2016年7月26日火曜日

相模原市緑区の障がい者入居施設の大量殺人事件について


 2016年7月26日のテレビ各局は、相模原市緑区千木良476の障がい者入居施設「津久井やまゆり園」の元職員(26)が今日未明に19名の入居者を殺害し、26名を負傷させた事件を大きく報道している。国内の事件としては、秋葉原連続殺傷事件以上の大量殺人事件であるので、テレビ朝日の『ワイドスクランブル』は、小川泰平氏や水谷修氏などの4名のコメンテーターを招待して事件を報道している。

 被害者、ご遺族、入居者の方々にお見舞い申し上げるとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈り申し上げる。

 コメンテーターの元心理職の某氏がリスクとコストについて言及し、(窃盗犯や暴力犯罪、詐欺といった)犯罪の加害者と被害者の関係がともに弱者に偏りがちであることを指摘したことは、テレビというメディアにおいては、比較的目新しい印象を受けるものである。これらの指摘は、犯罪学では基本的なものではある。他方で、企業犯罪や社会的に高い地位にあると見なされる人物の犯罪は、法執行機関に認知されにくい。このような指摘が存在していることも、併せて記憶しておくべきであろう。

 罪種によって、被害者・加害者間の関係が異なりうること、面識の程度が異なると見られていることにも注意が必要である。本殺人傷害事件は、施設の元職員による犯行であることがほぼ確定的であり、かつ、一連の犯行が30分以内に行われたと見込まれること、職員が1名負傷したことが番組内で報道されていた。これらの報道を踏まえれば、本事件は、容疑者が被害者一人一人を選択したというよりも、施設入居者全体を狙った犯行であり、巡回中の職員に発見されるまで入居者を襲ったという解釈の方が適切であろう。入居者という属性が狙われたのである。元の勤務先を狙うことまでは容疑者の中で意識化されていたであろうが、具体的な人物を念頭に置いた訳ではないのかも知れない。

 今回の事件では、容疑者には計画性があることが認められる。容疑者は、事件直後に出頭している。本日深夜から未明にかけての相模原市緑区の三時間天気が降水量ゼロmmである一方で、コンビニの雨合羽を運転席に残している。旧津久井町の中心地には、何度か行ったことがあるが、基本的には、自動車がなければなんともならない場所である。よって、犯行時に雨合羽を着用したということも考えられる。おそらく、容疑者の責任能力の有無は争点とはならないであろう。

 現時点で動機に係るコメントとして、コメンテーターが4名いながら、疑問を呈されなかった点がある。それは、なぜ2月中に解雇されたのに、容疑者について適用されるであろう通常の給付期間である90日を大きく超えた後、7月末の犯行に至ったのかという点についての推理である。コメンテーターが弱者について指摘しながら、社会的弱者の一類型である無職について無知であるのは、皮肉の効いたことである。教員免許の一次試験の結果通知は、ひとつの契機になり得るのではないか、と予想することも可能ではある。

 容疑者の責任能力が問題にならないという雰囲気があり、報道材料が多く存在するという状況は、今後の報道を過熱させる原因となろう。本事件は、まず間違いなく、最近の政局と何ら関係なく起こされたものであろうが、他方で、報道機関は、本事件を利用するであろう。その結果、本事件は、まるで、東京都知事選挙の争点隠しに用いられたかのような印象を一部の有権者に与えるものになろう。その理由は、報道機関が今週の日曜から月曜にかけて公表した情勢調査に求めることができる。


平成28年7月27日追記

昨日夕刊の読売新聞1面では、今年2月に容疑者が衆院議長公邸を二度訪問し、手紙を警備の警察官に委託したこと、緊急措置入院となり、3月2日に退院したことを伝える記事※1があった。手紙の内容は、障がい者がいなくなればよいとするものであったという。緊急措置入院に係る経緯は、相模原市による執行であるようである※2が、具体的な内容は、それ以上明らかにはされていない。

 この報道(のみ)で、「なぜ今?」というタイムライン上の疑問が一部解決されるように思われる。容疑者が3年間にわたり勤務したことから、病欠や有給の消化などによって実際の退職時期を3月末とするなど、温情的な措置となったのかも知れない。ただし、本日中のテレビ番組(『Nスタ』)では、依然として2月に退職したことになっているようである。やはり、犯行が7月中にずれ込んだ背景には、容疑者個人に起因する何らかの理由があると考える余地がある。

 施設の建物内部における職員や鍵の運用方法自体は、専門的な見地からは、必ずしも批難の対象にはならないであろう。犯行当日、容疑者は、1階の入居者の居室の窓ガラスを割って侵入し、ホーム出入口のオートロックを複数抜けて移動した※3。ホーム出入口のオートロックは、施設管理の簡便さから、1種類の鍵で開錠できるものであったという※3。本事件容疑者のような意志の固い攻撃者に対して、施設内の防御性能を被害ゼロとなるまで向上させることは、前兆行動が把握されていたとはいえ、半年間という期間内では無理であったろう。なぜなら、基本設計に係る哲学がこの種の攻撃とは相容れないものであるためである。その哲学とは、建前を重んじれば、「コミュニティ内外の交流を促進する」というものであり、あからさまに述べれば、「施設が刑務所や精神病院のように、内外のアクセスを制限する印象を与えない」というものである。

 この点、読売新聞の記事※3は、これらの運用方法自体を大々的に取上げ、詳しく説明し、容疑者の退職後も運用上のルーティンが変更されなかったことを記すことにより、暗に施設の運営に問題があったかのような表現を取るものである。この情報提供がどのように記事に至ったのかについては、後世の厳しい検討を受けて良いことである。本事件から関係機関が教訓とすべきことは、大変多い。しかし、読売新聞が施設単体に責任を求めるかのような記事を掲載し続けるならば、真に改善が必要な組織のルーティンが放置されることになりかねない。

 強いて指摘するならば、施設が旧津久井町の町外れにあり、自動車がなければアクセスしにくい場所に存在しているという事実は、施設の防御性能を向上させる材料として利用できたはずである。つまり、施設に乗り入れる自動車の監視を適切に実施していなかったという点は、後に批判的に検討されるべきであろう。さらに、容疑者の自動車運転免許の扱いは、国政の場で、批判的な検討を受けるべきである。認知症患者については、特定時期・内容の違反を根拠として、臨時適性検査を受診し、結果次第で免許停止または取消し処分を受けるという制度が用意されている。

 容疑者の退院が通知されていたとしても、その深刻さを施設関係者だけで評価することは、施設としての責務や能力を超えることである。その上、仮に、職員の一人一人が個人として容疑者を重大な脅威と捉えることができたとしても、それに対応可能な作業というものは、個人の職務上の責任を超えることでもある。

 私の推理を斜め上で行く前兆行動が示されていたことは、わが国の極右に対する監視と統制が不充分であることを示す強い(学術上の)証拠である。今回の容疑者は、障がい者について、ナチス・ドイツと同一の主張をなしていたという。とすれば、全世界の(わが国を除く)先進諸国においては、彼は、教員の息子であり、大麻を常用していたとしても、極左ではなく、極右として位置付けられる存在である。本事件の容疑者には、背後に組織の存在が認められたことを示す報道が存在しないことから、全世界の標準的な理解からは、「極右の一匹狼」となる。

 わが国の極左に対する捜査の熱心さをわが国の極右にも同様に向ければ、わが国の極右は、ネット右翼を含めて、遠からずゼロになるであろう。今後の社会不安を喚起する存在として、ネット右翼が問題になるという指摘は、すでに指摘済みである(リンク)。

※1 読売新聞2016年7月26日夕刊4版1面「衆院議長宛てに手紙/退職直前 大量殺害を示唆」
※2 読売新聞2016年7月27日夕刊4版13面「職員、近隣住民 動揺広がる」
※3 読売新聞2016年7月27日夕刊4版13面「施設熟知 犯行に悪用/相模原19人刺殺/鍵は8エリア共通/植松容疑者 侵入後に入手か」


平成28年7月28日13時追記

省庁連携が存在してこなかったことは、確かに反省材料ではあり、今後に役立てられるべき話である。であるならば、なぜ厚生労働省が委員会を立ち上げるのであろうか。従来の「病院の防犯」と同様、打ち上げ花火になるまいか。制度上、入居者と措置入院制度については、厚生労働省の所管ではあるが、本件は、もう少し枠を広げる必要がなかろうか。読売新聞は、社会面の小さな記事で、塩崎恭久厚生労働大臣が園を視察し、早急に対策を練ることに言及したことを述べている※4ほか、措置入院制度※5や園による防犯カメラ導入(後述)について言及する中で、省庁連携を示唆している。朝日新聞は、1面において、厚生労働省が有識者会議を設置して「警察との連携などの調査」を進めることに言及している※6。日本経済新聞は、社会面で神奈川県知事の黒岩祐治氏の「関係機関との情報共有に課題がある」という発言を引用する形で課題があることを指摘している※7。本件は、藤本哲也氏が読売新聞に述べたように※8、ヘイトクライムの一つとして捉えられる。ヘイトクライムであるならば、法務省マターであっても良いはずである。今回、最も被害を抑止し得た立場にある警察庁警備局において、検討がなされても良いはずである。

※4 読売新聞(署名なし)2016年7月28日朝刊14版39面「厚労相「早急に対策」」
※5 読売新聞(社会部 久保拓)2016年7月28日朝刊14版3面「措置入院 退院後 甘い日本/カナダ 地域で見守り/英 継続通院義務付け」
 【...略...】
 元慶応大教授の加藤久雄弁護士(医事刑法)は、措置入院が精神保健福祉法で定められた行政処分であるのに対し、ドイツでは同様の措置が刑法に基づく処分であることを指摘。「日本では患者の取り扱いが、行政と警察で縦割りになってしまう。日本でも、措置入院に関する仕組みは、刑法や別の法律で定めるべきだ」と話している。

※6 朝日新聞(久永隆一)2016年7月28日朝刊14版1面「措置入院 あり方検討 厚労省」
※7 日本経済新聞(署名なし)2016年7月28日朝刊14版39面「措置入院から退院 把握遅れ/警察と行政 対応検証へ」
※8 読売新聞(社会部 田中洋一郎)2016年7月28日朝刊13版11面「相模原視察 識者の見方 緊急論点スペシャル/司法と行政 連携強化を 中央大名誉教授 藤本哲也氏」

