#TPPの案文が11月5日に公開された。
TPPは、第10章(国境を越えるサービス業および同分野への投資)について、ネガティブリスト制を採用している。ネガティブリスト方式では、従来の規制を続ける分野を附属書(Annex)に列挙し、記載されなかった分野をすべて自由化の対象とする。現時点の第10章の附属書は、わが国についても英語で示されており
※1、その日本語訳は、前日(平成27年11月6日)の時点で政府により公開されていない。以下の議論は、私訳によるものであることに留意されたい。
第10章に係るわが国の留保分は、「日本国は、電信サービス、賭博サービス、たばこ製品の製造、日本銀行券の製造、硬貨の鋳造及び販売、郵便サービスの(#それぞれについて、その)供給または投資に関するあらゆる手段を採用または維持する権利を保持する。」という文により示されている。注記が2つある。その1は、条約発効時の参入主体を下記の法律に示されたものに制限するという趣旨である。その2は、郵便事業の定義を示すものであり、私の論旨には影響しないので、検討を省略する。
実のところ、わが国の留保に係る先の文言は、わが国への国際的なブックメイキングサービスやオンラインゲーミングの提供を妨げない。なぜなら、「すでに存在する規制手法」(Existing Measures)として、刑法第185条(賭博)及び186条(常習賭博及び賭博場開張等図利)が明記されていないためである。現在のわが国において運営されており、ブックメイキングという分野に含めることができる賭博サービスは、競馬・モーターボート・競輪・オート(オートバイ)・totoくじ(サッカー)のみに限定されており
※2、これらの運営には外国企業等が新規参入することは許されない。しかしながら、わが国のTPP担当者が刑法を留保の対象にまったく含めなかったために、TPP第10章及び第19章は、最悪の展開の場合には
※3、スポーツや選挙等の結果を賭博の対象として認める上での根拠となる。逆に言えば、刑法第185条及び第186条は、参入障壁とみなされる可能性が極めて高い存在なのである。
また、TPPは、雀荘やぱちんこ店、オンラインゲームにおける「ガチャ」
※4といったサービスの門戸を外国企業等にも開放する。正確には、TPPは、いずれかの加盟国の法律がある形態の賭博を許容するのであれば、その賭博の運営を加盟国に認めるよう強制するという効果を有する。ブックメイキングは、論理上、公的な社会現象のすべてを対象に取るものであり、また、オンラインゲーミングは、複数の個人間のゲームという私的な関係において生じた事実を元に賭金を分配するものである。これらの賭博の形式は、雀荘やぱちんこ店の営業を非犯罪化するという波及効果をもたらすだろう
※5。
わが国では、すべての賭博行為の取締りが困難であるという理由などから、賭博とみなされる行為が広く黙認されてきた。公営賭博を除けば、わが国の賭博営業システムは、属人的な方法で統制されてきた。ぱちんこ店に係る「三店方式」に代表されるように、「儲かるしくみ」の要点を立法行為に基づくコントロール下に置く代わり、高級官僚から末端の退職者までを要所に天下りさせ、それらのOBが経験的にシステムを調整してきたのである。これはこれで一つの統治の形態であったのだが、TPPは、ここに不確定要素をもたらしたと言える。
しかしながら、外国の賭博サービスは、言語の壁
※6やゲームの好み
※7などの問題を解決しない限り、従来非合法に行われてきた以上には伸長しないだろう。他面、野球賭博や相撲賭博は、今後公然化するだろう。これは、従来の地下経済を正常化する契機ともなり、原理的には望ましいことである。ただし、野球賭博や相撲賭博は、ハンディキャップの妙が要点だと聞いており、この点への配慮が必要である。ギャンブルの妙味を確保するという機能だけに着目すれば、野球賭博等におけるハンデ師たちは、ぱちんこ台における保安通信協会と同等の役割を果たしている。あるゲーミング分野を正常化する際には、その分野の魅力そのものを減じない工夫が必要となる。
※0 原文は、以下のとおり。
Japan reserves the right to adopt or maintain any measure relating to investments in or the supply of telegraph services, betting and gambling services, manufacture of tobacco products, manufacture of Bank of Japan notes, minting and sale of coinage, and postal servicesin Japan. 1, 2
※1 11月5日の案文の公開状態をふまえれば、TPPは、明らかに英語を第一言語としている。スペイン語・フランス語が第二言語である。日本語は、TPPの正式文書の言語として認められていない。また、TPPの策定に従事した日本国を代表した組織・人物や、それら組織等に所属する人物の英語力が不明な状態にある以上、TPPについては、性悪説に立ち、英文を読解すべきである。なぜなら、わが国では、UNの訳語が連合国であったり国際連合であったりするように、二枚舌とも言いうる訳出が提示されることがあるためである。
