風刺画は、「(事件から)一年後だが、暗殺者はまだ広範に存在する」という意味のフランス語とともに、「プロビデンスの目」と呼ばれるシンボルを後光として配された老人が血にまみれつつ逃走する様子を描くものである。プロビデンスの目は、ピラミッドを横から見たところに目をあしらったものであり、その意味や起源については、諸説紛々である。すべてを見通す目の意味を持ち、エジプトに起源があり、ホルス神を表す片目から転じたという説明は、形状から読み取れるために、信憑性があるように思われる。このシンボルに関連付けて論じられる(秘密)結社には、大別して、フリーメーソンとイルミナティの二つがある。これらの結社についての説明も、百家争鳴の状態にあるが、イルミナティには(、外部から見れば)、複数の分派が存在するようであることは、ここで指摘しておいて良いだろう。これらの組織は、歴史を経て信仰等が変質しているとの指摘もある。論者の立ち位置などにより、かなりバラエティに富んだ指摘が好き勝手に取捨選択されている状態にある。これらの組織についての信憑性のある説明は、自分の手に余るので省略するが、少なくとも、次の点だけは指摘できる。
現在、日本語環境下で(、かつ陰謀論者によらないもので)、NHKを経由して流通しつつある情報においては、風刺画作者のリス氏の口を借りる形で、老人は「神」であるとする※2ものの、リス氏のこの発言は正確ではない。なぜなら、先の秘密組織についての説明の中には、これらの秘密組織が悪魔を信仰しているとする批判も広く認められるためである。また、これらの組織に対する非難の中には、これらの組織がほかの宗教を乗っ取るべく活動していると指摘するものも含まれるためである。いずれにしても、今回のシャルリ・エブドの風刺画は、従来のイスラム教過激派とされる犯人たちの枠に収まらない、別の存在の関与を指し示すものであるようにも読み取れる。なお、イスラム教過激派は、イスラム教を憎悪の対象とするための工作の一環として立ち上げられた、カバー用の組織であるという(陰謀論)者の指摘もあり、私から見れば、この指摘は、本質を突いているように思われる。
どのような背景がシャルリ・エブド襲撃事件にあるにせよ、今回の風刺画は、イスラム教徒よりはるかに少数の特殊な集団を、悪魔化すべく描かれていると判断した方が良いものである。その集団は、何らかの信仰を有しているかもしれないが、少なくとも、その信仰は、イスラム教やキリスト教などの標準的な考え方からはひどく外れたものである。この少数者の「宗教」は、日本人が漠然と思い描く「一神教」とは、全くの別物である。この区別を付けられるだけのシンボル、プロビデンスの目が示されている以上、今回の風刺画は、かつてのイスラム教に対する差別的な風刺画から変化したと判定すべきものである。かつての差別的な風刺画の一例としては、「ちくしょう、コーランは銃弾を防げない」(私訳)と揶揄していた1099号の風刺画(2013年7月10日)を挙げることができる。この風刺画は、エジプトにおけるムルシー政権に反対する2013年6月末のデモの激化※3を受けて描かれ、イスラム教に悪意を抱いていると判定できるものであった。なぜなら、コーランが明確に描かれており、かつ、損壊されていたからである。コーランの損壊事件は、わが国においても前例が見られたことである。なお、多数の悪意ある風刺画からこの絵を選択したのは、この表紙自体を利用した風刺画を描いた人物が逮捕されたことを思い起こすべきであるためである。ただし、フランス政府は、このような差別的な扱いを国内で進めたとはいえ、シリア内戦を利用した報復活動をエスカレートさせるということはしていない。国内外における区別は、フランス政府の外交の節度も意味するのだろうが(、わが国とは異なり)、事件の「黒幕」が影響力を行使しうる範囲の限界や、あるいは「黒幕」の影響力の減退をも意味するものと思われる。この影響力は、1ヶ月程度を経過した現在、フランス国内においても減退したと見ることが可能である。今回の風刺画の変化から、「黒幕」の影響力の減退を読み取ることは、さほど困難なことではない。
今回の風刺画作者のリス氏が嘘を吐いたにせよ※4、NHKの担当者が誤訳したにせよ、NHKが海外ニュースを大幅に取捨選択して報道する限り、日本語メディアという、全世界からみれば狭く閉じた世界において、一神教の神を悪魔化しようという試みが進行しつつあると警戒することは、疑い深すぎるという見方にはならない。「ふつう」という表現は、あいまいではあるが、ふつうのキリスト教徒やイスラム教徒は、プロビデンスの目をシンボルとする集団と自分たちとを区別している。私もプロビデンスの目を信奉する人物の知り合いなどいない。日本人の大半もそうであろう。全世界の大抵の人々もそうであろう。
しかし、日本語界隈では、マスメディアを経由する際に「一神教」という情報がいつの間にか混入した結果、このような常識的な庶民感覚は大きく損なわれ、誤解はネットを通じて拡大しつつある。誤解が蔓延しつつある状況は、日本が悪人たちの最後の楽園※5であり続ける上で、好都合である。同時に、然るべき地位にある者が誤解していたり拱手していたりする状態は、大多数の日本国民にとって、(国民)益にならないものである。浅薄な理解(誤解)と安易なラベリング(悪魔化)は、ときに、大がかりな事件を予防し得ない経過を生み出すのである。
※1 2ちゃんねる(sc)でも話題となったことは、まとめサイト経由で知ったので、そのまとめサイトのURLとともに示しておく。
【悲報】フランス人、また風刺画でイスラム教徒挑発・・・ : 【2ch】ニュー速クオリティ
http://news4vip.livedoor.biz/archives/52135166.html
【悲報】フランス人、また風刺画でイスラム教徒挑発
http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1451956617/
※2 仏 新聞社テロ事件から1年 特別号の風刺画で議論 NHKニュース(2015年1月5日 10時05分)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160105/k10010361211000.html
風刺画を描いたのは、みずからも襲撃を受けたリス編集長で、フランスのメディアに対し、風刺画は「神」を題材にしたものの、特定の宗派ではなく宗教を巡りテロが頻発する状況を表現したと説明しています。※3 エジプト | 国際テロリズム要覧(Web版) | 公安調査庁
http://www.moj.go.jp/psia/ITH/area/ME_N-africa/egypt.html
※4 日本の風刺画家の中には、軽率にシンボルを扱う者がいるかもしれないが、オーナーの素性や経緯などを考慮すれば、『シャルリ・エブド』という媒体の表紙において、意味もなく風刺画に特定のシンボルを利用することはあり得ない。むしろ、リス氏の説明に疑問を抱かずに、鵜呑みした報道を流すこと自体、ジャーナリズムとしては軽率であろう。
※5 last resortという名称は、本来、退避地とでも訳すべきかもしれない。
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