2016年7月18日月曜日

凍土壁というアイデア自体がデブリの所在を示唆するものである

#今回も、今更の感が強い話である。このブログでは注目されているはずの、新規性の高い、参議院選挙の得票率の伸びについての話を一週間経っても出せないのは、ご愛敬である。私の低レベルの泥縄シミュレーションでは、結果は出るが、時間を要するのである。

支援機構が初めて「石棺」に言及・・・でもその可能性を考えてなかったのって、ちょっとおかしくないですか? - Togetterまとめ
http://togetter.com/li/999641
#まとめ主は、木野龍逸氏(@kinoryuichi)本人。

凍土壁に関するトピックス:朝日新聞デジタル
http://www.asahi.com/topics/word/%E5%87%8D%E5%9C%9F%E5%A3%81.html
#「凍土壁」の語の解説が朝日新聞に掲載されたのは、2014年06月03日朝刊。


ジャーナリストの木野龍逸氏が上掲リンクのように、原子力損害賠償・廃炉等支援機構(以下、支援機構)が初めて「石棺」に言及したとツイートしている。しかしそもそも、『技術戦略プラン2016』(略称、日本語のみ、リンク)は、嘘に嘘を重ねた文書であって、凍土壁を考案した時点で、凍土壁を考案した関係者も、メルトスルーしていたことに気付いていたのではなかったか。このような考え方に、遅まきながら、私は至っている。建屋内というより、地中に落ち込んだデブリの処理が念頭にあったからこそ、地下水を凍土壁で止めるという、部外者には俄に理解し難い方法を考案できたのであろう。実際のところ、デブリが地中に落ち込むほどの高温であるならば、鉄筋コンクリート等で止水壁や止水底を建設したとしても、穴を空けられてしまっていたであろう。

なお、『技術戦略プラン2016』は、期待される機能を発揮していない海側遮水壁には言及せず、「陸側遮水壁(凍土壁)を設置して建屋に近づく地下水自体を減らす重層的な対策も施している。」(4-22ページ)として、凍らせることができた部分については、凍土壁を肯定している。このような表現は、同文書が行政文書であって技術文書ではないことを示す証拠の一つである。プランの筆者は、海側凍土壁に係る現実を省略し、高温の物体が地中に存在することが示唆されることを上手に避けたつもりなのであろう。しかし、同プランは、言うまでもなく、全体を概観するための文書としては落第である。

私より頭の回転の早い人や組織なら、凍土壁を考案しているという報道に接した途端に、「彼らもデブリが地中にあると考えているな」と理解できていたのであろう。頭の固いことを自ら認めることになるので癪ではあるが、当時の私は、高温のデブリがメルトスルーしたという概念を、凍土壁というアイデアの披瀝に係るニュースと明確に関連付けて考えることができていなかった。今回、この考え方を応用するなら、「一部帰還を政府が進める現在、なぜ、支援機構は、否定的な形にであれ、石棺方式に対して、初めて言及したのであろうか」と考えることが、福島第一原発事故の現状を考える上での一つのヒントになるのであろう。

『技術戦略プラン2016』が石棺化に言及した背景事情は、同プランがデブリを封じ込める方法について、「中期的リスクの低減と長期的リスクの低減」などと整理していることとは逆に、短期的な観点に立つものでしかない。チェルノブイリ原発事故後の関係三か国の人口減少の程度(人口の4分の1程度)を考慮するなら、いくら何でも、10年後のわが国において、少子高齢化や「多死社会」だけに人口減少の原因を求めることは、無理がある。私も同様ではあるが、わが国の政体が生き残っているかさえ、怪しいところである。「石棺化は機能しませんが、我々の方法は、冷温停止を実現しているので安全です」というアピールは、現在でも信憑性がないが、人口減少の原因が福島第一原発事故にあることが誰にも否定出来なくなった近未来においては、憎まれるレベルのものでしかないであろう。近い将来でさえ通用しないであろうことが明白な、関係者全員の連帯責任が問われかねない行政文書に、一体、どのような役割が期待されているのかと考えることは、このプランに隠された意図を探ることにつながると思われる。その理由は、わが国の官僚制度が組織の危機においてさえ焼け太りするものであるという基本路線と合わせて考えてみると、ある程度読めるものである。

支援機構がこのような稚拙な「プラン」を公表した理由は、放射性廃棄物の最終処分であろう。石棺化を否定しつつ(=つまり最終処分地としてのライバルでもあるウクライナが採用している方法の好適性を否定しつつ)、わが国独自の方法により、現状では封じ込めが達成できているかのように主張すること(『技術戦略プラン2016』4-1ページ)は、「厳格に管理するので、最終処分施設の建設・管理も安全・安心です」という近い将来におけるアピールに転化できる。国内で話をいったん通してしまえば、後は国際社会に対してはヘイコラしつつ、「国際的に」形成されている利権を固守するだけである。日本語でのみ「プラン」が示され、「Special Advisors」の選考過程も利益相反も不明であり、日本国民の生命及び健康ならびに財産が保護されていないという現状は、このような二枚舌の存在を否定するものではない。

しかしむしろ、福島第一原発事故後の対応における原子力工学関係者の失策続きの状態※1は、わが国を最終処分地とすることに対して懐疑心を覚えるに十分なものである。わが国という存在は、どう贔屓目にみても、現状、セキュリティ上の大穴にしかなっていない。にもかかわらず、五年後の今、なぜ、支援機構(の原子力関係者たち)は、特定人物の主張を想起させる立場へと転換するかのごとき動きを見せ始めたのであろうか。


※1 事故そのものに至る過程も、複数の失敗・失政の産物ではあるが、2011年3月23日あたりから現時点に至るまでの対応の方が、むしろ、わが国における非競争的分野の劣悪さの表れと見ることができる。このために、私は、日本的な組織(株式の所有割合ではなく、経営陣や従業員により作り出される企業文化が日本的=忖度によって動く組織)が最終処分を実施・管理することに対しては、懐疑的である。同時に、外国籍の企業や国連の共同統治に委託するという手段(いずれも、陰謀論業界界隈ではポピュラーな観測である)についても、具体的な内容を見なければ、単純に賛同することができない。担当者でも何でもないけれども、窮地に立たされた気分になっている。




平成28年7月19日追記

凍土壁というアイデア自体がデブリの所在についての関係者の認識を強く示唆するものであるという推測は、私にとって、かなり確度の高いものである。来るべき「東京裁判」において、被告側の弁論を通じて明確に否定されなければ、被告の有罪を認定する事実となるレベルのものである、と勝手に考えている。