※2 "Existing Measures"(すでに存在する規制手法)として、次の条文が挙げられている。末尾に、日本語での条文を挙げる。
競馬法(昭和23年法律第158号) | Horse Racing Law (Law No. 158 of 1948), Article 1 |
モーターボート競走法(昭和26年法律第242号) | Law relating to Motorboat Racing (Law No. 242 of 1951), Article 2 |
自転車競技法(昭和23年法律第209号) | Bicycle Racing Law (Law No. 209 of 1948), Article 1 |
小型自動車競走法(昭和25年法律第208号) | Auto Racing Law (Law No. 208 of 1950), Article 3 |
当せん金付証票法(昭和23年法律第144号) | Lottery Law (Law No. 144 of 1948), Article 4 |
スポーツ振興投票の実施等に関する法律(平成10年法律第63号) | Sports Promotion Lottery Law (Law No. 63 of 1998), Article 3 |
※3 作家の柳田国男氏の指摘にもあるように、最悪の展開は基本的に起こるものである。
※4 いわゆる「ガチャ」は、リアルマネートレード、略してRMTに含めることができる。私の知る限り、RMTは、1997年の『Ultima Online』や『Diablo』が流行していたころに始まったように思う。『Diablo』については、1998年初期から体験的にRMTが存在していたことを知っている。2001年に現・インディアナ大学教授のエドワード・カストロノヴァ(Edward Castronova)氏が1999年サービス開始の『EverQuest』を題材に、Eコマースやインターネットの将来そのものであるかもしれないと述べた(
リンク)ほどの分野である。
※5 前の記事(
2015年10月23日)で、私は、このようなグズグズなことになる前に、法制化を図ることが結果として国民の利益に適うのではという趣旨でブックメイキングの「法制化(断じて非犯罪化ではない!)」が必要と述べた。TPPの発効が日米二カ国の署名を必要とする以上、私は、TPP署名前に、今からブックメイキングの法制化の検討を数年かけて進めても、日本国民には何ら不都合は生じない、と現時点でも考えている。
※6 従来の懸念に見られたような「参入障壁としての日本語」は、ここで示した「言葉の壁」と同一である。しかし今後、※1に示した「法制度の英語化」こそが、問題として顕在化するのではないか。
※7 私は、『Red Dead Redemption』というゲーム内で、初めてテキサス・ホールデムというポーカーの一種があることを知ったほどに、ギャンブルをしてこなかった。私は、わが国のコイン落としの方がよほど面白く、小遣いを払うに足るゲームだと思っている。
参考
競馬法(昭和23年法律第158号)
第一条 日本中央競馬会又は都道府県は、この法律により、競馬を行なうことができる。
2 次の各号のいずれかに該当する市町村(特別区を含む。以下同じ。)で、その財政上の特別の必要を考慮して総務大臣が農林水産大臣と協議して指定するもの(以下「指定市町村」という。)は、その指定のあつた日から、その特別の必要がやむ時期としてその指定に付した期限が到来する日までの間に限り、この法律により、競馬を行うことができる。
一 著しく災害を受けた市町村
二 その区域内に地方競馬場が存在する市町村
3 総務大臣は、前項の規定により市町村を指定しようとするときは、地方財政審議会の意見を聴かなければならない。
4 第二項の規定による指定には、条件を付することができる。
5 日本中央競馬会が行う競馬は、中央競馬といい、都道府県又は指定市町村が行う競馬は、地方競馬という。
6 日本中央競馬会、都道府県又は指定市町村以外の者は、勝馬投票券その他これに類似するものを発売して、競馬を行つてはならない。
モーターボート競走法(昭和26年法律第242号)
(競走の施行)
第二条
都道府県及び人口、財政等を考慮して総務大臣が指定する市町村(以下「施行者」という。)は、その議会の議決を経て、この法律の規定により、モーターボート競走(以下「競走」という。)を行うことができる。
2 総務大臣は、必要があると認めるときは、前項の指定に期限又は条件を附することができる。
3 総務大臣は、第一項の規定により指定された市町村が一年以上引き続き競走を行わなかつたとき、又はこれらの市町村について指定の理由がなくなつたと認めるときは、その指定を取り消すことができる。
4 総務大臣は、第一項の規定による指定をし、又は前項の規定による指定の取消しをしようとするときは、国土交通大臣に協議するとともに、地方財政審議会の意見を聴かなければならない。