 衆議院議長名を間違いなく記述して、公邸に直接押しかけ、手紙を託すという目的を達成できた人物は、明らかに行動力があり、危険度が高い。当時のやり取りを知る由もないし、おそらく開示もされないであろうから、場合分けを通じて推測するほかないが、衆議院議長公邸に現れた容疑者にどのように対応したのか、容疑者がどのように反応したのかは、容疑者の犯行達成能力と責任能力を測る材料となろう。仮に、衆議院議長公邸の警備の場において、陳情や請願という方法があることを容疑者に指導できるだけの対応力のある警察官がおり、そのように指導したとしよう。この場合、容疑者が手紙を託すという目的を達成したことは、学習指導要領に示された内容を自らの血肉としている警察官の対応能力を超えて、目的を実施するだけのコミュニケーション能力と判断能力があったということになる。請願や陳情という手段によっては、自身の主張を伝達できないと容疑者が認識していた可能性が高くなるためである。このような精妙なやり取りがなく、単に警察官が根負けした場合であっても、(そして、私は、この場合が本命であるとは考えるが、)迅速に麹町署から津久井署に連絡があった(読売新聞※3)ことをふまえれば、麹町署としての責務は、果たされていたものと言えよう。ただし、その連絡業務において、容疑者の手紙がFAXやメールの添付ファイルなどで伝達されたか否かは、この前兆行動の重大さを伝達できたか否かの分岐点となっていたであろう。なお、警察庁への伝達があったか否か、リスク算定が迅速に行われた否かは、不明であるが、結果をふまえる限りは、容疑者個人の危険性についての判定に、結果として、警察は失敗したという結論を採用せざるを得ないであろう。

 容疑者が大麻や飲酒を嗜みながらも、車を運転でき、凶器を用意し、職員を5名拘束し、職員1名を避難させる※9も、これだけの被害を生じさせたという結果についての報道は、犯人の行動力と危険性が高いものであったという印象を読者に与えるものとなっている。避難したという1名の職員に係る情報は、読売新聞1面トップ記事のリード文にしか見られない情報であり※8、期せずして世に出てしまったことも考えられるが、この職員は、携帯電話もなく、また私がよくやるように、いざというときに電池切れであったかも知れないが、通報できないほど畏怖しているなどの状況に追い込まれていたのであろうと推測できる。突き放して検討すれば、職員の能力は不十分であったと言いうるが、元職員がこれだけの転身を果たして襲ってきたという事態は、十分にスプラッター映画の世界である。事前に適切な形で情報を与えられ、覚悟が据わっていればともかく、公式には何も知らされていなかったとすれば、園の職員にいざ冷静な対応を求めることは、かなりの無理がある。こうしたとき、たとえば、園の上層部が、夜間だけでも警備業者との契約を実施するという対応を実施していたとすれば、夜間勤務の職員も緊張感を新たにして、異なる結果を得た可能性もあり得たであろう。

※9 読売新聞(社会部 田中洋一郎)2016年7月28日朝刊14版1面「相模原視察 容疑者言動 2月に急変/職員5人縛り犯行」

 評価の高低はともかくとして、本事件に係るやまゆり福祉会、神奈川県、麹町署、警察庁、津久井署、相模原市、措置入院先の病院、厚生労働省の対応は、いずれも典型的なものであったと見ることが可能ではある。しかし、本事件の結果と、手紙を渡すという行為までに把握された前兆行動との間には、飛躍があり、事件が防ぎ得るものではなかったと言えるのであろうか。

 本事件において、どの部署が本格的に対応すべきであったか、また、最も実現可能な対策から遠のいていたか、ということを鑑みると、津久井署の公安担当部署と神奈川県警察の警備部(公安担当)を指名せざるを得ないであろう。津久井は良い具合の田舎である。神奈川県の小学生の遠足の目的地として、まことに良い雰囲気のある山間部にある。県央部の水瓶である相模湖がある、心穏やかに暮らせる場所である。であるからこそ、園の立地場所ともなったと推測できる。このような田舎町において、極右の危険性を真に看取できる公安警察が存在したのではないかと期待することは、酷なのであろうか。諸沢英道氏は、容疑者の手紙について、以下のように解説している※10

 【...略...】今回の手紙には犯行動機や犯行予定などが具体的に記されており、警察や行政機関が適切に対応しなければならない内容だといえる。実在する施設名を標的にあげ、容疑者が自の実名や自宅住所なども記しており、単なるいたずらや嫌がらせではないのは明白だ。
 一方、【...略...】非現実的な記述も多い。このため、警察や行政機関は精神疾患者による手紙だとして軽んじた部分はなかったか。犯罪を想定して迅速に動いたかなどは今後、検証すべきだろう。
※10 読売新聞(署名なし)2016年7月28日朝刊12版10面「検証。相模原19人刺殺事件/不可解な手紙 どう読み解く/非常に極端で孤独 諸沢英道氏常盤大学元学長(犯罪学、被害者学)」


 ネットで流通している衆議院議長宛の手紙は、内容のアンバランスさをうかがわせるものであるが、なお、危険性の高い内容であることが理解できるものである。我々は、すでに、昨年来の複数の事件を通じて、極左的な政治的背景色の薄い公安事犯が存在することを、公知の事実として共有しているのではなかったか。これらの特徴的な公安事件の犯人は、いずれも、事件を完遂しうるだけの実行能力を有し、SNS等を通じて犯行を行う旨の宣言を外部に向けて発信しており、現に敢行した者たちである。彼らを十分に現実の脅威として認識することは、妥当である。

 なお、ネットで流通する容疑者の手紙の書き起こしは、テレビ番組の画面キャプチャを元にしており、読売新聞の抜粋※10よりも自主検閲の程度が低いようであるが、なお、重大なフレーズが白塗りとされているために、書き起こされた内容だけでは、容疑者がいわゆる陰謀論を本当に信じ切っていたのか、信じた内容とソースは何か、隠れた動機はないか、などの重要部分を理解する上では役に立たない。容疑者がある公益法人に言及したことがネットで騒がれているが、つまり、この部分は、読売新聞の記事が抜粋という名目で自主検閲した部分であるが、白塗り部分が明らかにされないことには理解が真逆となる虞もあるために、犯人がどのような理解を当該の法人に対して有していたのかについては、分からないものと考えるべきであろう。当該法人に対する記述があったとて、容疑者の考え方に言及するには、材料不足に過ぎるというべきである。また、当該法人の広報する思想が容疑者の犯行に直接の思想上の示唆を与えたのか、という点については、明らかに容疑者に事実誤認がある、と考えて良い。これらの事実誤認と見なしうる部分を除けば、手紙の内容は、十分に犯行宣言として認められ、かつ、元インサイダーであるだけに成功の可能性がきわめて高いと見なされるものである。


 読売新聞、日本経済新聞、朝日新聞の各朝刊は、防犯カメラ16台を津久井署の助言を得て設置したことを報じている※11、※12、※13が、防犯カメラが直前の抑止に役立つのは、機会犯に対してのみである、ということは犯罪学の「常識」である。読売新聞だけは、園が代表電話番号を特定通報番号に登録したことを記している※11。この対応は、適切であるが、周知されていたのであろうか。また、代表電話番号は、詰所から発信できたのであろうか。私は、前日の追記において、防犯カメラ単体よりも、「ナンバープレート自動読取りシステム」が導入されるべきではなかったか、という指摘を念頭に置いて記述した。私のブログでは、私自身が後になって分かりにくいと思う文面を一部修正することがあるが、本点については、記述を修正していない。色々と慮り過ぎて、なかなか伝わらなかったことを反省している。ゆえに、本日の記述は、要らぬ注目を受ける程度に踏み込んだ記述となっている。防犯カメラ単独では、監視人員が充当されない限り、少なくとも予防・抑止効果はない。これは、諸方面に差し障りがあるので具体的な指摘は避けるが、警察官の中でも常識であろうし、誰もが容易に思い至ることのできる「常識」である。防犯カメラの導入が単独では抑止に役立たなかったという結論は、今回、採用せざるを得ないものである。ここでの失敗の敗因は、防犯カメラを推奨した側に、基本的な理解、つまり、防犯カメラは一次予防において役立ち、日和見的な犯罪、機会犯罪には役立つかもしれないが、二次予防、つまり直前の抑止には役立たず、決心の固い(determined)犯罪者には役立たないという、ごく当たり前の知識が存在しなかったことと、容疑者に対する軽侮の念が存在したことであろうことにある。


※11 読売新聞(社会部 田中洋一郎)2016年7月28日朝刊13版11面「相模原刺殺 識者の見方 緊急論点スペシャル/司法と行政 連携強化を 中央大名誉教授 藤本哲也氏」
※12 朝日新聞(久永隆一)2016年7月28日朝刊14版1面「措置入院 あり方検討 厚労省」
※13 日本経済新聞(署名なし)2016年7月28日朝刊14版39面「措置入院から退院 把握遅れ/警察と行政 対応検証へ」

 「常識」という用語を用いた理由は、「誰もが思いつけることは、誰かによって実行される可能性が常にある」という「消費者目線」、転じて「犯人としてありうる目線」の重要性を示すためでもある。衆議院議長公邸において、警備の警察官が手紙を受領し、その事実が津久井署にまで伝達され、緊急措置入院となったところまでは、適切な対応が進められたと言いうるかも知れない。しかし、その後の対応は、十分であっただろうか。容疑者の退院後、各組織の担当者は、今回の事件に悔いのないように、誠意を尽くして業務に従事していたと言えるのか。日本のあちこちで、組織のしがらみにとらわれることのない自由な心証に基づく指摘が必要とされている。改革は必要ないかも知れないが、改善を進めていくことは、必須であり、改善しようとする姿勢には、何らの疚しいことはないのである。


平成28年7月28日18時追記

朝日新聞夕刊は、1面において、容疑者が100mほど離れた民家の前に駐車していたことを報じている※14。この内容は、犯人が陰謀論に係る話題に言及した理由が自身の心神喪失状態を主張するためであるとみる材料となるとともに、ナンバープレート自動読取りシステムだけでは抑止が困難であったことを示すものとなる。防犯設備に係る私自身の主張の強さは、不充分であった。記して我が身の教訓とするとともに、関係者にも反省を求めることとしたい。

 防犯カメラシステムは、RBSS制度を離れて指摘すれば、基本、保護された有線を標準として、やむを得ない場合には指向性の無線を採用すべきである。しかし、有線は、設置箇所が広くなればなるほど、ケーブル敷設に係る工事費が高く付くために、設置面積の二乗根に比例したーブル敷設費用を要するという課題を有する。しかし、駐車場所にも注意を払うほどに容疑者が常習的犯罪者に近い合理性を有しているため、敷地境界を十分に監視可能で、かつ、動体検出が可能なように、それなりの密度をもって設置する必要があったと言えよう。

