2016年10月8日土曜日

日本語の大マスコミは、フィリピンの「麻薬戦争」関連のニュースを正しく伝えない

#段落読みもできないし、要点のまとまりも悪いが、時機を逸しそうなので、本日(2016年10月8日)アップすることにした。

 先週、フィリピンのドゥテルテ大統領は、ダヴァオ空港において、自身をヒトラーになぞらえた発言を行い、2日後、ユダヤ人社会に対して謝罪した。日本の大新聞は、必ずしもこの経緯を十分勝つ正確に伝えていない。他方で、ドゥテルテ氏の発言に対するフィリピン国内の受止め方にも誤解や曲解に基づく問題が見られる。本稿では、この経緯を確認し、この中で、中国がフィリピンの麻薬戦争に対して正しいアプローチを採用して接近していることを、他者に遅れるとはいえ、指摘しておきたい。

 日本の大マスコミのうち4社は、いずれも、ドゥテルテ氏が麻薬中毒者を殺してやりたいと発言したかのように報じている。朝日[1]が最初に報じ、産経[2]、読売[3]、毎日[4]の順で報じている。英語に訳し直すと「I want to ...」や「I would like to ...」である。後者のしゃべり方は、決してドゥテルテ氏に相応しいものではないであろうから、ほぼ「I want to ...」一択ということになろう。毎日だけは、「喜んで虐殺する」なので、毎日の記事を英訳すると、「I will slaughter them with pleasure.」とでもなろう。

 なお、日経は、ウェブサイトで確認しただけではあるが、今回の発言を報じていなかったようである。以前の「サノバ」発言に係る比較記事(リンク)において、私は、日本語大マスコミの中では、唯一、日経の2記事だけが間違いを報じている訳ではないことを示した。詳細を後ほど説明するが、今回も、日経は、正しい選択をした可能性が認められる。

 ロイターの2記者名による英語記事[5]を読んだり、大統領の会見をYouTubeで視聴[6]すると、ドゥテルテ氏の語法が仮定法であったことが分かり、この時点で、日本の4紙ともが明確に誤訳していることが分かる。訳すとすれば、「殺せるものならば、喜んでそうしたい。」という訳が適切である。ここで文法教室を開くつもりはないが、仮定法は、現実に反する状態を仮想しつつ「そうであったら良いのに」という願望を示すものである。くどいようであるが、ドゥテルテ氏は、「皆殺しにはできないが、できるのであれば、喜んでそうしたい」と述べているのである。仮定法は、中学生のうちに学習する。これらの記事に関与した記者やデスクたちは、全員、明確に誤りであることを知りながらこのように訳したか(、デスクがスルーしたか)、本当にこのことすら分からないほどに愚かであるか、のいずれかになる。いずれの場合であっても、日本国民の読者に対して正確に事実を伝えようとしないという点で、4紙の行為は問題がある。

 ロイターの記事に対して、1時間の後には、フィリピン人であると自称するbenign0と名乗るブロガーがロイターの2記者を名指しして「嘘を吐いた」と非難している[6]。無実のユダヤ人を虐殺したヒトラーと、フィリピン社会にとって危険な犯罪者を虐殺しようとする自身とを、大統領自身は対比しようとしている、とbenign0氏は理解している。最後に、この点を「ヒトラーになぞらえた」と海外に向けて報道することは、高い支持を得ているドゥテルテ氏を貶める悪意ある試みである、とbenign0氏は批判を締めくくる。ただし、ここでのbenign0氏には誤解がある。というのも、ヒトラーは、常習的犯罪者や薬物中毒者を強制収容所送りにしているからである。

 ドゥテルテ氏は、ナチスドイツによる常習的犯罪者や薬物中毒者の扱いを知らずに自身をヒトラーに喩えた訳ではないであろう。この推測を補強する弱い材料として、同氏がユダヤ人社会に対して(のみ)謝罪の意を10月2日に公式に発言したこと[7]を挙げられよう。ここでの推測が正しいとすれば、ドゥテルテ氏が自身とヒトラーとの違いをいかにとらえているのかは、慎重に検証されるべき作業である。外国人が安易にこの発言を評価することは、国際問題となりうる。タガログ語をろくに話すこともできない日本人は(、つまり私も)、この検証作業の適格要件を欠くこととなる。ちなみに、ドゥテルテ氏の「ホロコースト」発言に係る部分は、英語である。日経の記者なりデスクなりが、ドゥテルテ氏の内心の機微を推量する危険を理解して報道を見送ったとすれば、この事実は、日経のフィリピン担当チームの嗅覚の鋭さを示すものとなろう。FTとの提携は、日経にとって良い方向に機能したということであろうか、などと想像してみたりもする。

