付けるには、日本維新の会というカラーは、不都合極まりない。日本維新の会は、「良識派」には「極右」として認識されており、その主張は、常に一定の支持層を得ることができるであろうが、決して万人受けするものではない。橋下氏は、尖閣諸島に係る対応は世論に基づくべきであるとCSIS講演で明言したことになるが、この意見は、ポピュリズムであるものの、穏当なものとして選挙民に受け入れられる可能性が高いものであろう。

時が来れば、アジテーターとしての橋下氏の才能が発揮されることは間違いなく、その成行きは、十分に注意を払われるべきである。具体的な方法論は、若い世代にまず語りかけ、それをテコに高齢者への浸透を図るものと考えることができる。これからの世代の意見に耳を傾けよ、という論調が取られるものと考えられるのである。もっとも、これらのロジックは、あくまで表向きの話である。「体裁さえ整っていれば、後は何とでもなる」と不正を実行する黒幕が考えているとしても、おかしくはない。


以上のように、橋下氏が国際社会へ名乗りを上げ、来る時期への準備を怠らないように見える一方、現時点の野党で、現政権に対峙してきた陣営は、本来ならば情報公開されるべき機密情報に基づいて、政権を正当な論理で批判しているが、にもかかわらず、権力争いの土俵に上ることができていない。これらの野党勢力は、旧ハンドラーズからの一方的な情報提供を通じて、戦争屋と「タマを握り合う」関係に至っている可能性が認められる。共産党の一部は、ロッキード事件で漏洩情報を活用したし、旧民主党のいわゆる「永田メール事件」も、その可能性が同様のものとして指摘されている。実務の最前線にいる人々に言わせれば、世の中、綺麗事だけでは上手くいかないのは当然であろうが、この協力関係の複雑さは、それぞれのプレイヤーが他者を明快に批判することを困難な状態に置いている※3

官僚組織は、この権力争いの場において、法の支配という理念そのものも含めて、混沌とした状態にある。自民党の中にも、旧ハンドラーズと微妙に近しい人物がおり、それらの人物には得意な行政分野がある。このため、所属官庁、中央・地方の別、地方の場合には国会議員の立ち位置やその地方の伝統などにより、官僚の意見も大きく異なろう。マスコミに取り上げられている官僚の発言は、現政権の方向性との整合性を注意深く検証すれば、その真意が見えるやも知れない。たとえば、加計学園疑惑では、特区制度そのものに係る批判は、後景に退いている。特区制度そのものに係る批判を加えない野党陣営も見られるところが、彼らのスタンスを図らずも暴露している。


このような情勢において、現政権を支える武官組織に所属する人物や、それらの組織のOBらの活動は、トランプ政権の誕生によりもたらされた極東アジア地域における権力の空白の一部を埋めたものと見ることができる。これは、性悪説を基調とする地政学※4などにいう「勢力均衡論(balance of power)」の帰結である。トランプ政権により生じた空白は、わが国では、政党政治家と士業公務員との勢力拡大にお墨付きを与えるだけに終わってはいる。しかも、これら権力掌握の度合いを高めた勢力は、3.11以前にも、原発の過酷事故対策をケチりサボったという前歴を有している。現今の混乱を乗り越えたとき、彼らがいかに身を処すのかは、わが国が開発独裁国家であったのか、それとも緊急事態国家体制にあったのか、のいずれであったのかを後世に明らかにする材料である。(私の見立てでは、残念ながら前者ということになる。)

強化された権力の状態そのものは、マスコミにより、「警察国家」と的確に表現されてはいる。しかし、大半のマスコミは、その実態がいかなるものになるのかを説明しようとはしない。権力争いの当事者でもあるマスコミは、旧ハンドラーズの望む方向に政権を転覆したいという悪意を潜ませたままでは、この帰結を報道できないであろう。なぜなら、その「警察国家」とは、比喩的に言えば「99%の中の1%にしか影響しない」、つまり大半の「一般市民」にとっては「今までとさほど変わらない」という結果しか生み出さないからである。

「ごく一部の人々を除き、自分たちの境遇は、今までとさほど変わらない」という結果を知った日本国民の多くは、マスコミへの弾圧を、他人事としてとらえたり、自業自得であると合理化するだけであろう。この心性は、日本国民の数百年にわたる伝統であるから、今後、世代交代しても継承されるであろう。第二次世界大戦を経ても維持された心性であり、根が深いものである。この心性の当否はともかくとして、市民の共感や良心を当てにできないというマスコミ側の悲観的な予想は、彼らマスコミ人が世論喚起のために嘘を多用せざるを得ない状況へと彼ら自身を追い込んでいる。


現在の権力闘争において、少なくとも、権力を実質的に所有する人物たち(内閣の中心人物・武官組織・マスコミ・与党・野党のうち戦争屋と親密な関係にある者)は、わが国の国民益を第一に考慮しておらず、真の国益を目的に置いてもいない。権力闘争の渦中にあるこれらの人物の自己イメージの中では、彼ら全員は、それぞれが、彼らの考えるところの「国益にも資する活動」に従事しているのであろう。問題は、その「国益」が、国民全員の同意に基づき形成されたものではない、つまり、日本人が学校教育を通じて学習してきたような民主主義の理念の上に構築されたものではない、という点にある。「国益」を実現するために彼らが採用している現在の方法は、よりマシな統治機構(アーキテクチュア)のあり方を真剣に模索し、その上で、自らの責任を全うする(法治主義に殉じる)という覚悟の上に選び取られたものではない。これらの人物の活動履歴のうち、「国士」のものを、生き残りのための方便として許容するのか、民主主義に対する冒涜とみなすのかは、読者次第である。私は、この構造を私自身の知識に基づき暴露したという時点で、後者に属することを決定したとみなされても仕方がないものと心得ている。「戦争屋」に連なる連中の活動は、私には許容できないものである。

現状に至るまでに、わが国の(不正選挙を含む)構造的不正が果たした役割は大きなものがあるが、その副産物として創出された「警察国家」という「空気」は、わが国が紛れもなく独裁開発国家であることを国内外に如実に示している。デ・メスキータとスミスは、『独裁者のためのハンドブック』において、独裁国家における、盟友集団・影響力のある者・名目的有権者からなる三層構造モデルを提示した。本ブログが別途指摘してきたように、わが国では「不正選挙」というツールが定着していることを受け入れれば、スミスとデ・メスキータのモデルは、現在のわが国にピッタリ当てはまる。ただし、自衛隊と警察は、わが国においては、むしろ「盟友集団」に含まれるアクターである。本ブログの以前の記事(2015年11月11日)で、私は、デ・メスキータとスミスのモデルによるだけでは、現在の国際環境下における独裁国家を説明することが難しいとは指摘したが、わが国は、デ・メスキータとスミスのモデルに、自ら接近しつつある。

それでもなお、警察や自衛隊によるわが国の統制のあり方は、「本当の一般市民」を実力行使により統制するという、一段上となる迫害段階には到達しないであろう。なぜなら、一般市民をも迫害するという虞ではなく、その実績こそが、わが国が法治国家であることの根拠を決定的に棄損し、「戦前と同一である」という一部マスコミの告発を信憑性のあるものにしかねないからである。最近の一連の法改正に対して、一部メディアが「一般人もこのような被害に遭うことになる」という虞を主張し続けているのは、この虞が具現化して、その「絵」を撮ることができる状態にまで持ち込まなければ、わが国の人権迫害に対する実際の対応行動を喚起できないことを、メディアと戦争屋自身が理解しているからである。もちろん、現今の政治スキャンダルに検察が介入していないことは、この組織に本来課せられるはずのプリンシプルの根幹をなす政治的中立性に明らかに反するものである。その上、国民主権の理念を蔑ろにするものでもあるが、棄損されているものが理念である限り、これらの実力組織は、知らんぷりを決め込むであろう。

