独裁者の心性は、おおむね、自身と家族の安寧を求めるもののようである。社会を下から見上げるしか能の無い私からすれば、想像するか、過去の書物を紐解くほか、この命題を追究する術はない。ただ、リアル社会で自身の生き残りを賭けて陰謀を企図し実行する必要があることは、まったく以てストレスフルであろうこと位は分かる。『反マキアヴェッリ論』を著したフリードリヒ2世は、君主の公明正大さを最重要の資質として説いたが、現実には、チェーザレ・ボルジアを超えるかの権謀術数を巡らせ、七年戦争(1756~63年)において、ナポレオンに先立ち、内線作戦を持久的にやってのけている。理想と現実、建前と本音の対比ということになろうか。
独裁者にとって、カネは、部下の忠誠心や兵器と同じく、身の安全を確保するための手段の一つであろう。決して、カネそのものが目的となっている訳ではない。権力者が多大なカネで身の安全を買った歴史的事例としては、たとえば、(私が最初に思い出したものでは、)リチャード1世の十字軍からの帰国途中におけるドイツ捕囚(1192~94)が挙げられようが、これは、十字軍における味方でもあったオーストリア公レオポルト5世に「裏切られた」という点でも、なかなか面白い事例であるように思う。
さて本題;元・日経記者の加谷珪一(かや けいいち)氏は、『現代ビジネス』の『Yahoo!ニュース』記事で、金正恩氏の行動原理をカネであると推定し、金氏自身の口座を凍結すると暴発を招くと述べる中で、田中眞紀子氏についても、末尾の引用のように、中傷と見えるような記述を加えている[1]が、これは、金氏よりも、田中氏への非難を隠れた目的としているものと考えられる。その理由は、記事に示された事実関係に、昨今の情勢を加味すれば、十分に説明できるものである。第一に、加谷氏の記事が、金氏の行動原理を説明する上で、重要な論点の大部分を欠いており、安易な作りである。第二に、衆議院新潟5区への立候補を田中氏が検討していることが報じられている。言い換えれば、北朝鮮情勢について中身がなく、田中氏に対する中傷としてタイムリーに機能する記事は、言論工作としか結論付けようがないものである。
加谷氏の記事には中身がない、と言うのは、件の記事が世に出た形式が商業ベースであるにもかかわらず、以下に示す論点に全く答えるものではないからである。スイスという国名は、(金氏の留学先であったにもかかわらず、また銀行大国であるにもかかわらず、)記事中に一つも出てこない。同国に所在するプライベート銀行が世界中の金持ちから信用されてきており、ここ数年のタックス・ヘイブンに係る機密漏洩被害を免れているという事実を述べてもいない。今朝、報じられた[2]が、中国の銀行政策に関する動向がほとんど述べられていない。2016年2月の北朝鮮による核実験に先立ち、2015年12月末に中国の銀行がいくつかの口座を凍結していることは、『東亜日報』に報道されている[3]。そもそも、金一族の財産がいかなる状態にあり、どこに保管されているのか、概説・推測すらしてくれていない。独裁者たちと国際銀行との共依存的関係という、より重要な社会関係についても、まったく述べていない(。現時点においても、世の中には、複数の独裁政権が存在する。それらの独裁政権にとって、北朝鮮に対する制裁は、人事ではない。ゆえに、銀行が安易にアメリカなどの政府の圧力に屈することは、結果として、預金の流出を招くことになる。これは、一種のジレンマである。陰謀論者の多くは、「全員がグル」という結論を安易に採用しているようであるが、ここら辺の緊張関係こそは、中露が国際秘密力集団との関係を変化させることができた理由の一つであると考えることができる。相互にタマを握っていてこそ、「飴と鞭」は、お互いに対して機能する)。ここらで打止めとしておくが、プロフェッショナル(=カネを貰っている者)には、これ位の疑問には答えてもらわなければならないであろう。
田中氏は、リチャード・アーミテージ氏に対して直接反論したことが公知となっている数少ない政治家である。この一事だけでも、田中氏は、わが国のステイツパーソンであると言いうる。その当人が(、これまた、わが国のステイツパーソンの一人である)鈴木宗男氏と事を構えてしまったことは、わが国では、日本のために尽力する(はずの、政治家とは言えない存在、たとえばフィクサーや官僚のような)黒子が、政治家の利害対立を上手く治められなかったという点で、反省すべき材料である。とにかく、誰がリークしたのか分からないような[4]、何なら捏造かも知れない話を、具体的な裏取りの証拠を提示せずに確定的に記してしまう加谷氏は、果たして、日本国民の味方であるのか。アーミテージ氏と田中氏との関係、加谷氏の記事を並置された場合、「アーミテージ氏に類する存在から田中氏をディスるように依頼されたのだな」と類推することは、自然な論理というものである。
なお、金正恩氏の行動原理は、加谷氏の記事のようなゴミではなく、『ビジネスジャーナル』の掲載する長井雄一朗氏による高英起氏へのインタビュー記事[5]を参照した方が、よほど分かりやすい。
金正恩の行動原理は、考えようによってはシンプルです。金正恩を頂点に、その親族を中心とする体制の安定に尽きます。『ビジネスジャーナル』は、「経済評論家」の渡邉哲也氏(2017年6月12日、2017年9月9日)の「解散風」に係るちぐはぐな解説[6]を載せたかと思えば、もう少し物騒な米朝開戦に係る与党議員の談話[7]を載せていたりもする。渡邉氏の解説が、なぜちぐはぐであるのかは、次のような理由による。製造に係る来歴はともかく、北朝鮮がわが国に向けて核ミサイルを撃つことができることは、現時点においても確定的である。このため、安倍晋三氏が解散に踏み切るとすれば、その理由は、日朝関係だけを考慮した訳ではなく、米朝関係をも考慮した結果ということになる[7]。(2017年9月10日にも、少しだけ言及したが、)アントニオ猪木氏は、武貞秀士氏を帯同して北朝鮮の外交委員会委員長の李洙墉(リ・スヨン)氏と面談した[8]が、帰国の途において、来年の建国祭までにミサイルが完成する見込みであると推測していた。