2017年4月15日土曜日

(メモ・感想)衆愚が貶めたエフセキュア製品の評判は、いつ回復されるのか

#本稿は、十分な資料の読込みなしに作成したものであるから、題名に示した以上の新規性も、研究としての正当性も持ち得ない。(類似の先行意見が存在した場合、偶然の一致であり、その論者の先取性が尊重されるべきである。車輪を二度発明する愚は、十分に承知している。)また、本稿は、本ブログのいくつかの記事のように、再帰的な内容となっている。読者のご賢察を請う次第である。英語でいう、reader discretion (is) advisedってやつである。

BBSに代表される、21世紀初頭型の日本語のインターネットコミュニティでは、「人の振り見てわが振り直せ」という諺と、その諺を裏打ちするはずの「恥の精神」がなりを潜めてから十年になろうかとしている。ただし、パソコン通信上で繰り広げられてきたコミュニケーションのあり方は、往時の『別冊宝島』などを参照する限りでは、スタイル・手口そのものについては、大きく変化していない。マネタイズの方法が変化したのである。悪名であろうと、人に知られることが、情報爆発下のビジネスにおいては決定的に重要となりつつあると言えよう。

「炎上商法」と呼ばれる新手法の定着は、子ブッシュ政権以降に顕著となった「やったもん勝ち」の新自由主義的・帝国主義的風潮を反映してもいる。炎上商法は、周囲や社会全体への影響よりも、ニッチな顧客に訴える機会を優先するものであり、ロングテールを意識した商売という点に着目すると、テロ要員の募集方法やカルト教団の信者獲得方法とスタイルを共有する。個人のSNSにおける過度の露出や、それに伴い生じる炎上が「カネ」よりも「自己実現・自己肯定感の獲得」を目的としがちであることを合わせみると、テロ要員・カルト信者の獲得という組織犯罪の性質は、両方とも、組織側には組織による炎上商法の目的であるカネを、引き寄せられる個人の側には個人による炎上商法の目的である自己実現を提供するものであり、炎上商法という経済的活動の特徴を包括するものといえる。良くも悪くも、子ブッシュ政権は、カルト集団のテッペンを取った存在であり、リアル社会における炎上商法の集大成であると評することができよう。

インターネット上の言論を監視し、検閲・操作を加える企業は、炎上という行為を取り巻く環境要因であるとみることも可能ではある。なぜなら、これらの企業は、炎上を沈静化させる際にも利用されるとはいえ、子ブッシュ政権のショック・ドクトリンと同様、マッチポンプの噂が常につきまとう存在ともなるからである。ただし、この手のビジネスは、たとえ法整備が進み、なりすましやビジネス目的の誹謗中傷行為が規制されたとしても、依然として実行される可能性が払拭されないものである。沈静化(「火消し」)ビジネスの将来動向は、従来の「紙の爆弾」(#二重カギ括弧でないところに注意)を利用した総会屋ビジネスが、銀行や証券会社のスキャンダル等を経て本格的に規制され、総会屋2.0へと変容した際の経緯を反復する様相を取るであろう。

炎上の沈静化というビジネスは、本来、弁護士や司法書士の利用が基本的な作法として定着している社会における、これら専門的職業家の(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントにいう)「金のなる木」となるべきであろう。これらの専門家には、あまりに阿漕であったり庶民意識から外れた行動を取れば、橋下徹氏がかつて扇動したように、同業者集団による制裁が待ち受けており、この歯止めに期待を寄せることができるからである。(ただし、犯罪組織に加担する法曹への制裁は、わが国ではそうもなっていないが、通常の組織構成員に比較して、一等重いものとされる必要があろう。また、マッチポンプを行うような企業にも、当然、顧問弁護士は存在していようが、その人数が大規模であったり全員が法曹であるという訳でもないであろう。そこが、わが国の「資格社会」の限界でもある。)マッチポンプに手を染める悪徳専門家の発生は、現状に比べれば、一定程度は抑止されることになろう。

なお、ここでは、「忘れられる権利」が意図的な炎上への誘因となり得ることについても、指摘しておくべきであろう。市民派と見做される法曹により、この権利が主張されることは、逆説的な事態である。この権利が公人や法人に対しても認められることになれば、これらの人格が行動するにあたり、評判という要素は、その人格の合理的な判断から抜け落ちることになる。この結果は、公人や法人が好き放題に振舞うというものとなる。歴史に断罪される虞は、安倍晋三氏が祖父について批判されるのと同様、子孫までが対象となるために、一定程度の抑止力を有するものとなりうる。戦争屋の走狗に、子どもを持たない人物が選定されがちであることは、偶然ではない。また、蛇足となるが、賢明な批判者ならば、本人の資質や行動に問題が存在しなければ、先祖についての批判を行うことが、個人主義になじまないことであり、批判者へのブーメランとなることは、理解できていよう。

「自由で単なる人格批判に陥らない、生産的で真実に基づいた言論活動」という、サイバー社会においてかつて語られた理想は、検閲・宣伝・工作を請負う「広告・マーケティング」企業により、匿名・顕名にかかわらず、インターネット上の公開の場においては、求めても得難いものと化した※1。他方で、SNSの普及は、現実社会の関係性に根差すものであるが、現実社会の権力関係をインターネット上にも持ち込むこととなった。この点、某大学の教員がフレンドリーな存在を装い、SNS上での関係を学生に広く求めるという態度は、権力という社会関係の実在に対して鈍感な表出の一例である。ホイチョイ・プロダクションズが広告代理店を舞台に皮肉る「いいね乞食」の、学術機関版である。ついでに、(某大学つながりで)指摘しておくと、かつてインターネットに係る理想を提示・議論した言論人たちも、インターネット上における言論(操作)ビジネスが軌道に乗るにつれ、これらの悪徳企業との相互関係から逃れることが難しくなりつつあるように見える。

荒れた言論状況の背景には、情報環境の最適化という業務におけるベイズ統計の活用という、なかなかの難問が存在する。規範的な観点から正しいと認められるはずの言論が、人気投票というベイズ統計の性格により、批評能力を備えた人間に読まれる機会が大きく減じられ、結果として力を失っているのである。規範的な観点からいえば、情報環境は、局所最適化された状態にあるのであって、決して全体最適化された状態にあるとは言えない。オープンで批判的な態度を有する(真っ当な)読者の目に触れる機会を奪う要因には、動物的に言語生産活動に勤しむ炎上加担者や、同種の表現を大量に複製し続けるボット、中途半端な知識で・あるいは金目で発言する学識経験者※2、などを挙げることができる。この状態を示す上で端的な事例は、後段で取り上げるエフセキュア製品に対するAmazonレビューの悪用であり、「オルタナティブ・メディア」を「偽ニュース(fake news)」と呼ぶCNN.comの公式ツイッターのフォロワーの半数がボットであったというオチ[1]であり、「メルトダウンではないだす」である。なお、CNNの事例であるが、ツイッターにブロックという機能が実装されている以上、今回は、CNN.comの手抜かりであると言えよう。

