2016年10月26日水曜日
(メモ)TPPには大麻取締法の明記がないが大麻製品の関税は撤廃される
なお、続報では、使用者の一人が使用を認めたと報じられているが、逮捕された有名人は認めていないともいう。現時点でマスメディアが競い合い、報道の洪水を起こすことは、有罪であるかのような印象を視聴者に与え、後戻りのできない風評被害を容疑者に対してもたらすことになる。即断は慎まなければならない。この点を考慮して、現時点ではマスメディアへのリンクを張らない。また、現時点の本ブログの影響力は極小化されているので、本記事の公開が被疑者への現時点における中傷に荷担するということもないと判断する。本記事における私の批判の矛先は、もっぱら、TPPに係る重要論点を報道しない、マスメディア報道のみに対して向けられている。
この事件がロドリゴ・デゥテルテ比大統領の訪問日に報道されたことは、逮捕日がいつであるのか明確に示されていないという点から見ても、示唆的である。わが国においては大麻も許さない、という厳罰姿勢を示して友好性を強調するという側面も、否定しきることはできないであろう。我ながら、いつもの考え過ぎであるようにも思えるが。
容疑者が無罪であると判明した場合、本件報道は、大麻の大幅な規制緩和の論拠のひとつに利用されるであろう。安全性に対して取締りが過重であり過ぎたために、今回の誤認逮捕が生じた、というロジックが利用される可能性が認められるのである。大麻の危険性または安全性については、今回も立ち入らないが、メディア上のイメージ操作が本件報道を通じて行われるという点については、指摘しておく。
なお、TPPの「譲許表」[4a, 4b]つまり関税撤廃リストには、大麻草自身や大麻由来の製品がいくつか含まれるが、吸引用と認められる物も含め、全製品の関税が撤廃される。従来から「無税」の枠に含まれるものもリストに含まれている。このリスト入りの理由は、私には調べ切れていない。つまり、輸入が禁止されていたためであるのか、元々関税がないためであるのかの区別は、まだ付いていない。
[1a] Annex I Japan (英文、Chapter 10, Annex I Cross-Border Trade in Services and Investment Non-Conforming Measures, Party-specific Annexes)
(作成2016年01月20日10:35:42)
http://www.mfat.govt.nz/downloads/trade-agreement/transpacific/TPP-text/Annex%20I.%20Japan.pdf
[1b] Ⅰ.附属書Ⅰ 投資・サービスに関する留保(現在留保)(日本国の表)【PDF:559KB】
(作成2016年03月08日19:43:51、変更2016年03月09日00:34:34)
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/naiyou/pdf/text_yakubun/160308_yakubun_annex01-2.pdf
[2a] Annex-II.-Japan.pdf(英文、Chapter 10, Annex II Cross-Border Trade in Services and Investment Non-Conforming Measures)
(作成2016年01月20日10:35:42)
https://www.mfat.govt.nz/assets/_securedfiles/Trans-Pacific-Partnership/Annexes/Annex-II.-Japan.pdf
[2b] Ⅱ.附属書Ⅱ 投資・サービスに関する留保(包括的留保)(日本国の表)【PDF:388KB】
(作成2016年03月08日19:45、変更2016年03月09日00:43)
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/naiyou/pdf/text_yakubun/160308_yakubun_annex02-2.pdf
[3] 大麻取締法
(昭和23年7月10日法律第124号、最終改正:平成11年12月22日法律第160号)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S23/S23HO124.html
[4a] 2-D: Japan Tariff Elimination Schedule (英文、Chapter 2, Annex 2-D: Tariff Elimination, Party-specific Annexes)
(2016年01月27日18:58:43)
http://www.mfat.govt.nz/downloads/trade-agreement/transpacific/TPP-text/2-D.%20Japan%20Tariff%20Elimination%20Schedule.pdf
[4b] ・附属書2-D(日本国の関税率表:譲許表)【PDF:10,188KB】(和文)
(作成2016年03月08日19:00:25、変更2016年03月08日23:39:30)
http://www.cas.go.jp/jp/tpp/naiyou/pdf/text_yakubun/160308_yakubun_02-3.pdf
2016年10月25日火曜日
(メモ)ブログ説明文の変更とレイアウト
ただ、説明文を変更しても、本ブログがモバイル端末向けであるとは言えない。私の文章は、iPhoneの画面の横幅では非常に読みにくい。一つの文章が長いためである。トピックセンテンス(主題文)の多くが複文であることも問題である。ただ、主題文の複雑さは、扱う話題ゆえのことでもある。約40文字の幅で文章作成していることも、文章の長さに影響していよう。
作業に併せて、タイトルのCSSを変更した。タイトルの空隙が多くなったためである。タイトルの空隙は、次の作業で縮めることができる。『Blogger』のダッシュボードから、
- 「テンプレート」メニュー(▽ボタンから)
- 「カスタマイズ」ボタン
- 「上級者向け」メニュー
- 「CSSを追加」メニュー
.titlewrapper {
position: relative;
height: 1em;
}
.descriptionwrapper {
position: relative;
height: 1em;
}
.Header h1 {
top: -0.25em;
font-size: 400%;
}
最後に、当初の説明文を引用しておく。説明文には、変更履歴がないので、いつ変更したのかが分からなくなる。自身による履歴を記憶できない性質なので、記事に併記しておくことにした。
専門の計量犯罪学的な手法に係る話をかなり適当に記します。日本社会が大きく変わろうとしている現在、専門外の事柄にもふれないわけにいきませんので、勉強がてら、メモを取ります。役に立つ程度まで仕上げた統計ソフトウェアR用のスクリプトもあります。
文章は、大体パラグラフリーディング(段落読み)ができます。段落の最初の文だけ追って読めば、大要がつかめます。
※1 ただし、インデックス登録数の急落の原因は特定できていない。ググってみると、いろいろな要因が考えられるとのことであり、ほかに思い当たる作業がない訳ではない。
[1] AMPとは | A~Z [SEO HACKS]
http://www.seohacks.net/basic/terms/amp/
[2] Google ウェブマスター向け公式ブログ: AMP について #AMPlify キャンペーン スタート!