一般人にどうにも理解し難い政策であるにもかかわらず、打ち出されたほかの政策のひとつに、最近、環境省により示された、放射性セシウム8000[Bq/kg]以下の除染廃棄物を公共事業に再利用できるとする基本方針がある(たとえば、毎日新聞2016年6月30日)。この方針は、従来、放射性物質汚染対処特措法に基づき、100[Bq/kg]超8000[Bq/kg]以下の物質の廃棄については、通常の廃棄物と同様で構わないものとしてきたことに加え、公共事業への転用を新たに認めたものである。この方針は、2011年11月のIAEAの視察報告書(リンク)の助言として(Executive Summary, Advice, Point.5, pp.4-5.)示されたものを適用したものである(環境省による和訳)。また、環境省に設置された「中間貯蔵除去土壌等の減容・再生利用技術開発戦略検討会」※は、除染時に生じた汚染土壌等の処理を福島県外で実施することを目的にしており(リンク)、平成36年度(2024年度)中には基盤技術を確立するという工程表(リンク)を示している。仮に、この方針が関東と東北地方の一部など、場所を限定して適用されるということであれば、現実に放射性セシウムによる土壌の汚染が同程度以上となる地域が広大であるという前提があるために、理解することは可能である(が、賛同はできない)。可能な限り、集積して管理するという方法が基本のはずである。

公共事業に除染土壌等を再利用する方針は、「国が、中間貯蔵開始後30年以内に、福島県外で最終処分を完了するために必要な措置を講ずる」(※検討会第1回議事録、リンク)と定めていることに発するものである。昨年(2015年)7月の第1回検討会の議事録によれば、この時点で、環境省の担当者から本方針に係る検討事項が示されている(同上)。

検討会における学識経験者の機能は、基本的には、環境省から提示された要件下で目的を達成するためにのみ、発揮されている。例外は、油井三和氏(国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構 福島研究開発部門 福島環境安全センター センター長)であり、農地への再利用という使途をオプションとして残すべきであると提言している。除染土壌等を福島県外で再利用するという国の方針に対して、基本的な疑義を呈する学識経験者は、第1回の議事録による限り、存在しない。検討会の性格を鑑みれば、この事実は、単に規定路線というだけである。近い将来、各委員が処罰の対象になることがあったとしても、驚くことでもないし、同情の対象にもならない。各委員の中で、この検討会に参加したことが黒歴史となるか否かは、より詳細な経緯が残されていなければ、外部の人間として、把握することもできないことである。(国の基本方針を修正しようとした経緯を把握することができない委員については推定有罪と考える方法も、結果の重大さを鑑みれば、成立する余地がある。)

国が基本に悖る方法を採用し、それを「学識経験者」が強化するというテンプレは、ここでも見られる訳であるが、なお理解できないのは、国が県外処理を決定した経緯であり、その方針が政権交代を経ても維持されているという事実に係る理由である。県外処理の決定は、民主党(野田)政権時である。当時の野田政権の答弁書には、「総合的に判断した結果、」という説明がある(リンク)が、これは、およそ理由にはなっていない。政策決定に係る当時の民主党政権の説明不足と、自由民主党・公明党政権への交代時にもこの方針が継承され、そこにも明確な説明が見られなかったという経緯は、今後の検討課題ということにしておきたい。




令和3年2月27日追記

記事中のリンク切れを「国立国会図書館インターネット資料収集保存事業」(つまり公式のアーカイブ)に修正し、段落をpタグに変更した。

ロシアによるウクライナでの特殊軍事作戦なる戦争状態下において、チェルノブイリ原発がロシアの管理下に置かれ安全が維持されているとのロシア・スプートニクの報道があり[1]、神恵内村で最終処分地選定調査の受入れを決めた現職の高橋昌幸氏が村長に再選された[2]本日、訪問者が居ないであろう本ブログで、カバレッジの問題が検出された、とのメールを受領した。なるほど確かに、本記事は、ここ最近の話題のド真ん中をカバーするものではある。が、本記事の本来のスコープは、わが国の原子力業界の安全性の軽視から来る帰結を述べるのみであり、ウクライナとロシア両国の動向をウォッチするものではなかった。本記事をカバレッジから外す理由が私には全く存在しない以上、その行いは他者つまりは(正確には分からぬが)サーバ事業者によるものである。その経過を通告してくれるとは、某社の担当者間の整合性と良心の差が、図らずも明らかになったものと認められる。

何度かいくつかの手段で述べてきたつもりであるが、私の目的は、「誰もが日本語で(通信費を除き)無償で読める状態に、真実と認められる話を記すこと」である。この目的から派生可能な隠された目的は当然にあるものの、本ブログにおいては、当初の目的を専らの達成すべきものと置いているのみである。この目的は、研究者の研究活動に必要なものでもあり、これを違法な手段で封殺することは、当然の反応と帰結を呼び起こすと誰もが弁えるべきものでもある。本件の発生は、日本国において、基本的人権に係る教育が貫徹されず、その結果として生じたものであろう。これは、(おそらく)一個人の非行に帰せられ(当人が濡れ衣を着せられ)てしまう種類の・誰もが残念な結果になるグダグダ・ドタバタな事務方的論理を100%以上反映したつまらぬ行為の集積であり、本来、ここにかかずらわっている暇など誰にもない種類の些事である。けれどもこれは、現に起きる種類のトホホな事態でもあり、起きたこと自体がわが国の悪弊を明らかにしてしまうという、入れ子構造を形作るものでもある。要は、バカが検閲すると大変に残念な結果を残すだけになると指摘しておきたいだけではある。が、バカはバカであるがゆえにバカであることを自覚できず、同じ過ちを繰り返すものでもある。


[1] Telegram: Contact @sputniknewsus
(2022/02/27 01:44JST)
https://t.me/sputniknewsus/8022

[2] 神恵内村長選で現職6選 核ごみ調査受け入れ―北海道:時事ドットコム
(2022/02/27 20:04JST)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022022700503&g=pol

2016年7月17日日曜日

基本的人権の擁護は新東京五輪の開催に優先する(宮家邦彦氏の議論に対して)

基本的人権の制限、テロ対策に必要? 宮家邦彦氏ら議論【東京オリンピック】
http://www.huffingtonpost.jp/2016/07/17/fundamental-human-rights_n_11036744.html

7月17日に放送されたフジテレビ系列番組「新報道2001」で、2020年の東京オリンピックのためのテロ対策として、基本的人権の制限が必要がどうかが議論された。出演したキヤノングローバル戦略研究所の宮家邦彦研究主幹が「今までのやり方では絶対に不可能。そこは考えなきゃいけないと思います」と述べ、議論が必要だと強調した。

とある。わが国は、すでに先進国と呼べる状態にはないのであるが、テロ対策においても、先進国であるための規範的な要件であるはずの基本的人権の保護を犠牲にして、開発独裁国家としてのオリンピック成功を企図するようである。宮家氏は、2001年の同時テロ事件に際して、子ブッシュ政権が採用した政策体系を念頭に置いているのかも知れない。しかし宮家氏は、15年後の現在、大統領候補のドナルド・トランプ氏が9.11の再調査を行うことを提案し、これに反発しているブッシュ一家が共和党大会を欠席することを、まさか知らないわけではあるまい。たったの15年で、基本的人権の大幅な制約を狙った戦争屋の目論見は、ひっくり返されたことが衆目に明らかにされているのである。