一般人に対する現実の迫害は、わが国における国民の人権に対する「Thin Red Line」である。人権とは、誰にでも適用されるから人権なのではあるが、「一般人」が不当に弾圧・迫害されたという事実こそが、戦争屋に使嗾されたメディアが熱望する事態である。もちろん、現権力(政体)側も、この事態は避けるべきと心得ているはずではある。このために、沖縄における弾圧は、本土では、何だかんだで報道されないのである。例外的に、直接危害を加えられる虞があるのは、第一に、反骨の政治家と官僚であり、次いで著名な学者・ジャーナリスト・NGO関係者である。他方、近代のわが国においては、宗教家も迫害されたが、現今においては、よほどのことがない限り、イスラム教を除き、宗教家がターゲットとされることはない。現政体に対し、ブーメラン現象を惹起したり、思わぬ形で海外からの援軍を敵方にもたらしたりするためである。また、一般の無明なブロガーやツイート主あたりを、著作権法違反により逮捕・拘禁したり、ぶん殴るなどの形で身体に直接的な暴力を加えたり、刑務所に入れない限りは無理矢理「食べて応援」させたり、ということもないであろう。これら紋切り型の批判を行う一人のインターネットユーザを迫害することは、現政体の側に利益以上の不利益をもたらす。マスコミの「正論」は、顔出しOKの「ベビーフェイス」に語らせることにより、いかんなく発揮される。無名の敵には無名のまま死んでもらう方が、権力者には都合が良いのである。それに、国連憲章の「敵国条項」は現在でも有効である。大日本帝国を想起させる種類の虐待は、現政体にとって、避けなければならない現実的な理由が存在するのである。

ただ、今後、誰が・どのように迫害されたのかについては、迫害に対する救済を図る上でも、精密に検証されなければならない。迫害されるであろう有名人の中には、戦争屋と裏で手を握る者も多く含まれているであろうから、この点を含まなければならない。その上で、国民一人一人が良識に基づいて、彼らが受けている迫害に対して、各々の評価を下す必要があろう。たとえば、現今の国連関係者によるわが国の法制度に対する懸念は、これらの関係者に情報提供した組織の金脈が精査された上で、正当に評価される必要がある、と私は考える。たとえ、ある批判者の指摘が正しいものであるとしても、「人権侵害の虞」を指摘することが、却って、わが国を戦争屋による人権蹂躙へと陥れるということになりかねないとすれば、私自身は、彼らNGOも批判しようと思う。日中戦争に至る道筋においては、日本国民の大陸における権益への執着がマスメディアによって喚起され、その結果、反米感情が昂進され、引き際を誤り、最後には重大な国益の破壊をもたらした。戦争屋は「両建て戦術」の継承者であるから、彼らが企画・主導した歴史には、この種のジレンマが必ず仕込まれている。彼らの仕掛けた罠にかからないためには、切り立った山々の尾根を行くがごときの、細心の注意が必要となる。

他方、誰でも過ちを犯しうるにもかかわらず、その過ちをネトウヨらが殊更騒ぎ立てることは、却って世論を戦争屋に靡かせる虞がある。これは、前川喜平氏の「出会い系バーへの出入り」が殊更に取り上げられたことを念頭に置いている。前川氏に係る「下半身報道」は、結局デマであって、政権にとってブーメランと化したかの展開を迎えている(とされている)。しかしながら、性交渉があろうがなかろうが、警察に対して密かに反感を抱いているようなスケベオヤジたちの多くは、「警察が見逃しているソープランドとは、いったい何だ?」と思ったに違いあるまい。しかし、このような内心の反感を吐露すれば、ネトウヨとのトラブルに伴う社会的不利益が待ち受けていることは明らかである。このため、オトナならば、このような不満は、内心に留め置くであろう。大抵の日本人の成人は、実社会ではオトナである。しかし、投票用紙読取分類機の不正手段が戦争屋の手元にあるものとすれば、この反感は、後付けで選挙における大差を説明する上で、利用可能な材料と化すのである。卑劣な人格攻撃を躊躇しない集団から距離を置こうとするのは、人間の自然な心性である。勇気のない純情な人々は、いじめを止められない無力感を味わい、自身の無力を悔しく思うであろう。しかし、これらの人々は、勇気あるベビーフェイスが来たるべき選挙に立候補したとき、一転、その「ベビーフェイス」に投票して自身の心情を合理化し、往時の臆病さを償おうとするかも知れない。「正義が勝つ」がごときの舞台を、戦争屋のために、わざわざ準備してはならない。

決して、前川氏が戦争屋の手先だという訳ではないことに注意せよ。しかし、戦争屋は、前川氏を抱き込もうとするであろうし、前川氏が戦争屋の手先から応援を要請されたとき、断れない状況というものもあろう。環境を整えることにより、このような不幸な状態は、回避することができるはずである。それに、ここまでこの分裂気味の文章を確認された諸賢なら、誰と誰が野合して大勢力になるのか、もう十分に読めてきたはずであるから、ここらで、締めに入るとしよう。


現政権を支える実力組織は、今後の選挙においても自民党を勝たせるべく、あらゆる手段を尽くすであろう。彼らは決して、まともな弱小政党を政権に担ぎ上げて、現今の困難を乗り越えるという方針を採用しないであろう。これが、彼らの器の大きさの限界であり、彼らの一部が特定の宗教的信条や原発利権から無縁ではない状況をも示す証拠となる。これと同根の理由から、公明党が選挙違反で潰されることもない。ましてや、共産党をパートナーに選択することもない。

今夏の都議選において、大勝する陣営が自民党か小池新党かのいずれであるかにより、わが国の大勢が旧来の戦争屋の敵となるのか(=自民大勝)、味方となるのか(=小池大勝)、その区別が明らかとなろうし、不正選挙というツールが戦争屋の手にあったものか否かも明らかとなろう。先の知事選を引き継ぐ形で、無節操にも民進党から鞍替えした「小池チルドレン」たちが、なぜか大勝して議会を占めたとすれば、わが国の裏社会が戦争屋の味方であり続けることを選択したといえるし、(私に先取権はないが、)不正選挙について私の採用した見解が正しいものであったことが証明される。このとき、現政体の主要エンジンである警察と自衛隊は、その大勝に対して、何らかのアクションを大規模に起こすであろう。逆に、自民党が大勝すれば、私自身の不正選挙に係る見立てのうち、主導権がいずれにあったのかの見解は正反対であったことが示唆され、私の愚かしさが満天下に晒されたことになるが、警察と自衛隊は、この不自然な大勝に対して、当然ながら、見の姿勢を決め込むであろう※5。どちらが外道であるかを競い合うような闘争の中から、庶民は、判断材料もないまま、もっともマシな人材に投票するという難しい選択を迫られている。戦争屋か安倍政権か。日本国民にとっては、「究極の選択」である。か細い第三の選択肢に乗れるように、われわれは、最善を尽くすしかなかろう。それに、究極の二択から選択せざるを得ない場合であっても、世界的に見れば、旧ハンドラーズを追い落とす方が各国国民の効用を増進することになることは、明白である。

ただ、選挙結果に対する警察や検察の介入には、自ずから限度というものがある。周囲の批判を物ともせず、これらの司法組織が実力に訴えることは、十分にあり得ることであるし、多数の実例も現実に存在はする。それでもなお、その無茶振りは、たとえば、当選者を公職選挙法違反により当選無効へと追い込むとするというような、あくまで法の体裁を整えた上での無理筋に限定される。また、全くの無名の新人を仕込みなしで勝たせる手段などは存在しないし、明らかに当選見込みのある人物の票をすべてライバルへと移し替えるということも、無理筋である。不正の余地は、あくまで「彼らが考える限りにおいて、不自然ではない」という程度に限定されるのである。