 朝日新聞は、結束された職員の一人から非番の同僚に向けて『LINE』のメッセージが発信され、これを受けた職員が午前2時38分に110番通報したことを伝えている。代表電話の特別通報登録は、結局、役立てられなかったと言える。この事実は、すべての対策がヒットするわけではなく、どのようなセキュリティ対策においても、多重防護が必要なことを示唆するものである。仮に、緊急通報アプリが存在し、ボタンを2度押すだけで動くものであったとすれば、被害の程度が抑えられた可能性も認められる。

 朝日新聞は、同じ夕刊の別記事において、大麻に係る陽性反応についての情報が共有されていなかったことについて、報じている※15。ここで重要な情報は、むしろ、情報の共有がなされなかったということよりも、容疑者が覚醒剤及び麻薬の任意検査については同意しており、大麻については拒否したという経緯である。この判別能力こそは、情報共有されるべき内容ではなかったか。この情報が提供されていれば、少なくとも、精神科医は、コイツは嘘吐きだな、という先入観を以て容疑者を観察できたはずである。この経緯を記事からうかがい知ることは難しいが、記者本人も本点を意識的に示した可能性が残る表現ではある。それに、容疑者の手紙の中には、大麻礼賛とも取れる表現が見られる。相模原市への当てこすりは、警察内部における情報の非共有を明らかとしてしまう危険性がある。

 最後になるが、本記事は、以前に記したトランプ氏に係る記事以降の記事すべてを含め、3日間、キャッシュへの登録すら保留されている状態にある。密かに変更しても、本記事を密かに覗く者以外には、何ら影響を与えないものであるが、そうすると、私自身がブログを開設し、本年度に至るまでに設定している自分ルールに悖るために、恥を忍んで明記しておくことにする。この機微は、世の中にはプリンシプルが必要である、という信念から生じたものである。私には(、robots.txtがデフォルトである場合には)、キャッシュに乗せるところまでは、プリンシプルの範疇ではないの?という疑問があるのである。


※14 朝日新聞(署名なし)2016年7月28日朝刊4版1面「施設侵入「裏口から」/相模原殺傷容疑者 防犯体制熟知か」
※15 朝日新聞(署名なし)2016年7月28日朝刊4版11面「大麻陽性 県警に伝えず/措置入院時 相模原市「義務ない」」



平成28年7月29日00時追記

デジタルの仕組みについては、私よりも詳しいであろうブログ『弁財天』の運営者氏は、果たして、1分余りで被害者1名となるスピードランが可能であったのかと、サンディ・フックに係る陰謀論にも準じた疑問を呈している(リンク)。容疑者や施設運営上層部以外に係る実名報道がないことは、その可能性を残すものではある。しかし、『弁財天』氏は、一点の可能性を見逃している。この可能性自体、わが国では責任を問う声が上がる可能性があるために、私が真に自身の将来のみを懸念するのであれば、沈黙することが望ましい可能性である。しかし、もうすでに、私は、ある方面から見れば、ルビコンを渡河中であろう。よって、可能性を明示して、今後の教訓として考えられる可能性を述べておこう。

 これだけの凶行が、殺人初心者の個人に可能となった背景として、施設が重度障がい者向けのものであるために、夕食に対して「夜ぐっすり寝られる成分」が混入されていたというものが考えられる。「無理矢理大人しくさせる」種類の薬であれば、関係者でも躊躇したかもしれないが、また、わざと商品をディスるわけではないのであるが、「夜ぐっすり寝られる五大栄養素」的な物質が多く発見されて製品化されている事実は、われわれもマスメディアに囲まれて体感しているところであるから、この考えに職員が至ることは、さほど無理筋ではないし、背徳感のある話でもない。何と言っても、栄養補助食品等は、薬物ではなく、食品に過ぎないのであるから。夜間に問題を起こす入居者がいるという虞がないからこそ、職員らは、仮眠を十分に取れていた、という事情も考えられる。この(薬効)成分の無自覚的な摂取は、被害の低減を考察する上では、避けて通れない内容である。何なら、職員も同じ食事を取ることにより、入居者から信頼を得ていた事情すら認められる。仮眠を十分に取ることによって、職員は、食品の影響を低減できていたであろう。本点可能性に当たっては、事故調査委員会のような仕組みが必要であろう。厚生労働省の委員会の委員が、この可能性に気付くことがあろうか。結構見物である。

 おそらく、前段落の指摘によって、私が御用学者として厚生労働省に呼ばれる余地は、ゼロになったであろう。しかしながら、格好良いことを深夜にほざくのは、人の習性である。朝になったらブログを読み返し、その後に公開するように、という助言を行う記事がウェブ上にあったように記憶する。同感である。黒歴史感を覚えないうちに、とりあえず本追記部分を終えて自分に知らんぷりをすることにしよう。


平成28年7月29日12時追記

前追記部分は、やはり黒歴史感を拭えないが、読みやすさと正確さのために、ある程度の内容を追記して、残すことにする。食品等を工夫して夜間の入居者を沈静化させていたという可能性は、通常であれば、人が考えていないものであるように見えるためである。障がい者施設の実際については、私も門外漢である。しかし、一般人であるブロガーの多くが気付いていないのであれば、また、職員が現場で外部の人物に見せられないことをしているという自覚があるのであれば、実務経験等を通じて現場を具体的に知る御用学者でもなければ、この可能性に気付くことはないであろう。よって、この可能性は、文章として残しておく価値があるというわけである。

 しかしそれよりも、容疑者が知的にだけではなく身体能力にも障がいのある人たちを優先して狙ったという可能性も高いであろう。ただし、この可能性は、先に示した職員側のルーティンと並立しうる内容である。どちらかが成立すると、片方が否定されるという内容ではない。むしろ、両方の条件が揃ったからこそ、被害が大きくなったという可能性が認められる。

 なお、近隣住民により撮影・提供された防犯カメラ映像※16によれば、大量殺人のわりに返り血が少ない、という指摘がネット上に見られるものの、犯人は雨合羽を用意しているし、おそらく、事件現場において、シーツや(この時期であるから)タオルケットなどの寝具をカバーとして利用したのであろう。犯行における容疑者の合理性は極めて高い。行為無価値説からも今回の事件は否定される内容であろうが、この事件で犯人が心神喪失や耗弱ということは、あり得ないであろう。近隣住民が深夜まで起床していたことにも驚かされるが、防犯カメラを設置していた経緯も気になるところではある。

※16 “戦後最悪”19人刺殺、防犯カメラが捉えた容疑者の姿 News i - TBSの動画ニュースサイト
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2830126.htm



平成28年8月6日01時追記

相模原障害者殺傷事件、犯行直前の「貧」と「困」|生活保護のリアル~私たちの明日は? みわよしこ|ダイヤモンド・オンライン
http://diamond.jp/articles/-/97962

 上掲リンクで、みわよしこ氏は、容疑者が生活保護を短期間受給していたが、7月には食事にも困る貧困状態ではなかったかと推測している。7月まで事件がずれこんだ理由の候補として、私にも納得できるものである。みわ氏は、同時に、本事件がヘイトクライムである旨を強調しており、沖縄タイムスの指摘を賞賛している。本事件がヘイトクライムの一種であると見ることも可能ではある。しかし、本事件に対しては、「容疑者の主張が手紙等を通じて広く流布され、障がい者のコミュニティが恐怖を覚え、これに社会が上手に対応できていない」という状況を鑑みるに、私は、あえて、本事件をテロ事件として理解し、対策を実施すべきであると主張したい。

 私が本事件をテロ事件であると主張する理由は、犯罪予防研究という観点から本事件の再発防止を図る場合(私にとって、都合が良いように、「犯罪学」と述べていないことに注意)、本事件をテロ事件と見た方が色々と捗るからである。ヘイトクライム対策に比して、現状、テロ対策のリソースは、大変に豊富である。わが国の縦割りの現状に対して注意深くある人物ならば、本事件は、断然、テロ事件と言うべきである。ヘイトクライム対策に問題を押し込める形になると、実質的に、国民の生命、健康及び財産が保護されなくなってしまうであろう。

 なお、本事件をテロ事件と見て、本事件に類似する事件を抑止し続けられるだけの構想を実現するとなると、別記事(リンク)でも述べたが、エース級の若手警察官が一県(都道府県)で1ダース以上は必要となり、それにつれ、相当のバックアップ態勢が必要となろう。この態勢を維持するためには、追加の手当や制度も必要となろう。他方で、その手当が真に必要であるか否かを検討するためには、裁判におけるインカメラ審理のような方法論が必要となる。このバランスをいかに取るべきかについては、私には構想がない。また、この態勢は、国内の犯罪を防ぐ上で有効になるであろうが、わが国の情報環境を考えると、国際関係の事案にも転用可能であるとは言い難い。この点、融通が利かないと考える向きもいるかも知れない。本点は、問題の所在を述べるだけで、筆を置くことにしたい。


平成28(2016)年9月21日修正

誤記を訂正し、リンクの張り忘れを訂正し、段落に入っている余分な改行記号の<br />タグを削除した。

2016年7月25日月曜日

荒引健ほか, (2013). 『R言語上級ハンドブック』, C&R研究所.(書評)

 同書は、同書の冒頭で示唆されるとおり、R言語でビッグデータを扱うためのノウハウを示した書籍である。内容そのものは良いが、題名から予想される内容と同書の実際の中身は、やや乖離しているようにも思われる。統計学的手法についての解説は、他書を当たった方が良い。掲載されているスニペットは、基本的にヘルプファイルのものである。上級者に至る上で必要な、エレガントなRコードの具体的な書き方を指南してくれもしない、という点は、題名負けしているとも指摘しうる。とはいえ、ウェブ上で継続的に公開されるデータを分析するにあたり、一読に値する書籍である。
 単なる印象だが、ここ5年ほどの間で、ほかのプログラム技術に秀でていた人が新規参入したために、R言語は、統計方面に強みを有するスクリプト言語としての地位を確立したかのようである。



荒引健ほか, (2013). 『R言語上級ハンドブック』, C&R研究所, p.55.
関数説明
substitute言語オブジェクトの式を書き換える
quote引数を未評価の式として返す
enquote引数を評価した上でquoteして返す
bquote言語オブジェクトの式を書き換える
call呼び出しオブジェクトを作成する
do.call呼び出しオブジェクトを作成して評価する
expression表現式オブジェクトを作成する
eval未評価の式を実行する
evalq未評価の式を実行する。引数を評価する環境がevalとは異なる
parseファイルやテキストをパースして表現式オブジェクトを返す
deparse未評価の言語オブジェクトを文字列に変換する

調査の際の表計算ソフトウェアの扱い方の基本(メモ)

 調査を行うときの表計算ソフトウェアの扱い方の基本を記しておく。本記事は、随時改訂する可能性が高い。(ほかにウェブサイトを作り、対応するかも知れない。)

