2016年1月7日木曜日

人工知能は良い人間の教師抜きに人間の知性を優越することはない

 以前、人工知能は、まだ人間の知性には匹敵しないと述べた(リンク)が、ディープ・ラーニングという技術が実装され、随分とそうではなくなったという議論もあることは承知している。その点を承知しつつ、本記事では、前回の記事で人工知能が責任を取ることができないなどと否定的な意見を述べた理由を補強しておきたい。ディープ・ラーニングとは(、テスト代わりに私の頭の中に入っている内容だけで説明すると)、ニューラル・ネットワークという脳の仕組みを模した分析方法において、脳神経細胞に相当するパーセプトロンという入出力器(=関数)が従来せいぜい3層であったところ(、またそれでそれなりの結果が出せていたところを)、10層以上に及ぶ層で構成したというものである。これは、コンピュータの処理・記憶域に係る能力の向上を受けて実現可能になった。その結果、自動運転や画像判別が十分実用的なレベルに達したというのである。

 しかしながら、人工知能にとっても、学習は、人間らしさを身につける上で、依然として非常に重要である。次のサイト『IRORIO(イロリオ)』に紹介されたGoogleの開発した人工知能の描いた絵(リンク)をぜひご覧いただいてから、私の説明におつき合い願いたい。この絵を描けるようになっていること自体は、素直に賞賛されるべき水準に人工知能が達していることを示すものとみて間違いない。しかしながら、このような絵を描ける水準に達したという事実と、他人の全人格を危機に陥れるような作業を人工知能に委託することが可能であると考えることとの間には、大きな隔たりがある。仮に、これが人間の描いた絵であると言われたとすれば、その人格として我々が思いつけるものは、決して肯定的なものではないだろう。絵のタッチは印象派に含めうるようだが、奇怪という表現がしっくり来る上、ゴッホやムンクのような人間としての(大まかな)揺らぎがないようにも見受けられる。CGが「不気味の谷」を超えることができるようになったのは、かなり最近のことであり、職人芸が必要とされているようである(Naverまとめ)。

 人間と人工知能との間の溝を埋めるためには、「学習」というよりも、教育やトレーニングが必要である。そして、最初の教育は、人間が行うべきものである。「人間と人工知能との溝」が依然として明白なように立ち現れるとすれば、シンギュラリティに達しうる人工知能に対しては、人間の教師は、最高の教育をもって臨む必要がある。人工知能研究者は、そのような違いなど、人間の学習の仕組みを構築することに比べれば、些細なものであると考えるかもしれない。そうではない。同じように生まれた赤ん坊から、偉人も出現すれば、自称イスラム国メンバーのような人物も出現するのであり、後者の方が人数としてはそれなりに圧倒的多数なのである。

 人工知能にとっての人?生の分かれ道は、いかなる「独習」を行うのか、その初期環境である。端的な落とし穴を述べておくと、ネット上で発信しておらず、尊敬の念を感じることのできる人は、誰の身の周りにも必ずいるであろう。そうした人の人格や知恵を、どのように吸収するのだろうか。人の「信用」は、非言語コミュニケーションによるところも大きいと聞く。リアルからの知恵を、いかに人工知能が習得することができるのだろうか。「古典」にはどのような書籍が含まれるのか。どのような順番で読破し、解釈していくのか。最初の過程を誤ると、破壊的な「人格」が立ち現れる可能性が極めて高い。

 人工知能研究者は、永遠に生きる子供を授かったようなものである。理屈で処理しにくいこと、たとえば、警備業務に伴う責任感を教え込めるのだろうか。自己規制をプログラムすれば十分だというものでもないだろう、というのが私の直感である。こうしたとき、(人工知能ならいざ知らず、)経営判断を行う人間は、生身であるがゆえに、いざというときの自身の保険として、中間管理職となる生身の人間を間に立てるという判断を下すだろう。中間職を削減するということは、末端の(身体刑を伴いうる刑事)責任を直接負うことになるためである。

平成28(2016)年7月28日追記

文章を読み直してみて、日本語に怪しいところがあったので、取消し線とともに訂正して淡赤色で示した。

2016年1月6日水曜日

交通事故総合分析センター(2006)は横転事故が単独事故で5分の1と伝えている

 財団法人交通事故総合分析センターの『イタルダ・インフォメーション』65号(2006)は、横転事故が車両単独事故(595件)の1/5(129件)、車両相互事故(1370件)の1/15(90件)程度で生じていると報告している(PDFへのリンク)。「横転」は態様であるために統計が整備されていないため、つくば地区周辺で独自に平成5~15年のデータを再集計した結果だという。

 ツイッターでつぶやいた方が良いような内容だが、ツイッターをしていないので、ここに記すことにした。多くの事件・事故について、福島第一原発事故の影響か?という憶測がつぶやき続かれている。しかし、事故の影響が甚大なものになろうということが間違いないとは言え、すべてをフクイチに帰することができないのも事実である。問題を切り分け、事実をできるだけ誤りのないように把握することが、責任者の責任を的確に問う上でも必要である。しかし、収集可能な統計も、主として人手不足から※1変更が加えられることになるであろうし、そのような作業が可能であろうかと、やや心配に思う。


※1 統計に変更が加えられる理由のなかに、事故の影響を隠蔽する意図もないとまでは言えないだろう。悪いことをする人の身になって考える、ということが犯罪予防の一歩である。

テレビ朝日の超能力捜査官の番組を批判する

超能力者に直接取材、事件を解決に導いた透視捜査に迫る
「トリハダ[秘]スクープ映像100科ジテン 3時間スペシャル」 テレビ朝日系 2016年1月6日(水) 19:00 ~ 21:48

 なぜ「科学捜査最前線!」といった番組にしないのか、理解に苦しむところである。こう思う理由を簡単に整理してみたい。その理由は、警察と社会との境界面(インターフェース)における課題を浮き彫りにするからである。

 現在、誘拐事件の人質や殺人事件の被害者の位置を何にもよらずに探り当てることができたり、死者と対話できるなどといった「超能力」の存在は、再現性のある形で証明されていない。より踏み込んで言い添えると、「超能力捜査官」なんていう存在は、基本的に詐欺師の類いである。仮に、彼女ないし彼が何らかの成功を収めているとしても、その成功は、超能力者であるという主張が犯人に諦めの念を抱かせたとか、超能力という存在と直接関連を有さない、別の理由によるものであろう。同時に、このような社会に対する派生的な効果こそ、現実の社会における「超能力」の効果であると考えられる。「超能力」は、自称超能力者の本人に付随する能力ではなく、視聴者や犯人などの反応から生じる相互作用の一種なのである。

