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2018年8月6日月曜日

(メモ)北朝鮮が日本の核武装に言及した

と『スプートニク日本』が編集部名義での記事[1]を昨日(2018年8月5日)にアップしたが、このことは、穿ち読みすれば、北朝鮮の弾道ミサイルが東よりも西へと向けられている可能性を示すものとも解釈可能である。わが国が密かに核武装を志向してきたことは、方々で指摘されてきたことであるから、説明するまでもなかろうし、最近の直下型地震が日本の核実験を意図するという指摘も散見されるくらいである。私は、すべての直下型地震が核実験だとは思わないが、最近の地震の中から核実験と認められる程度のマグニチュードのものを見繕ってみると、7月31日17時42分頃の福島県沖の地震[2]に行き当たる。仮に、この地震が核実験のデモンストレーションであったとするならば、ロシアや北朝鮮や中国が警告を突き付けることも当然とはいえよう。

このメッセージの中身が日本国とその後ろ盾である米国だけを牽制するものではないと解釈できる点は、メッセージそのものと等しく、重要であろう。核武装を実現・維持しようとする他国にとって、福島第一原発事故の始末を付けられていない(ように見える)わが国は、使いやすい資源である。私の見立ては、核武装への意思を有するわが国の一部勢力が他国の一部勢力と結んでいるというものに過ぎない。が、この見立てが正しければ、具体的にわが国と共謀している国名を特定しないとしても、私の予想は、まあまあ分の良い賭けになる。というのも、北朝鮮から見て、世界の国の多くは、西向きに多く分布しているからである(。まあ、それだけの根拠と予想でしかないと言うこともできようが)。

本来ならば、日本人は、自力で、一部日本人を含む両建てAチームにより進められた核武装という背信行為に気付き、反原発の声を通じてこの裏切り行為を非難し、全国民的な運動により原発ゼロに成功し、わが国が核燃料物質輸送の国際的な抜け穴となっているという脆弱性を解消し、他国の邪(ではあるが、同国の生存のためとしては理解可能)な目論見から距離を置けるように身を処すべきであった。しかし、日本人の大多数は、日常業務における様々なレベルの不正に対して実効的に反抗してこなかったし、この国民に蔓延する「見て見ぬふり」という脆弱性は、他国の情報機関によって、しばしば利用されてきた(のは、本ブログからも垣間見えることと思う)。原発ムラの住人たちは、なおさら、不正を黙認してきたであろう。多くの不正告発者が、謎の死を遂げているからである。原発業界の不正行為の中には、他国に密かに核燃料物質を輸出し、それと同量の劣化したプルトニウムを輸入するという作戦が含まれていたとしても、全く不思議ではない。なお、この推測は、あくまで二次情報を集成した結果に、ほんの少しの機転を加えたものである。日本語話者なら誰でも、ほんの少しの想像力の飛躍によって、私の推測と同様の結論に至ることが可能である。が、むろん、具体的な証拠に行き当たることなど、一般の人々には、期待しようもないことである。

繰り返しとなるが、現時点では核保有国として内外に認められるに至った北朝鮮が、わざわざ、わが国の核武装だけを取り上げて非難することは、わが国のみならず、わが国の一部連中と共謀関係にある他国をも牽制する効果を有する。北朝鮮がわが国の核開発だけでも十分な脅威であると主張するとき、米国を含めた周辺国は、その言い分を認める(に留まる)ことであろう。実際、北朝鮮の声明に先立ち、中国もロシアも、日本が核武装することが脅威になると警告している。今回の北朝鮮の警告そのものは、『スプートニク日本』の指摘するとおり、米国に向けられていると解釈すれば良い。米国を通じて日本に対する圧力を掛ける、という段取りであろう。ただ、さらなる解釈を許すとすれば、わが国の核武装への意思がいかなる理路によって今まで保証されてきたのか、それは単にアメリカという国だけによるものか、と考えておくことは、日本人(のサバイバル)にとって、全く、無駄なことではない。北朝鮮は、わが国だけを、核武装の意思がある悪役として非難し続け、米国に対処を求めるという形で、自国の要求を押し通すだけであろうし、中露の二か国は、北朝鮮を押し立てたり、必要に応じて、彼らの認めた事実を公表するだけであろう。しかし他方で、中・露・北の三か国とも、日本が単独で自国の核武装を達成できないことは、十分に理解していることであろうし、わが国と他国との核燃料物質の循環関係についても、それなりに把握していよう。その上で、わが国だけが核武装の意思有りとして非難されている。このとき、最後にバッサリ斬られるのが日本国(民)だけではないのかと、私は、心配しているのである。

