2017年3月31日金曜日

福島県の県民健康調査は脱落に留意すべきである

Abstract

In the Frequently Asked Questions released in 2017 March 30th in Japanese (link), Radiation Medical Science Center for the Fukushima Health Management Survey, Fukushima Medical University (link), admitted to the public that the Fukushima Health Management Survey treated thyroid cancer patients as dropouts if they had been once categorized to the observation group. This can be interpreted as a typical example in statistical wars after Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Plant accident.




本文

OutPlanetTVの昨日付記事によると、福島県立医大が、(2017年3月)30日に、これまで公表しているデータ以外にも、甲状腺がんと診断されていれた子どもが存在することを認め、ホームページに公表したという[1]。OurPlanetTVの記事には直接のリンクは存在しないが、おそらく、放射線医学県民健康管理センターのウェブサイトにおける2017年3月30日付の「Q&A[2]が問題の内容である。私の手にかかると、余計にややこしくなりそうだが、言い換えてみよう。「当センターの実施した甲状腺検査の結果、経過観察に区分された県民の皆様が、今後、甲状腺癌等を発症されたとしても、当センターでは感知いたしません。癌を発症されたとの情報を当センターに寄せられたとしても、当センターとしてはその情報を取り扱いかねます」ということである。

この宣言は、統計を取扱う者から見れば、社会現象を取り扱う(社会)統計学や疫学において、脱落と呼び習わされている現象を、当局が公式に認めたことを示す。この種の脱落があり得ることは、従来から懸念されてきたことであるが、社会的に認知される程の大きな声となってはこなかった[3]。検査において患者の見逃し(偽陰性)が生じることは、原理的にやむを得ないことである。また、今回のケースは、数値の捏造のために、患者をわざと見逃すという最悪の裏切りが生じたことを示すものでもない。この点、統計処理の最前線は正常に機能している。問題は、集計の段階で生じている。私の批判は、ほとんど常に、バックエンドにおける企画・分析・解釈の段階に向けられてきたが、本件でも、同様の構図が再確認されたことになる。

県民からの報告を計上しないことは、統計を取扱う目的に反する行為である。同センターの言い分は、関係機関とのやり取りを含めた個人情報保護体制を構築できないというものであり、この理屈には、一定の正当性を認めることができる。しかし、これだけを理由に目的を逸脱することは、本末転倒というものである。業務体制を拡充し、報告を受け付ける体制を整備することが本来の使命である。

このような反発必至の文言で、すでにバレていることが、なぜ今頃になって公開されたのかは、私に追及しかねることであるが、その理由については、いくつかの予想を立てることができる。いずれも、日本社会において、機能不全と不幸が広がりつつあることを予感させる内容である。まず、退任者・異動者が本点を認めるよう主導したものであるという可能性が認められる。医科大学の事務方も研究者も、年度末に色々異動があることから、何らかの内部告発に準じた動きを感じ取ることができる。もっとも、実際のホームページの表記は、むしろ、お役所にありがちな怠慢・縦割りを読者に印象付ける内容となっているから、文書の公開は、担当者の責任逃れという側面をも併せ持つものでもある。(#2017年4月2日、この場合が原因であったと知った。後段を参照。)他方で、患者の側からの働きかけは、最大の理由であると考えられるとともに、深刻なものである。救済のベースに乗らない可能性が認められるためである。事故前、甲状腺癌の確率は、100万分の1程度とされてきた。経過観察に区分された(つまり、一回以上の検査を受け、偽陰性と判定された)被検査者の中から、異常や癌が数名生じることは、事故の影響なしに生じ得ないことであると判定できる。

おまけ

「知る人ぞ知る」ことを公式に認めざるを得なくなるときは、「リアリティの管理」と一般の理解との間に大きな隔絶が生じているときでもある。日本語社会において統計が「リアリティの管理」=「建前」のツールとして機能しているという事実は、当然のものではある。(もっとも、私自身が明示的に指摘した形跡を残しておくことは、私個人の利益のためには大事なことであるので、繰り返しておく。)福島第一原発事故は、統計戦争※1における総力戦とも呼ぶべき状況を作り出してもいる。「戦争」の喩えは、様々な(不正な)手法が用いられる可能性が排除できないこと、しかし他方で、敗戦時に裁かれることになる行為とそうではない行為の区別が付けられることをも想起させる点、優秀である。本件の設計の不備は、統計の利用者が正確な状態を県への問合せに応じて知ることができるのであれば、許容される行為であろう。しかし、患者の救済を怠ること、数値の改竄自体を行うことは、「戦犯」となる行為である。「戦争」は、人類の常態であり続けてきたが、現代の先進国社会からすれば、異常事態である。

福島第一原発事故は、権力構造の末端から頂点に至るまで、明らかな嘘が許され続けるという、異常事態を出来させており、統計業務に対しても正常な感覚を失わせている。ほかの統計についても、材料に事欠かないが、従来の指摘の繰り返しになるために、本稿は、ここで終えることとしよう。

※1 statistical wars; ジョエル・ベスト氏の語。ただ、われわれ日本人は、この概念を非言語化された状態では理解してきたと主張できる。統計書が第二次世界大戦中に刊行されなくなった歴史を有しており、山本七平氏の「員数主義」という用語で理解しているためである。