言論の正否そのものを判定できないという、ベイズ統計を準用した情報整理の欠点は、技術者側には十分に理解されており、その対策も取られてはいる。しかし、その対策は、今のところは、人間の高度な知性を要する、労働集約的な作業とならざるを得ない。にもかかわらず、微妙で困難な状態に置かれた人間の判断に対しては、(トランプ大統領によるシリアへのミサイル攻撃命令のように、)ほとんど常に、他者の批判の余地がある。ベイズ統計の限界を企業側が克服しようとするとき、今のところは、人間の判断を持ち出す必要がある。この結果、ルールは柔軟に運用せざるを得ず、その運用が判断がぶれているとの批判をも引き起こす。企業にとって、ベイズ統計を基本とするアルゴリズムに余分な判定を加えることは、労力、つまりはコストが高くつくにもかかわらず、却って批判を招来しうるという、報われない結果となり得るのである。利潤の追求は、企業に寄せられる社会的期待の中では、第一である。それゆえ、余分なコスト増を招きかねないアルゴリズムの改善は、基本的には見送られがちとなり、また、その改善結果の詳細は、ビジネス上の財産でもあるから、開示に不向きなものとならざるを得ない。

ようやく本題に入ることができる。

情報を判別する際の難しさは、エフセキュア社製品に対して一時期寄せられた悪評の削除に対しても、同様に該当する。Amazon.co.jp[2]は、現在でも、いわゆる「ぱよぱよち~ん事件」(以下、ぱよちん事件と表記)[3]の直後に、同社製品に対して書き込まれた否定的なレビューの一部を残し、製品としての評価を比較的悪い方に留置している。2017年4月14日時点で、7件の星1つの評価があるが、製品をAmazon.co.jpにて購入したアカウントは、2件のみである。残る5件のうち、使用感を具体的に述べたものは1件だけであり、残る4件は、単にぱよちん事件に悪乗りしたものであると認められる。星2つの評価は、1件であり、アンインストール時の不調法を指摘するものであり、ぱよちん事件には言及しない。星3つの評価はない。つまり、同製品に対する低評価レビューの半数は、偽計業務妨害にも相当する内容である※3。私からみれば、製品そのものの性能についての言及がないレビューは、評価の高低にかかわらず、すべて規約違反であるかのように読めるのであるが、これらレビューとしての要件を満たさない否定的レビューが製品の評価を決定付けているのである。

アマゾンジャパン社は、ぱよちん事件の直後、同事件を同社製品の信頼性の低さに理由に挙げた否定的レビューについて、処分し続ける措置を講じるべきであったが、同社は、ぱよちん事件に便乗して「殿堂入りユーザ」を獲得したユーザを放置し続けている形となっている。これらのユーザの中には、確かに、事件前からレビューを投稿している者もいる。しかし、事件以前のレビューの存在は、ぱよちん事件に便乗して行われた不正を肯定する理由にはならない。よって、私が以下のように考えるだけとはいえ、同事件に乗じたレビューの削除と、それに伴う「殿堂入り」などのタイトルの取消し判定こそ、アマゾンジャパン社に求められる作業であると批判することができるのである。この処分に反駁するアカウントユーザは、総会屋と同種であるものと断じられよう。


なお、先月、CIAの漏洩文書が『Wikileaks』において『Vault 7』として公開されたが、これらの文書に見られるエフセキュア社製品に対する評価は、同社がマルウェアに対してガチンコで対応しようとしていたことを(逆説的に)示すものとなっているという[4]。この経緯がレビュアーらの評価に反映されていないという事実(4月14日、目視で確認)は、ぱよちん事件の炎上に便乗したレビュアーらが製品の評価に不誠実であったことを示すものと言えよう。なぜなら、本当にエフセキュア社の製品を低く評価しようと思うのであれば、『Vault 7』の情報を利用しないという手はないからである。(そして、言うまでもないことではあるが、私は、本稿では、ここに記した以上に、セキュリティソフトの評価や『Vault 7』そのものの検討やその是非に立ち入るつもりはない。)世界有数の情報機関による侵入テスト(penetration test)の結果である。TPOや法律をわきまえずに悪乗りして、高評価のレビュアーという称号を狙うという人物が、自身の行動の帰結を予測できるとするならば、自説の正当化のために、この機会に飛びつかない訳がないのである。


※1 炎上商売を良しとする個人や、炎上に加担する個人、検閲・操作に従事する企業ならびに従業員らは、利己的な存在であるとみて間違いなかろう。私は、利己的であることを、RPGの老舗である『D&D』に倣い、邪悪(evil)であると理解している(2017年3月27日)が、この分類に基づけば、炎上の種類が合法性を楯に取るものであれば、その炎上の主はlawful-evilであり、非合法なものであれば、その主はchaotic-evilになろう。邪悪の種類を分類しやすいのである。念のため、現時点までの私には、本記事の指摘に係る利益相反関係は一切存在しない。

※2 御用学者が批判される原因は、社会的身分を有していることに求められる。わが国では、発言者に社会的身分があればこそ、その発言に影響力が生じるという側面があるし、その発言を封じようとする動きも慎重なものになる。逆に、社会的身分がなければ、これを封じようとする側の手段が何でもありになりがちである。広義の暴力を以て言論を封じるという動きが現実に存在する以上、この非対称性は、わが国でも、「有識者」にこそ気付かれるべき側面であろう。つまり、御用学者の力の源泉は、社会的身分である。この事実は、現在の日本語環境と共依存する関係にある。議論が噛み合い有益なものになるためには、論者の双方に、前提となる共通の知識があり、互いの論点を理解した上で、その長短を吟味する、という能力がなければならない。そのような状況は、適当な環境がなければ成立せず、その環境を整備・維持する組織の成員には、自ずから努力が求められる。しかし、本文中で触れたように、「いいね乞食」がアカデミアに跋扈するようでは、そのような環境が用意されるべき場所こそが蚕食されていることになる。なお、状況=環境+環境下の個人、と考えれば良い。このため、状況は環境に影響される。ここまでは間違いないが、環境が状況に影響されることになるのかは、環境犯罪学における残された課題であると私は考える。

※3 カネさえ払えば何をしても良いのかという批判も、成立の余地はある。が、違法性を論じるときには、購入履歴は、大変に重要な要素であると認められる。


[1] CNNのツイッター:フォロワーの半分は偽物|世界の裏側ニュース
(ココヘッド、2017年03月31日03時17分)
https://ameblo.jp/wake-up-japan/entry-12260759855.html

#なお、『弁財天』のMakoto Shibata氏(@bonaponta)は、この話題に先立ち、(当時の)オバマ大統領のフォロワーについて同様の作業を自前で実施しており、他サービスよりも多めの粉飾率を見積もっている。大事なのは、結論がボットの判別方法に依存することである。この事実は、私の公式ツイッターアカウント(@hiroshi_sugata)が現状のようである理由ともなっている。この検証作業の人柱として使えるのではないかと期待しているからでもある。つまり、私のアカウントは、ツイッターボットの判別テストにも利用可能である。

弁財天: ツイッターの巨大なフォロワー数の正体 update14
(Makoto Shibata、2015年04月03日?最終更新?)
http://bonaponta.noip.me/roller/ugya/entry/huge-number-of-followers