 番組に登場する「超能力捜査官」は民間人のようであるが、「『超能力捜査官』が成功しており、事件が解決している」と宣伝することは、その事件における正確な事実とは並存可能ではあるものの、場合によっては、事実に対して嘘を吐いたと国民に受け取られることになりかねない。仮に、「超能力捜査官」が出動した事件において、人質や被害者の位置を探り当てることができたとしよう。法廷において、「超能力捜査官」は、その経緯を正確に伝えつつ、法廷の外では、その「超能力捜査官」は、超能力を使用したと宣伝することになる。第三者である国民が超能力の存在を誤認しかねないという状況を是認するためには、それ以上の利益が生じていることを、「超能力捜査官」の存在を擁護する者が証明する必要があると言えよう。

 「超能力捜査官」の存在を是認する根拠は、超能力が再現性のない非科学を根拠としている以上、刑事事件における「実績」しかあり得ないだろう。それ以外の根拠を持ち出すことは、「超能力捜査官」の存在が社会に対して与える得失を厳しく精査することにつながるであろう。たとえば、上掲番組のような広告宣伝行為に係る人的資源の「浪費」がマイナスだとすれば、「超能力」の存在を信じて犯罪の敢行を中止する迷信的な犯罪企図者の存在がプラスであろうし、また、「超能力捜査官」の失敗は、法治主義の国家においては、詐欺罪や公務執行妨害罪や偽計業務妨害罪を構成することにもなりうるだろう。「超能力捜査官」を擁護する者には、これらの項目をいちいち挙げて、全体として社会にとってプラスなのだ、と主張する作業が求められる。

 現実には実務に定着している捜査手法や科学的とみなされる最新の技法(統計的プロファイリング)を利用しつつ(、ただし、いち民間人では困難だろう)、対外的に「超能力」だと宣伝することに何ら疑義を挟むことではないとする見方も(、以下述べるように、肯定はできないが)、ひとつの見方ではある。しかし、「超能力捜査官」の存在を表向き肯定することから生じる得失を判断することは、二つの理由から、それほど簡単ではない。第一に、いくら「超能力捜査官」の存在が警察の外部にあったとしても、その存在は、警察の捜査官の倫理観を損ない、違法捜査・手抜き捜査へのハードルを低くすることにつながりうるためである。半分冗談であるが、被疑者をボコボコにしておいて、「超能力の副作用です」と言い抜ける、なんていうことも考え得る。こうしたとき、「外部の汚れ仕事」を請負う民間人を雇う誘惑を、警察はかわし続けることができるのだろうか。バットマンという存在も、同じジレンマを抱えてはいるが、この番組では、そこら辺のジレンマが十分に描かれているわけではなく、ノンフィクション仕立てであるだけに、誤解を蔓延させるだろう。それよりも、手抜き捜査へのハードルを低くするという機能が問題である。「超能力捜査官」は、番組でもそのようだが、大概の場合、警察が未解決である事件について、報道を通じて事件の未解決を知り、遺族等を訪問し、被害者学にいう二次被害を生じさせているが、これを放置することは、警察の未解決を免罪する、つまり警察にとっての「人柱」として機能する役割を果たしうることになる。被害者ならびにその家族に対して、「超能力でもいかんともし難かった」という理由を作るためである。超能力捜査官の存在を放置することは、下手をすると、警察の捜査を低い水準に留めうる機能すら果たすのである。第二に、聞き手=社会の科学リテラシーを損ない、社会からの信頼を失いかねることにつながる。「超能力」の存在を喧伝したことにより、目に見える被害は生じない。しかしながら、被害が顕在化しにくいことと、被害が実在することとは、別のことである。日本人の判断能力を曇らせ、ほかに知るべき事実や知識を知らせないということは、厳しく批判されるべきである。もっとも、メディアリテラシーを育むにあたり、このように一見真偽が分かりやすい題材を取り上げるということは、ひとつの方法であるといえるかもしれない。

平成28(2016)年1月15日追記

FOX Movies Premium(2016年1月13日 14:50~)で放送されていた『X-ファイル:真実を求めて』(2008)でも、男児に対する小児性愛の罪で有罪となった過去を持つ神父が、同様の超能力を持つ者として出てきていたが、同時に、彼は、犯人との個人的な関係を有する人物としても描かれていた。昔にも見て、内容をすっかり忘れていたが、それは、私が超能力を信じていないからだと、勝手に理由付けしている。



 日本人の科学リテラシーの低さは、福島第一原発事故において悪い方向に作用している。情報は統制下(「アンダー・コントロール」)にあるが、事故自体は継続している。その影響も、良く表現したとしても「経過観察」の状態にある。悪く言えば、東北地方南部・関東地方の居住人口も含め、前代未聞の人体実験が進められている。甲信越地方・東北地方北部も含まれるかもしれない。しかし、おそらく、何度か繰り返しているように(最近の記事)、事故の影響は、今後1~2年間のうちには、晩発性の健康障害という形をとって顕在化するであろう。被害が目に見える形をとって初めて、日本人は、その責任を問うことが多いが、このことは、社会によって規定された性格である。

 私は、福島第一原発事故をおそらく世界史上最大規模の企業事件(傷害罪)だとみなしているが、このような考え方に立つ者は、この人災こそ、追求するに値する事件であると思うであろう。同時に、人は見たくないものは見(え)ないようにできており、福島第一原発事故は視聴率を取れないのだろうな、とも考える。その点、番組のプロデューサーを責めても仕方ないと言えるだろう。でも、そうだとすると、なぜ、科学捜査最前線ではないのだろうか、とか、FBI式のプロファイリングは科学ではないが技術ではある、とか、いろいろ取り上げるべきことがあるのではないか、とも思う。

 どうでも良いことを最後に記すが、私は、陰謀論大好きなわりに、超能力やら爬虫人類やら地底人やら宇宙人やらを信じてはいない。にもかかわらず、陰謀論が好物であるのは、多くの犯罪に比べ、「大きな、個別の、世界史に残るような」事件を解釈するには、通り一遍の解釈だけでは、世界の動きに対する理解を大きく誤る可能性があると考えるからだ。ここ四半世紀の大きな(自然犯として認められる)事件とは、たとえば日本では一連のオウム真理教の事件であり、アメリカでは9.11であるが、ほかにも疑問の残る個別の事件や自殺は、多く存在すると承知している。

