2015年11月16日月曜日

パリ同時テロと食文化支援の意義

 東京都内の美味しいレストランは、それが他国の料理である場合、何だかおかしな形で閉店を迎えることがあるようだ。私は、外交の世界を知らない(ということにして欲しい)が、一例だけ、そうではないかと思われる事例を体験的に知っている。その店が閉店する間際になってようやく、私は、そのレストランがその国の御用達じゃないか?と気付いたのだが、返す返すも残念に思う。この一例もあり、東京都のいわゆる城南地区には多くの大使館があるから、美味しい料理にもありつきやすいのかな、と私は勝手に分かったつもりになっている。

 閑話休題。

 前記事で、パリ同時テロについて疑問点を列挙したが、その後、Twitterで「エリック ・C」氏が日本料理店が狙われたとツイートして以来(Togetterまとめ)、多くの反響があるようだ。これに対して、『リテラ』編集部は、ある記事で次のように述べている。
 じつは今年2月、政府は「対日テロ対応策」を密かに作成している。これは最悪の結果に終わったISによる邦人人質殺害事件を受けて、官邸が国家安全保障会議(NSC)に指示し、まとめられたものだ。この対応策のなかで「最大の危険事例予測」として挙げられているのが、「休日の午後、ヨーロッパ大都市にある〈日本食レストラン〉が、簡単にして効果絶大なターゲットになりかねない」というものだったのだ。
 この件について、「ZAITEN」(財界展望新社)2015年4月号が「イスラム国「対日戦争」 次の標的は〈日本食レストラン〉」とレポート。(...略...)

 日本国政府が在外の日本料理人を陰に陽に※1支援する形で、国益に資する活動を行うことは当然であるし、公的に予算を組むべきだとも、私は考える。クールジャパン関連予算は、このような外交分野にも充当されているものだと理解しており※2、使途次第で、高い外交力を発揮するのではないかとも思う。このような活動を支えるべく、日本人が勤務する在外レストランの安全性確保に留意することは、当然の措置である。ただし、他国における活動である以上、海外の日本食レストラン業界全体にまで支援の対象を広げるか否かは、慎重に判断されるべきだろう。要人の接待に利用するレストランについては、当事国との協力を通じて、安全確保を十分に行う必要があるといえるが、悪い立地で庶民的なサービスの店を運営する戦略もあるのだから、一律の支援というものは、却って自由な競争を阻害することになりかねない。「日本人」に対する支援と「日本料理店」に対する支援は、上手に捌き分ける必要があるだろう※3

 成果が目に見えにくい「食文化」という分野への支援を社会に訴えることは、御用学者ならではの仕事である。この話題を扱うには、外交×警備保障×食文化という、ニッチも良いところの専門性が必要となる。このような話題を扱うには、多方面に円熟した才能を発揮する「教養人」が必要とされるだろう。あるいは、必要に応じて的確な知識を調達できるだけの人脈を有するということが要件となるのかも知れない。いずれにしても、この仕事こそは、ノブレス・オブリージュを体現するものになるのだろう。しかしながら、わが国の御用学者に、どれほど、この種の難題に取り組めるだけの条件を満たす人物がいるだろうか。

 わが国に限ることではないだろうが、御用学者の資質に求められるものは、利益相反のないこと、真贋を判別できること、政府と国民の双方に諫言できる覚悟を持つことだろう。和を重んじ、人情を解する(ように見える)という資質は、日本社会では重要な資質とされているが、御用学者に求められる能力としては、副次的なものである。国家安全保障会議の委員名簿にある有識者のうちの一名は、国境及び地下資源や電源構成に係る話題では利益相反性に疑問符を付されている人物であるから、本来、政府と委員の双方とも、委任の際に「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」という孔子の教えを思い起こして身を処して欲しかったものである。それとも、そのような利益相反が見られるときには、その人物は、発言を控えるなどの措置を執っているのだろうか。

 再度脱線しかけたので、本題に戻り、御用学者ピラミッドの底辺としての仕事を果たすことにしよう。

 正統な日本食で饗応することに対する支援は、基本的には国内外で推進して欲しいことであるが、わが国で進行しつつある二極化によって、次の二点の問題を突きつけられることになる。一点目の問題は、貧困に伴う人心の荒廃により、国民の理解が得られなくなるというものである。「貧すれば鈍す」は、わが国に限らず、人類の標準的状態である。国民全員を富ませ、安全で美味しい食事に対する理解と欲求を増幅させてこそ、「丹精込めて育てた美味しい食事で釣る」という先進的な手段を理解してもらえるようになるのである。二点目の問題は、グローバル化した営利企業活動の妨げとみなされることである。一点目の問題と二点目の問題は、三点目の問題を派生する。現在のわが国では、エリート層に対する庶民層の尊敬の念がなく、また、エリート層の多くも尊敬の念を抱かれるような人物ではないわけであるが、この二つの現象は、相互に補強する関係にある。TPPの締結に際して、某公益団体の会長の所属する企業が某国際的食品企業と提携関係にあり、その企業が多大な利益を食品分野から見込んでいることは、衆知の事実である。エリート層とみなされる人物らの私欲は、報道機関の自粛・萎縮にもかかわらず、庶民の多くに気付かれてしまっていることである。わが国の問題の本質は、一部を除き、高い地位にいる人物がその地位にふさわしくない振舞いに及びがちなことである。