弁財天: リツイート数を粉飾して世論を捻じ曲げようとしてもTwitter社のAPIから本当のリツイートユーザのリストを取得されると粉飾がバレるw
(Makoto Shibata、2015年12月03日)
http://bonaponta.noip.me/roller/ugya/entry/twitter-api11-retweeters

[2] Amazon | F-Secure インターネット セキュリティ 2014 (新規用パッケージ/3PC1年版) | エフセキュア | ソフトウェア 通販
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B00FXBLR76/
#参考まで、星1つのレビューは次の7アカウントによるもの。リンクは各レビューへのもの。

  • TMA, 2015年11月4日, Amazonで購入
  • ay, 2015年11月4日, Amazonで購入
  • edirol, 2016年1月6日, 購入マークはないが、使用履歴ありと自主申告。
  • ガラクタ, 2015年12月20日, 殿堂入り+ベスト50レビュアーだが購入マークなし
  • どんぐり定食, 2016年1月24日, ベスト500レビュアーだが購入マークなし
  • Customer, 2015年12月26日, 購入マークなし
  • Amazonカスタマー, 2015年12月13日, 購入マークなし

[3] ろくでなし子独占手記「ぱよぱよちーん」騒動の全真相
(ろくでなし子、2015年11月26日)
http://ironna.jp/article/2402
#話の広がりが大きいために、媒体がアレであるが、上記ろくでなし子氏による派生的な記事を挙げた。

[4] Antivirus Vendors React To The CIA 'Vault 7' Leaks
(Lucian Armasu、2017年03月15日05時00分)
http://www.tomshardware.com/news/antivirus-vendors-cia-vault-7-leaks,33893.html

From the unredacted documents that have been released so far, there doesn’t seem to be any evidence that the antivirus companies were working with intelligence agencies to undermine their customers’ security. That may be a sign (and a good one) that at least the antivirus vendors are working in their customers' interests, even if sometimes that's not enough to stop more sophisticated attackers such as the CIA.

2017年4月13日木曜日

(メモ)サムスン製スマートテレビの脆弱性に係る報道を今更つまみ食いする(のには理由がある)

後知恵であるが、『Sputnik 日本』にも『Vault 7』の露払いとなる記事を見つけた※1ので、メモする。元々、アメリカとロシアの軍事実務者同士のホットラインが再開されるのかどうかが知りたくて、「ホットライン」という日本語で同サイトを検索してみたところ、昨年(2016年)8月、キエフにあるサムスン直営店のスマートテレビがポルノを深夜に延々放送し続けたという記事[1]があった。同サイトは、(18禁にならない種類の)性にまつわる話題をそれなりの頻度で取り上げている。このため、この種の「セット販売」も難なくこなせるという訳か。佐藤優氏が「大人のおもちゃ」の宣伝の横に外務官僚の氏名を並記させる技術を紹介していたが(出所の確認は、サボらせていただく)、流石ということか。

ちなみに、『Washington Examiner』[2]によると、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、プーチン大統領とティラーソン米国務長官の会談後、通訳を交えた会見で、大統領がシリアについての露米ホットラインを再開することに前向きであると述べたという。本日のマスコミ報道に要注目である。まず間違いなく、日本のメディアは、本件を小さく扱うであろうし、何なら無視するであろう。無視したメディアは、日本国民にとって、売国奴である。なぜなら、本件を報じないメディアは、そのリソース(社会的地位)を十分に活用しないという不作為と、トランプ氏のシリア攻撃に係る発言を殊更に取り上げたという非均衡によって、戦争を煽り、日本国民を外国で死なせようとする勢力に与したことになるからである。この指摘を理解するに当たっては、田中宇氏の今月8日の記事[3]を参照されたい。ただ、文末にあるような、TPPへの復帰は極めて考えにくい。二国間交渉の方が日本を槍玉に挙げ易く、他国(特に、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドというファイブ・アイズ中の関係国)への遠慮が不要になるためである。相互に弱味を握る関係にある国とは、仲良くせざるを得ない。日本の弱味はアメリカに握られているが、ここ20年ほどの間、日本はアメリカの弱味を握ることができていない※2

先月(2017年3月)、CIAのソースコード集『Vault 7』が『Wikileaks』を通じて漏洩[4]されたが、この件を報じた『GIGAZINE』[5]『BBCニュース』[6]は、『Wikileaks』の解説を受け、サムスンのテレビがハックされるという事例を紹介していた。これは、同社のスマートテレビの登場以後、2月までの間にも、その脆弱性が度々取り上げられていたことを鑑みれば、想定の範囲内の話ではあった。2013年には、わが国の政府機関である情報処理推進機構(IPA)も、メーカに対して警告を発している。ただ、この種の侵入行為は、どの国家でも業務の一環であろう。(われわれは、ジェイムス・ボンドやジェイソン・ボーンの活躍を、当然のように受け容れているではないか。)

オチ代わりに、オリジナリティのため、セキュリティめいた話を付け加えておく:このような状況下、『Sputnik』に取り上げられたような形で公知とならないよう、企業がブランドイメージを守るためには、アップデートを整備することはもちろんであるが、それよりもまず、スマートテレビのURLフィルタリング機能を充実させ、デフォルト設定でオンにしておくべきであった。視聴用のフィルタリング機能が実装されており、デフォルトで有効になっていたにもかかわらず、同様の被害を受けた場合には、メーカの製品をディスるための措置であることを指摘しやすくなる。少なくとも、外部の専門家がこのような主張を行う余地が生じる。しかし、このような機能がなかったか、デフォルト設定となっていなかった場合には、メーカに期待される措置が執られていなかったという批判につながることになる。メーカの落ち度が責められることになるのである。


※1 本ブログは、基本的には、公開情報だけを元にして考察を組み立てているが、手抜きのために、探索型(exploratory)の研究ではなく、確証型(confirmatory)の研究に近いスタイルを採用している。探索型とは、データから何が言えるのかを探るというもの。確証型とは、(経験的・理念的な)理論が適切であるかをデータによって検証するもの。Googleの収集するデータの巨大さを想起すれば納得できるであろうが、今や、情報に係る探索型の研究は、装置研究でもあり、市井の一個人が太刀打ちできるものではない。これは、単に、私が都合良くサボるための言い訳でもある。なお、私の乏しい体験的知識(個人の体験に根差した知識)と、幾ばくかの法則的知識(学習を通じて間接的に取得した知識)も、一応のところは利用しているが、論理の後追いには不要であろう。

※2 なお、弱味を握るといえば、森友疑惑が野党の思うように進展しないのは、トランプ政権が安倍政権を肯定する一方で、森友疑惑を仕掛けた戦争屋を否定しているためであると考えられる。安倍政権は、トランプ政権が動かないことを間違いなく知っているからこそ、強気で振舞い続けることができるのであろう。本疑惑の構図は、「アッキード事件」と呼ばれているように、ロッキード事件と酷似している。両件の構図が同様のものであることは、偶然ではない。しかし、今回の場合は、外部環境が異なるのである。

