以前(2016年09月10日)、「戦争屋」の定義(本記事の末尾)をアップデートしてみたが、この結果、先のトランプ大統領によるシリアへの巡航ミサイル攻撃命令は、その戦争屋の定義に合致(赤線部分)してしまっている。事実として、トランプ氏の決断を戦争屋への転向として非難する人物は、多くの陰謀論者に見られる。しかしながら、田中宇氏の記事「軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃」(4月8日)[1]や「ミサイル発射は軍産に見せるトランプの演技かも」(4月11日)や、副島隆彦氏の掲示板における推測(#2126番の書込み、リンクはHTMLのアンカーなし)(4月10日)は、トランプ氏の攻撃命令が、国内の戦争屋への牽制として機能していることを指摘するものである。
なお、飯山一郎氏は、本点を断定的に否定している[4]が、その根拠は、日本語の『櫻井ジャーナル』である。櫻井春彦氏は、ペトレイアス氏とマクマスター氏の交友関係と、15万人の地上部隊を展開するという両氏の計画を噂として紹介する[5]。事実確認自体は、ヒュミントの領域にあり、私には手が出せないが、これらの指摘の出所は、すべてがマイク・セルノヴィッチ氏(Mike Cernovich;米のオルタナティブ・メディア・ブロガー)の主張に収斂する[6], [7]。少なくとも、Google様の「mcmaster nsc petraeus」という検索結果(完全一致)の上位5ページにある記事のうち、この疑惑に言及するものは、セルノヴィッチ氏の記事に辿り着くように見える。
戦争屋を相手にすると、マイケル・サンデル氏の講義に出てくるトロッコの事例("trolley problem")のように、ポイントを切り替えるにしても、そのまま放置するにしても、人的被害を免れない「究極の選択」が生じうる。このジレンマは、人命を対象とする、社会との強い相互作用を生じる研究分野(たとえば防災社会学)においては、永遠の課題であり続けるであろう。また、このジレンマに立たされた意志決定者や対象者は、常に、一方の側からの批判を甘受することになろう。この課題を取扱う話者は、もちろんマスコミを含め、ジレンマにおいて、選択肢を一つだけ選び取ることの困難さを考慮した上で、批判なり擁護なりを行うべきである※1。
シリアへの巡航ミサイル攻撃が一回限りとなるという条件付きであれば、トランプ氏の攻撃命令は、見事に「ホワイト・ヘルメッツ」なる集団の化学兵器攻撃疑惑への告発劇を終息させたものとなる。現在、北朝鮮にアメリカの動向の焦点が移っているが、焦点がシリアから外れたままとなっていることそのものが、戦争屋の走狗である大マスコミのダンマリを示す証拠であり、その沈黙は、戦争屋がシリアで企んだマッチポンプの失敗を裏付けるシグナルである。そもそも、真に戦争へと至るほどに危機が昂進していたのであれば、果たして、櫻井氏が別の記事[8]で述べるように、プーチン露大統領がティラーソン米国務長官に釘を刺しただけで話が終わったであろうか。(この点だけ、マスコミ報道がスモークされているとすれば、それもまた辻褄が合わなくなる話である。)大体、トランプ氏の攻撃命令ならびに現実の攻撃は、アメリカによる先制攻撃であり、その後のシリアとアメリカは、戦争状態にあることにもなってしまうのだが、アサド大統領は、非難に留める一方、トランプ政権も、今回については、一回限りの攻撃とすると明言している。なぜ、百発百中とも宣伝されたトマホークの命中率が4割となったのか、人的被害がいかにして生じたのかは、今後、軍事関係者の検証の対象となることであろう。
以上、私の見解は、本ブログで明確に取り上げることなく、無為に時間を消費してしまったが、ここ一週間ほど、関連作業に時間を費やし、なおその作業が終了していないために、見切り発車でアップすることにしたものである。その隠れた意図の一つは、アメリカは十分に情報大国であるから、「全段階における情報優位」を構想し、イラク戦争の後に真っ当な方法で現地の統括に当たった[9]マクマスター氏の術中に、飯山一郎氏までもが騙されているという可能性を指摘することであり、もう一つは、北朝鮮における緊張状態に登場する、世界の指導者たちの全員がその席に相応しい人物であるならば、適度な緊張状態の創造は、戦争屋の油断を誘うための前振りであるとも読めることを、指摘することである。つまり、シリアでも、北朝鮮でも、米・露・中の三か国は、戦争屋の期待するような戦争を起こさない。日本も、4月7日の報道発表[10]の時点で、その情勢を読めているように見える点、少々面黒い。(ただし、プレスリリースの底本を英文[11]にして、和文を適当に訳して終わりと見えるのは、日本国民の大多数に対して不誠実であるから、改めた方が良い。)
※1 私も、本稿においてトランプ氏の行動を擁護することについて、ようやく覚悟を決めたところである。現在の論壇は、一種の代理戦場と化している。戦場では、友軍誤射しようとも、己の過ちを恥じることのない、反射神経に優れた者が生き残る。私は、戦争屋の味方だけはすまいという意思を有してはいるが、二項対立的な論争の場においては、なかなか生き残れないであろう。なお、私が研究において環境要因に注目するのは、このような二者択一式の選択に望まずして落とし込まれない環境こそが、不幸の防止には必要であると考えるためである。
[1] 軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃
(田中宇、2017年04月08日)
http://tanakanews.com/170408syria.htm
[2] 田中宇の国際ニュース解説
