2017年6月30日金曜日

ズビグネフ・ブレジンスキー氏の評価は「棺を蓋いて事定まる」となるのか(分からない)

ズビグネフ・ブレジンスキー(Zbigniew Kazimierz Brzezinski)氏は、『ブッシュが壊したアメリカ』(2007, 峯村利哉訳, 徳間書店)[1]に見られるような総合的な世界観を提示した人物として、今後も人々に記憶されるであろうが、その評価は、慎重に下される必要がある。ブレジンスキー氏は、長島昭久氏のような弟子を育てた人物ということに(長島氏自身の弁によると)なっているために、享年89歳で2017年5月26日に亡くなった後、日本語の陰謀論界隈では、これを大々的に言祝ぐ動きが見られた。しかし、話はそう簡単ではない。というのも、たとえば、原著『Second Chance』[2]の取扱う内容の厳密さに対して、『ブッシュが壊したアメリカ』が相対的に緩い訳となっているために、ブレジンスキー氏の言説の問題点を正確に把握することは、なかなか面倒なことになっているからである。私が陰謀論者たちの「祭り」に乗り損ねた最大の理由は、不勉強のために同氏の業績を十分に把握できていなかったという私自身の怠惰にある。しかしなお、泥縄で勉強してみるだけでも、ブレジンスキー氏に対する誤解とその波及効果は、なかなか見逃せないレベルに達していることが窺えるのである。

以下、和書・原著から分かりやすそうな一例を挙げ、世界的に影響力のある個人の主張を日本人の一消費者が正確に理解することの難しさ、を検討することとしよう。和書第5章の「イランの排斥から対話へ」という節を一部引用し、次いで、原著から対応部分を引用する※1。

〔p.192〕

イラン排斥の政策から生じた純然たる効果は、テヘラン政権内におけるイスラム原理主義勢力の伸張と、なかば公然の核開発の着実な進展だった。イラン側は核兵器保有が目的ではないと強く主張するものの、ここ数十年間の技術進歩により、核兵器の開発能力を手に入れていることは歴とした事実である。〔...略...〕

二〇〇六年四月末、アメリカはようやくイラクにたいする姿勢を転換した。この転換をうながしたのは、まったく異質なふたつの要因。ひとつは、イラク戦争の代償を痛感した結果、対イラン武力行使というオプションの魅力がうすれたこと。もうひとつは、クリントン政権と現ブッシュ政権における北朝鮮核問題の対応をふりかえった結果、ほぼアメリカ一国によるとりくみでは効果を期待できないという認識が広まってきたことだ。

後者にかんしては、二〇〇四年初頭、アメリカは極東の関係諸国の圧力により、大幅な姿勢の転換を余儀なくされていた。アメリカが厳しい北朝鮮の孤立化政策を主張しても、中国とロシアは頑として首をたてに振らなかったのだ。地域的な多国間交渉を通じて、北朝鮮が自制せざるを得ない環境をつくりだす――許容範囲内の結果が欲しいなら、これが唯一の方法なのはあきらか〔p.194〕であった。二〇〇四年、六ヵ国協議(メンバーはアメリカ、中国、日本、ロシア、韓国、北朝鮮)が正式に開始されたことは、極東の安全保障における国際的枠組みの重要性が広く認識されたあかしといえた。

〔p.165〕

The net effect of a policy (or rather a stance) based on ostracism was to strengthen the fundamentalist elements in the Iranian regime while Iran proceeded steadily and stealthily to pursue a nuclear program that was at best ambiguous. While the Iranians have fervently declared that their goal is not the acquisition of nuclear weapons, it is a fact that the program's substantial progress over the past decade or so is gaining for Iran the capability to acquire such weapons. 〔...略...〕

In late spring of 2006, the United States was finally made to alter its position by two extraneous factors: the realization that the costly war in Iraq made the use of force against Iran a less attractive option, and a rising awareness of the futile, largely solitary U.S. attempts under Clinton and Bush to cope with the similar nuclear dilemma posed by North Korea. In the latter case, by early 2004 the United States found itself compelled by regional pressures to change its stance significantly. 〔p.166〕Neither China or Russia was prepared to follow America in a severe international ostracism of North Korea. It thus became clear that only a regional multilateral effort to induce North Korea self-restraint stood any chance of achieving an acceptable outcome. The Six-Party Talks, which formally commenced in 2004 -- involving the United States, the People's Republic of China, Japan, the Russian Federation, South Korea, and North Korea -- were a far-reaching acknowledgment that the security of the Far East required some form of international architecture.

