2018年5月4日金曜日

(メモ)鹿児島相互信用金庫における事件について

以前(2015年10月23日)、振り込め詐欺が詐欺システムの一環であるという意見に反論したことがあるが、この記事に対し、昨夜、匿名のコメント主のお叱り・励ましを受けたことから、鹿児島相互信用金庫において、金融機関に対する人々の見方を変えるレベルの事件が生じていたことを、新たに記事を立てて指摘しておきたい。今年4月の『朝日新聞』も小さめに報道している[1]が、多数の職員がグルになって、多数の顧客の預金を横領したり、あるいは就業規則に違反する行為に及んでいたという事件である。昨年12月、同信金は、この不祥事(の一部)を報道発表しており[2]、同年8月、告発を受けた金融当局からの問合せによって知ったとしている。4月20日の朝日の記事は、弁護士2名・公認会計士1名からなる第三者委員会が報告書を提出したことを受けて、同信金が報告書(の概要)を公表したことを受けたものである。第三者委員会は、38事案を調査したと報告している(要約版)[3]

勤め人を経験した人なら、少なくとも一例以上は、犯罪となり得る行為を見聞きしたことがあろうが、鹿児島相互信用金庫の(業務本体に係る)事件の多さは、670名という正規職員の人数からすれば、群を抜いている。経営陣の責任の取り方も公表された[4]が、この企業を立ち直らせることは、この処分結果を見る限り、至難であろう。無能な経営陣による甘い自己評価は、ますます顧客を離れさせるであろう。企業犯罪や権力犯罪が研究主題となりにくいことは、一応、指摘した(2017年9月22日拙稿の最終段落)ことがあるが、ここまでとなると、犯罪学者のいずれかが手を付けてみたくなるほどに、深刻な組織風土であろう。行員、ほとんど全員悪人、ってノリである(。個人的には、臆病や無知も、利己的に作用するという観点から見て、悪である。これと同じく、組織犯罪を分析すると角が立つと思う犯罪学者も、忖度が効き過ぎていて、悪である)。

同僚や部下や上司の悪事を知った職員の沈黙は、組織を壊滅に追いやる。悪事(の方法)に対して無知であることも、場合によっては、組織の衰亡につながる。ここでの記述は、一部、体験的事実に係るものでもある(。心当たりのある者は、私にコンタクトを取った方が良いかも知れない)。このために、私の主張は、一応のところ、ケーススタディの域ではあるものの、十分に事実を下敷きとしている。鹿児島相互信用金庫も、他山の石を活用すべきである(が、経営陣の責任の取り方を公表した時点で、自ら詰んだと評価して良かろう。経営陣の全報酬を、初任給(の19万円)まで下げれば、何とかなったかも知れない)。


なお、先述のコメント主に対して;念のため、私も、現在の先進諸国における金融システムの基本的な仕組みが庶民にとって詐欺的であるという意見を共有している。CSRについて調べなさいということであれば、長い道程になるであろうが、いずれは着手したいとは思う。ただ、どの金融機関についても、その犯罪性・不公平性は、システムに起因する以上、程度の差こそあれども類似したものである(から、ここで鹿児島相互信用金庫の事例を紹介したことによって、当面の時間稼ぎを行ったつもりである)。それに、金融商品の利率(の理論値・実績値)は、経済成長率よりも高い。このため、金融システムが現在の形で回り続ける限り、このシステムの創生期からひと財産を保有してきた連中は、一般人に比べて極めて有利な立ち位置を確保し続けることができる。彼らは、ルールを逸脱して儲けた金を混ぜ込んで、資産全体をわざわざ危険に晒す真似をする必要もなかろう(から、振り込め詐欺まで利用するという必要もなかろう)。


[1] 鹿児島の信金、17年間で不正1600件 計5億円超:朝日新聞デジタル
(2018年04月20日、加藤美帆)
https://www.asahi.com/articles/ASL4P3D03L4PTLTB006.html

[2] 不祥事件の発覚について
(鹿児島相互信用金庫理事長 稲葉直寿、2017年12月15日)
http://www.kasosin.com/news/news20171215-1.pdf

[3] 不祥事件に関する第三者委員会調査報告書(要約版)
(2018年03月14日)
https://www.kasosin.com/news/news20180420-5.pdf

[4] 健全かつ適切な業務運営を確保するための業務改善命令について
(鹿児島相互信用金庫理事長 稲葉直寿、2018年04月20日)
http://www.kasosin.com/news/news20180420-1.pdf

2018年4月1日日曜日

(感想文)TPP11の報道量が少ないとの麻生太郎氏の発言は意味深長である

(平成30年3月)29日財政金融委員会において、TPP11の報道量が少ないと麻生太郎氏が発言したことは、麻生氏が国際秘密力集団による両建て構造を良く理解しており、国民への注意喚起を図るべく「火に油を注いだ」ものと観ることもできる。マスメディアは、発言そのものも、この「炎上」[1]も、森友学園疑惑ほどには取り上げてはいない。日本語メディアは、本件についても、日本国民の側ではなく、国際秘密力集団の側に立っている。麻生氏については、ロスチャイルド傘下のラファルジュと麻生セメントとの提携関係を敷衍して、水道事業において、ロスチャイルド系列である仏ヴォエリアとの利益相反関係を有するとの意見が、懐疑論者(=陰謀論者)から提起されている。事実関係はその通りであろうが、しかしながら、麻生氏は、両建て構造の原則(次段落以降)を良く理解した上で、物議を醸すように放言しているものとも考えられる。この見方をふまえ、麻生氏については、トランプ大統領と同キャラである可能性を見込むべきであろう。女婿のジャレド・クシュナー氏も不動産業であり、彼は、私から見れば、敵方にいる人物であるが、彼は、トランプ氏にとって、一種の保険として機能している。

麻生氏の発言は、いくつかを並べてみると、両建て構造を乗りこなそうとする意志を有しているものと読める。この点、懐疑論者の大勢は、却って(わが国で名が知られており、TPP11に対して注意喚起を図ろうとしている)味方を失っている可能性もある。懐疑論者は、いつも、あらゆる可能性を最初から排除せず、個別の話題に臨むべきである(。もっとも、いつもマスゴミの意見の逆を張るという方法は、思考停止状態ではあるが、大抵の場合に正しいところが難点である)。今回については、麻生氏の指摘こそが正しいと認めるべきである(。現に、TPP11の中身や広範な影響について、大マスコミは、まともな論評を加えた節がない。反論は、生活安全分野に係る本ブログ中の拙稿を確認してから寄せられたい)。

日本社会が両建て構造の下で生存するためには、同キャラ対決を総力戦体制で勝ち抜くことが必要であり、その過程においては、泥を被ることも避けられないかも知れない。総力戦体制下における同キャラ対決とは、次の内容を意味する;個々の産業分野について、国際秘密力集団と資本関係が薄い同種の企業を、「わが方」の企業として用意する;この企業が競争を勝ち抜けるよう、社会に配置されたそれぞれの組織が活動を強化する;戦争は、基本的に国際秘密力集団(とりわけ戦争屋)を富ますことになるので、全力で避ける。競争が激しすぎると庶民に対する搾取の度合いが増すし、「わが方」の企業が国外に不当な利潤を求め出すようになれば、結果的に、われわれも両建て構造に飲み込まれたことになるが、「わが方」の企業の提供する財・サービスが優れており、かつ、各国の庶民の利益を考慮しつつ新たな経済的フロンティアを求めている限りは、両建て構造を許容しながらも、99%に対して誠実であるということもできる。「わが方」の企業は、企業であるがゆえに資本を支配されるという脆弱性を有しているが、かつてのわが国の金融経済政策のように、外国人の資本を制限する各種の手立てを講じていれば、一線を超えられないように防御できる(。正確には、防御できていた時期もあった)。現時点において、国際秘密力集団との資本関係を極小化する形態は、非上場ということになろうが、これは、自らの規模を相対的に小さく留めることになるから、痛し痒しである。現在における公共機関の役割は、国際秘密力集団により考案された経済的慣習が世界的に普及してしまった状況を前提としながらも、国民益を最大化するように、かつ、どの国民も無理なく食っていけるように、能動的に諸制度・諸機能を管理していくことである。両建て構造を否定しながらも、その基本を形成する経済システムを突然死させないためには、相当に高度な知性が必要であり、その過程において、企業人が敵方と結ぶこともやむを得ないのかも知れない。

