小熊英二・赤坂憲雄[編著], (2015). 『ゴーストタウンから死者は出ない 東北復興の経路依存』 , 人文書院.
巻末の編著者らの対談で、「大きな変化のなかで、危機と前進が一緒に進んでいる」という小熊氏の理解が示されるが、本書は、この理解に立脚し、それまでの政策や社会の動きが東日本大震災からの復興を規定・制限する要因となっていると指摘するものである。この見立てを、俄仕立ての文献調査によりつつ提示できていることは、小熊氏の地頭の良さと経験を反映するものだと思う。ただ、小熊氏の「復興の経路依存性」という概念の弱点は、その概念の形成過程が、彼の研究スタイルである「(主流の商業)出版業界の経路依存性」に規定されていることである。特に残念なことは、阪神・淡路大震災以後の比較的小規模な震災における復興政策の成功体験が、端的には、2004年10月の新潟県中越地震からの復興政策が比較的成功したものと見なされてきたという経路を見逃していることである。この見逃しは、小熊氏が「防災対策」を概観する上で、永松伸吾, (2008).『減災政策論入門』, 弘文堂.を参照したと述べていることにおそらく起因する。小熊氏は、新潟県中越地震に対する復興政策について、産業構造の歪みをもたらしたものとして批判するに留まる(pp.44-45)。
また、福島原発事故が国を滅ぼす程度に深刻であるという危機管理上の認識は、良くとも編著者らの焦点から外れたものである。編著者らの物の見方は、東北復興に係る論壇の経路依存性に規定されて形成されたものである。編著者らの思索は、現在の主流の商業出版の上に構築された堅実なものであり、この点、本書は、彼らの研究者や当事者としての誠実な努力を反映するものである。しかしながら、同書は、あえて思索の幅を最大限に拡張する努力を行わずに執筆されたものであり、より大きな変化を見逃している可能性を捨てきれない。それは、福島原発事故により、わが国が現代の西側諸国で急激に没落する初の事例となるという可能性、ハードランディングシナリオである。著者の多くは、40代前半以下であり、現在進行中である事故の多様な側面に翻弄され、多数のステークホルダーの多様な意志に配意できていない。この目配りの範囲の狭さは、本書の題名から予想される内容の幅を抱え込めていないという弱点に至る経路となっている。小熊氏らの主張は、結果として、誤解を与える中間的評価を、東日本大震災に対して下してしまっている危険性がある。小熊氏は、2007年の柏崎刈谷原発の被害についても、単に教訓が意識化されなかったとだけ理解する(p.45)。「陰謀論」に詳しい面々なら、島津洋一氏の福島第一原発についての英語論文※1をご存じかも知れない。原子力発電業界には、業界として原発を推進せざるを得ない都合がある。しかしながら、日本の知性を代表するかのようにみなされている論者の議論の幅がこの程度であると、やはり、研究者の言説も経路依存であると判定せざるを得ない。また、このような「小さくまとまった」議論は、結果として、経路を強く規定する権力と化してしまう。
※1 Secret Weapons Program Inside Fukushima Nuclear Plant? | Global Research - Centre for Research on Globalization
http://www.globalresearch.ca/secret-weapons-program-inside-fukushima-nuclear-plant/24275
Conflicting Reports
TEPCO, Japan’s nuclear power operator, initially reported three reactors were operating at the time of the March 11 Tohoku earthquake and tsunami. ...
A fire ignited inside the damaged housing of the Unit 4 reactor, reportedly due to overheating of spent uranium fuel rods in a dry cooling pool. But the size of the fire indicates that this reactor was running hot for some purpose other than electricity generation. Its omission from the list of electricity-generating operations raises the question of whether Unit 4 was being used to enrich uranium, the first step of the process leading to extraction of weapons-grade fissionable material.
除本理史氏の第六章「福島原発事故の賠償をどう進めるか」では、原賠法に基づき東京電力が最低限の目安に基づく賠償額を提示するというスタイルが、加害者の立場を被害者に押しつけるものであり、容認できないとする意見が示される。この理解は、「消費者主義」を彷彿とさせるものである。(私自身がこの思想についての十分な目配りができていないこともあり、的確な理解とならないかもしれない。どうしても題名を思い出せないのだが、当時、併せて読んでいた書籍のいずれかでも、利用者目線、被害者重視を主張する議論が展開されていたはずである。)
なお、除本氏の議論にも欠点がないわけではなく、前述した危機への査定が甘いことは、同書に共通した弱点となっている。避難指示区域外では賠償がほとんどなく、生業訴訟が提起されていることが説明されるが、この点への着目は、「食べて応援」キャンペーンへの結果についての定性的な理解が不足しているためか、被害者が加害者となりうる現在の第一次産業政策の危険性には配意できたものとはなっていない。
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