 フィリピンにおける言論は、先のbenign0氏[6]の記事が『フィリピンジャーナリスト国内連合』(NUJP)の議長声明[8] に取り上げられるに至り、さらに捻れた様相を見せることになっている。というのも、議長声明がbenign0氏の記事を恣意的に引用したためである。benign0氏の論旨は、大略、ドゥテルテ氏の発言を曲解して同氏への支持を転覆しようとするジャーナリストは民主主義の敵である、というものである。これに対して、議長声明は、「あたかもジャーナリズムが犯罪であるかのように、彼らのような"悪意があり無責任なジャーナリスト""は民主主義の真の敵"であり"法の全力を以て処罰されるべきである"〔...略...〕という記事」に見られるように、ジャーナリストへの脅迫が生じていると訴えるものである。この議長声明の表現は、benign0氏が常にジャーナリズムを犯罪的なものであると見なしているかのような印象を読者に与えるものである。大統領発言に対するbenign0氏の理解が正しいものとは言えないことは、先に見たとおりであるが、しかし同時に、benign0氏がジャーナリズム全体を否定している訳でないことも確かである。にもかかわらず、この議長声明は、benign0氏がジャーナリズムの全体を犯罪であるかのように理解している、と非難するものとなっている。このような中、ドゥテルテ大統領は、兵器を中露から購入することを示唆した[9]が、その一方で、フィリピンやインドネシアのソーシャル・ニュースサイトである『Rappler』は、benign0氏の記事を引用するも、適切にフレーズを選択している[10]。朝日新聞は、後日談としてNUJPの議長声明やドゥテルテ大統領のジャーナリストへの脅迫を中止する声明を取り上げている[11]ものの、本記事に示した機微には触れていない。

#10月6日、benign0氏は、「ジャーナリズムは犯罪ではないが、一部のジャーナリストは不正直である」という記事を公開している[15]

 以上の流れを概観すると、マスコミの中でも、エスタブリッシュメント側は、大統領の発言を大袈裟に取り上げた割に、フィリピン国民の大部分からの反発に対しては、それほど真摯に検討している訳ではないと見ることができよう。ジャーナリストの多くは、所属している組織の関係上、ドゥテルテ大統領支持派の批判の矛先が自分たちに向けられていると感じるであろうから、その批判を冷静に検証して論駁するということが心情的には困難であるかも知れない。しかし、わが国のマスコミで本件を報道した記者は、皆、フィリピン国外から発信したことになっている。皆、シャブでもやっているのか?と思う程に、現地から報道している訳ではない。疚しいことが何もなくとも、ドゥテルテ大統領を批判することに対して生命の危険を感じることは、大マスコミのジャーナリストならば、十分にあり得ることではあろう。しかし、身の危険を感じるのであれば、なおのこと、誤報とも言えるレベルの訳を世に問うことは避けるべきではないか、と世辞に疎い私は感じてしまうのである。

 大新聞は、フィリピンという難しい状況にある国の諸事についても、ファクトチェックの労を省略できる記事を提供するという「本道」に立ち戻り、諸国民にとってウィン・ウィンとなる見識を提示すべきである。中国の「海洋進出」※1を封じ込める輪の一つとして、フィリピンが機能することを「アメリカに期待されている」ことは、新聞記事の内容を鵜呑みにする日本人にも理解されていることであろう。このとき、「親米」の日本人読者が大マスコミに期待する内容は、ドゥテルテ大統領を「西側」社会につなぎ止める方策であり、そのヒントとなる事実の報道であろう。この潜在的な要求に対して、「西側」に連なる日本語の大マスコミは、ドゥテルテ大統領の人格攻撃を専ら優先させており、中国が麻薬中毒者のリハビリ施設建設を援助したこと[12]※2、1400人収容の施設が完成間近である[14]ことは、まったく報道していない。この状況は、日本語マスコミが「戦争屋のポチ」であると呼ばれても仕方のないものである。もっとも、陰謀論者の大勢は、ジャーナリズムなんて、端から宣伝工作のための装置でしかない、と言うかも知れない。

※1 ここでも、ほかのところでも取り扱う余裕はないが、中国の「海洋進出」は、第二次世界大戦以後のわが国の行動にも拠るところがある。このため、南シナ海「問題」は、日本人が現時点で言及すべきではない話題である。
※2 竹田いさみ氏は、新潮社の『Foresight』掲載の記事[13]でこの件に触れている。

