福島第一原発事故後の厚生労働省所管の食品安全行政を巡る混乱を、必要かつ十分に、また平易に説明した良著である。本分野の初心者なら目を通しておいて損はないし、ある程度原発事故の影響を分かったつもりになっている者も、知識をおさらいするために便利。図書館で借りるということが前提であれば、一読して損はない。全体としては、評価は★★★★☆、星4つ。
本書の欠点は、危機管理についての理解の枠組(以下で引用する。)こそ痛快(?)だが、「公衆衛生専攻の大学院の設置」、「国際的に認められた標準的手法の採用」、「マイナンバーの活用」、「公衆衛生専門家の招聘」、「医療技官改革」という提言が上滑りしているように見えることである。ここで指摘される標準的手法とは、追跡研究(longitudinal study, あるいは前向き研究, prospective study)の実施であり、それを支えるプロコトルの策定、仕組みの実装である。犯罪予防分野において、ほぼ同じ問題意識を有する私にとって、これらの提言は、省庁横断的な課題を浮き彫りにするものであり、非常に興味深いものである。
星1つ減じる理由に、マイナンバーへの安易な言及がある。マイナンバーは、転居者や改名者の把握に役立つであろうが、それでも、調査にそのままマイナンバーを転用させるわけにはいかない。マイナンバーを転用する方がシステム設計上も運用上も簡単であるが、紐付けされる個人情報の秘匿すべき性質をふまえれば、そうはいかないはずである。マイナンバーとの紐付けは便利であろうが、技術上の課題を解決する必要があるという留保についての言及が見られない以上、これは先走り過ぎた提言であると認めざるを得ない。(#神は細部に宿るので、私も不勉強がバレないうちに、筆を止めることとしよう。)
以下は、要約と引用。
官僚と学識経験者の関係
食品安全委員会に限らず、審議会は、官僚が専門家や学識経験者の意見を押し立てて自分たちの意見を正当化する場である(p.88)、官僚たちが自分たちの意見を述べないのは、発言に対して責任を取りたくないためである(p.89)、複数の省庁が関わる委員会では、省益が優先され、決定に時間を要したり、統一が図れなかったりする(pp.91-92)、と指摘している。
疫学におけるランダム化比較試験(RCT)
主催者の意図が漏れ、研究上の不正が行われることがある(pp.137-139)が、倫理的問題などを監視するIRB(Institutional Review Board)や試験実施方法を監督するRCTセンターなども欠如している。
危機管理の欠如
これらの「危機」に対して、政府がどのように対応してきたか、あるいは、対応しているかを考えると、なにも原発事故に限ったことではなく、今まで起きた事象について同じことを繰り返しているように見えます。そして、日本政府の行動パターンには、ある意味、ぶれない芯の通った普遍的な真理が存在するように思うのです(念のため申し上げますが、決してほめているわけではありません)。
具体的にその枠組みを書けば、わが国の危機管理の基本形は、①危機が何だかわからない(危機認知能力の著しい欠如)、②有事の対応は水際作戦と特攻隊(軍事的に無効)、③うまくいかないときは、カミカゼを待つ(かつて吹いたといわれている)の3つに集約されるといえましょう。(pp.142-143)
0 件のコメント:
コメントを投稿
コメントありがとうございます。お返事にはお時間いただくかもしれません。気長にお待ちいただけると幸いです。