2015年11月11日水曜日

デ・メスキータ、スミス, (2011=2013). 『独裁者のためのハンドブック』, 亜紀書房.

 モデルに基づく研究について多少なりとも造詣のある者は、本書を面白く読めると思う。読者層を限定すれば、星は、★★★★★(5つ)で、一読の価値がある。しかし、読者は、本書のモデルについて、限定的なものととらえて読むべきであろう。

 デ・メスキータとスミスは、独裁者の権力維持を説明するセレクトレート・セオリー(Selectorate Theory, 権力支持基盤理論)を提唱した。権力者ないし独裁者を支えるモデルは、盟友集団、影響力のある者、名目的有権者の三層からなるとする。前者の二層が「権力支持基盤」であるとする。権力者は、権力支持基盤の規模が比較的小さな場合には独裁者として、権力支持基盤の規模が大きな場合には、民主主義に基づく正統な権力者と認められる。このようにデ・メスキータとスミスは指摘し、いかなる権力者も独力では権力を維持し得ないという仮定から、独裁と正統な権力とが権力支持基盤の規模という連続性のある量により曖昧に区別されるものでしかないことを導出した。なお、(訳者である四本健二氏と浅野宜之氏の要約によれば、)三層の例は、次のとおりである。

盟友集団
独裁者を失脚させるだけの力を有する側近。
例:与党や軍の幹部、閣僚、部族集団や地域社会の長、企業の取締役。
影響力のある者
独裁者の権力掌握と支配に貢献し、影響力を有する集団。独裁者は、彼らに配慮し、彼らの好む政策を選択せざるを得ない。
例:当選者への投票者、与党党員・有力支持団体、大口投資機関家、軍、独裁者の出身部族、会社の幹部社員など。
名目的有権者
独裁者の選択に影響力を与えない集団。
例:一般の国民、選挙で落選した有権者に投票した有権者、小口の株主など。

 デ・メスキータとスミスのモデルは、静的な国際関係の下での独裁的な一国の定常状態を説明するものとして、適切なものであるように思う。他方で、このモデルは、動的な国際関係や国際的企業群の営利活動下において、それらの独裁的な、あるいは民主的な国々がいかに機能しているのかという点を捨象している。国際的な営利活動の影響を切り捨てているために、このモデルは、今現在の(わが国を含めての)混迷を説明するには役立つものではない。最も賛同を得やすい事例だけに留めておくと、一時期までの南米諸国における「保守的」軍事政権を理解するには、デ・メスキータとスミスのモデルよりもナオミ・クラインの『ショック・ドクトリン』の方がよほど通りが良い。過去のクーデターから現在の穏健的な体制への移行の結果、現時点で、南米諸国の苦境から多大な利益を上げて勝ち抜けているのは、主に米国に本拠地を置く国際的企業群であり、当の国民ではないのである。

※ デ・メスキータとスミスも、第8章において、災害等のショックが反乱または支配の契機になりうると述べているが、クラインは、企業群がそのような機会を常に窺うものだと見ている。この点、デ・メスキータとスミスは、ショックを例外状態と見ているのに対し、クラインのスコープは、ショックそのものにあり、両者には大きな違いがある。

※ 第9章における孫子への言及には、明らかに誤解が含まれる。ワインバーガー元米国防長官?に先立ち、戦わずして勝つことが上策であることを述べているのは、日本人にとって常識の範囲内だと思ったのだが(#この文は、ここまでまったく何も参照しないで書いている)、デ・メスキータとスミスは、孫子のテクストを戦争を前提にしているものと批判している。この明らかな誤りは、修正されるべきであろう。

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