この部分を取り上げた理由は、図書館から借用した和書に「イラク(ン)にたいする姿勢」という他者の書き込みが見られたためである。この箇所を取り上げたのは、図書館の本に書き込む人物のオツムの程度を晒し上げるためでもある。訳としては、「米国の姿勢」というのが安牌である。「its position」の中身は、米国のイランに対する姿勢だけでもないし、米国の北朝鮮に対する姿勢だけでもない。後の「大西洋共同体に日本を組み込む」という節の和訳にも、同様の恣意性が見られる※1が、ブレジンスキー氏の頭の中では、米国から見た複数種類の二国間関係が同時に考慮されているようであるところ、和訳からは、このニュアンスが抜け落ちてしまっている。和訳は、「イラクにたいする姿勢」という部分に不用意に示されるように、米国の対イラン政策と対北朝鮮政策に一貫性を持たせることが必要であったという著者の主旨を十分に反映したものとはなっていない。これと同様、図書館所蔵の書籍に書き込んでしまうレベルの読者は、まんまとその二項対立の罠に陥り、「イラン」とだけ訂正して良しとしてしまっているのである。ダブスタがよろしくないという指摘は、ブレジンスキー氏により繰り返される主題の一つである。この主題を利用して、オマエこそダブスタだろうとブレジンスキー氏を批判する陰謀論者は、今のところ、インターネット上には見出せていない。

和訳は、(私を含む)大半の日本人にとって便利であるし、洋書のキュレーション機能も有するし、訳者のアカデミックキャリアに資するものでもあるから、一見、良いこと尽くめことにも見えるが、訳に正確性が求められる場面になったとき、二度手間以上の問題を引き起こす。訳書を取り上げる読者の内心を推し量るためには、原著も訳書も読まなければならなくなる。真っ当な理解力を有する読者が原書の意図を誤解したとき、その原因が誤訳であるというのは、二重に不幸である。というのも、(誤訳が、訳者の不注意や無能力によるものか、意図的なものであるかはさておき、)質の悪い訳書は、単に誤解を広めるだけでなく、訳語のコミュニティにおいて、誤訳する人物をその筋の権威者として押し上げる機能をも果たすことになりかねないからである。一般に、現時点では、専門書が英語でなければ読めない社会は、総じて不幸であると評価されているようである。しかしながら、誤訳だらけの専門書は、訳語コミュニティにおいてリソースの浪費となり、一般の図書館に原著まで所蔵されているケースは例外的であろうから(目黒区は、複数の外国公館もあるためか、その例外に相当した)、悪貨が良貨を駆逐するという構図をさらに加速することになる※2。この構図は、以前にも指摘した覚えがある(マタイ効果に係る2015年11月24日記事)が、重要なことでもあるし、「知の分断統治」とも呼べる現象であるために、警告し過ぎることはないであろう。

ブレジンスキー氏の批判をネット上の伝聞に基づいて行うことは、正確性という観点からは、相当に怖いことである。ブレジンスキー氏の表現は、学術的であり、この事実は、訳書であっても十分にうかがうことができる。つまり、訳書も、原書の雰囲気を決定的に損壊するほどには、ユルユルではない。ここで、陰謀論界隈に流通する話題を念頭に、ブレジンスキー氏の実際の指摘がいかなるものであるのか、具体的に検討しておきたい。

「100万人を殺す方が誘導するよりも容易い」旨が『Second Chance』にも見られる〔p.215、和書p.249〕ことは、事実である※3。チャタム・ハウスにおける講演内容とされる音声も、ネット上に残されており、同種の内容が語られる[3]。しかし、これらのブレジンスキー氏の言辞は、仮に事実関係として正しいとしても、「殺す方が楽だから殺せば良い」という主張には直結しない。このように不穏当な内容であっても、それが事実である限り、事実を口に出さないという選択肢は、国際政治学者には存在しないであろう。この事実を一旦認めた上で、世の中をいかに変えるかを探究するのが、彼らの仕事である。ブレジンスキー氏を言論上で批判しようとする者は、「思想誘導よりも殺害の方が簡単である」という見解が正しくないことを示すか、彼が大量殺戮へと政策を恣意的に誘導した事実を以て、彼を批判する必要がある。(他方、彼を「政治家」として批判することは、簡単である。結果責任は、いかようにでも問えるからである。)

ブレジンスキー氏は、『ブッシュが壊したアメリカ』で、ソ連崩壊直後のロシアにおける「自称経済コンサルタント」の暗躍振りを批判し、「戦争屋」の手口の一端を暴いてはいる〔pp.77-81、「ロシアの富を奪ったアメリカの経済コンサルタントたち」〕。ブレジンスキー氏のこの批判を、同氏が米民主党側の両建て陣営に属することによるものと理解し、パパ・ブッシュ政権を批判するための方便に過ぎないと断じることは、可能である。しかし、「両建て戦略」に乗せられまいとする人物であっても、ブレジンスキー氏のこの指摘自体は、利用しても構わないであろう。戦争屋がロシア民族の不幸を加速させたという構図を、ブレジンスキー氏が解説したこと自体は、同氏が知識というものに対して一応は誠実であったことを示す傍証の一つではある※4。もっとも、2007年という時点は、プーチン氏の実力が決定的に確立され、その傾向が明確になった後のことではある。故人(に限らず、ある話者)の心中を推測することは、どこまでいっても解釈にしかならないため、私がここでブレジンスキー氏の心中を推量しても、何の役にも立たないが、ロシアにおける苦難を増加させた当人であるブレジンスキー氏が白旗を揚げるつもりでロシアの苦境を説明した、と邪推することも可能ではある。私には、本当のところは、調べてみないと分からないことである。