他方で、堺市の水道事業に係る横領事件を念頭に置くが、地方公務員や国家公務員が怠惰でなく、かつ、日本国民に対して忠誠を誓ってきたのであれば、委託先の外国籍企業に職務上の犯罪を犯した職員が現れたとき、その事実を利用して、地方公共団体がその企業に対する締付けを強化し、よりマシな「わが方」の企業へと今後の委託事業を独占させることは、さほど難しいものではなかったはずである。私自身の少ない経験を根拠に置けば、官僚が主導できる政策については、彼ら官僚の働き次第で、今よりもずっと良い結果を実現できる見込みがある。堺市の水道事業についても、ヴォエリア社が選定される経緯が情報公開請求の対象となるために、私の現時点の検証対象からは外れるが、職員が様々な障壁を設けてよりマシな企業に委託することは、たとえ市長や議員が敵方にあったとしても、十分に可能である(。あるいは、政治力が働いた場合には、政治力が働いたことを全国レベルで知らしめれば良いし、その方法は、いくつかある)。もっとも、堺市の市議会議員選挙について、立候補者による告発・提訴があったように、より上位の環境から仕込みがあったことは、事実である。それに、このような環境下においては、公務員であっても、不自然な「自殺」を遂げない訳でもなかろう。とは言いながらも、大阪府警察(、特に刑事二課)がずば抜けて有能であったならば、この悲劇の連鎖に対して、楔を打込むことができたはずである※1。ただ、選挙の仕込みがあるにせよないにせよ、地方議員の脇が甘く、同時に選挙民の意識も低いことは、近年の富山市議会議員選挙の結果が良く示すところである。人間の弱さを前提にすれば、選挙民の利益を最大化するには、選挙民の多数派自身の意識を変えるという難関が待ち受けている。それでも、ヴォエリア社に委託するという経緯に対して、堺市に関係する地方公務員・国家公務員は、現実の結果以上に大きな役割を果たすことができたはずである。

この点、麻生氏は、山本太郎氏の質問に対して、わが国の水道技術があれば、外国勢=水メジャーに乗っ取られることはないと答弁した(第193回国会 参議院予算委員会 平成29年3月15日 第13号 議事録参照[2])が、この質疑は、両建て構造を乗りこなすためのヒントを公示するために仕組まれたかのようでもある(。山本氏と彼の軍師は、間違いなく、両建て構造に気が付いており、この打破のために活動している)。この質疑に係る議事録は、長らく公開されてこなかったが、昨年末になり、ひっそり公開されたようである。PDFのタイムスタンプは、2017年12月18日11:00:03である。公開までに9ヶ月を要した理由が、仮に官僚のサボタージュによるものであるとするならば、その官僚は、売国的である。淡々と衆院選前に公表するという方法もあり得たからである。もっとも、この事実の公表によって大勢が変化したとは言えない。なぜなら、山本氏のウェブサイト[3]は、公開され続けており、水道に関連する質疑については、議事録も山本氏の記事と基本的に変わりないからである。自分たちの保身のために、官僚がこっそりとグレーなことをやらかすことは、日常茶飯事である。政治家の関与があろうがなかろうが、本件は、民主主義の基本的視座からすれば、グレーな事例である。なお、2017年7月15日の拙稿では、公開時の文言に注目する必要があると述べたが、(字句の異同を確認した訳ではないものの、)基本的な答弁のあり方には、変化が見られない。このことから、水道に係る答弁については、麻生氏と山本氏の両名が、議事録を修正せずに後世に残す決断を下したと考えて良かろう。この事実関係は、間接民主主義の一側面が正常に機能していたことを示す証拠である。水道事業を売国勢力に売り渡すもそうしないも、99%の選挙民がこの事実を知ろうとしたか、良識的に投票行動に移したか、という結果に左右されることになる(。理念上、民主主義は、このような狭隘な内容に収まるものではないが、現時点の99%がこのように考えている以上、その状況を前提に置かないと、なかなか有効な手立てを講じることはできない。山本氏の追求は、この点、政治家の本分を果たしている。社会のほかの部分が、不具合を起こしているのである)。

いわゆる水道民営化について、山本氏が指摘する制度上の問題点に対しては、すべて官僚である北島智子氏(厚生労働省 医薬・生活衛生局 生活衛生・食品安全部長;当時)が回答しており、麻生氏は、本点について責任を負った形とはなっていない。この点、「内閣」対「官僚組織」という、飯山一郎氏と『放知技』の常連諸氏の指摘する構図において、厚生労働省の一部は、官僚組織側に位置付けられることになろう※2。なお、以前の拙稿(2017年4月20日)においては、「日本国官僚集団」と「安倍政権」の仲が良いと表現してしまっているが、この記述は、私の不明によるものである。別稿(2017年6月10日)にて提示した「武官系官僚」と「安倍政権」の仲が良いという見立ては、現時点においても変化していないが、「安倍政権」と「一部の官僚集団」の仲が良い、という内容に、愚見を訂正したい※3(。ただ、この誤りは、必ずしも、謝罪を伴わなければならない程度に深刻なものではない、とも思う)。

私見では、水道事業の運営方法の問題は、高い技術力がありながらも、これを公益のために活用する社会制度に欠如していることにある。住民が少なく、水質が良く、ボトリングして販売可能なブランド名を有する水源に恵まれた水道事業体が、その事業を維持するために、住民を最優先しながらも、水源の一部を商売に利用するなどの工夫を重ねることは、公益の範囲内に留まる種類の経営努力であろう。本来、このような事業制度は、上級公務員が率先して調査・研究・構想して、国際秘密力集団の走狗である学識経験者の我欲に歪曲されることなく、政治家に直言すべき課題である。要約すれば、彼等の実力不足が原因となって、現在の「水の安全」に係る危機が生じている。彼らは、食っていけるしクビにもならんのだから、もっと死ぬ気で頑張る余地がある。なお、彼らに何が最も不足しているかを体験的に述べれば、それは、専門性と勉強不足である※4(。官僚が勉強しないことは、多くの先人によって指摘されたことであるから、本稿で証明せずとも、読者諸賢の経験に照らして、納得いただけることであろう)。

ところで、ある言語・民族集団に根差して形成されている財閥は、国際秘密力集団の方法論に習熟しながらも、その言語・民族集団に貢献するという役割を果たしうる。トルコ・インドネシア・韓国などの小財閥は、それぞれの国民に対して、わが国の財閥と同様の役割を発揮してきていた。無論、例外は存在する;わが国の大財閥として三菱が例外的な位置付けにあることは、明治維新期に創業され、かつ、ロゴが変遷しているという歴史からも首肯できる(。シンボルや言葉の力を舐めてはいけない)。フォードというアメリカの(当時の)新興財閥は、ナチスに献金していた。それに、南米諸国の諸財閥は、現時点でも地域性が強いが、同時に、国際秘密力集団の走狗としての機能を強く有する。また、誰を食わせるのかという点について、財閥という組織が及ぼしうる多方面への影響力は、常に、「学者」の勝手な解釈によって、隠蔽され・曲解されるという危険に晒されている。古典的な事例としては、かつてのNIES(新興工業経済地域;韓国・台湾・香港・シンガポール)というくくり方を挙げることができる。この区分は、当時の香港・シンガポールの企業社会の性格が、韓国・台湾とは別キャラであることを隠蔽する点で、両建て構造を気付かれにくくするという役割を果たす。台湾も中国本土との関係について、両建て構造を捨象されてしまうことになる。グルーピング・分類という思考の技術は、両建て構造を運用するための基礎技術である。