今日という(トルーマンが広島に原爆を投下させた8月6)日に対する大メディアの論調を見れば自明であるが、多くの日本人にとって、人間なら誰もが賛同できるはずの核廃絶でさえも、他人事であるかのように、紋切り型(=平和が大事)に、情報操作されている。ましてや、多くの日本人にとって、被爆国だからこそ核武装が必要だと考えるタカ派上級国民たちの先走った行為に対する責任は、感じる機会すらもなかろう。日本語メディアは、出版事業までを含めて、日本人が知るべき情報を総合(=止揚)して伝えるという努力を回避してきた。連合国最高司令官指令(SCAPIN)に基づく戦後占領期の新聞検閲体制(プレス・コード、SCAPIN-33)などは、自主検閲=忖度の文化を派生させながら、実効的に日本の言論空間を統制してきた。論証を端折る(し、そもそも、知識の吸収がなかなか進んでいないのだ)が、この言論封鎖の中で、日本の核武装への意思は、十分に周辺国に気付かれながらも、いくつかの理由のために手出しされないまま、存続してきたものと認められる。仮に、日本国政府(の一部)が単独でこの目論見を達成しようとしてきたのであれば、必ずや、この試みは、早期に潰えていたことであろう。わが国の両建てAチームは、提携可能なパートナーとしての他国政府と協力する程度には、目端が利いている。しかしながら、本当に、この先、わが国は、核武装に成功できるのであろうか。国連憲章の敵国条項を、今のままで、出し抜けるとでもいうのであろうか。(当然といえば当然であるが、)これらの話を、一か所の論考で、人々に分かるようにまとめて示している論者を、私は、見たことがない。この言論の焼け野原状態を意識してようがしてまいが、一般の日本人は、自らの考察のみによって、政治的に、できる限り狡猾であらねばならないという状況に追い込まれている(。そして、私の知能がポンコツであろうがなかろうが、基本的に、私の論考が一般に入手可能な情報のみで構成されている以上、残念なことに、一般の日本人が一部の上級国民による核武装計画を知りませんでした、と抗弁することはできない。つまり、国民の多くがこの計画を知っていようがいまいが、一億総懺悔という道筋がデフォルトになろう)。


#とりあえず6日にアップするのが重要だと考えたので、段落書きがなっていないが、公表した。


[1] 北朝鮮、日本に「核の野望」と批判 - Sputnik 日本
(スプートニク日本、2018年08月05日 17:05)
https://jp.sputniknews.com/asia/201808055194189/

[2] 地震情報 - Yahoo!天気・災害
(2018年7月31日17時46分)
https://typhoon.yahoo.co.jp/weather/jp/earthquake/20180731174227.html

発生時刻2018年7月31日 17時42分ごろ
震源地福島県沖
最大震度4
マグニチュード5.4
深さ20km
緯度/経度北緯37.2度/東経141.3度
情報この地震による津波の心配はありません。

2016年1月24日日曜日

わが国における「テロの季節」の主役は、自称イスラム国ではなく、ネット右翼であり、スポンサーは「戦争屋」である

 わが国では、「テロの季節」の役者として、いわゆるネット右翼を登用するためであると考えられるが、彼らへの精神的ストレスが着々とかけられつつある。2ちゃんねる(本家)では、安倍晋三氏が「税金というのは国民から吸い上げたもので」と発言したことに対して、犯罪になり得る書込みがあるにもかかわらず、それらが放置されている(リンク)。前年末の従軍慰安婦についての日韓合意も、ネット右翼の一部などの大きな反発を受けている。現政権の合意に対する擁護的意見に対しても相当の罵詈雑言が投げかけられる状態にある。

 前記事(リンク)では、北朝鮮の核実験に対する日本国政府と日本国民との関係を考察したが、本記事では、北朝鮮政府と「戦争屋」の存在を考察に含めて、内容を更新したい。その準備として、まず、「戦争屋」の定義を行う。「戦争屋」とは、過去に「軍産複合体」と呼ばれた概念に近い用語であるが、範疇がやや異なる。「戦争屋」とは、軍隊や軍事産業に所属する人物のうち、無用な戦争や戦争への準備を通じて、過剰な私益を積極的に追求する目的を共有する人物らの深い交友関係・家族関係を指すと同時に、この関係に含まれる人物らを指す。従来の「軍産複合体」が退役軍人などの「弱い紐帯」による産業の裾野までも含むように、広義に用いられることとは、異なる概念である。国民の不幸を防ぐために、警察や軍隊は必要である。しかし「戦争屋」は、士業に要求される倫理を無視する連中であり、国民の差別意識を助長することにより無用な対立を画策し、低質な装備を高値で両方の陣営に供給し、不当な利益を独占的に享受することを目的として積極的に活動する。「戦争屋」の具体的な例として、経済団体連合会に所属する企業を挙げることができ、彼らの政治献金は、このような文脈でとらえられ、批判的に検証される必要がある。「戦争屋」とそのほかの軍事産業関係者を峻別する基準として、マッチポンプを図ったことがあるか、というものを挙げることができる。この点、石原慎太郎氏は、明らかに「戦争屋」である。尖閣諸島を国有化するとして彼をはじめとする「右翼」が寄付を募集した際、これに応募した人物らも「戦争屋」であるとみなすことができる。また、私は、以前の記事において、長谷川幸洋氏をこの系列に属す人物と見ることが可能であることを示した(リンク)。「戦争屋」という表現は、もちろん、ナオミ・クライン氏の提唱した「ショック・ドクトリン」に影響を受けており、古歩道ベンジャミン氏や(陰謀論という概念において彼と対立する)飯山一郎氏などに多用されてきたことを参考にしてもいる。なお、本段落において「戦争屋」を定義するに至った(恥ずかしい)動機は、定義の系譜について、まだまだ多くの調査が必要であるために、自分で定義することにより煩雑さを避けた、というものである。