自称・民主主義国家である日本国では、私を含めた東京都民の圧倒的大多数が、たとえ正当に選挙権を行使したとしても、スミスとデ・メスキータのモデルにいう「名目的有権者」の地位に留まる可能性がきわめて高い。というのも、仮に、完全に不正を排除した選挙が行われたとしても、その場合には、マスゴミ情報を鵜呑みにした都民の投票行動によって、小池大勝という結末を迎えるであろうし、この蒙昧さ自体、非民主的な構造の産物であるとすることが可能なためである。戦争屋のビジネススタイルによらないという意味での第三極が第一党を占めるということは、全くあり得ないことであるが、万が一、第三極に都政を運営させようとするような都民の「覚醒」現象が見られた場合であっても、現政体を支える武官たちは、この動きに介入し、その実現を抑止するであろう。平成21年の民主党政権誕生直後における経験を踏まえれば、この見立ては全く揺るがないものである※6

現在、日本の政界が経験している戦争屋との「代理・情報戦争」は、日本の戦後政治上、大きな変化と見ることもできようが、政治的中立性や民主主義という理想的観点からいえば、いずれも大差なく、場外乱闘の類いである。マスコミの偏向報道も、公的機関の恣意性も、私の批判の対象である。戦争屋に対する牽制は必要悪であるが、日本における真の民主的な活動に対しても、現政体に阿り積極介入するという点で、彼ら「警察国家の守護者」たちは、悪(=利己的)と呼ぶに相応しい。まず間違いなく、この「悪」は、当事者によって自覚されているとともに、合理化されているであろうという点において、始末が悪いものである。

マスコミが相対的に無効化されていることは、橋下氏旗下の勢力の台頭を抑止することになり、これは、第三の道を目指す勢力にとっても、好都合ではある。これは、旧来の自民党清和会系の権力の成果にタダ乗りするものである。ただ、これらの権力が勝手にお互いをつぶし合ってくれたとしても、後に残るのは焼け野原ばかりということになる。必要なことは、「第三のガンマン」の戦術を思い起こすことであろう。私にできることは、その仕掛けを解読してみせることである。本稿は、一応のところ、戦争屋の所在を知り、近い将来の動向を明らかにしたから、戦争屋に対峙する勢力に対しては、十分な責務を果たしたものと言えよう。

旧来の権力は、全力を以てマスコミに対峙してきたが、その究極的な目的は、私益である。この批判は、マスコミが暴露した各種の疑獄の好き放題振りを見れば、当事者が否定できるものではない。ただ、日銀をテコにした株価の不正な吊り上げこそが、彼らの金脈の最たるものであるから、これらの疑獄は、彼らの権力の源泉ではない。本来、この動きは、権力犯罪・経済犯罪・組織犯罪にもなりかねないものであるが、国策として片付けられ、経済学からの批判を除けば、研究上、ほとんど興味を持たれていないように見える。この点によっても、マスコミの影に隠れる戦争屋の錬金術は、日本の現政体の錬金術と同一の方法論に基づくものであると気付くことが可能ではある。同キャラ対決であるから、お互いの手をバラしあって金欠になることだけは避けなければならないのである。この事情を公に暴くのは、それだけでは権力に正当性が(正統性も)なく、旧来の権力に欠けているものが庶民を養うというノブレス・オブリージュであることを思い起こさせるためである。



※1 ただし、これらの士業公務員の中にも、旧ハンドラーズと同様の主張を提起してきた複数の人物がいる。それらの論者が自分自身の考えに基づいて偶然に共同歩調を取ったのか、それとも旧ハンドラーズの積極的な「犬」であることを目的としていたのかは、注意深く批評されるべきである。

※2 重要人物のツイートを定期的に保存するというところまでは、私も手が回っていないことを申し添えておく。自分を擁護する気もないが、個人の働きには限界があるものである。

※3 多くの日本語話者は、野党やマスコミにより「公開・暴露された」情報の恩恵を受けて思考を進めているが、これらの「特ダネ」は、ジレンマの産物である。戦争屋を排除した後、わが国で完全なる言論の自由が速やかに実現され、それを担保するための情報公開が厳格に実施されるのであれば、戦争屋の提供する「極秘情報」に乗ることは、「日本人の生命と財産を重視する」という観点からすれば、ルール違反にもなろう。しかし、その見込みは、今のところ、全くないように見える。現時点で表現の萎縮効果を内心感じている日本人の圧倒的大多数は、まず間違いなく、言論弾圧が将来解除されるという期待など、抱いていないであろう。これらの日本人であれ、デスパレートな日本語話者であれ、日本国政府による弾圧を肌に感じる者たちが、悪魔との契約のようなものであろうが、戦争屋のタレコミに乗ることには、十分な理由がある。他方、戦争屋の振付けに直乗りしておらずに、戦争屋と同調的に動いている日本人を政府が見分けられずに弾圧することは、ある意味、友軍誤射の一種であり、政府の「敵」を増やすだけに終わる。情報の自前主義は、このようなところにも影響があると言えよう。

※4 国際政治学の亜流、もっと口汚く表現すれば、官僚流の「野生の思考」によるところである、ということも可能であろう。でなければ、これほど現今の言論状態が、下世話なものになることはない。性悪説が形而上学的な偏見であろうが、地政学がキマイラのような思考体系であろうが、それらの信念で頭の中身が構成されている人物の思考を相手にするときには、そのように頭の中身ができているものと措定するのが、(私のような)観察者(もどき)の仮定としては自然であり、利便性が高い。

※5 愛知県警の情報漏洩事件や、神戸山口組組長の逮捕劇は、ここでの見立てに影響するものであることは承知している。

※6 このときの政権交代自体が不正選挙によるものであるという考え方は、十分に成立しうる余地がある。ただし、私自身がこの論証に優先的に手を付けるつもりはない(し、何よりも、その準備作業が一向に進んでいない)。


[1] 橋下氏、ツイッター名から「ishin」削除 (読売新聞) - Yahoo!ニュース
(2017年06月08日07時44分)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170608-00050008-yom-pol

橋下徹・前大阪市長は7日、ツイッターのアカウント(登録名)から「ishin(維新)」の文字を削除した。日本維新の会の政策顧問を5月末で退任したのに続き、政治的中立を徹底する狙いという。

[2] Japan Chair Forum: Toru Hashimoto - YouTube
(2017年03月27日ライブ配信、Center for Strategic & International Studies)
https://www.youtube.com/watch?v=AB52uyrL3Lc




おまけ(備忘録)

とりあえず別の機会に言及するかもしれない話をメモしておく。

  • 福島第一原発事故を機に、警察は、警察国家を目指す度合いを従来以上に明らかにした。
  • わが国のジャーナリストには、どうやら一軍と二軍の両建て戦術が適用されているのではと思えて仕方がない。
  • 以上は、すべてフィクションであり、現実の組織や個人等に関係しない、と明記したら、私も大小説家ということになるのであろうか。

2017年4月22日土曜日

東京新聞によるトイレを共用させろという横浜市役所への批判は失当である

東京新聞が、2017年4月21日朝刊で横浜市役所内のセキュリティ上のデザインについて批判を加えているようである[1]が、今回に限っては、牽強付会の感が否めない。この場合の、取材の自由とセキュリティ上のデザインとは、区別して考えられるべきことである。Google+1に冗談めかして記したように、「記者出没注意」とでも張り紙すれば、業者も市職員も注意するであろう。連れションしながら不用意なことを喋ることは、あり得ないことではないから、セキュリティ上の措置が必要であるとの市側の指摘は、当然であり、センスの良いものであった。

無論、権力は腐敗するものであるから、巨大な地方公共団体である横浜市についても、報道機関による適切な監視が行われることは、建前上は良いことである。今回の報道も、内容の失当さはともかく、東京新聞の記者が市庁舎整備計画を監視していることを満天下に示す効果を有する。しかしながら、そもそも、東京新聞も排他性で有名な記者クラブ制度の主要構成員である。今回の報道には、記者室が市庁舎に設けられることを大前提とした、傲慢さが見え隠れする。フリー・ジャーナリストに加えられている不合理な排除を想起することを抜きに、今回の東京新聞の記事を読むことは、なかなか困難である。