2016年1月5日火曜日

今後の原子力行政に対する私感(直感)

 前の記事(リンク)で、救急車のサイレンの音の回数から異常事態を把握しうるか否かを推定してみた。用語が多少ぶれているようにも思うが、それは見逃して欲しい。

 同記事は、一応の節度を保ち推定したものだと勝手に思っている。このような記事をものすると、必ずや、オマエはどちらの側だ、コウモリか?という意見が出そうである。現に、氏は、ツイッター上で、「中立」を批判している(リンク)。このような詰問に対する私の反論は、各論についての賛否の組合せは膨大になるので、人にラベルを一律に貼ること自体が問題ではないか、というものである。私の日本国内の原発に対する考え方は、ブログ中の記事で示してきたと思うが、誰にでも分かる形で意見表明しておくことは大事なので、松の内である今日(~7日)のうちに、簡単に記しておきたい。

 私の日本国内の原子力行政に対する考え方は、できるだけ速やかに廃止すべきというものである。わが国では、一部の非競争的産業分野においては、組織内の(相互)作用を経た結果、個人の能力からは信じられない程、レベルの低い成果や決定が出力されがちである。原子力産業は、そのような非競争的産業分野の王道である。同じ過ちが繰り返される可能性はきわめて高く、その証拠として、現在のグダグダな原子力行政(や司法判断)があると考える。(証拠を挙げれば挙げるほど悲しくなるので、この点について、反論を試みない方が良いように思う。)

 ただ同時に、(1)放射性廃棄物の管理(処分)は世界的な課題であり誰かが従事する必要があるという点、(2)放射線による健康障害への対策を含む広範な分野において、予防措置原則をはじめとする、成熟した文化を有する国ならではの(科学的な)思考様式に基づき議論を進める必要があるという点、の両点について、私は留意しているつもりである。いくつかの深い考察を行うサイトや書籍においては、原子力産業が国際的に分業体制にあることが示唆されている(いずれ、話を私なりにまとめてみたい)。この示唆を念頭に、(国際的な分業体制)ゆえに、わが国だけが原子力発電から足抜けするわけにはいかないという反論も提起されているようであるが、それこそ、再反論は、他国との協業体制を再編成すべきである、というもので十分である。廃炉作業や除染など、事故後の処理に係る産業分野を世界が納得できるレベルにまで成熟させることができて初めて、原子力発電の再開を検討できるというものだと、私は考える。ただし、事故後の処理については、現在よりも状況が好転しないまま、わが国は悲観的な展開を迎えることになるのではないか、と危惧する次第である。

 原子力発電の再開の検討は、健康障害への対策が十分に目標を達成できていることを確認してからのことであり、時期尚早であった。目標値を思いつくまま挙げると、(1)全国民の癌の罹患率の増加分は0.5%に抑えること、(2)人口減の程度を2010年以前に示されていたものよりも(移民によらず)抑えること、(3)年齢調整した上での一人あたり医療費の増加を各年代(年代の区切り数や切り分け方により「調整」が可能であるが、若年人口、労働生産人口、高齢人口、の三区分でも良い。高齢人口と労働生産人口との年齢の区切りは、65歳が適当であろう。)で2010年時点のものに抑えること、(4)乳幼児死亡率を2010年時点の程度に維持すること、(5)中絶率を(推定可能ならば)2010年時点の程度に維持すること、であろう。なお、これらの目標値の作成自体が難しい作業なので、鉛筆ナメナメの作業となるが、そのようにして設定した数値であっても、これらの目標達成は、まず無理であろうと私は予想している。

 オットー・フォン・ビスマルクは「愚者だけが自分の経験から学ぶと信じている。」と述べたようだ(リンク)。私には何故そうなのか分からないが、日本人という社会集団は、経験からすら学べない(と諸外国から見られるような結果しか出せない)のであろうか。そうは信じたくないのではあるが、福島第一原発事故の後処理に限定してみると、そのような結論となることを認めざるを得ない。

2016年1月4日月曜日

救急車のサイレンの音が都内で一晩のうちに24回聞こえ続けるとすれば、それは異常事態だろう(大ざっぱですよ)

救急隊の出動件数 5年連続で最多を更新 NHKニュース (2015年12月26日 4時42分)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151226/k10010353641000.html

消防庁 平成27年版救急・救助の現況 (平成27年12月22日)
http://warp.da.ndl.go.jp/collections/content/info:ndljp/pid/11239659/www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/h27/03/270331_houdou_2.pdf
http://www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/h27/12/271222_houdou_2.pdf


 NHKのニュースは、昨年の救急搬送統計についてのものである。NHKの報道では、総務省消防庁によると、2014年の年間救急出動件数は、救急車とヘリコプターを合わせて598万8377件で、前年より約7万件増、搬送人員数も540万8635人で最多という。消防庁の報道資料だと、出動件数598万4921件、搬送人員540万5917人であるので、NHKが多めの見積を提示するためにヘリコプターの出動件数や搬送人員数を合併したのだろうと思われる。

 それにしても、前年、冬が寒くなってから、救急車のサイレンの音が絶えなくなったが、この事実を別の観点から定性的に検討してみたい。上のニュースは信頼できる内容ではあるが、いかんせん、一昨年前(2014年)のことである。チェルノブイリ事故後のウクライナのゴメリ州における病気多発(英語リンク)も、事故後5年を経過してからのことであり、5年後以降にロジスティック曲線のような形状※1を取ることから、昨年の統計値についてのニュースから、現時点の急激な増加を予測することは、論理上の飛躍を必要とする。

 今年(2015年)12月25日金曜日の夜から翌日までの夜間には、救急車のサイレンの音が合計16回ほど聞こえたが、このようなことは、今まで(昨年の1月頃にも)なかったことである。26日から27日の夜にも、10時から2時までの間、8回ほどが聞こえた。年が明けても、2日から3日の夜間には6回を聞いた。通常の陰謀論者なら、これらの体験をもって「救急活動が間に合っていない、放射能の影響で患者が激増している」と即断しそうである(し、現にしている)。しかしここでは、その意見が結局は真実を衝いていることだと思いながらも、私なりの文章のオリジナリティのためにも、体験と推計値とを架橋しようと努力することをここでの課題としてみたい。

