#放火(火災)研究の動向を、通常のレビュー論文よりもメタな観点から、自戒を込めて短時間で不遜に記したいと思います。レビューとしても落第点の手抜き状態で、先進性もなく、生煮え状態のくせに、明日のわが身を考えずに顕名で各業界に喧嘩を売りまくりました。しかし、含みを持たせて表現しない方がわが国と後進のためになると都合良く考えてみましたので、ブログに記すことにしました。なお、括弧書きは、学術的な用法ではない(誰かの引用を表さない)ので、その点、ご容赦ください。
放火「火災」という表現
放火「火災」とは、消防法の所管する(消火活動の専門家でなければ手の付けられなくなった状態の)現象である。「放火火災」を「放火」と記しても、おそらく、消防関係者のほかは、気に留めることはあるまい。消防関係者も、(私の存じ上げる方々は、相対的に心が広めで熱いので、)問題視することはあるまいとも思われる。しかし、このように説明した上で、改めて「放火火災」と表記すると、読者の皆様には、研究者の自主規制を含みうる表現なのだなあ、とご賢察いただけるものと期待するのである。
社会学では、構築主義の観点から、この種の表現(の経緯や差異)を研究対象の範囲に含めている。「放火罪」と記すと、これは、法学者の専門領域になる。精神医学は、抽象的な意味での「放火犯」を相手にする。「放火犯」というように、表現を括弧書きとしたのは、精神疾患などによる責任無能力状態の者も含むためである。「放火火災」と「放火罪」という表現の違いは、実務についてみれば、「消火活動を優先させる」消防関係者と、「放火犯の検挙を目的とする」警察関係者との違いでもある。
「放火」や、その上位概念の「防犯」のような、組織間の連携・協調が必要な研究分野では、表現ひとつにも留意することが必要であるし、また、そうして初めて、総合的で効率的な対策の糸口も開けようというものである。しかし、幸か不幸か、これらの要素にまんべんなく目配りし、総合的に実務への還元効率を測定できるまでに入念に実施された放火の(また防犯の)政策評価研究は、今までに存在しない。放火犯一人や不燃建築物一棟についての限界効用を計測できるようになってしまうと、個別の研究分野には都合が悪い。放火に関わる多くの学問分野では、手弁当で実施可能な研究は限られており、追加的な研究予算を獲得することが必須業務であるためである。
放火に係る政策評価研究の袋小路
困ったことに、私が学んだ環境犯罪学は、このような要素間の兼ね合いを理解の基本に据えている。環境犯罪学に基づく放火研究では、放火を、「放火犯が、放火しやすいところで、放火しやすい物品に火を点ける」というイベントとして理解して予防しようとする。「放火犯(犯行企図者)、放火対象物及び着火物(潜在的な対象物)、ご近所の目(抑止する存在の欠如)」という三要素のいずれに公的な資源を集中すべきかという問題は、それほど話題に上らないものの、実際、解答が必要である。人口減を受けて経済が(ほぼ必然的に)縮小する中、公共が支出できる予算も人員も減少するのが当然であるからである。
ただ、「こうした三種類の要素のうち、どの要素が効果的であるのか」という問いを立てることは、今のところ、現在のわが国の犯罪学界隈で利用されている標準的な回帰分析による限り、かなり無謀である。本点に係る現時点の環境犯罪学研究では、要素の組合せ(交互作用という。)に対する考察が不十分である。この課題を解決するためには、従来使われてきた手法を新規性のあるものに変えるか、または、優れた考察によって不要な交互作用を捨象するという作業が必要とされている。そもそも、従来の回帰分析による環境犯罪学研究では、交互作用は、ほぼ忘れ去られている。
従来型の回帰分析により先の問いを力押しで解くことが無理なことを、数字で示そう。ABC三種の要素を挙げた場合、ABCすべての組合せによる交互作用項(A:B:C,1種※1)、要素2種類からなる交互作用項(A:B,B:C,C:Aの3種)+要素一種のみの独立項(A,B,Cの3種)という、計7種類の影響を考えることができる。しかし、3種の要素に正確に対応する統計を収集することは、無理な話であるから、適当に3種類の統計によって各要素を代表させることを考えてみよう。すると、計9種類の要素では、合計で511(=2の9乗-1)通りの項が式に含まれることになる。これだけの項を含む式を十分な精度で分析するには、伝統的な方法では、2の511乗の個数以上のデータが欲しいところである。しかし、これは、約6.7*10^153であり、とても用意することができない数である。
従来型の方法では、程度の差こそあれ、どのみち直感に頼って作り上げられたモデルを元にする以上、利用する統計の種類が分析の見た目を左右する。もはや統計分析ソフトウェアを一から開発する必要はないし、そのような必要を強く主張する研究者もいないであろうから、誰でも、同じ統計を用いれば、同じような結果に辿り着ける※2。良心的に先行研究を読み込んで変数の集合を選択しても、分析結果は大差ないように見える。結局、使える統計が同じだと、事前の考察の深浅にかかわらず、誰もが同じような結果を得ることになりがちである。
疎行列を取り扱うことができる統計パッケージを用いたり、マルコフ連鎖モンテカルロ法を援用して交互作用を絞り込む統計パッケージを用いれば、ここで見たような直感的なモデル構築を避けられるかもしれない。ただし、期待されるような結果が得られるかどうかは、試してみなければ分からないし、後者は、人間の頭脳で交互作用を取捨選択した結果と比べて優れているかどうか、保証されるわけではなさそうである。新規性のある手法が成功したように見えるか否かは、分析したい現象の構造が事前に知られているかどうかに依存しそうである。
放火研究の評価というよりも、より包括的に、犯罪研究の評価について語っている塩梅になってきたが、これでようやく説明のお膳立ての元となる「政策科学系の放火研究の怪しさ・相場観」の説明が終わったと思うので、次回は、放火研究の評価に話の焦点を戻すことにしたい。繰り返しになるが、ルーティン・アクティビティ理論がいくら直感的に優れているように見えても、これを従来の統計的手法により説明しようとする試みは、いかにも無謀である。しかし、少なくとも、わが国における環境犯罪学界隈で、この事実は真剣かつ深刻に受け止められていない。これは、新規性のある知見ではなく、どちらかといえば常識の部類に入る。
※1 ここでの表記は、Rの記法に従う。Rのlm関数では、A*B*Cと表記すると、全交互作用項を自動的に推定してくれる。個別に交互作用項を設定したい場合は、A:Bのように表記する。
※2 だからこそ、GNUライセンスであるRは、大変ありがたいプラットフォームであり、今や、必須の研究インフラであると思う。しかし、それだけに、青木繁伸先生がRやExcelの関数におかしなところがある場合に警告されてきたことには、注意しておきたいとも思う。
(次回に続く)2017年9月9日訂正
語尾の「だ」と「である」の混在を解消した。brタグをpタグに変更した。リンク切れを解消した。
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