 「テロの季節」は、中東地域などへの自衛隊派遣から利益を得ることを企図する「戦争屋」の計画であり、常套手段である。前年1月中の(後藤・湯川両氏の)邦人人質殺害事件やそれを遡る2013年のリビアにおける邦人企業人質事件は、それらの計画のために準備されたものである。今上天皇の前年の終戦記念日におけるお言葉は、戦争へと国を向かわせるにあたり、いわゆる偽計や謀略が用いられる危険性を指摘されたものであると理解することもできる。戦争により利益を上げることのできる集団は、人の生命が軽んじられる状態を意図的かつ継続的に作り出すことにより、人の生命を軽んじる状態の最たるものである戦争へと他国民・自国民の双方を駆り立てるのである。

 もっとも、中東地域への自衛隊の派遣は、ロシアのシリア政府への支援開始により、自称イスラム国※2の勢力が大幅に弱められたために、日本国民にとって現実味を失っている※3。今後も、何らかの形で自称イスラム国やアル・カイーダに連なる人物がテロ行為を企図することはあろうが、わが国では、この点において、人権問題となりかねない程度に監視活動が進められている。また、彼らの外見や母語がわが国におけるテロ行為に相当程度のハンディキャップとなっていることもある。日本人の協力者は、彼らの活動にとって必須であり、ゆえに、監視活動がより容易になっているのである。この容易さと、法治国家の根幹である法の遵守の精神を危険に晒しているにもかかわらず、仮に、イスラーム過激派とされる人物らによるテロ活動が達成されたとすれば、それは、9.11と同程度のテロを抑止すべき組織のお粗末さの表れと見なすことができることとなる。かと言って、未然にイスラーム過激派によるテロ活動が直前に抑止されたとしても、それは、当局への賞賛を集めることになりはしても、「戦争屋」の利益を増加させることにはならない。「戦争屋」にとって、イスラーム過激派の日本における利用は、労多くして益少なしなのである。

 自称イスラム国という役者の代役として、北朝鮮による核実験(から生じる対立)が用意されたものと看取することは、彼らの双方に財政的支援を施してきた「戦争屋」という集団が存在するという事実を理解しさえすれば、さほど困難なことではない。核実験において使用されたという水爆の件については、後ほど言及することになるが、核実験という行為そのものは、拉致被害を生じさせた王朝の後継者である金正恩氏への日本国民の反発を高め、日本国内における北朝鮮関係者への敵意を煽る効果を持つ。また、周知のように、いわゆる在日朝鮮人のコミュニティは、数十万の単位で存在し、外見も日本人と見分けがつかず、日本語をネィティブとして話すことができる。この条件※4は、日本国内におけるネット右翼の直接行動を全国的な脅威にまで広げる可能性を持つとともに、戒厳令を正当化する根拠となりうる。(もちろん、北朝鮮関係者がテロを実行すると述べているわけではなく、取締り側の論理として悪用される余地があると述べているに過ぎない。)

 北朝鮮や韓国への敵意を煽る人物らの財政は、新興カルト宗教や企業ゴロにつながる人物らの国際的な関係※5によって担保されている。これらの人物らは、おおむねアンダーグラウンド業界を通じて複数の事象に重複する形で関与し続けてきた集団であると考えて良い。北朝鮮に対する敵意が結果として国際的な利益共同体を潤しているという考え方は、論理上、否定できないものである。もちろん、北朝鮮による拉致被害は、紛れもない犯罪であり、国家のみが解決できるものである。そうである以上、国民は、輿論の構成を通じて、国家に圧力をかけるべきではある。しかし、現政権は、口だけは達者なように見えるが、実際の解決に向けた努力を重ねているようにはとても見えない。このとき、拉致問題の解決の先送りと、それに伴い生じる日本国民の対立感情は、日本内外の軍需産業にとって利益創出に利用できることに気が付けば、現政権と国内外の軍需産業との間に金銭上の共同関係が存在していても矛盾しないことに気が付くはずである。防衛省、自衛隊そのものにではなく、軍需産業という利益集団に注目するとき、韓国との従軍慰安婦合意や、北朝鮮による「核実験」などのそれぞれは、ネット右翼を吹き上げさせるための手段であり、わが国や他国の軍需産業へと最終的に利益を誘導するための機能も同時に果たしうることが分かる。北朝鮮を国民が非難することは、北朝鮮を批判するという本来の目的を果たすことにもなるが、同時に、政権中枢と関係性を有しうる利権集団に手を貸すことにもなりかねないことでもある。仮に、北朝鮮を批判するのであれば、「戦争屋」をも批判しなければ、一国民としては、国民益に適うように行動したとは言えないのである。

 実は、北朝鮮との対立によって利益を受ける層は、閨閥を通じて、政権中枢と一体化している。安倍晋三氏の兄は三菱商事に勤務している。同社の取扱商品が軍需品であることに留意すれば、ここに明確なコミュニケーションが存在せずとも、お互いの存在を意識した連携(阿吽の呼吸)が存在するとみなすことに、何ら問題はない。広瀬隆氏は、わが国における閨閥の広がりを『私物国家』に示し、海外においても同様の閨閥が広がっていることを『赤い楯』において示した。閨閥に着目する方法は、広瀬氏の前後にも類例があるが、それら類書については十分に目を通していないので、この話については、別の機会に改めてまとめることとしたい。これらの家族・社会関係に注目するとき、金正恩氏の「スイス留学」は、われわれ一般庶民の知る社会関係とは異なった国際的な関係を構築することに寄与していることに気が付くのである。

