2016年9月23日金曜日

フィリピン共和国における「麻薬戦争」は、真の戦争へと発展する危険性を有していた(メモ)

 フィリピンにおける「麻薬戦争」には、本来の意味での戦争の端緒となり得る行為が含まれている。一つは、外国機関等のテロ組織への資金注入を通じた、麻薬流通への関与であり、もう一つは、違法に他国民を殺害するという行為である。これら二点のうち、前者をふまえた論評は、今のところ、「陰謀論者」と誹謗されたことのある者にしか見当たらない。ミンダナオ島からの米国軍事関係者の撤退を要請するドゥテルテ大統領の発言(とされる内容)[1]は、検証材料と批評能力に事欠く状況であるが、わが国における有名な「陰謀論」コンテンツである「M資金」の元にもなったとされる貴金属にも関わる話であると同時に、麻薬問題にも直接関連する話である。


 フィリピンの麻薬戦争に関連して、11日未明にオーロラ・モイニハン氏(Aurora Moynihan)が街頭で殺されているのが発見されたという20日のニュース[2]は、我々一般人には与り知らぬところで、戦争の危険が生じていたことを後になって提示するものである。BBCは、被害者の父親と家族についておおむねのところを網羅する記事を20日中に伝えており、とりわけ、父親の履歴と稼業については、詳細に報じている[3, 4]。オーロラ・モイニハン氏は、英国人男爵家の三代目であるアントニー・モイニハン氏(Antony Moynihan)とフィリピン共和国のカンボジア大使の娘であるルース・デ・ラ・ロサ・フェルナンデス(Luz de la Rossa Fernandez)氏との間に、1971年にフィリピンで生まれた、英国とフィリピンの二重国籍者であった[4]。CNNは、和文で、11日未明にオーロラ氏が発見されたことを報じているほか、父親の稼業についても言及している[2]

 オーロラ・モイニハン氏の殺害事件は、戦争の原因ともなりうる危険なものであった。本事件は、おそらく、政治的に解決された後で、「報道のルール」を熟知した報道局によって、冷静なトーンで報道されたのであろう。その際、故人の家族についての報道は、現男爵の名声に対しても勿論であるが、英国や西欧諸国(の麻薬対策)に対してもダメージが軽減されるよう、同時に、この事件を国際問題化しないために必要十分な内容を与えるものとなるよう、調整されたのであろう。なお、当人に先入観を抱かせるかの報道は、慎重に回避されている。

 南シナ海への人的関与、つまり「航行の自由」作戦への参加は、以前の記事で指摘した(リンク)ように、わが国のハードランディングシナリオにも転化しかねない話であった。この点、わが国は、期せずして、BBCの冷静な論調から恩恵を受けたことになる。フィリピンと英国は、紛争を回避したと見て良いであろう。フィリピンの麻薬対策をフックとする西洋諸国と中露との対立に、わが国が巻き込まれる危険は、やや減じられたことになる。人為的に作り出された緊張関係の元で、日比関係や日英関係を模索する危険を冒す必要がなくなったという点で、わが国は、英・比両国から間接的な恩恵を受けたと解することができる。



 従来の英語・日本語のマスコミ報道がドゥテルテ大統領非難の一色で染まっており、しかも、今後も記事における事実認識が同一になるという見込みがあれば、マスコミ人が右へ習えとばかりの記事を執筆することは、メカニズムとして理解はできることである。しかし、6日の報道を検討する中(リンク)で、慎重な書きぶりを示す記者もいることが示されている。タガログ語を理解する(と見なせる)複数の発信者により示された2点の記事は、明らかに英語・日本語マスコミの報道の大勢とは異なり、ドゥテルテ大統領の言動が記者を叱り飛ばしたものであると報じるものである。つまり、当時の報道は、英語・日本語マスコミが何らかの別の動機に基づき駆動していた証拠と見なすことが適当である。

 ドゥテルテ大統領の5日の発言に対する6日の大マスコミの報道の大半は、大マスコミの報道に事実関係に係る表現の揺らぎが見られるがゆえに、私のように一民間人にも発見できる程度の言論工作であった。本来、この結論は、マクロ・ミクロを問わず、比日関係に影響が出ない限り、大マスコミやその記者たちが自身の記事に責任を持てば良いだけの話である。付け加えれば、この検証結果により、マスコミに公正な市場原理が機能すれば、意図的な誘導をなした社が自然と淘汰されるはずである。このような競争が機能していないことは、大マスコミの報道がカルテル化していると見なされることにもつながる。

