2016年10月11日火曜日

比国のドゥテルテ大統領の発言は国際的な麻薬対策協力の要請であるとも読める

 ドナルド・トランプ氏の人格への中傷は、ゆえなきこととは言えないが、フェアとは呼べない比率でマスメディアで喧伝されている。ヒラリー・クリントン氏の国務長官在任時の行為が、わが国では秘密保護法違反となるものであるにもかかわらず、である。多数のマスコミによる政治家に対する過剰で同調的な、レッテルを貼る形で行われる中傷は、学術上、人格破壊(攻撃)と呼ばれる行為である。(人物破壊ともいう。character assassinationの訳語である。)この中には、犯罪となる要件を満たす報道が複数含まれることさえある。人格破壊は、一種の組織犯罪として表出するものである。新聞記事における顕名の記者やテレビ番組におけるアナウンサーのように、具体的に表出に関与した人物に責任を求めることができるだけでなく、彼らも職を失わないために実行したという側面を有するところが、この組織犯罪を批判することの難しさとなる。人格破壊は、マスコミの金主の意向を各マスコミの番組制作者やその上司が忖度することを通じて、あたかも大勢の意見であるかのように提示される。現今の寿司友による会食は、外形的には共謀の証拠であるが、しかしながら、人格破壊のすべてを共謀に基づくものと断定するには、困難がある。人格破壊という組織犯罪をいかに解釈するのかは、犯罪学の大きな課題である。ニュースという情報素材は、個々の事例を広く収集する上で、犯罪学にとって必要不可欠であるが、にもかかわらず、その「犯罪」が作られたものであるという危険を指摘するものとなるためである。

 ところで、フィリピン共和国のドゥテルテ大統領も、現時点における人格破壊攻撃の対象者となっており、10月8日の同氏の演説には、アメリカの中央情報局が名指しで出てくるという[1]が、この指名は、歴史上の経緯をふまえれば、必ずしも同氏がアメリカ全体と対立することを意図してはいないと解釈する余地がある。なぜなら、中央情報局に在籍した経歴を有する人物がアジア地域における麻薬流通に関与したという指摘は、公知のものであるためである。対外工作に関係する組織に所属する人物が麻薬取引を含めた何らかの誘惑に屈することは、全世界の対外工作機関に共通する脆弱性であろう。このとき、一人の人物の非行を以て、組織を挙げた非違行為であると断定することは、とてもではないが、無理である。ドゥテルテ氏の発言は、暗殺計画が現実に存在している場合には、アメリカ全体に対する警告として十分に機能することになる。アメリカ国内の穏健派に対して、一部の強硬派(強行派)を牽制するよう、要請するものとしても聞こえることになる。また、暗殺計画が現実のものではない場合、ドゥテルテ氏の発言は、論理の飛躍のあるものに聞こえることになるが、この非整合性は、子ブッシュ政権以降、アメリカのごく一部の不穏分子がフィリピンに対して間接的に生じさせたテロの脅威を排除するよう、極端な発言を通じて取引を求めるものであると解釈するのが適切であろう。

 フィリピンにおける麻薬問題と、その対策へのドゥテルテ氏の協力要請は、従属理論の一変形でもあるショック・ドクトリンから解釈することも可能である。ショック・ドクトリンの実行にあたっては、戦争屋の利益に反する対象国の有力者を様々な方法によって排除することが行われる。ドゥテルテ氏に対する脅迫の原因が比国の安全保障政策そのものにある可能性も十分に認められるとはいえ、同国の麻薬対策に限定しても、アブ・サヤフの脅威のある南部における麻薬製造が問題化していることは、日本語界隈にも漏れ聞こえてくる話である。苛烈な麻薬対策を実行する背景には、テロ組織の脅威を削減するという理由も認められる。ドゥテルテ氏の強攻策は、テロ組織を子飼いとして、銃火器の販売拡大を企図する戦争屋にとって、ダメージになるものである。テロの脅威によって、フィリピンの開発状態を低度に留め続けることができれば、同国の兵器供給は、戦争屋に依存せざるを得なくなる。戦争屋は、フィリピンの発展を阻害し続ければ、同国に軍事的な装備を継続的に供給することを通じて、利益を期待できることになるのである。

 麻薬取引への対外工作機関の関与という事実の有無や、二国間における麻薬取引がそれら二国間の主従関係の固定化に繋がるという構造上の危険を検証する作業に立ち入ることなく、「同氏の麻薬犯罪対策を批判する米国が暗殺を計画しているのではないか、と警戒している」[1]と安易に推測することは、学術の場において説明されるジャーナリズムのプリンシプルからすれば、自戒されるべきことであろう。この表現は、ドゥテルテ氏を根拠不十分のまま、疑い深い独裁者で「アメリカの敵」であるかのように描き出すものであり、人格攻撃の一変形としてみなすことも可能なためである。この失敗の帰結は、すでにイラク、リビア、エジプト、シリアなどに見出すことができる。もっとも、現代のジャーナリズムにおいてキュレーションの役割は重視されているから、『朝日新聞』の鈴木氏の記事[1]は、米軍の駐留協定に係る雲行き[2]をふまえた先走りである、と片付けることもギリギリ可能ではあろう。

 ここまでに検討した事実は、回り回ってわが国の犯罪予防上の利益になることを示したつもりである。以上の経緯をふまえ、ドゥテルテ氏が訪日した際、「お土産」[3]として、わが国の政府関係者が薬物問題の国際的な解決への枠組を率先して提示することができれば、フィリピンにおける麻薬問題は、一歩解決に近付くものと見ることができる。わが国がフィリピンに対して仕掛けられた薬物問題という形の「ショック・ドクトリン」と無縁の存在であるならば、薬物問題における、わが国に関係するアクターの抑止を確約することは容易であろう。ただし、私の知るところでは、ここまで踏み込んだ協力体制の構築は、現時点のわが国政府にとって、「戦争屋」に逆らうことを宣言するものとなる。とはいえ、わが国のベスト&ブライテストならば、このような枠組など、しれっと実現できるのではないか、と無責任に述べておこう。


[1] 暗殺を警戒? ドゥテルテ比大統領、CIAを名指し挑発:朝日新聞デジタル
(ハノイ=鈴木暁子、2016年10月8日20時41分)
http://www.asahi.com/articles/ASJB86KSKJB8UHBI01Q.html
就任100日となった7日の演説で、米中央情報局(CIA)を名指しし、「CIAを使って私を追放したいのか? やれるもんならやってみろ」と挑発した。AFP通信が伝えた。

ドゥテルテ氏は9月にも「CIAに命を狙われている」と演説で漏らしている。同氏の麻薬犯罪対策を批判する米国が暗殺を計画しているのではないか、と警戒しているようだ。

[2] ドゥテルテ比大統領、米軍再駐留認めた協定見直しに言及:朝日新聞デジタル
(マニラ=鈴木暁子、2016年10月4日10時12分)
http://www.asahi.com/articles/ASJB35VHCJB3UHBI02G.html

[3] ドゥテルテ比大統領:訪日へ 来月末で調整 訪中も目指す - 毎日新聞
(バンコク=岩佐淳士、2016年9月23日 東京朝刊)
http://mainichi.jp/articles/20160923/ddm/002/030/080000c
10月末に訪日することで調整を進めていることが分かった。フィリピン政府当局者が22日、明らかにした。

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