[1] キエフ中心部にあるサムスンの店のテレビ画面で深夜、ポルノが放映される
(記名なし、2016年08月22日03:02(更新2016年08月22日 05:51))
https://jp.sputniknews.com/europe/201608222672700/

[2] Lavrov: Putin open to restarting the US-Russia hotline over Syria | Washington Examiner
(David Brown、2017年04月12日13:51ET?)
http://www.washingtonexaminer.com/lavrov-putin-open-to-restarting-the-us-russia-hotline-over-syria/article/2620112

[3] 軍産複合体と正攻法で戦うのをやめたトランプのシリア攻撃
(田中宇、2017年04月08日)
http://tanakanews.com/170408syria.htm

[4] Vault7 - Home
(2017年03月07日)
https://wikileaks.org/ciav7p1/

[5] 「自動車をハッキングして暗殺する」「テレビで部屋の会話を録音する」などCIAの極秘諜報作戦の実態を暴露する機密資料「Vault 7」をWikiLeaksが放出 - GIGAZINE
(記名なし、2017年03月08日12時45分)
http://gigazine.net/news/20170308-wikileaks-vault-7/

[6] テレビで室内の会話を盗聴――ウィキリークスが米CIA技術を暴露 - BBCニュース
(リオン・ケリオン、2017年03月08日)
http://www.bbc.com/japanese/39202254

[7] プレス発表 「スマートテレビの脆弱性検出に関するレポート」を公開:IPA 独立行政法人 情報処理推進機構
(2013年03月18日)
https://www.ipa.go.jp/about/press/20130318.html




2017(平成29)年4月26日10時追記

『スプートニク日本』によれば、13日時点で覚書の効力が復活され(てい)たということが、25日に明らかにされたという。Google様に簡単なお伺いしか立てていないが、毎日[9 ,10]、産経[11]、朝日[12]、読売[13]、日経[14]とも、ホットラインには直接触れずとも、軍事衝突回避の努力を報じているようではある(読売は、今となっては、同社のウェブサイト上では、無料で確認不能のようである。朝日は、一日一本の制限あり)。ホットラインを明記することが無料で後追いできるものは、(朝日を除けば、)毎日だけのようである。

従来からの主張と一部重複するが、私の軍事に係る基本的な理解の一つは、「現代的な軍人は、仲間や部下の命を無駄に(損耗)しない」というものである。この精神は、人間的・合理的・工学的・功利主義的である。私の知る限り、江畑謙介氏や清谷信一氏の論考は、この原則に立脚したものであるように思われる。しかし、わが国で軍事に詳しいと主張する非軍人(経験者)は、なぜか、この傾向に乏しい人物が多い。石原慎太郎氏なぞは、高齢女性に対する発言をふまえれば、命を粗末にする発言に居直る人物の代表格である。(ただし、この場合、石原氏と対立関係にあるからとて、小池氏が善玉という訳でもないことは、本ブログを良く読めば、十分に理解できよう。)


[8] ロシア、ティラーソン氏の要請でシリア上空での飛行に関する米国との覚書の効力を復活
(記名なし(『スプートニク日本』)、2017年04月25日 15:33(更新2017年04月25日18:10))
https://jp.sputniknews.com/russia/201704253572933/

[9] 米露外相会談:記者会見の要旨 - 毎日新聞
(記名なし、毎日新聞2017年04月13日17時59分(最終更新04月13日17時59分))
https://mainichi.jp/articles/20170414/k00/00m/030/017000c

米 両国間の信頼は低レベル。対露追加制裁の用意はない。
露 米露は関係改善へ作業部会を設置し、特別代表を任命する。シリア上空での偶発的衝突を防ぐための覚書の効力を回復させる用意がある。

[10] 米露外相会談:記者会見 要旨 - 毎日新聞
(記名なし、毎日新聞2017年04月14日 東京朝刊)
https://mainichi.jp/articles/20170414/ddm/007/030/104000c

[11] 米露関係は「低いレベル」 訪露の米ティラーソン国務長官、シリア問題は平行線 - 産経ニュース
(記名なし、2017年04月13日18:37)
http://www.sankei.com/world/news/170413/wor1704130075-n1.html

ラブロフ氏によるとプーチン氏は、ロシアが履行停止を表明したシリア上空での米露軍機の偶発的衝突を避ける施策を再開する意向を示したという。

[12] 米ロ、シリア巡り平行線 トランプ氏「ずっと低調かも」:朝日新聞デジタル
(モスクワ=杉山正・駒木明義、2017年04月13日11時18分)
http://www.asahi.com/articles/ASK4F269GK4FUHBI00Q.html

ただ、米ロ関係の改善のための両外交当局者による作業部会を立ち上げることや、シリア上空での米ロの偶発的な衝突を避けるための連絡態勢の再開では合意したという。

[13] シリア情勢をめぐる議論は平行線…米露外相会談
(記名なし、2017年04月13日)
http://www.yomiuri.co.jp/world/20170413-OYT1T50048.html

両外相は、米露関係の改善に向け取り組む必要性では一致した。

[14] 米ロ、シリア協議平行線 外相会談、関係改善へ作業部会 (写真=AP) :日本経済新聞
(モスクワ=川合智之、2017年04月13日)
http://www.nikkei.com/article/DGXKASGM13H23_13042017MM0000/

2017年4月11日火曜日

『ぶっこみジャパニーズ』ではなく、普通のすし普及ドキュメンタリーが見たかった

2017年4月11日19時~のTBS系『ぶっこみジャパニーズ』は、ドッキリものの構成を取り、海外の「トンデモ」日本文化に携わる人々に、その道の達人が「正しい」あり方を教えるというものであったが、その結果は、むしろジャパン・ディスカウントに与するものとなっている。すしについては、ロシアがターゲットとなっていたが、そもそも、なぜ、食を通じた友好の番組にしなかったのか。もっと言えば、なぜ、国際すし知識認証協会の風戸正義氏の活動のうち、冒頭に紹介していたような研修制度を軸とした放送としなかったのか。風戸氏の表情にも、何度か、やや困った様子を見て取ることができたのは、私の誤りか。冒頭、風戸氏が赤の広場を歩かされている場面は、法隆寺の前で、ロシア人がロシア帽を被らされ、歩かされるようなものである。

この内容の番組をゴールデンタイムに放送することは、日本国民の海外に対する誤解を増進させることにつながる上、海外からの批判を招きうる。この番組が日本人の自国文化に対する矜恃を驕慢へと変え得るか否かは、ここでは問題としないでおこう。それに、日本語話者が日本国民への影響を問題視するという論法は、普遍的に見られるから、私が指摘するまでもなかろう。問題は、このような構成の番組がゴールデンタイムに放送されているということを、海外の(ここではロシアの)有識者層が知ったときである。日本通のロシア人にとっては、今さらのことではあろうが、日本の視聴者は、随分と程度が低いものだと思われるであろう。番組中、ロシア国内でも風戸氏の実演が放送されたことが指摘されたが、その内容は、まず間違いなく、本番組の構成とは異なっていたであろう。TBSらしい、二枚舌のはずである。問題は、この二枚舌がバレたときである。

