2017年6月14日水曜日

クライシス・アクターだけで事件を捏造するのは難事である

複数のテロ事件について、被害者であるとして、SNSで流通する同一男性の写真がある。『France 24』の特集「The Observer」[1]によると、この被写体は、メキシコ在住であるが、詐欺師であると中傷されており、彼に対する嫌がらせの一環として、テロ事件の度に被害者としてアップされているのだという。この話は、ウェブ・マガジンの『ギズモード・ジャパン』[2]が同紙英語版を翻訳しており、日本語で読むことができる。この話そのものは、多くのテロ事件と無関係であるように判断できる。懐疑論者は、この種の「引っ掛け問題」にもなりかねない種類の現象もあることを承知しておくべきであろう。

クライシス・アクターの存在自体は、否定することが困難ではあるが、その特性ゆえに、多くの誤解を派生させる結果になりがちである。先のメキシコ在住男性の話は、メキシコ(スペイン語)界隈で多く引用されているようであり、わが国ではさほど流通していないようではある。わが国では、有名な癌患者を仮病であるとして、クライシス・アクター扱いする意見が見られる(。たとえば、「福田元昭」氏[3]。ただし、クライシス・アクターなる表現自体を誤解している可能性もある)。しかしながら、報道の仕方や広告収入のあり方を問題視することさえも、批判の方法次第では法律に抵触し得るところ、詐病であると断言するには、なお一層、そのように信ずるに至った根拠を明示しなければならない。クライシス・アクターの存在を批判するためには、個々の事件や症例に即して、他人が信用すると期待できるだけの根拠を提示する必要があろう。この点、今年5月のマンチェスターのテロ事件に係る「ザウルス」氏の推測は、正しいものとは認められない(2017年6月4日の記事参照)ものの、本人がそう信ずるに至っただけの根拠を述べたものではある。

ところで、「ある事件が現実に不存在であり、クライシス・アクターだけで演じられたものである」として、これを隠しおおせるためには、少なくとも三種の条件が必要である。第一に、企画者は、少なくとも本事件について、「恐怖は蔓延させたいが、人を殺傷してはいけない」という存在でなければならない。第二に、事件の真相を積極的に追求(・追究)しようとするジャーナリスト(や研究者)に上手に対応しなければならない。第三に、事件後にも多くの現象に対処しなければならない。たとえば、「報道で事件を知った有名人」が被害者を見舞うという行動[4], [5]をも織り込まなければならない。私が思いつけた条件は、おおよそこれらの三種であるが、このうち、第一の条件は、第二の条件についての非常に難易度の高い制約条件として機能する。なぜなら、事件そのものに関しては、人命を尊重しながら、第二の条件においては、第三者の調査をうまくいなさなければならないからである。真相を追求するジャーナリストやブロガーらだけを迫害するのは、どうにもご都合主義である。しかも、このように事件に興味を抱く第三者は、将来、どれだけ生じるものか、分かったものではない。クライシス・アクターを活用する組織が「余計な殺しはしない」というと恰好良く聞こえるし、これだと、事件を捏造するという姿勢と整合的ではある。だが、すべてを捏造して乗り切ることは、並大抵の企画力では無理であろう。

ただし、ある事件が現実に生じた直後に、クライシス・アクターが利用されるという可能性は、あったとしてもおかしくない。具体的な被害の様相を、テロリスト集団に対して見せないことは、彼らの意欲を削ぐことにつながり得る。また、政府当局が用意した演者が巧妙な芝居を打つことで、大衆の、テロリストを憎悪し被害者に同情する気持ちを喚起することは、政府の権力の正当性を維持する上でも、求められる作業である。「大衆を騙す」ことは、常に「諸刃の剣」であるが、試みられない理由がない訳ではないのである。


[1] 世界のテロ事件で何度も死んでいる謎の男|ギズモード・ジャパン
(George Dvorsky、リョウコ〔訳〕、2016年07月11日12:50)
http://www.gizmodo.jp/2016/07/77ryok.html

[2] Who is this man who seems to die in every terrorist attack?
(Chloé Lauvergnier (@clauvergnier) and Alexandre Capron (@alexcapron)、2016年07月05日)
http://observers.france24.com/en/20160705-mexican-man-dies-every-terrorist-attack-mystery?aef_campaign_date=2016-07-05&aef_campaign_ref=partage_aef

[3] 600.医療マフィア利権に挑戦した安保徹先生は医療マフィア<医療殺人鬼>どもに殺害されたのか? - 未分類
(福田元昭、2016年12月10日00時28分)
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-823.html

[4] The Queen Visits Manchester Terror Attack Victims In Hospital
(Amy Guard、2017年05月25日13:33:07+01:00)
https://www.unilad.co.uk/news/the-queen-visits-manchester-terror-attack-victims-in-hospital/

[5] Lucy Fallon and Shayne Ward among Coronation Street stars visiting young Manchester terror attack victims - Mirror Online
(Katie Fitzpatrick and Lara Martin、2017年06月13日11時30分、更新12時26分GMT)
http://www.mirror.co.uk/3am/celebrity-news/lucy-fallon-shayne-ward-among-10614228

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