 表計算ソフトのデファクトスタンダードは、Microsoft社の『Excel』であるから、これを念頭に置いた記述とする。以下に示す作業を怠ると、普通に『Excel』を扱える程度の人物なら、後で悶死する程の苦しみを味わうことになる。私も、作成者の自他を問わず、データを扱う場合には、常に苦しんでいる。
  1. 列名は、1行に収めること。
    • 説明を加えたいなら、別のシートを作成して、そこに思う存分書き込めば良い。
    • 列名には空白記号やナカグロや半角カタカナを使わない。文字数もできれば少なく。
    • 完全に安全であると見なせるのは、半角英数文字で8文字まで、先頭はアルファベットで。
  2. セルの結合を用いないこと。
    • 同じことを繰り返したいのなら、セルをコピペすれば良い。
    • 『Excel』では、結合されたセルの扱いが不統一な状態にある。内部のVBA関数の引数でさえ、引数の取り方に怪しいものが含まれることがある。バージョンによっても扱いが異なる場合もある。
  3. セルに入力規則を定めておくこと。
    • 半角・全角の区別が必要かもしれない。特に分析にかけられることが想定されるデータの場合には、数字と文字列との区別が大事である。
    •  「○」と「×」を示したい場合には、工夫が必要である。一番良いのは、○なら半角数字1(イチ)を、×なら半角数字0(ゼロ)を割り当てることである。
  4. データの入力範囲を矩形に定め、範囲内には必ず値を入力すること。
    • データ未入力のセルがないようにすることが大事。データ未入力=未調査だと分かるからである。
    • 調査を省略したり、対象が存在しないなどの場合には、NA()関数が便利。
       

指宿信氏のGPS利用捜査に対する「ビッグデータ時代」発言について(日経H280725)

平成28年7月25日の日本経済新聞東京13版34面は、「論点 争点 メディアと人権・法/令状なしGPS捜査「違法」/立法措置が検討課題に」という記事で、指宿信氏に取材している。

以下は、指宿氏の発言の一部であるが、違和感の残るものである。まず引用して、次段で違和感の正体に言及しよう。前記事(2015年5月15日)と同様、その適法性は、私の守備範囲ではない。前記事と同様、私の指摘は、物事に対する正確な理解の上に、適法性が争われるべきであるというものに留まる。

〔...前段落まで略...〕

指宿信・成城大教授は「公道上や店舗といった場所での警察の監視活動について、プライバシー侵害の程度が少なく適法とした過去の司法判断は、ビッグデータ時代に見直しを迫られている」と語る。その上でGPS捜査について①令状取得の義務付け②データの取り扱い規制③本人への事後通知制度――の導入を提案する。

【...最終段落を略...】

違和感の正体は、捜査対象が絞り込まれた後のGPS捜査の適法性という主題を扱うときに、「ビッグデータ時代」という用語が飛び出てくる点にある。GPS捜査において蓄積されるデータの量は、たとえば一台の車両という、絞り込まれた後の車両を追跡するということであれば、型落ちのノートパソコン一台で快適に分析可能である。ビッグデータという用語は、「クライアントの主記憶装置に格納することが適わないほど膨大なデータ」という意味を含む。(典拠は示さないし、記憶だけで記すが、その正確性については、自信を有している。)指宿氏の発言が引用の通りであれば、ここでの批判の対象は、GPS捜査ではなくなってしまう。

現時点では、ある捜査対象者の移動履歴の固有性を、ほかの人物の移動履歴とネットワーク科学の観点から比較しようとする場合であっても、ビッグデータにアクセスする必要があるのは、最初の段階だけであって、データを切り出すという作業に留まるであろう。それに、この作業は、GPS捜査における犯行の立証作業には不要である。連続犯または常習犯(おそらくこちら)について、犯行現場と犯行時間の組を提示し、その組に捜査対象者から採集されたGPS記録が時空間上で一致するという事実を立証するということになるだけであろうからである。

このようなGPS捜査に対して、強いて旬のキーワードを挙げて対抗するつもりなら、特定企業を想起させるが、「IoT時代」の語が用いられるべきである。日本の研究者として、少しなりとも国際的な先取性を主張するという作業に貢献するという含みを持たせるならば、「ユビキタス時代」が適切な候補となる。これらの用語であれば、いずれも、捜査の初期の過程において、データを取得するという段階の適法性に触れる言葉になり得る。ただし、「ユビキタス時代」の語の方が、適法性の検討範囲が広い。ネットに接続するという用途が想定されていない機器が含まれ得るためである。

先の引用部分において、記者の側による文章構成の影響が強いのか、それとも指宿氏の側からこの語が引用通りの文脈によって提示されたのかは、私には知る由も必要もないのであるが、とにかく、正確な議論の妨げになろう。指摘して公開しておきたい。




2017年7月25日訂正

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リチャード・アーミテージ氏の「トランプ氏への反対率6割」説は識者失格である

 本日(公開が翌25日になってしまったが)平成28(2016)年7月24日の読売新聞朝刊1面のコラム「地球を読む」の著者は、同紙読者にとっておなじみのリチャード・アーミテージ氏であるが、私にとって大変興味深く思われたのは、同氏の論考に、ドナルド・トランプ氏への言及がまったく見られなかったことである。掲載予定日やら和訳の時間やらを考慮しても、共和党大会について全スルーするという決定は、アーミテージ氏によるものであったと見るべきである。

 陰謀論に多少なりとも造詣のある者にとっては、アーミテージ氏が9.11当時のアメリカ合衆国国務副長官※1である上、プレイム事件※2において、「上司が率先して気に入らない部下の身分をバラした」というルール破りを指弾されていることは、もはや常識の部類である。後者に係る指摘は、Wikipediaの英語版にさえ明記されており、映画『フェア・ゲーム』の題材ともなったようである。同氏の事件への関与に係る記述は、百科事典的なものであるという衆目の評価をくぐり抜けているからこそ、「アーミテージ氏が最初の機密漏洩者であるか否か」という点に係る議論を含め※3、現時点でも、誰もが簡単に読むことができるように示されているのである。平たく言えば、さすがに誰も擁護できる不正ではない歴史的事実であるからこそ、「忘れられる」ことなく、後世に晒されることになったのである。

 ところで、アーミテージ氏が自身のコラムにおいて、共和党大会に言及しなかった理由は、彼の予想が大きく外れたことを自ら暴露する危険をこれ以上避けるためであったと推測できる。というのも、平成28年3月11日(!)の日本経済新聞(電子版)は、
 「トランプ氏が大統領になる可能性はあるが、明らかなのは共和党員の60%以上、今では3分の2がトランプ氏を支持することができない」と指摘した。そのうえで「多くの共和党員は少なくとも外交政策で、トランプ氏ではなく、クリントン氏に投票するだろう」と述べた。「もしトランプ氏が大統領になれば、危険な人物を政府の様々な地位につけるだろう」との懸念も指摘した。

 アーミテージ氏は「日米関係のためにも(トランプ氏よりも)クリントン氏だ」と力説した。「彼女は一生懸命働くし、仕事を知っている。多くの人は彼女に好感を持っていないかもしれないが、彼女が有能でないという人は誰もいない」と述べた。トランプ氏については「多くの人は好ましく思っていないし、どの程度の能力があるかも確かではない」と語った。(リンク

【以上、全5段落中、3及び4段落目を引用】
と報じている※4一方で、トランプ氏の指名獲得がほぼ確定的になったという状況下でアーミテージ氏の本日公開の原稿が執筆されたであろうことは、タイムライン上、不自然ではないためである。なお、トランプ氏が共和党の指名候補となった場合にクリントン氏に投票するというアーミテージ氏の意見は、本年3月だけでなく、政治ブログサイト『Politico』の本年6月の記事においても繰り返されている※5。同記事は※5、プレイム事件に係る疑惑を併記しており、朝日新聞の記事にも引用されている※6。結局、トランプ氏は、アーミテージ氏の予想を覆し、共和党員の代議票の70%近くを獲得しているのである※5

 アーミテージ氏の予想の外し具合は、アーミテージ氏が子ブッシュ政権時の重要閣僚であり、同政権が不正選挙によって成立したものであるという疑惑がかなりの確度を有する証拠とともに指摘されているだけに、重要な手がかりである。また、同氏は、いわゆるジャパン・ハンドラーズの一員であり、わが国の選挙管理に関与・影響した可能性もゼロではない。この「ゼロではない」という表現は、ゼロ超1以下を意味するが、私や一般の日本国民と比較すれば、選挙管理を補助する機器を製造・販売する企業に対してアーミテージ氏が面識を有する確率は、私よりもよほど高い数値を誇るものとなろう。あるいは、仮に同氏が直接の面識を有さなかったとしても、これら機器製造企業関係者へのネットワーク上の次数は、私よりも小さなものになるであろう。(コンタクトした時期を制限すれば、なおのこと、この予想は、確実なものとなるであろう。)

 アーミテージ氏がトランプ氏の支持者から信用されていないという前提に立ち、いくつかのパラメータを仮定すると、アーミテージ氏がどれくらいの割合で共和党関係者からも信用されていないのか、あるいは、同氏自身がどれだけ事実から乖離した嘘を吐く人物であるのか、を推定することが可能となる。これらを推定可能である理由は、インプットの実際こそ不明である※8ものの、3分の2が反トランプ氏であるという趣旨のアウトプットがアーミテージ氏自身から発せられており、かつ、代議員の70%がトランプ氏に投票したという事実と比較可能なためである。なお、アーミテージ氏のプレイム事件に係る疑惑は、共和党関係者には認知されていると考えて良いであろう。とすれば、共和党関係者といえども、核心的な利益を共有する人物でなければ、アーミテージ氏に対して心を開くことはないであろう。これが、アーミテージ氏が共和党関係者から信用されていないとする定性的な理由である。

 次表は、必要なパラメータをまとめたものである。

表1:リチャード・アーミテージ氏による
反トランプ氏率の当否の検討に係る枠組
アーミテージ氏への回答\トランプ氏への投票投票する
$p_1$
投票しない
$1 - p_1$
正直に回答する
$p_{2\cdot}$
$p_1 p_{21}$$(1 - p_1) p_{22}$
嘘を吐く
$1 - p_{2\cdot}$
$p_1 (1 - p_{21})$$(1 - p_1) (1 - p_{22})$

\[p_1 = \dfrac{1725}{2472} = 0.6978155\]であることが既知であるから、本件は、単に$p_{21}$と$p_{22}$の兼ね合いの話になる。これらの数値は、\[0 \leq (p_{21}, p_{22}) \leq 1\]の範囲を取るが、ここでは、5%刻みを取ることとしよう。