(2016年9月13日)
https://webmaster-ja.googleblog.com/2016/09/what-is-amp.html
[3] Repositioning Blogger Title and Description | Southern Speakers v3.0
(Yoga、2010年12月11日)
http://www.southernspeakers.net/2010/12/repositioning-blogger-title-and.html
[4] Reducing The Header Size in Blogger – John Pile Jr
(John Pile Jr、2013年01月20日)
http://prof.johnpile.com/2013/01/20/reducing-the-header-size-in-blogger/
[5] Bloggerの本文見出しをカスタマイズする - デジタル小噺
http://ryoh1212.blogspot.jp/2012/10/blogger.html
2012年10月15日
2016年10月24日月曜日
続・不正選挙に係る落ち穂拾い
調査設計の重要性と選択バイアス
サンプリングの不味さから生じる選択バイアスは、予測を大きく外すことになる主要な原因である。選挙予測に係る選択バイアスの有名な事例は、リテラリー・ダイジェスト社による、1936年アメリカ大統領選挙の予測が挙げられる。この失敗とは対照的に、ルーズヴェルト大統領の当選予測により、ギャラップ社は躍進した※1(と日本語では見做されている)。この教訓が世に知られているはずの今でも、多くの選挙予測(めいたもの)が選択バイアスを軽視していることは、前稿(2016年9月30日)で触れたとおりである。調査に先立ち問題の構造化が大切であるという理解は、決定的に重要である。別記事で紹介した(2016年10月14日)林知己夫氏の『調査の科学 社会調査の考え方と方法』(1984年)や『計量行動学序説』(1993年)、丹後俊郎氏の『統計学のセンス』(1998年)は、この作業の大切さを指摘している。イアン・ハッキング氏は、統計学的手法を利用する場面の全体を、「モデリング」とこれに引き続く「データ分析」に二分して、前者の重要性を指摘している。ハッキング氏の理解は、林知己夫氏による非標本誤差の説明を加味することにより
- モデリングの段階では、非標本誤差をデータ分析に乗る状態に留めること
- 後のデータ分析の過程では、非標本誤差は前提条件となるので、これをふまえた考察を行うこと
非標本誤差の存在は、統計学を多少は理解しつつも、主題とする専門分野に詳しい研究者の必要性を明らかにする。同時に、統計学者もまた、それらの専門分野に存在するはずの非標本誤差を良く理解して、専門的な見地から非統計学者の統計学の誤用を気兼ねなく検討すべきである。つまり、自由に物を言える環境が必要である。このとき、非統計学者が統計学的手法を誤るにしても、古典的な方法を使い続けているなどの統計学上の誤りを犯す方が、非標本誤差を無視することに比べれば、統計学者から見れば、許容されるべき誤りかも知れない。その反面、非標本誤差の見落としは、その専門領域に即してとらえなければならない分※3、厄介であろう。
選挙関連調査に係る非標本誤差と選挙報道の責任
選挙の事前に行われる情勢調査は、読者の投票行動を通じて、選挙結果にも影響するため、その結果を分析するにあたっては、この影響まで見据えた慎重な表現が必要とされる。本番前の選挙予測に対しては、多くの現象が発見・命名されており、選挙報道に対する批判にも、それら研究由来の概念が利用されている。この成果を利用すれば、悪事すら企図できよう。例えば、勝ちそうな候補に便乗するというバンドワゴン効果は、勝たせたい候補が多く含まれるように調査を行うことにより、勝たせたい候補に有利な結果を示すという形で利用できる(2016年9月30日)。もちろん、調査方法まで確認する慎重な読者ならば、調査主体による誤魔化しを一目で見抜くことができるが、ここまで調べるマスメディアの読者は、それほど多くはない。これは、選択バイアス、つまり、調査設計に不備があるために生じた系統誤差(非標本誤差の一種)を悪用した方法である。出口調査は、当該の選挙に対して何らかの動きを与える訳ではないが、それでも、注意深く分析される必要がある。選挙予測と同様、調査方法をふまえて解釈されない限り、次回や将来に向けての禍根を残す結論を導く虞がある(2016年7月11日)ためである。また、ある政党の支持候補がその政党の支持者によって指示されなかったと報じることは、その政党内部に対立をもたらし得る。2016年8月1日の読売新聞の出口調査は、共産党や公明党といった「熱心な」政党の支持者までもが小池氏に投票したことを伝えたが、この報道は、「犯人探し」をこれらの組織票を抱える政党に対してけしかけるものである。これらの理由から、出口調査もまた、非標本誤差やその他の影響について、注意深い検討を加えられる必要がある。
そもそも、マスメディアの読者は、当該分野を十分に知る多数のプロフェッショナルによって、的確に要約された情報を期待して、マスメディア情報を購買していると考えられる。これに対して、非標本誤差を考慮せずにマスメディアが選挙報道を垂れ流すことは、ほとんど企業犯罪・権力犯罪である。例としては、CNNの杜撰な調査を日本語マスコミが出典を省略して引用したことが挙げられる(2016年9月30日)。読者は、原典に当たらなければ、クリントン氏が大優勢と誤認したであろう。
マスコミが非標本誤差を悪用して生じさせた誤解を詳しく分析することは、統計学を利用する個別の研究分野である犯罪学の知見に、一つの事例を積み上げることになろう。新古典派の犯罪学の根幹をなす日常行動理論(routine activity theory)から見ると、犯罪企図者であるマスメディアによる虚報や誤報は、潜在的な被害の対象となる読者・視聴者のリテラシーや、そのリテラシーを左右する学識経験者等により、軽減可能である。学識経験者等、マスコミに関わりの薄い人物の解説は、日常行動理論にいう「有能な保護者(capable guardians)」となり得る。この最後の要因は、読者からの信頼を必要とするものであり、これらの人物による介入は、総じて、新聞やテレビという虚報を流す当のメディアには掲載されないか、されたとしても陰謀論として根拠なしにラベルを張られるという構造が認められる。このため、マスコミによる誤報の被害の予防には、被害者たり得る読者・視聴者のリテラシーが第一に重要となる。日常行動理論の構図こそ当てはまるものの、その予防・抑止は、わが国のように、マスコミが寡占状態にある中では、なかなか難しいというのが実情である。
選挙結果そのものの公正性への疑問
選挙結果そのものに対しても、選挙開票・読取機器を通じた不正の虞を見出すことが可能である。本点は、犯罪の予防という観点から見ると、一民間企業が外部の検証を入れずに旧来の技術を利用し続けており、ほかの方法による副次的な検証も見られないことから、十分に疑惑を持たれる状態にある。また、立会人の映像撮影が不許可であったり、開票所の一般人の立会い場所からの映像が結果全体と明らかに異なる傾向を示すという実例もある。複数の調査と投票結果との不整合は、本ブログで示してきたとおりである。
公職選挙は、効率性ではなく、公正性を追求すべき公務である。投票箱の南京錠の交換費や人件費を含め、公職選挙に係る資機材に対しては、より正当な費用が支弁されるべきである。また、選挙開票・読取機器を抜き打ち検査する第三者機関が存在して然るべきであるし、開票作業に係るトランザクションは、すべて後世の検証に耐えられるように整備されていて当然である。しかし、これらの規範的観点に基づく技術上の指摘は、さしたる理由によらずに陰謀論と誹謗されることさえある。
不正選挙という概念は、2016年アメリカ大統領選においても大きな話題となっているが、この話題に対するとらえ方は様々である。先に紹介した選挙予測の老舗となったギャラップ社は、近年の選挙に対する18歳以上のアメリカ居住者に対する電話調査を実施しており、およそ6割が開票結果を信頼していると回答したことを報告している[1]。選挙の内実はどうあれ、脆弱性がある限り犯罪の虞があると考えることは、犯罪予防政策の基本である。それゆえ、この脆弱性が悪用される可能性を追求し、既存の選挙に対してもその危険性をゼロではないと認めることは、民主主義の根幹を保護するために必要な作業である。