そもそも、ドッキリには、双方の了解が必要なはずである。そうでなくとも、食の変容という話題を取扱う番組は、二つの社会の双方に思わぬ影響を与えうる。番組の企画・制作担当者は、国際的な話題を扱う上での慎重さを有してはいない。なぜなら、本番組は、ロシア側から見る者にとっては、文化圧政主義とも、あるいはパターナリズムとも受け取られる余地を持つものであるためである。この指摘は、ジョン・ロールズ氏の「無知のヴェール」によって、十分に成立することが説明できる。つまり、わが国における他国籍の料理の変質を見れば、直ちに理解できる。

(風戸氏の言説に対してではなく、)本番組の「正しいすしを教える」との主張に違和感が拭えないのは、食事が文化を超えるときに材料や味付けが変わることを無視し、(極東アジア人から見て、)おかしな点だけを誇張しているからである。このおかしさを理解する上では、わが国において他国料理が変質した事例を挙げれば、十分に理解できよう。私は、スパゲティナポリタンが(大)嫌いであるが、たらこスパや和風きのこスパは好きである。食事として出されたら、どれも残さず頂くけれども、「ナポリタン」との名を冠した料理は、スパゲッティに対して失礼な味であるとも断じている。これらの料理のいずれも、指摘が誰によるものかに関係なく、イタリアンではないと言われたら、それはそうだろうとも思う一方で、たらこスパ辺りは、料理として成立していると評価して欲しいとも思う。大体、日本の洋食の多くに、グルタミン酸系の隠し味が使われているが、それは、日本人の好みに合わせたものである。

TBSには、このような構成を了解した理由について、説明責任が生じている。国際問題化したとき、TBSには責任を取ることはできないが、どのように「腹を切る」つもりか。海外の「誤った」業態に関与してきた人々に恥をかかせたという思いには至らないのか。このようなドッキリものの構成によって、自国の文化を見せびらかすことは、むしろ、日本国民の多数にとって、恥ずかしいことではなかったか。もちろん、放送局がTBSであるから、制作会社やプロデューサー辺りに内心何らかの「怨」の気持ちがあり、むしろ、本番組を通じてジャパン・ディスカウントを狙ったのではないかとも考えられる。

もっとも、本番組は、『ここが変だよ日本人』の成功を受けて、企画・制作されたという側面が大きいものと考えられる。この番組も、相当に悪目立ちする人物を使っていたが、結果的には成功したように見える。この成功に味を占め、昨今の「日本って凄い」と自賛したい日本国民の心持ちに迎合するよう、内容を過激化させた結果、このような逆効果となる構成が実現したのではないか。本番組は、雰囲気で突っ走るテレビ屋の悪い癖が出た結果であり、噴飯物である。

2017年4月6日木曜日

国際情報仲介業者の富士山会合は現在の日米関係におかんむりのようである

今朝の朝日新聞(2017年4月6日朝刊4面)に、「「新政権、最大の不確実性」/有識者が提言」(藤田直央)という記事[1]があった。政策研究大学院大学長の田中明彦氏が座長、森本敏氏や竹中平蔵氏が名を連ねたという。富士山会合の名称や、本紙記事中に挙げられた2名のキャラ付けをふまえれば、会合の性格自体は十分に把握できよう。日本の新聞読者一般にとって、読売・朝日・日経の中で「弱者の味方」であるように目に映るのは、朝日であろう。しかし、記者の内心はともかく、本記事は、現時点では、富士山会合関係者が「俺たちが中抜きされているのは許せねぇ。トランプさんと安倍さんよ、俺たちを間に入れろや」と脅迫しているかのようにも読めてしまう。富士山会合特別タスクフォースに名前を連ねた連中が、日本側の「研究者」における戦争屋のカウンターパートであるという関係性は、明白である。

情報の性質で困った点は、後発の正確な情報が、先発のニセ情報を修正するという効果を期待できないことである。多くの新聞読者は、「99%」に該当するが、本記事を「やっぱりトランプ政権が悪いんだ」という材料として読むであろう。もちろん、日本国民全般にとって、トランプ政権よりも、富士山会合の連中の方がはるかに有害であり、不確定材料である。この誤解から人々が抜け出すことは、相当に困難なことである。

富士山会合の報告書は、日本経済研究センターのウェブサイト[2]で読める。メンバーには、読売新聞の日曜コラム「地球を読む」で見かけるメンツが揃い踏みである。メディアグループとして対立関係にある読売と朝日が同じ論調に立つときには、ほぼ必ず、「1%」の利益増進(減少の阻止)が企図されている。この点、朝日新聞政治部の論調は、「嘘吐きの羊飼いの少年」として役に立つ。




戦争屋が世界の「不確実性」であるという証拠は、本日の報道に良く表れている。日経の1面の誘導用の見出しは「シリア批判広がる/空爆でサリン使用か」[3]である。現状では、朝日が表現するように、「空爆後 口から泡・けいれん/シリア化学兵器疑惑 現場は」[4]でしかない。シリア政府が主張するように、反政府勢力側が保管していた化学兵器が爆撃によって誘爆したという可能性も、依然として存在する。この指摘が真実であるなら、反政府勢力側がケミカルテロ(化学兵器テロ)を準備していたことになる。通常の空爆で誘爆してしまうような危険な場所に、NBC兵器を保管していたのであれば、反政府勢力側の未必の故意(let it happen on purpose; LIHOP)ということにもなる。




田中明彦氏の業績を十分に把握していなかったため、ここで少しばかり確認してみたのだが、米防衛高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects Agency; DARPA)のデータを部分的に利用して中国の対外紛争政策をモデル化する試み[4]から学術上のキャリア形成を始めたとはいえ、TPPへの参加を当然とする[5]くらいであるから、世界をモデルで見ることを誠実にこなしてきたというよりは、何だか良く分かっていないけれども流行に乗ろう、というキャラなのであろう。(なお、研究者の田中明彦氏には、同姓同名の方が複数が存在するので、国際政治を専門とする氏を対象としている。)TPP前後では、およそ法律の関係する研究では、外生変数の激変を考慮に入れなければならなくなる。このような研究環境上に生じた混乱は、その時期における議論を客観性に判定する作業を困難なものとする。TPPは、日本社会にとって大きな不幸をもたらし得たことはもちろんであるが、モデル屋にとっても、その後の作業に多大な障害を与えた。今後は、そのように結論されることになろう。現に、TPPへの備えとして、変更が不要な法律までもが改定されているからである。(現在までの間にも、日本の水道をペットボトル化して販売できてきたのであるから、水道事業の効率性アップは、従来の水道法で十分であった。種子法の改正は、まったく不要であった。生物多様性の保全が重要であるとする国際的な議論の潮流にも逆らうものである。)




[1] 「米新政権、最大の不確実性」 有識者が提言:朝日新聞デジタル
(「「新政権、最大の不確実性」/有識者が提言」『朝日新聞』2017年04月06日朝刊14版4面、藤田直央)
http://www.asahi.com/articles/DA3S12878685.html

