2016年9月1日木曜日

トンデモ説でさえ、具体的な生命への危険と掛け合わされると、多大な混沌を生じうる

 『シオン長老の議定書』(日本語訳は一定しないので、現時点では適当に記しておく)は、陰謀論において有名な文書であるが、一般には偽書とみなされている。同書は、同書の主張するところでは、ユダヤ人が世界を征服するための方法論を示したものである。日露戦争時、捕虜となったロシア兵が所持していたために、日本にその存在が知られたと言われる。平成28年7月時点のわが国で、偽書であると明記する例として、内田樹『私家版・ユダヤ文化論』(2006, 文春新書)がある。私が興味を持つのは、書籍の内容そのものよりも、書籍の影響についてである※1。『議定書』は、共産主義がシオニスト(ユダヤ人至上主義者)による陰謀の一部であることを示す証拠として、ロシア帝国下のロシアにおいて、積極的に配布されていたのである。

 ロシア皇室と同様、戦前日本の帝国主義者が共産主義を皇室に対する脅威とみなしていたゆえに、『議定書』は、日本国内においても、流通を認められた。『議定書』の記述は、大日本帝国においては、シオニズムと共産主義の双方が危険であるというレッテル貼りに利用された。第二次世界大戦前のわが国は、この事情のために、戦後よりも陰謀論が受容され、生きた思想となった時代であった。陰謀論に親和的な風潮は、一面においてナチスドイツとの同盟をもたらす素地となり、他面において日ユ同祖論から河豚計画に至るまでのユダヤ人に対する道具主義を生み出した。帝国主義の時代には、力と謀略が物を言う。陰謀論は、「河豚計画」という名の「河豚」という毒魚の名に象徴に示されるように、帝国主義者に一種の道具としてみなされたのである。(関与した個人の信条を個別に検討することは回避したいが、組織を全体として見た場合には、道具的に利用したと解釈しても誤解を生じない。)

 難しい前振りを(うまく)こなした(つもりになった)ので、本題に移ろう。



 現時点のわが国において、ある組合せの意見を採用する陰謀論者は、「わが国における多くの重要な出来事には、皇室の決定的な関与が影響している。皇室は、国際金融資本家と密に共謀し、日本の安全を脅かしている」という陰謀論を信じている。「陰謀論」の文字通りに、共謀の存在を信じているのである。この一例は、RAPTと自称する男性(声からすれば男性)である(リンク)。ファンという男性(これも声から男性と判断できる)もいる(上、同一人物によるやらせではないように聞こえる)ので、少なくとも、二名以上は、このおかしな形の陰謀論を信じていることになる。彼らは、「ユダヤ陰謀論、ここに極まれり」と題する電話対談(リンク※)の中で、那須御用邸周辺が広範に汚染されたとされることは、実はフェイクであって、それらの汚染されたといわれる土地を用いて次なる企みを進めているという突飛な仮説を提示している。

 実際には、那須町による計測結果(リンク)でも、個人による計測結果(リンク1リンク2)でも、東京都区部に比べ、那須御用邸周辺の汚染の度合いは相当に高く、この一点だけでも、RAPTらの主張は根拠薄弱である。ほかにも、RAPTらの無理解は、次の点に認められる。外部被曝に比べて内部被曝が危険視される理由を理解できていないこと。遺伝的影響の発現が遅れうること。世代を超えるかのような外形的な影響が認められうること。ソ連崩壊後に多くの研究が散逸しながらも西側諸国に状況が知られるに至った経緯があることに考えが至っていない(上掲リンクの再掲)こと。要するに、彼らの対談は、この話題を扱うだけの十分な知識を土台に据え(ようと努力し)たものではない。

 RAPT(集団由来のものか個人か、いまいち良く分からない存在であるので、人称を省略する。)による皇室批判は、『国際秘密力研究』の菊池氏が提唱する「両建て戦術」の一つである。このように捉えると、RAPTの皇室批判が「第三の何か=止揚」を導入しようと企図するための前振りであると予想することが可能となる。ただし、「両建て」戦術は、菊池氏のいうように、「止揚=第三の何か」を導入するために役立つだけではない。RAPTのような、陰謀論の中でも突飛な意見は、話者の望まぬ形で波及する場合がある。

 「両建て戦術」の対象となった2種の対立軸は、話者という第3の要素を対象にとり、認知的不協和をもたらす可能性がある。2種の対立軸を対立軸として取り合わせたときに生じる認知的不協和があまりにも甚だしいと、論者そのものが否定される、という関係を生じるのである。先の記事(リンク)で私が言及したように、「両建て戦術」は、論者によって関連を指摘されたほかの命題に係る見解を、一定の方向に誘導するという機能をも果たす。しかし、これにも限度があり、話の齟齬があまりにも甚だしいと読者に感じられる場合、かえって筆者が読者から信頼を失うのである。

 RAPTは、批判の対象となることが多くあるロスチャイルド家と、皇室とのただならぬ関係について言及するが、かえって、RAPT自身に対する疑いの目を向けさせることになっている。この状態は、皇室を敬愛してきた人物にとって、RAPTの言説が、RAPT、ロスチャイルド家、皇室の三者についての認知的不協和をもたらすものとなるために生じているものである。皇室を敬愛してきた読者は、「ロスチャイルド家に対する好意を抱くに至る」、「皇室に対する嫌悪を抱くに至る」、「RAPTに対する嫌悪を抱くに至る」のおおむね3通りの反応を抱くであろう。この3通りの中では、RAPTが自滅するかのように信頼されなくなる、というものが圧倒的な一番手である。事実、私の抱いた感想も、「何言ってんだ、RAPTは?両家が関係を持っているにしても、皇室外交という社会的装置の一環であって、当然じゃないの?」というものにしか、変化しなかったのである。このような態度の変化は、字義通りにRAPTの言説を捉えるのであれば、およそ、RAPTの期待したものとは言えないであろう。

 実は、このRAPTの大失敗には、かなりの明快な理由がある。その理由もまた、認知的不協和の枠組みだけで説明できるものである。それは、従来からの皇室に対する国民のイメージというものが強固に存在しているために、A「従来からの皇室への良好なイメージ」と、B「皇室とロスチャイルド家が共謀して悪事を行っているという指摘」と、C「悪事を非難するRAPT」という三者が認知的不協和を構成する、というものである。{A, B} はマイナス、{B, C}はプラス、{C, A}はマイナスとなることが大半であろう。すると、これらの組合せを掛け合わせてもプラスとなり、結果、RAPTが嫌われる、という構図が成立する。

 ある理解の枠組みは、その全体像がいかに極端で偏りのあるものであったとしても、多数派集団がそれを方便として活用することがあれば、基本的なところで当の多数派集団の理解の枠組みとの齟齬を抱えたまま、スローガンとして使われることがあり得る。大同団結は、このようにして成立する。RAPTのような見方をするごく一部の陰謀論者を除いては、現在の皇室が日本国民の安全を脅かしているという主張は、非常に不穏当に響くものである。この点、スキャンダラスでない皇室を戴いてきた日本国民は、かえって知的警戒心を喪失しているとも言えるが、本件に限っては、その無批判性が良い方向に機能していると見ることもできよう。




 問題は、RAPTのような見方の陰謀論が、簡単に論拠を覆されるという点で程度の低いものであるにもかかわらず、社会のマジョリティにおける分断を生み出す端緒になること、また、その分断を生み出しうる可能性が悪用されないとも限らないことにある。冒頭に見たように、反ユダヤ主義は、偽書とされる書籍によって現実に興隆した。少なくとも、この警戒心は、現在のところ、内田氏の著書などに見る限り、社会の中で機能しているようである。しかしなお、RAPTの説がいかに悪用されうる余地があるかを、現時点のわが国の状態に即して考察しておくことは、決して無駄にはならないであろうから、以下に検討することとしよう。

 日本共産党は、現時点のわが国において共産主義を掲げる社会集団の中で最大のものであるが、ここでのRAPTに等しい論を提示したことはない。同党は、皇室の廃止を完全に撤回してはいないものの、うかつな主張が自らを更なる少数派へと追いやることくらいは十分に承知しているであろう。RAPTのような極論を知る共産党関係者は、日本社会における多数者が「現時点の皇室が汚染を偽装するという、国民の生命・健康・財産を損ないうる方針を取る」などとは夢にも思っていないであろうことを十分に理解していよう。これは、以前にネット右翼を批判したとき(リンク)と同様に、相手が大人(おとな)であると考えれば、当然に導かれる結論である。

 他方、皇室を敬慕する穏当な者ならば、共産主義者に対する態度に関わりなく、共産主義者への不当な批難が皇室に対する他者のイメージを却って損なう可能性があることを承知しているであろう。これは、天皇制を否定する共産主義者といえども、自分たちに対する嫌悪を無用に高める可能性があるために、皇室に対する批判を慎重に行うことと鏡合わせの関係にある。しかしながら、無知であったり教条主義的である人物がいわゆる「右翼」を自称する場合には、皇室を廃止しようとする意見に対しては、その帰結を顧みずに苛烈な非難を加えるであろう。このことは、無知であったり教条主義的である人物がいわゆる「左翼」である場合に、いかに批判の根拠が失当であろうとも、皇室を批判する言説を利用しようとすることと同形である。