ところで、本記事の執筆にあたり、賛否両論ある話題について資料を収集し提示する『ProCon.org』において、電子投票機器に対する賛否がまとめられている[2]ことに、遅まきながら気が付いた。相当な人数の論者の論点がまとめられている。私も述べたが「プロプライエタリな機器を信頼することはナンセンス」という話は、(私自身は新規性を主張していなかったとはいえ)Nathaniel Polish博士の言(『Forbes』2012年11月6日号)として紹介されている※4。なお、同サイトにおいて、私の意見は、星一つで評価されることになると申し添えておく。
実は、本ブログでは、『WikiLeaks』ならびにそこに示される流出書類は、扱いきれないものと考え、このサイトにはメタにしか言及してこなかった。公開の方法・時期に、手続き上のリソースや労力を超える程度の作為が認められると判断したためである。分かりやすい最近の事例でいえば、最初がパナマで、次は英連邦の一員であるバハマというところに、あまり感心できないものを感じてきた。現在のシリアにおける戦争やアメリカにおける政争はやるかやられるかという状態にあり、戦争屋が相当のルール違反をしていることも周知の事実である。ヒラリー・クリントン氏の陣営に対抗する側が合目的的に振る舞うことは、許容されて然るべきであろう。ただ、このとき、『WikiLeaks』に公開された米国公電を大々的に利用して、日本人である私が何らかの知識を日本語で産出することは、善と呼べることであろうか、という問題意識からどうしても脱却できないのである。
『thegatewaypundit.com』というサイトに掲載された記事[4]は、『WikiLeaks』に掲載されていた元の公電[5]を都合良く解釈するものであり、誤報と呼べるレベルのものであるが、この一方で、公電は良く整理されていて、この件についての知識の宝庫と呼べる。しかし、この電子投票機器に係る総合的な知識は、元々、人類の共有財産と呼べるものであろうか。無法な戦争屋が相手といえども、この知識の利用は、2031年まで待つべきではなかったか、と思えて仕方がないのである。他面、JFK暗殺の事実が通常のルールを超えて2030年にしか開示されないことに、私は大いに疑義を呈する。オバマ大統領がこの経緯や9.11に係る経緯を全面的に開示するのであれば、最後の大仕事となろう。もし実現されるとすれば、賛辞を送りたい。とにかく、『WikiLeaks』については、当面、メタにしか触れないようにしたいと考えている。
※1 この事例自体については、別記事において述べた悪意ある構図(2016年08月19日)とまでは言えないが、留意すべき事項が存在する。
※2 過去に、この部分に係る批評で、ハッキング氏の分類に対しての異議申立てを読んだ記憶がある。『偶然を飼いならす』以後のハッキング氏の訳書についての書評であると思うが、それ以上の材料が残っていない。
※3 「犯罪の件数」を論じる際に最も注意すべき非標本誤差は、犯罪認知件数が警察の認知した件数を指し、暗数を含まないこと、というものである。この理解を無視した研究は、いくら上等な手法を用いていても、大目に見ることができないものである。
※4 同サイトにおいて利用されている理論的専門性ランキング(Theoretical Expertise Rankings、星1~5つによる評価)[3]は、8割合っていれば良いという観点で作成されたシステムであるとのことだが、単に論者をいくつかのカテゴリに分類すれば良かったのではないかとも考える。(カテゴライズする利便性は認められても、序数化する必然性がない。)電子投票機器に対する同一の非検証性は、Voters UniteやVerified Voting Foundationといった団体(advocates)によっても指摘されているが、『ProCon.org』は、これらの団体に星一つを付している。同サイトの運営法人もNPOである以上、星一つなのではという疑問もあるが、それは措こう。有用なサイトであることは間違いなさそうであるためである。
専門性が犠牲にされても私益が優先される社会においては、専門性は意見の評価に役に立たない。また、意見の部分的な引用は、コンテクスト全体の見通しを悪くする(これは上掲サイトに評価方法の瑕疵として取り上げられていた)。発言状況は、多少補足されているが、各人の専門分野・利害関係が併せて提示されていない。提示された意見を評価するには、同サイトを入口として、本人の言動をもう少し把握する必要があると言えよう。
[1] About Six in 10 Confident in Accuracy of U.S. Vote Count | Gallup
(Justin McCarthy、2016年9月9日)
(http://www.gallup.com/poll/195371/six-confident-accuracy-vote-count.aspx)
[2] Do Electronic Voting Machines Improve the Voting Process? - Voting Machines - ProCon.org
(2013年2月8日11:24 PST)
http://votingmachines.procon.org/view.answers.php?questionID=1290
[3] Theoretical Expertise - Voting Machines - ProCon.org
http://votingmachines.procon.org/credibility-ranking.php
[4] Wikileaks: Soros-Linked Voting Machines Now Used in 16 States Rigged 2004 Venezuela Elections
(Jim Hoft、2016年10月22日08:43)
http://www.thegatewaypundit.com/2016/10/wikileaks-soros-linked-voting-machines-now-used-16-states-rigged-2004-venezuela-elections/
[5] Cable: 06CARACAS2063_a
(2006年07月10日)
https://wikileaks.org/plusd/cables/06CARACAS2063_a.html
以下、リンクはいずれもNDL-OPACへのもの。
林知己夫, (1984). 『調査の科学 社会調査の考え方と方法』(講談社ブルーバックス), 東京:講談社.
林知己夫, (1993). 『行動計量学序説』(行動計量学シリーズ1), 東京:朝倉書店.
丹後俊郎, (1998).『統計学のセンス デザインする視点・データを見る目』, 東京:朝倉書店.
イアン・ハッキング氏の論文は、次のもの。
Haking, I., (1984). Historical Models for Justice: What is Probably the Best Jury System?, Epistemologia VII, pp.191-212.
2016年10月23日日曜日
(メモ・補足)孫崎享氏の読売新聞7月24日情勢調査に対する理解と「次はユリコね」ツイートについて
#以下は、平成28年7月31日執行東京都知事選挙に関する落ち穂拾いである。東京10区補選は、本記事に関連しないとも言えないから、大事を取って、20時に公表するよう設定した。
読売新聞7月24日情勢調査に何らかの意味を見出そうとする見解は、まったくない訳ではない。たとえば、孫崎享氏は、2016年7月24日に次のツイートを発信している。ただし、同氏のツイートは、この時点では、「鉛筆を舐める」すなわち「何らかの意図を以て調整した」数字であることを指摘するものに留まる。孫崎氏が次に都知事選について発信したツイートは、一部で有名になった投票日前日の「次はユリコね」ツイートである。
東京都知事選挙:24日読売新聞報道「 世論調査と取材を基に情勢を分析。 小池・増田氏競り合い、鳥越氏が追う…都知事選」要するに、「取材を基に」を加えることによって、単純な世論調査だけではなくて、鉛筆なめた数字ですと言っているのですね。— 孫崎 享 (@magosaki_ukeru) 2016年7月23日
極秘情報、都知事選。(6月15日午前、舛添氏辞職願を都議会議長に提出、小池百合子氏6月29日に記者会見で知事選立候補の意向を表明した経緯の中)6月17日の段階ですでに、米国情報関係者周辺では「次はユリコね」という会話がされていました。— 孫崎 享 (@magosaki_ukeru) July 28, 2016
孫崎氏の「次はユリコね」ツイートに対して、私は、複数の読み方が可能であることを指摘した(リンク)が、『謎の真相ブログ』(リンク;記事表示はJavaScriptオンが必要)と題するブログによって、このたび、他の読みが許されることに気付かされた。このブログ主は、不正選挙を企図する勢力が増田寛也氏の当選を目論んでおり、小池百合子氏を牽制するために孫崎氏を用いて「次はユリコね」と言わしめたというのである。「次はユリコね」という発言は、確かにこのブログ主の見方を包含しうる。同ブログの関係する部分を末尾に引用する。