Reference

[1] 184人以外にも未公表の甲状腺がん〜事故当時4歳も | OurPlanet-TV:特定非営利活動法人 アワープラネット・ティービー
(記名なし、2017年03月30日18:13)
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/2108

[2] 放射線医学県民健康管理センター | 二次検査で経過観察となり、保険診療を受けていた方が、経過観察中に甲状腺がんと診断されて手術を受けた場合、さかのぼって県民健康調査の「悪性ないし悪性疑い」の数に反映されたり、手術症例数に加えられたりするのですか。
(記名なし、2017年03月30日)
http://fukushima-mimamori.jp/qanda/thyroid-examination/thyroid-exam-other/000396.html

[3] 2015.12.11 復興特委「明らかに多発、異常事態」 参議院議員 山本太郎 赤かぶ
http://www.asyura2.com/15/genpatu44/msg/815.html
#コメント8番の「知る大切さ」氏の指摘。一部、「偽陰性(false positive)」についての言及もあり、内容が混乱しているが、この度の県民健康管理センターが明らかにした「Q&A」を下敷きとすれば、次の指摘は、正しいものであったことになる。

この件〔#引用者注:検査前に異変が生じて診察・治療を受け、手術済みである場合〕福島県の担当課に確認済みです。
手術数にカウントされていません。又この場合、県の甲状腺検査で見つかったガンでもないので、甲状腺調査の件数にもカウントされません。 県の甲状腺検査で見つかったガンでもないので、甲状腺調査の件数にもカウントされません〔...略...〕(自由診療扱いを元から追えない制度設計になっている)




2017年3月31日7時追記

『2ちゃんねる』の「甲状腺癌、白血病などの被ばく疾患情報スレ75 [無断転載禁止]©2ch.net」の389番の書込み[4]が、NHKに報道される運びとなったこと[5]を受けてではないかと推測していることに、遅ればせながら気が付いた。(#後段を参照。)この推理は有力であるが、NHKの報道が原因ではなく結果であったという可能性も残る。「関係者の体を張った内部告発」の候補に、福島支局から異動するNHK関係者も含まれることも、確かである。

[4] 甲状腺癌、白血病などの被ばく疾患情報スレ75 [無断転載禁止]©2ch.net
(匿名、2017年03月30日20時33分)
http://rio2016.2ch.net/test/read.cgi/lifeline/1489845727/

[5] 4歳児の甲状腺がんが報告されず|NHK 福島県のニュース
(記名なし、2017年03月30日19時50分)
http://www3.nhk.or.jp/lnews/fukushima/6055124091.html

2年前に委員会のメンバーが、こうした仕組みの問題点を指摘した際、県立医科大学は検査後にがんと診断された患者については「別途、報告になる」と説明していましたが、報告されていなかったことになります。
委員会の委員で福島大学の元副学長の清水修二特任教授は、「正確な情報を明らかにして分析するのが使命で、隠しているという疑念を生じさせないためにもどういう経緯であっても患者が確認されれば、きちんと事実として公開すべきだ」と指摘しています。




2017年3月31日22時台追記

NHKのニュースのいう「仕組みの問題点」とは、2015年2月2日開催の「県民健康調査」検討委員会 第5回「甲状腺検査評価部会」における質疑を指すものと考えられる。議事録9ページの、部会員の春日文子氏と事務局等関係者の鈴木眞一氏(福島県立医科大学教授)との質疑を指してのことではないか。

[6] 「県民健康調査」検討委員会 第5回「甲状腺検査評価部会」議事録(109093.pdf)
(2015年2月2日開催)
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/109093.pdf




2017年4月2日追記

『Togetter』のまとめ[1]から、『3・11甲状腺がん子ども基金』の確認作業から、本件が大きく報道されるに至ったことを知った。このまとめ中では、木野龍逸氏による同基金の記者会見[2]の様子が紹介されているが、木野氏は、この脱落を「通称『別枠』」と呼んでいる。まとめのコメント欄で、虹屋弦巻(@nijiya_hige)氏は、16~55名の偽陰性の患者がいるのではないかと予測している。先に挙げた予想の中では、最悪のケースから、事務局(医大および県)側が言い逃れできない状況に追い詰められるという状況が生じたことになる。福島第一原発事故については、目に見える被害が多発するまでは、関係者が隠蔽しようとし続けることになろう。実際、「パラメディカルなど、内部から声が上がらないというのはおかしい」(記者会見の38分25秒以降)[2]と、同基金のサキヤマ氏は、質疑応答において指摘している。

[1] 《「3・11甲状腺がん子ども基金」の確認作業で、福島県民健康調査のまやかしが分かった》 - Togetterまとめ
(2017年4月1日、@karitoshi2011)
https://togetter.com/li/1096219

[2] 3・11甲状腺がん子ども基金会見(ノーカット) - YouTube
(2017年03月31日、木野龍逸)
https://www.youtube.com/watch?v=kUk42w0zIYc

0 件のコメント:

コメントを投稿

コメントありがとうございます。お返事にはお時間いただくかもしれません。気長にお待ちいただけると幸いです。