これも悪乗りであるが、東京新聞なり他の新聞者なり、記者クラブが合同して、「大人用おむつスト」や「おまるスト」でも実施していれば、本件にも正当性が生まれたであろう。本来、記者用トイレの設置の是非は、横浜市民が決めるべきことである。記者クラブが横浜市政に対して良い仕事をしていると、横浜市民が考えているのであれば、当然、横浜市民は、記者クラブにトイレくらい使わせてやれよ、という意見を形成するであろう。専修大学教授の山田健太氏を連れてきて、「トイレを監視するのは正当だ」と言わしめたかのような印象を受けるコメントを喋らせることは、世論形成には有用でない。

一部重複するが、記者クラブが一定の実績を有するジャーナリストに開放されており、取材の便宜のために、どのジャーナリストにも平等に利用されてきたのであれば、今回の東京新聞の指摘は、真っ当なものであろう。

しかしながら、大マスコミの従業員が記者室にいつでも常駐できるがために市役所のセキュリティを低下させている原因となっているとすれば、その扱いが防犯環境設計上(あるいは防犯設備計画上)問題となる、考慮して欲しいという指摘は、至極当然のものである。外部の人物を常駐させる場所は、他の区画と物理的障壁により区別すべきである。これは、防犯環境設計上、アクセスコントロールという基礎的概念である。この基本を知らず、自分たちの利益のみを主張することは、知識の流通に携わる職業人としては、不誠実に過ぎる。


[1] 東京新聞:「情報漏れるおそれ トイレを別に」 横浜市で記者隔離要望:社会(TOKYO Web)
(記名なし、2017年4月21日朝刊)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201704/CK2017042102000123.html?ref=rank

横浜市が二〇二〇年の移転を予定する新市庁舎整備を巡り、米軍基地対策などを担う市政策局が「記者用のトイレを分けるべき」だと庁舎整備担当に要望していたことが分かった。




2017(平成29)年4月22日15時追記

今回、仮に、取材の自由や記者室の存在と切り離した形で、絶対的な平等の観点から、トイレ使用を認めぬようにとの市政策局側の申入れを問題提起したとすれば、私も東京新聞の主張のおかしさに気が付くことがなかったと言えよう。特権の上に胡座をかき、フリージャーナリストとの分断統治を是とするから、論理もおかしくなるし、自分たち大マスコミを除けば、誰も味方できる余地がなくなるのである。東京新聞は、大新聞の中では反原発に分類されるから、戦争屋とも対立する方向にあるとは言える(が、長谷川幸洋氏のような人物を抱えていることもまた事実である)。よって、ここで知恵を付けておくことは、社会全体の利益に適うことになろうから、追記しておく。反対する横浜市民の声を拾えば良いのである。本来なら、市民世論調査を実施するのが筋である。今後、トイレに行くのにわざわざロビー階にまで降りなければならないという不便を将来にわたり厭うか、あるいはここで手間をかけるかの二択であろう。

2017年4月15日土曜日

(メモ・感想)衆愚が貶めたエフセキュア製品の評判は、いつ回復されるのか

#本稿は、十分な資料の読込みなしに作成したものであるから、題名に示した以上の新規性も、研究としての正当性も持ち得ない。(類似の先行意見が存在した場合、偶然の一致であり、その論者の先取性が尊重されるべきである。車輪を二度発明する愚は、十分に承知している。)また、本稿は、本ブログのいくつかの記事のように、再帰的な内容となっている。読者のご賢察を請う次第である。英語でいう、reader discretion (is) advisedってやつである。

BBSに代表される、21世紀初頭型の日本語のインターネットコミュニティでは、「人の振り見てわが振り直せ」という諺と、その諺を裏打ちするはずの「恥の精神」がなりを潜めてから十年になろうかとしている。ただし、パソコン通信上で繰り広げられてきたコミュニケーションのあり方は、往時の『別冊宝島』などを参照する限りでは、スタイル・手口そのものについては、大きく変化していない。マネタイズの方法が変化したのである。悪名であろうと、人に知られることが、情報爆発下のビジネスにおいては決定的に重要となりつつあると言えよう。

「炎上商法」と呼ばれる新手法の定着は、子ブッシュ政権以降に顕著となった「やったもん勝ち」の新自由主義的・帝国主義的風潮を反映してもいる。炎上商法は、周囲や社会全体への影響よりも、ニッチな顧客に訴える機会を優先するものであり、ロングテールを意識した商売という点に着目すると、テロ要員の募集方法やカルト教団の信者獲得方法とスタイルを共有する。個人のSNSにおける過度の露出や、それに伴い生じる炎上が「カネ」よりも「自己実現・自己肯定感の獲得」を目的としがちであることを合わせみると、テロ要員・カルト信者の獲得という組織犯罪の性質は、両方とも、組織側には組織による炎上商法の目的であるカネを、引き寄せられる個人の側には個人による炎上商法の目的である自己実現を提供するものであり、炎上商法という経済的活動の特徴を包括するものといえる。良くも悪くも、子ブッシュ政権は、カルト集団のテッペンを取った存在であり、リアル社会における炎上商法の集大成であると評することができよう。

インターネット上の言論を監視し、検閲・操作を加える企業は、炎上という行為を取り巻く環境要因であるとみることも可能ではある。なぜなら、これらの企業は、炎上を沈静化させる際にも利用されるとはいえ、子ブッシュ政権のショック・ドクトリンと同様、マッチポンプの噂が常につきまとう存在ともなるからである。ただし、この手のビジネスは、たとえ法整備が進み、なりすましやビジネス目的の誹謗中傷行為が規制されたとしても、依然として実行される可能性が払拭されないものである。沈静化(「火消し」)ビジネスの将来動向は、従来の「紙の爆弾」(#二重カギ括弧でないところに注意)を利用した総会屋ビジネスが、銀行や証券会社のスキャンダル等を経て本格的に規制され、総会屋2.0へと変容した際の経緯を反復する様相を取るであろう。

炎上の沈静化というビジネスは、本来、弁護士や司法書士の利用が基本的な作法として定着している社会における、これら専門的職業家の(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントにいう)「金のなる木」となるべきであろう。これらの専門家には、あまりに阿漕であったり庶民意識から外れた行動を取れば、橋下徹氏がかつて扇動したように、同業者集団による制裁が待ち受けており、この歯止めに期待を寄せることができるからである。(ただし、犯罪組織に加担する法曹への制裁は、わが国ではそうもなっていないが、通常の組織構成員に比較して、一等重いものとされる必要があろう。また、マッチポンプを行うような企業にも、当然、顧問弁護士は存在していようが、その人数が大規模であったり全員が法曹であるという訳でもないであろう。そこが、わが国の「資格社会」の限界でもある。)マッチポンプに手を染める悪徳専門家の発生は、現状に比べれば、一定程度は抑止されることになろう。

なお、ここでは、「忘れられる権利」が意図的な炎上への誘因となり得ることについても、指摘しておくべきであろう。市民派と見做される法曹により、この権利が主張されることは、逆説的な事態である。この権利が公人や法人に対しても認められることになれば、これらの人格が行動するにあたり、評判という要素は、その人格の合理的な判断から抜け落ちることになる。この結果は、公人や法人が好き放題に振舞うというものとなる。歴史に断罪される虞は、安倍晋三氏が祖父について批判されるのと同様、子孫までが対象となるために、一定程度の抑止力を有するものとなりうる。戦争屋の走狗に、子どもを持たない人物が選定されがちであることは、偶然ではない。また、蛇足となるが、賢明な批判者ならば、本人の資質や行動に問題が存在しなければ、先祖についての批判を行うことが、個人主義になじまないことであり、批判者へのブーメランとなることは、理解できていよう。

