2016年7月11日月曜日

読売、日経、朝日、産経による平成28年7月10日の参院選出口調査の解釈上の不備について

 今朝(平成28年7月11日)の読売、日経、朝日、産経の各新聞朝刊は、前日投開票の参議院選挙の出口調査について、次のように報じているが、その内容を見る限り、朝日新聞と日本経済新聞だけが、社会調査として最低限必要とされる情報の一部を提供している。産経新聞は、日本経済新聞と同様、共同通信社の出口調査を受けて報道している。日本経済新聞が掲載した内容を併せ見れば、産経新聞社側で基礎的な情報の掲載を省略したものと推認することができる。

 各紙とも、10歳階級別(10代は18・19歳)に投票先を分析した内容を掲載しているが、各階級の回答者数を掲載してはいない。通常の社会調査の報告書では、年齢階級別の回答者数を掲載しないことは、許容されない杜撰さと見なされる。従来の新聞記事の一部であっても、出口調査について、年代別の分析を行うとともに、回答者数を掲載するものがあったように記憶している。このため、各紙の出口調査についての報道の水準は、低下したものととらえて構わないことになる。なお、この事実を確認する作業は、社会調査の基礎的な要件から各社の出口調査結果が逸脱していることを指摘するという私の論旨からすれば、ブログという媒体では、利の小さな作業に過ぎない。気が向いたら調べてみたい。

 各紙に記載された情報だけで判断する限り、出口調査を利用して偏りなく年代別の分析を行うことは、無理である。第一に、出口調査を依頼したものの拒否した人物の年代は、不明である。そもそも、年代別の拒否者数以前に、出口調査を要請した人数(拒否者もここから計算可能である)自体、より基本的な情報であるにもかかわらず、従来の出口調査報道には記載されてこなかった。政党別支持率等の割合を推定する際、調査拒否が系統誤差の要因となることが既知であるにもかかわらず、である。出口調査時の調査拒否率の非掲載は、従来から出口調査の問題点として指摘されてきており、本ブログでも、この点を指摘する先行研究を一部紹介している(リンクは後日)。

 さらに、年代別に分析するとなれば、出口調査の対象となる人たちのうち、年代と調査拒否との間に交絡が疑われる。「マスゴミ」という用語の流通状況を考慮すれば、若年層ほど調査拒否となりやすい、という状況が考えられる。この交絡は、仮定する方が自然である。社会調査としての水準を満たす年代別の分析を実施するためには、あらかじめ年代別に調査対象者を決定しておき、当日の投票後に回答を得るという枠組みを取る必要があった。本段落の指摘は、理念的な観点から行ったものである。現在の形の調査は、実務上の便利さのために許容されて良いこととは考えるが、報道各社による推論の誤りが引き起こす結果が重大であることを後段で指摘するために、あえて紹介した次第である。

 報道各社が若年層を与党支持者であると推定することは、読者に対して自己予言成就的作用を有する。権威主義的なわが国社会において、大企業による報道は、与党を積極的に支持してこなかった若年層自身に対して同調圧力となる。この結果、若年層の一部を消極的な与党支持者に転換するという機能を果たす。この再帰的な機能は、報道各社が誤報を流すこと、誤りを訂正しないことに対する危機感を減少させる。「どうせ騙されやすい読者は、(非読者もそうなるであろうが、)記事を信じ込む。だから、誤りだろうが何だろうが、書き飛ばしてしまえば、現実も後からついてくる」というわけである。

 ところで、18・19歳の現業系の公務員が出口調査回答者の多くを占めていた、与党の若い党員等に対して出口調査に協力すべしとの組織的な働きかけがあった、現業系の公務員が多く居住していたり、与党の強い地盤で重点的に出口調査が行われた、等々の背景が存在していたとすれば、報道各社の年代別支持率の推定値は、偶然誤差の程度を1桁上回る系統誤差を含むものとなる。偶然誤差は、せいぜいが数パーセントの単位に収まるが、この系統誤差は、数十パーセントに達することになるのである。支持率は、全体が100パーセントにしかならない。このような系統誤差を排除せずに得られた支持率は、ほとんど意味がないどころか、先に示した自己予言成就的な機能からすれば、社会に誤解を広めるという弊害の方が目立つものである。