 ここで、北朝鮮により使用されたとされる核の性質に注目しよう。この「水爆」は、わが国の安全保障にとって、深刻な意味を有するものである。なぜなら、大槻義彦氏が重水素や三重水素の量を少なくしつつも核融合の生じる条件(ローソン条件)を満たすという実験を実施した可能性(リンク)を指摘し、また北朝鮮がロシアなどからその条件を満たす水爆の製造方法を導入した蓋然性(リンク)を指摘しているが、北朝鮮の核実験の結果は、この定性的な推測と、何らの矛盾を来さないからである。タングステンの外殻により、少量の重水化リチウムでも爆縮による圧力上昇を可能とした水爆がすでに存在することが指摘されている(飯山一郎氏、リンク)。無学なネット民がTNT火薬換算の計算を誇らしげに提示し、嘘であると断定しているようであるが、私は、大槻氏や飯山氏の見解を受け容れることに、定性的な問題がないと判断する。このタングステン水爆なるものは、飯山氏の情報源によれば、大きさがスーツケース大であるという。その大きさでM6程度のエネルギーが出せるということは、9.11級のテロ事件の実行が相当程度、容易になったことを意味する。わが国は、北朝鮮人脈・金脈の存在と(中国経由の多量の)物流の存在ゆえに、このクラスの攻撃をいつでも受ける可能性を有するに至ったと見ることも可能である。前記事(リンク)では、北朝鮮に対する非難が北朝鮮によるわが国の放射能禍への言及となって返ってくるリスクについて述べた。しかし、このタングステン水爆の存在を前提とすると、一般人にとっては、わが国の放射能禍を非難されるとしても、タングステン水爆の存在を非難することが重要であることのように思われることは、至極もっともではある。

 しかし、ここで留意すべきは、(タングステン)ミニ水爆が真に北朝鮮国内で製造されたものであるのか否か、北朝鮮がわが国から得ている利益がどの程度であるのか、という二点である。この二点の読みが異なると、今後のわが国が取るべき対応について、まったく異なった見解を得ることになろう。わが国にとっての北朝鮮問題の解決のためには、後者が重要であるが、本記事の焦点は、前者(国内での製造)に専ら係るため、この点だけを考察することとしよう。北朝鮮国内の(人的・物的)資源によりミニ水爆が自律的に製造可能であるならば、北朝鮮は、いわゆる「戦争屋」との関係を断ち切ることすら可能となったと言える。他方、今回、ミニ水爆が外国から搬入されたものであるならば、主導権は「戦争屋」の下にあることになる。

 私が恐れることは、逆説的な表現に聞こえるが、「戦争屋」にのみミニ水爆の製造が独占されている状態である。「戦争屋」は、自身の利益のためであれば、随意、誰にでもミニ水爆を拡散するであろうからである。ミニ水爆の製造工程が一貫して北朝鮮に独占されていた方が、むしろ、従来の核不拡散体制にとっては好都合である。北朝鮮もわが国も、北朝鮮とわが国とが共存する方が両国にとって長期的な繁栄を享受できる可能性が高くなる、と読んでいるであろう。北朝鮮がわが国の経済から大きく利益を享受しているのであれば、北朝鮮が核兵器をわが国に対して使用する状況は、よほどの場合に限定される。なぜなら、北朝鮮がわが国の経済から得ている恩恵が小さなものであっても、核兵器の使用は、戦争へと至るものであり、国際的な侵攻を自ら招くものとなるからである。北朝鮮が製造を独占している場合、ミニ水爆の流通自体が避けられることになる。なぜなら、ミニ水爆が使用されたとき、製造者である北朝鮮までもが制裁の対象に含まれるからである。製造者である北朝鮮は、慎重に、提携相手の理性を判定し、供給先と北朝鮮との利益が合致するときにのみ、ミニ水爆を提供するであろう。このとき、「戦争屋」と北朝鮮とが恒常的に連合するとは考えにくい。なぜなら、刃を売主にも向けかねない「戦争屋」に、不用意に刀を与える製造者はいないからである。必ずや、何らかの歯止めをかけて供給することになる。長くなったが、いずれにしても、北朝鮮の手によりミニ水爆の製造工程が管理されている方が、逃亡先を複数所有する「戦争屋」が独占しているよりも、ミニ水爆は不拡散状態を維持できるのである。

 このような「危機」に際して、戦後のわが国は、ほとんどいつも、「何もしない」ことを基本的方針としてきた。この方針は、意図的であるか否かにかかわらず、結果としては変わらないものである。今回も、つまり、核実験という武力を想起させる北朝鮮の行動に対しても、わが国は、中身を伴う対立の昂進を避けるため、従来の制裁内容を超えるような、北朝鮮に実効的なダメージを与える方法を取ることはないであろう。実際に、核実験後2週間を迎えようとしているときに、わが国は、周辺諸国との協議を行うことを外務大臣が述べているに留まる状態である※6。問題の深刻さに比較して動きが鈍いように見えることは、好意的に解釈すれば、核実験という推移に対して非難以上の具体的な策を講じることの無益さを政府が理解していることをうかがわせる材料であるし、悪意をもって解釈すれば、単に無能・無策を疑わせる材料である。いずれにしても、北朝鮮という国に対して、わが国が大きな動きを作ることは考えにくいことである。

