両社は共同で新サービスの開発に取り組む。まずドイツのベルリン南東部で2017年に着工、18年末に完成する「スマートタウン」にAIの導入を目指す。「 「AI住宅」世界展開/パナソニック 家電制御 自ら学習/米IBMと」『日本経済新聞』2016年10月6日朝刊1面14版.
〔...略...〕
まず防犯カメラの性能を引き上げる。撮影した映像をIBMのコンピューターにクラウド 経由で送信し、同社のAIシステム「ワトソン」が処理。住民や知人の顔を「学習」し、それ以外に近寄る者を不審者と認識する。敷地に近づくと警察に通報したり、近隣住民に知らせたりする。
この報道に対しては、「ドイツでOKなら世界でOKということになるから、ドイツで始めようという方向は分からなくもないが、現行法体系の下では、データ保護及び情報の自由コミッショナーによってサービスの開始が認められないのでは?」という疑問が湧く。これだけ短い記事であるにも関わらず、記事には、複数のツッコミ所が見受けられる。
データ保護という観点からツッコむと、どのように被写体の同意を取るのか、という点が挙げられる。この記事における「敷地外」が公道である場合には、連邦データ保護法の6b条(公衆の立入りが可能な空間における光学・電気的なモニタリング)の三要件を満たす必要がある。この要件を満たしていても、同法は、個人に係るデータを収集される客体に対して、データ収集に対する明示的な同意(オプト・イン、4a条)を求めている。このとき、被写体は、データの収集に明示的に同意するには、何をすべきなのであろうかと想像してみると、少し面白い。両手を挙げて二回以上回るとか、公道で行うにはかなり恥ずかしい感じの行動を必要とするのであろうか。たとえば、ドイツポスト(郵便配達)の職員は分かりやすい制服を着ているが、彼らのうちの何人かが容貌の撮影を拒否したいとき、いかに拒否することができるのであろうか。そもそも、このような行動を取ることのできない人たちや、拒否するためのポーズを拒否する人たちには、いかなる代替策が許されているのであろうか。声も個人情報である。人工知能による監視は、私有地ならそれなりに実現できそうであるが、公共とのすり合わせは、なかなかできそうにはないのかも知れない。
(参考)Federal Data Protection Act
http://www.gesetze-im-internet.de/englisch_bdsg/
データ保護が実現されてから後の段階の話についても、一点、ツッコんでおくと、「敷地に近づくと警察に通報」するという記述は極端である。日本国内においても、少々、行き過ぎの表現である。わが国における家庭向けの警備サービスの現状を考えてみれば、この指摘の正しさは、十分に理解されよう。敷地に近付くだけで警察に通報するのは、わが国では、公務執行妨害になるとも考えられる。それとも、敷地に近付く歩き方をすると、『ワトソン』が事前に警告を発するのであろうか。道路交通法に違反しない限り、歩き方を指南されるのも、「オイ、コラ」と言われている感がある。
以上の二例に見たように、日経には、業界の内情を知る者から見れば、かなりの違和感を持つような記事が掲載され、不当な表現がごく自然であるかのように使用されることがある。同意の取得と通報機能について揶揄したのは、日経の記事の表現が不当であることを示すためである。データ保護法制がわが国よりも十分に厳格なドイツにおいて、このようなサービスを実施するとして、常識に違背する表現が多用されている。この整合性のない状態は、日経の記者とデスクが何らかの意図の下に本記事を世に問うたという気配を感じさせるものである。
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