『謎の真相』ブログに接して、私は、「次はユリコね」ツイートの解釈の幅が自分の思う以上に広いものとなり得ていたことを思い知らされた。孫崎氏のツイートに対して私が試みた限りの多義的な解釈は、今でも、私の挙げた内容すべてが該当するとは思うものの、少なくとも、より多義的な解釈が可能であったという訳である。分析能力の涵養という観点からは、大変に反省すべきことである。これは、今のところ、自らの分析能力の未熟が原因としか言いようがない。先の記事は、事の真偽を問うたものではない。それゆえに、考え方を見落としがあったことは、私の想像力不足ということになる。
確かに、小池氏を応援していた者で、かつ、不正選挙なる事象があり得ると考える者にとって、不正がほかの候補によって行われることは、具体的な危険であった。「それまでの都知事選の勝者に親しい者が不正の権利を手にしている」という仮定を置けば、自民党の公認を得た増田氏に不正選挙を実行するだけの勢力が関与していたとみることも可能ではあった。また、選挙結果にかかわらず、不正が行われていたと考えることも可能ではあった。投票用紙読取分類機を悪用した勢力は落選候補に与していたが、不正の力及ばず落選したという見方である。
ただ、こうして考え方を広げてみると、鳥越氏の支援者が投票機器に係る不正に関与し得たとする議論は、『謎の真相』ブログ氏によっても、見られないということに気付く。何を以て選挙を不正と指弾するのかという話には、国にもよるが、選挙区の区割りと一票の格差、選挙人・被選挙人となる資格と識字能力、投票所の設営場所や開場期間や本人確認の方法、選挙に要する資金と会計といった、選挙の仕組みならびにその派生事項(行政面)、伝統的な得票者の買収や抱き込み、公職選挙法による規制、司法機関の関与と態度といった司法面に係る事項(司法面)、マスコミの関与と偏向報道(報道面)、といった要素を列挙することができる。ここ数年内、わが国において、不正選挙の語は、投票用紙読取分類機と集計システムという機器システムに向けられてきた。私も、不正選挙の語をこの機器に係るものとして利用している。この機器の悪用の余地が(当時の最先端の学識に照らして、つまり、特許等の知的財産権を認める際の審査のような)真剣さを以て検討された形跡がないから、また、開票結果に最も大きな影響を与えうるからである。とはいえ、開票所に自力で到達困難な高齢者を介助して期日前投票させるといった活動や、グループで順番に投票して投票結果をグループについて確実なものとするという工作や、地方選の前に投票権を持てるように大挙して移住するという荒技もまた、不正と呼びうる内実を有し得る。いずれも、詳細次第では、アウトにもセーフにもなる内容を含む組織的行動である。これらの個人を基礎とする組織的投票行動は、鳥越氏の支持政党にも見られた実績のある行動である(7月の都知事選についても実施されたか否かは、分かりかねる)。いずれにしても、ここに挙げたセーフ・アウトの難しい行動が不正選挙ではないかという申立ては、ウェブ上で大きく取り上げられることはなかったようである。まして、鳥越氏を指示する政党によって開票機器システムにおける不正選挙が行われたとする指摘は、見当たらないのである。
技術は中立であるから、どの陣営によっても悪用される余地がある。しかしながら、投票機器の企業は、決して無主物ではないのであるから、今のところは、一人か複数かの人間に意思決定の大部分を負うはずである。このため、機器にバックドアを設けるか否か、その仕組みをどこまで共有するか、どの選挙を所掌する組織に販売するよう営業をかけるか、入札にあたりどこまでダンピングするか、などの多くの企業経営上の決定は、通常、経営陣に多くを負っているはずである。これらの人物がどの候補と何次のコネクションを有するのか、そのコネクションの深さは、と問うていくと、なかなか興味深い結果を引き起こす。
2016年アメリカ大統領選挙では、二大候補の支持者の両方ともから、不正選挙の危険性が指摘されている。アメリカ大統領選挙における選挙機器の不正に対する批判は、常に、利益を伴う人間関係が指摘され批判されるという構図で共通する。選挙機器を取扱う企業そのものが片方の陣営に資金援助するという構図は、明白な不正である。しかし、このような形でなくとも、選挙機器企業の経営者が、ある陣営の金主の企業に経営者として迎えられていたという事実のように、間接的であっても十分に問題視できる構図は存在する。昔のことであっても、経営者として獲得した報酬額が莫大なものである限り、不正が行われなかったと見ることは、到底不可能である。
孫崎氏のツイートにどれほどの多様な読みが許されようとも、外形的な事実を詰めていけば、不正が行われたか否か、行われたとすればいかなる構図によるものかは、おおよそ明らかになろう。このとき、『謎の真相』ブログが正しいか否か、私が正しいか否かのそれぞれも、ある程度の確信に基づいて述べることが可能になろう。孫崎氏のツイートの真意は、期日前投票期間中でもあったという事情もあるために、相当の反応を引き起こしたが、このことも含め、明らかになる日が来るかも知れない。
#なお、以下に紹介する『謎の真相ブログ』は、fc2.comのJavaScriptをオンにしないと記事が表示されないようになっている。また、引用部分では、二行分の改行を一行分に直している。
謎の真相ブログはピンポイントで通信妨害を受けています-Docomoオペレーターが認める - 謎の真相
2016年08月05日02:59
http://asvaghosa.blog.fc2.com/blog-entry-355.html
今回の都知事選にした所で、今話題の小池と親しい丸川が党の命令であそこまで小池を叩き増田をヨイショしていたことからもわかる様、「増田不正選挙当選」はガチガチの確定事項だったわけである。
もし、「次はユリコね」ということならば、増田ヨイショはさておき、あれ程の都連の側に立った小池叩きは明らかに余計なはずである。
それを見破って釘を刺す《作業》抜きには小池の当選は断じてなかっただろう。
党本部マター発言の闇の深さ-《次はユリコね》-←すぐに引っ掛かる思慮浅薄な低脳どもよ、少しは行動を起こしてみろ。行動を起こせば色んなことが見えてくる - 謎の真相
(2016年08月08日03:52)
http://asvaghosa.blog.fc2.com/blog-entry-356.html
党本部マター発言の闇の深さ-《次はユリコね》-←すぐに引っ掛かる思慮浅薄な低脳どもよ、少しは行動を起こしてみろ。行動を起こせば色んなことが見えてくる
2016都知事選不正選挙、現在進行中。増田当選がおかしくないことを今から《埋め合わす》読売新聞の創作記事 - 謎の真相
2016年07月25日05:20
http://asvaghosa.blog.fc2.com/blog-entry-349.html
しかし、今回の都知事選で裏社会の不正工作によって、勝たせる予定の候補者は、ムサシ&パソナの自民党の公認候補で内田茂が仕切る自民党東京都連推薦の増田ひろやなのである。
さあ、これは困った……
街頭演説の様子でこんな差が露呈してしまっては…
つまり、こうなると作戦は、投票日一週間前において、こんな世論調査の結果が出てたのだという、時計を遡った不正選挙のアリバイ作りである。だから、増田が当選しても何ら不思議はなかったんだと……
それが、この読売CIA新聞の創作記事だ↓
小池・増田氏競り合い、鳥越氏が追う…都知事選
2016年07月24日06時00分
2016年10月21日金曜日
機動隊員の暴言は警察官としての自覚の欠如を示す権力犯罪である
危険と相対する可能性のある職業人には絶えざる訓練が必須である。個々人が反射的に危険に対応し、さらなる危機の発生を抑止するためである。これらは、私が指摘するまでもない常識である。ただ、次の主張に係る論拠を積み上げるためには、どうしても必要な前振りである。
米軍と政府に対する沖縄県民の不信が決定的に上昇し、辺野古に県外警察の機動隊が大規模に投入されてから、一年が経過しようと[1]している折に、大阪府警察の警察官による暴言[2]が目取真俊氏により撮影[3]、公開されるとともに、警察官が抗議人を外国人呼ばわりする別の映像[4]も公開された。二本の映像において認められる警察官たちの暴言に、擁護すべき点は何もない。たとえ事実の摘示であっても、いずれの暴言も、あの状況下においては犯罪となる。公式の処分を受けるか否かは置くとしても、これらの暴言は、権力による犯罪の一種である。