 共産主義に対して陰謀論というラベリングが貼られた歴史と、共産主義が平等を謳うゆえに最終的には皇室の廃止を掲げることとの二点を知る者は、皇室を非難しようとする者であっても、それを指弾する者であっても、日本国民全体の利益を図るためには皇室が陰謀論の主体であるなどということをうかつに口にできないという共通理解に至ることができるはずである。しかし、ここで述べた構図にもかかわらず、RAPTが那須御用地を皇室が恣にすると非難するとき、私有財産制を認めない(厳格な)共産主義者は、私有地の廃止という一点においては、RAPTのような主張と共闘する余地が生まれ、私有地に権利を有する地主(階級)と対立することがあり得る。この対立は、国土の一部が著しく汚染されたという認識を持つ者にとって、東日本に故郷を持つ人々をいかに遇するか、という繊細な問題をも容易に射程に収めるものである。ゆえに、その事実認識に係るRAPTの誤解(または詐術)は、人々の間に無用な対立をもたらしうるのである。もちろん、この構図の一隅には、私益を追求して広範な被害を放置する原発ムラが存在する余地があることを忘れてはなるまい。

 一部の陰謀論者が明白な誤りを主張することは、議論が議論に留まるうちは、話者自身に対する信頼を損なうに留まる。先に説明したとおり、認知的不協和によって、話者自身が排除されるためである。「両陣営への両建て」という考え方が多用されるが、明白な誤りを主張する陰謀論者は、かえって自分の信頼を炎上させることになる。人は、自身の心情にそぐわない主張に対しては、熱心にその欠点を見つけ出すことができる。保守主義者と共産主義者という、対立する二大陣営の両方を敵に回す陰謀論者の主張は、容易に袋叩きに遭うものである。ゆえに、大抵の場合、言論だけにことが収まるのであれば、両陣営の対立を煽るかに見える、マッチポンプであるかのような言説は、その場限りのものであり、大した力を持ち得ない。



 しかし、これが生命や財産に直結する話であれば、容易に事態は行き着くところに行き着くことになる。1909年10月26日の伊藤博文の暗殺は、彼の生前の意志とは逆に、日本の世論を韓国併合へと向かわせたとされる。その結果は、2015年の現在にも隣国との軋轢を生じさせている。現在、ウクライナの混乱は、ウクライナの指導層に多大な影響力を発揮してきたヴィクトリア・ヌーランド女史のキレっぷりとは対照的なロシアの政策によって、解消されつつあると言える。そもそも、この内戦は、正体不明の狙撃手が警官とデモ隊の両陣営を銃撃したことから始まったものである。双方に流血の事態を生じさせることは、しばしば、両方の対立から利益を得る第三者の存在を臭わせるものである。

 われわれが第三者の介在に警戒し続けなければならない理由は、パラグアイの事例にも見て取ることができる。伊高浩昭氏は、パラグアイにおける農場主の射殺事件において、警官と農場主の双方が同一の銃で殺害されたことを伝えている(伊高浩昭, (2015).『われらのアメリカ万華鏡』, 立教大学ラテンアメリカ研究所.)。この事件は、少数派のルゴ大統領政権時に生じたものである。経過は、外務省によって、次のようにまとめられている。
農地改革や治安問題の解決に向けた取組の遅れに対する不満が与野党各方面から噴出。同月22日にパラグアイ上院においてルゴ大統領は弾劾され、憲法の規定に基づき、フランコ副大統領が新大統領に昇格した。2013年4月に次期大統領・副大統領選挙が実施され、カルテス・コロラド党候補が勝利し、同年8月に正式に大統領に就任した。カルテス大統領就任以降、政権の優先課題として貧困の撲滅を掲げるとともに、積極的な外国企業誘致を推進している。(リンク

 共産主義のバイブルであるマルクスとエンゲルスによる『共産党宣言』の「万国の労働者よ、団結せよ!」という結語は、分断統治という支配の技術が存在することを示唆する。分断統治は、被支配者同士のお互いに対する不信を前提として、相互監視により強化される。五人組の伝統を持つわが国においても、分断統治は、十分に理解され活用されてきた手段である。ところで、わが国の保守主義も、万国共通の哲学である共産主義も、階層的分業を当然のものと見ているが、この体制は、人間が集団的な生物であるという性質にも由来するものであるため、現在のところ、好悪にかかわらず、前提として考慮しても良いものであろう。

 分断統治という手段は、2つ以上の階層・集団という条件だけでなく、これに加えて、被支配者集団間における不和や、他集団への憎悪を前提としなければ機能しない。この憎悪という条件のために、分断統治は、しばしば目に見える暴力までに発展することを見越したものとなる。2つの被支配者集団がともに暴力を肯定するようになれば、社会の大半は、大きな混乱に陥ることになる。統治者は、この対立と混乱から利益を上げるのである。ショック・ドクトリンを用いる「黒幕」は、この対立をあえて顕在化させることにより、先行投資を上回る利益を回収するのである。他方、この前提を知る先人たちは、たとえば企業社会であれば労使協調という一種の「止揚」法を生み出してきた。

 右翼を自認する人々は、わが国における学生紛争の経緯から、「内ゲバ」の語のように、分断統治が左翼に対してのみ適用される現象であるなどと考えてはならない。先に挙げた伊藤博文の暗殺は、むしろわが国における「右翼」の影響を受けて引き起こされた国際的な分断統治の一形態であった。韓国人と右翼との間に100年にわたる対立を引き起こした安重根は、皇室の「すり替え」を檄文に含めている。皇室の経緯に係る話題は、本ブログでも「陰謀論」についての書評という形で取り上げているが、現在でも「陰謀論」の一大分野である※2。実際、韓国併合は、関東大震災における在日外国人に対するヘイトクライムの原因の大元でもあり、現時点の日韓(韓国からすれば韓日)関係の軋轢の主要な原因の一つでもある。

 第一次世界大戦は、暗殺がそれまでの歴史に類例のない死者を生んだ事例であるが、その展開の重大さに比べて、その端緒が(少なくともわが国においては)十分に理解され共有されていない出来事でもある。1914年6月28日のオーストリアのフランツ・フェルディナント皇太子夫妻の暗殺(セルビア事件)は、第一次世界大戦の引き金となった。1000万人の単位に達する死者を生じさせた人類規模の悲劇における、最初の流血事件である。にもかかわらず、セルビア事件を実行した『黒手組』の思想は、正式名称である『統一か死か』が紹介されているにせよ、中等教育課程で皆が学習する程には、十分に共有されていない。教科書では単に「民族主義者」と紹介される程度であるが、そもそも、この危険思想がいかなるものであり、成員にどの程度の理解があり、ゆえにこのような活動に至ったのかといった話は、およそ日本人の大半が知らないことであろう※3。過激な民族主義者がなぜ帰結も顧みずにこれだけの大仕掛けに踏み切れたのか、これほどの襲撃を可能とするリソースを有していた組織がなぜこれほどに近視眼的に振る舞えたのか、など、組織として暗殺に踏み切った明確な理由が日本人のわれわれには十分に理解できる形で学習する機会がないのである。これは、単に、私の不勉強でもあるが、歴史の研究者が十分に他人に説明できるだけの理由を探究し、私のようなひねた市民(非専門家)にもそれなりに納得できる形で解答を提示していない、ということにも求めることができよう。「一定の見解が得られていない」というのも一つの見識であるが、このような見識が分かりやすく示されていないと、「陰謀論」の叢生する余地が生まれうるのである。

 ともあれ、第一次世界大戦は、本来ならばリソースに乏しいはずの、一国の権力機構の一部を占めるに過ぎない少数の過激主義者が人類全体に深刻な被害を生じさせた事例であると見ることもできる。現代的な視点から見直すと、自称イスラム国の影に他国の資金援助や不作為を看取することができる以上、『黒手組』についても、同様の構図が成立すると類推することは、アブダクションとしては無理のないものである※4。また、この種のアブダクションは、個々の国の状況に独立に適用しうる。ウクライナに対するヌーランド氏の関与は、完全に有罪と見なすことのできるものである。パラグアイについての外務省による抑制的な記述は、「同一の銃で殺害された」という地元紙の報道を追加するだけで、あからさまな陰謀の気配を感じさせるものとなる。

 以上の歴史的な、あるいは同時代的な事実を、わが国においても現に生じうる危険と見なすのか、一笑に伏すのかは、読者次第ではある。しかし、大杉栄らが殺害された甘粕事件については、ネット上でもそれなりに十分な資料にアクセス可能である。問題は、人々の安全を具体的に保護する立場の人物らに、個々の立場にふさわしい見識が備えられているか否かである。それぞれの地位にある者の実力がそれぞれの役目に対して不足していれば、大国の行く末でさえ、思わぬ状態へと容易に陥ることになるのである。



#以上、本稿の基本的な論旨は、2015年11月に用意したものであるが、下書きのままで放置していたものである。あまりにもハイコンテクストな内容であるために、公的な身分のあるうちに公表することは、さすがに躊躇したのである。ひるがえって、今夏、私自身の身分のみならず、社会的な状況が大きく変わりつつある。その上、本記事に係る主要な考え方は、別記事において、すでに提示している(リンク)。現時点では、公表しても、私自身に対する評価のほかには、影響が極小化されたものと見て良かろう。これが「防災の日」の今日になって、一部を修正しつつ、公開に踏み切る主な理由である。で、つまり、どうすれば良いかについての私の意見は、国民を指導する層がその地位にふさわしいだけの総合的な実力を付けるほかないのでは、というものである。

※1 私は、本記事でも以降の記事でも、『議定書』の内容そのものについて、扱うつもりが当面ない。十分に扱えるだけの系統的な知識に乏しいこともあるが、同書を公然と扱うと、読解力のない読者たちの誤読を招き、余分な反発を受ける可能性があるためである。日本語ではほとんど言及がないので付記しておくと、現在、この書は、ロシア語版なら相当簡単に閲覧可能であるし、日本語でも、インターネット上で国会図書館所蔵の画像データを閲覧できる。掲示板『阿修羅』に掲載されているものは、テキストの写し間違いはさほど見られないようである(が、一言一句確認したわけではない)。