のっけから脱線するが、トランプ氏が9.11についての調査を進めることを、個人的には大変楽しみにしている。9.11の再調査は、アメリカが超大国たり得なくとも、まともな先進国として生き残るためには大事な過程である。子ブッシュ兄の方を少なくとも同事件について罪に問うことができるか否かは、今後の世界を左右する重大事である。子ブッシュ弟も同事件に至る過程についてクリーンというわけではなく、2000年の大統領選挙について、フロリダ州における選挙上の不正に関与している疑いが指摘されている。もちろん、自称デバンキング作家等、わが国における戦争屋の追従者に、「ねえねえどんな気持ち?」のアスキーアートを貼ってあげたい気分でもある。

本稿の焦点に戻ると、先進国を先進国たらしめているのは、基本的人権の保護・充足状態であり、この点を自覚しつつ基本的人権が実現されている状態を高い水準で維持しようとする国民ひとりひとりの(再帰的な)意思である。(陰謀論業界周辺ではいろいろと反発はあるが)国連(=連合国)の『アジェンダ21』(でさえ)も、(ここで念頭に置かれている人権とは種類が異なるものと目されるが)司法に係る人権を一項目に含めているほどである。

宮家氏は外務省OBであり、少なくともわが国では所轄省庁OBとなるので、国連(=連合国)の論理(=建前)に通暁していない訳があるまい。であるのに、「国際的に先進国であることを示す」場であるはずのオリンピックにおいて、基本的人権を制約する、という本末転倒な提案を行うからには、宮家氏は、よほど何かの確証を掴んでいるのであろうか。仮に、そうであるとすれば、宮家氏こそ、率先して交友関係やら金銭関係やらを開示し、国民に範を示さなければならないであろう。

ロンドン五輪に際しては、基本的人権を軽視した事件によって、英国社会の構造的な課題が露わにされた形となった。ロンドンなどの都市で2011年8月に生じた暴動は、五輪事業で万人が等しく恩恵を受けた=包摂された訳ではない、という文脈で捉える必要があるものでもある。直接の契機は、警察による銃器事件捜査における、アフリカ系英国人容疑者の射殺であった。(記憶に頼る限りでは、その後の調査により明らかにされた事件の詳細は、また調査そのものは、権力に阿るものであるようには思われなかったが、)ロンドンのアフリカ系低所得者層居住区であるハックニーでは、大々的な暴動に発展し、わが国でも報道された。英国社会は、伝統的に階層社会であったが、五輪事業前にすでに移民社会ともなっており、五輪景気に乗るための社会競争も厳しいものであったことが暴動の要因の一つと見なされているようである。

権力側の人間によって基本的人権が蹂躙されることが、基本的事件を制約する必要を謳うかのような事件の原因となるとすれば、先に原因の芽となる権力側の非違を摘むことが大事である。これが、ロンドン五輪前の(私の中ではハックニー)暴動の教訓である。この論理は、別に私のオリジナルという訳ではなく、モンボイス[著]渡部正郎[訳], (1969). 『市民と警察』, 立花書房.からの演繹である。翻って、宮家氏の主張は、わざわざ権力の側から基本的人権を抑圧することを明言したのであるから、議論の前から、先進国の権力を付託された側の人間として、負けたことになっていないか。

今後のわが国の下降線の行き着く先は、なかなか読み切れないのであるが、わが国に生き残りの芽があるとすれば、その方法は、諸国民の公正と信義に頼るほかない。福島第一原発事故について、嘘を吐き続けてきた政権を担いできた日本国民ではあるが、日本の政体の嘘がバレ尽くして、国際的に彼らの進退が窮まったとき、全員が全員、開き直って「ヌッ○○してみろや!」という訳にはいかない。国際的には、そのくらいの被害を、ダダ漏れの5年を通じて生じさせてきたのであるが。(北半球+環太平洋で、60年代くらいの死亡率の上昇だと見ると、大体、予想される被害が日本人全員の人口規模に達する。)

いずれにせよ、今後のわが国が何とか国際社会の一角に地位を占め続けるためには、基本的人権の墨守こそが生命線となる。2020年の新東京五輪の開催があるにせよ、その制約は、「基本的人権をまったく制約しない」という条件の下での代案を(真摯にかつ包摂的に)出し尽くした後でなければ認められないのである。元々、安倍晋三氏の嘘、「アンダー・コントロール」で獲得した新東京五輪である。根本に誤解がある以上、新東京五輪の開催は、基本的人権を制約する必要があれば、取りやめて構わないであろう。基本的人権の擁護は、わが国の生き残りに必要であるが、東京五輪の開催は、わが国の生き残りには不要なのである。




2016(平成28)年10月21日追記

読み間違いをなくすために、追記して淡赤色で示した。




2017(平成29)年11月11日訂正

誤字を淡橙色で訂正し、タグをpタグ中心とした。

なお、私は、今も安倍晋三氏の「アンダー・コントロール発言」を国民を欺くものであると考えている。

2016年7月14日木曜日

平成28年7月13日は、日本のターニングポイントとして記憶されることになるかもしれない

 昨日(13日)は、いろいろ盛りだくさんの動きがあった。天皇陛下が退位されるとのご意向を示されたことをNHKが報道した※1。これに対して、皇室典範の改正によって、憲法改正を阻止するとの観測も示されている※2一方、宮内庁の山本信一郎次長が報道内容を否定したとの報道もある※3。これに先立ち、今朝の大手紙は、南沙諸島における中国の動きに対する批難で埋め尽くされていた。今回の話題の焦点は、こちらにある。この批難は、参院選によって憲法改正派が3分の2を占めたこととも無縁ではなかろうが、この点について、本稿で触れるつもりはない。

 読売新聞2016年7月13日朝刊(東京)は、非常に問題含みの構成であった。(1)太平洋戦争時、南沙・西沙諸島が日本によって占領されていた点、ポツダム宣言については、言及がなかった。(2)実効支配という語は、中国による行為のみに対して用いられていた。読売新聞の二点の構成方法は、自衛隊(および日本国)に対し、一種の謀略として機能する。最近のわが国においては、従来なら法理論上の検討だけに終始すると思われていた外患罪について、現実に検討する余地が生じていることに、大変驚かされる。