暴言を吐いた個人たちは、警察官としての自覚を明らかに欠いていた。これらの個人の言動や思想を警察全体に敷衍することは、論理上、明白な誤りであるが、政治的なレトリックとしては大変有効である。このとき、2名の警察官たちに、組織を代表する人物の一人であるという自覚があれば、これらの暴言がマスメディアを通じて取り扱われ、現地の警察活動がたとえ適正であったとしても、これらの活動全体を窮地に追い込むことになる、という予想も付いたかもしれない。暴言を口にすることが愛国的な態度ではないことは、順序立てて考察すれば、ごく一部を除いた警察官には理解できるはずである。
同僚の中に暴言の中身そのものには賛同する者がいるであろうという事実は、問題を起こした個人の組織上の処分を困難なものとする。国際関係をリアリズムでとらえる者が、沖縄を巡る現況に外国の関与の可能性を認めること自体は、何の問題もない。とはいえ、一国の関与を名指しして公言するとは、国際関係を論じるにはナイーブな限りである。一国の中にも多様な考え方が存在することを理解し、第三の存在の関与がないものかを警戒すべきである。具体的には、戦争屋につながる利害関係を辿ることが必要である。そして、責任を追求されるべき存在は、国ではなく個人に求められるものと理解することが肝要である。今後の警察において、名指しされた外国の意向までをも見据えた組織上の対処が必要となることは、おそらく、暴言の当人には理解されていなかったことであろう。
不幸中の幸いは、二点ある。
一点目は、沖縄の声を代弁する新聞記事[5]が、本件を沖縄と本土の問題に限定する見方を提示したことである。現時点の差別構造を琉球処分と同列に見立てることは、問題の構造を、本土と沖縄との二項対立により表現するものとなる。この理解の枠組は、問題の根本的な解決に立ち入ることなく、当座の局所的な解決(ピースミール・エンジニアリング)を可能とする。私は、あと数ヶ月の間、この見方を通用させることに対しては、賛成する。その間には世界の方向性も見定まるであろうから、その方向性をふまえて、沖縄と本土との関係を、誰もが対等に思えるように変えていかなければならない。
二点目は、現場のひとつで、居合わせた警察官が当人に自制を求めていたこと[4]である。この点は、良識ある警察官がゼロではないことを視聴者に示すものではある。結果として暴言自体を抑止できなかったことは確かでもあるし、警察官が取調べにおいて役割分担を行う状況に喩えられなくもない。それでも、現場において警察官による働きかけが撮影されていたことは、最悪の状態ではないことを図らずも示す材料である。
警察官が同僚を強く制止できなかったことは、冒頭に述べた訓練の重要性を明らかにする。先に説明した理路によって、暴言が大きな政治的問題を生じうることは、機動隊員の一人に至るまで「体得」されている必要がある。仮に、暴言を吐き始めた同僚がいたとすれば、それを直ちに制止することを半ば無意識的に可能とする訓練が必要である。本来、この能力は、各自が組織を代表するという自覚によって裏付けられる必要がある。
次に生じる事件の前に、わが国は、沖縄をめぐる現況の根本に分け入り、解決の道筋を提示する必要がある。また、警察官個人の暴言については、改善策が十分に定着するか否かが重要(というよりも、すべて)ではあるが、警察が組織としてこの種の差別意識を有していないことを明示するためには、改善方法の経過が何らかの形によって公示される必要があろう※1。本土の大メディアについては、制止する様子のない映像だけが報道され、暴言だけがカットされて報道されるとすれば、その状態は、警察全体に対して殊更に悪印象を与えるイメージ操作である。最後になるが、大阪府知事は、本件について[7]、暴言を吐いた当人らを擁護しているつもりであろうが、彼らともども、職位に求められる自覚と常識(権力側の挑発が対立を昂進させること)を欠くことを自ら暴露していることになる。
※1 警察庁の通達のうち、全国に対して教養のあり方を統一的に指示するものは、「警察庁訓令・通達公表基準の改正について」(警察庁丙総発第21号、平成19年6月5日)[6]の(2)の①の例外に相当する。いずれ、改善の過程が公知のものとなると期待される。
[1] 警視庁の機動隊が沖縄入り 辺野古警備に100人規模 | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス
(記名なし、2015年11月4日06:01)
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/20477
[2] 沖縄県民を土人呼ばわりする大阪府警の機動隊員 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=zm6NbNKIayk
[3] 「土人」発言は沖縄県外の機動隊員か 「県民見下している」と怒りの声 | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス
(記名なし、2016年10月19日07:21)
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/67182
[4] 「黙れ、こら、シナ人」と発言する大阪府警の機動隊員 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=tM_J-2FQzr8
[5] 「土人」発言 歴史に刻まれる暴言 警察は県民に謝罪を【記者の視点】 | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス
(阿部岳、2016年10月19日07:10)
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/67183
逆に警察がきちんと対処しない場合、それはこの暴言を組織として容認することを示す。若い機動隊員を現場に投入する前に、「相手は土人だ。何を言っても、やっても構わない」と指導しているのだろうか。[6] 警察庁訓令・通達公表基準の改正について(警察庁丙総発第21号)(kijun.pdf)
〔...略...〕まず琉球処分以来、本土の人間に脈々と受け継がれる沖縄差別が露呈した。
そしてもう一つ、この暴言は歴史の節目として長く記憶に刻まれるだろう。琉球処分時の軍隊、警察とほぼ同じ全国500人の機動隊を投入した事実を象徴するものとして。
(警察庁長官官房長、平成19年6月5日)
http://www.npa.go.jp/pdc/notification/kanbou/soumu/kijun.pdf
(2) 警察庁の施策を示す通達
警察庁の発出する通達のうち、警察庁の内部管理に関するもの、専ら技術的・補足的事項を定めるものその他国民生活に影響を及ぼさないものを除いたもの。
「警察庁の施策を示す通達」に該当しない通達の例としては、以下のようなものが挙げられる。
①警察庁の内部管理(人事、会計、給与、福利厚生、施設、教養等)に関する通達
(例)警察庁職員の勤務時間等に関するもの
警察庁職員の給与支給の手続に関するもの
警察庁における予算執行の手続に関するもの
なお、内部管理事務について、全国的な基準を設定したり、その改善・充実を図るため都道府県警察に対して発せられる指示等は、「警察庁の施策を示す通達」に該当する。
②専ら技術的・補足的事項を定める通達
(例)電算システムに関する技術的事項を定めるもの(コード表の制定、入力帳票の記入要領等)
犯罪手口や統計の分類方法を定めるもの
③その他国民生活に影響を及ぼさない通達
(例)業務に関する報告様式等報告要領を定めたもの
[7] 松井大阪知事「相手もむちゃくちゃ言っている」 「土人」発言の機動隊員を擁護 | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス
(2016年10月20日12:53)
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/67411
2016(平成28)年10月22日追記
テレビ朝日『報道ステーション』(21日21時54分~)で(#某番組を観てダラダラというパターンであるが)、大阪府警察による戒告が行われたと聞いた。インターネットで十分にデモへの参加者、支援者の来歴や逮捕を報じる新聞記事のみに接していれば、そのような処分で良いと考える者がいても不思議ではない。しかし、これらの記事は、もっぱら産経新聞に集中している。情報を偏りなく収集して対処を講じないと、より重大なイメージ操作が事実に基づき行われかねない状態にある。