残念ながら、日本国民が独力で両建て構造から脱出可能かと問うてみれば、それは無理である。事実上の米軍の(占領とも読める)影響下にあり、官僚の多くはTPP11を主導する勢力に唯々諾々と従い、マスコミはTPP11が国内の食・水・医療の持続的発展を阻害することを報じようともせず、「学識経験者」の圧倒的多数は沈黙するか誤解を招く発言をなすばかりである。この状態で、TPP11が勝手に止まることを期待することは、到底無理であろう。実際、種苗法の改悪が実現した※5一方で、(農作物の)多様性と持続可能性を保障するための国家的支援は、なおざりにされたままである(。このような押付けを行いながら、ビル・ゲイツ氏を始めとする国際秘密力集団のフロントは、種を保存するプロジェクトを精力的に進めている(スヴァールバル世界種子貯蔵庫)。これは、生物種を独占せんとする意思としても解釈できる)。仮に、国際秘密力集団の走狗によって仕込まれた森友学園疑惑という毒によって、TPP11という毒を呼び込む上で必要な法案が可決されていなかったとすれば、わが国の与野党の政治家たちは、阿吽の呼吸によって、両建て構造を乗りこなしたと評価することができたであろう。しかし現実には、水道法についても、ヴォエリアのような低質な企業の参入を拡大してしまうような改悪がなされようとしている。

このとき、麻生氏の発言は、TPP11を推進しようとするものとも、あるいは一種の褒め殺し的な方法によって、国民の関心を呼び起こそうとするものとも、受け取ることができる。麻生氏の本心が明かされることは、現状の予断を許さない状況をふまえれば、ないものと考えて良かろう。しかし、過去の発言を並べてみると、麻生氏は、奔放に見えながらも、TPP11を頓挫させようとする可能性を秘めた発言を口にしているという点では、一貫しているものと読むこともできる。このような穿った見方も、価値がない訳ではなかろう。麻生氏の「ナチスに学べ」発言は、わが国の状況が状況であるだけに、甚だ不穏当に聞こえたかもしれないが、もしかすると、敵に学べという意味であったのであろうかと考えることもできる。仮に、この発言が、吉田茂氏の口によるものであったとすれば、敵に学べという意味に聞こえた日本人も増えていたことであろう。


希望の党の江田憲司氏は、麻生氏のこの「失言」に対して、31日深夜、連続ツイートで麻生氏に係る逸話を示した[4・5]が、これらのツイートのタイミングは、「改革派」である江田氏が権力を掌握したとき、彼が庶民に不利な政策を推進するであろうことを窺わせる材料となる。国会における主導権を喪失した状態にある希望の党について検証作業を進めることは、有用とは思えないが、万が一もあるから、TPP11に対する同党の隠れた意思を明らかにして、本段落の主張を強化しておこう。まず、希望の党の綱領[6]は、「TPP11」ないし「包括的環太平洋パートナーシップ協定」の語を含まないが、東京都の「国際金融都市・東京」構想を支援する(2.経済に希望を)一方で、食料自給率50%を目指す(7.地方に希望を)といった、TPP11との相性が完全に異なる内容を含む。希望の党は、先の衆院選から一貫して、TPP11そのものに対して洞ヶ峠を決め込んでいるが、この結果、個々の政策が相互に矛盾することについてまでは、配慮できていない(2017年10月1日拙稿も参照)。これらの基礎的事実を踏まえた上で、希望の党所属議員によるTPP11への言及を国会の議事録に求めてみると、5件しか存在しない※6。うち3件は、TPP対策予算が補正予算で組まれていることの適正さを問うものであり、これらの批判は、お役所の手続き論の域を出るものではない。次の1件はアニマルウェルフェアに係る質問において、TPPの語が出たものであるが、TPPの語は、枕詞としての意味しか有していないものと読める。これら4件の発言は、TPPそのものについての賛否を表明するものではない。残る1件は、玉木雄一郎氏による第195回衆議院本会議第5号(平成29年11月20日)の安倍晋三総理の所信表明演説に対する質疑における、以下の批判である。

TPP11ですが、まだ調印もできていないのに、早くも補正予算での対策の話が出ていました。アメリカ入りの十二カ国のTPPで一兆円以上もの対策を打ったはずなのに、アメリカが離脱したら、なぜもっとお金が必要になるんですか。補正予算をぶち上げる前に、国内農家にどういう影響が出るのか、影響試算を出すのが先ではないでしょうか。試算なき対策は、TPP11を口実にした単なるばらまきだと断ぜざるを得ません。

この批判は、TPP11によるわが国農業への影響試算がお手盛りで計算されてきたことを考慮すれば、出てくるはずがない。また、食料安全保障を謳う希望の党がTPPの影響に関する試算を提出せよと求めることは、正当ではある。しかし、従来のTPPに係る試算に対して、同党の見解が提示されていないことは、欺瞞的である。TPP11の内容は、基本的にTPPと大差ないから、TPP11を議論する際、TPPを下敷きとすれば良いだけのところ、にもかかわらず、希望の党は、TPP11について、何ら態度表明していないからである。この玉木氏の発言内容によって、希望の党がTPP11を政争の具としてのみ利用する方向にあることは、図らずも暴露されたことになる。この経緯を考慮したとき、麻生氏に対する江田氏の批判は、TPP11の是非そのものには言及しないという希望の党の方針に対する私の見立てを強化する証拠となる。この推論は、マスコミによって「クリーンなイケメン」というイメージを付与された政治家は、庶民のためにならないから、気を付けよという愚見(2017年8月28日拙稿)とも整合的である。


※1 あるいは、ここまでのグダグダぶりは、散々、売国勢力を油断させておいた上で、一挙に追い込むための布石と観ることも不可能ではない。しかし、その過程における犠牲は、福島第一原発事故による被曝の長期的影響による犠牲者数が津波による犠牲者数を上回ったと考えることのできる現在、結構大きなものがある。年間3000人が上積みされたと概算すれば良い。この人数であれば、統計の改竄も、比較的容易である。原票の分量にして、ロッカー1台?1棹?分程度であるし、1年あたり、全国の1歳(1学年)あたりに換算して、50人程度である。津波による犠牲者だけを3.11の犠牲者と考えるべき時期は、過ぎ去ったと言えよう。

※2 内閣のバックに警察・自衛隊があるという点において、上掲の構図は、核武装への意思(を諸外国に見切られても、なお継続せんとする)という要素を見逃すことになる。切断方法としては、やや問題ありと指摘することができよう。なお、脱線すれば、核武装は、朝鮮半島の非核化が言葉として放たれている現在、わが国の真の独立に対して、逆に作用するものと考えられる。とすれば、原子力産業についても、わが国が次に何をなすべきかは明らかである。原発ゼロを実現し、最終処分について従来よりも長期間(今後10年以上)の検討期間を設けて、福島第一原発事故の影響を顕在化させ(、しかも原発ムラの面々がそれらを隠しきれなくなっ)たときに論じるほかなかろう(。また、つまりは、最終処分を現実化するための作業は、凍結するということになる)。

※3 この「安倍政権・実力系官僚組織」対「そのほかの官僚組織」という構図は、ネーミングとしても微妙に問題がある。というのも、厚生労働省は、その所掌分野については、相当に強力な監督・指導を実施可能なためである。

※4 本件は、個人的体験に根拠を置くために言及しにくいことであるが、相談に応じるべき水研究のコミュニティでは、ここで指摘したような国際秘密力集団の影響力は、基本的に考慮されていない(。せいぜい、原発ムラへの忖度とおねだりが見られる程度である)。このために、研究業界は、庶民の利益を図ることを目的としようと思うのであれば、各国の市民社会の持続的な発展こそを第一の研究成果として、それを阻害する阿漕な大企業の悪影響についても積極的に検証すべき、という国際的な気風を醸成することから始めなければならない。ここに示した表現の前段部分は、もちろん、持続的な開発目標(SDGs)を念頭に置いている(から、これまた、両建て構造に相乗りすることを意図している)。これに対して、文部科学省のやり方は、事務手続の適正さから見た硬直的なものであり、ただでさえ多忙な研究者の足を引張るドケチなものである。国際交流を実現・維持するためには、その実務に長けた(高度な交渉・事務能力を有するバイリンガルの)大学職員が必要であ(り、このような人物こそを正職員として処遇すべきであるが、現実には、そのような人材は、無国籍大企業では年収1000万オーバーになるであろうところ、正職員でなかったりもす)る(。念のため、私がそのような人物であったことは、一度もない。印鑑もまともに押せたことがない)。名声を博している研究者を招聘するには、どう見ても、デフォルトの経費がおかしい。舛添要一氏がファーストクラスというのは、国際的には、一流の学者については、当然の処遇であるのだが、これを庶民が理解できないのは、その間に適切な通訳がいないからである。もちろん、シカゴ・ボーイズのような存在に対する餌は、このような処遇にもある。両建て構造を乗りこなすには、庶民の許可が必要であるが、この点は、悩ましいところである。