 本来ならば、代議員の属性は、アーミテージ氏との接触頻度に影響するであろうから、接触頻度に係るパラメータを導入する必要があるが、ここではあえて、同氏が代議員と接触したものと仮定する。全代議員の投票結果を母集団かつユニバースであるとみなし、アーミテージ氏の観測が無作為抽出によるものと仮定すると、$(p_{21}, p_{22})$のそれぞれの値について、アーミテージ氏の観測結果である三分の二という結果を得る確率を得ることができる。なお、本シミュレーションは、投票先によってグループを2種に区別し、それぞれで正規分布を仮定することにより、解析的に求めるという方法に代えることが可能である。そちらの方が統計的推定として伝統に忠実な手法であり、よほどスマートであるのではあるが、泥縄シミュレーションが私の趣味なので、今回は、泥縄シミュレーションに拘ることとする。

 次表は、アーミテージ氏と接触した代議員を300人と仮定し、その組を1000回生成し、表頭と表側のとおりに$(p_{21}, p_{22})$を設定した場合、6割以上の反トランプ支持率を得た試行回数を集計した結果である。各セルにつき、共通の1000回のシミュレーション結果から集計しているので、数値が丸まりがちではある。しかしながら、アーミテージ氏が分け隔てすることなく代議員にコンタクトしており、しかも、コンタクトした際の状況についてアーミテージ氏自身が正直であったとすると、トランプ氏への投票者のうち、少なくとも3割がアーミテージ氏に対して嘘を吐いていたということになる。つまりは、アーミテージ氏が自身で主張するような結果は、仮に彼自身が嘘を吐いていなかったとするならば、トランプ氏支持派の3割をディスることになるのである。この仮定は、あまりに無理過ぎるものである。素直に、アーミテージ氏が優秀な社会調査員とは程遠い存在であるか、または、嘘を吐くような存在である、と結論付けることが適当である、ということになるのである。

表2:リチャード・アーミテージ氏による「反トランプ氏率が6割以上」との主張が
成立したシミュレーション回数(シミュレーション回数1000回)
col: $p_{22}$
row: $p_{21}$
00.10.20.30.40.50.60.70.80.91
010001000100010001000100010001000100010001000
0.184298299710001000100010001000100010001000
0.256314738950998100010001000100010001000
0.300272086129039941000100010001000
0.400001012046383098710001000
0.5000000469338757973
0.600000000140210
注1: 命題は、日本経済新聞2016年3月11日インタビュー記事による。
注2: $p_{21}$及び$p_{22}$は、表1の定義による。

 ポイントは、トランプ氏に投票すると決めていた代議員のうちにも、トランプ氏以外の議員に投票すると決めていた代議員のうちにも、アーミテージ氏に嘘を吐いた者がいるという状況であれば、本来、両者は上手い具合に相殺し、アーミテージ氏がこれほど外れた結論に至るということがなかったはずである、という点にある。事実、シミュレーション結果は、アーミテージ氏の主張が彼の体験に忠実に報告されたものであるとすれば、反トランプ氏の代議員がアーミテージ氏に対して正直であるほど、親トランプ氏の代議員の正直さも高まるという関係を示している。その反面、数字のマジックであるが、アーミテージ氏に対して誰もが嘘を吐いていた場合にも、アーミテージ氏が素直であった場合の「6割説」が実現する、という結果が得られている。いずれにしても、「トランプ氏に賛成する派閥の大半が、アーミテージ氏に対して嘘を吐いていた」という結論を採用するのも、今後のアーミテージ氏には困ったことになろう。

 以上の検討から、アーミテージ氏の今年3月11日の主張がなされた理由は、日経記者に対してわざと嘘を吐いていたか、または、コンタクトを取った共和党員が反トランプ氏派のみに集中し、その点を軽視していたか、という2種に限定されることになる。例外的なケースとして、3月の時点から大きく共和党員の態度が変化した、というものを仮想することはできる。しかし、トランプ氏への賛意が大勢であるという状況が見えた時点で、この点に言及してこなかったことは、知日派としてのアーミテージ氏に対する読者の期待を裏切るものである(棒)と同時に、2016年3月以降にトランプ氏への賛否の趨勢が大きく変化したという事実が存在しなかったという理解を補強する材料となっている。事実、「トランプ旋風」という用語は、2016年3月以前から用いられているようである。また、州における代議員への拘束は、一種の紳士協定であり、強制的なものではないようであるから、ユール・シンプソンのパラドクスに類する集合的な誤謬を挙げても、アーミテージ氏の失敗を説明する要因にならないものと考える。


 いずれにしても、アーミテージ氏の言説は、識者失格のレベルに到達したものとなっている。多少の見込み違いではなく、調査の勘所を大きく外しており、大誤報を修正もしていないからである。

 アーミテージ氏の予想が事実に大きく裏切られたという状況は、不正(選挙)が機能しない場合には、不正(選挙)を企むと見なされている側の予想であっても、不勉強か怠惰であるかのゆえに大きく外す可能性のあることを示唆している。アーミテージ氏の失敗は、新聞記者たちが最近の参院選に係る情勢調査・出口調査において、怪しげな結論を引き出したことと同形である(リンク)。これらの情報産出・流通に係る職業人たちは基礎的な概念については中学数学で理解可能な事実※7を無視したために、このような結果を晒している。この無学は、自然犯に係る職業犯罪者が必要十分と思われる分だけ学習することに酷似している。ここに見た事例は、企業犯罪・組織犯罪についても、職業的犯罪者が従来の手口に固執するという法則を拡張するものであるのかも知れない。

 以上、某掲示板の某先生ならば「ハンドラーの実力がIT時代にバレバレとなっただけ」ということを面白おかしく表現してくれるに違いないところ、長々と、内実を詰めてみた。人間の直感というものは素晴らしく出来ており、以上に検討したような論理を飛び越えて、アメリカ国内におけるアーミテージ氏の総合的な実力が低下したことを、瞬時に嗅ぎ分けることができるようである。この点、私は、ネットに散在する、見立ての優れた人を尊敬するが、同時に、ときには、きっちりと論理で囲い込むことも必要ではないかとも考えている。そこにこそ、私の出番があるようではある。

 今回、確認した事実は、「当代のジャパン・ハンドラーズの一人が、故意に嘘を吐いたか、または、専門家らしからぬ安易さで状況を解釈して、わが国の行く末を左右する米国の動向についての、日本語話者の理解を大きく妨げた」という構図である。「7割の賛成」を「6割の反対」と誤報した要因は、およそのところ、無作為抽出の重要性を無視したことによるものと推測されるが、この要因を認めない限りは、怪しさ満点の仮定を盛ったとしても、この程度に酷い誤解には到達しないということも確認した。基本から逸脱する限り、いかなジャパン・ハンドラーズといえども、正しい理解にたどり着くことがなかなか困難である、という訳である。



 最後に不正選挙という語に絡んで脱線しておく※9が、そもそも論でいえば、投票計数機器については、ソースコードを随時開示できないというだけで、疑惑は必要十分である。不正が事実であった場合には、複合的な材料によって、内乱罪を構成する可能性すら存在する。不正に伴うリスクは、日本国民の側にとって、限りなく大きなものである。他方、ソースコードが随時開示されることに対する企業側のコストは、不正が事実であった場合のリスクに比べれば、限りなく小さなものである。孫崎享氏が、わが国にも国際的な選挙監視団が必要である旨をツイートしていたような覚えがあるが、現在の投票用紙仕分け機のプロプライエタリな状況が放置され続けるとすれば、至言である。



 もう一つ、完全に脱線して本記事を締めくくることとしたい。「三分の二という分数は、小数に直すと、6がずっと続くから、この数字に言及したいがために嘘を吐いたのかな?」とまで考えてみたのは、私としては、ご愛敬である。しかし万が一、この考え方がいいとこ突いていたとするならば、本記事は、近代以降の数学によって、迷信をデバンクしたものである、ということにもなる。逆・逆・ドッキリみたいなものである。



#以下、2016年7月24日閲覧・確認。
※1 United States Deputy Secretary of State
※2 日本語英語のWikipediaの記述には、大きな差が見られる状態であって、本記事では英語を参照した。
※3 Talkの項を参照。
※4 アーミテージ氏、トランプ氏指名なら「クリントン氏に投票」:日本経済新聞(平成28年3月11日 1:30)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM10H5E_Q6A310C1FF2000/
※5 Donald Trump was just nominated with the eighth-lowest delegate percentage in Republican history - The Washington Post
https://www.washingtonpost.com/news/the-fix/wp/2016/07/19/donald-trump-was-just-nominated-with-the-eighth-lowest-delegate-percentage-in-republican-history/
※6 アーミテージ氏「トランプ氏なら、クリントン氏に投票」:朝日新聞デジタル(2016年6月17日20時55分)
http://www.asahi.com/articles/ASJ6K54B5J6KUHBI01X.html
※7 実装は、高校程度のプログラムの授業によることになり、全体の仕組みそのものは、大学の教養課程以上の知識が必要になるが、結果を読み取ること自体は、中学数学で十分である。
※8 インプットの内実を規定する要素としては、意見を聴取した人数、聴取した人物の立ち位置、そもそも聴取などしていないという場合などが考えられる。
※9 本点については、いつか書こうと思いつつ、そのタイミングがなかったので、見切り発車でここに記した。おいおい検討するかも知れないし、そうでないかも知れない。

2016年7月24日日曜日

ドナルド・トランプ氏の大統領候補指名受諾演説はわが国のTPP推進勢力の梯子を外した

#本記事も、一種の「あらたにす」である。また、本記事の内容は、本日(平成28(2016)年7月24日日曜日)の朝刊各紙を確認する前に記されたものである(文章の調整は、本文を含め、本日中に行われているが、内容そのものの変更は加えていない)。このため、本記事は、図らずも、本日の朝刊に対する前振りとなっている。

 昨日(平成28(2016)年7月23日土曜日)の読売新聞朝刊は、1面の「トランプ氏 TPP反対明言/共和指名受諾 クリントン氏を批判」という記事※1により、ドナルド・トランプ氏の1時間を超える共和党大会演説の概要を示している。読売新聞の1面記事は、トランプ氏がTPPへの反対を明言したことを事実として記載するのみである。1面記事では、事実についての切り取り方はともかく、読売新聞社としての明確な評価を下していない。6面の概要※2も、7面の解説※3にも、社としての評価は提示されておらず、アメリカ総局長の小川聡氏による記事※4が挙党態勢とは言えない旨を指摘するのみである。ただし、小川氏は、TPPには言及していない。