 まず、何回サイレンの音が聞こえたら、全国でどの程度の問題の広がりがあるのかを大まかに見積ろう。夜間に16回ということは、終日換算で、およそ1.5倍、24回3倍、48回の救護要請が存在したとみて良いだろう。時間帯別の救急搬送統計は、定期的に公開されているわけではないが、定性的に考えて、夜間の方が気温が低く、要救護者が生じやすいであろう。このように昼間の搬送数を低く見積もることは、過大推計としないためにも有用だろう。(修正:2016年3月1日、後日、別稿で追記予定)

 要救護者が十分に少ない場合、救急車両は、救急搬送時、
  1. 消防署
  2. 緊急通報元(患者宅など)
  3. 救急医療機関
をこの順に移動するであろう。1→2、2→3という経路は、病人や怪我人であれば、(つまり死者を搬送するのでなければ、)サイレンを常に鳴らし続けるのであろうが、観察者は、そのときの音を聞くことになる。筋金入りの陰謀論者の視点からすれば、運用がすでに変わっており、軽傷者はサイレンを鳴らさずに搬送する可能性もゼロではないのかもしれないが、そのような通達があると私は知らないので、保守的に(そのようなことはないと)仮定することが最善である。

 しかし、ここでは、経路探索等の複雑さを避けるため、救急医療機関と消防署を同一の位置にあるものと仮定し、往復するものと考える。こうしても、特段の差し支えはない。実際にはGISを用いて数値計算すれば、かなりの精度で推定が可能になる。この方法は、現実をシミュレートする上では最善である※3。ただし、全国津々浦々で数値計算を行うことは、私にとって不可能なことではないが、有用な作業ではない。ここでの眼目は、早く、単純に、しかも理論的な観点から検討を加えることだからだ。また、起点である消防署と終点である救急医療機関の位置を同一と仮定することは、往路と復路の区別や要救護者発生地点の場合分けを少なくすることにつながり、問題を解きやすくするという効果を持つ※4

 ほかの仮定も単純なものにする。市街地内の人口密度を一様であると仮定し、緊急通報元も人口あたり同一の確率で生じるものと仮定する。救急医療機関と消防署の圏域は、円形であると仮定し、サイレンの可聴範囲も円形であると仮定する。道路網は、きわめて細かく形成されているために、車両はどこでも移動できるものと仮定する。つまり、道路網を仮定せず、救急車はどこでも移動できるものと仮定する。

 圏域5km、可聴範囲1km、救急医療機関および消防署から自宅等の拠点は2kmという数値を設定した結果を図示したものが、下図である。描画には大阪大学の友田勝久氏の『GRAPES』を利用した※2。この図とは別に、観察者の可聴範囲内に救急医療機関および消防署が位置しているという場合などもあるので、3通りに場合分けして考察する。

図1 可聴範囲に救急医療機関または消防署がない場合の要救護者発生領域
3通りに場合分けすると、次のように考えることができる。

(1)サイレンの聞こえる範囲内に救急医療機関および消防署が存在する場合、すべてのサイレン鳴動中の救急車両の出入りを把握できる。このため、サイレンの音は、圏域全体のどこかで要救護者、つまり救急出動を必要とする人が生じたために聞こえたことになる。

(2)観察者の拠点からの可聴範囲内に救急医療機関および消防署内が存在しない場合であっても、その拠点が主要動線に面している場合は、上図で示した領域よりも広域内の要救護者へと向かう救急車のサイレンを聞くことになる。この場合は、最大(1)と同じ値を取り、最小では(3)と同じ値を取る。この種の警告を得るための推定は、最悪でもどうなる、といった想定を行う上で役立つように行われるべきなので、この場合は、(1)か(3)に帰着させて考察するのが良い。

(3)問題は、可聴範囲内に救急医療機関または消防署が存在しない場合であり、図1は、その場合を示したものである。赤は、サイレンの聞こえる救急車の進行方向(x軸に対して最大の角度)を示す。緑は、サイレンの可聴範囲を示す。青は、サイレンの聞こえた救急車が向かう地点(または救急医療機関への出発地点)を示す。赤・緑・青の各要素はx軸に対して線対称である。y軸の反対側(x<=0)には、救急車が向かったとしても聞こえない地域が存在する。

 (3)では、上図の青く囲まれた部分の面積から要救護者が生じたものとみなすことができる。よって、上図の数値では、25*pi=78.54平方キロメートルの圏域のうちの12.41平方キロメートル内の要救護者については、サイレンの音が聞こえるということになる。なお、計算式は、次のとおり。計算は、『R』形式である。『R』にコピー&ペースト可能なように表記している。

角形OPQ=(1/2)*((1/sqrt(3))*(3/2))*(2)
扇形ORS=5*5*pi*(acos(sqrt(3)/2)/(2*pi))
扇形PQA=1*1*pi*(asin(sqrt(3)/2)/(2*pi))
領域AQRS=扇形ORS-三角形OPQ+扇形PQA=6.726

 具体的な数値によらず、変数表記して一般化すると、次のようになる。ただし、P(p, 0), QP=r, OR=q, ∠ROS=θとして、r < p < q/4という条件を付すこととする。
領域AQRS = ((q^2 *pi) * (θ/2 * pi) - ((1/2) * p * cos(θ) * r) + ((r^2 * pi) * (θ/2 * pi))) * 2
= q^2*θ- r * p * cos(θ) + r^2 * θ
θ=asin(r/p)であるから、
= q^2*asin(r/p) - r * p * cos(asin(r/p)) + r^2 * asin(r/p)

 上式から、この問題は、結局パラメータに依存する形であることが示された。そこで、実際の数値を当てはめると、上図1の数値の場合では、12.41/78.54=0.158、15.8%くらいの範囲をカバーすることになる。(p, r, q)の各変数が動くと数字は変わる。これら3種の変数がどのような値を取ろうとも、ある圏域の0%から100%までの要救護者に対する出動を把握することができる、ということは分かるが、これでは検討の甲斐がないと言われるだろう。このため、もう少し役に立ちそうな実在の数値をインターネット上で探してみよう。