 庶民層がグローバル企業の食品政策に反発する心の根本には、庶民層が安全で美味しい食品にありつけていないという現実がある。安全な食品を摂取できることは、基本的な人権の一つである。大体において、良心的に栽培された食品は安全なものが多く、かつ違いが分かる程度に美味しい※4。低温殺菌牛乳は、味が分かりやすい例である。米国ではどうだか知らないが、少なくとも、欧州の多くの地域では、比較的安全な食品を安価に購入できる。欧州における物価は、日本人にとっては不当に高いものに思えるが、それは単に、わが国が長期のデフレを経験しており、給与所得が増加していないためである。欧州では、同じ労働に対して倍の給与があると考えると分かりやすい。

 安全で美味しい食事にありつけないという庶民の現実を、地味に、かつ確実に変えていかないことには、海外における日本食普及のために公金を支出するという考え方は、必要であるにもかかわらず、いつまで経っても国民の賛意を得ることがないだろう。ところで、現在のわが国の政府は、警察国家化することにより、テロ対策を推進しようとしている。セキュリティ産業は、必要ではあるけれども、その負担が過重になりすぎると、却って国の安定を損なう。この教訓は、わが国でも第二次世界大戦を通じて満天下に示されたことであり、また、現代では、ショック・ドクトリンという用語により理解されつつある話である。宮島みつや氏は、現政権の方向性がショック・ドクトリンを企図するものではないか、という疑いを述べている※5

 セキュリティ政策の導入には、バランス感覚が必要である。冒頭で紹介したエリック ・C氏の言及する日本料理店が果たして日本国政府にとってどのような位置付けにあったのかを知ることは、私の義務ではない。しかし仮に、被害店が外務省職員の接待のローテーションに組み込まれていたのであれば、関係者には、何らかの方法により支援する(道義上の)義務があろう。外務省では「海外勤務で家が建つ」のであれば、公務員が直接投資するわけにもいかないかもしれないが、何らかの方法で恩返しすべきであろう。また仮に、被害店が機密費等により直接運営されていたのであれば、フランス政府と緊密な連携の上、犯人の背後関係を厳しく追及すべきであろう。



※1 「陰に」というのは、 機密費などによる場合を念頭に置いているが、その実際を私は知らない。「陽に」というのは、お客として普通に利用するということもあるだろう、という程度の表現である。ここでの表現には、本注で示した以上の含みはない。

※2 ただし、私自身は、日本国内の食品を無理推しするよりも、他国で同等の製品を生産できるように技術協力を行うことが、日本と外国の双方の利益に適うことではないかと考える。福島第一原発事故について、安全を重んじる側の考え方に立てば、当然の措置である。技術協力に注力すれば、仮に、私が懸念しているように低放射線の実害が広く生じないとしても、外国からの尊敬の念を得ることができる点では変わりはなく、いずれは富裕層が本物の日本産食品を求める、という流れになるに違いないからである。

※3 この点、日本食レストランを認証するという制度は、それほど筋が良いとはいえない。客によってサービスの質を変えるということは、日本国内の料理店ではもちろん自由だが、海外において日本国政府が支援したりお墨付きを与えたりした料理店が客の扱いを変えたという形で騒がれたとすれば、いかがだろうか。

※4 福島第一原発事故もそうであるが、現代における公害と食品安全との関係における問題点は、この原則が該当しないことにも起因する。人間の五感が食品の安全を判定できないという、素朴といえば素朴な生物(学)上の問題が、これだけの深みを有する社会問題へと転化するのである。

※5 (5ページ目)パリのテロは日本も標的だった? 佐藤優も警告! 安倍政権と安保法制が国内にイスラム過激派テロを呼び寄せる|LITERA/リテラ 本と雑誌の知を再発見
http://lite-ra.com/2015/11/post-1683_5.html

なお、正確な引用は次のとおりである。
(...略...)もしかすると、安倍政権はむしろ「テロ」を積極的に招き入れ、それを奇貨として、「緊急事態条項」を軸にした改憲世論を盛り上げるというシナリオを持っているのではないか。そんな陰謀論めいた不安さえ頭をもたげてくる。

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