(田中宇、2017年4月11日)
https://tanakanews.com/170411syria.php
[3] 副島隆彦(そえじまたかひこ)の学問道場 - 重たい掲示板
(副島隆彦、2017年04月10日02:44:52)
http://www.snsi.jp/bbs/page/1/
#2126番の書込み、15~21、27・28。
[4] ★ 掲示板:『放知技(ほうちぎ)』 ★彡
http://grnba.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=16057898
それで,今後の政治過程分析は,トランプ本人は無視して… マクマスターと,娘婿クシュナーの思考と行動と発言内容を分析する!(813;飯山一郎、2017年04月11日20:36:14)
戦争屋の中でも最も過激なマクマスター陸軍中将(856;飯山一郎、2017年04月13日01:32:05)
[5] ネオコンに都合良く加工された情報でトランプ大統領を操るマクマスター国家安全保障担当補佐官 | 《櫻井ジャーナル》 - 楽天ブログ
(櫻井春彦、2017年04月11日)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201704110001/
マクマスターはデビッド・ペトレイアスの子分として有名で、このコンビはシリアへ15万人規模のアメリカ軍を侵攻させようと目論んでいると言われている。
[6] Petraeus and McMaster have Taken Over the NSC, Want Massive Ground War with Syria
(Mike Cernovich、2017年04月10日)
https://medium.com/@Cernovich/petraeus-and-mcmaster-have-taken-over-the-nsc-want-massive-ground-war-with-syria-e67b71a9076a
[7] H. R. McMaster Manipulating Intelligence Reports to Trump, Wants 150,000 Ground Soldiers in Syria | Global Research - Centre for Research on Globalization
(Mike Cernovich、2017年04月08日)
http://www.globalresearch.ca/h-r-mcmaster-manipulating-intelligence-reports-to-trump-wants-150000-ground-soldiers-in-syria/5584189
[8] 2011年10月からCIAはシリアのアル・カイダ系部隊に化学兵器を渡し、それを口実にミサイル攻撃 | 《櫻井ジャーナル》 - 楽天ブログ
(櫻井春彦、2017年04月14日)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201704140000/
4月11日から12日にかけて、アメリカのレックス・ティラーソン国務長官はロシアを訪問した。ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相と数時間にわたって話し合った後、ウラジミル・プーチンと2時間ほど会ったようだが、「こうしたことは2度と起こらないようにしろ」と釘を刺されただけのようだ。
[9] トランプ政権のマクマスター新補佐官、安全保障に食い違い | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
(John Walcott、2017年2月23日09時59分)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/02/post-7040_2.php
[10] 平成29年4月7日 シリア情勢についての会見 | 平成29年 | 総理の一日 | 総理大臣 | 首相官邸ホームページ
(記名なし、2017年04月07日)
http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/actions/201704/07kaiken.html
[11] Press Occasion on the Situation in Syria (The Prime Minister in Action) | Prime Minister of Japan and His Cabinet
(記名なし、2017年04月07日)
http://japan.kantei.go.jp/97_abe/actions/201704/07article2.html
Japan highly values President Trump's strong commitment to maintenance of the international order and to the peace and security of its allies and the world.#上記の一文は、英語の意図が完全に通じる一方で、日本語の助詞の使い方が酷い。
以下は、「戦争屋」についての私の定義である。
