TPPについては、一定の時期まで、リークによるほか、情報を入手する手立てはなかった。TPPの秘密性は、追試可能な論理性を追究するという学者の本分とは、真っ向から対立する特徴である。この点、私を含め、TPPにより影響を受けると目される分野の研究者の大半は、沈黙を守ったが、沈黙によって黙認したことになる。その沈黙がどのような理由(無知、怯懦、利権、あるいは学者としての本分を守ること)であれ、日本国民の利益に反し、日本国民としての本分に適わない態度であったということはできるだろう。
ところで、TPPの秘密性は、陰謀論的な見方からすれば、将来の日本人社会における混乱に向けての布石と見ることもできる。TPPは、いわゆる1%のための条約であると表現されてきたが、むしろ、わが国の1%のうちの1%により構成される、真の意味でのグローバル産業の発展を主目的とすると理解した方が良いかも知れない 。1%による統治は、ごく最近の事例で言うとBlendyミルクコーヒー(下記)のCMにあるようなディストピアを現出させないとも限らない。しかし、99%にとってのディストピアは、1%の大半にとってもディストピアともなり得る可能性を失念してはいけない。下には下があり、それは、わが国の歴史を見れば、容易に想像の付くことでもある。
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わが国の安全保障環境を担保するソフトパワー(端的には、社会の各人が各人の地位にふさわしいプリンシプルを保つという一所懸命の思想。)が脆弱であるという状態は、将来におけるTPPを原因とする混乱の大前提となる。その上で、「下には下がある」状態として「アラブの春」を想起すると、TPPにより引き起こされうる混乱の状況を想像することができるようになるかも知れない。今夏、SEALDsの安保法制に対するデモ活動は、広く報道されたが、学生の組織的なルーツや資金繰りについての疑念が代表する※2ように、その背景には不明な点が多く残るのも事実である。他方、「アラブの春」は、今では、指導者層の不正に対するリークが活動の烽火となったこと、西欧から、相当な技術的・人的・資金的援助がなされたことが(その筋では)広く知られている。
※2 SEALDs運動とは何だったのか - 社会は動かしたが政治は動かせなかった : 世に倦む日日
http://critic20.exblog.jp/24745155/
「アラブの春」から、わが国は、次の二点を教訓として引き出すことができる。一点目は、将来展望のない暴力は、無政府状態を引き起こすということである。二点目は、権力者の不正をリークする行為は、結果として暴力に至る連鎖を喚起しがちであるということである。一点目については、少なくともリビアにおける顛末を見る限り、穏健な抗議が暴力に終わるというコースがあることは否定できない※3。また、以前のイラクが抑圧的な国であったとことは確かであろうが、現時点のイラクは、100%のイラク国民にとって、状況が明らかに悪化している。それは、米国の前政権がフセイン政権打倒後の構想に乏しいまま、攻撃を開始したためである。二点目についてであるが、現在のイラクの惨状は、もたらされた偽情報に踊らされたゆえに始まったものであり、真偽のほどに疑問符のつけられた事態は、シリアの化学兵器の事件の一部についても指摘されてはいる。
※3 端から混乱を狙ったという説もある。
現在の時点では、国家のみが最低限の安全を国民に保障できるのであり、グローバル企業が1%の安全を完全に担うことは、まだ困難である。民間軍事企業が現在よりも充実したサービスを提供できるようになれば、相当程度まで1%の安全を確保することは可能であろうが、いったんそうなれば、ローマ帝国の衰退期における近衛隊のように、民間軍事企業たちが自分たちの都合に応じて皇帝の首をすげ替えるということになり、弱肉強食の世界が現出するであろうから、1%の安全が保たれ続けることは、やはり奇跡のようなものである。先月末の第70回国連総会において、オバマ大統領演説に真っ向から反論する形で※4、プーチン大統領は、まず、イラク・リビア・シリアの三か国における主権を確立・回復させる必要があると主張し、後にシリアに介入した。この介入に対する追加制裁の声は、アメリカをベースとするマスメディアから聞こえてくる程度であり、全世界的な流れになっていないようにも見える。また、前後して、イスラム国が資金難のために兵士の給与を切り下げ、その結果、士気の下がった兵士が離脱するという循環が生じているという報道が出ている。これらの報道は、全体として見れば、世界の共通認識がプーチン大統領に近いものであることを示唆するものに見えてしまう。シリア難民の処遇にEU諸国が非常に難儀しているところもこの見方を補強する材料である。
※4 オバマ大統領の演説直後に原稿を調整したものと予想される。現在の世の中は、この程度に展開が早いものだという感を強くする一幕である。