※2 これらの書籍に係る事実関係については、過去の書評において、私は、前提となる知識を欠くがゆえに、それらの書籍に示された事実を正しいと認定するのではなく、「これらの説が本当であるとするならば、好きか嫌いか」という、好悪の話にすり替えたのであるが、読者諸賢は気が付かれたであろうか。そうは読めないとするならば、私の筆力が不足しているということであり、反省しきりである。

※3 オウム真理教事件についても、当然、この理解の枠組みは該当する。が、少なくとも、日本語では、事件全体の構図を理解しようとする試みが存在しており、その資料に比較的容易にアクセスできる。

※4 これを覆す事実があるなどといった具体的な話については、不勉強ゆえ、私は知らない。ウクライナとパラグアイと大正時代のわが国の事例だけでも、話は十分であろう。ただ、最大の被害見込みを見ておく必要があったがゆえに、ここでは第一次世界大戦に言及したまでである。

パラグアイ基礎データ | 外務省
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/paraguay/data.html

シンドラー社製エレベータの事故確率を公開情報だけで見積ることは難しい(メモ)

 Google.co.jpのニュース検索から、シンドラー(Schindler)社のエレベータ事故を「Schindler elevator accident」というワードで検索してみたら、865件のページがあるとのご託宣を得た。ただし、Googleニュース検索が報道各社の記事を系統的に収集し、記事の所在だけでもすべてをアーカイブ化しているのか、私には分かりかねている点に注意すべきである。なぜなら、日本のほどんどの新聞社のように、ウェブにて公開する記事を削除してしまうという悪しき慣習を有している国の記事は、残らなくなってしまう可能性が認められるためである。ないよりも余程マシという程度で捉えておくと、誤解はないであろう。よって、日本における事故数が他国よりも多いのか、といった検討は、どだい無理ということにも注意されたい。

 少しだけ調べてみたのは、数日前、IT技術面に優れたブログ『弁財天』に、シンドラー社のエレベータのみが日本で重大事故を繰り返しているという指摘が見られたためである。同ブログは、第一種の過誤が多くなるような陰謀論的なスタンスを取るものであるが、現在のスタイルの方が読者にとって参照する価値があるように思うので、批判の意図はない。事故の実情をネットの公開情報だけで把握するのことが可能なのか、という思考実験のため、調べかけてみただけの話である。

 結論は、ネットの公開情報のみを私のリソース(実力+時間)で取り扱い、各国のエレベータの事故率を納得のいく程度に比較する方法は、存在しないというものである。

 以下、メモ代わりに、40の検索結果の中で、Googleのリード文のみで外国における事故であると判定できそうなものを拾った結果を示す。系統的に抽出し、判定する仕組みが必要そうである。まず最初に、私自身が一段分、レベルアップする必要がありそうである。



Maintenance worker killed in elevator accident at UAMS
http://www.arkansasonline.com/news/2016/feb/24/maintenance-worker-killed-elevator-accident-uams-m/

2016年2月24日水曜日にアーカンサス医科大学(UAMS)でメンテナンス中の従業員が死亡。シンドラー社製。



Multi-million dollar judgment issued in Superdome elevator accident case | New Orleans - WDSU Home
http://www.wdsu.com/news/local-news/new-orleans/multimillion-dollar-judgment-issued-in-superdome-elevator-accident-case/26979010

2007年のルイジアナ州のスーパードームにおけるエレベーター事故においては、シンドラー社は、保守業務に無関係との判断がなされ、被告の適格性が却下されている。



10 years after elevator accident, man still hasn't collected his millions | NJ.com
http://www.nj.com/morris/index.ssf/2015/08/10_years_after_accident_man_hasnt_collected_his_mi.html

 2005年、ニュージャージー州のモリスタウン(Morristown)のHeadquarters Plaza(Google Map)で障害を負った男性は勝訴したものの10年後の現在も賠償の支払いを受けていない。



Moving towards the connected elevator | IT-Online
http://it-online.co.za/2016/08/31/moving-towards-the-connected-elevator/

 技術報道。世界中で1500万台のエレベータ。上海市はエレベータの周縁監視システムの整備を求める法律を可決。ファーウエイ(Huawei、華為技術)はクラウドでエレベータの入口を管理。150万台がシンドラー社。ファーウエイと提携したと中国地域担当のCEO。



Israeli Man Fatally Crushed After Falling From Elevator in Brooklyn |
http://jpupdates.com/2015/10/02/israeli-man-fatally-crushed-after-falling-out-of-elevator-in-brooklyn/

2015年10月にブルックリンで利用者のイスラエル男性が死亡。




OSHA investigating deceased elevator worker's 7-story fall | NJ.com
http://www.nj.com/hudson/index.ssf/2016/02/osha_investigating_deceased_elevator_workers_7-sto.html

Guttenbergの3棟あるGalaxy towersのうちの1棟で、子会社のSlade Elevator Inc.の従業員がメンテナンス中に転落事故で死亡。



Fatal NRZ lift accident may be referred to court - Nehanda Radio
http://nehandaradio.com/2015/08/16/fatal-nrz-lift-accident-may-be-referred-to-court/

ジンバブエZimbabweの国立社会保障局National Social Security Authority (NSSA)、NSSA法に基づく行政法人は、ブラワヨBulawayoのジンバブエ国鉄NRZの建物内のエレベータ事故について、調査を完了する見込み、その後、法廷へ。2015年7月3日、職員女性と救出しようとしたシンドラー社の技師が死亡。

2016年8月31日水曜日

日本国民の免責のために安倍晋三氏の「アンダーコントロール」発言は機会あるごとに批判されるべきである

 2020年オリンピック招致に際しての安倍晋三総理大臣の「アンダーコントロール」発言(2013年9月7日)※1に係る真意は、後の国会において、数度、安倍氏自身により説明され(ようとし)たが、この顛末に対する批判は、英語圏ではそれほど高まりを見せていないようである。「アンダーコントロール」発言そのものは、英語圏においてもジャーナリスト※2、※3や反核団体※4などにより、放射性物質の海洋への漏出が続いているという推測と矛盾すると批判されると同時に、批判されたこと自体も報道の対象となっている※5。 しかし過日(平成28年8月26日)、Googleで「Abe Fukushima Diet "under control"」などの検索語を完全一致オプションとともに試してみたものの、「アンダーコントロール」発言に係る安倍氏の国会答弁について、後追いしている英語のページを発見することはできなかった。この作業は、私の調査資源からすれば、悪魔の証明に類するものであり、事実ではない可能性も十分に認められる。ただし、日本語では、安倍氏の国会答弁に対する批判は、ブログなどに見出すことができるから、英語マスメディア等では単にニュースバリューがないものとして片付けられていると結論することは、特に問題を生じる理解とは言えないであろう。

 英語圏では、招致委員会における安倍氏の発言は、単独で、国際公約として成立することが認められているようである。この点は、わが国の政治家一般に対する日本語マスメディアや日本国民(で声を大きく上げている者)の受け止め方とは異なる。この国内外の差は、そのまま、安倍氏による国会発言の検証に対する差にもなっている。国会に代表される日本語圏では、福島第一原発の状態を問うことに加えて、安倍氏の発言同士の矛盾を衝くことが議論の要件となっているかのようである。しかし、この条件が国会発言のみで満たされてもなお、安倍氏は自らの誤りを明確に認めることができないようである。

 海外では、日本国内のような議論は必要とされず、事故後の現実と安倍氏の発言との齟齬を見るだけで十分に責任を問うことが可能であると見る態度が主流であると考えて良いであろう。この差は、わが国の言論状況が日本語だけで完結しており、かつ、独特な形式に発達していることの例証となろう。また、この差は、日本語圏のウェブ言論に対する情報の検閲や統制が一定程度機能しており、あるいは一般人や、一般人に紛れる広告企業の被雇用者の側に迎合主義が見られるために生じたものと見ても差し支えないであろう。

 日本語ブロガーなどのサイトでは、安倍氏が収束していない旨を国会にて発言したことについて、批判する記事を容易に発見できる。たとえば、大沼安史氏は、「2020年に向けて、国際社会の厳しい指弾の的になって行くだろう。」と予測している※8

 安倍氏自身による「アンダーコントロール」発言に対する幾度かの国会での説明は、私のポンコツ知能では理解できない難解さを誇るものであるが、第186回参議院予算委員会議事録第5号(2014年3月3日)※9における発言の解釈を、私の現時点の知識から試みてみると、次のようになる。
  • 政府は、状況を的確に把握している
  • 敷地内での汚染水漏れも把握している
  • 漏れた後には、対策を実施している
政府という主語を明確に示すことができるのは、状況の把握に限定される、という点が重要であろう。これに対して、対策の実行に責任を負うのが東京電力であり、実際の作業に従事する主体は、もっぱら東京電力のn次下請け企業($n \geq 2$)に雇用された従業員たちであろう。この状態は民主党政権時代から踏襲されているため、安倍内閣のみに責任を帰することはできないが、この状態を知りつつも「アンダーコントロール」と海外において発言したことは、安倍氏自身の責任の範囲内に収まることである。

 3.11以後、日本語圏の言論は、明らかに混乱した状況にある。本来ならば明白に優勝劣敗を付けられるはずの議論が、カネに釣られた多数の匿名を 気取る者によって、原発ムラに都合の良いものに歪められている。エア御用学者も複数登場し、公の場で平然と嘘を吐いているが、社会的制裁もなく放置されている(「メルトダウンではないだす」)。この混沌は、言論の正確性に対する話者の感性を摩耗させるとともに、感性の鈍化した話者の表出がゴミ情報を発生させるという悪循環を生み出す。この悪循環は、「人気のある情報をトップに上げる」というベイズ統計を利用した現在の情報検索手法によって、さらに加速される。ゴミをゴミと識別できる読者が多数いなければ、同時的な言論を乗り切ることが難しいが、エアか否かを問わず、御用学者の言動が一般の国民を惑わせる。一般の国民が話者の属性によって話題に対する信頼の程度を上下させることは、責められることではない。専門家の役割は、専門について正確と思われる事柄を述べることにあり、互いに異なる専門を有する専門家同士も、互いの指摘を信頼する関係が成立するからである。