セキュリティは、ウチとソトとに対して二面性を持つ(2015年10月30日)ために、セキュリティに関して伝達される知識も、常に両義的である。セキュリティに係る知識は、使い方によって、毒にも薬にもなるのである。それゆえ、通常、知識の伝達方法には一定の縛りがかけられることになり、その多くは、自主規制の形式を取る。ブレジンスキー氏の「100万人」発言は、知識の内容としては、言うなれば、爆弾のレシピと同様の機能を有している。知識としては、出発点に過ぎない。が、これを公に向けて不用意に語ることは、各国の当局の注意を引くことにもなり、誤解に基づく批判も受けることになる。この知識の特殊性と、その特殊性ゆえに秘匿されることから生じる知識の偏在性は、安全保障(security)を正当に探究する上での障害となる。万人が恩恵や被害の対象となるにもかかわらず、セキュリティに係る知識は、秘匿されがちになり、それゆえにまともに議論されなくなり、さらに誤解が蓄積されるという、情報の非対称性を生むのである。責任を負う実務者は、その結果、局所最適(、より不穏当な用語に頼れば、独善)に陥りがちとなる。この危険性を外部有識者が公衆に聞こえるように議論・批判する作業は、当の発信者にとって、実務者から寄せられるべき自らの信用を棄損することにもなるが、それでも、知識を表明して批判に晒す作業は、正しい知識の集積には必要な営為である。チャタム・ハウス・ルールの語を生んだ場で(密かにか)録音された内容が公開(漏洩)されたことは、ブレジンスキー氏の計算外であったかも知れない。が、語られたこと自体(100万人発言)は、価値中立的と解釈できる。ただ、100万人発言の引き起こす現実の結果が、価値中立的ではないのである。この価値中立性に対して、私自身は、「100万人を殺したり洗脳できるだけの権力を有する者であれば、戦争屋の失脚しつつある今、彼らに従来の悲惨に係る責任の大半を負わせれば、100万人を満足させて食わせることがもっと簡単になる。」と、とりあえず宣言し、脱構築を試みておきたい。これは、信念に基づいた仮説に過ぎないが、ブレジンスキー氏の(政治家としての実績に依らない、理論系研究者としての)発言と同程度の強さの論拠に基づく。また、私以外の誰もが、同様の確かさの根拠に基づき、意見を表明することができる。この見解の最大の難点は、この見解がトクヴィルのいう「多数者の専制」か、はたまた世界政府論のみに行き着きがちであり、「両建て構造」の中に回収されてしまうという危険を有することである。

#とっちらかっているが、これでおしまい。


※1 和書は、原著の節見出しを改題し、また、節見出しを追記している。本文については、一部括弧書きなどを割愛した形跡が確実に見られる一方、地の文を割愛した形跡は、おおむね見られないようである。逐語的には確認はしていない。『マスコミに載らない海外記事』のブログ主が和書について述べていた疑問[4]は、そもそも対応する見出しが存在しない、というものになる。この措置は、訳者の峯村氏のサービス精神によるものと解釈できる。この節の和訳は、原文の対応部分に誤解を生じるものではないように思われる。原文を読んでも和書を読んでも、原著者の意図を読み損ねることはないであろう。ただし、「大西洋共同体に日本を組み込む」という節見出しそのものは、和書向けに特化したものである。この節の本旨は、明らかに、大西洋共同体にまつわる、二種類の「たられば」の話である。

※2 この構図は、山口真由氏の『東大首席が教える超速「7回読み」勉強法』[5]『天才とは努力を続けられる人のことであり、それには方法論がある。』[6]にも該当する。(たまたま併読していたので、取り上げたまでである。)「七回読み」自体は、パラグラフ・ライティングが根付いていないコミュニティで産出された(自称・他称の)専門書を読む上では、間違いなく有用な方法である。しかし他方で、山口氏は、この書籍の執筆時点では、パラグラフ・ライティング(リーディング)を知らないのであろう※5。その結果、(引用部分については、)ヘッド・センテンスが初学者向けに易しい文章で綴られている池谷裕二氏の『脳には妙なクセがある』(扶桑社新書, 2013年11月)を「七回読み」の題材に取り上げるという暴挙に出ている〔pp.16-17〕。この事例は、日本語の学術コミュニティの不幸を体現している。山口氏は、ハーバードに留学経験があるようであるが、パラグラフ・ライティング技法について、教わる機会がなかったというのであろうか。存外と、あり得る話ではある。

※3 いろいろと誤解を避けるべく、二段落分を丸々引用する。

The basic requirements of global leadership are now vastly different from what they were during the British empire. No longer is military power, reinforced by economic prowess and exercised by a superior elite pursuing a sophisticated strategy, sufficient to sustain imperial domination. In the past, power to control exceeded power to destroy. It took less effort and cost to govern a million people than to kill a million people.

Today the opposite is true: power to destroy exceeds the power to control. And the means of destruction are becoming more accessible to more actors, both states and political movements. Consequently, with absolute security for a few (notably America itself) becoming only relative security for all, collective vulnerability puts a premium on intelligent, cooperative governance, reinforced by power that is viewed as legitimate. Global leadership now must be accompanied by a social consciousness, a readiness to compromise regarding some aspects of one's own sovereignty, a cultural appeal with more than just hedonistic content, and a genuine respect for the diversity of human traditions and values.