 日本の自衛隊は、アメリカ軍とは異なり、「航行の自由」作戦に直接従事すべきではない。それは、ポツダム宣言を受諾していること、現在の中国(中華人民共和国)が戦勝国であること、の二点から、自然に導かれる結論である。「航行の自由」作戦と同様の行為を自衛隊が取ることは、戦争行為であると中国に見なされることになろう。当該海域の民間船舶の安全・円滑・自由な通行は、わが国にとって死活問題であるが、他方で、中国が当該海域でわが国へと輸送業務を行う船舶の通行を妨害したという事実は、(少なくともニブチンの私が気付くほど大々的には)報道されていない。国際的な規範から中国が逸脱していると批判することは容易であるが、他方で、わが国も、福島第一原発事故について、大いに国際法から逸脱した状態で拱手している。中国が好き放題にふるまっているとして、わが国による明示的な活動が現時点で必要であるとする論調は、諸方面のみならず、論者自身に対しても、危険を及ぼす。(では、日本国民は何をすべきか?静観するしかなかろう。)


※1 天皇陛下 「生前退位」の意向示される | NHKニュース(2016Jun13 19:00)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160713/k10010594271000.html?utm_int=news_contents_news-main_001

※2 おしえておしえて。。。 on Twitter: "凄いことが起きた。天皇陛下が裏技使って安部から国民を救った!これから皇室典範改正があります。皇室典範改正は国会での憲法改正よりも最優先事項、天皇陛下が生前退位するという事は安倍の任期中、2018年まで憲法改正は出来きなくなるということ。天皇陛下によって改憲は阻止されました。"
https://twitter.com/oshiete_2017/status/753210645542150144

※3 「そうした事実一切ない」=宮内庁次長は報道否定-生前退位:時事ドットコム(2016Jun13 23:02)
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016071300971&g=soc



平成28(2016)年7月17日追記


 今週末までの間に、本件報道について、多くの報道や論評が見られたが、陰謀論界隈でも、意見が四分五裂した状態にあるように見える。「陰謀論」のいくつかは、いくつかの背景となる組織が自分たちの利益へと世論を誘導すべく提起されたものである。また、その組合せは、自ずから、それらの背景となる組織を臭わせることがある。この話は、いろいろと話題が広がるので、後日としたい。

 ともあれ、報道関係者の立場に立ち、なぜこのタイミングで、天皇陛下のご意向を報道するのか、を想像してみると、本件報道は、天皇陛下及び皇室を貶める意図によるものか、支持する意図によるものか、が見えてくる内容である。一応、以下に示す私の理解が誤っていた場合を想定して、段落替えをしておこう。(一段落・一主題、という基本からすれば、私の理解が正しいという前提が機能する場合にのみ、段落を続けることができるように思われたので)

 私は、この報道を「NHKの中にも天皇陛下と皇室を敬慕する者がいて、その人物が※1、皇室と直接か、または非常に近く忠義に厚い関係者を通じて、調整の上、このタイミングで報道した※2」ものであると理解した。これは、※で示した二項目のそれぞれについて、真と偽の両方を検討した結果である。※1と※2両方とも偽である場合には、映像による「否定のお言葉」を報道されてガセであることがバレるというリスクが存在する。なお、※1と※2両方とも真であるという場合分けは、その後の大手紙の報道が追従した結果によって、間接的に肯定されている。

2016年7月12日火曜日

木下黄太氏の2012年の言説を今更検討してみる

 ジャーナリストの木下黄太氏は、2012年、横浜市内の一つの高校で、一晩の間に、教員の一人と学生の一人が心疾患で亡くなったという読者の報告について、この現象が珍しいものであり、その原因が福島第一原発事故由来の放射能によるものではないか、と論評した※1。木下氏は、この報告を受けて、裏取りも行ったという。この報告を事実として受容することには、問題がないであろう。ただ、木下氏は、一晩の間に教員と学生とが同時に病死したという事実を、珍しいものであると当然視しているようにも見える。

 そこで、本稿では、遅ればせながら、冒頭の木下氏の主張に焦点を合わせ、木下氏の主張が一種の早とちりではないのか、という可能性を追究することとしたい。あらかじめ本稿における検討結果を述べておく。「一年のうち」という、一晩に比べて長い期間を仮定しても、全国の高校のうち、ある高校一校以上において、学生と教員のそれぞれが一名以上、心疾患で亡くなるという事態は、3.58パーセントという比較的小さな確率に留まる。よって、この現象は、珍しいものと考えて良い、という結果を得た。ただし、「どのような死因を珍しいと捉えるのか」という仮定を検討することなしに、この種の検討を行うことは危険である。この検討は、後日の課題としたい。


 木下氏の紹介するような種類の現象を理解するには、「同じ学級に同じ誕生日の生徒がいる確率はいくらか」という問題に類似した、直感に反しがちな計算を行う必要がある。この問題は、「誕生日のパラドックス」と呼ばれている※a。この問題は、「個別の出来事としてはありそうにないことでも、多数について起こりうることについては、速断するのは危険である」という、数値を取り扱う上での注意点を教えてくれる。

 一年のうちという条件を付せば、ある高校において、学生と教員がそれぞれ一人以上亡くなるという現象は、日本全体で見れば、特に珍しいことではない。少し古い情報だが、平成24年の学校基本調査※2を参照し、高校だけを抜き出すと、高校は5022校あり、高校一校当たりの学生の平均人数は、次表のとおり、669人である。また、25歳から64歳までの5歳年齢階級に教員が均等に分布すると仮定すると、次表に示したとおり、各階級に6名ずつが分布することになる。「組織としての安定性を重視するために、偏りのない年齢構成となる」と仮定することには問題がないので、この仮定を採用する。各年齢階級における10万人当たり死者数は、人口動態統計※3から、次表のとおりである。これらの数値を利用すると、各年齢階級の成員の全員が一年のうちに心疾患で亡くならない確率は、次表のとおりに計算されることになる。

表:わが国の平均的な高校において学生と教員が心疾患で死亡しない確率
五歳
年齢
階級
成員

種別
高校一校
当たりの
平均人数
$N$
10万人
当たり
死者数※4
$d$
全員が心疾患で
死亡しない確率
$\bar{p}$
15~19歳学生66910.9933322950
25~29歳教員62.70.9998380109
30~34歳教員64.50.9997300304
35~39歳教員67.40.9995560821
40~44歳教員613.30.9992022653
45~49歳教員621.80.9986927127
50~54歳教員633.80.9979737129
55~59歳教員652.10.9968780688
60~64歳教員682.10.9950840996

※4 厚生労働省の死因分類表における「09200 心疾患(高血圧性除く)」を利用した。


 各行の末尾にある計算式(各年齢階級の成員の誰もが心疾患で死亡しない確率)は、次式で表せる。\[(1 - \dfrac{d}{100000})^N\]教員については、各階級で求められた$\bar{p}$を乗算すると、教員の誰もが一年の間に心疾患で亡くならない確率となる。その値は、0.9989120686...である。教員の1名以上が亡くなる確率$p_b$は、教員の誰もが心疾患で亡くならない余事象の確率であるので、\[p_b = 1 - 0.9989120686...= 0.00108793...\]である。学生が1名以上亡くなる確率$p_a$は、前表に掲げた$\bar{p}$に相当する事象の余事象の確率であるので、\[p_a = 0.006667705...\]となる。

