本稿は、第1回(2017年4月18日)、第2回(2017年4月20日)、第3回(2017年4月24日)からの続きである。おおよその着地点は見えているが、もう少し寄り道を続ける必要がある。ここのところ、文章を練り上げる作業をサボり気味なので、主題文(topic sentence)だけを追うなどして、適宜読み飛ばしていただいて結構である。
二大思潮の対立構造そのものは悪とまでは言えない
人間社会に対する理解は、弁証法の下に発展するかのように見えることがある。刑法学における旧派(=犯人は生物学的におかしい)・新派(=犯人の生育環境がおかしい)の掛合いと、そこから新右派(new right)と呼ばれる(環境犯罪学を含む)一派が生じたといったダイナミクスは、その好例であろう※1。『国際秘密力研究』の菊池氏は、TPPとRCEPの両建て構造を批判する際、両条約を対立させるという思考様式に憑依されぬようとも警告する[1]。菊池氏の両建て批判は、思考の対象である両条約だけでなく、思考の様式そのものにも及ぶものであり、読み方によっては、西洋式学問の全般を射程に含めるものである。
しかし、(当然ではあるが、)世の中に見る思想上の二項対立のすべてが「国際秘密力」の意図により準備されたものではない。洋の東西・今昔を問わず、既存の思想や状態が参照され、対置されるという思考過程は、普遍的に見られる。大雑把を承知で記せば、たとえば、老荘思想が既存の哲学である儒教を参照したように、あるいは初期イスラム教が自らをユダヤ教・キリスト教の最終的な後継者であると位置付けたように、あるいは社会統計学において、具体的な統計や指標を検討する際、対比を基本とせざるを得ないようにである。対置・比較という方法は、およそ現代的な知的活動の根幹をなすものである。この思考技術の使用までを完全否定してしまうと、現代の学問的水準には到達できない。何を目的として思考するのかが、健全な状態※2に留まる限り、弁証法や、比較対照という作法は、(その否定が思索者の手足を縛ることになるだけに、具体的な問題が立ち現れるまでは、)許容されても良かろう。
「両建て構造」は、異なる二つの信念体系(私のいう「セット思考」、2016年7月26日)を用意するだけでなく、その二大体系の間に感情的な対立までをもたらし、かつ、話者の人間関係をも不愉快なものに変えることまでを目的に取るものである。「両建て戦術」全体は、間違いなく「悪の技法」ではあるが、異なる二つの信念体系を用意するという「燃料の準備」と、そこに人間関係の対立を持ち込むという「燃料への点火」とは、区別すべきである。ごく抽象的に表現する限りでは、二つの信念体系を公平に客観視し、それらの「止揚」を試みる限り、一人の観察者の内面において、二項対立の罠に陥ることは生じないはずである。『国際秘密力研究』の菊池氏は、「両建て戦術」を克服するためには、日本由来の方法論に依拠する必要があると言うが、これはこれで一つの結論である。他方、(かつてのマルクス主義内部における論争とダブるが、)「敵=国際秘密力集団」の方法論である弁証法を含めた思考方法を習得し、この集団に現在生じている仲間割れ※3につけ込むという方法も、(国民益に適う)一段上の勢力均衡に到達するための一手段である。このように、私自身は考える。
社会・人文科学における学術上の二大思潮の対立は、思想の対象となる二つの社会集団への利益分配方法が、議論を尽くしても一通りに収斂すると期待できない場合にも生じる。この表現は、誇大理論的であるが、ブログでもあるし(もう投げ遣り)、これくらいの隙は構わないであろう。それに、私のキャラを理解した読者であれば、私がここでは「批判があれば修正するから、はよ批判してくれや」という「誘い受け」を狙っていることも、また理解できることであろう。三つの思想に優劣があるとして、三すくみの状態にあるとき、二つの思想を使うことができれば負けることがない。この構図は、非常に限定された状況にしか当てはまらないが、ジャンケンで考えれば、理屈自体は問題ないであろう。
フランス大統領選(初回投票)報道に見る悪意の潜ませ方は両建て戦術の一例である
今回のフランス大統領選に係る『朝日新聞』の2017年4月25日朝刊1面記事[2]は、二大思潮が形成されるダイナミズムを説明する材料を与えてくれる内容である。記事は、{社会を開く, 社会を閉じる}という軸と{自由競争(グローバル化), 保護主義(反グローバル化)}という軸との2元配置により、第I象限(右上)より順に(反時計回りで)次のように主要候補を分類する。
この二軸による区分自体は、私には良くできたものであると思うので、そのまま採用することにする。
- フィヨン氏(中道右派)=社会を閉じる×自由競争
- マクロン氏(中道)=社会を開く×自由競争
- メランション氏(左翼)=社会を開く×保護主義
- ルペン氏(右翼)=社会を閉じる×保護主義