※4 ただ、原著初版は、Google様のガジェットによれば、2007年5月5日のようであり、和本は原著表記を単に2007年としているが、ナオミ・クライン氏の『ショック・ドクトリン』は、やはりGoogle様のガジェットによると、初版2007年9月とのことであるから、ブレジンスキー氏の和書における戦争屋の記述がクライン氏の指摘を得た上で追記されている可能性は、依然として残る。

※5 これは、取り立てて問題視すべきことではないが、それでも、『ブッシュが壊したアメリカ』がパラグラフ・ライティングされている内容を複数の段落へと小分けしていることには、少々の違和感を覚える。複数の二国間関係が同時に論じてられているニュアンスが失われてしまうからである。


書籍のリンクは、いずれも国立国会図書館のNDL-OPAC。

[1] ズビグニュー・ブレジンスキー著, 峯村利哉訳, (2007). 『ブッシュが壊したアメリカ: 2008年民主党大統領誕生でアメリカは巻き返す』, 東京: 徳間書店.

[2] Zbigniew Brzezinski, (2008 Apr. 8). Second Chance: Three Presidents and the Crisis of American Superpower, New York: Basic Books.

[3] Zbigniew Brzinski's Chatham House Speech
(November 17, 2008、2017年06月30日00時51分)
https://www.bibliotecapleyades.net/sociopolitica/sociopol_brzezinski03.htm

[4] 北大西洋共同体(NATO)に日本を組み込む ブレジンスキー: マスコミに載らない海外記事
(2009年2月15日)
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/nato-2563.html

「大西洋共同体に日本を組み込む」という見出しが、217ページにある。(原文に該当する見出しがあるかどうかは、原文を読んでいないので、別として。)

[5] 山口真由, (2014.7). 『東大首席が教える超速「7回読み」勉強法』, PHP研究所.

[6] 山口真由, (2014.9). 『天才とは努力を続けられる人のことであり、それには方法論がある。 図解版』, 東京: 扶桑社.




2024(令和6)年1月6日訂正

本文について重大な誤りを発見したため、これを削除する形で訂正した。これをお詫びする。ほぼ誰も読まないブログではあるが、取返しようもない種類の誤りではある。(が、結果責任からすれば、お互いに、それでも物足りないと言いたい気持ちはある。)

2017年6月22日木曜日

(メモ)公明党の共産党攻撃ツイート

公明党の公式ツイッターが公安調査庁の見解を利用して共産党を攻撃するツイート[1]を発して半日が経過したが、まだ取り下げてはいないようである。「引き起き」という表現は、公安調査庁のサイトには見られない、とグーグル様は仰っている。事実関係は、その通りではあるから、この誤記は、ご愛敬というものであろう。しかし、公安調査庁のお墨付きという方法は、あまり関心できるものではない。世界各国の政府の決定を利用した反撃を惹起しうるためである。それに、公明党と創価学会の関係性に対する公安調査庁の仕事振りにも疑義を呈する、という方法論もなくもない。公安調査庁(内の非創価学会信者)は、困惑しているのではないか。

このツイートは、都議会選挙に対する焦りという邪推を招き、公明党自身に悪影響を与えうる。「実績横取り」とは、目黒区政においては、これに至る前段の応酬があることは承知しているが、思い切った表現である。誰が起案して誰が決裁してこのようなツイートを全世界に向けて公報したのか。聖教新聞というプラットフォーム上では許容される表現であっても、より多数の目が触れるツイートライン上では、返り血が酷いものになる。その悪影響の検討は、おそらくなされてはいないであろう。公明党の国会における存在感は、現在、自民党の強圧的な政策の影にすっかり隠れてしまっている感がある。都議選では、自民党と対立関係にあることになるため、都民ファーストの会を推すために、思い切った手を打たなければならないと判断したのでは、と推測することができてしまう。しかし、このような悪手は、逆風が吹いている自民党都連関係者にとって、漁夫の利となる。公明党は、国政重視ということなのであろうかとも勘繰ることができてしまう。

このツイートは、ネトウヨ感満載であるが、このテイストが自称800万人といわれる創価学会の信者に共有されているとは思えない。信者100人あたり1人の割合で、ネトウヨ発言が見られたとするなら、より多数のネトウヨ発言がヤフコメなり2ちゃんねるなりを席巻しているであろう。信者の高齢化は、ネット環境下における公明党の情報戦の劣勢を招いているのであろう。一般的に、高齢者の共産党支持層は、より新しい物好きであり、対照的である。

私自身の都議選に向けての予想は、すでに提示済みである(2017年6月10日)ので、詳しくはそれを参照されたいが、今回のツイートは、自民党への追い風となり、都民ファーストの会への逆風となる。都政のドンと呼ばれた内田茂氏の「神通力」は、なぜか前回の都知事選では有効に機能しなかったが、今回の都議選において、自民党は、前回とは異なり、制服組の支援を期待できる※1。選挙違反は、些細なものとはいえ、従来とは異なる程度に厳しい取締りの対象となり得よう。


※1 なぜ、前回、制服組の全面的な支援を期待できなかったのかは、わが国の制服組の利益が国民益と常に同一ではないという証拠の一つである。トランプ大統領は、かくも、わが国に権力の空白をもたらしてくれた隠れた恩人である。