 問題は、政権の中枢にまで食い込んでいる「死の商人」ネットワークの手に「ミニ水爆」の製造技術が握られており、核実験の実施によって恩恵を被る北朝鮮に「ミニ水爆」を提供した場合である。この場合、わが国は、とことんまで搾取されることになる。また、この場合、「北朝鮮の脅威」を大義名分とした政権の私益追求に対して、わが国の安全を担保すべき部署が「待ったをかける」ことができていないことになる。この安全保障部局が有効に機能していないという状態が事実であるとすれば、この状態は、諸外国の安全にとっても大きな脅威となる。なぜなら、わが国を養分として、「戦争屋」が生き延びるための利潤を上げ、次なる「ミニ水爆」の提供をいずれかで図ることができることになるからである。

 今回の核実験に対して「国民から見て有効な手立て」を政権が実行しないことは、「テロの季節」を準備するということにも寄与することとなる。対立から利益を得る「戦争屋」にとっては、(核の装備を世界に向けて宣言できる)北朝鮮にも恩を売ることができるし、一石二鳥の企画なのである。弱腰に見える政権の対応は、北朝鮮の対応がどうあれ、国内の不穏分子を感情的に高ぶらせることにも役立つ。この結果、ヘイトスピーチが勢い付き、「戦争屋」に所属する(たとえば)櫻井よしこ氏の手を離れるようになると、櫻井氏にとっても離脱する契機が生まれる。後は、つかず離れず、燃料を投下すれば、勝手に吹き上がり層は爆発することになる。従軍慰安婦合意に対する櫻井氏の安倍晋三氏への擁護は、このような効果を狙ってマスコミに流されたと見ることが可能である。

 こうしたとき、戦争を避けるためには一定程度の対策を必要だと考えつつも、平和への努力を惜しむべきではないと考える穏健派(ハト派!)は、いかに考慮すべきであろうか。社会は、これらの吹き上がり層をスルーすることが基本である。刑事司法機関は厳正に事に臨み、あらゆるネット右翼を、少なくとも従来の極左と同程度の重点的な取締の対象とすべきである。社会が冷静さを保ち、刑事司法機関の厳正さを期待し、刑事司法機関が社会の付託に応じることこそが重要である。こうしてこそ、たとえテロが起きたとしても、その余波を乗り切ることができるようになるのである、と私は考える。

 最後に改めて、まとめておこう。前記事において、私は、北朝鮮が核実験に際して、福島第一原発事故による汚染に言及しない代わり、核実験についてはガタガタ言うな、というメッセージを発していたのではないか、国民がガタガタ言うのは愚策である、と推測した。北朝鮮と「戦争屋」というプレイヤーを新たに考察対象に加えると、次のようになる。騒ぐなという北朝鮮のメッセージを日本国政府が無視して非難を加えたことは、(1)「ミニ水爆」が「戦争屋」製造のものであるとしたら「戦争屋」の思う壺であり、騒いだ日本国民は、自らの首を一層絞めたことになる、(2)北朝鮮単独による開発であれば、北朝鮮と日本国政府との「心理戦」において、日本国民がほどほどに騒ぐことは、日本国政府にとって一枚の手札になりうるものの、度を過ぎて騒ぐと、放射能禍を逆に突き付けられる材料となり、やはり愚かということになる。なお、放射能禍を指摘する「危険厨」は他国の謀略に乗せられているという認識が存在しており、「危険厨」は売国奴であるという指摘が存在することは承知しているが、「危険厨」の指摘が正しかったとき、「危険厨」が売国奴であると指摘した者こそが売国奴であったことになることは、今一度、指摘しておこう。


※1 ただし、「税金吸い上げ」発言は、発言のなされた木曜日から3日経過することになるが、わが国のマスメディアでは、まったく報道されていない。SNSや掲示板においても、安倍政権に対する反対派のみがこの事実を取り上げている。2016年1月24日時点のツイッターまとめサイト『Togetter』は、多くのネット右翼がまとめを作成しているものの、この発言についてのまとめは一切見られない。これらの事実は、報道統制がなされていること、同時に、自由に見えるSNS界隈において、相当程度の(政治上の)ステルスマーケティングがなされていることをうかがわせるものである。

※2 「自称イスラム国(so-called Islamic State)」という表現は、BBCも良く使用する。欧州において、「自称イスラム国」の出自がバレていることと、また、その壊滅時における報道責任の回避のための表現であると思われる。この事情がわが国の報道機関にも適用されうるのか否かは、未調査である。

※3 ロシア外交について、多少の動きがあるように報道があるが、この点をふまえたロシア外交が必要であろう。なぜなら、自称イスラム国の脅威を減じてもらったという事実によって、第三者的な視点からみれば、日本国民は、ロシア国民に借りを一つ作った状態にあるためである。

※4 むろん、北朝鮮関係者の全員がテロの容疑者であると言うつもりはまったくない。戦争やそれに準じる状態から金銭上の利益を得る集団にとって、より大きな利益を得るための環境や条件を合理的に追求すれば、このような結論を得ることが可能であることを指摘したいだけである。