※5 もっとも、優良な品種は、その品種自体の持つ市場価値によって、遺伝子組換技術が適用されないまま、世界的に流通する可能性が認められる。平昌冬季オリンピックの報道に付随して、甘くて美味しく大きく栽培し易い「韓国」の苺が話題となったが、同時に、その品種の元となった一代前の両親に当たる品種とも、日本から流出して保護されていないことも(この場合には真に)保守界隈では話題となった。種苗の窃盗は、知的財産権における海賊版と同様の問題であり、日本の農家にとって大打撃である。農家の努力と創意工夫を保護する仕組みが必要とされている。しかし他方で、二種の作物を交配(F1化)した種子や、ターミネーター遺伝子を組み込んだ種子を独占的に農家に供給することにより、農家からの種苗の流出を防止するという方法は、モンサント社を始めとする無国籍大企業群のやり口そのものである。この長短を見極めながら、韓国の不心得者に対する制裁が必要ということになろう。対策を愚考すると、盗人の提供する製品は粗悪品である(何をして育成しているか分かったものではない)という主張を流布することは、良識的な購買層に対する歯止めになるものと考える。もちろん、「わが方」の農作物の品質が現実に消費者が満足できるものになっているという裏付けがなければ、この方策は機能しない。

※6 『国会会議録検索システム』における検索条件は、次の通り。「詳細検索」において、次の条件を指定した。
開会日付:平成29年9月25日~平成30年03月29日
院名:すべて
所属会派:希望の党 希望の党・無所属クラブ
検索語(|;OR検索):TPP 環太平洋パートナー
結果は、次表となった。

NO国会回次院名会議名号数開会日付
001196予算委員会3号平成30年01月30日
002196本会議4号平成30年01月30日
003196予算委員会2号平成30年01月29日
004195農林水産委員会6号平成29年12月12日
005195本会議5号平成29年11月20日

[1] 森友文書改ざん:麻生氏発言に非難集中 TPP比較で - 毎日新聞
(井出晋平、2018年03月30日21時24分、最終更新03月30日22時12分)
https://mainichi.jp/articles/20180331/k00/00m/010/087000c

麻生氏は29日の参院財政金融委員会で、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の新聞報道が少ないと指摘し、「森友の方がTPP11より重大だと考えているのが日本のレベル」と批判した。

[2] 国会会議録検索システム
(2018年3月31日確認)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/193/0014/main.html
#本リンクから左側のリストより選択すれば良い。直リンクは、以下のとおり。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/193/0014/19303150014013a.html

[3] 「参議院議員 山本太郎」オフィシャルサイト | 2017.3.15 予算委員会「美しいポエムの裏にある、米国で勝手に水道民営化宣言」
(2017年03月22日)
http://www.taro-yamamoto.jp/national-diet/6868

[4][5]

[6] 希望の党
(トップ > 政策について、2018年4月1日確認)
https://kibounotou.jp/policy

[7] 国会会議録検索システム
(2018年4月1日確認)
http://kokkai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_logout.cgi

2018年3月28日水曜日

(感想文)トランプ大統領は北朝鮮向けの「悪い警官」役を欲したのではないか

でないと、トランプ氏は、北朝鮮から手を引くための「良い警官」役を務められない

これが、2018年4月9日に予定されたマクマスター大統領補佐官(国家安保担当)の退任(3月22日トランプ大統領のツイート[1])、同3月13日のティラーソン国務長官の解任の両件に係る私の解釈である。私事都合のために情報収集をサボっているので、私は、自身の見立てを確実なものとは考えない。(誤りを重ねる危険を冒して)本件に言及した理由は、二点ある。一点目は、本件が、従来の私の見解(2017年5月12日記事)を訂正する根拠となる可能性を指摘することである。二点目は、この拙稿に示した主張の真偽にかかわらず、トランプ氏・マクマスター氏・ティラーソン氏の各人がアメリカに対して忠誠を誓う人物であると見立てたことの正当性を主張するためである。ジョン・ボルトン氏については、良く分からないと述べておく(。これは、単に、私が納得行くまで調べていないだけであるが、巷間の懐疑論者によれば、ボルトン氏は、大抵、クロ扱いされている)。

先に、本件とは直接関係のない話にはなるが、河野太郎外相が昨年11月にトランプ大統領について「良い警官と悪い警官のタッグ(Good cop/bad cop)」の比喩を用いた[2]ことを紹介しておく必要があろう。このバディ(buddy)システムの効用は、最早、誰もが知るところであろうから、説明を省略する。また、米国の大統領制が副大統領との組合せによって同様の効果を生じさせてきたことや、ロシアのプーチン大統領・メドベージェフ首相の体制が類似の構造を有していることは、広く指摘され支持されている社会的事実であろう。先の全人代(全国人民代表大会)において、中国政府も、習近平・王岐山の両氏による体制を明らかとした。例によって、典拠の検索と提示はサボるが、河野氏自身、官邸外交との相乗効果について指摘していたはずであり、この相乗効果が存在するという主張は、間違いなく正しかろう。ただ、この構造について河野氏自身が言及すべきではないことは、冷泉彰彦氏によって指摘されており、この点も、その通りであろう。河野氏は、日本語マスメディアに身を置く人物の中から、自身の信念に協力可能な人物を見出して、彼(女)の口を借りるべきであった。ただ、日本語メディアは、通信社を含めて、一個の企業だけで米国大統領府と世界の動きを理解するための必要十分な情報源とはなってこなかったから、河野氏の発言(あるいは失言)にも理由がない訳ではない。

トランプ氏が部下に自身の本音と異なる見解を押し立てさせながら、その事実を北朝鮮との交渉において利用するという手管は、米国内向けの方法として、有効かつ必要である。金正恩氏とトランプ氏の両者とも、武力行使があり得ないことを理解している。主要関係国のうち、ロシアと中国と北朝鮮の各国については、その関係は、安定的に推移するであろう(と、当事者たちが主張しているかのような、平穏な当局の報道ぶりである)。韓国は、米朝会談への足掛かりを構築した功績を認められてか、北朝鮮との交渉のためか、鉄鋼・アルミニウムともに関税の発動を免除された(が、この優遇措置は、日本との対比においてこそ、日韓両国内の世論を有効に喚起する)。日本は、従来の六カ国協議において、蚊帳の外であり、どの国に対しても、自身の望む影響力を発揮することができていない。以上の雑駁な状況理解を前提とすれば、北朝鮮「問題」の「解決」を左右する要素のうち、多くは、アメリカの国内政治「問題」に所在する。より踏み込んで解釈すれば、北朝鮮の「核配備」を「解決」するための主要課題は、「北朝鮮の現状を追認するようになるまで、アメリカ国内の政治論議・世論を沈静化させること」となる。このプロセスは、アメリカが単独覇権から降りるための儀式とも観ることができる。トランプ氏の腹積もりは、「狂犬」役に吠えさせながら、手綱を引きつつ後退するというものであろう。

以上のように考えると、あれこれ考え過ぎて「狂犬」役に徹しきれない(ようなキャラを故意に演じてきた)穏健派のサイドキック(=脇役的な相棒)であるマクマスター氏やティラーソン氏を、トランプ氏が「クビ」にせざるを得ないことは、アメリカ国内の事情に限定して配慮すれば、当然と言えよう。クビになった人々は、基本的には、皆がその処遇に納得していることであろう(。今後もクビになる人たちは出続けるであろうが、当人たちが戦争屋の走狗ではない限り、同様に納得ずくのことであろう。その割に、ティラーソン氏は沈痛な面持ちであった。が、これが諒解の上であるとすれば、役者として、ティラーソン氏はマスゴミの上手を行く)。クビは、トランプ氏の政治ショーを演出する上で、必要な「犠牲」である。この「犠牲」は、汚名を伴うが、人命が必要とされていない点、ヒューマニズムの極致であるということもできる(。この見立てが正解であるとすれば、両建て構造は、乗りこなされていることになる)。