[1] 2017年6月21日11時50分

2017年6月19日月曜日

(メモ)フィリピンの自称イスラム国系マウテ兄弟とシャブ

戒厳令下にあるフィリピン・ミンダナオ島のマラウィ市で、11kgのシャブが当局に押収されたという[1]。1グラムあたりの価格は、卸値では1300ペソ、街頭での小売では25000ペソ(55600円)となるという[1]。マラウィを市街戦に陥れた、自称イスラム国系のマウテ兄弟(Maute brothers)グループの出納係は、逃走時に20kgほどを所持していたものと見られている[2]。本来、外国政府が協力すべきは、彼らが増長する前に、麻薬取引ルートを解明し、摘発することにあったはずである。

麻薬取引において、DIP(Diplomat cargo、外交行李)は、小規模ながらも、運搬における恰好の隠れ蓑とされている。外交行李を持ち運べる身分にある人物は、麻薬探知犬に捕まる虞さえなければ、数キログラム程度を簡単に運搬できるであろう。市場価格では数千万円から1億円程度ということになり、十分に問題視されるべき規模の犯罪と言える。しかも、その実態は、明かされているものにしても、ケーススタディレベルに留まっている。不良外交官をゼロにすることはできないが、彼らが不正を行えないようにシステムを作ることは可能である。また、このような身分を利用して国際的な移動をくり返してきた人物を、どの国の当局も十分に監視してこなかったことは、まったく不可解なことである。

テロ等準備罪(あるいは人によっては共謀罪)は、薬物犯罪をそれなりにカバーしている。薬物犯罪に係る疑惑が公に指摘されている人物は、共謀と見なされうる行為について、取締の対象となるものと期待できる。というより、彼らが取締の対象とならなければ、テロ等準備罪を設けた意味がない。(さらにいえば、口入れ屋の怪しげな接待施設についても、同法の対象とならなければ、法の下の平等というものがこれまた確保されない。)


[1] AFP: 11 kilos of shabu seized in Marawi | Headlines, News, The Philippine Star | philstar.com
(Patricia Lourdes Viray (philstar.com)、2017年06月19日14:48更新)
http://www.philstar.com/node/1711565

"According to research, shabu prices ranges from P1,300 per gram wholesale up to P25,000 per gram on the streets. If the price will be pegged at mid-level range of P10,000 the amount of 11 kilograms is P110 million which put the estimated street value for high-grade shabu between P100 million to P250 million," AFP 1st Infantry Division spokesperson Lt. Col. Jo-ar Herrera said in a press briefing Monday.

[2] Maute group believed to have more shabu stashed away in Marawi | Nation, News, The Philippine Star | philstar.com
(John Unson (philstar.com)、2017年06月19日18:00更新)
http://www.philstar.com/node/1711587




2017年6月21日追記・訂正

古歩道ベンジャミン氏も(部分的に)述べているが、14日、アメリカのスティーブ・スカリス(Steve Scalise)下院判事が銃撃された事件は、スカリス氏が人身売買を取り締まる法律の制定に着手した途端に起こされたものであり、この法制に対するピザゲート関係者の反発によるものという論調が見られる。(たとえば、[3]。)

[3] BREAKING: IS THIS WHY REP. STEVE SCALISE WAS SHOT TODAY? - YouTube
(2017/06/14 、2017年06月14日)
https://www.youtube.com/watch?v=eiaLFhe1OYg

2017年6月18日日曜日

(メモ)テロ対策は戦争屋対策であることを日本の論壇は知るべきである

アメリカ・ヴァージニア州において、先週(2017年6月)14日、共和党議員のスティーブ・スカリス氏を銃撃し・死亡した事件の犯人[1]は、米民主党の大統領候補予備選において、バーニー・サンダース氏を支持していたとされるが、ここからの飛躍は、十分に疑わしいものである。ここでは、田中宇氏が指摘している[2]ように、サンダース氏が左からの覇権解体屋であることに注意が必要である。つまり、サンダース氏は、トランプ氏と同様、戦争屋と対立しており、この対立関係からすれば、トランプ氏の陣営と本来協調できる人物である。犯人の背後関係についての捜査では、まず最初に、資金関係が確認されるべきであろう。

この種の一匹狼(lone wolf)による事件そのものは、テロ等準備罪による抑止が困難ではあるが、その後の報道における不正・偏向に対しては、テロ等準備罪による抑止が期待できる。報道のあり方次第で、次の事件を予防することも期待できる。この構造に言及できる人物が皆無であることは、わが国論壇の不幸・不毛である。小林よしのり氏は、木村草太氏が「共謀罪がテロ対策ではない」と解説したことを高く評価する[3]。しかし、私が指摘したような効用について、木村氏がコメントすることは、木村氏自身の大メディアへの「お出入り禁止」を賭けることになる。たとえ、木村氏がこの効用に気が付いているにしても、木村氏は、忖度し沈黙するのであろう。もったいないのは、木村氏よりも、タブー(と大メディアへの言論の浸透性)を相対的に失っている小林氏自身が、この構造に気が付いていないことである。