[2] 日本経済研究センター JCER
(2017年04月05日)
https://www.jcer.or.jp/center/f.relationship_jp-us.html
#報告書には、直接のリンクを張ることができない形となっている。ダウンロードには、Javascriptの許可が必要。

[3] 『日本経済新聞』2017年4月6日木曜朝刊14版1面「News & Views」(3ページへの誘導用の見出し)「シリア批判広がる/空爆でサリン使用か」

[4] 『朝日新聞』2017年4月6日木曜朝刊14版1面「空爆後 口から泡・けいれん/シリア化学兵器疑惑 現場は」(カイロ=翁長忠雄)

[5] CiNii 論文 -  中国の国際紛争行動のマクロ・モデル1950-1978
田中明彦, (1982). 「中国の国際紛争行動のマクロ・モデル1950-1978」, 『アジア研究』29(1), 51-86.
http://ci.nii.ac.jp/naid/130004689399
#当時のPC環境をふまえれば、この計算は、大型計算機で実行されたものであろう。モデルは、巡回有向モデル(directed cyclic graph; DCG)となっている。私には、論文中で使用されている2段階最小自乗法(two-stage least square method; 2SLS)で、偏りなく計算可能であるのかは分かりかねる(が、胡散臭いと思う)。無論、当時の計算技法や知識の限界は、考慮されるべき要素ではある。(それにしても、この種の研究に限らず、多くの学問分野において、なぜ、当時においてさえも危険そうな計算方法であると認められるモデルなのに、計算を実行して無理矢理に結論を出そうとする姿勢が許容されてきたのか、また、その後の誤り訂正機能が機能してこなかったのか、という疑問が、私にはある。大型計算機なのだから、なおのこと、明らかに誤ったモデルは、資源の無駄遣いというべきである。明らかに胡散臭いモデルをテコとして、キャリア形成を行うことが認められることに対しては、何かが違うのでは、という気持ちを抱いてしまう。)

[6] CiNii 論文 - TPP参加 賛成 : 貿易国日本は重要な経済交渉に参加が当然 (TPP参加の是非)
田中明彦, (2011). 「TPP参加 賛成:貿易国日本は重要な経済交渉に参加が当然(TPP参加の是非)」『エコノミスト』89(54), 94-95.
http://ci.nii.ac.jp/naid/40019069404
#重大な手抜きであるが、本記事は、題名だけしか読んでいない(と特記したということは、当然、ほかの記事は確認しているということでもある)が、他の情報と突合させても、田中氏がTPPに賛成していることは、整合的である。

2017年4月3日月曜日

植草一秀氏も先の都知事選の大勝をメディアのみに求めている(メモ)

時期を逸した話であるが、植草一秀氏は、トランプ大統領当選を受け、メディアの情報操作が小池都知事を実現する要因となったと指摘している[1]。植草氏の指摘通り、メディアによる追い風は、確かに存在したであろう。しかし、それだけでは説明の付かない大差が付いたことが、昨年の都知事選の不審なところである。この不可解な現象は、一票何万円という金額により、票の売買が行われているという指摘が『シャンティ・フーラ』というスピリチュアル系のサイト(2016年8月3日[2]に寄せられていることをふまえれば、十分に説明できる。この説明のために必要な考え方を縷々挙げたのが、2016年8月20日の記事である。また、2016年8月21日の記事には、不正の仕組みを推定した結果を掲載した。同8月30日の記事では、補足を加えた。

植草氏の主張通りに、植草氏にかけられた疑いが冤罪であるとするならば、『シャンティ・フーラ』への告発もまた、植草氏によって真剣に検討される価値があるというものである。

本稿はメモ代わりなので、これでおしまい。




[1] 情報操作マスゴミ無視が最強必勝の極意: 植草一秀の『知られざる真実』
(2016年11月20日)
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-67e2.html

メディアの情報操作で80万票が鳥越氏から小池氏に移し替えられたと推定される。これによって選挙結果が変化したと見られる。メディアの情報操作には裏がある。理由があるのだ。ある候補を勝たせること、あるいは、ある候補を当選させないこと。この目的があり、その目的に沿って情報操作が実行される。〔...略...〕その〔#マスメディアによる〕「世論調査」とは「創作」する「世論調査」である。

[2] 自民党関係者からの超ド級の爆弾情報① 〜1票⚪︎万円で票の差し替え…「ドン」に完全支配された不正選挙〜 - シャンティ・フーラの時事ブログ
(2016年08月03日13:49)
https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=115059

2017年4月1日土曜日

寺銭の割合が小さいギャンブルが万人にとって良いギャンブルという訳ではない

本稿では、「寺銭」を「ギャンブル運営者の徴収する手数料(金額そのもの)、単位は貨幣単位(円やドルなど)」と定義して記述する。「寺銭」の語は、「賭金中に占める手数料の割合、単位は無次元(パーセント等)」として使用されることもあるが、本稿では、これを「寺銭の割合」と表現する。私の定義した用法は、通常の用法と異なることになるが、社会防衛的見地からギャンブル運営を検討する場合、両者を区別することは、きわめて重要である。このため、通常の語感と異なるものになるとはいえ、冒頭の定義に拠って本稿を検証されるよう、お願いしたい。あと、本稿が取り扱う話題がパラメータ依存であるにもかかわらず、まったく定式化していないのは、例によって、手抜きである。(ただ、本稿の指摘は、文章だけでも成立しているとは思う。)




金融取引市場は、マネロン装置として見た場合の有用性、社会防衛的見地からすれば脆弱性が、極めて大きなままに稼働する社会的装置であり、その性能は、FX市場の実現に見られるように、現在まで、ますます加速する方向にある。とはいえ、市場が所在する各国において、金融取引を監視する公的な組織が稼働しているから、建前上、露骨な不公正取引は発覚し処罰されるものと期待されている。怪しげな取引を連絡・密告する制度も存在はする。犯罪組織に加盟する人物を排除する法律も、あるにはある。ただ、どのような制度を整えたとしても、参加者の情報格差をゼロにすることは不可能であるし、その情報格差をテコにしたインサイダー等の不公正取引の危険性を、全人類が公平と思えるまでに低減することは不可能である。現実に、9.11前のユナイテッド航空株の大量の売り注文など、明らかに不審な証券取引についての真相追及がなされていなかったり、タイのバーツ危機のような国家を脅かすほどの危険な取引が仕掛けた側にとって大成功したという実績がある以上、各種の公正さを担保する制度は、巨悪に対して、機能不全であり続けてきた。(田中角栄氏は、巨悪と呼ぶには、善玉過ぎる存在である。)証券市場や銀行や通貨発行の仕組みが現行の不具合を放置されつつも稼働し続けてしまっているのは、これらの仕組みが現に稼働中であり、その状態から全人類が足抜けすることが適わないからであると考えることができる。が、金融取引の構造上の問題は、今回のギャンブルにまつわる話の前振りであって、本稿では、これ以上取扱うことはしない。