 これに対して、11日未明のモイニハン氏の殺害事件についての20日の報道は、入念に準備されたことを一種の工作と見ることもできるとはいえ、許容されることでもあろう。複数の国の国民益にとって、より大きな悪を避けるためであり、故人を悼むこともできるようにという配慮をも用意したためである。その一方で、わが国での受容のされ方は、Yahoo!ニュースのコメント欄などに見るように、大衆感情を剥き出しにしたものであった。記事を用意した側の鴻鵠の志は、わが国の大勢には伝わらなかったということであろう。

#いくつかの掲示板などにおける言論工作の質を見れば、おそらく、本報道に対するYahoo!コメントについては、政権側からの仕込みがないものと推定される。このため、コメント主が言論工作に関与しているか否かを問わず、Yahoo!ニュースのコメント欄は、日本語話者の見解をストレートに反映するものと見て良いであろう。コメント欄に書込むというフィルターが作用しているものの、本事件について、一部の日本人がコメントに示された考えを持つと理解することは、それほど誤りではないということになる。当然、そのコメントと同様の考え方を有する日本人の比率がいかなるものであるかは、本ブログで散々指摘しているとおり、慎重な検討が必要である。


 このように回避された危機の形跡を読み取ることができるにつけ、わが国の大マスコミが同種の危機に際してまともに機能するのか否かは、随分と心許ないところがある。可能性はゼロではないが、このような危機は、確実に回避される必要があるためである。危機に際して、最高の知性による最高のパフォーマンスというものを、わが国では一部の組織についてであっても、期待することはできるのであろうか。「確実に」回避されることは、期待できないであろうが、それでも、多少の望みがあるということではないか。これ以上の答えらしきものは、本ブログの方々に示しているので、繰り返さないことにしよう。




 いち研究者が麻薬(や賭博や風俗や銃器)という一大分野を同時代的な社会問題として取り扱うことの難しさは、これらの社会問題と連関する「裏の動き」を的確に把握することの難しさに起因する。「裏の動き」は、「表社会」の「裏の動き」と「裏社会」の「活動」の双方を包含する、くらいに考えておけば良い。よく勉強していないマスコミ人も、同様の難しさに知らずに直面しつつ、情報を受信・加工・発信しているはずである。自覚の有無によらず、報道人の言動は、これらの社会問題を取り巻く勢力に何らかの影響を与えていよう。

 事実に係る情報を流通させるという業務目的を有するマスコミ関係者であればともかく、「裏の動き」を踏まえずに、学究の徒が迂闊な発言をなすことは、大抵、自身の評判を傷付けるだけに終わる。本稿が「麻薬戦争」の素描に失敗していると読者に判定されるならば、私は、この好例に該当することになる。それゆえ、大勢の身分ある学術研究者の態度は、よく知らないことには手出しをしない、というものとなる。もっとも、3.11後のわが国の言論プラットフォームは、壊れきっているので、例外的であるはずの「迂闊なアカポス」が多数徘徊する戦場となっている。ともあれ、これら一大分野についての専門的な研究者が少ないのは、「裏の動き」を把握し、検証することが部外者には困難であるという、定性的な要因に基づく結果である。

 しかしながら、以上に見るようなわが国のマスコミの世論誘導機能について、関連する分野の学術研究者は、今後の司法のプリンシプルの動向にも影響を与えるがゆえに、論評などの形であっても、今のうちに、考え方だけは世に問うておくべきである。ドゥテルテ大統領の麻薬対策は、世界の大勢が、従来からのG7型の社会とは決別する方向にあることを示唆するものである。司法のプリンシプルは、ドゥテルテ氏に代表されるような一国のリーダーが続出することにより、影響を与えられるものと認められるからである。従来のG7型の社会における司法のプリンシプルとは、一言で言えば、リアリズムに基づく二枚舌であった。「司法機関が行う悪事は、バレなければ構わない」というものである。これに対して、すでに台頭し、これから主流を占めるであろうプリンシプルとは、「司法機関の行為は、その目的が国民の支持を得れば正当化される」というものである。実のところ、後者のロジックは、先進諸国の代表と見なされてきたアメリカにおいても、愛国者法の制定以降、テロ対策の名の下、国民への多くの違法行為について適用されてきたものである。この論理もまた、リアリズムに基づくものである。