※5 これらの人脈が他国籍・多国籍にわたることは、それなりに知られた事実である。たとえば、「右翼」の発言者として著名な櫻井よしこ氏の出自について、副島隆彦氏は、台湾出身であることを述べている。この事実が公表されてしばらく経つが、櫻井氏自身が正式に抗議したという話は聞かない。ゆえに櫻井氏の出自が事実であるものと推認することは、相当に合理的である。櫻井氏は、アメリカ国内にも人脈を有する新興宗教に深い関係を有する報道紙の記者出身である。

※6 岸田外務大臣会見記録 | 外務省(平成28年1月19日(火曜日)8時37分)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/kaiken4_000291.html
先日行われました日米韓の次官協議におきましては,この制裁,国連安保理の決議の採択に向けて協力することを確認し,是非,3か国で協力をしながら議論をリードしていこうということを確認いたしました。
 中国やロシアとも協力していくことも確認されたわけですが,その後,決議に関しましては,関係国の間で二国間の働きかけ等が行われている状況です。引き続き様々な働きかけが続けられているという状況で,まだ何も具体的なものは決まっていないと承知をしています。

2016年1月23日土曜日

情けは人のためならず:北朝鮮の核実験を日本国が非難するとブーメランになる

渡部真 on Twitter: "SPEEDIの情報が発表された事に関して、「原発事故の時は隠したくせに、今回は速攻で出してきた」と憤りツイートが散見されるが、皮肉を言いたくなる気持ちはわかる。ところで、その多くは放射線量0を目指すべきという主張者だと思うのだが、そもそも北朝鮮の核実験そのものを批判してるのかな?"
https://twitter.com/craft_box/status/685027272525365248

フリーランス編集者の渡部真(@craft_box)氏が北朝鮮の核実験について上掲リンクのように言及していた※1のを、偶然見かけたが、この点について、含むところがあり、私自身の見解を以下に示すこととした。

私自身の北朝鮮の核実験に対する考え方は、次のようなものである:3.11以前ならば、あるいは、福島第一原発事故後であっても、言葉の上ではなく、現実に事故の影響を封じ込めることに成功していたならば、一人の日本国民として、非難を行うことは可能であった。しかし、事故の封じ込めに実質的に失敗している現時点では、批判することはブーメランとなるために止めておくべきである。他国を批判できるだけの資格を有する状態に自国を保つことが、国民の第一の道義的責任である。よって、北朝鮮に対する個人的な非難は、二の次にならざるを得ない。

また、国際社会の視点から見れば、わが国には、非難を控えざるを得ない事情がある。福島第一原発事故は、ロンドン海洋条約に違背し、アメリカ大陸にまで及ぶ広域な汚染を生じさせている。このために、自らの身を律さない形で北朝鮮を非難することは、対日包囲網に逆用されかねない。現状の「アンダー・コントロール」は、俗に言うブーメランになりかねないのである。北朝鮮は、もちろんわが国にとっての仮想敵であり、拉致被害を生じさせ今も解決しない国である。しかし、彼らは世界の警察を自認するアメリカ合衆国の黄金時代を相手にしながら生き延びてきたわけで、決して、現時点のわが国ほどに愚かではない。むしろ、非難を提起することは、わが国が先に滅亡へと至る一手となるという危険性を持つのではないか。北朝鮮がアメリカの放射線量測定データ、世界規模の放射線データ、世界の風向データの三者を用いれば(そして、これらはすべてオシントである!)、容易に対日非難を提起するための材料を構成することができる。これに対して、調査捕鯨に係るエビデンス論争でさっくり敗北したわが国の官僚チームが対抗できるとは、私には、とても思えない。いずれにしても、福島第一原発から未だに放射性物質がだだ漏れであることは、多くのニュースが明かしているところであり、挙げる必要はないだろう。

ある国において、国民が他国を罰するよう権力者に圧力をかけることは、その国の権力者にとって、手札の枚数を一枚増やす効果がある。ただし、国民がどうこう言うことは、所詮、その程度の効果しか持たないものでもある。よって、現実主義者の日本国民ほど、先の核実験については、本来、沈黙せざるを得ないのである。それに、現在の日朝関係をふまえれば、残念ながら、北朝鮮という国を、日本国が単独で能動的に変革させることは、まず無理である。(北朝鮮が変革することがあれば、それは、北朝鮮が望んでのことであろう。イニシアティブは、向こう側にあると考えるべきである。)もし、それだけのことができると主張する者がいたとするならば、なぜ、昨年(2015(平成27)年)11月4日の中央線に対する自転車投げ込み事件くらい、解決できていないのか?と問うておこう。(あの事件は、ある建物とある建物の近辺である。何なら動線上である。)国交のない国による、日本国内での活動を効果的に抑止できていないのに、どうして、相手国を困らせ、こちらの言い分を飲ませるような交渉ができるのだろうか?これが、「対外関係にまったく影響力を有さない個人である私」の当座の結論である。残念ながら、外交力という点では、北朝鮮の方が一枚以上上手かも知れない、と私は見ている。