ギャンブル運営をマネロン装置として見た場合、その優秀さは、一回の賭けを通じて特定の参加者に支払可能な金額の大きさ(あるいは徴収可能な金額の大きさ)と、どれだけ多数の賭金のやり取りが短時間のうちに行われるか、の二点の要素に規定される。この主張は、マネロン装置としての証券市場の優秀さを参照すれば、ごく自然に導かれるものである。一回の勝金の大きさは、一回ごとにロンダリングされるカネの出口側の大きさに等しい。また、多数の取引がバラバラのタイミングで実行されることは、ロンダリングに係る取引を発覚しにくくするという効果を生じさせる。(証券取引は、売り注文・買い注文がバラバラに出され、成立するタイミングが注文のタイミングと異なりうるという点においても、ゲームより遙かに後追いしにくい性質を有している。)犯罪の実行者にとっては、多少実入りが減ったとしても、後追いできないことが大事なのである。後者が重要であること、つまり、勝金の大きさより発覚のしにくさが重要であることは、犯罪企図者の合理性から説明可能である。犯罪であっても、まっとうなビジネスと同様、長期にわたり堅実に営めることが、実行者にとっては大事なのである。経済学をベースとする犯罪学では、強盗犯も、窃盗犯も、長期的には割に合わないという試算を得てきた。皮肉なことであるが、今までの(戦争屋に代表されるような)ホワイトカラー犯罪は、その教訓を内面化して繁栄してきたかのようである。

ギャンブル運営は、ゲームという閉じた行為によって公正さが定められるため、金融取引よりも公正となる条件を整備しやすい。どの公営ギャンブルについても、また、カジノにおいてどのゲームが採用されるにしても、この条件の良さは、金融取引市場よりも優れたものである。ゲームのルールは、金融市場に比べて、はるかに明確で閉じたものである。また、カジノで行われるルーレット・ポーカー・ブラックジャック等であろうと、あるいは丁半であろうと、またはeスポーツであろうと、参加者の期待値を計算することは、金融取引市場よりも、はるかに容易である。というより、社会への影響まで考慮した場合には、つまり、市場外部における参加者の社会生活まで加味した場合には、(そして、金融取引市場が外部経済に与えてきた影響の大きさを鑑みれば、金融取引市場への参入により見込まれる期待値を推定する上では、そのように計算すべきであるが、)金融取引市場における特定個人の収益の期待値を確定することは、実際のところ不可能である。むろん、ディーラーや壺振りの技芸は、各ゲームにおいて、プレイヤーの期待を裏切るだけの威力を発揮するであろうが、現行の金融取引における情報格差の不公正さに比較すれば、まったく公平と呼べる範囲のものである。カジノのエンターテインメントにマジックが多く見られることは、偶然ではなかろう。カジノの顧客は、見事な技に幻惑されるという体験を求めて、カジノを訪れているのかも知れないのである。何にせよ、ギャンブラーは、金融取引市場に比べて、予見可能性が高い市場へと参加していることになる。

他方で、公営ギャンブルの寺銭の割合の高さは、不公正であるとの批判に晒されてきた。谷岡一郎氏は、「ギャンブルに詳しい」学識経験者とされるが、その意見は、主流であるかのように見做されてきた。「名乗りは姐さん、中身はオッサン」の『きっこのブログ』(2016年12月3日)[1]は、ウェブ上で寺銭について見かける意見の典型例である。「きっこ」氏は、「宝くじから競馬まで」の公営ギャンブルの寺銭の割合が高いと指摘した上で、既得権益者である公営ギャンブル関係者が寺銭の割合の低いカジノに反対しているのではないか、と批判する。プレイヤーにとって、寺銭の割合が高いことは、自身の期待値が下がることに直結する。また、公営ギャンブルの寺銭の割合の高さは、公知の事実である。プレイヤーが公営ギャンブルの寺銭の割合の高さを不愉快に思うのは、当然であろう。

しかしながら、ここで、公営ギャンブルの寺銭の割合の高さに対して参加者が感じる不満は、参加者の知識が向上したゆえに生じたものではないか、という疑問も湧く。知られていないことが批判の対象にならないのは、当然である。ある公営ギャンブルに対しては、勝ったとされるプレイヤーが実在しない、という批判が実在する。これが本当なら、胴元は丸儲けである。胴元とサクラが組んで、残りのプレイヤーをカモにしていたらどうか。この批判も、ある公営ギャンブルについて、実在するものである。ここに示した二つの批判は、裏が取れているものとまでは判断できないが、疑惑を指摘する声が実在することをふまえ、再構成したものである。いずれも、本当であるならば、参加者にとっては、到底許せないチートと映る行為である。こうしてみると、プレイヤーの不公平感は、不正に対する知識がないために、現状の程度に留められているとも言えよう。逆に、運営者にとって、広く知られていない不正の方法は、さらなる儲けの機会でもある。なお、発覚した事例をふまえれば、本段落における指摘は、公営ギャンブルよりも、株式証券市場の現実に対して、より良く当てはまるものである。勝者がいない=企業オーナーによる見せ玉、とか、かなりの用語の読替えが必要になるが、発覚した実例の数だけを挙げれば、株式証券市場における不正は、公営ギャンブルにおける不正よりもはるかに多い。

公営ギャンブルの寺銭の割合の高さは、ほかの情報とともに提供されることにより、不公平感が軽減される材料にもなり得る。宝くじが良い例である。その収益が慈善事業に役立てられているとの主張と、実際に「宝くじ号」の車両等を多く見かけるという状態は、そのバランスが取れている限り、「慈善事業にも役立っているから」という形で、購入を正当化する理由にもなり得る。また、谷岡氏のように裕福な一族の出であると体感しにくい事情であるかもしれないが、日々の生活から3000円なら捻出できるが、1億円を貯蓄することはできないと諦めている貧乏人からすれば、宝くじの購入は、その期待値が半額以下になると分かっていても、生活を一発逆転させる上での合理的な行動となる。現実の生活者にとっては、手持ちのリソースと、そのリソースによって達成される見込みとが重要なのである。実際のところ、宝くじ購入者の大多数は、せいぜいが10万円程度を当てた経験を有する程度であろう。すると、宝くじの設計者としては、購入者の身の回りで、その程度の当選金を得たという話を聞ける程度に当選確率を設定することが、体験的な情報だけによって宝くじの販売高を最大化する際の要点ということになる。最高賞金に比べてきわめて少額であっても、満足できそうな金額を当てたという人物に接することが、参加への意欲を喚起する可能性が認められるのである。なお、きわめて多額の宝くじを購入する人物は、きわめて少数であろうし、そういった人物のネットワークには偏りがあろうから、通常人が実際に最高賞金を獲得した人物を目の当たりにすることは、ほとんどないものと推測される。つまり、実社会のネットワークを前提とすると、最高賞金当選者は、なかなか人には知られないことになるから、大衆の購入意欲を喚起する役には立たないことになる。こうしてみると、伝聞情報が欠落しがちであるという現状は、当選金の設計において、どうせ知られないなら、最高賞金当選者を出さなくとも良いのでは?という、不正への誘惑としても働きうる。(あれ?)