英国ロンドンの高層住宅グレンフェル・タワーの火災(14日、Grenfell Tower)[4]は、次の三点を踏まえるべきである。第一に、英国では、高層住宅は貧困層の住宅である。第二に、被害建物には、「シリア難民」が入居していた。第三に、「シリア難民」は、シリア本国では比較的裕福であり、また、そこに自称イスラム国が紛れる余地がある。ゆえに、本件もテロ事件の含みを残したものである。

現今のテロ対策における最大の優先事項は、戦争屋とその資金に群がる売国奴に対処することである。英米、いずれの事件に対処する関係者には、当然、この観点が共有されているであろう。わが国においても気付いている人は気付いており、本ブログの読者ならば当然であろうが、大メディアの周辺にいる人物の大多数は気付いておらず、また、たとえ気が付いていても、タブーゆえに報道できないようである。もうそろそろ、テロリストたちと同一視されないために、日本の大メディアは、尤も確からしい説をタブー視しないことが必要になるのではないか。

最後に、グレンフェル・タワーの火災は、一昼夜以上継続したが、このタワーは、WTC1及び2のようには崩落しなかったことを指摘しておきたい。WTCは、唯一、公式説明を鵜呑みにすれば、(相当に短期間の)火災により、あのような「パンケーキ型」に崩落した高層建築物ということになる。WTCのような、ごく例外的な現象が生じたとき、科学者として優先すべき作業は、公式説明を疑い、見直してみるというものである。


[1] 米議員の野球練習場で銃撃、共和下院院内幹事ら負傷-銃撃犯死亡 - Bloomberg
(Steven T. Dennis、Toluse Olorunnipa 2017年6月15日 00:00 JST 更新日時 2017年6月15日 02:03 JST、2017年06月18日01時04分)
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-06-14/ORJJW26JIJUQ01

[2] トランプの相場テコ入れ策
(田中宇、2017年06月11日)
http://tanakanews.com/170611trump.php

トランプは右からの覇権解体屋であるのに対し、サンダースは左からの覇権解体屋だ。トランプの次にサンダースが大統領になると、覇権を維持したい軍産エリート層は、ますます無力化される。今後予測されるそのような流れのどこかで、金融バブルが延命できなくなり、巨大な金融危機と、米国の経済覇権の崩壊が起きる。
#購読が必要な記事である(ので、私の本ブログに対するスタンスと対立する)が、必要と考えてごく一部を引用した。

[3] 共謀罪についての木村草太の発言に感動した。
(小林よしのり、2017年06月16日)
https://yoshinori-kobayashi.com/13306/

わしより若い世代は、全部馬鹿かと思っていたが、期待できる者はいるようだ。

[4] Grenfell Tower fire - Wikipedia
(2017年06月18日確認)
https://en.wikipedia.org/wiki/Grenfell_Tower_fire




平成29(2017)年10月18日修正

訂正部分を淡赤色で示した。

2017年6月17日土曜日

(妄想)都政を巡る現況はポトラッチを迎えるとでも言うのか

2017年6月17日1時39分(念のため深夜)時点で、マクドナルド社の公式ウェブサイトには掲載されていないが、『朝日新聞』は、マクドナルド社がオリンピックの最高位スポンサー契約を即時打切ることに合意したと伝えている[1]。同紙が報じるように、この話は、間違いなく異例であろう。今期国会が終了した直後の時点で、グローバルな飲食店企業が降板するということは、無論、近年の同社のわが国における大規模なリストラがあるにせよ、新東京オリンピックの開催にあたり、何かの変化が存在するものと考えることもできる。マクドナルド社は、国際的大企業である。いかなる事情があるにせよ、十分な情報の上に、株主への説明責任をも見据え、その決定は下されているであろう。となれば、この動きに追随する企業が現れた場合、右に倣えとするのが、情報に乏しい個人の動きとしては、合理的である。

突然であるが、本記事は、これ以降、頭のネジが飛んだ話となる。組織犯罪対策法の改正を記念するための戯言である。よしんば何かの拍子に本気が混じると他人に誤解されることがあっても、大丈夫。なぜなら、本サイトは、当局の明らかな検閲の下に運用されているからである。嘘吐きのクレタ人が嘘を吐いていることを公言するようなものであるから、本記事の以下の部分については、冗談と理解するのが適当である。論文風のスタイルの文章の中身としては、これで十分に煙に巻いたように見えるから、個人の名誉と著作権を侵害しない限り、これで、読者からの信用を失う虞以外の要素を怖れる必要はないであろう。

衆議院の法案[2]を読む限り、従来、地震兵器と呼ばれてきた手法のいずれも、共謀の対象とはならないようである。テロ等準備罪には、刑法の往来危険の罪(125条)が対象として含まれ、艦船に具体的なダメージを与えようとする行為は当然対象となる。しかし、艦船に直接の影響が生じないように、あるいは海底ケーブルを損壊しないように、海底に非常に深い穴を掘ることは、見逃されているようである。あるいは、隣地に影響が出ないように二酸化炭素を地下埋設する作業も、対象とはならない。電波法[3]第108条の2第1項も、HAARPの波長が長い(周波数が低い)ために、電波が干渉することは考えにくい。地震兵器は、存在自体を疑問視する向きもあるから、私もその実在を絶対的なものとして信じ切ることはできない(ということにしておく、ということである)。それに、私自身は、これらの行為に着手しうる戦争屋の牽制となるのであれば、テロ等準備罪を容認する旨を何度か述べてきており(2017年5月24日)、その点には変化がない。