5 施行者以外の者は、勝舟投票券(以下「舟券」という。)その他これに類似するものを発売して、競走を行つてはならない。
自転車競技法(昭和23年法律第209号)
(競輪の施行)
第一条 都道府県及び人口、財政等を勘案して総務大臣が指定する市町村(以下「指定市町村」という。)は、自転車その他の機械の改良及び輸出の振興、機械工業の合理化並びに体育事業その他の公益の増進を目的とする事業の振興に寄与するとともに、地方財政の健全化を図るため、この法律により、自転車競走を行うことができる。
2 総務大臣は、必要があると認めるときは、前項の規定により市町村を指定するに当たり、その指定に期限又は条件を付することができる。
3 総務大臣は、指定市町村が一年以上引き続きこの法律による自転車競走(以下「競輪」という。)を開催しなかつたとき、又は指定市町村について指定の理由がなくなつたと認めるときは、その指定を取り消すことができる。
4 総務大臣は、第一項の規定による指定をし、又は前項の規定による指定の取消しをしようとするときは、経済産業大臣に協議するとともに、地方財政審議会の意見を聴かなければならない。
5 第一項に掲げる者(以下「競輪施行者」という。)以外の者は、勝者投票券(以下「車券」という。)その他これに類似するものを発売して、自転車競走を行つてはならない。
小型自動車競走法(昭和25年法律第208号)
(小型自動車競走の施行)
第三条 都道府県並びに京都市、大阪市、横浜市、神戸市、名古屋市、都のすべての特別区の組織する組合及びその区域内に小型自動車競走場が存在する市町村(以下「小型自動車競走施行者」という。)は、その議会の議決を経て、この法律により、小型自動車競走を行うことができる。
2 小型自動車競走施行者以外の者は、勝車投票券その他これに類似するものを発売して、小型自動車競走を行つてはならない。
当せん金付証票法(昭和23年法律第144号)
第四条 都道府県並びに地方自治法 (昭和二十二年法律第六十七号)第二百五十二条の十九第一項 の指定都市及び地方財政法 (昭和二十三年法律第百九号)第三十二条 の規定により戦災による財政上の特別の必要を勘案して総務大臣が指定する市(以下これらの市を特定市という。)は、同条 に規定する公共事業その他公益の増進を目的とする事業で地方行政の運営上緊急に推進する必要があるものとして総務省令で定める事業(次項及び第六条第三項において「公共事業等」という。)の費用の財源に充てるため必要があると認めたときは、都道府県及び特定市の議会が議決した金額の範囲内において、この法律の定めるところに従い、総務大臣の許可を受けて、当せん金付証票を発売することができる。
2 前項の許可を受けようとする都道府県及び特定市は、第七条第一項に掲げる事項及び当せん金付証票の発売により調達する資金を財源とする公共事業等の計画を記載した申請書を、総務大臣に提出しなければならない。
3 総務大臣は、第一項の規定による市の指定及び同項の許可については、地方財政審議会の意見を聴かなければならない。
4 当せん金付証票については、これに記載すべき情報を記録した電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものとして総務省令で定めるものをいう。以下この項において同じ。)の作成をもつて、その作成に代えることができる。この場合においては、当該電磁的記録は当せん金付証票と、当該電磁的記録に記録された情報の内容は当せん金付証票に表示された記載とみなす。
スポーツ振興投票の実施等に関する法律(平成10年法律第63号)
(スポーツ振興投票の施行)
第三条 独立行政法人日本スポーツ振興センター(以下「センター」という。)は、この法律で定めるところにより、スポーツ振興投票を行うことができる。
Treaties
and International Law - Treaties for which NZ is Depositary -
Trans-Pacific Strategic Economic Partnership - NZ Ministry of Foreign
Affairs and Trade
http://www.mfat.govt.nz/Treaties-and-International-Law/01-Treaties-for-which-NZ-is-Depositary/0-Trans-Pacific-Partnership-Text.php
Treaties
and International Law - Treaties for which NZ is Depositary -
Trans-Pacific Strategic Economic Partnership - NZ Ministry of Foreign
Affairs and Trade
http://www.mfat.govt.nz/Treaties-and-International-Law/01-Treaties-for-which-NZ-is-Depositary/0-Trans-Pacific-Partnership-Annexes.php