「自由で単なる人格批判に陥らない、生産的で真実に基づいた言論活動」という、サイバー社会においてかつて語られた理想は、検閲・宣伝・工作を請負う「広告・マーケティング」企業により、匿名・顕名にかかわらず、インターネット上の公開の場においては、求めても得難いものと化した※1。他方で、SNSの普及は、現実社会の関係性に根差すものであるが、現実社会の権力関係をインターネット上にも持ち込むこととなった。この点、某大学の教員がフレンドリーな存在を装い、SNS上での関係を学生に広く求めるという態度は、権力という社会関係の実在に対して鈍感な表出の一例である。ホイチョイ・プロダクションズが広告代理店を舞台に皮肉る「いいね乞食」の、学術機関版である。ついでに、(某大学つながりで)指摘しておくと、かつてインターネットに係る理想を提示・議論した言論人たちも、インターネット上における言論(操作)ビジネスが軌道に乗るにつれ、これらの悪徳企業との相互関係から逃れることが難しくなりつつあるように見える。

荒れた言論状況の背景には、情報環境の最適化という業務におけるベイズ統計の活用という、なかなかの難問が存在する。規範的な観点から正しいと認められるはずの言論が、人気投票というベイズ統計の性格により、批評能力を備えた人間に読まれる機会が大きく減じられ、結果として力を失っているのである。規範的な観点からいえば、情報環境は、局所最適化された状態にあるのであって、決して全体最適化された状態にあるとは言えない。オープンで批判的な態度を有する(真っ当な)読者の目に触れる機会を奪う要因には、動物的に言語生産活動に勤しむ炎上加担者や、同種の表現を大量に複製し続けるボット、中途半端な知識で・あるいは金目で発言する学識経験者※2、などを挙げることができる。この状態を示す上で端的な事例は、後段で取り上げるエフセキュア製品に対するAmazonレビューの悪用であり、「オルタナティブ・メディア」を「偽ニュース(fake news)」と呼ぶCNN.comの公式ツイッターのフォロワーの半数がボットであったというオチ[1]であり、「メルトダウンではないだす」である。なお、CNNの事例であるが、ツイッターにブロックという機能が実装されている以上、今回は、CNN.comの手抜かりであると言えよう。

言論の正否そのものを判定できないという、ベイズ統計を準用した情報整理の欠点は、技術者側には十分に理解されており、その対策も取られてはいる。しかし、その対策は、今のところは、人間の高度な知性を要する、労働集約的な作業とならざるを得ない。にもかかわらず、微妙で困難な状態に置かれた人間の判断に対しては、(トランプ大統領によるシリアへのミサイル攻撃命令のように、)ほとんど常に、他者の批判の余地がある。ベイズ統計の限界を企業側が克服しようとするとき、今のところは、人間の判断を持ち出す必要がある。この結果、ルールは柔軟に運用せざるを得ず、その運用が判断がぶれているとの批判をも引き起こす。企業にとって、ベイズ統計を基本とするアルゴリズムに余分な判定を加えることは、労力、つまりはコストが高くつくにもかかわらず、却って批判を招来しうるという、報われない結果となり得るのである。利潤の追求は、企業に寄せられる社会的期待の中では、第一である。それゆえ、余分なコスト増を招きかねないアルゴリズムの改善は、基本的には見送られがちとなり、また、その改善結果の詳細は、ビジネス上の財産でもあるから、開示に不向きなものとならざるを得ない。

ようやく本題に入ることができる。

情報を判別する際の難しさは、エフセキュア社製品に対して一時期寄せられた悪評の削除に対しても、同様に該当する。Amazon.co.jp[2]は、現在でも、いわゆる「ぱよぱよち~ん事件」(以下、ぱよちん事件と表記)[3]の直後に、同社製品に対して書き込まれた否定的なレビューの一部を残し、製品としての評価を比較的悪い方に留置している。2017年4月14日時点で、7件の星1つの評価があるが、製品をAmazon.co.jpにて購入したアカウントは、2件のみである。残る5件のうち、使用感を具体的に述べたものは1件だけであり、残る4件は、単にぱよちん事件に悪乗りしたものであると認められる。星2つの評価は、1件であり、アンインストール時の不調法を指摘するものであり、ぱよちん事件には言及しない。星3つの評価はない。つまり、同製品に対する低評価レビューの半数は、偽計業務妨害にも相当する内容である※3。私からみれば、製品そのものの性能についての言及がないレビューは、評価の高低にかかわらず、すべて規約違反であるかのように読めるのであるが、これらレビューとしての要件を満たさない否定的レビューが製品の評価を決定付けているのである。

アマゾンジャパン社は、ぱよちん事件の直後、同事件を同社製品の信頼性の低さに理由に挙げた否定的レビューについて、処分し続ける措置を講じるべきであったが、同社は、ぱよちん事件に便乗して「殿堂入りユーザ」を獲得したユーザを放置し続けている形となっている。これらのユーザの中には、確かに、事件前からレビューを投稿している者もいる。しかし、事件以前のレビューの存在は、ぱよちん事件に便乗して行われた不正を肯定する理由にはならない。よって、私が以下のように考えるだけとはいえ、同事件に乗じたレビューの削除と、それに伴う「殿堂入り」などのタイトルの取消し判定こそ、アマゾンジャパン社に求められる作業であると批判することができるのである。この処分に反駁するアカウントユーザは、総会屋と同種であるものと断じられよう。


なお、先月、CIAの漏洩文書が『Wikileaks』において『Vault 7』として公開されたが、これらの文書に見られるエフセキュア社製品に対する評価は、同社がマルウェアに対してガチンコで対応しようとしていたことを(逆説的に)示すものとなっているという[4]。この経緯がレビュアーらの評価に反映されていないという事実(4月14日、目視で確認)は、ぱよちん事件の炎上に便乗したレビュアーらが製品の評価に不誠実であったことを示すものと言えよう。なぜなら、本当にエフセキュア社の製品を低く評価しようと思うのであれば、『Vault 7』の情報を利用しないという手はないからである。(そして、言うまでもないことではあるが、私は、本稿では、ここに記した以上に、セキュリティソフトの評価や『Vault 7』そのものの検討やその是非に立ち入るつもりはない。)世界有数の情報機関による侵入テスト(penetration test)の結果である。TPOや法律をわきまえずに悪乗りして、高評価のレビュアーという称号を狙うという人物が、自身の行動の帰結を予測できるとするならば、自説の正当化のために、この機会に飛びつかない訳がないのである。


※1 炎上商売を良しとする個人や、炎上に加担する個人、検閲・操作に従事する企業ならびに従業員らは、利己的な存在であるとみて間違いなかろう。私は、利己的であることを、RPGの老舗である『D&D』に倣い、邪悪(evil)であると理解している(2017年3月27日)が、この分類に基づけば、炎上の種類が合法性を楯に取るものであれば、その炎上の主はlawful-evilであり、非合法なものであれば、その主はchaotic-evilになろう。邪悪の種類を分類しやすいのである。念のため、現時点までの私には、本記事の指摘に係る利益相反関係は一切存在しない。

※2 御用学者が批判される原因は、社会的身分を有していることに求められる。わが国では、発言者に社会的身分があればこそ、その発言に影響力が生じるという側面があるし、その発言を封じようとする動きも慎重なものになる。逆に、社会的身分がなければ、これを封じようとする側の手段が何でもありになりがちである。広義の暴力を以て言論を封じるという動きが現実に存在する以上、この非対称性は、わが国でも、「有識者」にこそ気付かれるべき側面であろう。つまり、御用学者の力の源泉は、社会的身分である。この事実は、現在の日本語環境と共依存する関係にある。議論が噛み合い有益なものになるためには、論者の双方に、前提となる共通の知識があり、互いの論点を理解した上で、その長短を吟味する、という能力がなければならない。そのような状況は、適当な環境がなければ成立せず、その環境を整備・維持する組織の成員には、自ずから努力が求められる。しかし、本文中で触れたように、「いいね乞食」がアカデミアに跋扈するようでは、そのような環境が用意されるべき場所こそが蚕食されていることになる。なお、状況=環境+環境下の個人、と考えれば良い。このため、状況は環境に影響される。ここまでは間違いないが、環境が状況に影響されることになるのかは、環境犯罪学における残された課題であると私は考える。