現在の世界における1%の安全は、従来からそうであったように、利益の相当部分を1%と同じくする国家が、その国民に対して生命という無限責任を課すことにより保たれている、と考えるべきである。現在の米国における富裕層は、米国の軍事力つまりハードパワーにより、他国に属する脅威から庇護されている一方で、資金(寄付)や発言力等に代表されるソフトパワーを米国のために一定程度支出しているのである。現代社会において、傭兵だけに安全保障を依存する富裕層を仮想してみても、彼または彼女が有り金をすべてむしり取られずに充実した人生を全うできるとは考えにくい。
この富裕層と国家との共生関係が過度に進み、99%がその分け前に対して不満を蓄積させたとき、周到に用意されたリーク情報は、革命へのきっかけとなる。99%の不満が富裕層と結託した政府に向かうときの構図は、共産主義の階級闘争理論に他ならない。日本語のマスメディアでは報道されていないようだが、「アラブの春」は、このように見ると、階級闘争理論に乗る古典的な話である。しかし、1%が庇護されているはずの国家から富を収奪し移転させているという情報と併せてリークが行われる場合、99%の怒りの矛先は、国家にではなく、1%に対して向けられうる。少なくとも、わが国では、このような形で怒りが1%に向かった事例は、時代を超えて、いくつも見出すことができる。ゆえに、後者のケースも古典的ではある。
今回、TPPは、農林水産業などに代表されるように、明らかにわが国の国益を毀損する方向で締結を宣言されたわけであるが、今後、詳細な経緯とともに担当者の氏名が明らかにされたとき、わが国では、それらの担当者の無能振りに対して、大きな怒りが呼び起こされる可能性が高い。他国の要請に対して、聖域のない形で決着を見た(と宣言された)からである。将来、大多数が納得できる形で担当者の行為が咎められない限り、わが国においても、第二のアラブの春が生じることを否定することはできない。その結末として、他国の利益になる国内の無秩序というケースもあり得る。
このような拙速な締結を急いだ担当者の中には、おそらく、大企業に勤務してきた者が含まれる。企業に明らかな利益をもたらす条約締結を急いだわけであるから、その担当者の行為は、明らかに、企業犯罪の一種である。どのような態様であるのか、検討しようがないので詳細な検討は別の機会に改めたいが、いずれにしても、犯罪の一種であることには、間違いないであろう。ただ、政府の意向に沿って進めたという主張は、秘密交渉である以上、どのように証明できるのであろうか。結果が結果であるだけに、人民裁判という経路も否定できない。いずれにしても、TPPは、わが国が法治国家であり、民主主義国家であるという原則から外れる経緯の元に締結されたと結論できるであろう。
最後に、本記事をパラフレーズする形で警告をまとめておきたい。
今後にリークされるTPP関連の情報は、わが国社会の混乱を増幅させる目的で発出されるものである可能性が認められる。これに対応する方策には二種類あり、国内の不満が抑制される程度の富の再分配か、または、国益を無為に毀損した関係者の適正な処罰である。いずれもがない場合、わが国では、歴史に鑑みて、流血の事態に至る可能性が高い。このような事態に至った場合、政府機能のさらなる脆弱化が進み、最終的には、1%が他国に移転・寄生するという形で政府機能が失われる、という経路で、無政府状態が生じる危険性が懸念される。このような事態を避けるために、治安担当者は、今後の社会の動向を注意深く、かつ、主権者たる国民に対して誠実であるように、1%と99%の動向をともに把握しなければならない。
#誤解してほしくないのだが、私は、TPP締結が米国民の大多数の利益にもならないと考えている。特に、今回のように、フロマン代表のみが笑顔であり、他の締結国の代表が一様にこわばった表情であるという記者会見は、TPP締結において、米国自身が米国のソフトパワーを信じていないことを図らずも露呈したものとなったのではないかと、相手のことながら、心配する。私がペットボトル飲料を購入するときは、5割が米国を本籍とする企業の子会社のものであるし、結果的に見れば、映画やゲームなども米国企業のものをメインで選択している。(Fallout 4のプレミアム版を追加販売してくれるのであれば、何なればPipboyだけでも買う。)iPhoneは持っていないが、iPod shuffleとiPad miniは所持している。PCについても大部分が米国に関連するものである。(PCという製品自体がそうであるが。)私生活において、私が従来以上に米国産の製品を購入する余地はないわけではないし、自身の研究業務に関連して言えば、米国企業が日本国内のビジネスチャンスに開かれていないという指摘を否定することはできない。しかしながら、米国が日本の統治に成功してイラクの統治に失敗した理由は、まさに理不尽な力を利用したかどうかという点で大きく分かれているのであり、TPP締結には、やはり何らかの理不尽な圧力があったのではと疑わざるを得ない経緯が多く報道されている。このことは、米国だけに該当するわけではないのであろうが、公明正大さが大国のソフトパワーの源泉であると、私は思う。
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