本件で以上のように私が述べたことに対して、敵対的な感情を覚える日本人は、核実験後の今こそ、なぜ、金正恩氏が年頭演説で日本国について言及しなかったのかについて、考えてみるべきである。この課題は、時間切れとなったテストへの解答を、先生にヒントを出してもらって解けるように訓練する演習問題に相当するものと考えられる。本来の外交のプロならば、言及しなかったことをもって、核実験を実施することを見抜けていたのかもしれないな、と妄想してみているところである。よって、私自身は、後知恵は出たけれども、プロにはなれないな、と勝手に得心している。では、私の解答を記そう。金正恩氏が年頭演説で日本国について言及しなかったことは、「日本に言及しなかったのは、お前ら日本も俺らに言及するなよ。」というメッセージだったと解釈するのである。プロならば、メッセージなしという状態に対しても、他国同士の外交などにおける前例を通じて、北朝鮮が何かするというシグナルだと解釈できた可能性もあるのであろう。このように考えてみると、北朝鮮の「無視」は、実は、福島第一原発事故に不言及であったという温情であったと解釈することも可能なのである。

以上に記したような、日本国民として沈黙した方が益があるという意見は、公開情報のみを元にして、私が達した結論である。しかし、この結論は、他国との関係を解釈したときにのみ必然的に得られるものでもある。このような難しさを、国際関係は有している。しかしながら、今現在、わが国の民度は、著しく低下しており、「北朝鮮を批判しない者は非国民である」くらいの勢いまで、一部の愚者たちの意見が達しようとしている。それゆえに、外交関係に影響力がなく、当該国の知己もおらず、非力な一個人であるという身分を生かして、日本国民(一部上級国民の利益を除く)の利益になるよう、解釈を試みた次第である。

最後に強調しておきたいのは、わが国は、風下となる多くの国に迷惑をかけている状態にあることである。日本人だけが滅亡するのであれば、日本人としては、自業自得、諸行無常である、と言いうる余地はあろう。しかしながら、他国民への不当な暴力は、国際関係に生きる現代の帝国主義者である一個人ならば、断固拒否すべきである。なぜならば、現代の国際関係は、他国への暴力を看過するほどに間抜けなものではないためである。そのような暴力は、相応の対応策がなければ、必ずや、自らへと熨斗を付けて返礼されることになる。これは、単に、現代が帝国主義の時代であるという命題を受け入れれば、演繹的に導出できる定理である。私が個人の考察を公にしたのは、惰性で公開情報から中国共産党や北朝鮮や韓国やロシアや日本共産党や各種極左やオウム真理教の動向(だけ)を解説することだけが国民の安全を保護するための仕事ではない、ということを強調するためである。わが国(厳密には東京電力)は、偏西風の助けを借りて、北からカナダ、アメリカ、メキシコの三か国に放射性物質を散布したことになる。この点をゆめゆめ忘れることがあってはならない。私の義母がメキシコ産やカリフォルニア州産のブルーベリーを購入してくることに対して、私は困っている。誰かの表現を借りると、「まさにブーメラン」、因果応報なのである。

※1 ページタイトルに全文が含まれるのは、わが国の著作権法における引用との整合性に苦慮する。




参考

本記事は、(正式名称すら未確認だが)公開情報の分析センターの発足にインスピレーションを受けて記したものでもある。はっきり言ってお笑い草なのだが、私の記事を確認いただいたことのある国は、ロシアとアメリカのほかには、ないように見える。この状態のどこが、「公開情報の分析に力を入れる」なのであろうか。これは直感に過ぎないが、日本国の「オシントセンター」は、NSAに40周くらいの周回遅れの「テキントセンター」になりそうな気配が濃厚である。オシントの基本は、正統な知識である、と私は信じる。この点、たびたび取り上げるが、佐藤優氏のMCMC理解は、この点を十分に心配させるに足る傍証である。彼が鳩山氏の解説に際して自信満々であるほどには、私の側に材料が十分とは言えないので、この点は、準備が必要だが、私の鶏頭が機能している間に取り上げてみたい話である。某掲示板における某スレッドにおけるやり取りを見る限り、ロシアとの関係を騙る日本語話者の詐欺師たちを一掃するための試金石ともなりそうだからである。

なお、アメリカは、本記事を収集しても、インデックス化しただけかも知れないという点、残念に思っている。ロシアの意図は、私には分からない。RTの記事を紹介した日本人ということで、もれなくご確認いただいているのだろうか。日本人の知的水準を量る目的があるとすれば、日本人は、ニートまっしぐらレベルの者で、この程度の文章をものしている、と胸を張ってみせるとともに、ご覧いただいたことに感謝を申し上げたい。決して、私は、日本国が敵とみなしている存在に塩を送っているわけではない。なぜなら、これらの文章は、すべて日本語で記しているからである。翻訳と解釈という、二段階の作業がロシア側には求められるのである。ただ、本ブログが日本語で記されているのは、私がロシア語を学ぶときにキリル文字がまず頭に入らないことによるためかもしれない。ロシア語の学習をそこから始めなければならないのが、大多数の日本人の状態であろうが、私もその中の一人に過ぎないのである。