「戦争屋」(warmonger)とは、政治家、官僚組織、軍隊、軍事産業、金融業に所属する高位の人物や、それらの人物と家族関係や深い交友関係を有する人物のうち、無用な戦争の遂行や戦争への過剰な準備を通じて、私益の追求を計画し、あるいは活動に従事、協力したことのある人物たちを指す。戦争屋であるか否かの判定基準は、選良や士業に要求される倫理を無視して人命を損なう決定を下したことがあるか、というものである。この判定基準に抵触する戦争屋の具体的な手段には、マッチポンプとなる事件を企画・実行する、国民の差別意識を助長することにより無用な対立を画策する、低質な装備を高値で両陣営に供給する、不当な利益を独占的に享受することを目的として政治的活動に従事する、というものが挙げられる。
同日(直後に)追記
マクマスター氏が戦争屋であるペトレイアス氏の子飼いであったからと言って、マクマスター氏を戦争屋と断じることができると考えるのは、大きな誤りである。(アブダクション上の誤りである。)この点を補強する格好の実例が、プーチン氏であり、彼は、エリツィン氏によって取り立てられた。マクマスター氏の人物評価には、本人の内面に立ち入ることのできるだけの材料が必要であり、その材料は間違いなく、英語でなければ入手できない。マクマスター氏が情報畑の人物であるとするならば、ヒュミントによったとしても、内面を確認することは困難であろうが、逆に、部分的には、そのプリンシプルから行動を演繹して推定することも可能となる。
それに、「トランプ劇場」が真に劇場であるとすれば、政権内の対立は、各登場人物が己の役回りを理解した上で戦争屋を封じるかのように行動するために用意された装置である、と解釈することもできる。トランプ大統領のユダヤ教に対する近しさを考慮すれば、トランプ氏が、ユダヤ教にルーツを持つとされるヘーゲルの弁証法を十全に利用している可能性も、きわめて高い。従来の戦争屋マスコミは、トランプ氏の術策の範囲内で、一喜一憂しているだけであるかも知れないのである。この見立てが正しければ、主流マスコミが期待するように、スティーヴ・バノン氏を筆頭とするオルト・ライトが、完全に政権から駆逐されることはないし、逆に、バランスを取るために、オルト・ライトから新鮮な人材が供給されるというオチもあろう。
2017年4月19日21時追記
本文中で、「北朝鮮でも、米・露・中の三か国は、戦争屋の期待するような戦争を起こさない。」という見解を示したばかりであるが、この見立ては、知る人ぞ知る状態にあったようである。下記、『スプートニク 日本』の記事[12]は、米軍の意図がブラフにのみあったことを示すものである。なお、同紙では、個人の署名記事の場合に、見解が編集部のものではないことを明記することがある(これが貫徹されているかは未確認)から、編集部が記事の責任を負っていることになる。ということは、この見方は、ロシアの主流派の見方であると考えて良いであろう。
ここまで見方を変えるだけの情報は、適切な解説とともに、わが国の主流メディアで報道されているのであろうか(、いや、そうではない)。本日の夕刊は、この見方を提示するだけの余裕を有していた。朝日新聞は1面下段で報じており[13]、日本経済新聞は3面で小さめに取り上げ[14]、読売新聞も3面で取り上げてはいる[15]。しかし、この文章から、平和を愛好する日本人読者が国際情勢を理解し、誰が味方で誰が敵かを判別することは、大変に困難である。よほど時間に余裕がなければ、あるいは、わが国のマスコミを徹底的に信用していないか、マスコミの作法に通じていなければ、三紙の記事から真相を推測することは、ほとんど無理ではなかろうか。
トランプ氏としては、CNNを始めとする米主流メディア初の、この報道に対して、二通りの対応があり得る。流石フェイク・ニュースの元祖、Clinton News Networkと断じてまともに相手にしないか、困った振りをしてみせるか、である。(論理的には、本当に困るという形もあり得るが、情報を総合的に判定すれば、この可能性はないと判定する。)
[12]心理戦の教え?軍事攻撃の話があったにもかかわらず、トランプ大統領の艦隊は朝鮮半島沖にいなかった
(記名なし、2017年04月19日19時46分、アップデート20時33分)
https://jp.sputniknews.com/asia/201704193553384/
だが海軍が公開した画像によると、それは全く違ったようだ。画像には、15日にインドネシアのスマトラ島とジャワ島の間のスンダ海峡の穏やかな海を航行する空母がうつっている。〔以上、見出しの一部、以下、本文〕言い換えれば、メディアが米国の先制攻撃について論じていたまさにその日、司令部は空母「カール・ビンソン」を、朝鮮半島から南西に4800キロ超離れた「インド洋での予定されていたオーストラリア軍との共同訓練」に参加するため、別の方向へ向かわせた。18日、中国メディア〔に本件が取り上げられたが、...略...〕上海にある復旦大学韓国研究センターの専門家カイ・ジャン氏は、これは「心理戦あるいははったりだ」とし、米国は実際のところ今北朝鮮を軍事攻撃するつもりはなかったとの見方を示している。
[13]『朝日新聞』2017年4月19日夕刊1面4版「派遣の米空母 到着に遅れ/朝鮮半島近海 月内にも」(ワシントン=峯村健司)
[14]『日本経済新聞』2017年4月19日夕刊3面4版総合「空母急派、北朝鮮近海は遠い?/ホワイトハウス困惑」(ワシントン=共同)
[15]『読売新聞』2017年4月19日夕刊3面4版「「カール・ビンソン」月内に朝鮮半島沖へ」(ワシントン=黒見周平)
2017年9月17日訂正
本稿の冒頭のpタグと、田中宇氏の記事へのリンクを訂正した。田中氏の2017年4月11日の記事は、有料記事であるから注意。
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