 わが国のトップが嘘を吐いたことを国民が放置し続けることは、わが国の政体・国体・国民のいずれにとっても不幸な結果を招来することになりかねない。国民の沈黙は、わが国では美徳であるが、他国では、消極的な同意とみなされかねない。この状態がよろしくないことは、以前の長い記事(リンク)で、村上春樹氏や小出裕章氏が外国に訴えたことなどに絡めて、十分に説明したつもりである。他国のインテリジェンス機関は、まず間違いなく、私が本記事で示した状態についても十分に把握した上で、静観しており、その利用の機会を狙っているはずである。

 帝国主義的な現今の世界情勢において、安全保障の意味でのセキュリティ、健康的な国民生活という意味でのセキュリティ、両方を維持・向上させるという目的を達成するためには、本記事で示されたような「政体」の詭弁が、勇気ある有名人のみならず、国民の一人一人によっても批判される必要がある。その批判は、何も具体的な言論を提起することによらない。わが国は、間接民主主義社会であり、投票行動によって意思を示すことができる。投票の秘密は、憲法(リンク)により保護されており、本来であれば、日本国民は、独立した個人として迫害を予期することなく投票できるはずである。

 なお、国民が示したはずの意思を内外の人々に誤解させるという点において、「不正選挙」は、外国からの危険を招来するものである。民主主義社会は、「皆で決めたことは(最善ではなく)仕方がないことである」ことを意思決定のベースとする社会である。民主主義社会下における個人は、社会全体として選択されたはずの結果を元に、次なる行動を決定するという(宮台真司氏の表現によるところの)再帰的な存在である。不正選挙は、この点においても問題のある方法である。不正選挙の結果、選択された(と国民に誤解を与えた)一味が何事かの悪事を国際社会において実行した場合、その報いは、この一味のみが引き受けるべきであろう。この点において、不正選挙の存否を追究することは、国際社会に対して国民の責任を減免するという意味を有する作業である。


※1 Presentation by Prime Minister Shinzo Abe at the 125th Session of the International Olympic Committee (IOC) (Speeches and Statements by Prime Minister) | Prime Minister of Japan and His Cabinet
http://japan.kantei.go.jp/96_abe/statement/201309/07ioc_presentation_e.html

※2 Did Japan Lie Its Way Into the Olympics? (Peter Lee, Sep 27, 2013)
http://www.counterpunch.org/2013/09/27/did-japan-lie-its-way-into-the-olympics/

※3 Abe Olympic Speech on Fukushima Contradicts Nuclear Plant Design - Bloomberg (Tsuyoshi Inajima and Yuriy Humber, Nov 1, 2013)
http://www.bloomberg.com/news/articles/2013-11-01/abe-olympic-speech-on-fukushima-contradicts-nuclear-plant-design

※4 Fukushima "under control"? | Wise International
https://www.wiseinternational.org/nuclear-monitor/769/fukushima-under-control

※5 Abe claims Fukushima radioactive water woes are 'under control' | The Japan Times (Kyodo, Oct 16, 2013)
http://www.japantimes.co.jp/news/2013/10/16/national/politics-diplomacy/abe-claims-fukushima-radioactive-water-woes-are-under-control/

なお、上掲の記事※2や下記ニュースサイト※6に示されている記事の元記事は、AFP通信により配信されたもののようであるが、高円宮妃久子殿下を「天皇の義理の娘」と表現している。元記事が削除されているため、この誤報が修正されることは、期待できない。

※6 Japan PM tells IOC Fukushima situation 'is under control' - Breitbart
http://www.breitbart.com/news/cng-92fe2f080078a69185437929a454fd0b-b11/

※7 皇室の構成図 - 宮内庁
http://www.kunaicho.go.jp/about/kosei/koseizu.html


※8 机の上の空 大沼安史の個人新聞: 〔フクイチ・グローバル核惨事・史料〕◆ 「収束したとは言っていない」と弁明! / 安倍晋三首相、2020年・東京オリンピック招請ブエノスアイレス演説に関する参議院予算委での答弁 ★ 首相の「アンダーコントロール」演説は、汚染水問題が深刻化する中、こんご2020年に向けて、国際社会の厳しい指弾の的になって行くだろう。なんらかのかたちで責任を追及されるかも知れない。
http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2015/04/post-9fbb.html

2015年1月30日の発言についても、以下のブログ主のような批判が日本語では残されている。引用されていたロイターの記事を直接参照すると、2015年1月30日の第189回衆議院予算委員会3号であることが特定できる。


安倍首相「福島第1原発事故、収束という言葉を使う状況にない」 アンダーコントロールは・・・ - 異教の地「日本」 ~二つの愛する”J”のために!
http://blog.goo.ne.jp/koube-69/e/d9f984f0631e81ee5e64ea4b4c0e0bf5

福島第1原発事故、収束という言葉を使う状況にない=安倍首相 | ロイター
http://jp.reuters.com/article/fukushima-abe-idJPKBN0L30GD20150130


※9 第186回 参議院 予算委員会 平成26年3月3日 第5号|国会会議録検索システム - 18603030014005.pdf
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/186/0014/18603030014005.pdf


議事録は、テキストファイルでもダウンロードできるが、そのテキストファイルの1171行以降
○那谷屋正義君 【...略...】
 さて、ここまでは割と平和に質疑が行われてきたというふうに思いますが、実は先ほど、九・八の総理の演説の話、大変感動させていただいたというふうに申し上げたんですが、一つだけ、やはりこれもマスコミ等で物議を醸し出しましたアンダーコントロールというのがございました。この見解が福島県民にどういうふうに受け止められていると考えていらっしゃいますか。総理大臣、お願いします。

○内閣総理大臣(安倍晋三君) 私がプレゼンテーションにおいてアンダーコントロールというふうに申し上げましたのは、福島第一原発では、貯水タンクからの汚染水漏えいなど個々の事象は発生はしていますが、福島近海での放射性物質の影響は発電所の港湾内の〇・三平方キロメートルに完全にブロックされていると。言わば、事態では、個々の事態は起こっているけれども、それは私は承知をしているし、対応しているよという趣旨のことを言ったわけでございまして、つまり、コントロールできていないということだったら全く何もできていないということになりますが、それは私は事態は掌握をしているし、対応はしているよということを申し上げたつもりであります。

○那谷屋正義君 それはなぜそういうふうに言われたかということであって、そうじゃなくて、それをお聞きになった福島県民がどう受け止められているというふうにお考えか、それについてお聞きをしているところであります。(発言する者あり)

○内閣総理大臣(安倍晋三君) 今、後ろの方からふざけんなよという話がございましたが、先般も私は福島県に参りました際、例えば相馬市の市長からは、水産物が大変な風評被害を受けている中においてよく言っていただいたという話もありました。
 ただ、我々は決して収束したとは言っていないわけでございますが、ただ、まだ汚染水の様々な報道がある中において、報道でコントロールできていないではないかという方々もおられたんだろうと、こう思うわけでございますが、要は、英語のプレゼンテーションの中において、大切なことは、あのときは、まさに日本はちゃんと対応できていないのではないか、事態も全く掌握できていないのではないかという中において、そういう国にはオリンピックを任せることはできないねという雰囲気があったのは事実であります。それをいかに私は、日本の総理大臣としてその雰囲気を払拭することができるかどうかが私のスピーチのポイントでございましたから、そのところにおいて、私は責任者としてそれはしっかりと事実を掌握をして対応していますよという意味においてコントロールしていますよということを申し上げたところでございます。

 おしどりケン&マコ氏は、港湾内の0.3平方kmの海水が日に50%程度外洋の海水と交換されている、と東京電力が回答したと報告している※10。おしどり氏の質問する様子は、岩上安身氏のサイトIWJの東電定例会見のページで確認できる※11。担当者は、会見の場では、調べて回答すると述べている。おしどり氏は、5・6号取水放水ラインによる海水の汲み上げと放水が別立てで行われていることについても指摘している。

※10 汚染水は港湾で希釈してから外洋へ。 | 最新記事 | OSHIDORI Mako&Ken Portal / おしどりポータルサイト
http://oshidori-makoken.com/?p=748

※11 2015/02/19 福島第一原発2号機海水配管トレンチの立坑Aの水位が上昇、滞留水をタービン建屋に移送~東電定例会見 | IWJ Independent Web Journal
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/233816

平成28(2016)年9月6日訂正

 誤りを発見したので修正した。なぜこのような間違いをしでかしたのか、良く分からない。

2016年8月30日火曜日

古賀茂明氏でさえ大差の勝利を訝しく思わないようである

 元経済産業省のキャリア官僚であった古賀茂明氏が、都知事選立候補に係る民進党内のイザコザを『週刊プレイボーイ』の取材に対して、次のように語っている※1。民進党内の分裂状況を語っているあたり、参考にはなる。が、今回の記事において私が参照したい箇所は、古賀氏の票読み感覚である。おそらく古賀氏の数的感覚は、森永卓郎氏の言を少しだけ拡張すれば※2、経済産業省の官僚の中でも逸材であるとみることができよう。
投票日の前日、世論調査で「鳥越不利」の観測が出ると、岡田氏は9月の民進党代表選への不出馬を表明。都連の間でさらに党本部への批判が高まった。なかには裏で小池氏を支援する議員もいたらしい。

