2017年3月31日金曜日

自動車事故で後部座席が危険と断定する前に層別が必要である

#本稿は、読者にとって重箱の隅をつつくような話、と思われるかも知れない。しかし、この話は、社会統計を分析する者として、理解できていないと恥ずかしい種類の話であり、分析者の能力の試金石にもなる。それが、本稿を示す理由である。もちろん、私の批評が誤りであり、自身の分析能力の低さを満天下に晒すという危険もある。

『読売新聞』2017年3月29日夕刊1面に、交通事故の座席別の致死率が運転席の致死率よりも高いという警察庁の発表を紹介する記事[1]が掲載された。つまりは、運転手や同乗者が死亡するような自動車事故が起きたとき、運転者よりも後部座席の同乗者の方が「危ない」という訳である。致死率とは、この記事を引用すると、「交通事故の死者数を、負傷者も加えた死傷者数で割って100をかけた数値」である。

結論を先取りしておくと、この記事の指摘は、この材料だけで肯定する訳にはいかない。本件は、「シンプソンのパラドックス」に陥っている可能性が認められる、典型的な場合である。以下の段落で、理由を整理していこう。なお、本件を具体的な数値に基づいて追究するには、公益財団法人交通事故総合分析センターに受託統計を注文[2]しなければならない※1。本稿では、その作業は行わない。

なお、本稿の趣旨からは脱線することになるが、重要であるので本文中に示すことにすると、読売新聞の記事や警察や本稿のいう自動車事故とは、自動車が関与し、警察に認知された交通事故を指す。犯罪学では、警察の認知が重要な論点になる。本稿は、警察の認知という前提に対しては、特に疑いを差し挟むものではない。交通事故に関しては、車両の所有者が保険を受け取るためには、警察への報告が基本的に必要となることから、報告漏れが少ないものと考えられるためである。

読売新聞の分析を肯定できない理由は、致死率という指標の定義と計算方法にある。記事は明記しないが、致死率は、集計済みの統計値から求めた指標であると推認される。言い換えると、分析者は、同乗者の有無や人数や乗車位置に応じて、一件一件の事故を場合分けせずに、死者と負傷者を一括して集計し、それらの集計値を致死率の計算に利用した、と推定される。このように推測するのは、読売新聞の記事に掲載された乗車位置別の致死率が一種類しか掲載されていないからである。この定義と計算方法は、三点ほどの方法論上の問題を生じさせる。

致死率という指標が含む一点目の問題は、「負傷者」の定義中に「負傷しなかった運転者や同乗者」を含むか否かが曖昧なことである。大阪府警察がウェブ公開している交通事故の統計処理方法(交通事故統計取扱要綱[2])を参照すると、原理的には、統計システムを自由に扱える権限があれば、負傷なしの場合を含め、「座席別の全当事者数」を求めることは、簡単である。この「座席別の全当事者数」こそが致死率の分母となるべき統計値である。ただ、現実の統計システムが使いにくいために、負傷していない当事者数を簡単に求めることができないという、お粗末な状態にある可能性も認められる。この場合、「自動車の関与する交通事故における全当事者数」から「自動車に乗車していなかった当事者数」を除くという方法によって、「自動車に乗車していた全当事者数」を求めることができる。この「自動車に乗車していた全当事者」を座席別に区分して集計することが可能であれば、致死率を正確に算出するための分母を求められる、という訳である。このように、工夫すれば何とか計算できそうな目途があるところ、なぜ、「負傷者数」と「死者数」を合計した人数を分母としたのか。おそらく、交通事故の報告(本票)と、その報告に紐付けられた(1名以上の)当事者に係る報告(補充票)から、事故の態様を再現するという(手間のかかる)作業を行わなかったためであろう。以上が、「乗車しており負傷しなかった当事者」を含むか否かが曖昧である、と指摘した理由である。

二点目の問題は、致死率の分母が「全交通行動における座席別乗車人数」であるべき、とする「そもそも論」である。また、この指摘は、致死率を「座席別延べ移動距離」で計算すべきであるという尤もな意見をも惹起する。後者の意見は、航空機と自動車のいずれが安全かという議論では、常に考慮されるものである。専門的な表現を取ると、自動車事故は、日本国内における自動車による日々の交通行動というユニバース※2から生じている。自動車交通行動において、同乗者を含むものは、比較的少数の割合に留まるものと見られる。具体的な算出は、各地方で実施されているパーソントリップ調査によることになる。致死率の母集団となる(=分母に来る)「座席別乗車延べ人数」や「座席別乗車総距離」は、まず間違いなく、読売新聞の示した致死率の定義の分母とは異なる数値になる。私の指摘した統計値を用いた場合には、運転者に係る致死率は、基本的には、ますます小さな値に傾くであろうが、実際のところは、計算してみないことには分からない。他方、記事の趣旨が「事故時の死亡を防止するためには、シートベルト着用が必要である」というものである以上、事故時の全乗車人数を分母に置けば良いという考え方も、高い説得力を有する。しかし、家族が鉄道駅等まで送迎するという「キス&ライド(kiss-and-ride)」を念頭に置けば分かりやすいが、同乗者のために運転する場合であっても、同乗者なしで運転者が運転する距離は、大抵の場合、同乗者よりも多くなる。この点を考慮すれば、分母に係る検討は、面倒臭かったのかも知れないが※3、より慎重に行うべきであったろう。