トランプ氏の相棒は、北朝鮮に対しては強硬派として振る舞いながらも一線を超えず、同時に、国内世論に対しては米国に対する北朝鮮のリスクを冷静に説明しなければならない。上司であるトランプ氏がトリックスターとしてのキャラを確立してしまっている以上、部下である彼(女)たちは、そのキャラに見合うように、ボケとツッコミの役割を目まぐるしく、柔軟に切替えなければならない。昨年冬辺りから台頭した日本のお笑い芸人の若手たちは、ボケとツッコミが目まぐるしく変わる高度な漫才を披露しているが、彼らレベルの技芸がホワイトハウス高官に要求されている。これは、相当に難易度が高いことであり、それがムリなら「クビ」という手がある、となる。なお、河野太郎氏の「トランプ氏=悪い警官」説と私の見解は、真逆のように見えるのであるが、河野氏の発言の根拠がアメリカ国内の情報源から得られたものであり、アメリカ国民向けには部下が「良い警官」として振る舞わなければならないと考えれば、そうそう矛盾するものではない。

トランプ氏の「お前はクビだ(You're fired!)」は、両建てを乗りこなすための手段である。北朝鮮とのチキンレースから降りることは、自分からハンドルを切った弱虫(chicken)であると国民から見られる危険がある。他方、対北強硬派とされる人物に部下のクビを挿げ替えていくことは、なぜか、トランプ氏も強硬派であるような見かけを大衆に与えるという効果を生じさせる(。もっとも、マクマスター氏に対する日本語マスコミの解説は、極めて好戦的というものであったが、この違和感は、私の従来からの主張にとって、有利に作用する)。この結果、なぜか、トランプ氏には、国内向けに切ることのできるカードが増えることになる。本稿に示した逆説は、シリアにおける昨年のトランプ氏の巡航ミサイル攻撃命令と同型である。北朝鮮に対しては、一方的な攻撃を加えることが不可能である。このため、アメリカとしては、国内問題において強行策(に見せかけた方針)を取ることが代替案となる。加えて、北朝鮮との交渉については、アメリカの理念の一つである「他者への寛容」を米国民向けの切り札に使う、という隘路を観取することもできる。「今まで我々アメリカ国民は、北朝鮮政府に騙されてきたが、今一度、恩赦を与えよう」というノリである。

頻繁な更迭劇は、トランプ氏に対しても、クビになった各氏に対しても、黒歴史感・ダーティな印象を与える。しかし、真に国益・国民益のためであることを各人が理解していれば、マスゴミに囲まれたホワイトハウスであるから、純情な陰謀論者の失望を買ったとしても、マスゴミを騙しながら、各人が職分を果たすべきというプリンシプルは、十分に共有されているであろう。この目的の共有という仮定は、高官における「アメリカ・ファースト」のスローガンの有効性によって、オシント使いにも検証可能である。シリアにおけるアメリカ軍の空爆は、このスローガンに対する背信行為であるように見える(が、このようなイレギュラーな事態は、軍の統制が取れていないか、戦争屋による偽旗作戦のために生じたと観ることも可能である)が、それ以外については、相撲で言えば、俵一枚というところであろう。彼ら真のエリートは、戦争屋との政争ゆえに、俵一枚のふりを続けるほかないのであろう。しかし、われわれ下々の者は、「ポスト米英時代」氏の言うとおり、スリルを楽しみながら、カウチポテトでマスゴミの狂騒ぶりを見ていれば良(。日本国内の事情も同様である。日本は、全体としては、TPP11を考慮すれば、強固な国際秘密力集団のフロント兼生贄として機能しつつある。しかし、わが国の与党政治家たちについてはともかく、表に出ない権力者たちは、どこに居を構えるのであろうか。というのも、彼らは、わが国の実力組織とは、本来的には対立関係にあることが十分に認められるからである。この対立関係は、現在の内閣と財務省の対立にも反映されており、実力組織を所掌する省庁は、内閣の側にある)。


ボルトン氏の登用は、国内向けのブラフである、が...。

ジョン・ボルトン(John Robert Bolton)氏の登用は、トランプ政権にとって、北朝鮮に向けて強硬姿勢を示すためのシグナルとして機能するとともに、ボルトン氏本人に対してメディアの矛先を向けさせるという効用を有する。ボルトン氏は、共和党がトランプ氏を大統領選候補に指名して以来、外交政策を指南してきたとされる[3]。ボルトン氏は、イラク戦争へと子ブッシュ政権を主導した一人と強く批判されており、金正日氏に対する暴言でも知られる。当人は元来から「保守」主義者であると言うが、「ネオコン」と表現されることがしばしばである。米国単独行動主義と対になる形の国連不要論で知られ、2005年、国連大使に指名されたが、民主党の議事妨害等により指名を辞退している(が、辞任と表現されている)。

ボルトン氏の就任は、大量破壊兵器の拡散防止の観点において、わが国に影響を与える可能性があり、その場合、福島第一原発事故の真相を考察する手掛かりをもたらすかも知れない。ボルトン氏は、子ブッシュ政権の『拡散に対する安全保障構想』(PSI)成立に尽力したとされる。その実効性や、イラクに対する判定の誤りについてはともかく、である。同時に、ボルトン氏の思想は、主に批判者によって、親イスラエル・ロビーであるとされてきた。このとき、ボルトン氏の指揮下における対日安全保障政策のあり方は、「ボルトン氏の立ち位置」・「福島第一原発事故の真相」・「トランプ政権の戦争屋との力関係」の三要素について、特定の組合せのみが整合的となるという結果を与える、と考えることができる。いかなる意味合いかを、生煮えであるが、提示しておこう。

福島第一原発「事故」後、大量の使用済み核燃料棒の所在は、「陰謀論」者によって、常に疑問視され続けてきたが、この好奇心は、ボルトン氏にも共有される可能性がある。ボルトン氏の登用は、このような日本向けの布石としての意味をも兼ね備えている。3号機の使用済燃料プールは、陰謀論者たちから、早く見せろとツッコまれてきた。3号機の使用済燃料プールの写真(とされるもの)は、偽装のために福島第二原発において撮影されたとも疑われてきた。現実の使用済み核燃料が地下深くに落ち込んでしまっているにせよ、どこか遠い外国に所在して利活用されているにせよ、ここらの機微がボルトン氏のチームによって、利用される可能性は、十分に認められる。わが国の現政権の核武装への意志に対して、ボルトン氏がストップをかける可能性は、マクマスター氏の就任時よりも上昇したと見て良かろう。わが国政府が先方の望む回答を提示することができなければ、イラク戦争は、わが国に対して再現されるやも知れない。この疑いに連座することになる外国政府がほかに存在するのか、という点は、かなり多くの世界の情報機関にとって、かなりの興味を持たれていよう。実際、このような興味を日本人に対して喚起するために、いくつかの国の情報機関は、日本語で情報を提供しているものと考えることもできる。本ブログは、一応、「福島第一原発事故の真相と影響と対策を提出するために、タブー抜きで考究する」という目的を有している。このため、本段落には、「福島第一原発事故の真相」についてだけ、勝手な妄想を付記した次第であるが、この妄想は、ボルトン氏の就任に先立ち形成されたものであるが、氏の就任によって、一層強化されたものでもある


日経は、相変わらず日本国民を偏向させんとするかのようである

なお、アメリカが単独覇権を降りようとする様子に対して、日本経済新聞の古川英治氏は、今月(2018年3月)20日の解説記事[4]において、ロビン・ニブレット(Robin Niblett)氏の言を借りて、暴力が支配する「ポリセントリック世界」が到来したと表現していた。ニブレット氏は、英王立国際問題研究所(The Royal Institute of International Affairs、いわゆるChatham House)所長である。記者が繊細な概念を自身の主張の良いように曲解することは、研究者なら体験したこともあろう※1が、古川氏は、この残念なカテゴリーに含まれる可能性が高い。というのも、この「多元(=多極)的世界」の語は、少なくとも「多元化」そのものは、ニブレット氏自身の名を冠した資料では、多元的チャンネルや国際的組織(=連合国=国際連合)を通じて外交力が発揮されるという肯定的な文脈によっても[5]、使用されているからである(。念のため、他者のいくつかの文書を確認もしてはいるが、そこはそれ、適当である)。古川氏は、2015年にウクライナ内戦とロシアのクリミア半島併合について、ニブレット氏の言によるとしながら、「多元化」を、前述の日経解説記事と同様、悲観的な意味で使用している[6]