 他方、日本経済新聞の1面記事※5は、リード文の末尾で、
【...略...】各国で批准の過程に入った環太平洋経済連携協定(TPP)に反対した。同氏の内向きな政策に産業界や投資家は不安を強めている。
というトランプ氏への批判を明記し、本文では、
【...略...】TPPに反対するトランプ氏は共和党の従来の政策と一線を画する。18日に採択した党の政策綱領はTPPの早期批准に余地を残していた。

とTPPが共和党による主要政策であったと主張している。朝日新聞は、1面ではトランプ氏の演説を報道していないが、2面にメインとなる記事※6を載せ、別立ての「日本政府懸念」という見出しを掲げた記事などで、周辺の受け止め方を提示している※7、※8。朝日新聞は、日本政府の意向について、次のように伝えている※8
 日本政府はトランプ氏が反対する政策について、早めに道筋をつけることで、方針転換が図れないようにしたい考えだ。TPPは、秋の臨時国会で協定の発効に必要な国会承認に優先的に取り組む方針だ。首相官邸幹部は「トランプ氏は本当に強くTPPに反対しているのだろう」と語る。

 トランプ氏が在日米軍駐留経費の負担増を求めていることにも危機感を募らせる【...略...】
※1 読売新聞(2016年7月23日)「トランプ氏 TPP反対明言/共和指名受諾 クリントン氏を批判」朝刊1面14版.
※2 読売新聞(2016年7月23日)「貿易協定 強い不信/クリントン氏 操り人形/テロ関係国の移民 拒絶/受諾演説要旨」朝刊6面14版.
※3 読売新聞(2016年7月23日)「治安・同盟「米国第一」/トランプ氏受諾演説/民主の政策も盛り込む/米大統領選2016」朝刊7面14版.
※4 読売新聞 小川聡(アメリカ総局長)(2016年7月23日)「「トランプ党」の代表」朝刊7面14版.
※5 日本経済新聞(2016年7月23日)「トランプ氏、反TPP明言/共和党大会「米産業を壊滅」/大統領候補受諾 国益を優先」朝刊1面14版.
※6 朝日新聞(2016年7月23日)「トランプ氏「米国第一」/指名受諾 移民・貿易 不満を代弁」朝刊2面14版.
※7 朝日新聞(2016年7月23日)「クリントン氏へ「既得権益」矛先」朝刊2面14版.
※8 朝日新聞(2016年7月23日)「米軍駐留・TPP 日本政府懸念」朝刊2面14版.

 ドナルド・トランプ氏は、大統領候補指名受諾演説※9において、TPP、環太平洋パートナーシップ協定をヒラリー・クリントン氏が支持したことを批判している。その前振りとして、ビル・クリントン氏が最悪の経済協定であるNAFTAを締結し、WTOへの中国の加盟を支持したこと、ヒラリー氏がこれらの中産階級を破壊する通商協定を事実上すべて支持してきたこと、韓国との通商協定(FTA)を支持したことを批判している。具体的には、以下のように述べてTPPを批判している。
 TPPは、われわれの製造業を破壊するだけではなく、アメリカを外国政府の支配の対象とする。私は、われわれ(アメリカ人)労働者を傷付け、またはわれわれの自由と独立を縮小するような、いかなる通商条約にも署名しないことを誓う。その代わり、私は、個々の国とは、個別の取引を行う。

 われわれは、われわれの国からの(代表の)誰もが読んだり理解することすらできないような数千ページにも及ぶ、多数の国との、大量の交渉に入ることはしない。われわれは、不正を行ういかなる国に対しても、税金や関税の利用によるものを含め、すべての通商違反を取り締るであろう。

 これには、中国による、憤激を覚えるような知財窃盗、それに伴う違法な製品の不当廉売、破壊的な通貨操作を止めさせることが含まれる。われわれは、中国や多数の他の国との酷い通商協定を、根底から再交渉する。これには、NAFTAについて再交渉し、アメリカにとってはるかに良い成果を得ることが含まれる。そして、われわれが望む結果が得られなかったときには、われわれは立ち去れば良い。われわれは、(われわれの望むように)物事を作り上げる作業を再び始めるであろう。

【以上は私訳である。原文リンク※9
※9 Full text: Donald Trump 2016 RNC draft speech transcript - POLITICO
http://www.politico.com/story/2016/07/full-transcript-donald-trump-nomination-acceptance-speech-at-rnc-225974

 トランプ氏からみて、TPPは、締結の経緯にかかわらず、他国により強いられようとした不正な協定である、とわれわれは理解することができる。正確には、TPPは不公正な交渉であって、法に違反した不正な交渉であるとまでは指摘していないが、引用部分を全体として読めば、この解釈については、何ら問題はないであろう。また、以上に引用したトランプ氏の演説に摘示された事実は、TPPについては真であると言える(反論があるなら、証拠とともに提示すべきである)。この事実から導かれるTPPに対する意見は、関係各国の国民の立場により異なりうるかもしれないが、少なくとも、共和党の大統領候補となったトランプ氏にとって、他国によるTPPの押しつけは、不正なものと認識される可能性がきわめて高いものであると見ることができる。

 すると、朝日新聞によるとTPPの早期推進を働きかけるとするわが国は、名指しされずとも、「不正を行ういかなる国」の候補に自ら含まれようとしていることになる。トランプ氏が相手国との個別の交渉には応じると明言しているにもかかわらず、わざわざ、TPPを締結しようと推してくる国は、「不正な条約」を推す国である。わが国にとっての得策は、TPPを通じてではなく、従来型の国家同士の通商協定の枠組みの中で、国益の保全・向上を図るアメリカとの交渉に臨むこととなる。つまるところ、トランプ氏が大統領となった場合には、ネオコン台頭以前の規準が適用されると理解し、その状態に向けて覚悟を決めれば良いだけである。

 TPPやNAFTAに対する批判に続いての中国への強硬策に係る部分も引用したが、私がこの部分を引用したのは、トランプ氏の強圧的な対外政策が日本に対して適用された場合の成り行きを想像するための材料に用いるためである。決して、中美関係または米中関係そのものについて言及したい訳ではない(し、私には、その分析能力もない)。ただ、「戦争屋」の影響を脱した米国は、再度、自身についての「正しさ」や「公平さ」を棚上げせざるを得ない場合であっても、「正しさ」や「公平さ」を外交の場で規準とする(利用する)であろうし、この語は、中国に対しても、日本に対しても、相手国を見ながら相手国の行為に使用されることになるであろう。中国と米国という、太平洋を巡る二大国の狭間でわが国が生き残りを図る際、国際的に見た場合の「正義」「公正」に悖ることは、米国からの批判の材料となる。「トランプ大統領」の米国との交渉の場では、社会科学分野にいう「実証的な証拠」が活用されることになるであろうし、たとえば調査捕鯨分野において展開されているような、自然科学の範疇に収まらないプラスアルファの動きも重要なものとなるということであろう。

 TPPが立ち消えとなった後の日米交渉においては、「不正」という語だけではなく、「不公正」という表現が今後用いられる可能性がきわめて高い。この論拠を詰めることはしないが、共和党の予備選を通じたトランプ氏に対する、「考え方が旧来のものである」という趣旨の批判がグローバリストの側から多数提起されたことをふまえれば、この予想が的外れということはないであろう。わが国は、日米繊維交渉や、自動車や半導体分野における貿易摩擦の再現のような、タフな二国間交渉を米国から強いられる可能性が十分に認められるという訳である。(農業については、当時とは異なる条件がいくつか存在するため、その考察は、別の機会に取っておこう。)TPPに係る交渉において、わが国の国益を代弁するはずの人物は、誰も必要十分に把握していなかったに違いないが、TPP関係国の諸制度の中には、アメリカの現時点・近い将来の諸制度からみて、卑怯であると見なされる制度が多く存在しているであろう。この種の制度は、たとえ日米以外の第三国のものであったとしても、今後の二国間交渉の場において、TPP交渉時に日本側が黙認していたことを示すカードとして利用されるであろう。

 TPPに係る交渉経緯は、今後、何らかの形でインターネット上に公開(あるいは放流)される可能性がそれなりに高いものと認められる。トランプ氏が大統領になった場合、公権力によるTPPに係る情報公開が進められる可能性も認められる。もちろん、「トランプ政権下」の開示作業は、直ちに公開されるにせよ、後世の公開となるにせよ、アメリカの国益に沿うように資料を精査してからのものとなるであろう。「トランプ大統領後」に、TPPに係る交渉の経緯が全く公開されないことを期待することは、とても不可能である。TPPの交渉経緯が暴露されることによって利益を得る存在には、大多数の国々と、米国を含む関係国のいわゆる99%が含まれるためである。また、いくつかの交渉資料は、実際、TPPに反対してきた組織等に流出している。流出の事実と、TPPの締結が困難となり締結に伴う秘密保持が期待できなくなったという事実の組合せは、流出させた人物が「国民国家側のアンダーカバー」であるのか「グローバリスト内の裏切り者」であるのか「愛国者」であるのか等の内実はともかくとして、TPP交渉に従事し、当該国の国益を代弁する上で含まれる必要のなかった人物に対するプレッシャーとして、現に機能しているはずである。「反トランプ」の動きに与する人物の中には、自らが国を売る作業に従事したことに自覚的である者が含まれる、と見なしても、さほど間違いではなかろう。その反面、国益(第一)という、奉仕に足るだけの使命を与えられたアメリカの(国家)公務員の士気は、ここ十数年の零落ぶりから立ち直るものと見て間違いない。同じ人物でも、パフォーマンスには大きな差が出ることとなろう。

 TPPの締結自体がアメリカにおける状況の変化によって望み薄となりつつある現在、TPP交渉に関与した個々人は、保身の余り、『蜘蛛の糸』状態にあってもおかしくはないのであるが、土曜の朝刊における三紙の論調は、その混乱を反映したものとなっている。読売新聞は、
 経団連の夏季フォーラムでは、多くの経営者から、欧米で自国産業の保護を過度に優先する「内向き志向の広がり」(飯島彰己・三井物産会長)が、世界的な自由貿易の推進を危うくするとの懸念が相次いだ。