 私が中国との対立を願う者ではないことをあらかじめ断っておくが、仮に、中国に先んじて、巡視船ではなくリハビリ施設と専門家の派遣をわが国がフィリピンに提供していたならば、援助の申出をするにあたり、中国は、従来よりも相当に気前の良い条件をフィリピンに提示する必要があったであろう。インパクトに欠けることになってしまうためである。このように、良い意味での競合をもたらす援助をわが国が事前に表明していれば、フィリピンの麻薬対策は、より大きく前進したに違いない。もっとも、島嶼国家であるフィリピンにおいて、巡視船は、麻薬対策にも転用可能である。わが国が巡視船の用途を限定して提供するのではないとすれば、なかなか考え抜かれた援助であると言いうるべきかも知れない。

 第二次世界大戦以後の歴史に対する理解は、独立したアジア諸国の指導者層の間では、かなりの程度、共通のものとなっていることであろう。つまり、敗戦までの間、わが国が中国大陸において阿片の流通販売による利益を秘密資金として利用してきたことや、戦後のフィリピンにおけるわが国に対する国民感情が悪いものであったことは、彼らの個人的な受け止め方がいかなるものであるかはさておき、アジア諸国のエリート層の基本的な理解の範囲内にあるものと見ておいた方が良い。これらの事実は、一時期までの間は、わが国の指導者層にも理解されていたことである。

 ここまで説明すれば、南シナ海「問題」に係る援助において、中国の後塵を拝する選択をわが国が採用したことは、見た目としては明らかであろう。わが国のジャーナリズムとインテリジェンスの高度化は、望むべくもないこととはいえ、国家の生き残りには、必要であり続ける条件である。なお、最後になるが、本稿における中国とアメリカに対する私の言及には、事前に説明なく概念を導入しているという手抜きが認められる。とはいえ、過去の記事を注意深く参照してもらえれば、親米の意味も、中国に対する私の見方が個人的な経験と現実の中国に対する無知とに由来して錯綜したものとなっていることも、ご理解いただけるであろう。


[1] 「麻薬中毒三百万人殺したい」比大統領、ヒトラーに言及:朝日新聞デジタル
(ハノイ=鈴木暁子、2016年9月30日18時10分)
http://www.asahi.com/articles/ASJ9Z5640J9ZUHBI01P.html
フィリピンのドゥテルテ大統領は30日、ナチス・ドイツを率いた独裁者ヒトラーに自らをなぞらえ、「ヒトラーは300万人のユダヤ人を虐殺した。(フィリピンに)麻薬中毒者は300万人いる。私も喜んで殺したい」と発言した。実際は約600万人が犠牲になったとされる大量虐殺(ホロコースト)を引き合いにした発言は国際的に波紋を呼びそうだ。
 ドゥテルテ氏は演説で、自分が「ヒトラーの親類みたいに思われている」と述べ、「ドイツにはヒトラーがいた。フィリピンには……」と自身を指さし、「この国の問題を一掃し、次世代が地獄に落ちないようにしたい」と続けた。

[2] ドゥテルテ比大統領が仰天発言 「おれもヒトラーのように虐殺したい」 薬物中毒者を念頭に - 産経ニュース
(シンガポール=吉村英輝、2016年09月30日18:45)
http://www.sankei.com/world/news/160930/wor1609300041-n1.html
薬物中毒者が300万人いるが、私も虐殺してやりたい

[3] 比大統領「麻薬中毒者虐殺」自身ヒトラーに例え : 国際 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
(台北=向井ゆう子、2016年09月30日19時02分)
http://www.yomiuri.co.jp/world/20160930-OYT1T50120.html
300万人の麻薬中毒者がおり、私は喜んで彼らを虐殺しよう」と述べ、
[4] ドゥテルテ比大統領:「喜んで虐殺」 麻薬撲滅をホロコーストと比較 - 毎日新聞
(バンコク=西脇真一、2016年10月01日)
http://mainichi.jp/articles/20161001/ddm/007/030/150000c
「喜んで虐殺する」と述べた。
[5] Philippines' Duterte likens himself to Hitler, wants to kill millions of drug users | Reuters
(Karen Lema and Manuel Mogato, MANILA, 2016年10月1日08:24 EDT)
http://www.reuters.com/article/us-philippines-duterte-hitler-idUSKCN1200B9
Philippines President Rodrigo Duterte appeared to liken himself to Nazi leader Adolf Hitler on Friday and said he would "be happy" to exterminate 3 million drug users and peddlers in the country.

〔...略...〕

Duterte told reporters that he had been "portrayed to be a cousin of Hitler" by critics.

Noting that Hitler had murdered millions of Jews, Duterte said, "There are 3 million drug addicts (in the Philippines). I'd be happy to slaughter them.

