2015年9月17日木曜日

JR東日本における本年8月の連続不審火事件の容疑者逮捕について

#誰も見ていないようなので、寂しくなり、3ヶ月ほど放置してしまいましたが、JR東日本敷地内における連続不審火事件の容疑者が逮捕されたとの報道があり、本事件自体は終息する見込みが高いものと思われましたので、本事件の容疑者の逮捕を区切りとして、専門家としての意見を述べておきたいと思い、更新することにしました。

本事件の容疑者の犯行の動機は、桐生正幸氏がNHKの18時台のニュースのインタビューに回答した内容(つまり、不満の発散)とは異なり、通常の連続放火事件の枠を超えて扱うべきものである可能性が残されている。実際、報道記事の多くが「連続放火」ではなく、いまだに「不審火」という表現を用いており、これらの報道機関の表現は、本事件が一種のテロ事件であるという可能性を見越したものであると解釈するのが適当である。私も、テロ事件としての可能性を見越した捜査が行われることが適切であると考えるとともに、本事件を教訓として、テロ対策を含め、今後の犯罪対策が着実に進められることを期待している。JR東日本の安全担当者にとっては、定時運行、安全運輸が優先順位の首位を占めることはもちろんであろうが、今後の数年間、悪意により起こされる事件に対する備えこそ、積極的に進めてほしいものである。実は、昨年から今春までの間に、オリンピックに向けて本格的なテロ対策が必要であることをJR東日本グループに所属する複数の人物に人を通じて忠告したことが二度以上あるだけに、本事件までの担当者の感度が鈍く、また報道による限りではその印象が今も拭えないことは、返す返すも残念なことである。幸い、報道による限り、本事件は人的被害に直結していないようである。本事件を機に、安全対策を十分かつ確実なものに拡充することを期待する。(蛇足であるが、地下鉄サリン事件を通じて、東京メトロは、比較的、この種の対策に関心を払っていることを聞いている。また、地下の路線は、本事件のような一匹狼による犯行を比較的防御しやすい環境にあると考えて良いであろう。)

ところで、唐突であり、私の専門分野から外れることであるが、本事件がテロ事件であるかという可能性を探ることができ、かつ、報道可能なポイントは、容疑者に妻子がいるかどうかであろう。捜査関係者には、この点を丁寧かつ十分に調べてほしい。妻子の有無という事実関係は、容疑者の行動の背景が複雑なものであるかどうか、それとも、容疑者のSNSに示された日本国内における生活から受ける印象のような組織色の薄いものであるかどうかの判断基準となりうる。仮に容疑者が犯人であり、かつ、彼に妻子がいたとすればであるが、本事件をテロ事件だとして対策に資源を注ぐことは、回り回って大多数の日本国民の利益に適うものとなる。(この結論に至る論理と、この点から派生する課題は省略するが、これらを要望される方は、直接ご連絡いただきたい。)

桐生氏の専門分野(ここでは、動機の解明)に踏み込むことを承知で、容疑者の身上についてもあえて言及することは、私自身の考える専門家としてのルールに違反するが、「本事件を多くの可能性を含めたものとしてとらえ、テロ事件をも見据えて今後の安全対策を進めるべきである」という主張のために必要なことであった。というのは、本件不審火を専門家が単純な連続放火事件に落とし込むことは、次に生じうる事態への備えを阻害するためである。本事件を一個人による単独事件としてのみとらえると、「今後このような特殊な事件は起こらない」といった矮小化もが肯定されかねず、ひいては、実務家(JR東日本の警備業務委託担当者や警備業務受託企業等)が現状に留まることを黙認することになりかねない。反対に、本事件にテロ事件の含みを残してこそ、テロ対策を所掌とする諸関係者が今後の対策に関与し続ける理由が確保できる。いずれにしても、桐生氏の専門家としての今回の説明は、「大きく構えて小さく納める」という、佐々敦行氏の指摘する『後藤田五訓』のひとつにも反しており、かえって公益を損なう内容である。犯罪対策を的確に進める上で、今回の場合には、考えられる動機の範囲を広く取り、事件の性格を把握することはもちろん、対策も広く構想すべきである。

私は、専門家や実務家が定められた各人の持ち場・守備範囲をしっかり守っていたならば、事件・事故の際、免責されるものと考えるが、しかし同時に、事件の経緯、JR東日本の資源・重要性等を考え合わせると、JR東日本の犯罪予防業務の担当者に課せられた業務内容自体は、今後、現状よりもJR東日本という企業にふさわしいものに向上させる必要があるものと考える。犯罪の素人が単独でこのような連続放火事件を起こし、複数回にわたり鉄道の運行を停止させ得たとするならば、犯罪のプロ集団ならばどれほどの被害となったのやらと想像することは、誰にとっても自然に思いつける。(本事件では、過激派グループによる伝統的な犯行によるという線も、もちろん検討されたことであろう。)仮に、本事件を受けて従来の対策をJR東日本という人員と資源に恵まれた大企業が改善しようとしなかったとすれば、次の事件の際、その不作為の責めを受けることはやむを得ないであろう。もちろん、わが国において公共安全という分野で禄を食む者が本事件を重く見なかったとすれば、程度こそあれ、私を含めて、同様に不作為・無能力の責めを負うことになる。

本事件が一種のテロ事件であるかどうかにかかわらず、本事件から学習した潜在的な犯罪者は多数生じたであろうから、今後の同種の事件への対応は、予算上は経営判断が必要な程度の課題と化しており、また、国内外の犯罪予防関係者とのより緊密な連携・協力を必要とする状態が生じている。品川における事件の対象となった施設は、おそらく、重要施設であったがゆえに、逮捕の決め手となった防犯カメラが警備業者により設置されていたのであろうが、JR東日本も警備業者も営利企業であるから、民間に任せきりでは、おそらく、警備体制が一気に拡充されることはないであろう。かと言って、警備体制が現状程度であるならば、次の類似事件は、まず確実に予防できない。加えて、有楽町駅近くのぱちんこ店から出火した火災や、王子駅近辺の飲食店街から出火した火災、最近では京浜東北線?沿線の住宅火災などで明らかになっていることであるが、鉄道の円滑な運行には、相隣関係がそれなりに重要であるにもかかわらず、この点は、現在まで、それほど重要視されてはいない。(蛇足であるが、私が大学で学んだ都市工学は、この相隣関係や、ネットワークという観点に重点を置く分野でもある。)

日本社会がここ数年以上の大きな変動を経験しない限り、東京オリンピックの安全かつ円滑な開催に向けて官民が対応すべき業務は、社会のリソースを目一杯使い切る程までに、広範かつ深刻な状態で存在する。オリンピックの開催という大事業は、先進・成熟した社会にとっては、慎重な社会配分を必要とする難事業である。ロンドンオリンピックでは、移民や労働者階級が労働力としての緩衝材となり、需要が一段落した後には社会不安要因としての扱いを受けるなど、公正な社会という観点から見て、問題のある処遇を受けたという経緯がある。本事件については、容疑者の動機に着目するよりも、事件後の対策に注力すべきであること、社会における資源および負担の適正配分まで含んだ対策を考案・実行すべきこと、という二点に配慮した指摘をなすことが、わが国の公共放送に出演する学識経験者たる者の本分である。

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