三点目の問題は、同乗者がいた交通事故と同乗者がいなかった交通事故などに層別した後で、運転手の致死率を計算していないという手続から発生している。つまり、「同乗者がいる事故」の運転手の致死率は、少なくとも「同乗者がいない事故」の運転手の致死率とは区別して、分析すべきであった※4。この指摘は、「シンプソンのパラドックス」と呼ばれる現象を理解していれば、直ちに了解可能である。統計学に多少なりとも親しんだ研究者が企画段階から(←ここ重要)関与していれば、この誤りを満天下に知らしめる事態は、予防できたはずである。

本件分析は、同一の同乗者タイプ{運転者のみ, 運転者+助手席, 運転者+後部, 運転者+助手席+後部}に自動車事故を場合分けした上で、それぞれの座席における致死率を計算し、それらを、同一の同乗者タイプにおいてのみ、あるいは、同一の座席タイプについてのみ比較する、という形式で行われるべきであった。考察を進めれば、ほかにも比較可能な致死率の組合せがあり得るかもしれないが、その検討は、正確な説明を追加するときに合わせて行いたい。いずれにしても、大切な人を乗せて運転するときと、一人で家路を急ぐときに、運転の作法や注意力が異なることは、常識の範囲で理解できることである。比較の基本は、条件を揃えて比較するというものである。(繰り返しになるが、近年では、もう少し条件が緩められつつある。)

なお、本件では、後部座席における致死率(だけ)を、シートベルトありとなしの場合に区別して比較しただけ※5であれば、文句のつけようはなかったと思われる。おそらく、報道にあたり、耳目を引くような内容を前面に押し出したかったのであろう。そのスケベ心は、誰の心にも存在するものであろうし、私にも良く理解できる。(見方を変えれば、本稿も、一種のスケベ心である。)ただ、分析に対する無知が、今回の残念な結果を招いたのである。


※1 「出されたものは美味しく頂くが、そうでないものは求めない」「日本国民なら誰でも再現可能である状態を確保する」という本ブログの隠れた方針とは、相容れない行為である。それに、有料の統計を購入してわざわざ分析することまで含めると、マネタイズを検討しなくてはならない。面倒臭いし、世知辛いことである。それに、有料のコンテンツまで利用してブログ公開を検討するとなると、話題の選定段階で、飛躍的に対象が広がってしまう。私の現在の影響力の範囲からすれば、その検討は難しい判断を強いられるものになる。

※2 理想的な調査対象集団。この語については、別稿(2016年10月14日)を参照。

※3 二点目の問題は、一点目の問題と類似してはいるが、計算に必要な統計を手持ちのデータから集めることができないという点で、セクショナリズムの問題を斟酌すべきものでもある。「現場の担当者だけでは面倒臭い」という理由が誤った結果をもたらすという悪循環は、わが国では、普遍的に見られる状態である。このような、誰にとっても得にはならない状態を打破するために、セクショナリズムが排され、研究者やコンサルタント・シンクタンクが活用されるべきである、というのが、研究機関等に籍を置くことができていたときの私の主張の根幹であったが、その結果は、言うまでもないことである。

※4 その影響はきわめて限定的とは見込まれるものの、厳密には、同一事故に含まれる二台の自動車の運転手を区別せずに致死率を計算するという作業の是非に対して、何らかの論理立てが必要とされる。

※5 現に、記事に見られる以下の記述は、ほかの座席における致死率とは比較していないために、シートベルトの着用が有効であることを主張する上で、文句の付けようのない分析結果を示すものである。ただ、普段の交通行動におけるシートベルトの着用状況を観察することが可能であるなら、その状況を加味した方が良い。仮に、同乗者のシートベルト着用状態が80%程度であれば、装着の有用性が発揮されていないという見解が成立してしまうことになるが、着用状態が半々程度であれば、4倍も致死率が異なることになる。ペニシリンの発見ほどにはいかないが、シートベルトが相当に有用であることを示す証拠として提示できる。事故時の着用率が着用状態をそのまま表すものとみなしても、シートベルト着用が安全性を高めるという結果を得ることができる。

後部座席では、シートベルト非着用の致死率は0.64%と高かったが、着用の場合は約4分の1の0.17%だった。


[1] 『読売新聞』2017年3月29日夕刊4版1面「車事故 危ない後部座席/致死率 席別トップ/「安全」思いこみ ベルト着用36%/昨年 警察庁調査」

[2] 交通事故統計表データ - 交通事故総合分析センター
http://www.itarda.or.jp/materials/statistical.php?s=71&t=%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88#contents_list

[3] 大阪府警察 | 交通事故統計取扱要綱の制定について
https://www.police.pref.osaka.jp/01sogo/law/kotsu/html/62kotsu_1230_1.html




2017(平成29)年4月1日追記

本文中の注5(※5)を追記し、本文を部分的に整えた。

なお、[同乗者の存在]のモデル中での扱い方は、本稿の主張の正当性に大きく影響する。プレーンテキストによるために、記法が適当であるが、[同乗者の存在]->[生死]、[シートベルト着用]->[生死]、[同乗者の存在]<->[シートベルト着用]とでもモデル化した場合には、[同乗者の存在]は、典型的な交絡因子のひとつとなる。ただ、モデルの立て方は、もちろん、これだけによらない。交通事故という現象を分析できるだけの道具立て(知識)を有する分析者が、慎重に影響しそうな要因を列挙し、論理的に考えられる因果関係を提示した後で、その因果関係が成立するのかを判定するという手続きが必要である。

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