この一方で、田中宇氏は、2004年当初[7]こそ、「多極化」の語を悲観的なニュアンスを含む用語として、そのまま使用しているが、古川氏の論説に先立つ時期に、この語のニュアンスを中立的なものに徐々に変更してきた。当初、田中氏は、(これまた、チャタム・ハウスの)ニオール・ファーガソン(Niall Ferguson)氏に倣い、国連などを中心とする「国際協調主義(multilateralism)」に対置する概念として、「多極化(multipolarizm)」の語を使用した[7]が、現時点では、その限りではない(というようにしか読めない)。オバマ大統領からトランプ大統領にかけての時期においては、田中氏は、「多極化」の語に込められた不安定性を認めながらも、その先行きに対して、悲観的なニュアンスだけを込めるということはしていない。この点、田中氏は、使用の時期・ニュアンスともに、古川氏よりも、読者に対して、正確な理解を提供している。

古川氏の「多極化」の「誤用」は、古川氏自身またはニブレット氏が、各自の業務に係る過失または故意を犯したことを示す。ニブレット氏の研究者としての怠慢または能力不足は、言うまでもない(。日本人向けに、「多極化」の語に込められた意味合いを詳しく説明させるよう、古川氏を訓導すべきであった)。しかし、ニブレット氏と日本語読者との間に、古川氏がいる以上、ニブレット氏がいかなる心情を有しても、今回の「誤用」は、避けられなかったであろう。英国民の利益を考慮すれば、ニブレット氏の説明は、日本国民に対しても、複数のルートから提供されるべきであったろう(。日本人の弟子は、いないのか?というのは、皮肉のつもりである。日本語という辺境の地で編まれた「尖った」思索が、英語帝国の心臓部において気付かれないことは、ままあることではある)。田中氏の主張に先取権があることは、ネット上の無料のオープンソースだけによれば、揺るがすことのできない事実である。古川氏は、「日本でもこういう指摘がありますよ」とタレ込むべきであったろう。いずれにせよ、古川氏は、「ジャーナリスト」であるから、最悪、好き(で費用対効果を考慮してアクセス可能)な情報源(だけ)に依拠していれば良いのであるが、その場合、公正中立を建前とする「日本のメディア」の社是とは、相容れない行為に及んだことになる。良く言っても、古川氏の論説記事は、田中氏の「多極化」に背乗りした格好になっている。


※1 個人的体験によれば、7分の5、これは確率としてはゼロではないと主張するには厳しい数値であるが、他者からの見聞を合わせれば、ベイジアン的には確定的な事実であると主張して良かろう。ここでの言明は、「記者の中に、研究者の話を曲解する者が含まれる」というだけであって、「記者の皆が研究者の話を曲解する」訳ではない。念のため。


[1]

[2] 河野太郎外相「普通は親分が良い警官をやるのだが…」 米国は大統領が机をたたき、国務長官がカツ丼を出す-と比喩 - 産経ニュース
(記名なし、2017年11月10日18:28)
http://www.sankei.com/politics/news/171110/plt1711100030-n1.html

[3] 日刊ベリタ : 記事 : トランプの次期国務長官?  ジョン・ボルトン元米国連大使  平田伊都子
(平田伊都子、2016年11月16日15時04分)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201611161504103

[4] 共振する国家主義 中ロ、強権支配固める 民主政・自由経済に試練 :日本経済新聞
(モスクワ支局長=古川英治、2018年3月20日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO28320640Z10C18A3MM8000/

英王立国際問題研究所のロビン・ニブレット所長は多元的を意味する「ポリセントリック世界」の到来を指摘する。超大国・米国の指導力が薄れ、各国が国益次第でときにぶつかり、ときに場当たり的に合従連衡する。自国の利益優先がはびこり、イデオロギーで二分された冷戦時代よりも世界は複雑さを増した。

[5] 20151019BritainEuropeWorldNiblettFinal.pdf
(Robin Niblett, 2015年10月20日, Britain, Europe and the World: Rethinking the UK's Circles of Influence)
https://www.chathamhouse.org/sites/files/chathamhouse/20151019BritainEuropeWorldNiblettFinal.pdf

[6] One year on: Ukraine crisis reveals changing global order- Nikkei Asian Review
(Eiji FURUKAWA、2015年2月23日03:33JST)
https://asia.nikkei.com/Politics-Economy/International-Relations/Ukraine-crisis-reveals-changing-global-order

The director of U.K. think tank Chatham House, Robin Niblett, points out that the world is entering a polycentric era, where countries act not on ideals or values, but shift their allegiance based on immediate national interests. The U.S. is losing its dominance on the global stage, and the Ukraine crisis is the embodiment of a new, chaotic system that is beginning to emerge.

[7] 岐路に立つアメリカの世界戦略
(田中宇、2004年10月27日)
http://tanakanews.com/e1027america.htm




平成30(2018)年3月28日10時20分頃修正

文言を多少修正したが、内容に大きな変更はないつもりである。

2018年3月11日日曜日

(一言・適当)官民パートナーシップ(PPP)の原型は勅許会社にある

TPP11の調印式[1]に対して、私なりの呪術を発するため、題名のとおりに指摘しておきたい。勅許会社(chartered company)とは、特定地域における経済・略奪活動に従事することについて権力者から勅許を得た企業を指す。17世紀ヨーロッパ各国のインド会社は、その端的な成功例である。汚れ仕事は民間に任せて、虐殺の責任はすべて手下や会社のせいであるとして、利益だけを上納させる訳である。構造上、従来のわが国の暴力団と変わるところがない。官民協働(Public-Private Partnership; PPP)のはしりが勅許会社であるとすれば、この仕組みが世界各国において、抑圧のために利用されることは、当然であった。パートナーシップという語の語感には、当初から、後ろ暗いところが存在し得たと言えよう(。拙稿では、事実の起源を探求しているのではなく、むしろ、読者の連想記憶の組替えを意図している。しかし、テストでこのように記すと、余程のことがなければ、罰点を付けられるであろう。学生は、注意して欲しい)。

おまけ1;TPP11は、2018年3月8日付で、仮訳文が政府から公開された(直リンク[2]ようである(。先月22日の拙稿では、和訳すら用意されていないことを指摘した)。

おまけ2;伊藤千尋氏の『反米大陸』[3]は、2007年の時点で、(書籍の帯でも、)日本の将来像を南米諸国に見出せると警告していた。チリ・サンディアゴで調印式が行われたことは、真に示唆的である。


[1] 環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(TPP11協定)の署名 | 外務省
(2018年03月09日、2018年03月11日確認)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_005763.html

[2] TPP協定(訳文) | TPP等政府対策本部
(2018年03月11日確認)
https://www.cas.go.jp/jp/tpp/naiyou/tpp_text_yakubun.html

[3] 伊藤千尋, (2007.12). 『反米大陸 中南米がアメリカにつきつけるno!』(集英社新書0420D), 東京:集英社.
http://id.ndl.go.jp/bib/000009189440


#引き続き、ブログ更新をサボりがちとする予定。

2018年3月7日水曜日

(書評)大抵の大卒者は沼崎一郎氏の『はじめての研究レポート作成術』を読むべきである

沼崎一郎氏の『はじめての研究レポート作成術』[1]は、岩波ジュニア新書であるが、大半の日本人が一読すべきであろう。論文の要件(インテグリティ)、事実と意見の区別、事実の収集方法、自説の整理方法、文章作法(パラグラフ・ライティング、段落書き)、ゼミへの参加と指導、といった基礎的で網羅すべき項目が、コンパクトにまとめられている。ある日本人が大学を卒業した実力があると主張するためには、同書に示された内容を修得している必要があろう。とりわけ、商業雑誌に良く見かけるような、体裁の乱れた文章を書いている多くの「研究者」にこそ、熟読してもらいたい。