話ついでに記しておこう。すでに同様の考え方に到達した先人も多そうに思われるのだが、仮に、アポロ11号の報道なかりせば、キリル文字は、より多数の日本人に学習されていたかも知れない。この点は、科学・技術・社会論(STS)においてより深く探求されて然るべき課題であると、私自身は考えている。ただし、同時に、本件は、あまりにもセンシティブな話題であるために、もう少し時間をおいて、正確な事実を確認しようとしても○されない状況が醸成されてからの後であっても良いかも知れない、とも考えている。昨年末のスタンリー・キューブリック氏のインタビュー映画は、このような状況を作り出したのである。リトビネンコ氏暗殺の話と関連していたら、これまたややこしそうな話である。

(耕論)非情、対テロ情報戦 吉村郁也さん、エフライム・ハレビさん
2016年1月22日05時00分
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12171305.html




2016年2月15日追記

今更、知ったことは、明らかに踊らされていたことにもなるので、少しばかり癪ではあるのであるが、以下の記事を読んだ。米露の両国ともにおいて、知性ある人々が専門分野を違えつつ組織的に活動していると、わが国との違いが際立つということが、よく分かる内容であった。わが国には、科学を酸いも甘いもかみ分けて理解できるという情報組織関係者は、いるのであろうか。わが国の情報組織に関係を有する理系関係者は、専らが情報系の研究者であり、ある種のスキーマ(ここでは先入観とも言い換えられよう)から自由でないように見受けられる。情報系の研究者は、その道の専門家ではあろうが、STSについてのセンスが決定的に欠落している人が大半であるようである。某集団なんて、色々含んだ上で反論している人たちの集まりではなく、むしろ、根が純真で、その分、外国の利益のために都合良く利用されている人たちの集まりではないか、と疑いを入れてしまうのである。

Moon Landing Hoax? Russian Official Wants Apollo Mission Investigation In Wake Of US FIFA Corruption Arrests
http://www.ibtimes.com/pulse/moon-landing-hoax-russian-official-wants-apollo-mission-investigation-wake-us-fifa-1973640




2017年4月14日追記

#この追記とともに、文意が通りやすいように語句を修正し、HTMLのBRタグをPタグに変更するなどしてレイアウトを調整した。

今更であるが、2015(平成27)年11月4日の中央線への自転車投入れ事件の犯人である法政大学2年生の学生(20)が翌年2月4日に麹町署に逮捕されていたことを、14日中に知った。上記の追記は、逮捕直後と言って良い時期であるが、知らずに記したものである。私が本稿を通じてマヌケさを晒した様子は、本追記により後世に分かりやすい形で残されるであろうが、それは自業自得というものであるし、修正したことを明記する方が私のポリシーに合うから、やむを得ない。明記して残しておく。

ただし、本記事において念頭にあったのは、2015年11月時点で同時進行していた「ぱよちん事件」であり、北朝鮮に対するわが国の公共安全リソースが優秀であるとされることに対する疑問であった。「ぱよちん事件」に係るネトウヨ界隈の憶測が仮に正しく、わが国の公共安全関係者が御用筋や身内から指摘されるように優秀であるとするならば、朝鮮総連のお膝元と呼べる場所で生じたテロ紛いの事件を、スピード解決できない訳がない。これが、本記事(の本文)の意図であった。そのように読める文面となっていることを期待する。

私自身が通常のオシントの定義にあるような継続的な定期刊行物の収集作業を怠ったことは確かであるが、私の職責は、政府の行政職員や技術職員のようなルーティンワークを漫然と無償で行うことではない。正当で役に立つ知識を形成し、あるいは取り揃えることである。それに、私が自信を持って物事を指摘するとき、その重点は、(あるいは、仮に、私に期待されていることがあるとすれば、それは、)人命の保護を目的とする研究分野に必要とされる知識体系を、日本語で公開することにある。踏み込んで表現すれば、本ブログの社会的使命は、行政職員や技術職員や学識経験者の知的怠慢を追い込み、その職務に緊張感を持たせることにある。公務員に対する健全な批評は、競争原理の作用しにくいこれらの職業人にとって、より良い状態を目指してもらうために不可欠な力である。

防犯環境設計をかじった者から見れば、中央線の自転車投入れ事件が発生したこと自体は、わが国の都市計画と警備警察の敗北そのものである。また、逮捕にこぎ着けたこと自体は、刑事警察?(ネットに散在する報道のコピペを漁る限りでは、警視庁麹町署とのみ表記がある。同署は、土地柄、公安警察の重要な拠点である。)の実力として評価されるべきことと思われる。が、これは単なる部外者の感想である。ただ、仮に本件が国際的に懸念されているようなテロ事件であったとするならば、3カ月という期間は、外国に拠点のある犯人を逃し、犯行の証拠を隠滅されてしまう上で十分な長さであろう。この期間の長さは、容疑者の所属していたとされる芸能事務所ゆえか、はたまた、私による見込み違いと同様、北朝鮮やぱよちん事件に関連した事件であると誤解したためか、私には確認しようのないことである。

法政大学の学生、JR中央線へ自転車を投げ込んだ疑いで逮捕 : J-CASTニュース
(記名なし、2016年02月04日)
http://www.j-cast.com/2016/02/04257546.html




2017年9月7日訂正

2017年4月14日追記分における記述を訂正した。当時、私に取り得た方法は、(1)何も言わずに訂正する、(2)修正せず放置する、(3)明記して訂正する、の3通りであった。このうちの、(3)明記して訂正するという方法を採用した、ということである。