 以上から、わが国の平均的な高校一校において、一年のうちに、教員と学生がそれぞれ1名以上心疾患で亡くなる確率は、\[p_a \times p_b = 7.25401 \times 10^{-6}\]となる。ここでは、Excelを用いて、対数変換せずに計算しているものの、計算の精度が問題となることはないであろう※b。高校一校で、教員と学生がそれぞれ1名以上心疾患で亡くならない確率は、$0.9999927460...$となる。10万分の7というきわめて小さな数値である。しかしながら、全国には5000校ほどの高校があるので、全国の高校すべてについて、教員と学生が1名以上同時に亡くならないが確率は、$0.9642258305...$となる。念のため、計算式は、\[0.9999927460...^5022 = 0.9642258305...\]である。全国のいずれかの高校において、教員と学生が1名以上同時に亡くなる確率は、べき乗で計算されるので、単に5000倍する場合に比べて、一桁確率が高いものとなる。$0.0357741695...$、つまり$3.58\%$である。この数値は、解釈が人によって異なる程度の大きさである。伝統的な統計学的検定では、危険率を$\alpha = 0.05$に設定する。今回の結果は、何かおかしなことが生じたと解釈する数値になる。



※a 私は、この種の問題を解く方法を、高校生のときにも、大学の学部生のときにも統計の授業で学習したが、このように呼ばれていたことは知らなかった。この問題では、クラスの人数が367名(閏年の場合を含める)を超えると、「鳩の巣原理」が適用されるため、2名以上が必ず同じ誕生日であることになる。100%が保証される閾値よりも相当小さな人数で、2名以上が同じ誕生日を持つ確率が増えることが、「パラドックス」という名を付された理由であるという。「鳩の巣原理」のもう一つの呼び方である「ディリクレの箱入れ原理」は、高校の数学の先生に教えてもらった(ような)記憶がかろうじて残っている(ような)。「鳩の巣原理」は、1963年にハーレス・ジェウェットの両氏によって、一般化されている。

鳩の巣原理 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A9%E3%81%AE%E5%B7%A3%E5%8E%9F%E7%90%86

統計局ホームページ/日本の統計 2014-第22章 教育
http://www.stat.go.jp/data/nihon/back14/22.htm

22-1 学校教育概況(エクセル:33KB)
http://www.stat.go.jp/data/nihon/back14/zuhyou/n2200100.xls


統計表一覧 政府統計の総合窓口 GL08020103
(人口動態調査>人口動態統計>確定数>死亡>年次>2012年)
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001108739

5-16 性・年齢別にみた死因簡単分類別死亡率(人口10万対)
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/Csvdl.do?sinfid=000022220057
A186行(M186:V186)

※b 私の実力の浅さゆえ、1年当たりという死亡率を1日単位に変換する作業を、対数変換抜きにExcelで計算して良いかどうか、即答できない。十中八九、対数変換して計算すべきであろうし、そうすれば問題ない精度の数値が得られるであろうことに対しては、自信を持っている。

平成28年7月12日朝刊の18・19歳投票率に係る読売記事は著者の無知を示す

#以下は、誤報の中からでも、それなりに妥当な結論を引き出すことができるというオシントの一例を私の著作として書き貯めるために用意した文章でもある。あまり整理されていない。あしからず。

 平成28年7月12日の読売、朝日、日経は、いずれも朝刊で、18・19歳投票率の高さについての記事を示している。各紙とも、総務省の調査に係る発表を受けて記事を制作したようであるが、総務省のウェブサイトの「報道資料」のフィードでは、当該資料は公表されていない※1。三紙のうち、日経の記事は、全年代の投票率が平均的な値を示した市区町村を全国から抽出して年代別の投票率を計算した旨を記載しており、唯一、この調査内容の正当性を検討する内容を含む。これに対して、読売の1面記事は、調査の概要について、次のように紹介するに留まる。
 調査は、47都道府県それぞれから、おおむね4投票区を抽出し、18歳、19歳の投票率を調査した。抽出された18、19歳の有権者数は計1万1480人で、当日有権者数の0.01%。18歳より19歳の投票率が低い理由として、大学進学などで親元を離れながらも、住民票を移さず投票にも行かない人がいるとの指摘もある。
『読売新聞』(2016年7月12日東京朝刊)「18歳51%、19歳39%/参院選投票率 抽出調査」1面14版


 問題は、読売新聞の3つの記事担当者(記者およびデスクとみなすことができる)の誤解に由来してか、いずれの記事にも、抽出調査であるために単純に比較できないという趣旨の文言が含まれていることである。読売は、独自に都道府県選管に問合せしたとされるものの、その作業は、両記事における記述の正確性に反映されていない。2面では、
【...略...】抽出調査のため、単純な比較はできないが、18歳、19歳とも全体の投票率よりは低かった。
『読売新聞』(2016年7月12日東京朝刊)「主権者教育 一定効果/出前授業や模擬授業/18歳投票率」2面14版
と地の文の冒頭の段落で述べており、38面の最後の段落では、
 各都道府県の調査はサンプル数が少なく、数字は必ずしも県全体の傾向を反映しているとは限らないが、市町村職員中央研修所客員教授の小島勇人さん(64)は「主権者教育の有効性が証明された。18歳選挙権がメディアで注目された上、各高校で選管による出前授業や模擬投票などが積極的に取り入れられ、関心が高まった」と分析。【...略...】
『読売新聞』(2016年7月12日東京朝刊)「18歳投票率 際立つ高さ/19歳と比較/「教育で関心高まる」」38面14版
と述べている。


 公平を期すためにも、私の解釈をここで明示しておく:日経の紹介した総務省の方法では、投票率の推定値は、全国の(真の)値についての不偏推定値とはならないものの、18歳・19歳に対する主権者教育の効果は、否定できない程度に表れたと見ることができると言える。文部科学省は、ほぼすべての高校で主権者教育を実施したことを報告※2しており、読売2面記事もこの報告を紹介している。近年の高校進学率は9割強に達する※3ために、睡眠学習にせよ、大多数の18歳が主権者教育の対象となったとして良いであろう。18歳と19歳で表れた10%の差や、20代との差は、19歳の主権者教育の受講率を把握せずとも、18歳に対する主権者教育の効果を主張して良い桁の差である。