 自宅が含まれる圏域のパラメータとして、次の数値を利用する。
  • 品川区(リンク)と目黒区(リンク)の人口(2015住基台帳人口):377933+271562=649495[人]
  • 品川区と目黒区の面積(2015):22.84+14.67=37.51[km^2]
  • 品川区と目黒区内の救急医療機関数(リンク)(2015):4+8=12[事業所数]
    • 東京都指定二次救急医療機関。夜間も診療に対応できる病院。
救急医療機関のカバーする圏域を円と仮定した場合の半径は、sqrt((37.51/12)/pi)=0.9974887[km]。1kmないんだ、と意外な印象を受ける値である。救急車のサイレンがどれくらい遠くまで聞こえるものなのかについて、先ほどの仮定のように1kmあると仮定すると、(1)のケースに相当することになる。
緊急自動車のサイレンは、道路運送車両の保安基準(昭和26年7月28日運輸省令第67号、最終改正:平成27年10月8日国土交通省令第74号)第49条において、告示により規定されると規定されている。その告示(平成21年3月24日)第231条2項は、
二 サイレンの音の大きさは、その自動車の前方20mの位置において90dB以上120dB以下であること。この場合において、サイレンの音の大きさがこの範囲内にないおそれがあるときは、音量計を用いて次により計測するものとする。
と規定している。この規定と、騒音の距離減衰の式を利用すれば、可聴範囲の半径をそれなりに決定することができよう。計算式を実装したサイト「騒音距離減衰計算」を利用して計算してみたところ、120dBだと1000mには80dB(、つまり、相当大きな音)で、90dBだと1000mには50dB以上(、つまり、十分に可聴できる程度の音)で到達する。同サイトの計算式を確認してはいないが、多くの要素を盛り込んだとしても、1kmの可聴範囲は堅いということである。自宅から指定医療機関が1km以上あることは、体験的に確認済みなので、ここでの推定方法の(3)に相当することは間違いないが、近辺における指定医療機関の密度からして、品川区内の急患が目黒区内の病院に搬送されるということは、十分にありそうなことである。以上の要件を考慮すれば、私の場合、(1)か、または(1)よりも事態を激しく錯覚しかねない状態で、サイレンを聞いていることになりそうである。とすれば、(3)よりも保守的である(1)の場合として、自身の体験を推定しておくことは、私にとって必要なことでありそうだ。

 (1)の場合、私の自宅の周辺では、冬季(3ヶ月)はほかの季節の倍程度の急患が出ると見積もり、年間では12[回]*365*(3/4)[人/日]+24*365*(1/4)[人/日]=12*(5/4)*365[人/年]=5475[人/年]の急患が生じていると見積もることができる。圏域内の住基台帳人口は、(649495/12)=(649495/37.51)*(37.51/12)=54124.58[人]である。仮に、24回のサイレンが1日に聞こえたという結果が定常状態だとして、1回のサイレンにつき1名が搬送されていると措くと、東京都内の住基台帳人口13297586[人]との比をふまえれば、東京都内では、年間5475[人/年]*(13297586/54124.58)[人/人]=1345124[人/年]が搬送されていると予測できることになる。稲城市や島嶼部は、この際、無視する。

 1345124人という、逆算した推定値は、フェルミ推定も良いところであるが、東京消防庁による平成26年中の搬送人員数の倍という結果である。前年12月25日のサイレンは、かなり異常なことだったと考えるべきだろう。このようにサイレンが聞こえる日が続く場合は、心配すべきであると言える。なお、全国では、『平成24年度救急業務のあり方に関する検討会報告書』の搬送人員数の推計結果を2014年中の実績値が上回る状態となっている。堅めの方法で予想された推計結果を数%上回ったこと自体は、精査を要する状態だと言えるだろう。その実績値と比べている以上、前年12月25日のサイレンを聞いた回数から逆算した結果は、何らかの事態を示唆するものと言えるかもしれない。

 なお、往復しているという仮定から、サイレンは2回聞こえるのではないか、というツッコミが当然に予想される。実は、この扱いは、現実に考慮すべき「搬送人員の転送」や「複数の人員の搬送」、「軽傷者の搬送」、「サイレンの聞き逃し」、「救急車の稼働状態の限界」、「サイレンの指向性(平成28年1月11日追記)」など、同等に影響を与える要素を捨象していることから、あえて無視した次第である。この程度に粗い推計とならざるを得ないところは、フェルミ推定につきものの苦しさである。

 このような限界も考慮し、特にサイレンが往復で2回聞こえることを重視すれば、夜間のみで24回聞こえる日が続く→それなりに緊急事態である、夜間16回程度が聞こえる→一昨年前くらいである、と捉えるのが良いだろう。この数値は、粗いものの、保守的に推定した結果である。言い換えると、この推定値を超えた場合には、東京都内において、何事かが起きていると断定しても間違いではない。

※1 位置をm、縮尺をsとして、F(x) = 1 / (1 + exp(-(x-m)/s))で表される関数。ウィキペディア日本語版で示されている関数は、より一般的な形で示されている。人口関連の研究分野では、ウィキペディア日本語版におけるN_0について、0 < N_0 < 1という条件を課すことが多く、ある時点までの増加は緩やかであるが、増加が急激になり、やがて一定の極限に向かい増加がまた緩やかになるという形状を想定することが多い。ここでは、この意味で、ロジスティック曲線という語を用いている。
※2 初めて利用したが、合計1時間程度で、下記のグラフを作成できた。つまり、とても使いやすいということである。このような微妙な案件で紹介して申し訳ないが、『GRAPES』は、とても良いソフトだと思う。Windows 8.1 Home Edition 64bitでも作動する。なお、当初は、それなりに使い慣れている『R』で描画することも考えた。しかし、xy座標を格好良く描画しようとしても、x軸やy軸の矢印をエレガントに描画する方法を自分の浅知恵だけでは思いつかなかったので、『R』で実現するための調査もせず、他のソフトに走ってみたというのが本当のところである。実は、本件の基本的な考え方が中学数学によるものであること(実際の計算には、解けることを示したかったというのも、ほかのグラフ描画ソフトを探ってみた動機の一つである。

※3 実際、救急隊の配置(とその最適化・効率化)は、各消防本部の所在の自治体の業務であり、いくつかの自治体のサイトでは、その業務の報告書が掲載されている。

※4 実は、ここの詰めが甘いことは自覚している。ただ、消防署と救急医療機関の位置を違えることは、おおむね文中で示される(2)に相当する場合を多くすることにつながる。最大に捕捉できる(1)のケースと、比較的最小に捕捉する(3)のケースを検討すれば、十分であると考えて、このように仮定した。



参考:救急出動件数等の将来予測

平成24年度救急業務のあり方に関する検討会報告書
www.fdma.go.jp/neuter/topics/houdou/h25/2503/250326_1houdou/01_houkokusho.pdf#193