米国へ北朝鮮のICBMが到達することが誰の目にも明らかになったことが衆議院解散の契機となるとすれば、そのタイミングは、来秋までの間、いつでも構わないということになる。右翼であるように装う渡邉氏は、実のところ、とてもアメリカに配慮した発言を提示したことになる。以上が、ちぐはぐであるという理由である。逆に、米朝開戦が12月に控えているという話まで出てくるのであれば、それは、話の筋が通ることになる。『ビジネスジャーナル』は、『トカナ』も擁する『サイゾー』系列であるから、これらのニュースの個別の真偽はともかく、苫米地英人氏の好みや洞察も反映されているということであろう。ただ、渡邉氏個人の中で、以上の情報が統合されて提示されていない点で、すでに、読者は、渡邉氏の見識を疑っても良いということになる(。誰かから提供されたネタをそのまま横流ししているものと観ることも、あながち否定できない)。
なお、ここで事実(と思われた話)を並置して真意を唆すという方法は、加谷氏の採用した方法と、全く同一である。何だかヘッドセンテンスだけでは、納まりが悪いので、オカルト的なジョーク?で締めておこう。苫米地氏は(科学を利用して)現代の魔術師と呼ぶにふさわしい実績を達成している。加谷氏までを現代の呪術師の一員に加えるのであれば、私も解呪者の末席に座すことになろう。
[1] 金正恩氏の「海外資産」にだけは触れてはいけない (現代ビジネス) - Yahoo!ニュース
(加谷珪一、2017年9月14日8:00)
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170914-00052887-gendaibiz-int&p=3
資産家〔...は、...〕資産を保全するための努力や苦労は惜しまず、非情な措置も躊躇なく決断する。
〔...略...〕
かつて田中真紀子氏は「世間には敵か家族か使用人の3種類しかない」と評したことがあったが、これもある種の資産家的な思考回路といってよいかもしれない。
[2] 中国で北朝鮮口座を全面凍結
(北京=共同通信、2017年9月23日02:04)
https://jp.reuters.com/article/idJP2017092201001914
中国の四大銀行である中国銀行や中国工商銀行などが、中国人民銀行(中央銀行)の指示を受けて、中朝貿易の約7割が通過するとされる遼寧省で北朝鮮の企業や個人が所有する口座を全面凍結したことが22日、分かった。複数の銀行当局者が共同通信に明らかにした。
[3] 中国の大手銀行、北朝鮮口座を凍結 : 東亜日報
(丹東=ク・ジャリョン、2016年2月22日07:15、更新2016年2月22日07:20)
http://japanese.donga.com/List/3/03/27/525958/1
中国の銀行最大手、工商銀行の遼寧省丹東分行など中国東北3省の一部の銀行が、北朝鮮人名義の口座に対する中国人の入金と口座振替のサービスを昨年〔#2015年〕12月末から停止していることが確認された。18日の米国の北朝鮮に対する超強硬制裁法が発効される前に下された措置で、〔...略...〕
[4] 田中眞紀子氏が「世の中には、敵と、家族と、使用人と、三種... - Yahoo!知恵袋
(rosachinensis22、2014年12月2日05:05:06)
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10138927920
金美鈴さんの書かれたコラムを見ると、〔...略...〕「朝日新聞」2001年6月7日付とでておりました。しかしこれはどこから出た話なのか?乱暴な言葉ですが、正直、官僚に対しては捩じ伏せるような対応も時には必要と思われます。おそらく外務省から報道機関へのリークではないでしょうか?
[5] 北朝鮮と米国、お互いに軍事攻撃できない可能性 | ビジネスジャーナル
(長井雄一朗、2017年09月18日)
http://biz-journal.jp/2017/09/post_20618.html
[6] 安倍首相、北朝鮮の脅威増長のなか衆院選強行の「暴挙」の事情 | ビジネスジャーナル
(2017年09月19日)
http://biz-journal.jp/2017/09/post_20647.html
任期満了が近づくにつれて解散のカードは効力が弱まるため、来秋あたりがタイムリミットだった。しかし、年明けの1~3月は予算編成があるため解散はできない。さらに、北朝鮮情勢は悪化することはあっても改善する見込みは小さく、〔...略...〕来年のほうが危険度は高まる。
[7] 12月以降に北朝鮮を軍事攻撃、米国が安倍首相に伝達で衆院選前倒しか…有事想定で準備か | ビジネスジャーナル
(2017年09月20日)
http://biz-journal.jp/2017/09/post_20652.html
〔...略...〕ある与党議員は語る。
「安倍首相が早期の解散総選挙を決心したのは、トランプ米大統領側から『12月以降、北朝鮮を攻撃する』と内々に連絡を受けたからだといわれています。〔...略...〕
[8] 北朝鮮「制裁を増やせば実験も増やす」 猪木参院議員の訪朝で労働党副委員長語る : J-CASTテレビウォッチ
(2017年9月12日15:33)
https://www.j-cast.com/tv/2017/09/12308193.html
猪木議員と武貞教授らが面談した相手は、すべての外交を取り仕切る外交委員会委員長のリ・スヨン北朝鮮労働党副委員長。
〔...略...〕
「制裁や米韓軍事演習は北朝鮮の生存権を犯すものであって、それが続く限りミサイルや核の実験を続けていく。〔...略...〕
2017年9月25日訂正
抜けていた参照文献への言及部分を追加した。
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