開票日は自宅で過ごした。小池氏の圧勝は「当然だろうな」と思った。なんの哲学もなく、知名度優先で候補者をクルクルと差し替える民進が野党第1党なのだ。たとえ統一候補の擁立に成功したとしても、一体感も戦略もないままでは、したたかに無党派層の支持を集める小池百合子新都知事には勝てるはずもなかった。
私が古賀氏の言を引用してまで指摘したいことは、通常、数字を目の前に出されても、人はあれこれいじくり回して検証してみようとまではしないということである。日本という、まだ今のところはギリギリで経済大国のラインに踏みとどまっている国の行く先を決定するという大仕事を行う大組織において、十年に一人の逸材と評されていた傑物であっても、291万票対179万票対135万票対49万票という大差を当然ととらえて、それ以上の評価を行おうとしないのかな、と読んだだけの話である。私は、古賀氏を批判しようとしている訳ではない。専門外のことであれば、数字を実際に触ることまでしないのは、誰しも当然と言って良い反応であることを指摘したいのである。(もっとも、古賀氏がTPPに賛成していたことを知る陰謀論者ならば、上記の引用部分も一つのアングルじゃねぇの?と疑うこともあろうが、私は、ここでは、そのようには考えなかった。)

 しかし、「この票差は、このような理由でおかしい」という具体的な情報に接したときには、事情は大きく変わるであろう。根っからの文系を自称する人であっても、大部分は、記事の一部なりとも読むくらいまでは行い、内容への理解があいまいであっても、記事の内容におおむね納得がいけば、ほかの人にも自分の言葉で伝えようとするのではないだろうか。人は、自身の仕事や趣味の範疇に入るものでないと、かくも数字に騙されやすい存在である、と一応のところは言えるであろう。(暇があれば、きちんと書籍等に当たり、人の感覚と指数・対数との関係などを示しておいて、大きな数において生じた差は感覚とずれがち、ということなどを指摘したいのであるが、そこら辺は、別の機会に行おう。)

 ということで(なんのことでだ?)、騙される方が悪いと言わ(れ)ないために、以前の記事に示した内容(2016年8月21日)を、もう少しだけ分かりやすく表現し直しておこう。
  1. [7月24日の読売情勢調査における各候補の支持率]
  2. [7月10日の参議院比例代表の政党別得票数]
  3. [手順1]×[手順2]=[投票先を決定済みの支持者数]。ここまでは誰しも頭の中で計算してみるであろう。計算してみれば、それほど差がないこと、とはいえ、明確に小池氏有利ということまでは読めるであろう。(具体的な数値があれば、である。数値が示されていなかったことにも注意すべきであろう。)
  4. 態度未定者の数を求める。計算式は、[手順2]-[手順3の3候補合計]。
  5. [手順4]×[無党派層の各候補支持率]=[態度未定者の見込み投票者数]とする。
  6. [手順3]+[手順5]=[各候補の見込み投票者数]とする。ここまでの仮定は、素直な仮定であり、否定はできないであろう。
  7. [手順2]-[手順6]=[態度未定者のうち動向不明の投票者数]。
  8. [手順6の各候補者]+[手順7]=[各候補者の最大得票数見込み]。

 8までに求めた[各候補者の最大得票数見込み]は、増田氏・鳥越氏の両名とも、289万票であったのである。この、ごく簡単な再帰的な計算を、高校生までの数学で適当に記せば、以下のとおり。
  • (増田氏読売支持率×参院選比例代表投票者数)+{参院選比例代表投票者数-Σ(参院選比例代表投票者数×各候補読売支持率)}×増田氏読売支持率=増田氏見込み票数(289万)
  • (鳥越氏読売支持率×参院選比例代表投票者数)+{参院選比例代表投票者数-Σ(参院選比例代表投票者数×各候補読売支持率)}×鳥越氏読売支持率=鳥越氏見込み票数(289万)

 この289万票という数値は、7日前の時点で予想される最大の票数であった。とすれば、仮に、本件に不正選挙を認めるとするならば、数的感覚が欠如しつつも万全を期すことに抜かりない黒幕や顧客は、この値に達するまでは票数を積み上げようという気になったであろう。1票○万円という単価であるとすれば、発注者・受注者の双方が明朗会計であることを確認できるような仕組みの下に、不正選挙は行われたであろう。500票=500×○万円になるとすれば、俗に言うレンガ0.5○個ということになる。不正に関与する組織同士の間で金銭がやり取りされたとすれば、これらの計算は、必ず確認可能な状況で行われたであろう。束ねるラベルに付されたバーコードが実際には異なる候補へと付け替えられたとすれば、その手続は、発注者・受注者の双方が確認できる形であったろう。

 座布団の下に1万円札なんて時代に比べれば、電子計算機上の不正は確実に見えるのであるから、仮に「座布団の下に現金型」か「開票読み取り機型」かを選べと問われたら、後者を選択する誘惑はさぞかし大きいであろう。ただし、前者の方法は、検票により後から不正がバレるということが少なく、情勢調査や出口調査との整合性も保たれるという点で、後者の方法よりも、ある面では安全性に優れる。近年の不正選挙のスタイルは、巷間指摘されているようなものであるとすれば、後世には、テキントを玩んだ挙げ句に失敗したものと評されよう。別の観点から言い換えると、一人一人に1万円という威力を信頼せず、ヒュミントの力を侮った結果とも言える。

 一人一人に現金を配布するという古典的な不正は、饗応を受けた一人一人が不正に進んで荷担したのであるから、これもまた、一種の民主主義であるということになるかも知れないが、他方で、現代型の不正選挙は、国民に責任を転嫁する余地をほとんど残さないものである。これほど大きな不正が行われているとすれば、内部告発者も現れるのではないか?落選候補が主張するのではないか?警察や検察が動くはずではないか?など、普通の「良識的な大人」なら、穏当に考えるであろう。その反面、多少なりとも陰謀論とされる分野に親しんできた人たちであれば、これらの疑問がいかに扱われてきたのかについては、それなりに理解しているであろう。このために、ドナルド・トランプ氏の選挙システムには気を付けよという主張がいかにアメリカのマスメディアに嘲笑的に扱われようとも※3、※4、マスメディアの論評に対してこそ懐疑的に接することであろう。マスメディアには、批判的に接触することが常に必要となっている。

 本稿において検討した「不正選挙」も、仮定の話であるが、仮に不正を行う側の身になって考えてみるという検討手法は(、例外を聞き及んではいるが)、学術的にはほとんど事例が見られないものの、まだ広く知られてはいない事例に対して役立つこともある。本記事も、その一つであるという程度にご理解いただけると幸いである。もっとも、シンプルな(推測)統計学によって、これだけ説明の付かない現象が、不正が絶無であるべき分野で続くことは、「本当は真っ黒」という結論を得るに十分なほどではある。なお、本澤二郎氏の最近の記事は、アメリカ総選挙(general election 2016)への選挙監視団の派遣要請のように、わが国にも選挙監視団が必要であるなど、話題が満載のようであるが、次回以降に検討を進めることとしたい。


※1 古賀茂明が今だから明かす都知事選の内幕と民進党の情けなさ - 政治・経済 - ニュース|週プレNEWS[週刊プレイボーイのニュースサイト]
http://wpb.shueisha.co.jp/2016/08/29/70993/

※2 テリー伊藤対談「森永卓郎」(1)古舘さんの楽屋の前で見た光景は… | アサ芸プラス
http://www.asagei.com/excerpt/35404

※3 Donald Trump: 'I'm afraid the election's going to be rigged' - CNNPolitics.com
http://edition.cnn.com/2016/08/01/politics/donald-trump-election-2016-rigged/

※4 For Trump, a new ‘rigged’ system: The election itself - The Washington Post
https://www.washingtonpost.com/politics/for-trump-a-new-rigged-system-the-election-itself/2016/08/02/d9fb33b0-58c4-11e6-9aee-8075993d73a2_story.html


平成28(2016)年9月3日修正

淡赤色の部分を追記して、文意が成立するように修正した。

2016年8月28日日曜日

ダイヤモンド・オンライン(平成28年8月26日)窪田順生氏の記事について(感想)

 ノンフィクションライターの窪田順生氏は、ダイヤモンド・オンラインの8月26日の記事※1において、毎日新聞(7月14日)の記事※2から「4+1」会合の存在を引用し、宮内庁がNHKと協力して天皇陛下のお言葉を放送する段取りを整えたものと推測し、庁外の一部の反発を抑えてお言葉の放送にこぎ着けたことを高く評価している。「4+1」とは、官庁機構トップ2人、侍従職のトップ2人、OB1名から構成される宮内庁内の懇談会であるという※2。官庁機構側のトップ2は旧内務省系の事務次官級である一方、侍従職トップは外務省系である※1。窪田氏によると、今回の成り行きに係る巷の観測には、「オモテ」と「オク」の対立から生じたもの、「オク」の独走によるものなどがあるらしい。

 窪田氏は、今回のお言葉に至る経緯は、宮内庁の首脳陣が一丸となってNHKと協力して企画・実行してきたものと理解している。その証拠として、NHKに対する取材拒否等の報復がないことを挙げる。宮内庁の幹部たちは、官邸と国民を納得させるために、
陛下の「お気持ち」を宮内庁内部の何者かがリークし、事無かれ主義の宮内庁幹部がそれにフタをしようと目論むも、陛下の強い意向を無視することができず結局、押し切られるように「お気持ち」表明をした※1
という筋書きを描き、あえて憎まれ役を買ったのではないか、と窪田氏は推測しているのである。

※1 宮内庁の完全勝利!?天皇陛下「お気持ち」表明の舞台裏|DOL特別レポート|ダイヤモンド・オンライン
http://diamond.jp/articles/-/99848

※2 生前退位意向:5月から検討加速 宮内庁幹部ら5人 - 毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20160714/k00/00e/040/220000c