いずれにしても、地震兵器の運用は、テロ等準備罪が適用されるにしても、予見可能性が争われるケースになろう。テロ等準備罪の担当者らは、これらの現実の可能性をほんの少しだけでも考慮したことがあったのであろうか。わが国の警察組織の実力が問われる正念場である。条文の適用には、大掛かりな工夫が求められよう。

本件は、Steve Jackson Gamesのいちファンとしては、見逃せないが、他人事ではない「複合災害(Combined Disaster)」である。というのも、都民ファーストの会が築地市場を存続させながら、豊洲市場への移転を容認するかのような、まるでどっちつかずで方針を決めかねているようなふりをしているからでもある。まるで建物が直下型地震でも大丈夫なのかと疑問を抱くかのような塩梅である。自民党は、豊洲市場への移転を積極的に訴えているが、構造上の問題は人命に直結するほどではないと見ているのであろう。あるいは、本当に彼らが国益の保全に関して優秀であるならば、いわゆる誘い受けを狙っているのでもあろう。それとも、どさくさに紛れてまた建設利権を狙おうとしているのであろうか。まったくもって計りがたい。直下型地震であれば、建物が使用できなくなったとしても、人命さえ安全な状態に置くことができれば、震度7に良く耐えたということになり、晴れてお役御免、解体して再建築ということになる。人命が保護できるという条件の下であれば、(佐伯啓思氏への皮肉ではあるが、壮大なポトラッチとなるものの、)私もそれで良いとは思う。

新・東京オリンピックを前にして、都政を取り巻く情勢は混沌としているように見えるが、しかしなお、一種の前例を見出すことは可能である。小沢一郎氏が自民党幹事長を辞任したのは、平成3年(1991年)の東京都知事選挙において、磯村尚徳氏を推薦し、他方で都連が鈴木俊一氏を推薦したために、保守分裂選挙となった責任を取るためであったとされている。その前後、小池百合子氏は、小沢氏のインタビューがやりにくかった旨を『朝日新聞』の連載に回答している〔p.16〕[4]。が、同じ連載をまとめた書籍のインタビューにおいて、小沢一郎氏は、実に親しみやすく話を進めているかのようであり、取材班もその旨を明記している〔p.174〕[4]。指摘するまでもないことであろうが、小池氏が当選したのも、保守分裂選挙を通じてであった。鈴木俊一氏が構想した「都市博」は、次代の青島幸男氏によって中止となった。東京都知事という職には、「魔物」が取り憑いているとでも言うのであろうか。

本稿の妄想は、ここいらで打止めである。



[1] マクドナルド、IOCスポンサー撤退 約3年の契約残し:朝日新聞デジタル
(ロンドン=稲垣康介、2017年6月16日23時28分)
http://www.asahi.com/articles/ASK6J6WGYK6JUTQP01R.html

国際オリンピック委員会(IOC)は16日、長年、最高位(TOP)スポンサーだった米ファストフード大手、マクドナルドと話し合い、契約を即時に打ち切ることで合意したことを発表した。契約期間を約3年残しての解除は異例。

[2] 閣法 第193回国会 64 組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案
(2017年06月17日01時54分確認)
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/g19305064.htm

[3] 電波法
(平成27年5月22日法律第26号)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO131.html

[4] NDL-OPAC - 書誌情報
(朝日新聞政治部〔編〕, (1991.10).『小沢一郎探検』, 東京: 朝日新聞社.)
http://id.ndl.go.jp/bib/000002134872

2017年6月14日水曜日

クライシス・アクターだけで事件を捏造するのは難事である

複数のテロ事件について、被害者であるとして、SNSで流通する同一男性の写真がある。『France 24』の特集「The Observer」[1]によると、この被写体は、メキシコ在住であるが、詐欺師であると中傷されており、彼に対する嫌がらせの一環として、テロ事件の度に被害者としてアップされているのだという。この話は、ウェブ・マガジンの『ギズモード・ジャパン』[2]が同紙英語版を翻訳しており、日本語で読むことができる。この話そのものは、多くのテロ事件と無関係であるように判断できる。懐疑論者は、この種の「引っ掛け問題」にもなりかねない種類の現象もあることを承知しておくべきであろう。

クライシス・アクターの存在自体は、否定することが困難ではあるが、その特性ゆえに、多くの誤解を派生させる結果になりがちである。先のメキシコ在住男性の話は、メキシコ(スペイン語)界隈で多く引用されているようであり、わが国ではさほど流通していないようではある。わが国では、有名な癌患者を仮病であるとして、クライシス・アクター扱いする意見が見られる(。たとえば、「福田元昭」氏[3]。ただし、クライシス・アクターなる表現自体を誤解している可能性もある)。しかしながら、報道の仕方や広告収入のあり方を問題視することさえも、批判の方法次第では法律に抵触し得るところ、詐病であると断言するには、なお一層、そのように信ずるに至った根拠を明示しなければならない。クライシス・アクターの存在を批判するためには、個々の事件や症例に即して、他人が信用すると期待できるだけの根拠を提示する必要があろう。この点、今年5月のマンチェスターのテロ事件に係る「ザウルス」氏の推測は、正しいものとは認められない(2017年6月4日の記事参照)ものの、本人がそう信ずるに至っただけの根拠を述べたものではある。