 【...略...】背景には、TPPが「日本の成長戦略の柱」(榊原定征・経団連会長)であるとの期待がある。【...略...】
 とも報じている※10が、ここに示された経団連の意見は、わが国においても、「自国民の保護を優先して何が悪いのか」との反駁を受けて、「ぐぬぬ...」となる性質のものである。同記事は、編集委員の山崎貴史氏による署名記事であり、山崎氏と、TPPに係る直接の評価を顕名の記事に負わせた読売新聞社との間に隙間風が吹いていることを見せつけるものである。タイミングの悪さを露呈しているのは、法政大学教授の森聡氏に対するインタビュー記事※11である。森氏は、安倍内閣に対する外交・安全保障政策の評価について問われ、
 対米関係を良好に保っていることも、外交上の重要な成果だ。TPP(環太平洋経済連携協定)交渉を通じ、安全保障分野だけでなく、経済面でも共通の目標を追求する国だということを米国に見せてきた。【...略...】
と解説している。森氏のいう「共通の目標」とは、まるで、日米の1%だけのものであるかのように読める可能性がある紙面構成となってしまっている。トランプ氏は、TPPが米国民の利益を代表しない条約であるとして、従来のワシントン既得権益層の梯子を外したことになるが、米国の1%からは、誰が率先して飛び降りることになる(飛び降りたことが明らかになる)のであろうか。また、わが国側では、誰がトランプ氏にいち早く靡くことになるのであろうか。なお、日本経済新聞の「にっけいは なかまを よんだ!」ぶりは面白過ぎるので、これは、後々のサブマリンネタとして取っておきたい。なお、日経の面白ぶりは、過去の記事(リンク)において言及した、週刊新潮の論調に近いものがある。

 三紙の読み比べで私に分かったことは、わが国の関係者がいつまでもTPPにしがみついていると、大火傷となる危険が具体化したということである。ただ、日本の国益にならないことであっても、アメリカの国益になり、日本における市場の創出が見込めるTPP交渉分野は、今後のアメリカ側によって大いにプッシュされることになろう。ただ、そのあり方は、TPPのような一括パッケージから離れて構想されなければならないし、アメリカの勤労者層の利益を大いに考慮したものにならなければ、見向きもされない。日本側の利益も見込める産業分野が果たして存在するのか否か。何度か言及している(初出234)が、生活安全警察行政関連パッケージ(薬物、銃器、風俗、賭博)については、日米二か国以外を売込先として、的確な制度設計と厳格な実装を行えば、日本側にも利益が出る可能性が拓けるようにも思われるのであるが、私の考えは、所詮、「畳の上の水練」である。危険性は指摘したので、本稿の記事の意義を果たした、として本稿を締めくくることとしたい。


※10 読売新聞 山崎貴史(編集委員)(2016年7月23日)「広がる「内向き志向」懸念」朝刊8面13版.
※11 読売新聞 比嘉清太(2016年7月23日)「海洋安保 主導的役割を/語る 1強継続(3) 法政大教授 森聡氏」朝刊4面13S版.

蛇足:過去記事の訂正

なお、以前、私は、「読売新聞の本日1面は、TPP推しの読売新聞らしく、」と表現したことがある(リンク)が、本日(平成28(2016)年7月23日)の読売新聞の構成による限りでは、読売新聞が方針を転換したわけではなく、当時の私の理解と記述を訂正しなければならない。当時の私は、読売新聞について、「どこまでもTPPを推す訳ではなく、とある社外の組織の意向に基づきTPPへの賛否を表明する新聞である」と理解しつつも、「読売新聞がTPPを推す」ことの理由をピンポイントで読者に伝達できるように記述するための検討を怠っていた。「読売新聞社を影響下に置く組織の転身」は、今回の私の記述の誤りを生じた原因であろう。私自身は、読売新聞社のプリンシプルを決して読み誤っていた訳ではない、と主張したいのであるが、今回の実績からすると、この弁明は、通用しないであろう。ここに記して、読者に誤解を与える表現を用いたことをお詫びする。

 読売新聞社の論調は、上記のプリンシプルを踏まえた上では参考になるものであり、今回、特に、日経の論調とのズレ(社を挙げて経団連に与しないかのような紙面構成)が見られたことは、わが国の国民益にとっても、米国民の利益にとっても、喜ばしいことであると見える。私の頭の中では、陰謀論的な観点からの利益集団は、日米両国について/1%対99%/1%については「戦争屋」と「その他の利益集団」という大雑把な括りの6種類から構成されている。現在の日米両国の権力構造を考察する上で、この6種類という見方は、それほど現実を捉える上で誤ることのないものであると考えている。以前に言及しようとしてみたカレル・ヴァン=ウォルフレン氏の「鉄の四角形」との違いは何かとか、細かいことは気にし始めないで欲しいが、階級史観と何が異なるのか、という疑問は尤もであろう。私の御用学者としてのレーゾンデートルにも関わる部分であるため、今のところの回答を提示しておきたい。旧来の共産主義における理解との違いは、一つには、分配されているものが資本ではなく権力であるという理解である。経済力は、権力の源泉とはなるが、権力のすべてではない。ここまで定義することが私に求められているとは、私自身が考えていないので、適当という印象を与えるかも知れないが、念のため。それに、社会をモデルとして見る場合、モデルによって現象を8割説明できれば優れて上等であるという諦念に基づき、モデル自体を突き放してみることこそが重要である。この機微は、科学と信念との区別にもつながる。

2016年7月20日水曜日

ゾンビ(ゲーム)とオリンピックとロシアという三題噺

 ゾンビ(ゲーム)とオリンピックとロシアとは、これまた珍妙な取り合わせであるが、これが本記事の話題である。読者の利便のために、できるだけ簡潔かつ必要十分に記述してみよう。ネタバレ上等である。PCゲーマーの読者は、注意されたい。

 『Dying Light』というFPSゲーム※1がある。ゾンビになるウィルスが蔓延し、隔離されたイスタンブールを彷彿とさせる都市ハランで国際機関から派遣された特殊部隊員が生き延びるために苦闘する話である。ポーランドのTechlandが開発、ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメントにより全世界的に販売されている。性描写はないが、残酷描写が満載であるゆえ、CEROレーティングが「Z」、18禁ゲームである。初心者には敷居が高い操作方法であるが、一人用FPSゲームとしては、出色の出来である。

※1 First Person Shooter。プレイヤー本人があたかも3DCGで描かれた空間内にいるような視点で画面が描かれており、遠近法の消失点(画面中央)を照準として、コントローラやマウスで視点・照準を動かして攻撃する形式のゲーム。

 本ゲームには、インターネットを通じた4人までの協力モードと、4対1の対戦モードがある。対戦モードでは、1名のプレイヤーが触手を用いてフィールドを自在に移動できるスーパーゾンビ(Night Hunter)となって、協力モードの人間役のプレイヤーたち(最大4人)に乱入できる。協力モードでは、クライアント同士の距離が影響しているためか、自国か、応答時間の短い国のプレイヤーのゲームにしか参入できないようであるが、現時点の対戦モードでは、全世界のプレイヤーのゲームに乱入することになりがちである。対戦モードでは、乱入するにもかかわらず、ゾンビ側プレイヤーは、5つの「巣」を破壊される前に人間プレイヤーたちを計10名殺害するという勝利条件を与えられている。

 対戦モードで乱入すると、ロシアのプレイヤーに多く遭遇するが、およそ3分の2ほどが、明らかに不正改造された武器を利用してくる。そのアイテムとは、弩であるが、弾数無制限、再装填を必要とせず、1秒間に5回は射撃可能である。当該の弩は、主にロシア語圏で流通しているようであるが、私の経験では、ドイツやオランダや日本に在住すると申告しているユーザにも、協力モードを通じて配布されているようである。アイテムの属性は明らかに不正なものであるが、受け渡し作業そのものは、ルールの枠内で処理されているようである。

 ここに挙げた国名は、いずれも、『Steam』というゲームプラットフォームへの本人の登録を参照したものであるため、現実を必ずしも反映していない可能性もある。ただ、ロシア語圏で主に流通しているという推測については、これら不正を行うプレイヤー同士のキリル文字によるチャットを見ているなどの理由があるために、私としては、かなりの確信を抱いている。本人の報告では日本国内(京都)に在住するとしていた不正なプレイヤーは、ローマ字表記も理解できず、英語も怪しい状態であった。日本国内在住という申告自体が嘘である可能性も認められる。

 私がロシア語圏で配布されていると推測し言明した理由は、二点ある。第一に、本ゲームについてのロシア人プレイヤーのコミュニティは、英語慣れしていないようである。本ゲームには、ロシア語版が存在している。プレイヤー同士のコミュニケーションを通じて、コミュニティの特徴は、その内容が不正に係るものであるか否かにかかわらず、強化される方向に働いているであろう。第二に、英語での本件不正に係る情報は、一例を除けば、Google検索でもまったくヒットしない。英語を普通に使えるプレイヤーたちで、この不正アイテムを使用していた人数は、5名に満たない。英語を普通に使えないロシア人プレイヤーたちで、この不正な弩を利用していると推定される者は、20名以上となる。この比は、プレイヤーの居住(申告)国の比率から見ても、特異である。

#ここで重要なことは、私がロシア語を読み書きできず、よって、ロシア語コミュニティの内実については、推測に頼りつつ記していることである。が、可能性を慎重に判断しているつもりであるし、後段で説明するように、オチは、またか!というものになる。


 ここで、本ゲームにおける不正自体に係る問題は、三点ある。一点目は、誰が不正改造アイテムをロシア語圏で流通させているのかである。二点目は、不正改造アイテムを利用する側に不正の自覚があるかである。三点目は、その使用に対しての違反報告が適切に管理されているのかである。これら三点の問題の組合せこそは、本ゲームの問題を「eスポーツ」コミュニティの外部と関連させて考える契機となるし、「eスポーツ」の正統性を問う材料ともなる。

 本ゲームでは、不正なプレイヤーと正当なプレイヤーのスタイルを分類しても、国による違いはないが、不正改造アイテムの流通する程度と利用形態別のプレイヤーの割合は、ロシアとほかの国とでは、大きく異なるようである。まず、正当なプレイヤーについてであるが、私が全然敵わないと感じたプレイヤー数名のうち、2名は確実にロシアのプレイヤーである。彼ら2名は、まったく不正によらず、単に実力で優れている。これは、たとえば、アメリカのプレイヤー1名も同様である。他方、不正のスタイルには大きく二種類があるが、一つのスタイルが採用される割合が国により異なるように見える。一つの不正のスタイルとして、対面しているときにも不正な武器をあからさまに利用してくる者がいる。この者たちは、特別なアイテムをほかのプレイヤーから譲り受けたと信じている節がある。この者たちは、むしろ、ロシア国外に多く見られ、言動から推測すれば、未成年者である。プレイヤーが未成年者であるとすれば、おおむね、どの国でもレーティング違反状態であり、保護者の監督が不充分であることになる。もう一つの不正のスタイルとして、当方が退治されて復活待ちしている間だけ、この弩を集中して「巣」に対して利用するという者がいる。この間、当方の画面は暗転しているが、死亡地点付近の環境音が良く聞こえる。このため、音に注意していれば、何か通常のプレイスタイルでは生じ得ないことが生じていることに、簡単に気付くことができる。映像がないので証拠にならないであろう、と不正を行う側が憶測していることは、十分に考えることができる。しかし、サーバからの応答遅延が酷かろうが、弩の発射音は、おおむね発射回数だけ鳴るのであり、再装填に1秒程度を要するところで、1名のプレイヤーが5回の音を鳴らせば、いくらなんでもおかしいとなるのである。この手口も、各国の不正なプレイヤーに共通するが、私の狭い経験では、むしろ、ロシアのプレイヤーに高い割合で見られるものである。