 末尾には、「資料1 救急出動件数等の将来予測」が付されており、179ページ(PDFでは193ページ目)には、救急出動件数および搬送人員数についての将来予測が掲載されている。それによると、
救急出動件数は2012年以降徐々に上昇を続け、2023年から2024年頃に約620万件に達し、その後減少に向かうと予測されている。救急搬送人員については2016年から2017年と2022年から2023年頃の2度にわたり最高値(約520万人および530万人)に達し、その後、徐々に減少すると予測されている。
2015年の出動件数および搬送人員についての予測数は、グラフ中にのみ示されており、目視するほかないが、多くとも、出動件数585万件、搬送人員520万人程度であろうと読み取れる。なお、推計の方法は、178ページの注に、以下のように示されている。
将来予測の検討にあたっては、昭和36年から平成23年の救急出動件数および搬送人員数に関する実績値、及び人口データを用いた。
使用したデータについて、救急出動件数および搬送人員数に関するデータは平成11年度から平成23年度の「救急・救助の現況」を使用した。具体的には、昭和38年から平成2年までの件数については元データがないため、「平成23年版救急・救助の現況」第17図のグラフ画像から読み込んだ。平成3年から平成23年までの件数については、該当する年度の「救急・救助の現況」に報告された件数を用いた。2010年までの人口に関するデータは総務省統計局の「V.長期時系列データ」を使用した。2012年以降の人口の予測データは国立社会保障人口問題研究所の「日本の将来推計人口」、出生中位(死亡中位)推計のデータを使用した。解析には、誤差項の自己相関回帰モデル(regression with autocorrelated errors model)を用いた。
同報告書の採用する自己相関回帰モデルは、時系列データを扱うための基本的な方法であるため、その結果は、おそらく真の値からの偏りを持たないものと期待できる。このため、多めに読み取った推計値を超えるような実測値が出ている場合は、実測値を素直に「予測を超えるよりも多い」と解釈しても、それほど外れたことをしているわけではない

※ 救急出動という現象は、本来、ポアソン分布を措定するような、稀少性の高く(低確率の)試行回数の多い(、試行回数が人口か各人口に付随する生活行動に比例する)現象であり、救急出動件数は、その現象を反映した実現値である。また、当然のことながら、将来予測は、点推定値が示されているものの、実際には、ある程度の幅を含むと考えるべきである(が、その程度は、報告書中には示されていない)。しかしながら、大数の法則(の当てはまるであろう現象であるが)ゆえに、救急出動件数および搬送人員数の実現値は、一年間の値としては、きわめて安定的な結果を生じていると考えることができる。よって、それらの実現値が(グラフの精度をふまえた上で高めに読み取った)将来予測を大幅に上回った場合には、年代別のあるパラメータを代表する確率が変化したと考えるのが自然である。


おまけ


消防力の整備指針
http://www.fdma.go.jp/concern/law/kokuji/hen51/51010000070.htm

によれば、第13条、第17条2項が救急車の台数に係る規定である。配置場所そのものについての直接の規定はないので、消防署ごとの台数は平均するものとする。これにより、ほぼ間違いなく小数点以下の値を含んだ救急車数が得られるが、それは推計全体の精度からすれば、許容される仮定である。ここまで考えて、救急車の台数は、サイレンを聞く回数には、さほど影響しないと思い始めた。むしろ、救急車の台数は、サイレンを聞く回数を一定の上限に収めるという効果を有するので、今回のように、サイレンの音を良く聞くようになった、という事実を否定する材料にはならない。


※ このほかの救急隊に係る規定には、第1条の趣旨、第2条の定義、第3条の基本理念、第26条の職務能力、第27条の5項の消防隊員数、第28条の救急隊の隊員、第33条の兼務、第34条の職員総数、があるが、ここでは仮定に含めずとも推計に実質的な影響を与えないものである。

2016年1月2日土曜日

海老名市立中央図書館の画像盗用の疑いについて

海老名市立図書館の画像が盗用されたものであり、その画像のすかしが改竄されていたという。良くも悪くも注目されている官民共同方式において、このような事件が生じたことは、返す返すも残念なことである。同時に、本事件は、公的活動に対して適切な監督がなされなければ、TPPの発効後、同様の事態が頻発する危険性をうかがわせるものである。

海老名市立ツタヤ図書館が他人の画像をクレジット消した上で盗用 - Togetterまとめ
http://togetter.com/li/917491

行為を最初に発見したと思しき方の当初のツイート
https://twitter.com/Soukaku/status/680594985910059008

その画像のネタ元とされるサイト
http://8333.shop-pro.jp/?pid=16677951

いったん差し替えられた画像も営利目的利用禁止というツイート
https://twitter.com/ottwo/status/680797488047992834

文章も『All About』より盗用かというツイート
https://twitter.com/ottwo/status/680798107508936704

以上をまとめた篠原修司氏の記事
http://bylines.news.yahoo.co.jp/shinoharashuji/20151227-00052861/

注(平成28年1月3日追記):前年中に用意していた記事なので、速報性はない。PFIとTPPとの関連性は、TPP締結に反対する初期からの論客により、多く指摘されていることだと思う。

死亡者数が実は260万人という風説は相当に胡散臭い

#一部、平成28年1月5日追記を含む。

年頭の初PC、掲示板『放知技』のある板(リンク)中に、胡散臭い書込みを見つけたので、検証して(、おそらく嘘であることを確認して)みた。 以下の引用では、改行記号を適宜削除してある。

103:黒策: 2015/12/31 (Thu) 16:32:19 host:*.ocn.ne.jp

今年もあとわずか 私の元にもたらされた最新情報です

① 今年の死亡者数は実は260万人
 毎年100万人程度は死亡するのが常態ですが今年はその2.6倍 しかし 高齢化社会で身寄りのない年寄りが多く、しかも火葬場では従来使われてなかった高オクタンの航空ガソリンが使用され始め 処理能力が向上しているのでサクサク処理できている つまり 死人が多くて痞えるという事が無いのでそれが目立たないのです

② 米国戦争屋勢力が勝利か?!
 どうもトランプ候補はこのまま勢いを増して大統領選に勝利するという可能性が高いとか 奥の院は彼を使って中国との核戦争 そして第三次世界大戦を始める決定をしたそうです もちろん 来年にも起こる関東総滅→属国化から日本各地に核ミサイル基地が完成 戦争開始と同時に日本の国土は雲散霧消です 海外へ逃げ延びた日本人にも 慰安婦南京を口実にしたボクロム攻撃の嵐が待っていますから 生き残れるのはせいぜい500人程度でしょう 皇室ご一家も虐殺されているかも知れませんね(というか必ずそうなるでしょう)