決選投票というフランス大統領選の仕組みにより、二元配置の対立は、セット思考を強いるものとなったが、朝日の記事は、その対立関係に二種類の悪意を潜ませているという点において、両建て戦術そのものを体現している。「社会を開く×自由競争」というネオコンのマクロン氏と、「社会を閉じる×保護主義」というオルト・ライトのルペン氏の対立から、有権者は、二者択一を迫られている。朝日の記事にある一つ目の欺瞞=悪意は、マクロン氏を「中道」であるとするラベリングである。「社会を開く×自由競争」というセット思考は、ネオコンそのものである。にもかかわらず、朝日の記事は、これを「中道」と呼ぶ。本記事には、もう一つ、フランス大統領選に係るマスコミ報道全般との齟齬という欺瞞があり、それを検討することにより、「両建て戦術」を可視化できる。その齟齬とは、このような二軸が立てられるとすれば、決選投票では、思想の組合せが近い候補者に票が移動するはず、というものである。つまり、本来なら、フィヨン氏とメランション氏に投票した有権者には、マクロン氏とルペン氏の両名のいずれかを選択する余地があり、これらの有権者は、決選投票の二名の政策を吟味した上で投票するはずである。ところが、今回に限っては、マクロン氏を応援するとの党関係者の意向(のみ)が、マスコミにより、大々的に報道されている。果たして、そこまでフランスの政党支持者は、盲目的にマクロン氏を支持するのであろうか。負け犬となった党関係者を見限るのではないか。主流マスコミの期待を損なうようで残念ではあるが、オルタナティブ・メディアは、すでに、(私を含めたオルト・メディア支持者が日本国内で例外的であることを承知してはいるが、しかしなお、)全世界に対して影響力を及ぼしている。この結果がいかなるものになるのか。アメリカ国民のうち、トランプ氏の支持者の多くは、さほど他国の情勢を気にするものではないが、有力な話者は、十分に国際的である。
賢明な読者には、本記事自体が、「セット思考」に係る自己検証を兼ねていることは、見抜かれているであろう。二大思潮が形成されたときに生じる「セット思考」の足抜け抑止効果については、以前(2016年7月26日)にも、2012年12月の衆院選前後における自民党のTPPに係る変節を材料に考察した。条件の変化に応じた有権者の意思決定の変化は、不可逆的なものであり(前後関係を入れ替えても成立する訳ではない)、一回性の高いものであるから、事例ごとに検証せざるを得ないものと思われる。しかし、今回も、菊池氏の提唱(再発見?)した「両建て戦術」の正しさは、例証されることになった。
(次回(のようなもの)に続く)
※1 新左派も当然生まれている。私が時折言及する「統計戦争」は、新左派に含まれる概念と考えても差し支えなかろう。このとき、右派・左派の違いは、統制を行う側の利益を考慮するのか、統制される側の利益を考慮するのか、という対立軸としても理解することができる。
※2 この健全なる用語についても考察が必要だと考えるが、本稿では限定的に扱う方針である。日本国民の多くが「五年殺し」となる放射性物質を摂取・吸入している現在、社会がハードランディングしないように先進国として生き残ることを目的とすることを、当座、「健全であること」と解釈しよう。これに対して、多くの賢明な読者は、わが国で進行中の警察国家化こそ、従来にも増して、わが国が先進国として欠格である証拠と考えるであろう。しかし、私は、この状態を批判するためには、内心の萎縮ではなく、現実の迫害が生じることが必要であると考える。
わが国は、現時点では、多数の戦争屋の走狗をマスコミや行政内部に抱える一方で、戦争屋に勝利しつつある中露の二国とは、潜在的な敵対関係を解消できておらず、しかも、戦争屋と仲違いしているとはいえどもクリーンとは程遠い為政者を戴いている。加えて、「宗主国」である米国は、戦争屋との(情報)総力戦下にある。日本国民は、この展開に乗るしかないが、さりとて、悲惨を免れないという保証もない。この状況下、わが国の警察国家としての能力に、テロ等準備罪が加われば、確かに、従来からの護憲活動や沖縄米軍基地への反対活動を一掃するだけの実力が備わることになる。その上、現政権は、沖縄などにおいて、活動家のみに留まらない程度に反対運動を抑圧している。
ただ、この明らかな警察国家化の現況は、従来懸念されたディストピアに照らして、一点だけが大きく異なる。それは、ジャパン・ハンドラーズを始めとする戦争屋にも、同様に、行動を制限するという効果を生じさせている、という点である。竹中平蔵氏のようなハンドラーズの手下は、現時点でもなお、官邸に出入りできる資格を有しており、私としては、警察国家化の良い効果が目に見える形で生じたとは言えないが、それでもなお、戦争屋の内心に与える効果は、彼らの実績を考慮したとき、間違いなく存在するものと主張することができる。例を挙げよう。2017年3月27日の橋下徹氏のCSIS講演[2]で、マイケル・グリーン氏は、中国が武力に訴えても尖閣諸島を奪取したい旨、主張し、橋下氏にいかに考えるかを問うた。橋下氏の講演や返答は、本稿とは別に考察が必要となる広範な内容であったが、橋下氏の講演と質疑内容が共謀罪に問える内容ではなかったという点は、大きく注目されて良い。翻って、グリーン氏は、アウトとなる発言を提起していた。