デモに係る日本国内の左右両面の情報に接しない者には、全世界の読者が含まれる。彼らは、わが国の警察に対する信頼が決定的に損なわれかねない情報も、わが国の警察に対する信頼を寄せることに役立つ情報も、両方とも収集していないであろうから、暴言を発した警察官のうち1名が極右団体に迎合する会話をしている様子に接すれば、警察官に対する処分が相応しくないものではないかとの思いを抱く危険があろう。極右団体が沖縄を訪問した際にアップした映像から、今回の不祥事を起こした警察官のうち1名は、すでに極左団体等のネット言論によって特定されている。暴言自体に係る英語記事は、『Japan Times』『Japan Today』(これら二紙は共同通信の記事を配信)、『朝日新聞英語版』などに見られるが、これらの報道上の新事実は、報道するだけの価値を見出されることになろう。
暴言を報じる『Japan Today』の読者コメント欄は、総じて警察に批判的であり、わが国の右翼に見られそうな言説は、マイナス評価に傾きがちである。警察の公正中立性に疑いを抱かせる対応は、わが国を先進国としての健全な競争から転落させることにつながる。先進国ではない国に対しては、先進国は、同じ先進国として扱わないという対応を取ることに躊躇しないであろうから、ガラパゴスな日本国民の知らないところで、わが国は思わぬ形で国益を逸失することになるやも知れない。
Police officer dispatched from Osaka insults protesters in Okinawa | The Japan Times
(共同通信、2016年10月19日19:21+09:00)
http://www.japantimes.co.jp/news/2016/10/19/national/police-officer-dispatched-osaka-insults-protesters-okinawa/
Riot police officer dispatched from Osaka insults protesters in Okinawa ‹ Japan Today: Japan News and Discussion
(共同通信、2016年10月20日06:45JST)
https://www.japantoday.com/category/crime/view/riot-police-officer-dispatched-from-osaka-insults-protesters-in-okinawa
Okinawa outrage at police officers’ racist slurs used on protesters:The Asahi Shimbun
(Takufumi Yoshida and Go Katono,、2016年10月20日17:35JST)
http://www.asahi.com/ajw/articles/AJ201610200032.html
2016(平成28)年10月28日17時24分追記
安富歩氏による機動隊員の暴言の波紋への評価[1]に対して、江川達也氏が非難したことがニュースとして取り上げられている[2]が、このニュースを読む限りでは、江川氏の理解に問題があると評することができる。暴力を古典的な定義に則り(ただし構築主義的に)検討しても、比較的近年のヨハン・ガルトゥングによる定義に則り検討しても、江川氏の指摘は的を外していると見られるからである。ただ、本件の評価にあたり、私は大の『フェイスブック』嫌いであるため、原文を読むことができていない。あくまでニュースの又聞きということで、この点には留意して欲しい。
古典的な暴力の定義に則り、本件暴言を検討しよう。(国家)権力には、暴力が必然的に伴う。機動隊は、権力が有する強制力の象徴である。その運用こそが重要であり、その態様は、国民に対して、まるで異なる印象を与えうる。評価する個人の正義感に沿うものと見える場合には、機動隊は、許容される程度の有形力を行使する頼もしい存在であろう(=地域警察官のイメージの延長)。しかし、国民の意思を踏みにじるものと見える場合には、いざとなれば目に見える暴力を振るうことが確実であるために、暴力的存在として見做されることになろう。後者は、暴力団なりギャングなり犯罪者なりが、周囲の物品(=沖縄の自然など)を叩き壊しながら金品を脅し取ろうという様子を思い浮かべれば、何ら不自然なものではない。機動隊の存在は、現在の沖縄県民の多数にとっては、すでに国による暴力の象徴である。このとき、「土人」と罵りつつも俸給を県から得ている大阪県民は、目取真氏の撮影映像に見るように、政府公認のヤクザと呼ばれても仕方がない存在として、全世界の視聴者には映ることであろう。このような暴力の象徴と見做されないためにこそ、これらの二名には、節度と沈黙が必要とされていたのであるが、覆水盆に返らずである。
機動隊の大義を保つために、本件は、一罰百戒が適当であった。本件を事実上放置したに等しいことは、沖縄の非暴力的抵抗が成功する度合いを高めたことになる。安富氏が「大成功」と評した所以である。単に基地に反対する県民にせよ、心の奥底に別の意図を隠し持つ思想犯にせよ、今後、この事態の推移を全面的に利用しない訳がなかろう。日本が一国のうちに平等な社会を築こうとしなければ、事態が大きく展開する可能性=危険性もあろう。(私の意見は、先に本記事に示したとおりであった。)
ところで、現代における「暴力」の定義は、ヨハン・ガルトゥング氏によるものが定着しつつある。ガルトゥング氏による「暴力」の定義は、「(その力による)制限がなければ、到達できたはずの未来を奪う力」[3]というものであり、「到達できたはずの状態」を示す「潜在的実現可能性(potential realizations)」とセットにして利用される。自己実現という規範的な状態に対して、現在の状態を対置するという発想の転換は、多くの研究分野に応用可能であった。ガルトゥング氏の「暴力」の定義は、アマルティア・セン氏の「潜在能力アプローチ(capability approach)」などとも共鳴し、現在では、国際連合における「人間の安全保障(human security)」の重視へと至っていると理解することができる。なお、潜在的実現可能性を阻害する原因が、特定の主体に求められる場合を「直接的暴力」、特定の人物ではなく組織や社会の仕組みに求められる場合を「構造的暴力」という。
以上のガルトゥング氏の定義をふまえれば、江川氏の主張は、暴力の語を古典的なものととらえていると推測できる。しかし、最初に検討したように、古典的な意味においても、沖縄県民の少なくとも一部から見れば(、そしてこの一部は多数派であるが)、沖縄における県外の機動隊は、存在自体が暴力的であり得る。江川氏はこの点を見過ごして、非暴力で暴力を喚起することは不当と述べているのである。ひとつの映像作品が世界を変えることは、江川氏ほどの伝達力のある人物であれば、体験的に理解していることであろう。
警察が関係する写真・映像のうち、最も衝撃的なものの一つは、1968年2月1日の南ベトナム・サイゴンにおいて撮影された、NBCテレビによる映像、AP通信のフォトグラファーのエディ・アダムス(Eddie Adams)による、ベトコン市民兵の処刑であろう[4]。この処刑は、ジュネーブ陸戦条約に違反するものではなく、警察官の皆殺しを企図していたベトコンの指揮官を射殺するものであったから、当事者には当然のことであったであろう。しかしながら、この写真・映像は、ベトナム戦争への厭戦気分を決定的に流通させた。
沖縄県における機動隊員の暴言は、警察に原因のない構造的暴力を、警察全体による直接的暴力という形で表出させるものとなった。目取真氏の目論見は、この点、成功したことになる。機動隊員の暴言映像が、先のベトナム戦争ほどの暴力を示すものではないことは、自明過ぎるほどであるが、他方で、タイミング・状況というものもある。米軍のプレゼンスに対する疑問が膨張している昨今、警察が矢面に立つことは、70年代安保闘争の再現となりかねない。そして、この映像がインターネットに流通するとき、事態がアンダー・コントロールとはならない虞も、十分に認められるのである。
[1] <機動隊 差別発言を問う>沖縄からアジェンダを 安冨歩さん(東大東洋文化研究所教授) - 琉球新報 - 沖縄の新聞、地域のニュース
(記名なし、2016年10月26日 11:30)
http://ryukyushimpo.jp/news/entry-383010.html
[2] 江川達也氏 沖縄基地反対派に安冨歩氏が提唱した戦略に「卑怯者の発想」 - ライブドアニュース
(トピックニュース、2016年10月27日18時05分)
http://news.livedoor.com/article/detail/12203373/?http://news.livedoor.com/article/detail/12203373/
[3] 中村都[編著], (2011). 『国際関係論へのファーストステップ』, 法律文化社. 横山正樹, 「環境と平和――環境平和学への誘い」(第24章, pp.211-218).