 具体的な数値を設定してみれば、各紙の「分析」が知的に危うい内容のものであることがよく分かる。若年層の投票率が25%であると仮定して、与党支持者の出口調査協力率を100%、非与党支持者の出口調査協力率を50%とすると、「50%が与党支持者である」という表現は、最大、40%強の支持率を誤解に基づき上積みしたものとなる。出口調査の偶然性に係る部分を除けば(、また、この偶然誤差は、ここでのモデル化では無視して良い程度の大きさにしかならないが)、ここでの私の指摘は、中学生には見慣れた内容ではないものの、なお中学生の範囲の数学の問題として解くことのできる内容である。わが国の義務教育を優秀な成績で修めたであろうはずの報道各社のデスク・記者の面々は、誤解を与える記事を執筆したことに対して、教育課程の不在へと責任を転嫁することができない状態にある。

 真の与党支持率を$x$、非与党支持者の調査回答受諾率を$p$とすると、半数が与党支持者であるという表現は、与党支持者の出口調査協力率を100%と仮定すると、
\[\dfrac{x}{x + (1 - x) p} = 0.5\] という条件で成立していることになる。よって、 \[x = \dfrac{p}{1 + p}\] $p = \dfrac{1}{2}$の場合には$x = \dfrac{1}{3}$である。非投票者が全員非与党支持者であれば、真の与党支持率は$\dfrac{1}{12}$ということになり、最大で$\dfrac{5}{12} \simeq 0.417$という差があることになる。くだけた言い方をすれば、これらのパラメータ設定の場合には、「与党支持率は、5倍盛っている」ことになるのである。

 内実はともかく、外形的には、報道4社の出口調査の記事に関与した記者・デスク・これらの上司は、バイアスが明らかに許容される調査方法に基づき、「若者の与党支持率が半数である」かのごとき重大な誤解を迂闊にも流通させたことになる。この結論と「若者の半数が与党を支持したのであるから、若者の半数が死地に向かうことを自ら選択した」という解釈との差は、それほど隔たったものではない。「10人に1人くらい、知恵が足りなかったり、戦争を肯定する若者がいる」状態は、誰しも納得できるレベルの愚かさの表れではあり、民主主義社会においては、むしろ自然で健全な状態であろう。しかしながら、「半数の若者が戦争を許容している」という表現は、表現者の側に責任が生じる程度に深刻な意味を持つものである。現在の「民主主義社会」が過半数を前提として機能する(という欠陥を有するものが多い)以上、「半数」は、絶対的な閾値の一つである。(今後、カール・シュミットがこの陥穽にハマった一人であることについて、多少の考察を追加してみたい。)

 太平洋戦争末期にも通じるが、わが国の情報流通・産出に係る悪癖・慣習として、都合が悪い(と忖度される)数字は、指摘される度に隠されるようになる、というものがある。出口調査に係る基本的な情報が今回の出口調査で新たに隠されたことは、逆説的ではあるが、都合が悪い事実の存在を照射する材料のひとつである。「従来から紙面で公表されてこなかった出口調査に係る事実に加え、従来ならば公表されてきた事実さえ記載されなくなったこと」は、「若者の半数が与党支持者であるという解釈が記事執筆者の無知に由来して立論されたものである」ことをも浮き彫りにしている。若年層に対してわざわざ何かを言い含めるがために、各紙に共通する分析上の結論が用意された可能性があることも示唆されるのである。同時に、これらの記事に係る執筆者たちの解釈は、本稿で示したとおり、社会調査に対する高等教育の欠如ゆえになされたものとはいえず、義務教育課程の知識で演繹可能な「知恵」が彼らに欠如しているがゆえに生じたものであると指摘することが可能である。

 各紙の記事に関与した報道関係者は、この帰結から生じ得る将来の被害に対して、職業人としての責任をそれと知らずに引き受けたことになる。極端ではあるが、若者の投票行動についての分析結果から予想される社会の帰結を想像してみよう。それほど飛躍した内容ではないはずである。今回の出口調査は、現政権により、「若者の半数が賛成した」という大義名分に利用される。現政権は、紛争に介入したり戦争を開始する場合に、この大義名分を活用する。戦闘やテロ行為による犠牲者が従来のペースを遙かに上回り増加したとき、「若者が賛成した」という解釈は、犠牲者の増加に対する責任回避の理由としても、改憲の理由としても、徴兵制の採用の理由としても、活用できる根拠となる。アホな「学識経験者」が各紙の論調に同調すれば、この「根拠」は、強化される。(←この一文は、同調した迂闊な「学識経験者」に対するあらかじめの警告として機能する。)