ともかく、ギャンブルの設計者は、寺銭の割合だけではなく、参加者の知識や社会の状態をも合わせて利用することにより、ギャンブルへの参加を誘導し、ファンを定着させ、あるいは不公平感を軽減することができる。寺銭の割合は、部外者の批判を浴びる要因ではあるが、ギャンブル運営が商売である以上、胴元は、寺銭を取らずにギャンブルを運営するわけにもいかない。ここに、ちょっとしたジレンマが生まれることになる。寺銭の割合がゼロでは商売が立ちゆかないが、さりとて、高過ぎると客が付かないのである。

ところで、寺銭の割合が小さいことは、社会防衛的な見地からすれば、良いとばかり言えることではない。売上高が大きなギャンブルは、寺銭の割合を相対的に小さなものとできる。そのギャンブルが「薄く広く」集客するタイプのものであるならば、寺銭の割合が小さなために、売上高をさらに拡大できる余地がある、ということにもなる。結局、ギャンブル依存症患者をさらに多く発生させうるという点で、寺銭の割合が小さなギャンブルは、社会に対してより有害なものであるということにもなりかねない。カジノ(IR)の収益性は、海外からの太客によって成立するものと言われている。カジノの寺銭の割合が小さなものとなるのは、太客のおかげである。経営努力のおかげであることも確かではあろうが、太客との共依存的な関係にあるといえる。このとき、太客が外国の独裁者で、国民から搾り取った血税をカジノにつぎ込んでいたとすればどうか。そのカジノから派生的な利益を得ているわれわれ庶民は、その外国の庶民に恨まれても仕方ないであろう。寺銭の割合が小さいからと言って喜べるのは、単に、批評者が一人のギャンブル愛好者であるがゆえのことに過ぎない可能性は、常に残るのである。日頃からマルクス主義系の言が多い「きっこ」氏のセンスは、団塊の世代らしく、そのお題目はファッションにしか過ぎないようで、自分目線でしか、物事を考えられないようである。

ゲームとしての楽しさ云々はさておき、極端なことを考えると、賭け麻雀における雀荘は、きわめて高い割合の寺銭を取ることにもなりかねない。雀荘の席代がいくらであっても、勝負の結果が拮抗して誰もが損得なしという結果を得たとすると、寺銭の割合は、100%ということになる。このとき、プレイヤーは不満なのであろうか。むしろ、良い勝負ができたし、負けもしなかった、ということで満足度が高いであろう。話の種にもなりそうである。このように極端な場合を考えずとも、なぜ、人間は賭けずともゲームをするのか、ということを考えれば、人類は、ギャンブルの「悪さ」について、また、寺銭の位置付けについて、一段上の理解へと到達できそうなものである。

蛇足であるが、ゲーム依存症がギャンブル依存症と同様の症状を示すのは、有限の人生の(、大抵、若い時期の)有益な時間帯という資源をゲームに投入してしまっており、引くに引けないという状態を経験しているからでもある。この点に理解が至れば、ギャンブルとゲームとを同時に考慮の対象としながら、それぞれの依存症の弊害を整理できるようになる。高額なギャンブルが「悪い」のは、ギャンブルにかける時間だけでなく、大半の人物にとっては、労働した対価をも(、つまり有限の時間をも)ギャンブルに消費してしまうからである。ギャンブル依存症は、手持ちの生活資源という観点からみれば、(ソシャゲやグローバルな競争を強いるものを除いた)ゲーム依存症に比べ、生活が立ちゆかなくなる状態に進展する時期が早いのである。なお、生活資源=健康時間という点から世界をとらえる功利主義的姿勢は、『マインクラフト』ならびにその類似ゲームのように、手持ちのリソースがプレイ時間におおむね比例し、また、ゲーム内における様々な生産行為を自動化可能であるというゲームの設計思想を承継した、新たな時代のプロシューマー主義であると言うことも可能であろう。(実際のところ、プレイヤーは、どこまで行っても時間の消費者であって、労働者の地位に留まると見ることも可能であるから、マルクス主義であると理解する意見も成立しよう。)

公営ギャンブル関連財団に多くの天下りがいるという事実は、それら公営ギャンブルの寺銭の割合が高いために批判される材料になってはいる。しかし、その状態は、もしかすると、若い世代にとって、程良い具合に、ギャンブルへの参入障壁となっているかも知れない。本当のところは、深掘りしてみないと分からないが、寺銭の割合が高いからこそ、公営ギャンブルの依存症患者の割合が低く抑えられているという理解は、論理的には成立する。それどころか、マネロンスキームの成立を企む黒幕が、札束でビンタして「きっこ」氏に提灯持ちの記事を書かせたのかも知れない、などと考えることも可能である。こうなると、真のワルは誰だ、という程度の低い競争になってくるので、本稿はこれでおしまいにしよう。


#本稿では、現代の公営ギャンブルが(元々の知己ではない)プレイヤー同士の情報交換を遮断してきたことと、その弊害を考察できていない。これは、次回以降の宿題である。


[1] 公営ギャンブル VS カジノ法案: きっこのブログ
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2016/12/vs-cce1.html

森友学園の完成済み?の校舎は今後どうなるのであろうか

以下は、単なる疑問と当てずっぽうの予想を示したものである。

森友学園疑惑に対する世間の反発は大きく、おそらく、開校を断念せざるを得ないであろうが、そうなると、完成済みのハコモノは、どのように扱われることになるのであろうか。当該物件は、伊丹空港からも近く、高速道路の直近でもある。つまり、交通の便に優れる。学校は、飲食店を他の飲食店に改修するように、「居抜き物件」という形で活用する訳には、なかなかいかない。森友学園の校舎を活用するとなれば、転用が検討されることになろう。校舎として利用する限りは、耐震性も高い良質の建築物であるということにもなろうが、企業がオフィスとして利用するには、水回りや電源回りや防犯設備(扉・壁・窓)を改修する必要がある上、用途によっては、補強まで必要となるであろう。それに、遮音性についての近年の校舎のトレンドは、廊下との一体性を感じられる教室というものである。このため、小オフィスとして、異なる事業者に小区画を提供するためには、遮音性能の優れた壁を入れる必要が生じるため、思ったよりカネがかかるかも知れない。この点を考えると、譲渡されるとすれば、一つの団体・企業体に対して一括する、という形式が適していることになるのであろう。

陰謀論者にありがちな誤りは、何でも関連付けてしまうというものである。とはいえ、一国ひいては世界に大きな影響を与えるような事件は、相互に無関係ではないと理解した方が、よほど理解しやすい構図を得られる。この仮説は、一回限りの近・現代史においては、もはや法則と呼んでも良いほどである。このため、森友学園の校舎の転用先についても、他の重大事件との絡みがあるものとして検討する作業は、何らかの知見をもたらす可能性がある。

他の事件との絡みを考慮した上であっても、学校法人に対して譲渡するという方法が、校舎を最も有効かつ安価に活用する方法であろう。次点は、高齢者介護施設あたりか。病院に転用するためには、より大規模な改修が必要となるであろう。大穴は、ギャンブル依存症患者の自立施設とか、IR施設すなわちカジノそのものとか。本稿が最後の候補を記しておきたいがために用意されたものであるということは、公然の秘密である。大穴と本命の関係も、大阪という土地においては、別に遠いものではない。