 窪田氏の論考は、説得力のあるものであるが、私には、窪田氏の論考の根幹を受け入れた上で、末節については、なお異論がある。その第一は、本当に宮内庁の官僚たちが一丸であったのか、という点についてである。第二は、ある意味検閲され、ガチガチに固定化されたことが認められる状態であっても、陛下のお言葉が放送されたという結果には、皆が満足しているのであろうか、という点についてである。

 第一点目、官僚たちが常に一丸であるかであるが、私には到底そのように思えない。個人的体験からいえば、官僚の三分の一は、環境さえ許せば、利己的に振る舞う。仮に、官邸が皇室の政治利用を嫌うとすれば、官邸は、人事権を利用して宮内庁への出向者を子飼いのものにするはずである。「子飼い」という表現は、利己的な振る舞いを利用される余地がある状態にある、と読み替えた方が的確かも知れないが、ともあれ、今回の成果が宮内庁一丸となった結果であるという表現は、どのような組織にも腐ったミカンが出現する、という原則論からみて、素直に飲み込めないのである。もっとも、窪田氏の表現は、何かの符牒や罠であったり、同氏の後の取材を円滑にするための作業の一環であるとも見えるものである。

 第二点目、録画であっても陛下のお言葉が全地上波局(東京都内)で国民全員に伝達されるようにテレビ放送されたという結果は、現状の日本社会の成員の構成状況を前提とすれば、これ以上を望むべくもない程の成功であったといえるが、それでも、よりベターな結果がなかったのであろうか、とも考えてしまうのである。このように考える理由は、もちろん、福島第一原発事故の収束が完了しておらず、日本国民の数割が福島第一原発事故による健康被害リスクに曝露され続けているためである。一部の関心ある人たちを除けば、受忍していることにすらなっている訳ではないし、同時に、一部の関心ある人たちも、東東北地方や北関東地方に居住することのリスクを理解しつつも、やむを得ずリスクを引き受けている状態であろう。時間の経過につれて、リスクは単調増加する※a

 これらの異論の先を見越せば、国を動かす作業は時間のかかることであるという反論も、(本件に関与した)高級官僚の中から聞こえてきそうである。しかし、時間を要したという結果責任は、軽重の程度こそあれど、高級官僚たちのほとんど全員が、本件に関与した人物も含め、各自の振る舞いに応じて引き取るべきであるし、そうせざるを得ないことになろう。何度か指摘しているように、わが国の高級官僚たちは、十分過ぎるほどに政治的に振る舞ってきたからである。どれほどの理由を見込んでも、結果的かつ外形的に、高級官僚という職能集団は、「戦争屋」の意向を忖度し、(生命を保つという意味での)保身に走ってきた。わが国では、当の皇室ご一家を除き、個人がその「職業」を辞めるという選択肢は、憲法第22条によって、基本的には保障されている。このため、現状に至る政策パッケージの形成の場において、日本国民の健康及び生命に悪影響を与えることが見込まれる施策に荷担するよう求められたとき、近い将来、(文字通りに)腹を切ることになるのが嫌だったのであれば、当の高級官僚は、辞めるとともにその経緯を世に問うべきであった、と言えるのである。

 窪田氏の記事は、同氏が今後の動向を報道する上で役に立つことであろうが、お言葉に係る報道を今回のような形で実現させた高級官僚たちを免責する上で役に立つものとはならないであろう。というのも、福島第一原発事故による健康影響は、チェルノブイリ原発事故における推移に倣えば、今しも顕在化しようとしているところであり、その状態は、官庁統計同士の齟齬を注意深く分析する者に把握されている可能性すら認められるほどであるためである。事故の収束作業に従事しない一般の日本国民は、チェルノブイリ原発事故以上に苛酷な条件に置かれているわけであるから、今までの間に影響が出なかったと断言することは、とてもできないであろう。いずれにしても、現役の高級官僚たちはもちろんのこと、過去10年ほどの間に退職したOBの幾人かも、責任を逃れることがすでに適わない状態にある。今後、マスコミや学識経験者を巻き込む形で、高級官僚たちがてんでに責任を逃れようとする試みが繰り広げられるであろうが、おおよそ、全員が総懺悔という顛末を迎えることになろう。第二次世界大戦は悲惨であったが、今後、それ以上の悲惨が顕在化しないとも限らない。その成り行きの次第を恐れるのは、健全な国民であれば、当然のことである。

 なお、面白いことに、窪田氏の2015年1月6日の戦後70周年に係る『サンデー・モーニング』に対する辛辣な批評記事※3は、窪田氏の今回の記事に対しても適用可能である。窪田氏は、同番組がギュスターヴ・ル・ボン[著], 桜井成夫[訳],(1895=1993).『群衆心理』(講談社学術文庫).を引用し、プロパガンダを仕掛ける側が大衆を見下していると指摘し、現政権に対する批判を提示したことに対して、ル・ボンの創始した方法に最も忠実なのが現代のテレビであると批判している。これを、窪田氏は、ブーメランになると表現した。この経歴をふまえると、今回の窪田氏の記事の表現は、国民の生命と健康と財産を保護するための仕事を十分に果たさなかった人物まで擁護することになってしまいかねないものであり、全宮内庁の官僚の仕事を擁護したことになる。リップサービスは、今後の取材のためであろうと、「罪人を庇うつもりで、官僚の予防線として機能するように、記事を用意したのか」という邪推を許すことにもなるのである。報道に関与する人物は、取材対象との一定の距離を保ち、顧客が誰であるのかを常に意識しなければ、1%側の人物として容易に分類されてしまうであろう。もっとも、いくら本稿がカネにならなかろうが、今後の仕事のチャンスを奪うものであろうが、私の記事にも同じ事が当てはまるであろう。解説記事は、それだけの覚悟を必要とするものである。

※3 窪田順生の時事日想:“ヒトラー安倍”にご用心!? 日本の「群衆」を操作してきたのは誰なのか (1/4) - ITmedia ビジネスオンライン
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1501/06/news029.html



※a 国及び国民が動き出すまでの時間が長引けば長引くほど、確率的に発症する国民の人数は、決定論的に単調増加すると考えて良い。LNT仮説は、一応今のところもICRPによって採用されているので、同説に従い、現状を大雑把にモデル化すれば、この結論は、簡単に得られるものとなる。ざっくばらんに考えると、呼吸器系の疾患についてみれば、おおむね、2011年3月中の対策が分水嶺となると予想される一方で、地域の汚染状況と居住期間に比例して、リスクは増加しているであろう。よって、地域集団における発症のリスクは、居住時間の一次式として表される。切片は、航空測量等による空間線量に規定されよう。食品の摂取を通じた内部被曝による、ある時間における被曝線量の増加分は、一人について見れば、徐々に低減する階段関数状(マヤ型ピラミッドのような形状)となるものと予想される。主食となる米の蓄積した放射性物質が効くと思われるためである。人の年齢や性別から来る食習慣によって、この階段の高さは変わるであろうし、人の年齢や性別によって、この階段から受ける影響も変わる。この先については不勉強きわまりないので、年齢や性別が二乗で効くのか、別の指数倍で効くのかは分かりかねるが、最終的には、汚染地域における人口集団における食品を通じた内部被曝に起因する発症・死亡のリスクは、時間の単調増加関数となることだけは、間違いないであろう。

#今般の台風によっても、東京都内における空間線量(周辺線量当量)は、福島第一原発事故由来のものと比較して、半分程度、風向きによって上昇し続けている。



#一応、公務員と外部者の責任の相互作用という点では共通しているので、忘れないうちにメモしておく。

 郷原信郎氏は、甘利事件に着手したことについて「敬意を表したい」と高く評価していたが(リンク)、不起訴という結果に際して、下記のような記事を公表している。検察の動きに対して、マスコミを含む世間一般は、元検察官であり、東京地検特捜部にも所属していた郷原氏の解説に期待しているであろう。郷原氏の一連の記事は、その期待に応える形で執筆されたという側面を有するものであろう。とはいえ、そのような社会一般の期待があるにせよ、記事の内容は、その期待とは切り離した形で評価されることになる。

 不起訴について、郷原氏は、
検察の屈辱的敗北が、「検察の落日」だけではなく、公正さを亡くした「日本社会の落日」とならないよう、今後の展開を期待したい。
と評して筆を置いているが、この表現は、検察に何の伝手もない私の読みからすれば、かつての職場に対する手心と受け止められてもやむを得ないものである。今後、検察審査会による不起訴不当の議決等を経て、甘利事件が裁かれることがあったとしても、この事件の経緯を知る日本国民の大多数は、将来にわたり、自身の国の検察を公正で法の精神を遵守する組織であるとは考えないであろう。社会環境が大きく変わったとき、たとえば、日本が再占領の憂き目に遭ったとき、郷原氏の解説は、日本のムラ社会における馴れ合いの表出と見なされるかも知れない。

特捜検察にとって”屈辱的敗北”に終わった甘利事件 | 郷原信郎が斬る
https://nobuogohara.wordpress.com/2016/06/01/%E7%89%B9%E6%8D%9C%E6%A4%9C%E5%AF%9F%E3%81%AB%E3%81%A8%E3%81%A3%E3%81%A6%E5%B1%88%E8%BE%B1%E7%9A%84%E6%95%97%E5%8C%97%E3%81%AB%E7%B5%82%E3%82%8F%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%94%98%E5%88%A9/

2016年8月27日土曜日

リオ五輪の閉会式に係る象徴とそれらに対する陰謀論について(メモ)