"If Germany had Hitler, the Philippines would have ...," he said, pausing and pointing to himself.

"You know my victims. I would like (them) to be all criminals to finish the problem of my country and save the next generation from perdition."
#10月4日中に取得しているため、後段の引用部分がすべて10月1日のアップ時点のものであるか否かは、私には判別が付かない。

[6] GRPundit: Reporters Karen Lema and Manuel Mogato of @Reuters LIED about the Duterte "Hitler" quote
(benign0、2016年10月1日12:36+10:00)
http://grpshorts.blogspot.com/2016/10/reporters-karen-lema-and-manuel-mogato.html
Lema and Mogato are Filipinos. There’s no way they could have misunderstood what Duterte really meant in his speech. I watched the video and this is what the President said:

“Hitler massacred 3 million Jews. There are 3 million drug addicts. I’d be happy to slaughter them. At least, if Germany had Hitler, the Philippines would have ….. my victims, all criminals, to finish a problem of my country, and save the next generation.”

https://youtu.be/kKpaHBG6d3M

Duterte was CONTRASTING himself from Hitler, not likening himself to Hitler.

〔...略...〕

Over 90% of Filipinos support President Duterte and his program of government. Are we going to let a handful of disgruntled brats who call themselves journalists subvert the will of the Filipino people?

NO. These malicious and irresponsible journalists are the true enemies of democracy, and they should be punished with the full force of the law.

[7] ヒトラー発言の比大統領「ユダヤ人社会に心から謝罪」:朝日新聞デジタル
(マニラ=鈴木暁子、2016年10月2日23時50分)
http://www.asahi.com/articles/ASJB27FVQJB2UHBI01L.html

[8] [Statement] Journalism is no crime
(Ryan D. Rosauro(Chairman)、2016年10月03日08時12分 UTC)
http://www.nujp.org/2016/10/statement-journalism-is-no-crime/
It began as an anonymous post on the GRPundit section of the GetRealPhilippines site, accusing veteran Reuters reporters Manny Mogato and Karen Lema of deliberately misreporting Duterte’s controversial “Hitler” comments and saying that “malicious and irresponsible journalists” like them "are the true enemies of democracy" and "should be punished with the full force of the law" as if journalism is a crime.
[9] Philippine leader tells Obama 'go to hell', says can buy arms from Russia, China | Reuters
(記名なし、2016年10月4日08:00 EDT)
http://www.reuters.com/article/us-philippines-duterte-arms-idUSKCN12414A

[10] NUJP condemns threats against Reuters reporters
(2016年10月03日21時15分〔UTC+0800か〕)
http://www.rappler.com/nation/148098-nujp-condemns-threats-against-reuters-reporters
The post from GRPundit said "malicious and irresponsible journalists" like Lema and Mogato "are the true enemies of democracy," and they "should be punished with the full force of the law."
[11] 比大統領のヒトラー発言、報じた記者への中傷相次ぐ:朝日新聞デジタル
(マニラ=鈴木暁子、2016年10月4日20時38分)
http://www.asahi.com/articles/ASJB44GVKJB4UHBI01X.html
 朝日新聞の取材に応じた記者によると、顔写真も公開され、「薬物使用者だ」といったデマも流れた。フィリピンは記者の殺害事件が多く、ドゥテルテ政権下では「麻薬犯罪者は殺害してもよい」という風潮も広がっている。このため2人は自宅を離れ、1人はフェイスブックのページを閉鎖したという。

[12] Duterte thanks China for aid, says US can do better | ABS-CBN News
(記名なし、2016年09月09日19:14、更新2016年09月10日12:27)
http://news.abs-cbn.com/news/09/09/16/duterte-thanks-china-for-aid-says-us-can-do-better

[13] 中国に接近する「ドゥテルテ比大統領」外交感覚の背景 (新潮社 フォーサイト) - Yahoo!ニュース
(竹田いさみ、2016年9月29日15時45分)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160929-00010000-fsight-int

[14] Duterte: China-funded rehab facility almost complete
(Pia Ranada@piaranada、2016年10月07日19:50)
THANKS CHINA. President Duterte speaks at the Banana Congress in SMX Center in Davao City. Photo by Manman Dejeto/Rappler
http://www.rappler.com/nation/148537-duterte-china-funded-rehab-center-almost-complete

[15]Journalism is not a crime but some 'journalists' are downright crooked - Get Real PostGet Real Post
(benign0、2016年10月6日)
http://www.getrealphilippines.com/blog/2016/10/journalism-not-crime-journalists-downright-crooked/

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