 読売記事は、抽出調査であるために単純な比較が行えないとしているが、この理解は誤りである。抽出方法が平均値に近い選挙区を4区選択したというものであるために、交絡要因を否定できない(積極的に肯定する材料もないが)のである。ここに見るような読売執筆陣の誤解は、複数名の関与したことが認められる記事に表れたものであり、当該部門で統計学の知識が必要とされることが明らかであるにもかかわらず、この品質で世に出されたものである。複数名によるチェック機能が働かないという事情を鑑みれば、読売執筆陣の無知は、おおむね、わが国の文系の大学卒業者のデフォルト状態であると見なすことができよう。体験的には、間違いなく、30代以上については該当する状態であると断言できるのであるが、これは個人的体験に留まるものである。他方、日経執筆陣には、少なくとも1名以上の社会調査に対する正確な理解を備える人物がいると考えて良い。体験的には、社会人の数名に一名程度は、日経の記事が良記事であり、読売の記事が誤解に基づくものであることを理解しているとみて良いであろう。決して多数派ではない、というところがポイントである。


 今回の読売の記事は、吐かなくて良いウソを吐いて、記事のほかの内容にまで疑問を持たせるものであるが、昨日の意図的な「誤報」と共通の(職場)環境から 生じたものでもある。私の興味の焦点は、「読売の記事が低品質なものである」という事実そのものに対して向けられている訳ではなく、「読売の記事の水準が 許容され、この程度の理解が再生産・維持される社会構造」にあり、「読売の調査担当者の努力(ということは、都道府県選管の担当者の時間的リソース)が相 当消費されているにもかかわらず、そのリソースとは無関係に記述された内容によって、記事全体の印象が台無しにされているという状態」にあり、「この残念 な状態は、巡り巡ってわが国の国民益(「国益」すら)を毀損しているものの、社会的に(相対的に)僅少なリソースを投入するだけで、正確な知識の普及とい う観点からは、劇的な改善が望めるのではないかとの予想」にある。

 以下、蛇足。読売記事の執筆には、人件費だけでも、ざっと数十万円がかけられていると見ることができる。にもかかわらず、統計学に係る誤解を招いたという観点からは、価値はむしろマイナスである。ウソかウソではないかという二択に限定すれば、ウソであるとできる情報を大規模に(公称1000万部)流通させたことになる。いったん大規模に流通した学問上のウソをデバンクするためには、多大な社会的コストを要する。しかも、このウソは、読売新聞の隠された意図を実現する上でも役立たないものであるどころか、私のような疑り深い読者に付け入る隙を与えるものでしかない。この点、今回の種類の情報に正確性という観点から適切な価値を発生させるためには、たとえば、「大学等の高等教育・研究機関におけるリエゾン/コンシェルジュ(実際の名前をど忘れしている)を普及させて利用させること」や、「大手紙ならば、社内で、この話題なら、この専門家に聞けと紹介できる資料室を設置すること」や、「統計の専門家がセクシーな職業であるということを紹介するだけでなく、新聞社として実現すること」を通じて、正確さが保証されている情報を普及させた上で、記事に反映できる仕組みが必要ということであろう。ただ、体験的には、社会におけるほかの情報整理機能として、日本の図書館のリファレンス機能は優秀だと考えるものの、紹介先の情報そのものの真偽を担保する仕組みが薄弱であるために、その優秀さが結実しないことが生じているようにも見受けられる。紹介された情報自体が役立たない理由として、あえて原因を列挙すれば、研究者や学識経験者が建前と本音を使い分けたり、金銭的な利益に左右されていたり、社会的な影響を忖度したり、あるいは低度の知的水準に留まるために※4、正確ではない知識が産出し発信しているというものが挙げられる。


 正確な知識へとリダイレクトする「知のコンシェルジュ」の不在に対して、Google検索が発展しきった現在、ペーペーの記者が一人で興味のある話題を検索し、トップに返される「専門家」に対してコンタクトできる状態が生じている。知の平等という観点からは、この状態は、きわめて喜ばしく、私もその恩恵に深く与っている。しかし、この状態は、「情報が正しいこと」を判断基準に据えるなら、(「真善美」の「真」を重視する規範的観点からは、)適切に利用されていない。情報生産の正しさを担保するものは、Google検索そのものではなく、結局は、Google検索結果に示された情報の正しさを嗅ぎ分ける検索者のセンスである。低水準の記事を世に問うて憚らない現在の読売新聞が公称部数でトップであるという事実(公称部数がトップであるから無茶ができるという関係もある。)は、Google検索の基本をなすベイズ統計が「ウソも100回繰り返せば事実となる」というゲッペルス?的な情報爆発に対して、一定の脆弱さを有するという事実と整合的である。ただ、日本語のGoogle検索では、スパムがトップに出るなどの弊害を避けるためか、人為的な作業がそれなりに強烈に作用しているようである。すると、その作業に関与する人物の知的水準は、わが国の情報流通の場において、決定的な役割を果たしていることになる。



※1 念のため、Googleカスタム検索も実施したが、見つからなかった。霞ヶ関のマスコミ優遇は、デフォルトである。資料が見つからないことは、このデフォルト状態を示すものと推認しても構わないであろう。今日の午前中あたりに公表されるのではなかろうか。

※2 「主権者教育の推進に関する検討チーム」最終まとめ~主権者として求められる力を育むために~:文部科学省
http://www.mext.go.jp/a_menu/sports/ikusei/1372381.htm

※3 高等学校教育の現状 - 1299178_01.pdf
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/09/27/1299178_01.pdf


※2 これら列挙した原因は、互いに無関係というものではない。

 『朝日新聞』(2016年7月12日東京朝刊)「18歳51.17% 投票率 19歳39.66%/全体を下回る」4面14版
 『日本経済新聞』(2016年7月12日東京朝刊)「初の18歳選挙権 課題残す/投票率、全体より10ポイント低い45.45%/18歳に限ると51.17%」4面14版

2016年7月11日月曜日

読売、日経、朝日、産経による平成28年7月10日の参院選出口調査の解釈上の不備について

 今朝(平成28年7月11日)の読売、日経、朝日、産経の各新聞朝刊は、前日投開票の参議院選挙の出口調査について、次のように報じているが、その内容を見る限り、朝日新聞と日本経済新聞だけが、社会調査として最低限必要とされる情報の一部を提供している。産経新聞は、日本経済新聞と同様、共同通信社の出口調査を受けて報道している。日本経済新聞が掲載した内容を併せ見れば、産経新聞社側で基礎的な情報の掲載を省略したものと推認することができる。

 各紙とも、10歳階級別(10代は18・19歳)に投票先を分析した内容を掲載しているが、各階級の回答者数を掲載してはいない。通常の社会調査の報告書では、年齢階級別の回答者数を掲載しないことは、許容されない杜撰さと見なされる。従来の新聞記事の一部であっても、出口調査について、年代別の分析を行うとともに、回答者数を掲載するものがあったように記憶している。このため、各紙の出口調査についての報道の水準は、低下したものととらえて構わないことになる。なお、この事実を確認する作業は、社会調査の基礎的な要件から各社の出口調査結果が逸脱していることを指摘するという私の論旨からすれば、ブログという媒体では、利の小さな作業に過ぎない。気が向いたら調べてみたい。