もっとも、新聞を重要な情報源とすべしとの第2章第2節は、巧妙なウソとして誤読される可能性を持つ内容となっている。端的には、

しかし、新聞は、ジャーナリズムのルールに従って、事実と認めてよいと記者と編集者が判断した事柄のなかから、人びとに伝える価値があると認められるものを選んで記事にしています。〔…略…〕

という記述〔p.46〕は、現時点の典型的「ジャーナリズム」に対する誤解を避けるためには、「ジャーナリズムのルールなるものが金主の意向を反映するあまり、伝える価値のある事実を欠落させていることもある」旨の記述にまで、非難の調子を強める必要がある(。もっとも、この書籍に対して、ここまで啓蒙的な役割を求めるのは、期待し過ぎというものかも知れない)。

以上に見たように、新聞に係る記述の恣意性は認められるものの、沼崎氏の書籍は、たとえば、木下是蔵氏の『理科系の作文技術』[2]と比べても、段違いに有用である。私がかつて大学の学部生であった頃(平成6年度)、木下氏の著書は、大学生協に平積みにされており、私は、推されるままに同書を購入した。その後、同書のおかしさに対して、最近まで気が付かずに過ごしてしまったが、仮に当時、沼崎氏の書籍に先に触れることができていたならば、文章作法については、無駄な努力をせずに済んだかも知れない。というのも、木下氏は、段落の重要性について触れてはいる〔4章〕ものの、同書自体は、段落書きが徹底されていないからである。木下氏は、実のところ、段落書きの効用を十全に考察してはいない。というのも、パラグラフ・ライティングされた書籍は、速読に不慣れな読者の読書スピードを増加させ、結果として彼らの利便を増進するからである。段落書きされた文章は、この点、消費者本、消費者主権主義である。木下氏は、前掲書の第1章で主張していたほどには、読者の都合を執筆時に考慮していなかったと批判できよう。

木下氏の著書は、案外無視できないほどに広範な負の影響を、日本語論壇に与えているやも知れない。稚拙な文章の書き手が偉くなり、しかも多数派を形成しているとき、ろくでもない文章を読み落とした責任は、読者の側に押し付けられてしまう。読者が作品に不満を持っても、作品が低質であるとの認識が共有され、これらの作品を超えようとする良質な書き手が現れなければ、言論市場は変化する機運を持たないであろう(。この点、文芸作品の質には、恐れ入るばかりである。面白い作品が市場に溢れている)。木下氏は、段落書きの効用を将来の書き手に分かりにくく伝えたことにより、思わぬ負の影響力を日本語環境に対して発揮してしまったが、もはやこの世にいない。遺族にとっても出版社にとっても、売り続けることしか、この書籍から利益を引き出す方法がない。ここに、学術書についてのボトルネックがある(。この話は、ノンフィクションやエッセイについても、該当しうる)。

賞味期限が存在するにもかかわらず、著者によって引導が渡されなかった書籍は、ゾンビのようなものである。50年前なら50年前の事情を読み込んで(、一部に見られる表現によれば、「情報を抜いて」)、その書籍に当たれば良い。当時の事情を調査する必要のある学者やジャーナリストであれば、それらの書籍にも、遺物としての一定の価値を認めよう。しかし、商業原理ゆえに賞味期限切れの書籍が売り続けられるとすれば、ここで文章作法について見たように、日本語環境全体を汚染するという思わぬ副作用を生む。汚染された環境は、汚染された書き手を再生産する。汚染された多数の書き手は、特定言語の人間社会を停滞へと陥れる。この自家中毒は、ゾンビ・パンデミック(大流行)と呼んで差し支えないであろう。例外として、ビジネス書やソフトウェアの解説書、自然科学に関する書籍が挙げられよう。これらの書籍に賞味期限が存在することは、ほぼすべての読者に理解されているであろうからである。言論環境までを考慮したとき、出版社は、自身のビジネスに後ろ指を指されたくないのであれば、後継者の発掘と指導までを含まなければならないのかも知れない。この点、残念ながら、日本語という情報環境は、ゾンビ・アポカリプス(黙示録)後の世界にある

木下氏のダメ紙上講義の瘴気に当てられた実例としての私にも、読者としての責任のいくらかはあるが、木下氏の書籍を長く流通させた社会的構造に対しても、多少の恨み言をぶつけても構わないであろう。というのも、最近、エーリッヒ・フロム氏の著作を改めて能動的に読み進めてみるにつれ、『自由からの逃走』やその続編にあたる『正気の社会』については、段落書きが徹底化されてはいないものの、(木下氏の著書に先立つ)中後期の著作においては、エッセイであっても、完全な段落書きが実現されていることに気が付いたからである。教えてもらっていたならば、明らかに気が付けたであろう、という程度の明瞭さである。通常、私は、新書をベタ読みするのに2時間程度を要していたが、同程度の分量である『反抗と自由』などは、15分くらいで段落読みできるようになっている(。もちろん、飛ばし読みであるが、的確に飛ばし読みできるようになったと自覚できている)。

パラグラフ・ライティングという文章作法を信用することは、二点の理由から、リベラル的であると言える。まず、この言論システムを信頼することは、個人の野放図な論説の制作という自由を制限するが、システムに対する信頼そのものは、社会契約説を参照するまでもなく、リベラルであると言える。次に、論説における段落書きは、「この作法を知る読者」すなわち他者を思いやることにつながるから、ロールズ風のリベラルでもある。パラグラフ・ライティングが言論界で貫徹されていれば、言論人同士の誤読・誤配は少なくなろう。また、つまらない外野の声を雑音化することにも役立とう。「つまらない外野」の中には、文章作法のなっていない論者も含まれるということになる(が、そこは、論者自身が修正すべきことである。誰でも発信可能な時代において、「知識人」という旧来の権威が相対的に無力化されることは、避けられない)。

他方、日本のように、公用語の影響力が自国内に限定された国家においては、段落書きされた文章表現は、社会集団が効率よく情報を吸収できるという観点から、社会防衛主義的であると言うこともできる。わが国の事情は、ドイツやイタリアといった、遅れてきた帝国主義国家においては、共通するものであろう。旧植民地においては、高等教育が英語で行われる状態が標準的となっている。皆が統一された読書術・文章術を修得していれば、文章を効率よく、かつ的確に理解することが可能となり、結果、議論の正確性も向上しよう。そうであるべきところ、しかも日本語論壇に舶来ものをありがたがる風潮があるにもかかわらず、なぜか、文章作法だけは、未熟な状態に留まっている。自称「保守」や「国家主義者」の著者の大半が段落書きできておらず、その理由についても言及していないことは、社会防衛主義者から見たとしても、お粗末な事態である。この事態は、「保守」や「国家主義者」の大半がマウントを取りたいだけの権威主義者に過ぎないのではないか、という疑いをも抱かせる材料でもある(。もちろん、本稿は、「正しい知識」という観点からのマウント・ポジション狙いのものである)。

私は、効率的かつ効果的な読書体験を、日本語話者・日本人の生き残りに役立つものと考える。民族のサバイバルには、非常に広範な分野に散在する知識を集成し、知恵(知性)へと変化させることが必要となる。段落読み・段落書きは、各人が実践すれば、社会において、その作業効率が指数関数的に高まるという集合的効果を生じよう。また、段落書きされた文章は、国際秘密力集団の手口に通暁した上で、日本人に対して的確な助言を提供している人々の所在を示す手掛かりとなるやも知れない(。敵方もパラグラフ・ライティングされた書籍で効率的に学習している以上、民族独立の意志と知識との両方を兼ね備えた人々が、その知恵を伝達しない訳がない)。

ただし、読書体験の向上した社会に何が生じるのかは、私には分かりかねることである一方で、羽田圭介氏の『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』[3]は、この帰結に対するヒントを与えているような気がする。同書は、ゾンビ物の例に漏れず、群像劇となっている。そのうちの一人、ビジネスマンの「浩人」は、映画を早送りで見るといった「時短」を習慣とする。彼は、ゾンビ映画を時短で見た後、ネットで他者の感想を検索・確認した上で、自身の感想を大勢のものへと修正する。挙げ句、関連事項を次々と検索し続け、時短で節約した45分間を浪費してしまう〔p.73〕。この先は、ネタバレとなるから、オチは、同書に譲ることとしよう。