※3 カネさえ払えば何をしても良いのかという批判も、成立の余地はある。が、違法性を論じるときには、購入履歴は、大変に重要な要素であると認められる。


[1] CNNのツイッター:フォロワーの半分は偽物|世界の裏側ニュース
(ココヘッド、2017年03月31日03時17分)
https://ameblo.jp/wake-up-japan/entry-12260759855.html

#なお、『弁財天』のMakoto Shibata氏(@bonaponta)は、この話題に先立ち、(当時の)オバマ大統領のフォロワーについて同様の作業を自前で実施しており、他サービスよりも多めの粉飾率を見積もっている。大事なのは、結論がボットの判別方法に依存することである。この事実は、私の公式ツイッターアカウント(@hiroshi_sugata)が現状のようである理由ともなっている。この検証作業の人柱として使えるのではないかと期待しているからでもある。つまり、私のアカウントは、ツイッターボットの判別テストにも利用可能である。

弁財天: ツイッターの巨大なフォロワー数の正体 update14
(Makoto Shibata、2015年04月03日?最終更新?)
http://bonaponta.noip.me/roller/ugya/entry/huge-number-of-followers

弁財天: リツイート数を粉飾して世論を捻じ曲げようとしてもTwitter社のAPIから本当のリツイートユーザのリストを取得されると粉飾がバレるw
(Makoto Shibata、2015年12月03日)
http://bonaponta.noip.me/roller/ugya/entry/twitter-api11-retweeters

[2] Amazon | F-Secure インターネット セキュリティ 2014 (新規用パッケージ/3PC1年版) | エフセキュア | ソフトウェア 通販
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00FXBLR76/
#参考まで、星1つのレビューは次の7アカウントによるもの。リンクは各レビューへのもの。

  • TMA, 2015年11月4日, Amazonで購入
  • ay, 2015年11月4日, Amazonで購入
  • edirol, 2016年1月6日, 購入マークはないが、使用履歴ありと自主申告。
  • ガラクタ, 2015年12月20日, 殿堂入り+ベスト50レビュアーだが購入マークなし
  • どんぐり定食, 2016年1月24日, ベスト500レビュアーだが購入マークなし
  • Customer, 2015年12月26日, 購入マークなし
  • Amazonカスタマー, 2015年12月13日, 購入マークなし

[3] ろくでなし子独占手記「ぱよぱよちーん」騒動の全真相
(ろくでなし子、2015年11月26日)
http://ironna.jp/article/2402
#話の広がりが大きいために、媒体がアレであるが、上記ろくでなし子氏による派生的な記事を挙げた。

[4] Antivirus Vendors React To The CIA 'Vault 7' Leaks
(Lucian Armasu、2017年03月15日05時00分)
http://www.tomshardware.com/news/antivirus-vendors-cia-vault-7-leaks,33893.html

From the unredacted documents that have been released so far, there doesn’t seem to be any evidence that the antivirus companies were working with intelligence agencies to undermine their customers’ security. That may be a sign (and a good one) that at least the antivirus vendors are working in their customers' interests, even if sometimes that's not enough to stop more sophisticated attackers such as the CIA.

2016年8月4日木曜日

「ポケモンGOはお家やお外で遊ぼうね!」が正しい啓蒙法である

#題名と内容の多くが微妙にすれ違っているが、最後に一応、題名に内容がたどり着く構成である。

スパイならポケモンGOをどう使うか  編集委員 高坂哲郎 :日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO05508520R00C16A8000000/

 上掲記事は、本日(平成28年8月4日)の日経朝刊に電子版を紹介する形で掲載されている。


 高坂氏の記事に示された懸念のうち、「スマホを持ち込むべきでないところに持ち込まない」という点については、その通りである。しかし、技術上の仮定があり得ないものとなっている。このため、本記事は、かえって民心を惑わす内容となっている。本記事では、高坂氏の誤りを指定しておくことにする。私のポケモンGOについての理解は、以前に示したとおりである(リンク)。

 高坂氏の想定するクラック手法は、およそ次の4段階であるが、そのいずれにも無理があると考えることができる。まず、不正アクセスによって、サーバをクラックする。次に、クラックされた状態を継続し、ユーザの位置情報から、ユーザを選定する。選定されたユーザを釣るために、重要施設内にレアアイテムなりポケモンなりを発生させる。最後に、ターゲットとしたユーザが重要施設内を撮影するよう誘導する。

 第一段階は、もとより難しそうであるが、コンピュータセキュリティは、私の本業ではないので、詳しい検討は私では行えない。しかし、サーバに対する不正アクセスは、サイバー攻撃と見なされ、戦争の端緒にすらなりうることを指摘できる。戦争してまでクラックするに足る内容ではない、ということは、「スパイの身になって考え」てみれば、直ちに了解可能なことである。私は、この記述から、高坂氏のセンスを疑うに至った。(つまり、仮定の第一段階からおかしいのである。)

 第二段階についてであるが、ユーザの位置情報が個人識別可能なように保存されていると積極的に考える理由は、ない。個人識別可能でユーザの位置情報を記録していくことは、価値がないわけではない。しかし、大抵の分析は、時間単位ごとのセル内のユーザ数のように、集計データで十分であるし、その際、個々の端末の移動状況を再現可能なように記録する必要もない。ゲームのおもしろさを増す要素として、移動距離の長短(前回ログイン時からの経度緯度の差)や移動した国の数(IP)も考えられるものの、これらのデータを個人識別可能なように保存する必要も、特にない。特定位置に周期的に存在する端末を抽出する必要性がサーバの側になければ、このようなデータが保存される可能性もない。仮に、特定端末について、位置情報(緯度・経度・高さ・時刻)がテーブルになっているとしても、このデータは、長大な一つの表になっている必要がない。データベースがあまりにも大きくなりすぎ、しかも、それが完全である必要がないときには、不正アクセスしたユーザが捕捉したいユーザを含むテーブルを取得できるとは限らないであろう。(それが最近のビッグデータの使い方のようである。)あるかどうか分からないデータを取得するために不正アクセスするのは、合理的ではない。

 第三段階であるが、レアアイテムやレアポケモンを勝手に作成して、サーバに登録し、運用するという作業は、必ずや運営者に気付かれるであろう行為である。もとより高いレア度のポケモンは、慎重に運用されているであろうから、レア度の高いポケモンが非常に近い位置に三体集まっていたら、しかも、それがユーザ数のきわめて少ない場所であったならば、いくら何でも運営者だけでなく、ユーザすら気が付き、騒ぎ出すであろう。不正なアイテムについても、同様である。ユーザからの不正報告などによって、想定しないルートから不正が発覚するのは、侵入者が身バレしたことを自覚できないために、危険である。

 第四段階は、きわめて難しい。クラッカー側が重要施設内部を見たいという目的を有していたとしても、位置情報の精度やアンテナへの接続状況によっては、目的を達成することが困難であろう。

 以上にみた私の批判をふまえれば、高坂氏の考えた方法は、きわめて実現可能性の低いものであり、ポケモンGOそのものを批判する材料としては、完全に的を外したものである。合法的な契約を締結した以上、その契約に則る形で運営が維持されている限り、責任はユーザの側にある。高坂氏の考える方法があまりにも可能性の低いものであるので、代わりに、ありえそうな危険を考えてみると、その方法は、スマホ本体を乗っ取るというものになるであろう。つまり、サーバサイドではなく、クライアント(端末)サイドがクラックされ、悪用される虞の方が、遙かに高いのである。