ところで、「ある事件が現実に不存在であり、クライシス・アクターだけで演じられたものである」として、これを隠しおおせるためには、少なくとも三種の条件が必要である。第一に、企画者は、少なくとも本事件について、「恐怖は蔓延させたいが、人を殺傷してはいけない」という存在でなければならない。第二に、事件の真相を積極的に追求(・追究)しようとするジャーナリスト(や研究者)に上手に対応しなければならない。第三に、事件後にも多くの現象に対処しなければならない。たとえば、「報道で事件を知った有名人」が被害者を見舞うという行動[4], [5]をも織り込まなければならない。私が思いつけた条件は、おおよそこれらの三種であるが、このうち、第一の条件は、第二の条件についての非常に難易度の高い制約条件として機能する。なぜなら、事件そのものに関しては、人命を尊重しながら、第二の条件においては、第三者の調査をうまくいなさなければならないからである。真相を追求するジャーナリストやブロガーらだけを迫害するのは、どうにもご都合主義である。しかも、このように事件に興味を抱く第三者は、将来、どれだけ生じるものか、分かったものではない。クライシス・アクターを活用する組織が「余計な殺しはしない」というと恰好良く聞こえるし、これだと、事件を捏造するという姿勢と整合的ではある。だが、すべてを捏造して乗り切ることは、並大抵の企画力では無理であろう。

ただし、ある事件が現実に生じた直後に、クライシス・アクターが利用されるという可能性は、あったとしてもおかしくない。具体的な被害の様相を、テロリスト集団に対して見せないことは、彼らの意欲を削ぐことにつながり得る。また、政府当局が用意した演者が巧妙な芝居を打つことで、大衆の、テロリストを憎悪し被害者に同情する気持ちを喚起することは、政府の権力の正当性を維持する上でも、求められる作業である。「大衆を騙す」ことは、常に「諸刃の剣」であるが、試みられない理由がない訳ではないのである。


[1] 世界のテロ事件で何度も死んでいる謎の男|ギズモード・ジャパン
(George Dvorsky、リョウコ〔訳〕、2016年07月11日12:50)
http://www.gizmodo.jp/2016/07/77ryok.html

[2] Who is this man who seems to die in every terrorist attack?
(Chloé Lauvergnier (@clauvergnier) and Alexandre Capron (@alexcapron)、2016年07月05日)
http://observers.france24.com/en/20160705-mexican-man-dies-every-terrorist-attack-mystery?aef_campaign_date=2016-07-05&aef_campaign_ref=partage_aef

[3] 600.医療マフィア利権に挑戦した安保徹先生は医療マフィア<医療殺人鬼>どもに殺害されたのか? - 未分類
(福田元昭、2016年12月10日00時28分)
http://ab5730.blog.fc2.com/blog-entry-823.html

[4] The Queen Visits Manchester Terror Attack Victims In Hospital
(Amy Guard、2017年05月25日13:33:07+01:00)
https://www.unilad.co.uk/news/the-queen-visits-manchester-terror-attack-victims-in-hospital/

[5] Lucy Fallon and Shayne Ward among Coronation Street stars visiting young Manchester terror attack victims - Mirror Online
(Katie Fitzpatrick and Lara Martin、2017年06月13日11時30分、更新12時26分GMT)
http://www.mirror.co.uk/3am/celebrity-news/lucy-fallon-shayne-ward-among-10614228

2017年6月13日火曜日

田中龍作氏の大袈裟太郎氏評はさすがに無理がある

田中龍作氏は、大袈裟太郎氏に対して「人気ミュージシャン」という冠言葉を被せているが、この表現自体には、相当の無理があると言えるのではなかろうか。大袈裟氏のゆうちょ銀行の口座が凍結されたという事態は、検索回数を非常に伸ばしており、昨日(2017年6月12日)にも言及したが、大袈裟氏の知名度は、Googleトレンドによる限りでは、今回の事態を受けて、ようやくでんぱ組.incと並んだことになる。大袈裟氏のミュージシャンとしての有名度が、でんぱ組.incに、彼自身の芸の力で並んだとは言えないから、田中氏による「人気ミュージシャン」という表現は、盛りすぎであると結論できよう。なお、でんぱ組.incの活動開始時期は、2008年中のようであり[2]、(その大半が、小学館の『ビッグコミックスピリッツ』のグラビアでしかないとは言え、)私でも数度はマスメディアを通じて見た覚えがある。


大袈裟太郎とでんぱ組.incのGoogleトレンドによる比較
図:大袈裟太郎とでんぱ組.incのGoogleトレンドによる比較(2004-現在)

[1] 田中龍作ジャーナル | 沖縄の今を伝えるラッパー大袈裟太郎の預金口座が凍結された
(2017年6月7日20:18)
http://tanakaryusaku.jp/2017/06/00016015

[2] でんぱ組.inc - TOWER RECORDS ONLINE
(音楽出版社より引用か、2013年01月31日、更新2016年02月22日)
http://tower.jp/artist/1629289/%E3%81%A7%E3%82%93%E3%81%B1%E7%B5%84-inc