[1] 沼崎一郎, (2018.1).『はじめての研究レポート作成術(岩波ジュニア新書865)』, 東京:岩波書店.
http://id.ndl.go.jp/bib/028725437

[2] 木下是雄, (1981.9). 『理科系の作文技術』, 東京:中央公論社.
http://id.ndl.go.jp/bib/000001522014

[3] 羽田圭介, (2016.11). 『コンテクスト・オブ・ザ・デッド = CONTEXT OF THE DEAD』, 東京:講談社.
http://id.ndl.go.jp/bib/027697574




2018年7月27日20時27分訂正

一部の表現や誤記を訂正した。

2018年2月22日木曜日

(一言)TPP11=CPTPPを読みこなせる日本人はどれだけいるのか

TPP11=CPTPPの案文が2018年2月21日に公開されたこと[1]を『スプートニク日本』経由で知った。ニュージーランド政府のウェブサイトを確認したが、確かに公開日が21日である[2]。私は、数週間前に気になり、条文を探しまくってみたことがあるが、徒労だったことになる

CPTPPについては、発効条件自体、長らく秘密にされてきた。発効条件は、従来のマスコミ報道による限りでは、11カ国中6カ国以上の承認を必要とするというもの[3]であった。一応、その条件は、この度公開された英語版[4]の第3条第1項に継承されている。しかしながら、従来の根拠のうち、国民に対して全くのオープンアクセスであったものは、茂木敏充大臣(内閣府特命担当大臣(経済財政政策))の会見資料くらいしか[5]存在しなかった(。国民向け説明会の資料もあるが、やはり、条文そのものを掲載していなかったために、根拠とはいえない)。しかも、茂木氏は、TPP11=CPTPPの条文の「Annex I」の「Article 3」に記されていると明言していた[5]が、今回、ようやく公開された条文と対比する限り、いつの間にか、Annexが一つ消え失せたことになる。およそ、「子供たちのごっこ遊び」と呼べる頻度で、ルールが変更されている。

しかも、CPTPPの英語は、(厳密ではあろうが、)構文上、難読と呼べる程度のものであって、大学入試で出された日には、「ムーミン谷はフィンランドにある」説どころではない阿鼻叫喚状態が生じそうである。しかしながら、一般的な日本人が到達可能な理解がいかなるものになるのかを検証するため、また、個人的な答え合わせを兼ねて、第3条第2項をGoogle翻訳[6]にぶち込んでみたところ、予期せぬ程に内容を理解できるような回答が帰ってきたので、その翻訳結果を引用しておく;

本契約が第1項の下で効力を生じていない本契約の署名者については、本契約は、その署名者が適用される法的手続きの完了を書面で預託者に通知した日の60日後に効力を生ずる。
もっとも、22日08時35分の時点で、なぜ、Google翻訳が正確といえるレベルの答えを返したのかは、謎である。


CPTPPに見る秘密主義・選民主義は、官僚・大企業・学術研究機関に所属する自称エリートたちの平常運転モードであるとはいえ、全くの他人事ながら、心配になるものである。CPTPPの下に展開されるであろう構造的不正は、CPTPPの制定に関与して恩恵を受けてきた人物たちの連帯責任となって、必ずや、応報的に機能するためである。CPTPPは、末代まで祟る(庶民にとっての)不平等条約であり、他民族にも恨まれることにもなる。この時空間上の広がりゆえに、どのようなフィードバックが生じるのかは、誰にも予想できまい。大体、渡されもしないし読めもしない契約書に、誰が判を付くというのであろうか。悪徳商法そのものと同一の構図である。わが国の成人であっても、約款を実際に読むか否かは別として、約款が提示されたこと自体を信頼し、契約を進めていよう。CPTPPに対する国民感情は、お手盛りの世論調査では汲み取れないものであろう(。内容を理解している国民は、CPTPPが一種の「国策」であることをも理解しているであろうから、やんわりと調査拒否するであろう)。その辺をよくよく弁えておかなければ、自称エリートたちは、思わぬ事態を迎えることになるやも知れない。


[1] TPP11の条文が公表される 3月に署名へ - Sputnik 日本
(記名なし、2018年02月21日21:54、更新2018年02月22日00:46)
https://jp.sputniknews.com/business/201802214603609

[2] Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership text | New Zealand Ministry of Foreign Affairs and Trade
(2018年02月22日確認)
https://www.mfat.govt.nz/en/trade/free-trade-agreements/free-trade-agreements-concluded-but-not-in-force/cptpp/comprehensive-and-progressive-agreement-for-trans-pacific-partnership-text/

[3] TPP11、6か国承認なら発効…大筋合意
(読売新聞・ダナン=田中宏幸、2017年11月12日)
https://www.msn.com/ja-jp/news/money/%EF%BD%94%EF%BD%90%EF%BD%90%EF%BC%91%EF%BC%91%E3%80%81%EF%BC%96%E3%81%8B%E5%9B%BD%E6%89%BF%E8%AA%8D%E3%81%AA%E3%82%89%E7%99%BA%E5%8A%B9%E2%80%A6%E5%A4%A7%E7%AD%8B%E5%90%88%E6%84%8F/ar-BBER65Y

〔…略…〕新協定の発効条件は、11か国のうち6か国の国内手続きが完了してから60日後と定めた。

[4] COMPREHENSIVE AND PROGRESSIVE AGREEMENT FOR TRANS-PACIFIC PARTNERSHIP
(2018年02月20日18:48:41作成、21日11:07:39変更、22日閲覧)
https://www.mfat.govt.nz/assets/CPTPP/Comprehensive-and-Progressive-Agreement-for-Trans-Pacific-Partnership-CPTPP-English.pdf

[5] 茂木大臣による記者会見の概要【PDF:85KB】
(2018年01月25日)
https://www.cas.go.jp/jp/tpp/naiyou/pdf/tokyo1801/180123_tpp_tokyo_kaiken.pdf

[6] Google 翻訳
(2018年02月22日確認)
https://translate.google.co.jp


#多忙のため、引き続き、ブログ更新をサボりがちとする予定。世界の動きも速すぎて、追随するので精一杯。




2018年02月25日追記

念のため、21日夕刊と22日朝刊の『読売新聞』『朝日新聞』『日本経済新聞』を確認したが、『読売新聞』22日朝刊のみが、CPTPP条文の公開を2面で報じていた。およそ300字程度の小さな扱いである[1]。『Yahoo!トピックス』[2]を見ても、『日本農業新聞』と『ロイター』くらいしか、本件をタイムリーに報じていないようである。23日、トランプ大統領がターンブル豪首相と会談後の記者会見でTPP復帰を示唆した。ひょっとして、トランプ氏が各国国民に対する情報提供を企図したのではないかと思えてしまう程に、主流マスコミは沈黙している。


[1] 記名なし, 「新TPP 発効条件緩和/7条の協定文を公表」, 『読売新聞』2018年2月22日朝刊14版, 2面総合.

[2] 環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の関連情報 - フォロー - Yahoo! JAPAN
(2018年02月25日確認)
https://follow.yahoo.co.jp/themes/0f7c5fc9f157e88c2731/

2018年2月17日土曜日

(一言)ホワイトハットは貴重な存在である

事件を担当している警察は、NEM流出事件に協力している彼(女)の身辺警護を直ちに実施すべきである。心当たりがない人物から住所宛てに物品が配送され、当人がそれを無邪気に喜ぶ状態は、わが国の犯罪抑止能力を考慮した場合、きわめて危険である。『餃子の王将』の社長であった大東隆行氏が2013(平成25年)12月19日に射殺された事件は、未解決である。Wikipedia日本語版さんの言を信用すれば、同社の純資産は、438.3億円(2017年3月期)であるから、これよりも大規模の窃盗事件を妨害しようとする人物がいたとしても、何ら不思議ではない。

本ブログの読者に政府筋がいることは明白である。今こそ、国民の明白な利益を確保すべく直ちに行動するよう、希望する(。しているとすれば、当然の処置とはいえ、良い仕事をしていると賞賛すべきであろう)。