Annex II - Cross-Border Trade in Services and Investment Non-Conforming Measures, Japan [PDF, 88KB]
http://www.mfat.govt.nz/downloads/trade-agreement/transpacific/TPP-text/Annex%20II.%20Japan.pdf
2016(平成28)年10月25日追記・修正
久しぶりにTPPの動向を確認してみて、Annexの訳語に附属書が充てられていたので、これに変えた。リンク先についても一部調整した。
なお、日本国に係る「附属書II」の「十一」に示された「法の執行及び矯正に係るサービス並びに社会事業サービス」は、以下のような包括的な表記を取るが、いざ「投資家」に訴えられたときには、わが国の国民益を保護するようには機能しないであろう。
日本国は、法の執行及び矯正に係るサービスへの投資又はこれらのサービスに係るサービスの提供に関する措置並びに公共の目的のために創設され、若しくは維持される社会事業サービス(所得に関する保障又は保険、社会保障又は社会保険、社会福祉、公衆のための訓練、保健、保育及び公営住宅)への投資又はこれらのサービスに係るサービスの提供に関する措置を採用し、又は維持する権利を留保する〔pp.2883-2884〕
附属書に列挙することが可能であったにもかかわらず、列挙しなかったからである。たとえ、注釈に「留保事項の解釈に当たっては、当該留保事項に関する全ての事項を考慮する。「概要」が他の全ての事項に優先する。〔p.2872〕」と記されていてもである。どのように考慮するのかが規定されていないのである。既存の各国の法体系を尊重する方向で考慮する、とは言っていない。TPPを企画・推進した側の論理は、徹底して自由なグローバルビジネスの側に立つものである。
警備業は、警察が専管する生活安全行政に関連するビジネスの中では例外的に、「十二」に明記される。条文は、警備業法第4条と第5条が挙げられている〔p.2884〕。TPPを利用して警備業に不当に参入しようとする試みは、阻止されたと考えて良いかも知れない。とはいえ、銃器の取締に係る明確な規定はTPPの文言には見られないから、警備業は、大きな変革を迫られるかも知れない。警備業についても、包括的留保は、日本国民の利益の保護に役立たないであろう。
別記事にある『環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の概要』には、「法の執行及び矯正に係るサービス」の文言が引用部分に見られない(
2015年10月19日)。これは、少なくとも現時点の、つまりTPP調印セレモニーより後に示された文書には、一応盛り込まれている。一体、いつ、いかなる形で盛り込まれたのであろうか。興味は尽きない。Internet Archivesに収録されている2015年11月5日付の文書は、メルボルン・ラウンド後(つまり2012年)となっているが。
なお、追記した部分に見られる脆弱性が存在するとはいえ、TPP自体は発効しないであろうから、ここに示された虞がTPP加盟国のすべてにおいて実現する訳ではない。国内法でTPPに向けた地ならしは行われ得る。TPPに係るわが国の動きがわが国だけを規制緩和に走らせることになるという予想は、本ブログで明記こそしてこなかった。しかし、何度か利用してきた「戦争屋のラスト・リゾート」という表現は、当然ながら、TPPの成り行きに係る予想を見込むものである。
Annex-II.-Japan.pdf
(作成2016年01月20日10:35:42)
https://www.mfat.govt.nz/assets/_securedfiles/Trans-Pacific-Partnership/Annexes/Annex-II.-Japan.pdf
Ⅱ.附属書Ⅱ 投資・サービスに関する留保(包括的留保)(日本国の表)【PDF:388KB】
(作成2016年03月08日19:45、変更2016年03月09日00:43)
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/naiyou/pdf/text_yakubun/160308_yakubun_annex02-2.pdf
Microsoft Word - TPP NCMs - Consolidated formatting note - Annex II - Post Melbourne Round (clean).docx - Annex II. Japan.pdf
(作成2015年11月05日13:50:19、変更2015年11月05日13:50:23)
https://web.archive.org/web/20151117165019/http://www.mfat.govt.nz/downloads/trade-agreement/transpacific/TPP-text/Annex%20II.%20Japan.pdf