#本記事の定義は、上掲の横山氏の記述を参考にして、パラフレーズした。
[4] Saigon execution: Murder of a Vietcong by Saigon Police Chief, 1968
(RareHistoricalPhotos.com、2014年05月14日)
http://rarehistoricalphotos.com/saigon-execution-murder-vietcong-saigon-1968/
#引用した段落では、事実関係を上記ブログに負っている。
2016(平成28)年11月3日追記
内藤朝雄氏が事件直後に次のツイートを発していたことを知った。内藤氏の指摘は的を射たものである。ただし、警察がこの指摘を生かすほどに柔軟な組織であったとすれば、事件直後の対応自体、異なったものになっていたであろう。今後、少なくともしばらくの間は、内藤氏の指摘が警察官教育に反映されることはないと予測できる。
この若者はまだ法の執行業務を行う職業としての警察官になりきっていない。勢いで喧嘩になった素人とかわらない。現場に出すにはまだ早かったと言える。この動画は、「こうなってはいけない」という警察官の教育用教材に使うことができるhttps://t.co/6sk9WKFwbz— 内藤朝雄 (@naitoasao) 2016年10月19日
本件を「利用する」と言えば、戒告処分を受けた当の警察官らにも利用価値がない訳ではない。処分後の動向は、広く流通することはないはずである。本件を奇貨として、大阪府警察は一部の極右にも浸透を図る手がかりを得ることができたはずである。その機会は、最大限に活用されるべきである。この提案が実現するとすれば、私や内藤氏やリベラルを自覚する諸氏は、本件の実像を見誤っていることになる。
(メモ)実証主義とその批判、近年の動向にかかる超大雑把な私見
●古典的な意味での実証主義(positivism)は、自然科学と同様、社会の事象を客観的に表現可能であるとする考え方をいう。ここでの客観性とは、現時点の知識に基づくと、同一の観察対象を同一の方法で取り扱えば誰でも同一の結果を得られること(再現可能性、reproducibility)、観察結果から得た結論(法則、lawや理論、theory)を別の観察にも適用できること(一般化可能性、generalizability)の二種からなる。社会の事象を観察する場合には厳密な再現可能性は望めないから、ある程度近い時期に、別の対象を別の観察者が同じ方法で観察しても、同一の結果を得ることができる複製可能性(replicability)が重視されることになろう。
●複製可能性も再現可能性と訳されることがあるなど、両者の概念は混同されているようでもあるが、自然科学研究において両概念を区別することは有用である。その例として、近年のSTAP細胞の検証作業を挙げることができる。他大学における異なる試料(細胞)による複製可能性の検証作業を通じて、再現可能性に対しても疑義が呈されるに至ったのである。社会科学研究では、これらの概念に係る統一的な見解が見られなかったようであるが[1]、研究者によるデータの公開は、両概念を弁別し、一般化可能性をより精密に検討する道を拓くものとなる。
初期の実証主義は、「社会学」の語を創始したコントに端的に見られる考え方であった。その後、社会学における統計の扱い方を確立したデュルケムは、たとえば、一国内において統計を取った場合に表れる犯罪数などを、「その社会に実在する物であるかのように扱う」ことを強く主張した(『社会学的方法の規準』)。言い換えると、ベルギーという国の自殺者数とフランスという国の自殺者数とを、それぞれの社会(という実在するとみなせる物体)の特徴(を表す、実在するとみなせる物体)とみなすべきだと主張した(『自殺論』)。21世紀時点の知識から回顧すると、物体とみなすということは、事象を数学のツール群で扱えるように、分析者が物体へと読み替えていることを意味する。数学を初めとする自然科学の用語だけでいうと「定義している」、社会科学や心理学でいうと「操作的定義を加えている」。
デュルケムが『社会学的方法の規準』を著した当時は、犯罪という行為の原因を、体型や身体に表れる異常性といった、誰にでも観察しやすい事象に求める風潮が強かった(イタリア・ロンブローゾ学派などと呼ばれる)が、他方で、フロイトに代表されるように、心理という、目に見えないけれども、観察者自身も有するがゆえに知覚されやすい存在に求める向きもあった。(もっとも、フロイトは、心理の中でも潜在的な部分の重要性に着目した。)いずれの見方も、犯罪者個人から分離されない属性のみにより、犯罪が行われると理解していた点では共通する。これに対して、デュルケムの理論(『社会分業論』)は、行為が社会そのものによる反作用であると理解する点において、斬新であったといえる。
これらの比較的シンプルな見方に対して、20世紀初頭以来の社会学では、ヴェーバーの開始した(と見なされる)「実証主義批判」が起こる。人は「規範」「価値」「シンボル」といった道具を用いて社会を見ているのであり、自然科学のように正確な観察など、そもそも無理なものであると批判したのである。各人に内蔵されている規範や価値が異なるので、観察対象として読み込まれるシンボルも異なる、よって、計測者・観察者によって大きく測定結果が異なると考えたのである。この批判により、古典的な実証主義は、修正を迫られることになった。社会を観察により変化し得ない対象と考えるという意味での客観性は、存在しないものという理解が共有されるに至ったのである。(#量子力学の影響はあるはずで、誰かが言及しているはずであるが、行き当たっていない。)
1950年代以降のアメリカ社会学では、しばらくの間、この流れもあり、小規模の社会集団に対する当てはまりの良い説明を積み上げるという動き(マートンによる「中範囲の理論」middle range theory)が進んだ。結果、初期の実証主義のような大上段から振りかぶった考え方は、誇大理論(grand theory)として退けられ、一時期、見られなくなった。誇大理論は、一般(的)理論(general theory)と対比される存在であり、個人に特有とみなせる理論は、ときに「物語」として表現・批判されることもある。この点、本稿も一種の物語とみなされるかも知れない。
●1970年代までに、それまでの心理計測手法、教育効果の測定法や実験計画法研究の蓄積から、観察研究をより客観的に行うための概念が構築される。そこで示された「準実験計画」は、教育効果の測定法に直接の起源を持つ方法で、実験計画の行えない対象に対して分析するための枠組を示すものである。1990年代後半には、準実験計画法の考え方が犯罪学研究にも導入され、「根拠に基づく(evidence-based)」がバズワードとなる。「根拠に基づく」という用語で重要なのは、一定の基準を設けた研究を系統的な文献検索を通じて選定すること、その規準が実験計画法にいう無作為割付によるものであること、の二点である。犯罪学におけるこの流行は、医・薬学におけるコクラン共同計画を範に取ったキャンベル共同計画へと結実した。
ところが近年、シミュレーション技術に係る分析規模と作業速度が指数関数的に進展した結果、社会が複雑系であるにしても、初期の実証主義のように、統計力学における伝統的な手法を準用して社会の諸機能を説明できるのではなかろうか、という期待が高まり、socio-physics(社会物理学)やsocio-dynamics(社会動態学)のような学問分野が興るに至った。初期の意味での実証主義を貫徹可能かも知れないという見込みは、シミュレーションの結果が複数の典型的な状態に落ち着きがちであることに根拠を置く。その理路をシミュレーション方法に基づいて説明できれば、初期状態から典型的な終局状態それぞれへの遷移を、原因から結果に至る確率的なモデルとして説明(アブダクション、abduction)可能であると考えることができる。複雑系研究は、社会という分析対象についても、物理学風の「仮説」に基づいて物理学風の「法則」を主張する道を拓いたのである。
[1] REPRODUCIBILITY, REPLICABILITY, AND GENERALIZATION IN THE SOCIAL, BEHAVIORAL, AND ECONOMIC SCIENCES - Bollen_Report_on_Replicability_SubcommitteeMay_2015.pdf