 重要施設の付近に位置するクライアントが個別に狙われて乗っ取られる、という虞は、十分に認められるが、これは、ポケモンGOに限らず、ほぼすべてのアプリに共通する危険性である。重要施設は、わが国では、わが国の急峻な地形という条件があるために、ほとんどの経路が限定された状態にある。途中に無線LANのアクセスポイントを設けて、いろいろと引っかかるのを待つという方法は、ポケモンGOサーバをクラックするよりも、圧倒的に楽で、問題として対処すべきものである。そのニセのアクセスポイントを通じて、ニセのポケモンGOクライアントやパッチをダウンロードさせ、本来の正規サーバに接続すると同時に、ニセサーバへも同報させて、情報を抜き取るために用いるということは、それなりに考えられる危険である。ただし、この場合には、どのように正規サーバによるクライアントの真正性チェックから免れるのか、が最大の課題になりそうである。

 ポケモンGOがセキュリティ上問題となるケースは、いろいろと考えられるが、ほぼ間違いなく、高坂氏の懸念するような形では、情報流出のような問題が起こることはないであろう。基本的には、情報が流出したとしても、ユーザの責任となる構図となっているのである。どのような経緯で情報流出するにせよ、ターゲットの端末に何かを仕込まれるところまでの過程では、地理的プロファイリングを提唱したキム・ロスモ氏の言うところの罠師(trapper)に近い方法が取られるであろう。その後、ターゲットから情報を抜き取る機会は、流し網漁師(troller)のような形で得られよう。つまり、監視中のターゲットのカメラが偶然映し込んだ情報を必要に応じて保存するというわけである。このように得られる情報は、「いつか利用できる」類いのものであって、クラック側の知りたいことをピンポイント・リアルタイムで教えてくれるものではないであろう。

 むしろ、ポケモンGOの流行に伴うセキュリティ対策として基本とすべきは、「ポケモンGOはお家やお外で遊ぼうね!」という、スマホゲーム全般についての啓蒙である。「職場で遊ばないのは当たり前!」ということを周知・啓蒙するのは、やや大人気ない話であるが、職場側が考えるべき話である。スマホゲームの単独のタイトルに処置を求めることは、やや過剰に過ぎよう。それに、機密保持が必要である場所に情報端末を持ち込ませないのは、企業や職場であれば、普通ではないだろうか。高坂氏の論法によって、ポケモンGOだけがスマホゲームとして槍玉に挙げられるのは、どうも納得がいかないのである。




 韓国がポケモンGOから外れているのは、(ネットワーク?)地図データが提供されていないためであるという。地球地図には一定のデータが提供されているので、1km程度の誤差のあるデータであれば、世界中でプレイ可能であるということになる。ポケモンGOは、その精度よりも2桁以上の低い誤差しか許容しないゲームであろう。

 Ingressにしても、ポケモンGOにしても、なぜ平行四辺形状のセルになっているのであろうか。少しばかり気になる話である。私が最初に考えたことは、ある衛星軌道から見た場合に何らかの意味を有しているのであろうか、ということである。非オルソ画像を用いていても、衛星画像からイベント発生箇所を抽出・選定しやすくなるからとか?と考えてみたのである。

「ポケモンGO」なぜか韓国でゲットだぜ! 北朝鮮との境界近くに押し寄せる人々
http://www.huffingtonpost.jp/2016/07/14/pokemon-go-korea_n_10983510.html

2016年7月28日木曜日

Pokémon GOで撮影される映像はコンテンツなのか

 Pokémon GO(以下、同ゲーム)が人気のようであるが、「ポケモンをゲットするときにプレイ画面で背景に映し出される映像」は、『サービス利用規約』を見る限りでは、「コンテンツ」 であるように読める。私が法曹資格を有している訳ではないので、実際の解釈の正しさは、専門家にお任せしたい。しかし、今回は速報性を重視し(平成28年7月28日公開)、また、私の守備範囲でもないために検討を省略するが、同ゲームを導入した消費者=ユーザは、『サービス利用規約』により、自らの責任でゲームをプレイしていることに同意したことになる。業務中など、秘密の必要な時空間においてプレイすることは、思わぬ帰結をもたらすことになろう。

 『サービス利用規約』(最終更新日:2016年7月1日)の文面を以下に引用する※1。コンテンツは、「コンテンツ」と「ユーザーコンテンツ」の二種類に分別される。「ユーザーコンテンツ」に撮影された映像が含まれないことは、下記引用部分からも明らかであるために、引用を省略する。
コンテンツ及びコンテンツに関する権利
本規約において、(a)「コンテンツ」とは、本サービスを通じて投稿、生成、提供され、又はその他の方法により本サービスを通じて利用可能となるあらゆる種類のテキスト、ソフトウェア、スクリプト、画像、写真、音楽、動画、音声・映像作品、インタラクティブ機能、著作成果物及び情報又はその他の素材を意味し、【...略...】

コンテンツの所有権

【...略...】当社とそのライセンサー(TPC及びTPCIを含みます。)は、本サービス及びコンテンツに対するすべての権利、権限及び利益(関連するあらゆる知的財産権を含みます。)を独占的に所有します。【...略...】※1

 同ゲームは、おそらく、スマホに装備された電子コンパス・ジャイロ・GPS機能から値を取得して、ユーザの位置情報と姿勢を推定している。同時に、ある程度離れた距離にあり、ポケモンがいてもおかしくないと推定できる高さに対して、ポケモンを描画するという手続を取っているであろう。この間、映像は、同ゲームが要求する形で、カメラ機能から送られ続けており、必要に応じて描画されているのであろう。

 もう少しだけ、映像からポケモン位置を描画する際の判定に係る材料について考察しよう。閉所で描画される程度は、トイレや風呂など、プライバシーの意図せぬ漏洩に繋がりうる場所での撮影になりかねないからである。おそらく、動画の差分から空間の形状を認識するという、単眼計測※2、※3は、行っていないであろう。仮に、同ゲームが非常に狭い空間にポケモンを描画することを避けていたとしても、その作業は、せいぜい、地図データと位置情報と方位に基づき、地図データから壁を取得し、壁の前後のいずれにポケモンを表示するのか、という判定に留まるであろう。テレビ報道のプレイ画面による限りでは、このような判定すらしていないように見える場面もあった。自宅内にもポケモンは現れるようである。スマホのカメラは元から広角なので、仮に、閉所を判定する何らかの方法を用いているとしても、プレイ可能と判定するような処理がなされているのではないか。要は、今のところは、どこでもポケモンが発生する可能性が十分に高いと見ても良いであろう。

 同ゲームは、ユーザと、電子コンパス=ジャイロ=GPS機能およびカメラ機能との間に立ち、映像を画面に描画しているであろう。対応機種の種類※4からいえば、同ゲームがOSにデータをよこすよう要求し、OSが返す、という形で機能しているであろう。ユーザが別途カメラアプリを立ち上げて、データをカメラアプリから同ゲームに対して転送するように提供する形ではないであろう。この理解が正しければ、映像は、『サービス利用規約』に言うところの「コンテンツ」であって、「ユーザーコンテンツ」でもなければ「コンテンツでもなければユーザーコンテンツでもない、その他の何か」でもない。何かのテレビ番組で見たが、首相官邸における官房長官会見において、菅義偉氏が首相官邸を発生地点から除外する予定がないことを明言していた。このことは、産経の記事にも、何の疑問も抱かないかのように示されている※3

 ドローン官邸不時着事件における過度の対応からすれば、現政権の意向は、非常にちぐはぐな対応としか思えない、というのが本稿のオチである。子どもの撮影行為を禁止することよりも、閣僚や内部関係者の不用意なプレイを予防することの方が、意図せぬ結果を予防する上では、はるかに重要である。他方で、最高裁が全国の裁判所を除外するように申入れした理由が、裁判時の映像を不用意に撮影させないことにあるとすれば、やはり『サービス利用規約』を検討したのかな、と思うところでもある。