 最後に、それでは、記事担当者が(彼ら自身が責任を一身に引き受けることを回避するために)何をすれば良かったのかをつらつら指摘して、本記事を締めることにしよう。一つには、18・19歳であることが分かっている者が一定数含まれることが明らかである組織、つまり学校や現業系の公務員の所属する組織を対象にした調査を実施するという方法が考えられる。現政権による圧力下では、とりわけ、現業系の公務員である若者の意向を把握し報道することは、もちろん歪んだ形にならざるを得ない。しかし、将来の「東京裁判」を仮想すると、現時点で事実を正確に報道しておくことは、将来の断罪の場において、新聞記者の身の潔白を示す証拠となる。今日の朝刊の記事では、圧力の有無にかかわらず、記事執筆関係者が責任を免れることはできない。せいぜいが社内で責任をなすり付け合うことになる。この点、日経の記事執筆関係者が調査方法について最低限の情報を示したことは、結果としての解釈の拙劣さこそ産経と同等であるものの、記者の罪一等を減じる材料となり得るものである。もう一つの方法として、スケープゴートとなる「学識経験者」を用意して分析させるというものが考えられる。これは、現在の新聞においても、責任回避策の定番であるが、昨今の選挙のように、「寿司友」を通じて現政権中枢の一部との密な連携を必要とするような場では、時間の構成上、調整のつかない方法なのであろう。残る案としては、回答拒否者のうち20代以下の若者と見なされる投票者の数を計上しておき、18・19歳の調査拒否率の推定に利用するという方法があり得た。これは、あらかじめ入力規則さえ定めておけば、現場で対応可能な内容であるから、最も現実的で安上がりな案であると言えよう。

 以上の指摘を、まるっとまとめ直しておこう。いかようにでも努力する方法があったにもかかわらず、無知やそのほかの理由に由来してか、今回の出口調査について、大手紙に良質な解釈を行おうとの努力の跡が見られなかったことは、各社の将来に向けての危機管理上、残念なことであった。



読売新聞「1人区「共闘」温度差/民進支持者、共産に抵抗感/出口調査」7面17版
読売新聞社と日本テレビ系列各局が10日に共同実施した参院選の出口調査で
引用部分はリード文の冒頭で一部。



日本経済新聞「18・19歳、自民に傾く/無党派、自民・民進競る」2面16版
▽出口調査の方法 共同通信社が実施。47都道府県の1856の投票所で、投票を終えた有権者に、選挙区で投票した候補者、比例代表で投票した政党、候補者、支持政党などを回答してもらった。回答者数は男性3万7702人、女性3万7602人の計7万5304人
引用部分は枠囲みの全体。




朝日新聞「18・19歳の半数 自公に投票/重視した政策「景気・雇用」28%/社会保障15% 憲法14% 子育て13%/民進19% 自民19% 共産13% お維新11%/無党派層の票は分散/本社出口調査 比例区」5面15版
出口調査の方法 全国3660の投票所で、投票を終えた有権者に、投票した候補者や政党、ふだんの支持政党などをタブレット端末を用いて回答してもらった。有効回答は18万2646人。
引用部分は枠囲みの一部。



産経新聞「18、19歳投票 自民首位/若い世代 安倍政権を評価/出口調査/1人区に共闘効果/無党派層の票 民進がトップ」6面15版
共同通信社が実施した10日投開票の参院選の出口調査によると、
 引用部分はリード文の冒頭で一部。


平成28(2016)年7月14日追記

朝日新聞は以前から東京大学の谷口研究室と共同で選挙分析を実施してきたと記憶しているが、今回、読売新聞(13日朝刊)も、議員の政策についての分析を大学等と共同して実施するようになった。ただ、本稿で示唆するように、読売新聞では、出口調査、情勢調査については、色々な差し障りが出る可能性が認められるためか、データの提供を行ったり、後世の分析のためにデータアーカイブへと寄託するといった作業は、実施していないようである。朝日新聞については、別途調べる必要がある。もちろん、良くあるパターンとして、出口調査の内容は、内密に提供されているのかもしれない。が、提供を受けた学識経験者が不正選挙を疑う内容に至る可能性を想定すれば、容易には提供されないであろうし、提供するにしても、「転びやすい」か「愚かな」、つまり「利用することができる」学識経験者を選ぶということになろう。



平成28(2016)年7月18日追記

記憶だけでメモし続けるのも難があるが、読売新聞と早稲田大学の共同分析は、前回の国政選挙にも見られたような気がしている。ただし、本稿で指摘し続けたことの主題の是非には関連しないので、面倒であることも手伝い、調べることはしない。本稿の主題・主張は、「報道各社の出口調査において、系統誤差の存在により生じる精度・確度の管理が行われているとは、それら各社の記事から読み取ることができず、また、社会調査として最小限必要であるとみなされているデータが開示されていない以上、合わせて示された分析結果に係る責任は、各新聞社の関係者に直接負わせることができる」というものである。

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