③ 遂に現れるブラザーズとファティマの聖母
 これは第三予言にあった通りで 長年地球と秘密裡に連絡を保ってきたあのお方たちが姿を顕わし最終判決を下されるとの事です 人類一万年の歴史が清算され 全ては光のうちに神秘の結合と証が果たされるのです これに先立つ審判に適い救済される日本人は恐らく一人もいないでしょう

なんとも希望のない寒々とする年の瀬ですが 神の御顕現を目にして消滅できる我々はかつてない幸福な最後を迎えられるのではないでしょうか
では 左様なら

統計を扱う身から見れば、特に①の死者数:実は260万人という風説は、看過していてはいけないものであるので、メモ代わりにインターネット上で調査した結果を公開し、その根拠として挙げられている内容がガセと断定できることを示す。いつも、陰謀論ど真ん中の意見を採用する私があえてこの風説を否定するのは、統計に何らかの誤差があるとしても、その主張が桁違いなためである。また、公開するのは、本件の調査にあたっては、いくつか問題のある検索語を含めざるを得ないために、身の潔白(のようなもの)を示すためである。航空技術についてのインターネット検索は、利用するPCに対してややこしい状態を生じさせがちである。燃料の規格なんてのは、百科事典的項目を調査するだけであるにもかかわらず、PCに問題を生じさせかねない、どストライクの内容であることが直感的に認められる※1。ここでは、健全な疑問に基づき、上掲の陰謀論者の書き込みの正否を確認することだけだという意図を強調するため、公開する次第である。公開しなくとも、読める人物は読めるのでは?という素朴な疑問も提起しうるが、公開という行為に伴うさまざまな効能・副作用を期待してのことである。

まず、利用されているとされる燃料に着目する。
Chevron Products Company, (2007). Aviation Fuels Technical Review
https://www.cgabusinessdesk.com/document/aviation_tech_review.pdf
の、Fig. 2.1, Fuel Energy Content vs. Density (p.3)によると、

Typical Density at 15 celsius degree: 0.715[g/ml]
Typical Energy Content, Gravimetric: 43.71[MJ/kg]
Typical Energy Content, Volumetric: 31.00[MJ/l]
Typical Energy Content, Volumetric: 112,500[BTU/gal]
である。同じ体積についての熱量を、英語版Wikipedia(リンク)から引用すると、
Gasoline (conventional, winter) 112,500[BTU/gal]
Jet fuel (kerosene) 128,100[BTU/gal]
である。投入したときの温度や燃焼効率(時間あたりの熱量)は、異なるかもしれない※2が、それなりの時間(、瞬間ではなく、炉が十分に暖められた後の分~時間という単位で)の幅を取れば、灯油や自動車用のガソリンは、航空機用のガソリンに比べて燃焼の効率が劇的に変わるものとは言えないだろう。現実には、燃料の違いよりも、季節や遺体中の水分量が燃焼時間を大きく左右するであろう。レンジバーナーが斎場の一部に(再度)導入されつつある※3ことを、この推測の傍証として挙げることができる。(2017年5月17日修正:リンク先の著者は、レンジバーナーなる設備?を「電子レンジ」と表現するが、この方式が人間の遺体に対して使用されていると実例を挙げて報告する例は、英語においても見つけることができない。電気式火葬炉(電気ストーブ方式)が実用されていることは、複数の報告により確認できている。ペットやバイオハザードを起こしうる生体組織に対しては、電子レンジ方式が使用されているとの明確な記述をオープンウェブ上に見出すことができる。以上、ここに修正してお詫びする。もっとも、人間の遺体を生態系に負荷をかけずにコンパクト化等する方式の中では、電子レンジ方式(microwave cremation)も、フリーズドライ方式・溶解方式などと並んで、選択肢のひとつとして(特許などにおいて)考慮された跡がない訳ではないものと認められる。)

多くの火葬場では、現在でも、燃料に灯油が(、次いでガスが※3-1、3-2利用されていると考えて良い※4が、その一方で、灯油を燃料とする石油ストーブにガソリンを投入すると大変なことになることは、多少でも火を利用する者なら、良く知るところである※5。石油ストーブにはガソリン厳禁!は大事なことなので二度繰り返しておく。すると、いくら炉を専門に扱う職能の手に預けられているとはいえ、灯油を燃料とする火葬炉で航空機用ガソリンを使用することは、相当に危険なことである。労災のリスクを考慮すれば、普通の企業が行うことではないし、事故から経緯が発覚するという、不要な危険を招くことでもある。

さらに、航空機(用)ガソリンは、ジェット燃料と異なり、経済産業省の産業動態統計に別項目として計上されない分類である※6リンク)ほどに、流通量を別立てして検証しなければならないものではない、と見て良い。需要の少ない航空機用ガソリンをわざわざ導入すれば、余計に経費を要することになるだろう。航空業界という業界を新たに巻き込むだけに、大仕掛けともなる愚策である。

以上で、冒頭の書込主が火葬の際に航空機(用)ガソリンを利用していると主張したことは、十分に否定されると考えて良い。航空機(用)ガソリンを火葬炉にわざわざ導入する必要は薄い。そうするくらいなら、灯油を大量に用いた方がよほど穏当である。火葬場における灯油の使用量は、それなりに大きなものであるためだ※7

以上の私の指摘は、必ずしも冒頭引用部分①の、260万人が亡くなったという主張を否定する材料ではない。ただし、その主張の信憑性に大いに疑問を抱かせるものとして、利用できる。インターネット上に限定した調査でバレる嘘は、比較的わかりやすい嘘であるといえる。ここまでの嘘は、ウォームアップというところなのだろうか。

蛇足であるが、1970年代生まれの陰謀論者であれば、かろうじて同時代的に聞いた可能性のある「(ファティマの)第三予言」が語られるあたり、書込主周りの年齢層に偏りがあることがよく分かる、ような気がする。

最後になりますが、基本的に誰も継続的に読んでいないであろうこのサイトの、このように年初からどっぷりキチガイワールドに漬かった記事をお読みになった皆様へ、明けましておめでとうございます。