※1 Pokémon GO サービス利用規約(最終更新日:2016年7月1日)
https://www.nianticlabs.com/terms/pokemongo/ja

※2 単眼計測の考え方
http://www.ittc.co.jp/sproduct/photocalc/info/idea/idea.htm

※3 カローラフィールダーはどうやって単眼カメラでADAS最高評価を獲得したのか | anopara
http://anopara.net/2015/04/22/%E3%82%AB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%86%E3%82%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E5%8D%98%E7%9C%BC%E3%82%AB%E3%83%A1%E3%83%A9%E3%81%A7ad/

 ブログの著者が推測したステレオカメラ非搭載の理由に付け加えることがあるとするならば、ステレオカメラを車体に2つ(以上)の部品として搭載しようとすると、車体の誤差にシステム全体が依存することになり、カメラメーカ側での動作保証が難しくなる虞があるので、搭載しなかった、というものも考えられるかも知れない。基本、ステレオカメラの測距性能は、カメラ同士の距離と各カメラの光軸の交点に依存するものだからである。特に、後者は、ユークリッド幾何学上で仮想することは可能であるが、通常、工学上の誤差のため、厳密に言えば存在しない。これがそれなりに大きくズレていても、安全側に動作できる衝突回避機構ということであろうから、なかなか実現が難しいのではないだろうか。それに対して、単眼計測であれば、次のフレームにおけるカメラの光軸のズレは、焦点距離において、光軸に対して垂直な平面上に正規分布する、などと仮定して話を進めることが可能であるように思われる。(実際の所は、より深く勉強してみないと分からない。)


※4 『ポケモンGO』iPhone、Android対応機種まとめ [ファミ通App]
http://app.famitsu.com/20160722_783587/

※5 【ポケモンGO】菅義偉官房長官「官邸の除外要請は考えていない」 最高裁が全国の裁判所をアイテム入手地点から除外申し入れ - 産経ニュース
http://www.sankei.com/politics/news/160727/plt1607270027-n1.html

 なお、菅官房長官と記者との具体的なやり取りは次のとおり。日本の新聞記事は、後追いできなくなる可能性が非常に高い。その上、官邸のウェブサイト上のコンテンツも、後世の検証に耐えられるように保存される見込みがない。というので、日本国のセキュリティに対する観念を後世に残しておくという観点から、必要が高いと認められたので、今回、書き起こしすることとした。官公庁のウェブサイトに掲載された公文書であり、会見の三分の一ほどであるので、引用は著作権法上許容される程度であることが認められる。多少の間投詞が含まれているのは、主にニコニコ動画側の七尾氏(?、滑舌が悪いので、普通に一度聞くだけでは、良く分からない。所属組織が分かれば事実確認は不要と考えるので、これ以上の確認は行わない。)に係る雰囲気を再現するためであり、事実として、このように聞こえるということで、ご愛敬である。


平成28年7月27日(水)午後 | 平成28年 | 官房長官記者会見 | 記者会見 | 首相官邸ホームページ
http://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/201607/27_p.html
七尾氏:ニコニコ七尾です。よろしくお願いします。ゲームアプリ、ポケモンGOにつきまして、え~、最高裁が、ゲームのアイテムなどを入手できる場所などから、全国の裁判所を除外するよう、ゲームの開発会社に申し入れました。これに対してですね、駅や電車、道路、病院等と比較しまして、安全確保上、大きな支障がある場所ではないのに、どうしてなのか、今後法規制につながっていくのではないかという疑問や反発の声が上がっております。今回の最高裁の要請とですね、最高裁の除外要請による影響などにつきまして、ご所見をお願いします。

菅氏:まずは、最高裁の申し出については承知をしてません。その上で一般論として申し上げれば、施設の管理者が施設の管理権限に基づいて、施設の管理・運営上、必要な措置を執ることは当然のことであるという風に思います。その判断のひとつひとつに、まあ政府としてはコメントすべきじゃないという風に思います。ご指摘のポケモンGOについてでありますけども、公共マナーや安全性など、懸念や疑念を持たれる方もいらっしゃるということも事実です。内閣サイバーセキュリティセンターより注意喚起を出しているところでありですね、スマートフォン、この安全に使っていただくためにもですね、こうした注意点はしっかり守って欲しいなあという風に思ってます。はい。

七尾氏:ニコニコ七尾です。ドローンについてもですね、様々な事件やリスクがあったわけですが、成長戦略におきましては、世界最高水準のIT社会を実現することを掲げて、ドローンを活用した新産業の創出を打ち出していると思います。今回のポケモンGOを含め、これを足がかりとしまして、今後、その、現実空間を利用したゲームとか、エンターテインメント市場は、さらに活性化する可能性が高いわけですが、この点につきまして、ご所見をお願いします。

菅氏:まず、今回ですね、日本で作られたコンテンツゲームがですね、エンターテインメント市場を広げて、世界中の人に親しまれていると。このことは非常に嬉しく思ってますし、歓迎をするということを今日まで申し上げております。またそこで培われたビッグデータとかIoT、様々な産業に波及効果を及ぼす、ここは大いに期待をしていきたいという風に思います。

七尾氏:ニコニコ七尾です。最後になります。あの、以前の会見の質疑から改めて確認させていただきたいんですが、ゲーム開発会社に対してですね、その、最高裁のように、ゲームのアイテムを入手できる場所などから、官邸、公邸を除外するよう、特に政府から要請はしないという理解でよろしいでしょうか。

菅氏:従前よりですね、官邸においては、特に許可された場合を除いて、写真の撮影を禁止をいたしております。また来月には、生徒または児童を対象としてですね、官邸及び公邸の特別見学、これを、実施する予定であります。その中で、引率者を除いて、スマートフォン等、手荷物の持ち込み、これは禁止をしております。このように官邸及び公邸については、すでにセキュリティの確保について、まあ、適切に努めているところでありますので、現時点で、これに加えて、ポケモンGOに対して特別の要請を行う、こういうことは考えてません。

 最高裁が自身の管理権を発揮しなければ、つまり、オプト・アウトを要請しなければ、わが国では一部撮影禁止となる施設内においても、撮影が許容されるものと推認しているのは、国際的に展開するゲームソフトとしては、不用意に過ぎないのではないか、と考えることができる。国内代理店によれば、「自由民主党本部」=「永遠の与党」という説明文の付された地図データは、プレイヤーからの情報を元にしているという※6。この材料による限りでは、どの地図データをベースに空間特性を設定しているのかは読み取れないが、アメリカ国内の裁判所が撮影OKであることを考えると、その考え方をわが国においても展開した、ということになろう。この状態は、通常であれば、国内代理店の仕事ぶりが不用意であったという解釈になろう。

※6 自民党本部は「永遠の与党」 ポケモンGO、地図に表示:朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/articles/ASJ7Q65SLJ7QUTIL04H.html


 メモ代わり。以下、良く読み込まれているのだなあと感心したが、本稿に示した私の疑問には答えてくれるものではなかった。企業単体に対するリスクを低減する上では、私のように、おかしなことまで考える必要はないのであろう。他方で、消費者・ユーザの利益を代弁する組織・団体は、それほど腰が軽いわけでなさそうである。

企業法務マンサバイバル : Pokémon Goの利用規約を分析してみた
http://blog.livedoor.jp/businesslaw/archives/52465834.html

 東芝による、単眼計測に色のボケ味を使うという技術。Google検索ではトップに出てくるが、単眼計測の考え方は、基本的に動画の差分を取るという作業から始まっているはずである。余分な機器を利用しないでも距離計測が可能である、というのが単眼計測の基本である。

単眼カメラで「距離」も測定できる新技術を東芝が開発。画像も同時取得、早期実用化目指す - Engadget Japanese
http://japanese.engadget.com/2016/06/10/toshiba/