 現時点で、私は、2016年リオ五輪の閉会式(現地時間で2016年8月21日)に係る演出を、ごく最近になって後付けする形で用意されたものとみなしている。このため、陰謀論者の一部に見出されるようなマリオ=マリオネット(marionette)説などを深掘りするのは、価値あることとは考えていない。つまり、マリオという造型すら1980年代に「国際秘密力集団」によって最初から用意されたものであるなどという、長期的な視点を織り込む必要はないものと考える。マリオという名は、イタリア語起源でMariusだとされる一方、マリオネットの語の起源は、「小さなマリア(様)」、つまり、教会における講話のための聖母マリアの人形から取られたと解釈するのが良さそうである。ラテン語での語源が異なるところに落ち着きそうなのであるから、マリオとマリオネットの語を端から同一視するのは、少々ハードルが高そうである。もちろん、調べていけば、この私の見立ては、ひっくり返されるかも知れない。しかしそれでも、マリオ=マリオネット説は、牽強付会の感を拭えないものである。呪術として見た場合、悪魔的なシンボルが入念に準備されてきたという事実を知った大衆に与える恐怖感の強度は、低いものになろう。

Mario (given name) - Wikipedia, the free encyclopedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Mario_(given_name)

marionette - definition of marionette in English from the Oxford dictionary
http://www.oxforddictionaries.com/definition/english/marionette

Wordwizard • View topic - marionette
http://www.wordwizard.com/phpbb3/viewtopic.php?t=19540

 今回の演出は、多数の既存のシンボルから、利用しやすいものを利用したと考えるのが妥当であろう。BuzzFeedによるインタビュー記事には、この考えを補強する東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の公式見解が示されている。同じ集英社『週刊少年ジャンプ』の漫画由来のアニメであっても、『ドラゴンボール』の方が『キャプテン翼』よりも知名度及び人気が高いようには思う。しかし前者は、ハリウッド映画との絡みもあるであろう。こう勝手に思い、納得しているところである。

【リオ五輪・閉会式】「安倍マリオ」が話題 でも、ポケモンが登場しなかったのはなぜ? -リオオリンピック特集 - Yahoo! JAPAN
http://rio.headlines.yahoo.co.jp/rio/hl?a=20160822-00010001-bfj-spo

 『ドラゴンボール』"dragon ball"は、Google検索では、29,000,000件。『キャプテン翼』は、各国で異なる名前で放送されているようであるが、フランス語、スペイン語でも50万件に満たない。『ドラゴンボール』のプレステージは、文字通り、桁違いである。マリオだけでソニックが出てこないのはおかしいという指摘にも、かなりの正統性がある。両者ともが出演するオリンピックを題材にしたゲームがある以上、ソニックが出演することは、当然に期待されたはずである。

Google Trendsによる"dragon ball"と"captain tsubasa"の比較
図1:Google Trendsによる"dragon ball"と"captain tsubasa"の比較

"dragon ball", "captain tsubasa" - 調べる - Google トレンド
https://www.google.co.jp/trends/explore?date=all&q=%22dragon%20ball%22,%22captain%20tsubasa%22

 好意的に解釈すれば、試行錯誤と決断を通じて、今回の演出が組まれていったものと見ることも可能ではあるが、現実には、もう少し生臭い話も見込んでおいた方が良いであろう。その話とは、企画時、海外調査の費用と手間を惜しんだというものである。販売本数によってマリオを採用したという経緯については、海外における知名度調査のための費用を支弁せず、取得しやすい統計を用いて、推論を省略したというのが、私の率直な見立てである。ゲーム業界では、海賊版が最も大きな課題であり続けてきたはずである。このため、知名度・人気度の代理指標として販売本数を利用すること自体、的を大きく外した話となりうる。販売本数ではマリオシリーズの方が上とはいえ、あくまでいちゲームプレイヤーとして世界に接した経験としては、ポケモンの方がマリオよりも遙かに人気がある。もっとも、マリオが(特に旧作ほど)基本的にシングルプレイヤーゲームであるという事情は、私の経験に影響しているかもしれない。マリオシリーズは、やり込み要素が高いために、e-スポーツ界隈でカルト的な人気を誇るという印象を受ける。この印象は、Google Trendsによっても(私の予想を超えて良く)裏付けられている。ほとんど常に、マリオよりもポケモンの語が検索されているのである。同時に、ポケモンGOは、爆発的なブームと言って良いであろう。

Google Trendsによる"super mario"とpokemonの比較
図2:Google Trendsによる"super mario"とpokemonの比較

"super mario", pokemon - 調べる - Google トレンド
https://www.google.co.jp/trends/explore?date=all&q=%22super%20mario%22,pokemon


 ただ、多数のキャラクターや役者や音楽家などについて、将来的にシンボルとしての利用価値を見込めそうな若手の目星を付けておくという作業は、広告企業において、日常業務の一環として進められていると考えて良かろう。そのシンボルがどのようなものであるかは、また別の問題である。陰謀論を本件に見出そうとする人物には、具体的な事例に則した判定作業が求められよう。どのような基準でシンボルの操作が行われたのかについては、たとえば、椎名林檎氏の選曲に限れば、下記の両氏のような見解もあることであるし、ほかの人たちの検証を待つことにしたい。ただ、第二次世界大戦後の画壇における戦争協力者の復権状況を見る限り、今後の「戦後処理」につながる批判こそが有用であることを付け加えておきたい。

こわれたおもちゃをだきあげて 攻めている演出(2016年8月22日)
http://takashin110show.blog119.fc2.com/blog-entry-2674.html

リオ閉会式で椎名林檎が五輪批判の舞台音楽を使用! 野田作品は東京五輪を戦争の装置として描いていたのに|LITERA/リテラ(2016年8月23日、水井多賀子)
http://lite-ra.com/2016/08/post-2517.html

 ただ、宮武嶺氏の指摘にもあるように、今回の演出は、紛れもなく、オリンピックの政治利用である。特に、今回の演出は、モスクワ五輪のボイコットなど著名な事例との対比も有用かも知れないが、まずは、1936年ベルリン五輪や1940年東京五輪と同列にみなすべきであろう。今回のケースは、オリンピックの政治利用の中でも、登場する必要のない政治家が華々しく登場したケースに相当するためである。なお、分析者が陰謀論を多少なりとも知っているならば、東西冷戦が一種のアングルであったことをも視野に含めた検討が可能になるはずである。

NHK「オリンピックの第一の目標は国威発揚」⇔オリンピック憲章「人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会」 - Everyone says I love you !(宮武嶺氏のサイト、2016年8月24日)
http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/dade80dd1b3653332b12ba5e4892a229


 マリオは、『ドンキーコング』(1981年)が初出である。当初予定されていたポパイの代わりに宮本茂氏がデザインしたキャラクターである。スティーブ・ジャクソン・ゲームズの『Illuminati』には、ぱっと見、緑の土管とマリオやドラえもんを暗示させるデザインは見られない。池上通信機が基盤を開発し、プログラムは任天堂によるという。『bit』1997年4月号「ドンキーコング奮闘記」と滝田誠一郎 『ゲーム大国日本 神々の興亡』 青春出版社、2000年.は、(私にとっても)要確認である。

 任天堂も池上通信機も、会社の歴史という観点から見れば、同一の時期に一部上場を果たしている。二部上場以後、両社とも、一部上場までにしばらく時間を要している。ただし、両企業とも、この時期から現在の業態に至るまでの間に必要とした技術は、半導体技術である。両社とも、半導体を応用した産業に属する企業の例として見る必要がある。ほかの種類の偶然を見出すという必要は、ほぼないであろう。陰謀論者が調査することに、無駄はないのかも知れないが、その結果は、単に80年代に半導体技術を応用して成長した企業の興隆史を追うということになろう。

 一部の陰謀論者(リンクは文末)は、マリオの赤・青のカラーリングに対して悪魔教の一類型を「発見」しているが、これは、枯れ尾花に幽霊を見ているようなものであろう。万が一、この種の仕込みが1980年代からのものであり、宮本茂氏がこのようなカラーリングをオカルト業界から仕入れていたとすれば、それはそれで相当に長大な伝説となりうる。たしか、スプライトに利用可能な色が限定されていたという事情もあり、ドット絵でも分かりやすく表現するために、あのデザインになったとの宮本氏の話をどこかで読んだ記憶がある。おそらく、当時の事情は、それ以上でもそれ以下でもないのであるが、他方で、現時点でマリオが主役に抜擢された事情は、異なりうるかも知れない。カラーリングが適していたか否かの話は、私の与り知らぬところである。

 球をパスしていくという構図は、コマーシャルではそれなりに定番の方法であるような気もする。非常にたくさんの人がボールを投げ/画面が切り替わり/受け取るというパターンである。ただ、いざ動画をネットで探そうとしても、なかなか出会わないものである。例としては、ライバル会社である博報堂の制作になるが、ACジャパン(公共広告機構)の2008年7月のCMがある。

 この話の脈絡は、それほどないのであるが、本記事は、メモであるから、この程度で十分であろう。とりあえず、Wikipediaさんを取っ掛かりに始めるのも、それほど悪いものではないという見本にもなろう。オチらしきものがなければ、プロとは言えなさそうなので、オチらしきものを述べておくと、ゾンビもののFPS『Dying Light』(以前の私の記事)には、スーパーマリオへのオマージュがイースターエッグとして用意されている。