※1 蛇足だが、シギント(sig-int, 傍受等による信号分析。ライアン(2007)の定義では、「ファイルベースの監視file-based surveillance」に当たると言える。)でセンスのないものは、ヒューミント(hum-int, ライアン(2007)の定義では、対面監視、Face-to-face surveillance)よりも、遙かに社会の役に立たず、予算を配分する意義もない。システムの失敗時に、実質的に、失敗を生じさせた担当者が教訓や規範を身体化できないためである。例としては、9.11とブッシュ(Jr)元大統領周りを挙げることができる。このように私は考えている。

※2 燃料は「ジェット」と「ガソリン」ジェットは2種類 | 飛行機の素朴な疑問を集めてみたら・・・
http://skyshipz.com/engine/f068.html
には、以下のように、航空機用燃料の要件がまとめられている。

発熱量、燃焼性、揮発性、低温に耐える、腐食性がない、貯蔵安定性、熱安定性・・・航空機の燃料には、非常に厳しい条件が求められるそうです。
本件命題(火葬に航空機用ガソリンが用いられている)では、燃焼時の時間あたりの熱量が焦点となる。自動車用のガソリンとの差異は、上掲リンクの記事に見出すことはできないが、体積あたりの燃焼時の熱量が同じである以上、燃焼効率が著しく異なるとも思えない。

※3 ●ひと足お先に | 今日のご遺体 - 楽天ブログ
http://plaza.rakuten.co.jp/himitusentai/diary/200605250000/

※3-1 火葬場は1度に大きいところでは何体焼けますか?また,早いのは1時間程度で... - Yahoo!知恵袋
(maidf710、2011年07月30日03:49:39)
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1367170128

※3-2 火葬炉にはガスと白灯油や薪を使用すると聞きますがそれ以外には... - Yahoo!知恵袋
(maidf710、2014年10月26日17:15:25)
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12137302962

※4 いわき市, (2014). いわき市南部火葬場施設整備基本計画
https://www.city.iwaki.fukushima.jp/dbps_data/_material_/localhost/kasoujyoukihonnkeikaku.pdf
#26ページには、以下の表が掲載されている。
厚生労働省のサイトには掲載されていないようであるので孫引きする。

○火葬炉の使用燃料の状況 (平成21年10月厚生労働省調べ)
項目灯油ガス重油その他不明
施設数1,1971006930341,430
割合83.7%7.0%4.8%2.1%2.4%100.0%

※5 石油ストーブ | 一般社団法人 日本ガス石油機器工業会
http://www.jgka.or.jp/consumer/sekiyu-riyou/anzen-sekiyu/danbou/stove/

※6 「その他用ガソリン(燃料油計→ガソリン計→その他用ガソリン)」という項目を航空機用ガソリンだとみなせば供給量の増加を検討できるかもしれないが、供給量がかなり小さい上、自動車用ガソリンよりも揮発性が高く、取扱いに一層の慎重さが要求される航空機用ガソリンを利用する必要性は、灯油を大量に使用するよりも益がないと考える。ただし、供給量が限定されていることは、秘密を守りやすいという長所を有することとも解釈できる。(この注は、平成28(2016)年1月5日追記)

※7 洲本市地球温暖化対策実行計画 平成23年度温室効果ガス排出量実績(報告)
http://www.city.sumoto.lg.jp/contents/F2012091314335511.pdf




2017(平成29)年5月17日訂正・追記

本記事で真偽を追究した書込みよりも過大な死者を予想した書込み主が、最近、自身の書込みが外れたと認めている※8。(これらの書込み主が同一人物であるか否かは、不明である。)「パルコム=ポケット」氏などの書込み主が、この程度の軽い気持ちでニセ情報を書き込むこと自体は、参考になるが、これらの人力によるゴミ情報をいかに不公平感なく排除するのかは、検索エンジンにおける一大問題であろう。それに、一大事件の影響を検証するためには、枠を広げることが必須であるはあるが、それに伴う検証作業の困難さと煩雑さを痛感させられる。

本記事の題名にも示しておいたとおり、「パルコム=ポケット」氏の書込みが適当なこと自体は正しいと言えそうであるが、これに触発される形で、上掲※3のブログの内容を無闇に信用してしまったことは、私自身の反省点である。一見信用しても良さそうな内容のブログであっても、無闇に信用すると痛い目に遭うということにもなるのは、「出されているものだけを美味しくいただく」というスタイルで勝負するとき、結構なハンディキャップになる。とは言っても、本件の真偽を確認しようとする中で、偶然、ケーブルテレビ番組の『ムービープラス』で観たことのあるブラジル映画『エリート・スクワッド』(2008、原題:Tropa de Elite)に係る知識(Death in the "microwave oven";タイヤに詰めて焼き殺すという方法についての俗語の英訳※9)を得たりもするし、インドの電気式火葬炉について、篠田隆氏の記事※10に示された見解とRumani Saikia Phukan氏の記事※11に示された見解とが共通することを発見したりもする。これらは、大丈夫そうという蘊蓄話である。他方で、これホンマかいな?というゾロアスター教徒の葬送に対する姿勢についての記述を『The Guardian』の電子版記事に見かけたりもするので、油断がならない。

※8 ★ 掲示板:『放知技(ほうちぎ)』 ★彡
(パルコム=ポケット、2017年05月06日17:53:39)
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/15476331/142/ まぁあの当時は危機管理において過大な予測をしてもあり得るかもという、まぁ、ある種のノリでやっていたんですよ。
ともかく、何かあれば陰謀、アレで全滅、多病多死。それを煽りあうか真理教的反常識自慢話に終始していた。
ま、指摘された私の予測は外れたと認めましょう。

※9 Carlos Durão, et al., (2015). Death in the "microwave oven" : A form of execution by carbonization, Forensic Science International 253, pp.e1–e3.
http://dx.doi.org/10.1016/j.forsciint.2015.05.012

※10 篠田隆研究室 / 雑文 汚れた聖河の環境改善(2/2)
(篠田隆、更新 2007年12月20日)
http://www.ic.daito.ac.jp/~shinoda/column/zatubun_03kawa_2.html

※11 Electric Cremation vs The Traditional Funeral Pyre | My India
(Rumani Saikia Phukan、2014年10月16日)
http://www.mapsofindia.com/my-india/?p=34927

※12 Doing death differently: today's funerals are not like they used to be | Life and style | The Guardian
(Elle Hunt、2017年03月10日23:38 GMT、最終更新23:40 GMT)
https://www.theguardian.com/lifeandstyle/2017/mar/11/doing-death-differently-todays-funerals-are-not-like-they-used-to-be

Zoroastrians, who can neither bury nor cremate their dead, typically opt for microwave cremation or dissolution in acid.