(K. Bollen, 2015年5月13日)
https://www.nsf.gov/sbe/SBE_Spring_2015_AC_Meeting_Presentations/Bollen_Report_on_Replicability_SubcommitteeMay_2015.pdf
2016年10月20日木曜日
(メモ)リアルマネートレード(RMT)はチートに直接効果を与えるか(私は知らない)
リアル・マネー・トレード(Real Money Trade, RMT)とは、オンラインゲーム上の授受可能なアイテムやゲームアカウントそのものに係る売買契約を締結する、あるいは、ゲームアカウントに紐付けられたキャラクター等の育成を代理する、八百長を通じて白星を(ときには黒星を)与える請負契約を締結するなどの取引行為を指す。現実社会における経済的価値を伴うことが定義上重要である。もっとも、無償の行為であっても、ここに挙げた行為のいずれもがゲーム運営者によって禁止され得る内容である。これらの取引は、いずれもゲーム運営会社やサーバ運用者によって禁止されていることもあれば、アイテムの売買に限定して許可されていることもある。Valve社の『Steam』は、ゲーム購入・管理に係るオンライン・PCソフトウェアの代表格であるが、ゲームそのものに影響しないファン・アイテムなどの取引にも利用されるプラットフォームとなっている。
RMTは、ゲームに随伴する行為のほとんどに関して、ユーザ同士の間でゼロを超える経済的利益を生じさせるものとして定義するのが適切であろうと考えられる。個人的体験として、1998年のうちには、先に示した行為のいずれをも、とあるRPGゲーム上で聞き及んだことがある。ただし、私自身は、具体的な決済に関与したことがないから、具体的なRMTの事例についてまでは、当事者として語ることができない。
ただ、RMTがチート行為に直接転化するという話は聞いたことがなく、この点、『 毎日新聞』の記事には疑問がある。チートがオンラインゲーム体験を荒廃させることには、賛成できる。(以前の記事を参照)。記者の斎川瞳氏による伝聞は、(RMTの増加)→(チートの増加)を主張するが、ユーザから見た場合のこれら2つの潜在変数間の関係は本当に成立するのか。交絡はないか。因果は逆ではないか。そもそも無相関かも知れない。(RMTの増加)→(チートの増加)が成立しても、(RMTの減少)→(チートの減少)は成立するのか。するとすれば、(プレイ量(;単位は人・時間か)の減少)が交絡要因となっていそうである。共変関係における非線形性はないか。そもそも、増加・減少というものを構造方程式モデルでそのまま取扱うことは、ソフトウェア計算上、可能ではあるが、構造を探る上では危険そうである。(RMTの量)→(チートの量)が成立するのかを考察すべきである。(RMTの減少)が(チートの減少)に繋がるという命題は、(RMTの増加)と(RMTの量)とが同一概念ではないという状態を明らかにする。
ここでの私のRMTの定義に従うと、ゲームのセーブファイルをクライアント側で保存するのか、サーバ側で保存するのかの別は、RMTがチートを目的として行われるというより、ゲーム内で「上を目指す」際に手段を問わないプレイヤーの合目的的な行為として行われるものであることを示すための良い材料になるように思われる。オンラインゲームとしては、『Ultima Online』『Second Life』『Minecraft』などの系譜に連なる、「ワールド改変系」のゲームのうち、オフラインでもプレイ可能な『Minecraft』に代表される系統のゲームは、特に顕著な参考事例となり得る。「ワールド改変系」の語は、造語であるが、キャラクター自身に対してだけではなく、ゲーム中の仮想世界の状態にも改変を加えることが可能なゲームを指す。『Minecraft』は、有志がオンラインサーバを独自に立てるか、ローカルでのプレイが前提となるが、ここでは、改変のためのMODも大半が無償である。オンラインサーバ上におけるRMTを聞くこともほとんどない。肌の合わないサーバには、参加しなければ良い。
一般社団法人日本オンラインゲーム協会は、2009年の時点での業界団体としてRMTのあり方について述べている。スマホ増加と軌を一にするタイムリーな話であることは、評価されて良いことと考える。ただし、フォローアップがGoogle検索結果の上位に見られる訳ではないために、この結果こそが重要であるようにも思う。宣言すること自体、なかなか出来ることではないが、宣言を実践することは、なお困難であるためである。公開情報による調査は尽くしていないので、今後、機会を見つけて公開情報を確認したい。
脅迫よりも刑の重い私電磁的記録不正作出・同供用ほう助で、チートに関係した人物たちが書類送検となったというニュースは、びっくりである。犯罪の内容は、報道が正しいとすれば、容疑のとおりであるが、一種の組織対象暴力である「手口をネットで公開する」という電子メールの送付が「サイバー攻撃」と見なされるというところに、多くの要因を窺うことができる。ゲーマーの警察官がいて義憤を感じる、というものも読み取ることができる。ネット社会の広がりを感じさせるテーマである。
[1] チート行為:ゲーム業界に危機感 利用者離れの恐れ - 毎日新聞
(斎川瞳、2016年10月13日12時55分、最終更新10月13日13時06分)
http://mainichi.jp/articles/20161013/k00/00e/040/241000c
「リアルマネートレード」と呼ばれる取引も確認され、チート行為につながると指摘されている。
[2] ゲーム不正:チート行為横行、摘発進む 少年ら書類送検 - 毎日新聞
(斎川瞳、2016年10月13日11時31分、最終更新10月13日14時26分)
http://mainichi.jp/articles/20161013/k00/00e/040/203000c
東京都調布市の会社員の男(27)を私電磁的記録不正作出・同供用ほう助容疑で書類送検した。
他に、江東区の自営業の女(44)と、いずれも高校3年の福井県鯖江市の少年(18)▽岩手県奥州市の少年(18)▽山口市の少年(17)−−の4人が私電磁的記録不正作出・同供用容疑で同日書類送検された。〔...略...〕
〔...略...〕
同社は昨年11月ごろに不正に気づき、システムを修正するとともに、少年らの利用を停止。その後、少年の1人が「手口をネットで公開する」などとする電子メールを同社に送ったことから同社が警視庁に相談していた。
[3] 一般社団法人日本オンラインゲーム協会(2009年8月)『オンラインゲームガイドライン』(JOGAonlinegameguideline.pdf)
http://www.japanonlinegame.org/pdf/JOGAonlinegameguideline.pdf
【セキュリティ・犯罪予防】
4.RMTについて
RMTについて
RMTにはゲームやゲーム会社オンラインゲーム提供企業が一切関与していません。
オンラインゲーム提供企業は、プレイヤーのRMT利用を前提とした運用はいたしておりません。
(例外もあります。〔...略...〕〔p.16〕
〔...略...〕
JOGA/会員企業の取り組み
JOGA会員企業(オンラインゲーム提供企業)では、RMTに関してのスタンスを各利用規約や運営ポリシーにて定め、それに従ってゲーム運用しております。また、プレイヤーからの情報を幅広く集めるよう努め、ゲーム内の秩序がRMTの影響を極力受けないよう運営いたしております。JOGAでは、「RMTワーキンググループ」を設置し、RMTに伴うトラブルの実態調査、ヒアリング、公的関係機関との情報交換会を開催しており、今後定期的にこれらを行なうことで、抜本的対策を検討してまいります。また、ワーキンググループでの活動の一環として、RMTを利用したことに附随するトラブルに巻き込まれることのないよう、人に迷惑をかけないゲームプレイヤーを育てる啓蒙活動をしてまいります。〔p.18〕
〔...略...〕
保護者のかたへ
〔...略...〕毎日プレイできる範囲で少しずつ先に進めるなど健全なプレイを推奨してください。〔p.22〕