2017年4月24日月曜日

北朝鮮の攻撃能力に係る『Newsweek』英語版の記事はほとんど誤報である

『スプートニク日本』は、21日付の記名なし(=編集部の責任)の記事において、北朝鮮側の話として、北朝鮮を対象とする「化学・生物兵器による」「アメリカの」偽旗作戦『ジュピター計画(Plan Jupiter)』に言及する[1]が、他方で、『スプートニク』英語版(International)には、これに相当する記事がない(もっとも、「木星探査」の話題に紛れた記事を、私が見逃しているだけかも知れない)。この違いは、当然、情報巧者であるロシアならではの工夫であろう。本稿では、その違いが日本人にとって意味するところを考察したい。なお、同計画は、昨年8月、『The Daily Star』でも報道されている[2]。記事は、超訳すれば、「来年実施される計画であり、米国が工兵(engineer)と材料を輸送した、完成の暁には、朝鮮半島において炭疽菌とボツリヌスのような生物兵器を使用し、第二次世界大戦においてユダヤの人々に対して行われたようなホロコーストにより、北朝鮮を一掃する」という内容を伝えるものである。

"Plan Jupiter"でググると、『Newsweek』英語版のトム・オコーナー(Tom O'Connor)氏の記事[3]がトップ辺りに来るが、この記事には、わが国の情報能力に係る誤解を流布しかねない表現が見られる。その誤りを先に示しておくと、この記事の「intelligence reports from Japan」[3]は、実のところ、本日(2017年4月23日)のTBS系『サンデージャポン』にも報じられていた『38 North』の報告書※1であり、この団体の報告書を採り上げた『CNN』の記事[4]を、オコーナー氏が誤読したものである。この誤りがいかに生じたのかを、以下、確認しよう。

オコーナー氏は、おおよそ、以下のように記す;北朝鮮側は、『ジュピター計画』を、金正恩政権を打破するために朝鮮半島を「化学生物兵器により攻撃する(biochemical attack)」という米国の策略であると主張する[3]。米国は、これに公式には反応していないが、北朝鮮側からも証拠が示されていない[3]。また、オコーナー氏は、CNNの記事[5]を参照し、北朝鮮がサリンを弾道ミサイルに搭載する能力を保有しているという安倍晋三氏の答弁に触れ、この答弁が北朝鮮の化学兵器運用能力に係る最新のコメントであると形容している[3]。しかし、オコーナー氏の記述は、英文読解のルール上は正しい読み方であるが、『CNN』の記事[5]が参照する別の記事[4]を誤読している。人称代名詞(He)が指示する人物が安倍氏ではないことを見逃しているのである。このため、オコーナー氏は、まるで、日本国が独自に情報分析して「北朝鮮がサリンをミサイルに搭載する能力がある」と結論したかのような解釈を提示している。

ただし、北朝鮮のミサイルがサリンを搭載できるとの理解は、確かに、安倍氏によって示されている[6]。その背景に何らかの情報が存在していることも、間違いないことであろう。しかし、オコーナー氏の引用する『CNN』の記事[5]には、安倍氏の答弁において根拠が示されなかったことが明記されている。参議院のインターネット中継における、安倍氏による浅田均氏(日本維新の会)への答弁(13日の防衛外交委員会)においても、形跡を確認できない[6]。なお、安倍・浅田両氏の答弁は、産経新聞が要旨を伝えている[7]

オコーナー氏による『Newsweek』の記事[3]は、日本がまるで独自のインテリジェンス能力を有し、報告書を軸とした、確かな国会論議が繰り広げられているかのように読めるものであるが、現実がそこまで上等なものとは言えないものであることは、われわれ日本人なら良く知る事実である※2。仮に、オコーナー氏の指摘通りであったとしたら、野党側の追及は、一層中身のある厳しい内容となっていたであろう。オコーナー氏が広めたわが国の国会に係る誤解は、この緊張状態下において、英語圏にいかに流通するのであろうか。北朝鮮情勢に係る基本的な構図が見えていれば、つまり、適度な緊張状態そのものは関係諸国の政権にとって望ましいとの理解があれば、本件についての展開も読めるであろう。つまり、読者に見逃されるだけで済む、というものである。私の北朝鮮情勢に係る見立ては推測に過ぎないが、日本の行政能力については、部分的に理解しているつもりではあり、その方面の知識に照らして、オコーナー氏がプロとしては恥ずかしい誤りを流布したことまでは断言できる。