 各紙に記載された情報だけで判断する限り、出口調査を利用して偏りなく年代別の分析を行うことは、無理である。第一に、出口調査を依頼したものの拒否した人物の年代は、不明である。そもそも、年代別の拒否者数以前に、出口調査を要請した人数(拒否者もここから計算可能である)自体、より基本的な情報であるにもかかわらず、従来の出口調査報道には記載されてこなかった。政党別支持率等の割合を推定する際、調査拒否が系統誤差の要因となることが既知であるにもかかわらず、である。出口調査時の調査拒否率の非掲載は、従来から出口調査の問題点として指摘されてきており、本ブログでも、この点を指摘する先行研究を一部紹介している(リンクは後日)。

 さらに、年代別に分析するとなれば、出口調査の対象となる人たちのうち、年代と調査拒否との間に交絡が疑われる。「マスゴミ」という用語の流通状況を考慮すれば、若年層ほど調査拒否となりやすい、という状況が考えられる。この交絡は、仮定する方が自然である。社会調査としての水準を満たす年代別の分析を実施するためには、あらかじめ年代別に調査対象者を決定しておき、当日の投票後に回答を得るという枠組みを取る必要があった。本段落の指摘は、理念的な観点から行ったものである。現在の形の調査は、実務上の便利さのために許容されて良いこととは考えるが、報道各社による推論の誤りが引き起こす結果が重大であることを後段で指摘するために、あえて紹介した次第である。

 報道各社が若年層を与党支持者であると推定することは、読者に対して自己予言成就的作用を有する。権威主義的なわが国社会において、大企業による報道は、与党を積極的に支持してこなかった若年層自身に対して同調圧力となる。この結果、若年層の一部を消極的な与党支持者に転換するという機能を果たす。この再帰的な機能は、報道各社が誤報を流すこと、誤りを訂正しないことに対する危機感を減少させる。「どうせ騙されやすい読者は、(非読者もそうなるであろうが、)記事を信じ込む。だから、誤りだろうが何だろうが、書き飛ばしてしまえば、現実も後からついてくる」というわけである。

 ところで、18・19歳の現業系の公務員が出口調査回答者の多くを占めていた、与党の若い党員等に対して出口調査に協力すべしとの組織的な働きかけがあった、現業系の公務員が多く居住していたり、与党の強い地盤で重点的に出口調査が行われた、等々の背景が存在していたとすれば、報道各社の年代別支持率の推定値は、偶然誤差の程度を1桁上回る系統誤差を含むものとなる。偶然誤差は、せいぜいが数パーセントの単位に収まるが、この系統誤差は、数十パーセントに達することになるのである。支持率は、全体が100パーセントにしかならない。このような系統誤差を排除せずに得られた支持率は、ほとんど意味がないどころか、先に示した自己予言成就的な機能からすれば、社会に誤解を広めるという弊害の方が目立つものである。

 具体的な数値を設定してみれば、各紙の「分析」が知的に危うい内容のものであることがよく分かる。若年層の投票率が25%であると仮定して、与党支持者の出口調査協力率を100%、非与党支持者の出口調査協力率を50%とすると、「50%が与党支持者である」という表現は、最大、40%強の支持率を誤解に基づき上積みしたものとなる。出口調査の偶然性に係る部分を除けば(、また、この偶然誤差は、ここでのモデル化では無視して良い程度の大きさにしかならないが)、ここでの私の指摘は、中学生には見慣れた内容ではないものの、なお中学生の範囲の数学の問題として解くことのできる内容である。わが国の義務教育を優秀な成績で修めたであろうはずの報道各社のデスク・記者の面々は、誤解を与える記事を執筆したことに対して、教育課程の不在へと責任を転嫁することができない状態にある。

 真の与党支持率を$x$、非与党支持者の調査回答受諾率を$p$とすると、半数が与党支持者であるという表現は、与党支持者の出口調査協力率を100%と仮定すると、
\[\dfrac{x}{x + (1 - x) p} = 0.5\] という条件で成立していることになる。よって、 \[x = \dfrac{p}{1 + p}\] $p = \dfrac{1}{2}$の場合には$x = \dfrac{1}{3}$である。非投票者が全員非与党支持者であれば、真の与党支持率は$\dfrac{1}{12}$ということになり、最大で$\dfrac{5}{12} \simeq 0.417$という差があることになる。くだけた言い方をすれば、これらのパラメータ設定の場合には、「与党支持率は、5倍盛っている」ことになるのである。

 内実はともかく、外形的には、報道4社の出口調査の記事に関与した記者・デスク・これらの上司は、バイアスが明らかに許容される調査方法に基づき、「若者の与党支持率が半数である」かのごとき重大な誤解を迂闊にも流通させたことになる。この結論と「若者の半数が与党を支持したのであるから、若者の半数が死地に向かうことを自ら選択した」という解釈との差は、それほど隔たったものではない。「10人に1人くらい、知恵が足りなかったり、戦争を肯定する若者がいる」状態は、誰しも納得できるレベルの愚かさの表れではあり、民主主義社会においては、むしろ自然で健全な状態であろう。しかしながら、「半数の若者が戦争を許容している」という表現は、表現者の側に責任が生じる程度に深刻な意味を持つものである。現在の「民主主義社会」が過半数を前提として機能する(という欠陥を有するものが多い)以上、「半数」は、絶対的な閾値の一つである。(今後、カール・シュミットがこの陥穽にハマった一人であることについて、多少の考察を追加してみたい。)

 太平洋戦争末期にも通じるが、わが国の情報流通・産出に係る悪癖・慣習として、都合が悪い(と忖度される)数字は、指摘される度に隠されるようになる、というものがある。出口調査に係る基本的な情報が今回の出口調査で新たに隠されたことは、逆説的ではあるが、都合が悪い事実の存在を照射する材料のひとつである。「従来から紙面で公表されてこなかった出口調査に係る事実に加え、従来ならば公表されてきた事実さえ記載されなくなったこと」は、「若者の半数が与党支持者であるという解釈が記事執筆者の無知に由来して立論されたものである」ことをも浮き彫りにしている。若年層に対してわざわざ何かを言い含めるがために、各紙に共通する分析上の結論が用意された可能性があることも示唆されるのである。同時に、これらの記事に係る執筆者たちの解釈は、本稿で示したとおり、社会調査に対する高等教育の欠如ゆえになされたものとはいえず、義務教育課程の知識で演繹可能な「知恵」が彼らに欠如しているがゆえに生じたものであると指摘することが可能である。