 私の狭い経験ではあるが、これらの材料から推測される結果を描くと、次のようになる。ロシア人コミュニティにおいては、未成年のプレイヤーだけでなく、成人プレイヤーまでもが不正アイテムを多く利用している。アカウント停止処分の可能性があるので、当該の不正改造アイテムは、注意して利用されている。受渡しに当たり、ロシア語で注意するように伝達されている可能性も考えられるが、他方で「公正な賞品であるが、巣に対してのみ有効な武器だから、相手が落ちている間にだけ使うように」などと、重大な錯誤に陥るような情報も同時に流通している可能性も認められる。他方、不正改造アイテムは、厳密に国境に妨げられることはないので、コミュニケーション不足等があるにしても、モノ自体は受渡しされる。しかし、受け取る側は、思慮の足りない未成年者に偏ることになり、アカウント停止の危険を顧みることなく、不用意に利用されることになる。

 ロシアで成人プレイヤーでさえ不正改造アイテムを利用していると考えられる理由には、コミュニティの規模が大きく、ロシア語で大抵の用が事足りるため、英語情報を参照せず、当該不正アイテムが公式には存在しない可能性に気付いていないというものが考えられる。また、繰り返しとなるが、「当該アイテムが公正な賞品である」という情報がロシア語で流通しており、プレイヤーたちがこの説明に見事に騙されている可能性も認められる。ただ、理詰めで考えると、この弩は、賞品であるにしても、明らかに怪しいものである。本ゲームでは、すべての武器に弾薬か耐久度が設定されており、弾薬は主に店で補給する必要があるし、耐久度を超えた武器は廃棄せざるを得ない。また、ゲームの設計において、時間当たりのダメージ量(通常、Damage per second, DPS)というパラメータは、基本的なものであるが、この不正な弩は、飛び道具として抜きん出た攻撃力を誇ることになってしまう。

 本ゲームにおいて、ロシアコミュニティによる不正が酷いという認識や指摘は、一部の日本人なら未だに「たかがゲーム」と思うかも知れないが、侮ることなかれ、オリンピックに係るロシアに対する非難を強化する機能を果たしうる。それが、インターネット時代なのである。また、この不正(チート)に係る認識は、従来のマスメディア報道によっては乗せられにくい若年層に流通するものとなり、将来に向けて禍根を残すとともに、マスメディア報道の補完的な役割をも果たす。

 本件については、コミュニティの側にも、ディベロッパー(管理運営)の側にも、それぞれの集団の健全な発展と、それぞれの集団に対する正当な評価を獲得するために行えることがある。いずれの側の対策も、早めに対応し、不正なアイテムの流通を終息させる、ということに尽きる。

 ところで本稿の目的は、私から見たロシアのプレイヤーコミュニティの現状を指摘すること、そのものにはない。本稿の目的の一つは、私が推測したように、ロシアコミュニティにおける不正の蔓延が事実であるとすれば、理由のいかんを問わず、今後、長い期間にわたり、複合的なソースによって、低評価が固定化する虞があるという懸念を指摘することにある。さらなる目的の一つは、「低評価を事実として指摘する」のではなく「不正アイテムが特定コミュニティのみに流通している状況は、きわめて人為的に見える」ことを指摘することである。今回の三題噺のオチは、「なんと、こんな分野にまで、陰謀説を適用することも可能」ということなのである(!)。

 このための補助線は、昨日(2016年7月19日)の朝日新聞※2や読売新聞※3が騒いでいるように、世界反ドーピング機関(WADA)によるロシア政府についての調査結果ではなく、マリア・シャラポワ氏に対して仕掛けられたスキャンダルである。「に対して仕掛けられたスキャンダル」という表現で、日本語としては十分に意図が伝わるはずである。が、後世の誰にでも分かるように補足しておこう。同氏に対して仕掛けられたスキャンダルは、あえて形容詞を用いれば、えげつないものである。自身の業務すべてについて、毎年、外国語で通達を読んだ上でもれなく実施せよと言われたとき、現在のわが国に、この作業をどれだけ達成可能な「プロフェッショナル」がいるであろうか、と想像してみれば良い。英語なら?わが国には対応可能な本人も多く存在するであろうし、英語から日本語への翻訳の専門家も多数存在するから、まあ何とかなるかも知れない。私の中ではすでにオワコンだが、TPP後の世界がそうであった。それでは、元の言語がフランス語であったならどうか?と考えてみよう。料理の世界なら、むしろフランス語が世界標準かも知れない。では、元の言語が中国語なら、スペイン語なら、ロシア語ならどうか、と考えてみると、事の嫌らしさが際立ってくる。禁止薬物の通達システムを設計する側は、受信者における実施可能性と利便性を要件に含めて設計しなければ、国際的なルール作りにおいて、十全な仕事をしたと言えないのである。少なくとも、公正さを念頭に置いた場合、グレーである薬物を禁止薬物とする場合、その種類は、通達する側で、全言語の翻訳を用意したり、各国で流通する製品名と写真を追記する義務があったのではなかったか。あるいは、少なくとも主要言語から外された国からの負担金を徴収することは、翻訳経費分について、控えるべきではなかったか。今回の同氏の失敗は、むしろ、指定機関の失敗であって、責任者は連座すべきではなかったか。このように考えることは、多極化した世界においては、また勝負を決する力が語学力によるわけではない職業人については、それほど誤った認識とは言えないであろう。このように考えを進めていくと、シャラポワ氏に対する非難が「英語マスメディア」を中心に示されたことに対しては、自分たちがタダ乗りしてきた英語というインフラに対する認識と敬意を欠くものと見えるのである。これらの英語ネイティブによる非難は、「生まれによる優越」を無視した、公正さを欠くものであり、差別であると断定して良いであろう。

※2 朝日新聞(2016年7月19日火曜日)「ロシア、ドーピング隠蔽/大半の競技 政府関与/WADA認定/プーチン大統領反発」夕刊1面.
※3 読売新聞(2016年7月19日火曜日)「露のリオ五輪締め出し勧告/WADA「ソチ 国主導ドーピング」/IOC理事会 協議へ」夕刊1面.


 スポーツ界に軋轢が存在すると英語マスコミが宣伝し、それに日本語マスコミが追随しているという周辺事情まで読み込んだとき、多少の心得のある者ならば、「本件ゲームのロシアコミュニティにおける不正の蔓延は、言語の壁という構造が悪用されて実現した可能性までもが認められる」という絵図に気付くことができる。ただ、このような状態から、当のコミュニティに属する本人たちが脱却していくことは、なかなか難しいことである。そもそも、当人が外部の評価に気付く契機がないし、その状態を汚名返上する意義も見出しにくいからである。それに、ある集団におけるチートの蔓延状態を指摘すること自体、その集団に対する差別か?という誤解を招きうることであるし、チートによって受けた不愉快さの意趣返しか、とも疑われることにもなる。実際、ここまでの可能性に気付く過程で、私は、明らかに下手なプレイヤーにボコにされがちであった。それでも、「ヤツらはチートする」という不信の構造が成立し、維持・再強化されるという状況を避けるためには、誤解を受けるリスクを取りつつも、それってチートじゃね?と指摘するほかないということである。この構図は、もちろん、前段落にあるような、英語マスメディアに対する批判にも準用できる。


#以上に記したことは、日本人であり第三者であるという分類に該当する人物のうちでは、私しか気付いていない可能性のあることであった。このような解釈は、かなりひねくれたものであるし、私の年甲斐のない悪趣味を晒すようなことでもあったことは、ここまで読み進めた皆様なら分かることであろう。しかし、誰も気付いていなかったという場合を考えると、本ブログで指摘しておくことは、結果として何らかの共通善(と私の今後の趣味の快適性)を招来する可能性が認められた。そこで、ここでは恥を忍んで「損して得取れ」の気持ちで記しておくことにした。人類の共通善からみて、本稿の指摘が有効に活用されることを願うばかりである。もちろん、本件については、枯れ尾花を見て幽霊であると錯覚している可能性もある。が、その可能性を確認することは、私個人の力量には余ることである。加えて、日本語で存在したはずの関連情報の所在を見失っている。ここでは、それらの確認作業をさておき、構造上の危険を指摘するだけでも、タイミング上、有用さを期待することができるであろう、と考えたのである。

平成28年7月20日18時追記

この時点では、アクセスがゼロであるようであるが、誤×毎月→正○毎年であることを訂正した。

平成28年7月22日21時追記

昨日対戦したロシア在住者(もちろん自己申告)は、不正こそしていないようであったが、チャットの発言は、終始、罵詈雑言であった。この程度まで民度の低いプレイヤーに遭遇したことは、本件を除き、本ゲームでは4名程度であり、その2例が、やはりロシア(自己申告)のプレイヤーであった。ロシアのプレイヤーの遭遇確率は高いので、むろん、「失礼な奴の割合は、国(自己申告またはIP)による差がない」という結果の範囲に留まるものではある。

 この経験は、時期が時期だけに、大変に残念な話である。このロシア人と思われる若者は、自らの行為がロシアの「民度」を代表しうることに、明らかに気が付いていないようであった。このノリで、ほかの対戦でも相手を罵るのであれば、彼(女)は、今後も、世界に向けて、ロシアの評判を下げ続けるであろう。彼(女)が行いを改める契機は、ゲームの内部には存在しないであろう。このため、この話は、たかがゲームではあるが、ゲームの内部で処理できない対策を要求する。対策が要求されるべきであると仮定すれば、の話ではあるが。

 他方で、このプレイヤーが第一義的に問題であるにしても、このプレイヤーの行為が放置されるという状態は、管理側の問題である。構造的不正を通じた反ロシアキャンペーンの一環とさえ、うがった見方を取ることもできる。実際のところ、より成功した類似のゲームは、本ゲームに比べ、現在でも十分なプレイヤー数がおり、一定の秩序が維持されている。システムを設計・維持管理する側は、プレイヤーへの介入を通じて、プレイヤー側よりも、社会により強い影響を与えることができる。本ゲームは、管理に相応しい過疎状態にあると言えるのかもしれないが、この低レベルの状態は、より外部の条件を考慮すれば、必ずしも放置されていて良い訳ではない。(端的には、商売として、長続きしないであろう。本件については、すでに、私ではない他のプレイヤーが不満を表明している。)