オコーナー氏の誤報は、日本政府が報告書を作成・報告し、北朝鮮のサリン搭載ミサイルを認めて裏書きしたかのような印象を造り出している。このとき、上記に見たような一年前に報じられた『ジュピター計画』との微妙な差異は、「日本政府の報告書」なる幻想によって、読者の注意から消え去ってしまう。とはいえ、本日(2017年4月23日)の『サンデージャポン』に出演した黒井文太郎氏の解説により、視聴者の頭の中は、「北朝鮮が戦争終期に最後っ屁で東京とソウルに核爆弾を落とす」という内容で占められてしまったであろうから、これくらいの誤りは、些細なものと言うべきなのかも知れない。日本語界隈には、バイオテロとケミカルテロの違いが語感のせいで無視されるという事例も見られる[8]。「全部北朝鮮のせい」という先入観を持つことは、日本国民自身にとって、不幸な結果を呼び起こすことになる。

オコーナー氏の誤報の最大の問題は、まるで日本国政府が報告書を作成して北朝鮮のサリンによる攻撃能力を確定したかのような印象を与えることである。実際のところ、安倍氏の失言大魔王ぶりは全国民に共有されていつつも、政治闘争の過程において、官僚集団からは、わざと見逃されているところがあるものと考えられる。安倍氏に与する者がその失言の数々を無視する一方で、安倍氏を批判する者は、この逐一を採り上げる。本来、北朝鮮の攻撃能力を見極め、国政の方向性を論議する際には、オコーナー氏の誤解にあるように、政府の事務方が報告書を用意して、与野党がガチンコで(インカメラ審理が望ましいのであろうが)検討を加えるべきであった。官僚集団は、安倍氏の答弁の根拠となった情報については、出所を含め、わざと公表を控えたのであろう。この曖昧さは、軍事衝突後の責任逃れのため、安倍氏だけを切り捨てるときにも有用であるが、軍事的緊張を回避する際にも有用である。良い意味で、今回の安倍氏の北朝鮮に係る発言は、従来型の官僚のノラリクラリとした感じが出たものになり得る。イラク戦争時の大量破壊兵器に係る米国内の論議は、回復しようのない悲惨の原因を残すものとなった。この前例を踏まえ、官僚集団は、良い塩梅に緊張の高まりを予防するため、わざと曖昧な感じで、地下鉄サリン事件という記憶を持つ日本国民に訴える材料を安倍氏に提供したのであろう。この日本国民にとって意味ある官僚のサボタージュを、オコーナー氏の誤報は、全世界的に転覆しようとするものとなっているのである。

極東における軍事的緊張(の昂進)は、ロシアにとって得にはならないから、この誤りが及ぼす危険性は、できるだけ穏当に伝えられる必要があったであろう。これが、冒頭に挙げた『スプートニク』の英語記事の不存在の理由ではないか。日露の経済的な協力関係が進展しつつある現在、その重要性は増しつつある。このとき、『スプートニク』は、日本語だけで偽旗攻撃の危険性を注意喚起しながら、米国との全面的な衝突を避けるために、英語では言及しなかったのであろう※3。偽旗作戦に対する北朝鮮側の理解、従来の『ジュピター計画』に係る理解、日本政府の見解における北朝鮮の攻撃能力、それぞれの違いにも含みがあると考えられる。ただ、その検討は、この「危機」が去った後で良い※4


※1 衛星写真の解析は、ジオイント(GEO-INT, geo-intelligence)の典型的な一分野であるが、人工衛星の能力と画像処理の手法に負うところが大であるから、テキント(TECH-INT)と見做した方が捗ることがあるやも知れない。土木・建築系の知識は必須であろうが、GISの勉強そのものよりも、画像処理の勉強を修めた者の方が、衛星写真の解析に直ちに対応できるであろう。

※2 忘れてはいけないのは、わが国のインテリジェンス機関が福島第一原発の連続的な爆発を阻止できなかったことである。往時からのインテリジェンス・危機管理能力は、その程度であり、国民も、プロも、力不足であったと反省すべきである。