ドンキーコング - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B0

宮本茂 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%9C%AC%E8%8C%82

会社情報:会社の沿革
https://www.nintendo.co.jp/corporate/history/index.html
1962年 (昭和37年):大阪証券取引所市場第二部および京都証券取引所に株式を上場。
1963年 (昭和38年):任天堂株式会社(現商号)に社名変更。
1970年 (昭和45年):大阪証券取引所市場第一部に指定。
1978年 (昭和53年):業務用テレビゲーム機を開発、販売開始。
1980年 (昭和55年):携帯型ゲーム機「ゲーム&ウオッチ」発売。アメリカ、ニューヨーク州に現地法人Nintendo of America Inc.を設立。
1981年 (昭和56年):業務用テレビゲーム機「ドンキーコング」を開発、販売開始。
1982年 (昭和57年):アメリカ、ワシントン州に新たに現地法人Nintendo of America Inc.を設立し、既存のニューヨーク州法人を吸収合併。
1983年 (昭和58年):東京証券取引所市場第一部に株式を上場。家庭用テレビゲーム機「ファミリーコンピュータ」を発売。
高野雅晴 (2008年10月2日). 「【任天堂「ファミコン」はこうして生まれた】第6回:業務用ゲーム機の挫折をバネにファミコンの実現に挑む」『日経BP(日経トレンディネット)』
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/special/20081001/1019315/?P=2
(※記事は「日経エレクトロニクス」1994年9月12日号の「ファミコン開発物語」を再掲載したもの)
 【...略...】1981年に当時の技術をたっぷり盛り込んだ業務用ゲーム機、「レーダースコープ」が完成する(図1)。スペース・フィーパーの開発から付き合いのあった池上通信機と共同で開発した。要求仕様を任天堂が出して、回路設計を池上通信機が担当した。
 【...略...】
 技術競争に目を奪われていたと上村(#上村雅之氏。)は当時を振り返る。【...略...】

社内公募のゲームが救う

上村は、社長の山内溥から「もう池上通信機には行くな」と釘を刺されてしまう。【...略...】善後策として、残ったメンバでレーダースコープの基板を改造して新しいゲーム機に仕立てることになった。
 社内公募で全社的にゲームのアイデアを募った。四つの案が集まり、その一つを実現することになった。それが初めて「マリオ」というキャラクタが登場した「ドンキーコング」である(図2)。
 アイデアを提供したのは工業デザインを担当していた宮本茂である。後に「スーパーマリオ」を生み出すことになるゲーム・クリエータの処女作だった。


Milestone | Company Profile / IKEGAMI TSUSHINKI CO.,LTD.
http://www.ikegami.co.jp/en/company/history.html

池上通信機 - Wikipedia(日本語版)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E4%B8%8A%E9%80%9A%E4%BF%A1%E6%A9%9F
1961年(昭和36年)6月:東京証券取引所店頭市場に株式公開
1961年(昭和36年)10月:東京証券取引所市場第二部に株式上場
1981年(昭和36年):エミー賞(HK-312, HK-357A)
1983年(昭和36年):エミー賞(EC-35)
1984年(昭和59年)2月:東京証券取引所市場第一部に株式を指定替え上場
#大株主を調査するには、国会図書館がもっとも簡単そうである。

有価証券報告書 | 調べ方案内 | 国立国会図書館
https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/theme-honbun-102080.php

エコライバルになろう(第2回日韓共同キャンペーン・日本制作)|広告作品アーカイブ|ACジャパン
https://www.ad-c.or.jp/campaign/search/index.php?id=509

教学!!RIOオリンピック閉会式で安倍首相の演じたマリオの真実!!|しらくもの健康を取り戻そう
http://ameblo.jp/kazukttk/entry-12193406044.html


平成28年8月28日・29日修正

分かりやすさのため、原文の意図を変えずに表現を修正し、淡赤色で示した。

平成28年9月7日追記

#内容は、本文と随分と重複している。

 イタリア語では、マリオとマリアは明らかに男性名詞と女性名詞の対であるかのように見ることができるが、しかしなお、この事実をもって、両者を同一の存在であるとして、オリンピック閉会式が「悪魔の儀式」として悪用されたと主張することは、無理筋であると思われる。イタリア語におけるこれらの語感に対する指摘は、もっともなものではある。ただ、ラテン語を最も良く保存しているという言語がいずれであるかといった研究は、おそらく、分類技術の発展によって、最近の研究成果が従来の研究成果を置き換えつつあるであろうから、専門家でない私があれこれ言うのは、控えるべきであろう。それに、「悪魔の儀式」が完成された場所は、現在の中東地域に求められるはずであって、ラテン語よりは、ヘブライ語が良く情報を保存しているはずである。

 なお、マリオ=マリオネットという語呂合わせが日本語上で企画者側によって用意されたものと仮定することは、二通りの見解を生み出す。一点目の見方は、企画者側もこれらの語の由来を同一のものとして理解していたというものであるが、この見方を取ると、企画者側は、式を通じて、かえって無知をさらけ出すことになる。わが国のサブカルチャーの伝統に則してみれば、このケースは否定できないものである。しかし他方で、情報の受け手である陰謀論者の側で、マリオ=マリオネットという連想に係る誤解が勝手に形成されることを「知っていて狙った」と見ることもできる。この二つ目の見方は、今回の企画が、陰謀論者に対する高度な印象操作であったことを示すものとなる。

 閉会式の企画・実施という作業工程全体から見て、マリオ=マリオネットを検討するという作業は、最上流に位置し、リードタイムにそのまま効いたものと思われる。この作業の遅れは、工程全体に直接影響する。ポケモン>マリオという世界の人々の認知度(と読み替えた検索回数)は、「販売本数を統計として利用する」という事実と併せれば、「使いやすいキャラクターを利用した」という本記事の推測を強化する証拠となる。マリオ=マリオネットという連想を用意する作業は、たかが陰謀論者の推理を喚起する材料に過ぎないとはいえ、検討にかける時間の分だけ、プロジェクト全体を遅らせる要因となるのである。

2016年8月25日木曜日

テロ対策担当者が外国のカウンターパートから信頼されるためには福島第一原発事故の収束にまず注力せねばならない

  • 読売新聞(署名なし), 平成28年8月24日(水)朝刊1面東京14版. 「テロ情報収集 要員倍増/東京五輪控え 国内外80人体制」.
  • 読売新聞(政治部 深谷浩隆), 平成28年8月24日(水)朝刊1面東京14版. 「専門家の育成が急務」.
  • 朝日新聞(赤田康和), 平成28年8月24日(水)夕刊3面東京3版.「『逆植民地』が日本を救う?/社会学者の橋爪大三郎さん提言/途上国に過疎地提供、地域再生「新しい発想を」」.
2016年8月24日(水)の『読売新聞』1面の記事に対して、二点を指摘する。題名で論点に係る内容がおおよそ示されているので、引用は省略する※1。一点は、40人を80人に倍増したというのは、焼け石に水のようなものであって、数に対するセンスがないということである。もう一点は、たとえわが国がこのような組織を整えたからといって、福島第一原発事故を放置しているような政体に使われる組織のままでは、相手国のカウンターパートに内心では馬鹿にされ続けるであろうということである。

 先の二点の指摘のうち、後者が決定的に重要である。所属する成員は、所属先の組織の目的が政体の維持ではなく、主権者たる国民の保護にあることを相手に示す必要があろう。そうしない限り、相手国から真に重要な情報を引き出せることは、期待できないであろう。福島第一原発事故の健康影響は、テロ事件の犠牲者に対して、2桁以上の桁違いになりうる。他方、わが国における「テロの季節」は、福島第一原発事故の影響を隠蔽するためのスピンとして、わが国の政体にも一部の役回りを演じさせる形で、企図されるであろう。物事の主従関係を取り違えたままでは、いくらテロ対策において国際協力が必要であると力んでみても、相手国のカウンターパートには、常に適当にあしらわれることになろう。それに、主従関係を取り違えたままでは、相手国のNテロ対策にとって、わが国は、常に危険視される存在となり続けることになろう。

 福島第一原発事故を実質的に放置して、国際テロ対策のみを推進しようとすることは、あたかも、橋爪大三郎氏が、福島第一原発事故による影響を(朝日新聞の文芸欄では)伏せつつ※2、国民の減少分を「逆植民地」によって取り戻せるかのように議論しているように、主従を転倒させた話である。なお、橋爪氏の話は、すでに中国残留孤児・日系ブラジル人・ペルー人についての政策として、一部(のみ、なし崩し的に)実現したことがあるので、その検証から始めるべきであって、提言が先行する話ではない。橋爪氏の話は、影響力が大きな割に、大事なことを隠して自身の意見を社会に強制するものである上、穴の多いものである。橋爪氏の意見に対しては、以前にも、テロ対策で批判した(リンク)ことがあるので、あえて晒しておく次第である。

※1 たとえば、組織上は外務省に設置されている、といった縦割りの話は、ここでの話に影響しない程度に小さな話である。

※2 記事によると、「『日本は崩壊に向かって走っており、新しい発想が必要』という。」から、わが国が単に人口減によるソフトランディングを迎えることはない、と橋爪氏が考えていることを言外に読み取ることは、不可能ではなかろう。学者の役割は、物事を正確に伝えることにある。



 環境省が8000Bq/kg未満の汚染土を利用可能という方針を決定しようとしているが、この方針は、橋爪氏の提言とは、本来ならば、相容れないものである。汚染物質が埋設されている否かを逐一調査しなければならないような地域に、あるいは、地域に流通する食物を逐一検査する必要が生じるような地域に、国民を「輸出」する国は、よほど(指導者層が)追い詰められており、自国民の長期的な健康を犠牲にして、短期的な利得の獲得を目指す国ということになろう。または、敵対的な少数民族の虐待を目論む外国政権ならば、喜んで敵対的な自国民を移民させ、搾取の対象とするであろう。このような政策が実現される前に、日本国民が劇的な人口減少を迎えることになり、その人口減少が福島第一原発事故によるものという蓋然性が認められることにになれば、諸外国は、さすがにわが国への「棄民」政策を見送ることになるかも知れない。

 このように書き出してみると、橋爪氏は、人口削減を是とする悪の秘密結社のスポークスパーソンであるかのようにも読めてしまう。これは、私としては、一種のオチのつもりである。