大事なことは、グリーン氏のような戦争屋ブレーンが、この時点において、南沙諸島偽旗作戦か、尖閣諸島偽旗作戦を構想していたことを表明するとともに、橋下氏に対して、あえて議論を吹っ掛けたことである。にもかかわらず、なぜか、北朝鮮と米国の「対立」のおかげで、尖閣諸島における日本と中国との対立関係は、後景に退いた。これは、偶然と呼ぶべきか。他方、依然として、沖縄における住民の総意は、辺野古着工に見るように、踏みにじられている。ただ、辺野古着工という強行策そのものは、法匪社会であるわが国では、県単独の意向では抑止しきれない。とすれば、問題は、先の宜野湾市長選挙のように、不可解な開票が行われることにこそ求められる。市民は、この問題こそを主戦場と心得た方が、有益な結果を得ることができる。
※3 中露の二国は、戦争屋の手口に学び、戦争屋に取り立てられたにもかかわらず、ともに「青は藍より出でて藍より青し(出藍の誉れ)」との諺が似合う状況を経由し、現在に至っている。この話は、過去、『ベルセルク』を喩えに出した(2016年1月8日)。が、ごく最近の『阿修羅』における「ポスト米英時代」氏の漫談[4]を読み、確かに『デビルマン』や『タイガーマスク』や『仮面ライダー』を喩えに出した方がより多くの人々が理解できるものと納得した次第である。もっとも、これに近い見解は、過去にも見られる[5, 6]が、『仮面ライダー』を引き合いに出しながら、この見解に到達しないものも多く見られる[7]一方で、(テレビ・漫画版ともに)『人造人間キカイダー』も『仮面ライダー』と同様の含意を有する物語であるから、主張の正確性・先取権や原典に係る解釈は、私の場合、自身の無知ゆえに、時間を掛けて突き止める必要がある。
アメリカの好戦的に見える現状に対する日本人の理解は、かなり悲観的なものが多いとはいえ、私には、トランプ政権が選挙戦時と同様に道化を演じているものと見える。戦争屋の方法論に通じた上で、戦争屋の手口をいなしているように見えるのである。尤も、このことを理解したとしても、日本人には、迂闊さを装い、色々と怯えてもらうことが、役割上求められているのかも知れない。産業構造を転換し、経済的な抜け穴を防ぐという作業が終了するまでは、アホとまでは呼べない戦争屋を、金融政策という餌をぶら下げてコントロールしなければならない。そのように考えると、ICIJを通じた(パナマ・バハマ等の)文書漏洩事件は、米国の直接の施政下のタックス・ヘイブンへと、国際秘密力集団の金融資産を集約する役割を果たしたようにも見えるのである。これは、米国の司法制度が正常に機能するのであれば、アメリカにとって、戦争屋の罪を暴く上でのハニーポットとなる。
[1] ツイートまとめ テーマ:TPP強行は究極の売国行為 左右両建構造という思考の檻 : 国際秘密力研究
(菊池、2016年10月28日07時35分)
http://kokuhiken.exblog.jp/26097655/
[2] 仏、融和か自国第一か 大統領選、マクロン氏・ルペン氏決選:朝日新聞デジタル
(パリ=青田秀樹、2017年4月25日05時00分、25日朝刊東京14版1面「仏 融和か自国第一か/大統領選 マクロン氏・ルペン氏決選/左右で測れぬ米と似た対立」)
http://www.asahi.com/articles/DA3S12908357.html
[3] Japan Chair Forum: Toru Hashimoto - YouTube
(2017年03月27日ライブ配信、Center for Strategic & International Studies)
https://www.youtube.com/watch?v=AB52uyrL3Lc
[4] 宇・月末に仏選挙、北の核実験、米の暫定予算切れで米覇権失墜と多極化。題目は全てのテロはCIAで北はCIAである。 ポスト米英時代
(ポスト米英時代、2017年04月22日18:10:47)
http://www.asyura2.com/16/cult17/msg/876.html
〔プーチン大統領は、〕デビルマンやタイガーマスクや仮面ライダーと同じ経歴で、CIAのソビエト版のKGB出身だからこそツボが分かる
[5] フランスでまともな大統領が誕生しそうだが米英仏でおかまネットワークが崩壊し始めたのではないか。 ポスト米英時代
(ポスト米英時代、2012年02月03 日18:41:34)
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/888.html
[6] モーゼの十戒を体現したのがウルトラマンでありセブンであり仮面ライダーである、プーチンも姿三四郎を演じて勝ったのである。 ポスト米英時代
(ポスト米英時代、2013年09月17日23:59:44)
http://www.asyura2.com/13/cult12/msg/183.html
[7] 中田安彦『日本再占領』の検証④ ♪ペリマリ♪
(コメント1のkanegon、2011年10月12日23:49:13)
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/605.html
2018年1月19日・26日訂正
一部の表現と誤記を訂正した。一応の話の続きをリンクした。完成度は限りなく低いが、一応、続きは続きである。
0 件のコメント:
コメントを投稿
コメントありがとうございます。お返事にはお時間いただくかもしれません。気長にお待ちいただけると幸いです。