※3 実際、日本の高官が事態を冷静に注視すべきであるとの『Japan Times』の記事を、『Sputnik International』は引用している[9]

※4 黒井文太郎氏の言動を検証する際の話である。私としては、(母語で)この程度の読み間違いをする上、必要な知識を有さない記者が、影響力を有する世界的メディアで誤報を垂れ流していることを明らかにできれば、それで良い。日本国民の絶対的多数にとっては、このような話は、どうでも良いことでもあろうし。


[1] 米国は北に対し生物・化学兵器を用いる可能性=北朝鮮
(『スプートニク日本』、2017年04月21日20時45分)
https://jp.sputniknews.com/politics/201704213561340/

[2] World War 3 threat: US secret plot to crush Kim Jong Un with chemical weapons | Daily Star
(Joshua Nevett、2016年08月14日)
http://www.dailystar.co.uk/news/latest-news/537784/america-secret-plot-crush-north-korea-chemical-weapons

The apparent doomsday project, allegedly codenamed "Jupiter plan", is due to start next year, with materials and US engineers to build the weapons shipped in from November.
Once completed, the US will use the biological weapons – such as anthrax and botulinus – to wipe out North Koreas in a holocaust akin to the abhorrent mass murder of Jewish people during World War Two.

[3] North Korea: U.S. Will Use Chemical Weapons to Take Out Kim Jong Un and Control the World
(Tom O'Connor 2017年4月21日15時45分(タイムゾーン未確認))
http://www.newsweek.com/node/587766

The latest commentary came in response to earlier intelligence reports from Japan, a regional U.S. ally, claiming that North Korea had produced weaponized sarin gas. In response to these reports, Japanese President Prime Minister Shinzo Abe told his parliament last week〔...略、CNNによるものとして紹介〕

[4] North Korean nuclear site 'primed and ready': analysts - CNN.com
(James Griffiths, CNN、2017年04月13日16:31 GMT)
http://www.cnn.com/2017/04/13/asia/north-korea-nuclear-site-punggye-ri/index.html

"The activity during the past six weeks is suggestive of the final preparations for a test," 38 North analyst Joseph Bermudez told CNN.
Their prediction comes as Japanese Prime Minister Shinzo Abe said Thursday that North Korea may have the capability to deliver missiles equipped with sarin nerve gas.
He and other analysts pore over commercial satellite imagery of the testing site, looking for signs of activity similar to that prior to other tests.
#以上から、"He and other analysts"は、Joseph Bermudez氏と『38 North』の分析者であることが分かる。注意して一文を読めば、「安倍氏と他の分析者」という組合せが生じないことも、理解できよう。

[5] Sarin warning: North Korea may be able to deliver chemical weapons by missile - CNN.com
(Yoko Wakatsuki, James Griffiths、2017年4月13日10:17 GMT)
http://www.cnn.com/2017/04/13/asia/north-korea-missiles-japan/index.html

[6] 参議院インターネット審議中継
(2017年04月13日第193回参議院外交防衛委員会第12回)
http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php
#リンクはトップページ。1:17:50あたりから浅田氏の質疑開始。

[7] 【参院外交防衛委員会】安倍晋三首相「北朝鮮はサリンを弾頭につけて着弾させる能力を保有している可能性がある」 主なやり取り(3/3ページ) - 産経ニュース
(記名なし、2017年04月13日23時06分)
http://www.sankei.com/politics/news/170413/plt1704130043-n3.html

[8] 陽月秘話: 地下鉄サリン事件、医療現場での奮闘と奇跡
(花園祐、2010年3月25日)
http://imogayu.blogspot.com/2010/03/blog-post_25.html
#これは、わが国の言論者が容易に誤りを訂正しない事例でもある。ほかには良いことも言っているのに、これほどの些細な誤りを訂正しないのは、残念である。私は、間違えたことよりも、むしろ、訂正しないことこそを残念に思う。

[9] South Koreans, Japanese Remain Calm as US, North Korea Posture
(記名なし、2017年04月16日01:00(updated 2017年04月16日04:13)
https://sputniknews.com/politics/201704161052678993-koreans-calm-as-US-threatens/




2017(平成29)年4月24日追記

淡赤色部分を正確さのために追記した。

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