 フィリピンにおいて支持されている新たな形のポピュリズムは、西洋における知の蓄積をふまえれば、法の精神が遵守されない、危ういものに見受けられていることであろう。しかしながら、対外情報機関が長期間にわたり麻薬取引を資金獲得手段としてきた点を無視し、西洋先進諸国の学識経験者が法の精神を説くとすれば、このような偽善的な意見に対する反発が生じることにも、十分な理由があると言えるであろう。自国における二枚舌を批判する者であるならば、フィリピンの麻薬政策に対しても、異議申立てを行う資格があるという主張は、一定の説得力を有する。それに、現時点のポピュリズムが現時点のテロ対策とリンクしている以上、今後の情勢の推移に応じた「終戦」の見込みも、現実的なものであろう。

#論理展開を大変省略することになるが、個人的には、愛国者法が時の子ブッシュ政権に対して適用されていれば、現在のアメリカの凋落はなく、少なくとも3.11以後のわが国の混迷もなかったであろうと考えるだけに、同国におけるテロ対策の問題点は、法の下の平等にこそあったと思うところである。無論、わが国の難点も、法の下の平等にこそある。

 しかしわが国では、これから後も、学術の現場から、マスコミや自国の政界に対しても批評精神を発揮する、的確な考察が出ると期待することは、麻薬対策という分野については、難しいことである。この検証作業が学術論文として認められるものになれば、着手する者も現れようが、決してそうはならないであろうからである。誤りや偏向を断定的に指摘できることは、学術関係者という身分を享受する者の本来の強みである。ミスリーディングな報道は、中立公正な検証を自称する民間組織によってではなく、複数のルートによって是正されるべきであろう。

 以上の私なりの考察は、「世の中の仕組みがこうである」という〈理解〉にまでは(稚拙ながらも)及んだつもりであるが、他方で、「世の中の仕組みは、こうあるべきである」という〈信念〉の形成には達しないものである。また、学術研究者の論評の答えは、「分からない」というものであってもかまわないが、それは恥ずかしいことでもある。なお、学術研究者の沈黙は、社会にとっての「分からない」と同義ではある。




 話題の中心にあったはずの、フィリピンにおける麻薬対策は、大きな事件や国際情勢が前提条件として機能しているがゆえに、他国民、特に米日の両国民等にとって、正当に論評することが難しい主題となっている。
  • アブ・サヤフとアル・カイダとこれら組織を支援した機関の関係
  • 第二次世界大戦時にわが国が米国からフィリピンを奪取して占領したこと
  • わが国の戦時の隠匿資産がミンダナオ島にあると噂されること
  • 隠匿資産の原資を構成するのが中国大陸からの接収資産であるとされること
  • フィリピンに長らく米軍が駐留してきたこと(経緯は別稿で整理予定)
  • プラザ合意が暴力団の海外進出を加速したと見られること
  • 南シナ海において比中両国の主張に対立が見られたこと
のそれぞれが、フィリピンにおける麻薬問題とその対策とに影響を与えていると見るべきである。構築主義的観点に立てば、プラザ合意以降の国際政治が麻薬問題に与えた影響は、暴力団やテロ組織の動向を奇貨として、彼らを先兵とするポストコロニアリズムの表象として見ることも可能である。特に、プラザ合意以後と見ることのできるヤクザの海外活動については、フィリピンや中国を当事者として含まず、日本(のエスニックマイノリティ)や米国を当事者として含むためである。

 フィリピンは、中国に倣い、麻薬によって国を失わないための厳格主義へと舵を切っている。フィリピンにおけるシャブの蔓延に至る過程には、日本・アメリカ等の一部国民の歴史的な関与が認められる。このとき、「不都合な真実」を知らせないよう、日本の大マスコミが活躍して嘘を吐くのは、現今の政権下では平常運転である。ただ、日本の大マスコミ情報だけが流通するだけでは、日本は、国の行く末を誤るばかりである。


[1]「米軍出ていけ」…ドゥテルテ大統領、再び波紋 : 国際 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
(台北=向井ゆう子、2016年09月13日07時16分)
http://www.yomiuri.co.jp/world/20160912-OYT1T50084.html


[2]フィリピン麻薬戦争 英国人貴族の娘が射殺される (CNN.co.jp) - Yahoo!ニュース
(署名なし、2016年09月20日19時07分 JST)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160920-35089339-cnn-int

[3]British baron's daughter killed in Philippines amid drug war - BBC News
(署名なし、2016年09月20日08時48分 GMT)
http://www.bbc.com/news/world-asia-37415500

[4]Moynihan family's history of drugs, scandal and power - BBC News
(署名なし、2016年09月20日14時49分 GMT)
http://www.bbc.com/news/world-asia-37418099

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