 各紙の記事に関与した報道関係者は、この帰結から生じ得る将来の被害に対して、職業人としての責任をそれと知らずに引き受けたことになる。極端ではあるが、若者の投票行動についての分析結果から予想される社会の帰結を想像してみよう。それほど飛躍した内容ではないはずである。今回の出口調査は、現政権により、「若者の半数が賛成した」という大義名分に利用される。現政権は、紛争に介入したり戦争を開始する場合に、この大義名分を活用する。戦闘やテロ行為による犠牲者が従来のペースを遙かに上回り増加したとき、「若者が賛成した」という解釈は、犠牲者の増加に対する責任回避の理由としても、改憲の理由としても、徴兵制の採用の理由としても、活用できる根拠となる。アホな「学識経験者」が各紙の論調に同調すれば、この「根拠」は、強化される。(←この一文は、同調した迂闊な「学識経験者」に対するあらかじめの警告として機能する。)


 最後に、それでは、記事担当者が(彼ら自身が責任を一身に引き受けることを回避するために)何をすれば良かったのかをつらつら指摘して、本記事を締めることにしよう。一つには、18・19歳であることが分かっている者が一定数含まれることが明らかである組織、つまり学校や現業系の公務員の所属する組織を対象にした調査を実施するという方法が考えられる。現政権による圧力下では、とりわけ、現業系の公務員である若者の意向を把握し報道することは、もちろん歪んだ形にならざるを得ない。しかし、将来の「東京裁判」を仮想すると、現時点で事実を正確に報道しておくことは、将来の断罪の場において、新聞記者の身の潔白を示す証拠となる。今日の朝刊の記事では、圧力の有無にかかわらず、記事執筆関係者が責任を免れることはできない。せいぜいが社内で責任をなすり付け合うことになる。この点、日経の記事執筆関係者が調査方法について最低限の情報を示したことは、結果としての解釈の拙劣さこそ産経と同等であるものの、記者の罪一等を減じる材料となり得るものである。もう一つの方法として、スケープゴートとなる「学識経験者」を用意して分析させるというものが考えられる。これは、現在の新聞においても、責任回避策の定番であるが、昨今の選挙のように、「寿司友」を通じて現政権中枢の一部との密な連携を必要とするような場では、時間の構成上、調整のつかない方法なのであろう。残る案としては、回答拒否者のうち20代以下の若者と見なされる投票者の数を計上しておき、18・19歳の調査拒否率の推定に利用するという方法があり得た。これは、あらかじめ入力規則さえ定めておけば、現場で対応可能な内容であるから、最も現実的で安上がりな案であると言えよう。

 以上の指摘を、まるっとまとめ直しておこう。いかようにでも努力する方法があったにもかかわらず、無知やそのほかの理由に由来してか、今回の出口調査について、大手紙に良質な解釈を行おうとの努力の跡が見られなかったことは、各社の将来に向けての危機管理上、残念なことであった。



読売新聞「1人区「共闘」温度差/民進支持者、共産に抵抗感/出口調査」7面17版
読売新聞社と日本テレビ系列各局が10日に共同実施した参院選の出口調査で
引用部分はリード文の冒頭で一部。



日本経済新聞「18・19歳、自民に傾く/無党派、自民・民進競る」2面16版
▽出口調査の方法 共同通信社が実施。47都道府県の1856の投票所で、投票を終えた有権者に、選挙区で投票した候補者、比例代表で投票した政党、候補者、支持政党などを回答してもらった。回答者数は男性3万7702人、女性3万7602人の計7万5304人
引用部分は枠囲みの全体。




朝日新聞「18・19歳の半数 自公に投票/重視した政策「景気・雇用」28%/社会保障15% 憲法14% 子育て13%/民進19% 自民19% 共産13% お維新11%/無党派層の票は分散/本社出口調査 比例区」5面15版
出口調査の方法 全国3660の投票所で、投票を終えた有権者に、投票した候補者や政党、ふだんの支持政党などをタブレット端末を用いて回答してもらった。有効回答は18万2646人。
引用部分は枠囲みの一部。



産経新聞「18、19歳投票 自民首位/若い世代 安倍政権を評価/出口調査/1人区に共闘効果/無党派層の票 民進がトップ」6面15版
共同通信社が実施した10日投開票の参院選の出口調査によると、
 引用部分はリード文の冒頭で一部。


平成28(2016)年7月14日追記

朝日新聞は以前から東京大学の谷口研究室と共同で選挙分析を実施してきたと記憶しているが、今回、読売新聞(13日朝刊)も、議員の政策についての分析を大学等と共同して実施するようになった。ただ、本稿で示唆するように、読売新聞では、出口調査、情勢調査については、色々な差し障りが出る可能性が認められるためか、データの提供を行ったり、後世の分析のためにデータアーカイブへと寄託するといった作業は、実施していないようである。朝日新聞については、別途調べる必要がある。もちろん、良くあるパターンとして、出口調査の内容は、内密に提供されているのかもしれない。が、提供を受けた学識経験者が不正選挙を疑う内容に至る可能性を想定すれば、容易には提供されないであろうし、提供するにしても、「転びやすい」か「愚かな」、つまり「利用することができる」学識経験者を選ぶということになろう。



平成28(2016)年7月18日追記

記憶だけでメモし続けるのも難があるが、読売新聞と早稲田大学の共同分析は、前回の国政選挙にも見られたような気がしている。ただし、本稿で指摘し続けたことの主題の是非には関連しないので、面倒であることも手伝い、調べることはしない。本稿の主題・主張は、「報道各社の出口調査において、系統誤差の存在により生じる精度・確度の管理が行われているとは、それら各社の記事から読み取ることができず、また、社会調査として最小限必要であるとみなされているデータが開示されていない以上、合わせて示された分析結果に係る責任は、各新聞社の関係者に直接負わせることができる」というものである。

2016年7月7日木曜日

日経と読売の選挙情勢調査は日経リサーチに委託(メモ)

選挙情勢報道 サンプルは有権者の0.027% 公示日に投票先聞くメディアの矛盾|政治ニュース|HUNTER(ハンター)|ニュースサイト
http://hunter-investigate.jp/news/2016/06/post-899.html

参院選情勢報道に重大な疑義 同一調査データ使い回しの可能性|政治ニュース|HUNTER(ハンター)|ニュースサイト
http://hunter-investigate.jp/news/2016/06/-24-300.html

日経・読売 捏造記事で世論誘導? 選挙情勢調査で無所属候補ら省いて質問  |政治ニュース|HUNTER(ハンター)|ニュースサイト
http://hunter-investigate.jp/news/2016/07/post-901.html


疑惑の選挙情勢調査 日経、読売が取材拒否|政治ニュース|HUNTER(ハンター)|ニュースサイト
http://hunter-investigate.jp/news/2016/07/post-902.html


同サイトによれば、読売新聞社は、株式会社日経リサーチに2013年から国勢調査選挙の情勢調査を委託している。この数値に気付いたことに感心する。普通の人なら、下の3桁くらいは無視して捉えるだろう。並べて見せるという作業の勝利ということであろうか。